螺旋忍法帖防衛戦~忍法帖争奪ゲームin五稜郭

作者:木乃

●忍法帖争奪ゲーム
「螺旋忍軍の拠点を壊滅させたことで一部派閥の動きを封じる格好となりましたわ、見事な作戦勝ちと言えましょう」
 労をねぎらうオリヴィア・シャゼルは優雅な微笑を浮かべて話を続ける。
「この作戦で情報を多数獲得した上に『螺旋忍法帖』の所持者として2名のケルベロスが選ばれましたわ。入手した『螺旋忍法帖』は螺旋帝の血族がその血で書き記すことによって創出できるようですの、この忍法帖を拝領することで螺旋帝の血族から御下命を賜る形になるようですわね」
 シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)、嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)の名が連ねられた『螺旋忍法帖』には既に御下命が記されている。都内で暴れまわっていた忍軍もこの下命を果たそうとしていたようだ。
「御下命を果たした派閥はスパイラス本星に招聘され、一族郎党全てに『勅忍』という最高峰の栄誉が与えられるとか……今回の御下命は『螺旋帝の血族を捕縛せよ』とのこと。ですが、ここまで大規模な動きを見せたのは螺旋忍法帖に仕込まれた『螺旋忍軍のみに発動する絶対制御コード』の影響が一番でしょうね。どうやら螺旋忍軍は受け取ると、一種の催眠状態となり『忍法帖に書かれた御下命を必ず果たさなければならない』と思い込んでしまうようですわ」
 1度の御下命に対し『勅忍』となれる派閥は1つのみ。
 忍法帖を所持した者が、忍法帖の指令を完遂することで御下命を果たしたことになる――必死になるのも無理はない。
「……ですが、忍法帖を持たなければ『勅忍』にはなれません。そして忍法帖がケルベロスに渡ったことで、日本中に潜伏していた螺旋忍軍の刺客が行動を開始したようですの」
 どうやら螺旋忍軍は『螺旋忍法帖』の所在を探知できるらしく、今回もその特殊な能力で探し出すつもりらしい――守り続けるには骨が折れるだろうが、利用しない手はない。
「探知する能力を逆手にとれば、特定の場所へ誘き出すことも可能……攻撃は最大の防御、ですわ。ここで多くの螺旋忍軍を撃破すれば、ケルベロスからの奪取は困難と判断して大人しく手を引くでしょうからね」
 ケルベロスの顔を見渡して、オリヴィアは含み笑いを浮かべる。
「後手に回るのも飽いてきたところですわね?今回は二巻の忍法帖を餌に防衛戦と洒落込みますわよ。場所は石川県の金沢城、そして北海道の五稜郭にて行います」

 オリヴィアは五稜郭方面へ向かうチームを輸送する、すでに迎撃する螺旋忍軍も予知していた。
「皆様には『鳴無・明』という螺旋忍軍を相手して頂きます。普段は中性的な容貌を活用して、気に入った相手を籠絡したのち、声とグラビティ・チェインを強奪するため『声の蒐集者』と呼ばれているようですわ。なんでも口づけした際に舌ごと奪うのだとか……そんな手法を嬉々として実行する狂人でしてよ」
 今回は何処ぞの派閥に雇われたようだが本人はいつものゲーム感覚で参戦する。そんな遊び気分の相手に後れを取る訳にはいくまい。
「雇い入れた格下の忍軍3人を連れて潜入するようですので、皆様には侵攻ルート上にて迎撃して頂きます。件の鳴無・明は得物のチェーンで拘束したり、鞭のように打撃を仕掛けてきますわよ。風遁術を応用した、言霊による肉体強化の術も扱うようですわね。配下の3人は螺旋忍術とエアシューズのグラビティを使用します」
 元々は単独行動を好む者が徒党を組んでいるだけと聞いて、負ける要素はなさそうだ――という心情が透けたのか。オリヴィアは「敗北してしまうと」と語気を強める。
「残った敵が忍法帖を奪いに本陣へ向かいますわ。本陣の防衛チームに負担がかかっていまいますし、複数チームが敗北すれば忍法帖を奪われる危険性も高くなります。鳴無・明を撃破しても配下に突破されてしまえば、やはり本陣に攻撃を仕掛けるでしょう。全て倒しきるくらいの気概でお願いしますわね」
 敵の狙いは『螺旋忍法帖の奪取』だ、仲間意識の希薄さはケルベロスにとって不都合になると思われる。交戦を二の次にされる可能性も十分考慮しておいたほうがいいだろう。
「遊び気分で城攻めにやってくる不心得者は門前払いで構いませんわ、エレガントかつヴァイオレンスな仕置きで沈めてやりなさいませ」


