完全犯罪報復論

■リプレイ

●或る晴れた日に
　やさしい陽射しとやわらかな風。
　空の色は抜けるような爽やかな青。其処に白い雲が流れてゆく様は平和を思わせる。今頃は高校の生徒達も其々に授業を受け、青春を過ごしているのだろう。
　だが、天壌院・カノン（ペンタグラム・e00009）は俯いていた。
「悲しいですね……」
　考えていたのはこの裏門前に現れるという一人の少女。未完成ドラグナーとなり、力を得る序に復讐を成そうとしている彼女を止めるのが今回のケルベロス達の役目だ。
「共同戦線だ、頼むぜカノン」
　エンデ・シェーネヴェルト（フェイタルブルー・e02668）はカノンに呼び掛け、間もなく訪れるとされる敵の到来を待つ。浅川・恭介（ジザニオン・e01367）も同様に待ち伏せを行いながら、標的の境遇について考えた。
「いじめかぁ……僕は見て見ぬふりですね。僕は自分がされたら、即同じことをやり返すか無視してましたよ」
「……そうか」
　その言葉を聞き、ムスタファ・アスタル（同胞殺し・e02404）は深く目を閉じた。
　苛めを受けていたという少女は恭介のようにはしなかったのだろう。人は其々、行えることと行えないことがある。
　力を持たざる者は翻弄される他なく、如何にも出来なかったのかもしれない。
　アベル・ウォークライ（ブラックドラゴン・e04735）は複雑な思いを抱き、心に浮かんだ思いを言葉にした。
「本来の被害者ではなく、虐めていた側の人間を守ることしかできない……か」
　思うところはあるが、このままでは罪無き者達まで巻き込まれてしまう。ミケ・ドール（深灰を照らす月の華・e00283）もそっと頷き、周囲を見遣る。
　そのとき、路地の向こう側から此方に近付いてくる気配が感じられた。メイア・ヤレアッハ（空色・e00218）はボクスドラゴンのコハブと共に一歩踏み出し、現れた人影の行く手を阻むように立ち塞がる。
「こんにちはー。こんなに良いお天気なのに、フードをかぶっていたら勿体無いの」
「邪魔よ、退いて」
　対する少女はメイアを睨み、短く告げた。
「あのね、不審者を学校に入れちゃダメって言われているの。だから、ね？」
　ここから先は通してあーげない、とメイアが告げれば　岡崎・真幸（脳みそ全部研究に費やす・e30330）をはじめとした仲間達が身構える。その様子に少女は武器を取り出し、警戒を強めた。
「ミケさんたちは、キミを……朱莉を、止めにきた」
　彼女の名前を呼んだミケはすべて知っていると伝え、学校には入らせないと示す。真幸も眉間に皺を寄せて少女の行いを非難した。
「何故別ベクトルに向かう。防衛ではなく破滅への逃亡だと何故気付かない」
「ねえ、退いてって言ってるでしょ！」
　少女は答えずに声を荒げて大鎌を振りあげた。
　復讐を成し遂げたい。彼女はただそのことだけに囚われているのだと感じたアベルは胸の裡に宿る一切の迷いを捨てるべきだと己を律した。
　今、目の前にいるのは世界の為に倒すべき存在。情けも容赦も無用だ。
　そして――次の瞬間、戦いが始まりを迎えた。

