紅の薔薇おと

作者:ふじもりみきや

 ガラスの割れる音が響いた。
 巨大な温室は炎と衝撃に耐えきれず砕け散り、美しく飾られた薔薇の上に降り注ぐ。
 無論それは、その花を楽しんでいた人々の上にも、平等に。
 その中を駆ける、一人の男がいた。
 顔だちだけ見るなら、美しい部類だろう。所作も優雅で気品が漂い、もしかしたら少女が見たら王子様のようだと評したかもしれない。
 けれどもその真っ赤なシャツと彼の行為は紛れもなくどうしようもない屑であった。
 油断なく周囲を見回し、人々を観察し、逃げ惑う人々を押しのけ、自分だけは助かろうというその意思がはた目から見ても明確に伝わってくる。
 だが……、
 ようやく出口。そのまさに直前だった。逃げたその先のガラスが割れて、粉々に砕け散った。その破片が、青年の体に突き刺さる。
「が……ッ!」
 さすがによけること叶わず、青年は地面へと転がった。
「はは。……なんだ、僕もついに悪運が切れたかな!」
 かろうじて声を上げながらも、それでも彼は起き上がろうとする。そこに、
「それでもなお誰よりも生きようとする、その醜悪な心、素晴らしい。その欲、我が認め、選定し、エインヘリアルとしよう」
 妙に芝居がかった声とともに、刃物が一閃した。首筋を切り裂かれた彼の目に、最後にそのタールのような翼と濁った眸が見えただろうか。
 倒れ伏す青年。それを血まみれの刃物を手にどこからともなく現れたエインヘリアルが見下ろす。しかししばらくして、彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……なんだ、違ったか。まあいい。次を探すまでのこと」
 それ以降、エインヘリアルは青年へと目もくれずに動き出した。……新たな犠牲者向かって。


「園芸は薔薇に始まり薔薇に終わると言われているな。わたしも薔薇は、嫌いじゃないよ」
 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)は、そんなことを言って笑った。曰く、薔薇の美しさに心惹かれ園芸をはじめ、だがその育成の難しさにあきらめ、いろんな花を育てた後、やはり最後には薔薇を育てる、ということだなんて、割と関係のないことを言って彼女は一枚のパンフレットを投げてよこした。
「とにかく今回の現場は薔薇の大温室さ。こういうところは管理が徹底していて、多少季節が違っていても美しく花が咲く。だからこそ、客も多かったみたいだ」
 彼女の言うことには、そこがシャイターンに狙われるらしい。ヴァルキュリアに変わって市の導き手となったシャイターンが、エインヘリアルを生み出そうとして事件を起こしているということだ。
「シャイターンは多くの一般人が中にいるここを崩壊させて、その事故で死にかけた人間を殺すことでエインヘリアルにしようとしているらしい。……シャイターンが襲撃する場所は予知できているが、事前に中にいる人を非難させるとなると、シャイターンは別の建物を襲撃する可能性がある」
 それでは被害を止められなくなると、彼女は神妙な顔をして言った。
 だから、事前にその建物に潜伏し、襲撃が発生した後、まずはシャイターンが選定しようとする被害者以外の人間を助けたり、崩壊しそうな建物にヒールをして崩壊を防いで対処してほしい、とのことである。
「シャイターンの選定対象を止めるのはその後だな。大丈夫、よほどのんびりしていなければ間に合うさ」
 だから頼んだと彼女は言って、それから敵の話に移った。
 曰く、敵は一体。刃物のようなもので攻撃し、炎や砂嵐を出現させるという。
「おそらく獲物はは惨殺ナイフだろう。割と標準的な……というのも変な話だが、そういうシャイターンだ。場所はさっき述べたように薔薇の大温室。そうだな……」
 地図はそのパンフレットに乗ってある、と月子は指をさした。そうはいっても、それほど複雑な建物ではない。温室から降り注ぐガラス片に注意したり、
 場所柄燃えやすいものが多いので、そこは気を付けた方がいいだろう、と彼女は言った。
「……とはいえ、客もばかではない。きちんと対処すれば、ちゃんと逃げてくれるし全員助けることも可能だろう」
 だから、気を付けて行ってきてほしいと、彼女は言った。
「まあ、シャイターンが選定しようとすり一般人は避難時に問題行動をしていて襲撃されるようだな。こいつが逃げた後なら、他の人間を助けたりヒールするのは問題ない。……まあ」
 できればそいつ含めて全員助けてやってほしいが、と彼女は苦笑する。
「ともあれ、一番大事なのは諸君らの安全だ。それは忘れないように、行っておいで」
 と、そう言って月子は話を締めくくった。