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
グレタ・ヴェルサーチェ(壊れかけの聖女・e17375)
ダスティ・ルゥ(名乗れる二つ名が無い・e33661)
八点鐘・あこ(ウェアライダーのミュージックファイター・e36004)

■リプレイ

●盤上遊戯
『綺麗な声だね』
『キミの可憐な歌声、もっと聴かせて』
『……愛しているよ』
 蕩けるような甘い囁き。それに応えようと『愛』を歌った。熱情と仄かな恥じらいを乗せ、歌を捧げ続けることが至上の幸せだと思っていた――。
「アキラ、さん……?」
 着崩したスーツと髪をまとめた姿。目の前に立つ人物に上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)は顔色を変えた。
「ど、して……あの時、私、アナタを……!」
「紫緒、どうしたの?」
 怯える彼女にユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)の問いかけは届いていない。鳴無・明は何度か首を傾げると「あー」と声を漏らし美貌を歪めた。
「誰かと思ったら……お前のせいで腕焼けちゃったんだけど、どうしてくれんの?」
 左手をぷらぷらと振りながら吐き捨てる。その冷たい言葉は胸に刺さり、閉ざされた記憶を呼び覚ます。
 ――歌も心も、愛も全てあなたに。だから、あなたの愛を私にください。私が映る瞳、抱き寄せる腕、重なる唇、情熱的な、熱い、あつ……や、くる、し、ぃ、イヤアアアアアアア――――!!
「……また、私から歌を、奪うんですか?」
 問いかけると男は腹を抱えて笑いだす。響く笑いに知識・狗雲(鈴霧・e02174)も強烈な不快感を覚える。
「ははは……悪いけど今日は仕事なんだよねぇ、お前らもラーメン食って帰ったら?」
 悪びれた様子はない。これがこの男の本性、本来の顔。小馬鹿にした態度に意味はないと頭で解っても神経は逆撫でられるし胸の奥が煮え滾る。
(「……これなら、罪悪を感じずに殺せるかも」)
 後ろで静観していたダスティ・ルゥ(名乗れる二つ名が無い・e33661)も安堵すると同時に拳を震わせていた。
「女の敵、とは思っていたが……想像以上だな」
「絶対に逃がさないわよ」
 穏和なクリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)すら露骨に嫌悪を示し、得物を構えるリリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)も目尻を吊り上げる。
「うー……」
 八点鐘・あこ(ウェアライダーのミュージックファイター・e36004)が見上げれば、紫緒の横顔は青ざめ、縋るように左手を握りしめていた。軽薄な笑みを浮かべて明は鎖を手繰る。
「まあいいけど。不戦勝なんてつまらないし」
「来るならどうぞ?死ぬ覚悟があるならば、ですが」
 冷えきった態度のグレタ・ヴェルサーチェ(壊れかけの聖女・e17375)が睨みを利かせる。退屈そうにしていた下忍達もつま先で地面を小突いた。
 ――そよ風に草木が揺れる。葉の掠れる音が夜闇に消えて12人は一斉に動きだす。

