罪狩りの騎士

作者:東間

●絵画騎士への恋心
 廃墟となった洋館の玄関ホールに制服を着た少女がいた。少女は自分の背丈よりずっと大きな絵を、ただひたすら見つめ続ける。
 冷たい色をした夜空、その下で仄かな光を灯す白の尖塔。そして、尖塔を守るように立つ、武装した騎士。
「はぁ、カッコイイ……えっと、『騎士への願いが正当であれば、騎士はそれを聞き入れる。だが、罪深い者が願った時、騎士に捕らえられ白の尖塔で断罪される』だっけ」
 少女は絵の前に跪くと両手を組み、目を閉じる。
「お願いです。お会いしたいので、どうか絵から出て来てくださいませんか?」
 夢見るような声が響いた後に流れたのは静寂だった。少女は変化の無さにアレ、と首を傾げた後、慌てて正座する。
「お願いの姿勢が悪かったのかも。あっ、説明も必要!? あのですね、クラスの子達に騎士様の魅力が全然伝わらなくて。話すたんびに笑われて。だから実物を見てもらえれば一発かなあって!」
 きゃっきゃとはしゃぐ少女の目に映る騎士は、誰よりもカッコイイ王子様なのだろう。
 ふわりたなびく濃紺のマント、銀の甲冑。炎の紋章が浮かぶ大剣と盾。兜からは白い炎が尾のように、足元からは、ぼ、ぼ、と立ち上がっており、兜から僅かに覗く目は不気味に光っていた。
「やっぱりカッコイ……じゃなくて。お付き合いしてくださいなんてワガママ言いません。できれば一緒に写真撮ってほしいなーって思ったりもするけど、ええととにかく、どうか出て来てくださ――」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 胸部を貫く衝撃と背後からの声。
 その場に倒れた少女は、薄れゆく意識の中で見たものに気付き微笑んだ。
 ――うれしい、やっとあなたに逢えた。

●罪狩りの騎士
 廃館に残されたままの巨大絵画。そこに描かれている騎士に、恋にも似た憧憬を抱いていた少女の『興味』が奪われ、その『興味』が新たなドリームイーターとされてしまう。
 その予知を伝えたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、被害者が今年中学生になったばかりの少女だと言った。
「名前は時任・夕。彼女の興味を一身に受けていたのは、『罪狩りの騎士』って呼ばれている存在でね」
 ずるいなこの名前、かっこいい。
 呟いたラシードが、ゴホン、と咳払いする。
「という事で、君達に『罪狩りの騎士』撃破を頼みたいんだ。今後起こりうる被害を防ぐ為。それから、今は意識を失っている被害者が目を覚ますように」
 生まれたばかりのドリームイーターは、夕が見つめていた絵画に描かれていた騎士とそっくりだ。銀の甲冑、翻る濃紺のマント、白炎の紋章が煌めく武具。
 戦闘となれば刃先が鍵状になった大剣をふるい、盾から白炎を発し自身を癒す。攻撃力は騎士という2文字に恥じぬ火力を持っており――これまでのタイプと同様、噂話で誘き寄せられる。
「騎士の事や、絵の内容……あとはそうだね、自分の罪について。とか」
 ふ、と笑ったラシードは現場が郊外にある廃墟となった洋館で、被害者は洋館に入ってすぐの玄関ホール――そこから伸びる階段を上がった先、絵画の前で意識を失っていると言った。
「噂話をするのなら、玄関ホールを出た先にある駐車スペースか、荒れ放題の庭のどっちかかな。どちらも広いから、戦闘に支障はない筈だよ」
 外に出て来た『罪狩りの騎士』は自分が何者か問うだろう。しかし、ここも今までの事件と同様にどう答えても戦闘に影響は無く、会ったなら、即、戦いの火蓋を切って落とせば良い。
 全てを伝えたラシードは改めてドリームイーターの撃破を依頼する。
「被害者が興味を奪われた時刻は、丁度日が暮れる頃なんだ。娘の帰りが遅いと両親は死ぬ程心配するだろうし、父親からすればそれは、『会って欲しい人がいる』って言われるより恐ろしい事だよ」
 だから頼んだよ。そう言った男の顔は、とっても真剣だった。


参加者
リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
砂川・純香(砂龍憑き・e01948)
クレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)
リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)