参加者
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ニーナ・トゥリナーツァチ(追憶の死神・e01156)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)

■リプレイ

●人
 大きなものにひびの入る音がした。その次に来たのが、爆発音であった。
 硝子が飛び散り炎が上がる。人々が悲鳴を上げる。……そこに、
『私達はケルベロスです。 今から避難誘導を行います。 落ち着いて速やかに避難して下さい』
 虹・藍(蒼穹の刃・e14133)の行う館内放送に何人かが足を止めて顔を上げた。戸惑うような表情を見せる人々。
「皆さんどうか落ち着いて下さい、私も含めてこの場に8人のケルベロスが来ています。どうかご安心を。……ね、もう、大丈夫」
 レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)が微笑んで、傷ついた人々にヒールをかけながら、あっちだと指をさす。事前に地図や段取りを皆きちんと確認していたから、余裕をもって避難への指示ができていた。
「呼びかけは我一人で充分だ。そちらは任せた。……ほら、くたばりたくなければ向こうから逃げるといい」
 ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)が割り込みヴォイスを使用する合間に言う。危険な……シャイターンのいる方向に行きそうな人に、声をかけて誘導しているのだ。ペルの視線の先にレクシアが目をやると、
「まさかこんな……こんなことになるなんて!」
 嘆く青年の手には怪我をした女性。恋人だろうか。レクシアは駆け寄る。日向に咲く花のように、安心させるようにレクシアは微笑んだ。
「大丈夫です。治します。彼女の手を離さないで……」
「慌てるな! 避難路はこちらだ!」
 立ち止まる人が出ないよう、篁・悠(暁光の騎士・e00141)が大きく声を上げる。ときどき赤い服の青年が消えた方向に、確認するよう視線をやった。嫌でも踏み荒らされた薔薇の花が目に入る。薔薇園を荒らすとは……と、不快げに呟く胸のうちであった。彼女もまた、薔薇を愛する者の一人だから。
「ああ、そうだ。あっちに向かって逃げるんだ。彼女は俺が、何とかしよう」
 ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)が声をかける。自分は年老いて歩けそうにない老人に肩を貸して歩きだした。
「あの、これは、もしかして……」
「大丈夫だ。必ず助かる」
 泣きそうな老人にルビークが言う。そんな一行の頭上から声がかかった。
「ルビークさん、手伝おうか!?」
 藍が砕ける温室を片っ端からヒールしていた。館内放送の後はこうしてあちこちを回っているのである。
「問題ない。互いの仕事をしよう」
「わかりました。後で合流しようね!」
 あっさり別れるのも互いを信頼しているからだ。藍は再び温室の修復に戻る。……ふと、
「矢張り、似ても似つかない」
 ルビークのつぶやきを聞いた気がした。きっとアマダのことを思い出したのだろう。
 アマダは薔薇の名である。血のような濃い赤。そんな薔薇の中に紛れるように在った、薔薇の名を持つ青年を……。