 突破を阻もうと狗雲達は包囲の輪を描いていく。躍り出る下忍達へリリアが如意棒を巧みに振り回し、火炎の大車輪が大地を疾駆する。おぼつかない足取りの紫緒も車輪の焼けた軌跡を踏みしめ、自らを軸に竜巻を引き起こす。
「紫緒、しっかり前を見て!」
 気もそぞろな後輩にユスティーナは檄を飛ばす、ボクスドラゴンのアスナロを鎖で滅多打ちする明を鋭く一瞥する。人前で歌う事は滅多にないが、声には自信がある。
(「興味を引けられれば御の字よ!」)
「どんな暗闇でも、心に宿した光がある限り歩もう。魂が唄う限り――」
 心を込めた歌声が戦場を彩る。斬り裂かれた新緑の毛を僅かに塞ぎ、明はつまらなさそうに肩を竦めて間合いをひらく。
「あれ、なんか予想してたのと違う……?」
 声に対して素っ気ない態度に拍子抜けしながら、狗雲は静電気の弾ける『勿忘草』から光球が放たれる。回り込むクリスティが扇を多節鞭のように伸ばし、複雑な動きを見せると下忍の装具に傷をつけていく。均一に体力を奪おうと大槌に持ち替えたクリスティは捻りを加えて一打ちする。
「ここを通りたくばあこ達を倒して通るのです!」
 がおー!と雄叫びをあげて『殲剣の理』を歌う、絶望に屈しない魂の歌が下忍達の注意を引く。猫のような高い声音で小さな子供の色が強い歌声は、明の興味を引く狙いもあるが先ほどより表情を険しくさせていた。
「淑やかさが足りないねぇ、お前らきっちり躾けてやれよ」
 印を組み言霊を指示に込めると下忍達を強靭にさせ、ウイングキャットのベルも援護に回る。
 そも美声とは基準が曖昧であり『漠然とした特徴のみで的確に好物を当てる』のは至難の業、そして彼が現在狙うものは螺旋忍法帖』だ。遊び気分とはいえ仕事をこなす気はあるだろう。
(「だ、大丈夫かな、上の空っていうか……」)
 紫緒の様子は気になるがどう声をかけたものか。せめて行動で示そうと明に狙いを定め、砲撃モードのドラゴニックハンマーを肩に担ぐ。狙い澄ました一射は暗闇を裂いていく。
「行きます。全砲門、開放!」
 脱ぎ捨てた修道服の下には旧式の球体関節とフィルムスーツ。グレタが重武装形態を披露すると自慢の火器を前方に構える。遮るように戦地を駆け巡る下忍にグレタは狙いを絞り、誘導弾を惜しみなく繰り出していく。
 隊列が異なるため明の手前に下降する。爆撃の中で分身の術を繰り出し、残像をまとう下忍が螺旋の弾丸と飛び蹴りを放つ。