■リプレイ

●今宵語るのは
 ――罪狩りの騎士か。
 クレス・ヴァレリー(緋閃・e02333)の呟きが向いた先には、扉を閉じたまま佇む洋館がある。土埃と蔦にまみれたその向こう、今もある絵画の『住人』の名は、なんとも洒落れている。その存在に夕が惹かれたのもわかる気がするが、今はかの騎士を呼ばねばならない。
「彼に願い請う人は、自分の罪を裁かれる事に救いを求めてるのかもな」
 罪、ね。
 そう囁いた鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が、くるりと扉を見れば、豊かな髪がふんわり踊った。
「――罪、かぁ」
 そう繰り返し、騎士に想いを馳せれば胸が逸る。だがこれは、戦闘前の昂ぶりではなくて――きっと、そう。
(「狩られるべき罪があるって思ってしまって、此処に居るから」)
 生き延びてしまった。あの時身を挺して守れず、ただ震えて泣いていた。『だから』今はまだ少し、怖い気がしている。
 口を閉じてかすかに笑う仲間を見て、シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)は深く訊かず、自分がケルベロスとなる前に犯した罪を語る。
「エインヘリアルに使われ、望まない歌で作られたつみも、この騎士はさばきに来るんでしょう、か」
 騎士の標的は罪深い者。だが、罪を強いられた者も標的なのだとしたら。
「……とてもれいこくな存在なのかもしれません、ね」
「誓いに則り、弱きを守護し、主に仕え、世の礎となる……現世の栄光では無く、後の物語たる名誉を目指すのが騎士という者だ……!」
 静けさの中に憤怒の言葉を響かせたのは、ケルベロスとして、そして竜騎士として赴いたリーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)だった。しかし夢喰いという形を得たのが本格的な甲冑騎士と聞けば、戦いの予感に胸が熱くなるばかり。
 そんな彼女が言った『騎士』像は大勢が抱くものだろう。夜の下でも浮かぶような白い肌、そこを音もなくゆく金眼のヤモリを見つめていた砂川・純香(砂龍憑き・e01948)は頷いた。
「騎士さまって『断罪する』ってイメージなかったのよね。誇りや主を護り、それに殉ずる、みたいな白、のイメージで」
 そうですよね、と続いたのはセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)だ。騎士は誇りをもって戦うべき存在だと思う。そう言った彼女自身、いつか物語の騎士のように強くなりたいと願うが、まだまだ修行不足と首を振る。
「あの絵画の騎士のような甲冑を身に纏うのも憧れますが、私の場合、身軽さが失われるのが難点です」
 噂話に耳を傾けていたリチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)も、深く頷き同意を示した。その格好は、笑みを刻んだ兜に銀と金の甲冑とキメている。
(「騎士とはか弱き人を故無き暴力から守る者。己を律し他者を労わり弱者を守り無償の愛で動く者。見た目のみ甲冑を着ていれば騎士と名乗れると思ったら大間違い」)
 騎士とは、己が生き様を貫いてようやく名乗れるもの。それがリチャードの思う『騎士』だ。
「やっぱりその騎士には会ってみたいね、カッコいいし」
 うん、と頷いたロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)の言葉に嘘はない。『絵画から騎士が出て来る』なんて憧れる。夕と騎士の話をしたら盛り上がれるかもしれない。
「ただまあ、罪深いとダメなわけね。罪がどうのってタイプの話はあんまり好きじゃないんだよね、無駄に説教臭くて」
「絵に描かれた姿は、とてもかっこいいのだろうけど……」
 溜息をついた純香の指先にヤモリが辿り着いた時、ケルベロス達の耳に『音』が届いた。