 時間は少し遡る。予知を変えぬよう一般人の避難はこの事柄の後に行うと決めていたからだ。……すなわち、
 硝子の大きな破片が青年の胸に突き刺さり、シャイターンが姿を現した。その時間。
「お邪魔するわ。 ちょっとどいてくださるかしら?」
 それはシャイターンと青年、どちらに向かっていったのか。
 問うまでもなく前触れもなく、突然影の間から現れた鎌が一閃した。
「――」
 ニーナ・トゥリナーツァチ(追憶の死神・e01156)はふわりとその髪をなびかせる。『陽炎に揺らぐ死神の舞踏会』にて敵の背後に転移しての一撃は、鋼の音に阻まれた。とっさにシャイターンが獲物をひるがえしたのである。
 けれども彼女はついと己が獲物を傾ける。結果、青年の首を落とすはずだった一撃は阻まれたのだ。彼女の狙い通りに。そして、
「はい、ちょっとお邪魔するよ。わたしたちが来たからには、思い通りにはさせないんだから!」
 次の一撃はイーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)が蹴り飛ばした。ナイフが弾かれる。隣でテレビウムのシュルスもびかびか、と光って立ちふさがった。ちなみに突入の直前で、もう大丈夫と判断して館内放送を始めてもらう旨の連絡はしている。
「……何者だ」
「名前などに意味があるの? わたしは死神。死を無為に撒き散らすのを、死神が黙って見ていると思ったかしら?」
 警戒を強めるシャイターンに、ニーナはあくまで落ち着き払った声音で告げる。おや、と青年、アマダはわずかに驚いたような声音で、
「どうやら、僕の悪運もまだまだ尽きちゃいなかったようだね」
「もう! しょうもないこと言っていないで、下がってください!」
 言うや否や、アマダの体を和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が引いた。即座にヒールを行い、傷の点検を行う。
「すぐに仲間も来ます。安心してください」
「んー。個人的には僕は安心安全より絶望不安のほうが好物なんだけどなぁ」
「!?」
 ちらりとアマダが紫睡を見る。思わず紫睡に悪寒が走った。その一瞬で、彼が自分からシャイターンに突っ込んでいったら紫睡がどれだけ苦悩するかを算段したのがわかったからだ。紫睡はさらに彼の前に守るように立つ。ニーナは肩をすくめた。
「わたしは別に自分の身が可愛いって思うの嫌いじゃないよ。自分の命が大事なのは当たり前」
 その様子に思わずイーリィが口を開く。肩越しに振り返る、その表情はうつむいていてよく見えない。
「でも寂しいね。自分だけ助かろうとした人を誰が助けると思う? 不思議だね、人にやさしく出来ない人ってひとりぼっちで死ぬんだよ」
 責めるでもなく、はっきりと思ったことを口にする彼女。それにアマダは瞬きをしてそして、微笑んだ。
「僕はね、生まれた時から悪党でどうしようもない屑だった。けれど、悪党は悪党なりの矜持がある。そのうちの一つは悪運が尽きた時は潔く。他人に頼らず笑いながら死ぬってことだ」
 理解していると彼は言った。そして言外に今回のことも悪運の内だと言ってのけた。イーリィは振り返る。
「一人はさみしくないの」
「なぜ、君は一人だと寂しいと思う? 教えてほしいな」
「……いたいけな女の子を惑わせないでください」
 見かねて紫睡が口を出す。この手の相手はまじめに返答すると時間がかかる。難しい話は終わった? とニーナも鎌を軽く傾けた。
「いいわよ、どうせすぐに話に戻れるわ。……あぁでも」
 ぽつり、彼女はつぶやいた。まずそう、と。