●そこに『i』はない
 忍軍は優劣関係なく隙を見て突破を図ろうとしており、当の雇い主は包囲を崩す過程を楽しんでいた。
「ほーら、輪が乱れちゃうよぉ」
「っ!!」
 紫緒と吐息が触れ合う距離に明の卑しい笑顔が近づく。
 ――怖い。反射的に飛び退く体は震えが止まらない。かつて愛しいと思った全てが怖い、息が詰まりそう!
「す、すいません!?」
 そこにダスティが飛び蹴りを喰らわせ明を地べたに転がす、立ち上がり様に鎖をダスティの脚に絡めて引きずり倒していく。
 相手は劣勢とみれば突破を優先しかねない。ならば、下忍を同時撃破して優勢に持ち込めば!
「本陣で頑張ってくれる彼らの為にも、行かせはしないわ!」
 負傷の少ない下忍めがげて釘を打ちつけ装甲に穴をあけ、続く音速の拳を蹴り足でさばかれ応酬に発展。他の下忍はあこを狙って鋭い回し蹴りと飛び蹴りを放つ。
「ひ、土方さんはこのくらいでは倒れないのですっ!」
 サーヴァント達は指示によりディフェンダーへの援護の優先度が低い。ユスティーナがかろうじて割って入るが、引きつけていく度に負担は大きくなっていく。軋む体に喝を入れて快活な二拍子の『さがしもの行進曲』を口ずさみ、リリア達の集中力を高めていく。
「なんとか傷は塞いでますが……!」
 狗雲の的確な施術により負傷は最小限に抑えられているが、蓄積するダメージは止められない。どちらが先に落ちるか時間の勝負だった。
(「もう、いや……早く消えて、どこかへ行って!」)
 心が悲鳴を上げる。いっそ狂っていたなら焼き殺せたのに!今はただ叫びたい衝動を抑え込むのに必死で――精彩を欠く紫緒を狙い下忍が飛びかかる。
「――紫緒!!」
 振り下ろされる一撃をユスティーナは身を呈して止める。背中を打ち付ける強打に僅かに表情を歪ませるが、すぐに引き締め直す。
「何かがあったのでしょうけどッ! 今の紫緒は強いケルベロスよッ、あいつと同じステージに立っているッ! 勝てない相手じゃ……ううん、怯える事がもったいない相手! あなたが遅れを取るような相手なんかじゃない!!」
 ――例え見せかけの自信だとしても、今は怯えるこの子の前だけでも強くありたい。
 ユスティーナの力強い眼差しと叱咤に紫緒はハッと目を見開く。
「そうだ上月、君の今は君のモノだ」
「支援はお任せ下さい、全弾余すことなく叩き込んで差し上げましょう」
 精霊の凍える吐息と九尾の扇が放つ冷気はクリスティの周りに雪花を咲かせ、グレタのミサイルポッドが無数の焼夷弾を打ち上げる。
 ダスティも異常状態に耐性がつく明を執拗に追い回すが、ほとんどタイマンに近い状態で消耗が激しい。顔を隠すフェイスガードとゴーグルもボロボロにされていた。
「あーあーそういうのやめてよ!そんなお涙頂戴の芝居を見せられたらさぁ……笑いが止まらなくなるでしょ!?」
 ケタケタと笑う明の目尻は微かに濡れている――ああ、この人は、仲間の想いに唾を吐き、踏みにじっている。愛おしかったモノに激情がこみ上げ、怒りの炎に変わっていく。
(「……これ以上、やらせない…………私の『地獄』に賭けて!」)
 熱い吐息は憤怒を含み強烈な熱気を帯び始める。
 アスナロが氷結の螺旋に掻き消され、庇ったベルが燃ゆる飛び蹴りに翼が焼けていく。痛む体に気合を入れるあこだが、一人で背負い切るには体力が気持ちに追いつかない。
「五稜郭は、あこが守るのです……!」
 だが消耗しているのは下忍も同じ。均等に減らすため時間はかかるが全く効果がない訳ではない。頃合と見たリリアが如意棒を錫杖代わりに紋様を描く。一節を紡ぎ始めると足元から広がる赤い花は女王蜂を、女王は忠実な兵隊を呼び起こす。
「愛しの母、愛しの母。貴女の娘を穢す卑しき者の血を、花と交えて滅ぼし給え――!」
 リリアの命を受けた大群は羽音を立てて獲物を取り囲む。黒い靄のように下忍達を取り巻く中へ紫緒が走り出す。
 左手から伸びる光剣を握り締め、引き絞った刃を下忍の胸めがけて全力で突き込む。
「あなた達には負けられない、負ける訳にはいかないの!!」
 白い炎のオーラがユスティーナの掌に集まる、蜂の群れに纏わりつかれて一人耐え凌いだ下忍めがけて強烈な掌打を見舞い、防具の上から内臓を破裂させる。