●騎士
 ――ガシャ、ガシャ。
 かすかに聞こえた硬い音は扉の向こうから。音が止まった直後、扉がギイィ、と派手な音をたてながら開いた。
 闇の中から出て来た銀の甲冑が月光を弾く。盾と剣には炎の紋章。踏み出したそこから白炎がゆらりと上り、濃紺のマントがばさりと翻った。
 騎士がもう1歩踏み出した瞬間、リーフは剣を向ける。
「我が名はリーフ・グランバニア! グランバニアの白鳥の騎士(ローエングリン)!
 汝も騎士ならば、自ら名乗られよ!!」
 高らかに響いた名乗りに騎士は答えない。僅かに覗く両目は鮮やかなモザイクとなっており、確認するかのようにリーフを始めとするケルベロス達を見る。そして。
「貴公らに問う。我が身を『何』と心得る」
 膨れ上がった殺気が肌を撫でた瞬間、白銀と灰が駆けた。
「彷徨える騎士ですか」
「それとも、断罪の尖塔に囚われた騎士か?」
 星辰の剣と日本刀。セレナとクレスの斬撃は騎士を捉え、衝撃と共に傷を刻む。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 響いた宣言の直後に流星となった纏が『降り』、歪められた気高き銀が憧憬を抱いた夕を刈り取らぬよう、純香の放った緑が一瞬で絡み付いて締め上げる。
 立て続けに喰らわせた攻撃。しかしその場に踏み留まった騎士が盾を前に構え、先端を地に打ち付けた。一気に溢れた白炎の波が広がった先には前衛が。しかし、翼猫のオライオンが飛び出し、
「そうそうさせると……思うか!?」
 身を呈して庇ったリーフも騎士を『捉え』、全てを砕くような一撃を見舞う。それを盾で防ごうとしても間に合わない。衝撃で後退した騎士が地を削った痕に白炎が湧く。
 それは伝承やゲームに出て来る騎士との戦いそのもののようではあるが、眼前の騎士は夢喰い以外の何者でもなく。
(「もっとロマンのある相手が良いな」)
 夢喰いじゃ味気ない。
 ロベリアは余裕の笑みを浮かべたまま黒鎖を放ち、甲冑を捕らえた。鋼の軋む音にビハインド・イリスの金縛りが重なり、リチャードが魅せる変幻自在の攻撃が続く。
「さあて」
 どんな悲鳴(こえ)で鳴いてくれますかね?
 踊るように、優雅に圧す太刀筋の後、シャウラは砲撃形態に変えた竜槌をしっかり掴んで構え、竜砲弾を放った。轟音から間を置かずオライオンも攻撃の流れに続くが、炎の名残がある盾に防がれてしまう。
 騎士が大剣と盾を構え、じり、と足を動かす。兜から覗くモザイクの目は、焔のようにぎらついていた。

●狩り
 大剣と盾から発する炎。そのどちらも重く、受ければ僅かに顔が歪むのを止められない。
 だが、共に向かい、支えてくれる仲間がいるのならば、恐れで足が止まる事はない。
 シャウラの放った一撃は弾丸の如き愛らしい小動物となり、騎士のみぞおちを撃てばひびが広がる。
 そこに迫った纏へと、攻撃ではなく防御の為に振るわれた大剣を左の『Aconite』で受け、弾き飛ばして右手の『Iris』を閃かす――纏の振るう刃は銀の甲冑を斬り、傷からモザイクが溢れる最中、純香の掌から光が生まれた。
 黄金果実の光は暗闇の中で温かな癒しとなって炎を祓い、その確かな支えを受けてセレナは一瞬で精神を高め――。
「そこです!」
 轟いた爆発音は騎士の持つ大剣から。
 刃に走った亀裂を見てか、これまで受けたダメージを顧みてか。騎士が全身から白炎を発し、一瞬でドームとなったその内側ですぐさま大剣を構え直す。
 騎士は、その手足が動く限り誰かを裁こうとするのだろう。クレスはそう感じながら日本刀に手をかけ、想う。
(「ま、俺は誰かの罪を裁くなんて大層なこと出来る身分じゃないけれど」)
 裁かれても赦されはしない。犯した罪は一生ついてまわる。己の罪と向き合って、生きていくしかない。罪を裁くなど、『あの日』から言えやしない。クレスはそう知っている。だから――。
「この刃は少女の明日を、誰かを護る為のものだ……!」
 漆黒の軌跡を残す一閃はより重く、疾く。クレスの一撃は盾を吹き飛ばす勢いで弾き、銀からモザイクという『血』を咲かせた。直後、仲間の名を口にすれば勇ましい返事と共に、2振りの星辰の剣が凄まじい圧を迸らせる。
「その隙は逃さん!」
 リーフの繰り出す十字斬りは太刀筋そのままの傷を与え、そこにロベリアは地獄焔で威力を増した一撃――赤紫の焔と共に鉄塊剣を振り下ろした。
 元駐車場の地面へ烈しく叩き付けられ、シンバルに似た派手な音を響かせた騎士の頭。白炎の尾が一瞬弱々しく揺れたそこに、イリスの念で吹っ飛んできた欠片――恐らく植木鉢の欠片がぶつかり、派手な音をもう一度。
 騎士は大剣を突き立て、体を起こす。しかしリチャードの動きと比べ、僅かに遅かった。『騎士』を名乗るにはあらゆるものが足りなさ過ぎる夢喰いへ、拳が食らいつく。
 騎士がバランスを崩し――ガンッ! と地面に大剣を突き立て堪えた。足元から、兜から、白炎が大きく立ち上った次の瞬間、盾にある紋章が強く輝く。衝撃と共に広がった白炎は始めのように前衛を狙い――翼猫が羽ばたいた。
「やっぱり……騎士っていうのは、誰かを守るための存在だと、思うの」
 シャウラの瞳に映るのは彼女のナイト。仲間を守り、誇らしげに尾を立てるオライオン。
 愛らしく、頼もしい仲間に純香はくすりと微笑んだ。そのまま騎士を捉えれば、嗚呼、と零れる。
「お姿は確かに格好いいかもね。けれど、少女の憧れごと貫くのは、騎士に非ず……じゃない?」
 罪を狩る側でありながら、願いの正しさを計る天秤を持たず、振るうのはただ誰かを狩るだけの大剣と盾。そこに一体何が在るというのか。
「剣に、誇りもない虚ろな夢喰いなら、消えなさいな」
 魔女の子守歌が空気を揺らし、侵していく。それは相手を囚える影の檻となって騎士を閉じ込め、動けぬ騎士へ纏の左手にある慈悲の短剣が閃いた。それは最期への贈り物。
「――さよなら、あなた」