●紅
 ナイフが振るわれた。とっさに悠は一歩下がってよける。……しかし、
「いけません!」
「……幻覚か!」
 レクシアが叫ぶと同時に彼女を突き飛ばした。襲い掛かる砂嵐にレクシアのみが飲まれる。よろけそうになるのを何とか踏みとどまった。
「済まない。無事か」
 閃雷を纏う光の剣を構え直し悠は問う。赤いマフラーが揺れる。
「はい。これが私の、役目ですから」
 痛む頭を軽く振ってこらえつつ、レクシアは笑ってケルベロスチェインで敵の動きを阻害する。
「そうか。では……私も私の役割で以て、全力で応えよう! ……薔薇の騎士が掲げし剣は光となりて、極彩色の悪神を一刀の下に討ち滅ぼす 遍く悪意、群がる悪鬼、その悉く、煌きの中で花と散れ!!」
 言うなり、悠は薔薇の花吹雪と共に雷の速さにてかけた。光り輝く剣をまっすぐに、シャイターンへと叩きつける。
「っ、この……!」
 流れる血に忌々し気にシャイターンはナイフを振るう。その頭上から、
「はいはーい。どこ見てるの? こっちだよ」
 イーリィが急降下してその胸を蹴りつけた。足が虹の軌跡を描く。それに合わせるように、
「その通り。余りちょろちょろ動いてくれるな」
 ペルがぐるりと足を回し、足を払って動きを封じた。
 体勢を崩すシャイターン。併せてナイフの切っ先が動きペルの鼻先をかすめる。間一髪でそれを避け、ペルは笑う。
「クク……。いいぞ、もっと足掻け。……もっとだ!」
 攻撃の手は休めることなく。子供のような外観に似つかわしくなく苛烈であった。彼女もまた、自分の楽しみ、刺激を至上とする。もちろん、アマダほど悪趣味ではないけれど。
「……生きるために愉しむのか。愉しむために生きるのか」
 そんな彼らの様子に、ふとルビークは思う。彼にとって生きることは戦うことであり、義務であり進むべき道である。愉しみがないとは言わない。けれどもその次だ。生と天秤にかけられるものではない。
 でも。先ほど助けた人々の笑顔をルビークは思い出す。感謝の言葉を思い出す。……それを命をかけるほどの愉しみであると、言えなくもない。
「……いや、ないな」
「はい?」
「何事も極端になると変態の域になるというだけの話だ」
 それでも自分の命をかけるのは違う気がするのだ。怪訝そうな藍の言葉に、ルビークは何でもないと手を振る。
「? 確かにシャイターンの悪趣味さには呆れるわ。アマダさんもあまり同情の余地はないけれど……」
 でも、結局助けてしまうと藍は笑った。人好きのする笑みだった。そうか。とルピークは頷く。銀の柄を握りこみ、一気にシャイターンの前へと肉薄した。稲妻を帯びた高速の突きは、すんでのところでナイフで受け止められる。しかしそのまま刃先をそらすと同時に、
「そこ!」
 高々と藍は飛び上がり、ルーンアックスの一撃を放った。受けきれずにシャイターンの体が裂ける。
「ぉ、おぉぉぉぉぉぉぉ! この傷、この痛み、なんという屈辱。このような……!」
「あぁ、少しうるさいわ。せめて静かにして」
 言葉を遮るようにニーナがハンマーで打ち据える。さらに上がる悲鳴にわずかに眉根を寄せた。
 悲鳴とともに砂嵐が走る。一部視界が奪われ催眠状態にかかるものもいる。しかし即座に紫睡が動く。
「我が道を遠く遠く見渡す鷹の眼よ。その両翼を広げて道路を妨げる雲を抜け、道の先に在るモノへ我を導け」
 金装飾の鷹の眼に埋め込まれたロードナイトを媒介に、加護を与え傷を癒しその目を晴らす。砂に相殺されるかのように、発動した魔力が散って薔薇のような美しさを醸し出した。
「さ、催眠は無効化します。ですから、今のうちに……!」
 なれていないのか精いっぱい声を張り上げる紫睡。状態以上を片っ端から回復していく。
「心得た」
「うん、まっかせて!」
 ルビークが走る。地獄化した左腕の焔を揺らし、
「今弔いの灯びとなろう。――燃え果てろ」
 炎纏う武器で叩き付ける。敵の体が燃え上がる。追撃するように藍の流星のきらめきを映したかのような飛び蹴りが炸裂した。おぉぉ、と、うめく敵に、
「はは、なかなか愉快な舞であったが……これで終わりだ!」
 ペルが拳を構える。その拳には白い魔力で生み出した白雷が宿っていた。
「とっておきだ、砕けよ……。視界を灼き、白き光景を刻み、瞬間に砕けろ」
 それをそのまま、ぶつける。雷が相手の体を駆け巡る。
「……安心して、あなたの魂は私がもらうわ。冥府に送ってあげる」
 ニーナが生命の「進化可能性」を奪う事で凍結させる、超重の一撃を放つ。重々しい、何かがひしゃげるような音と手ごたえ。抵抗するように再び蜃気楼のように砂嵐が舞い上がる。
「上等だよ! そんなのきかないんだから!」
 後方へと飛んだそれを、イーリィが身を挺してかばった。ね! というと、シュルスが答えるようにぴかっ。と光る。
「からの!」
 そしてすぐさま星型のオーラを敵に足に込め、全力でシャイターンを蹴りつけた。
「……これ以上は、させません。追い縋る者には燃え立ち諌め、振り離す者には燃え上り戒めよ。 彼の者を喰らい縛れ―――迦楼羅の炎」
 言いながら、彼女は蒼く小さな地獄の炎弾を無数に放つ。それは魂を食らう炎。食らってその力を奪い燃え続けるともしび。
「これで……」
 悠が構えた。再び薔薇の花吹雪と共に雷の速さにて疾駆する。光り輝く剣でまっすぐに、
「終わりだ!」
 シャイターンを切り裂いた。
 断末魔の悲鳴が響く。しかしそれもしばらくすると途絶え、そして……消えていった。