 血を吐き倒れ伏すと、三人の下忍に動く気配はない。切れ目の入った一張羅をはたきながら明は大袈裟に溜め息を吐いた。
「あーあ、ケチらず雇えるだけ雇っときゃあよかったか」
 悔しそうな様子も、焦燥する気配もない。誤算が生じたことだけに僅かに頭を悩ませているだけ。指先で鎖を回す明は歪んだ笑みを浮かべてダスティへ一目散に迫る。
「っ、く!」
 残像を瞬時に見分け雷撃を放つと明の肩を焼け焦がす。直後に放られた鎖がダスティの首を締め付け、強引に宙へ飛ばされる。
「男には興味ないんだよ……ちょろちょろちょろちょろ追っかけまわしやがって!」
 引きずり下ろす勢いで脳天から落下したダスティの容態を狗雲が確かめた。昏倒している意識を呼び戻そうと、治療しながら語り掛ける。
「作戦通りに事が運んでいます、このまま一気に終わらせますよ」
 恋は女を美しく、愛は女を魅力的に昇華させる。いつだって燃えあがる想いが高みへ押し上げてくれた――それを踏みにじり続けた罪、万死に値する!
 その一振りをより優雅に、より苛烈になモノに変えて女達は卑劣なる男を追い詰めていく。
「フルバースト!ファイア!」
 グレタの放つけたたましい機関砲の連射と主砲の爆音は止む気配がない。隙間を埋め尽くすように放たれる一斉掃射の中を動き回る明に、クリスティが目を細める。
「乙女を傷つけ恥をかかせる悪漢め――滅びをここに」
 クリスティの周囲に咲き乱れる氷結の花。終焉をもたらす花は舞って散るがごとく、季節外れの白雪のように仇名す敵の元へ降り注ぐ。花弁が触れるたびに明の体温を奪い、あこもベルを伴ってさらに前進する。
「難しいことは……あこにはわからないけど、女の子を怖がらせるのはよくないのです!」
 鋭角に動く鎖はベルを消し飛ばすとブラッドスターを熱唱するあこの眼前に迫る。軌道を変幻自在に変える鎖が幼子だろうと容赦なく滅多打ちしていく。
「わたし達を甘く見過ぎたわね、後はもうあなただけ!」
 絶妙な角度から振り下ろしたヌンチャクを間一髪で避ける明をリリアは徹底的に追いかけ、音速の拳が頬に傷をつける。ユスティーナが銀星と名付けた鎖が魔方陣を描くと、持ち替えた如意棒を構えて腰を落とす。
(「一気に追いつめてみせる、この一撃で!」)
 狙い澄ました一撃は察知され直撃させるまでには至らなかったが、四方八方から放たれる攻撃を明は避けきれずにいる。男の狗雲が回復を担う以上、攻め手は女性が集まってくる――女を誑かし続けた男が最後に見る景色としては『喜劇的』としか言いようがない。
(「私が初めて愛した人、なぜ今になって現れたの?」)
 あなたを忘れて狂った私、狂った私を救ってくれたのはあなたじゃない――本当の『恋』を教えてくれた大切なあの人。想えば切なさに胸焦がれ、想い想われる喜びを教えてくれた。だから――。
「アキラさん、ここで『サヨナラ』ですよ」
 グレタの放った痛烈な一撃で動きを止めた明に紫緒は真正面から迫る。白い凍気を放つ巨大な杭打機が薄い腹を貫き、赤い切っ先が顔を出していた。
「最期に、聞いておきたいことがあるんです――アナタにとって、私は何だったんですか?」
 赤い瞳は冷めきった感情と煮えくり返る感情が綯交ぜになり、地獄の窯を思わせた。瞳に映る男の顔は血反吐を垂らしながら、見覚えのある微笑を浮かべて見つめ返してくる。
「あー…………最っ高に……退屈なオモチャだったねぇ……これで、満足?」
 もう未練はない――オセロは黒から白へ。金貨は裏から表へ。情は愛から憎に反転する。お別れの時間にはお別れのキスを贈ろう、青白く光る舌先が唇を濡らす。
「――さようなら♪」
 燃え尽きる男はただただ退屈そうに空を仰いで塵となる。手袋の燃えカスはパラパラと砕け散り螺旋の忍びは闇の中へ葬られた、これで終わり。全部終わり。五稜郭を見下ろす月は淡く光り祝福してくれている……例えそこに私が居なくても、大切な人の傍にあり続けてみせよう。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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