●目覚め
 暗闇の中、開け放たれたままの扉から入る月光が巨大絵画を照らしていた。そこにいる騎士は形を成した夢喰いとよく似ている。月光のせいか、鋭い眼は本当に光っているようだ。
 暫く眺めていた純香は、口を閉じたまま微笑む。噂が本当だったら、ここで願いを語った自分は斬られてしまうから。
「さて……時任さん。時任さん」
「ぅ……んん……?」
 目がうっすら開くが、ぼんやりとしたまま止まっている。そこにスッと手を差し出され、ぽやっとした目のまま手の主――セレナを見て、夕の目がぱっちり開いた。
「お怪我はありませんか、お嬢さん」
「え…………あっ! は、はい!」
 一気に目が覚めたのだろう。体を起こして何か言い掛け、あれ、と首を傾げた夕が周囲をきょろきょろ。確かにいたのに、という呟きに、リチャードは屈んで視線を合わせる。
「お嬢さん、騎士に憧れる気持ちもわかりますけど、危ないおまじないを試すのは止めておきなさい」
「う……うぅ……」
 彼言っている意味がわからない程、子供ではないのだろう。纏は肩を落として反省する夕の前へ飲み物を差し出した。
「夕ちゃん。欲は立派な罪よ」
 苦笑いを添えれば夕の肩が跳ねる。罪狩りの騎士に憧れはするが、邂逅を果たして裁かれるというルートは望んでないようだ。この反応なら、憧れが先行して危ない噂へ飛びつく事もなくなるだろう。ケルベロス達からの『罪狩りの騎士との記念撮影』が、とびきりの思い出となって抑止力になる筈だ。
「じゃ、私が撮るね」
「おおおおお願いしますロベリアさん!」
 頬を林檎のようにして、姿勢を正した夕と罪狩りの騎士。1人と1つを収めれば、確認しようと覗いた夕の目はキラキラしている。その肩をリーフはぽんと叩き、趣味が良いと褒めた。
「そんなに騎士に焦れるなら、貴婦人になりなさい」
「き、貴婦人ですか?」
 身分ではなく知性と気品を備え、強く優しい心を持つ。そんな気高い女性に、騎士は自ずと現れて手を差し延べるもの――と語り終える頃には、中学1年生である夕の『将来の夢』は見事に固まった様子。
 その光景に純香は目を細めた。少女の心をときめかせるように、本物の騎士はきっと誇りを持ち、正しさを識る、とても素敵な存在なのだろう。
 さあ、帰ろう。クレスに促された方へ、扉の外へ夕の目が向いた。
「君の家族が帰りを待っているよ」
「……! あ、ありがとうございます! ちゃんと家に帰って、それで、それで」
 立派な貴婦人になります。
 そう宣言する夕の目は、星のようにきらきらしていた。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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