●花
「お疲れさまでした」
 完全に敵が消えたことを確認して、レクシアがほほ笑んだ。
「皆さんも、ここに来ていた人たちも無事で本当によかった……」
「お疲れさまだ。僕はもう少し、残っていくが。散らかってしまったな。出来る限り、直していこう」
 悠がそう言っていそいそと武器をしまう。やはり薔薇園は大事にしたい。藍がうん、と大きくうなずく。
「来た時よりも美しく、だね。……それと、終わったら皆で薔薇の花を楽しめたら良いな」
「ああ、いいな!」
「まあ、素敵です」
 嬉しそうに悠とレクシアも同意する。アマダはあぁ、と声をあげて、
「その前に。このたびは助けていただき、ありがとうございました。おかげで命拾いしました」
「ああ。問題ない。仕事だからな」
 ルビークが応じた。なんだか本当に仕事が終わった大人同士の会話みたいな雰囲気である。いつか彼も人の痛みがわかってほしいものだが……と内心ではルビークも思っているのだが、思うと同時にまあ無理だろう、という気も、する。
「では、僕はこれで」
「待って下さい。アマダさんはきっちり病院へ連れて行かせて頂きます!」
 ささっと後にしようとした彼を、紫睡が引き留めた。世の中にはヒールで治しきれないダメージもある。怖い目にあって少しは落ち着けば良いんです、とは彼女の弁。
 こういうダメ人間は生来の面倒見の良さで、どうにもほっておけないのだ。
「いやー。ここまで直してもらったら充分だよ? あ、でも、君と君、ケルベロスカード持ってない?」
「あ、はい。困った時はこれで……」
「だめー! それ絶対、悪用されるよ! あとなんでわたしもはいってるのかな?」
「え、こう、いい感じに絶望してほしいな、と思ってね」
「……!」
 変な方向で気に入られた。紫睡は何とも言えない顔をしている。好意であることは間違いない、のだが。イーリィは軽く頭を掻く。
「わたしは、一人で死ぬのは少しいやだよう。一人じゃ生きられないわけでも、ないけれどね」
 でもきっと、この世にはもっと素晴らしいものがあると彼女は語った。
「……では、我は帰るか」
 そんな仲間に背を向けて、ペルは歩き出した。ここにはもう、ペルの求める刺激はない。……敵は去ったのだ。
「そうね。ああ、本当に。濁って、腐って」
 不味かったわ。と、ニーナもつぶやいて歩きだした。

 そんな感じでことが終われば、彼らはそれぞれ自分たちの世界へと帰っていく。
 ルビークはそんな彼女たちをふっと見た。
 壊れかけた温室でも、人の傍らに花が咲いている。
 似ても似つかないとあの時は思ったのだけれど、なんだか今はすっきりとはまっていると、なぜかそんな風に思ったのだ。
 あぁ、と。口に出しかけて思わずやめる。柄にもないことだと、ほんの少しだけ微笑んで……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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