●死を呼ぶ大鎌
　少女の持つ刃が虚の力を纏い、ひといきに振り下ろされる。
　その切っ先がエンデに向いていると察したカノンが地面を蹴って刃を遮った。鋭い痛みが身体中に駆け巡ってゆく。
　だが、カノンは痛みを堪えて己の鉄塊剣を振り上げ返した。
「虐めは根絶されるべきですが、この方法では負の連鎖を呼んでしまいます」
　だから、止める。そんな思いと共に繰り出されるのは単純でありながらも重厚無比の一撃。怒りを誘ったカノンに続いてボクスドラゴンのカマルが翼を広げて飛び立つ。
　激しく飛び回るカマルが攪乱を行う中、ムスタファが攻撃動作に入った。
「後戻りが出来ぬというのならば容赦はしない」
　己なりの思いを言葉に変え、ムスタファは音速を超える拳で相手を穿つ。更にボクスドラゴンのチビが体当たりに向かい、真幸が凍結弾を撃ち放った。そして、続いたメイアも攻撃に入ってゆく。
「ごめんね。あなたの復讐、止めなくちゃいけないの」
　ビリビリお願いしまーす、と告げて雷獣のライちゃんを喚んだメイアは掌をドラグナーの少女に向けた。その動きに応えた獣は雷絲を纏って敵を穿ちに駆ける。
「嫌よ、止められたりしないわ！」
　少女はケルベロス達を睨み付け、邪魔をするなら殺すと豪語する。するとミケが紙兵を散布して援護に入りながら、ふるふると首を振った。
「どんなに悲しくつらい思いをしていたとしても、許されない」
　彼女は多くを無差別に屠ろうとしている。最初は復讐になるのかもしれないが、何れは無意味な殺戮となってしまうだろう。
　アベルも同意を示し、ドラグナーとの距離を一気に詰める。
「行くぞ」
　標的を見据え端的に告げたアベルは双刃の大鎌を強く握り、少女の腕に刃を突き立てた。すると、痛い、と悲鳴が上がる。
　傷つけられる痛みを知っているのであれば人を傷つける力を受け入れて欲しくはなかった。アベルが抱く思いも今の少女には届かない。
　其処へ恭介が魔鎖で守護陣を描き、仲間に防護の力を付与していった。痛々しい悲鳴が聞こえても恭介は意に介さない。
「まあ僕も大概ろくでもない人間なので？　手を差し伸べたりしませんよ？」
　ほら、と恭介が示すとテレビウムの安田さんが振りあげた凶器で敵を殴り抜いた。エンデも好機を見出し、電光石火の蹴りを見舞いに向かう。
「最初っからお前を説得する気なんてねーよ」
　どうせもう元に戻せないのならば、難しくあれこれ考えるよりさっさと倒した方が良いだろう。エンデの放った一閃は容赦なく少女を貫いた。
　だが、彼女は既に半身にデウスエクスの力を宿している。負けじと振り返す刃は死の力を纏い、メイアの首筋めがけて振り下ろされた。
　されどすかさず飛び出したカマルがそうはさせない。羽を散らしながら衝撃を受け止めたカマルによくやったと告げ、ムスタファは溜めた気力を放った。
　そして、その間に真幸が敵を挑発する。
「無様だな。何故、馬鹿相手に死を選ぶまで我慢せねばならない？」
　苛めについて人権擁護委員に相談はしたのか、そこまでしてないなら短絡的だと真幸は冷たい視線を向ける。
「そうよ、無様よ。だからもうこうするしかないの！」
　対する少女は怒りを覚えながら叫んだ。ただの学生だった彼女は其処まで聡明に動けただろうか。出来なかった結果の今がある現状、真幸の言葉は酷だった。
　人は弱く、追い詰められた状況ならばよりいっそう何も出来なくなる。安田さんと恭介が更なる攻撃を加えていく最中、真幸はふと思った。
「この状況がイジメみたいだな……だが人外になった時点で自業自得だ」
　そして、真幸は流星めいた蹴撃で少女を穿つ。
「虐めなんて、みんなおふざけの延長だと思ってるんでしょうかね。あなたの境遇には同情しますよ」
　でも、同情するだけだと恭介は面倒くさそうな表情を浮かべた。
　彼女が半分はドラグナーになった現状、情けはかけられない。ミケは繰り出される刃を受けた仲間を癒すべく、魔術切開による癒しを施していく。
　目の前の少女を屠る為に動くミケに一切の躊躇いが見えないのは、自分の中に独自の正義を掲げているから。
　何かを成すならば、一つを捨てる覚悟を持つ。それがミケの矜持だ。
　エンデも手にした大鎌を軽く放り投げ、更なる一撃に移る。
「邪魔しないで！　この……っ！」
「虐めてた奴らってのが自業自得だったとしても、それ以上の周囲に被害が出るんなら見過ごせねーし。何より、地球の敵が一匹増えるんなら倒さない理由はねーよ」
　叫ぶ少女に対してエンデは冷めた視線を返した。そして、放った鎌は宙で回転しながら標的の身を切り刻む。
　エンデに合わせて動いたカノンは古代語を紡ぎ、魔法の光を放った。
「人々の命を守るために、何としてでも止めなくてはなりません」
「命を奪う復讐はいけないことなの」
　カノンの一閃が敵を包み込んでいく最中にメイアも同じ光を重ねていく。そして、メイアは少女に言い放つ。
「人を裁くのは人ではないの。犯罪は法によって裁かれるものなのよ」
「だったら、私も法で裁いたらどう！？　あいつらは法ですら裁かれないのに！」
　苛めは恐喝や暴行にあたる犯罪だとメイアは理解している。
　だが、今の現状はどうだろう。少女を――白峰・朱莉を死に追い詰めたクラスメイト達ははたして裁かれるのだろうか。
　少女は息を吐き、何処か諦めたようにぽつりと呟く。
「……私、思うの。虐めって完全犯罪よね」
　そうして地を蹴った少女は我武者羅に刃を振るい、アベルを斬り裂いていった。咄嗟に身構えたアベルは身を裂く痛みに耐え、考える。
「――！」
　このまま彼女の憎しみや悲しみを受け止めて倒すのがいいのか。
　説得によりせめて人の心だけでも取り戻させるのがいいのか。その答えを見つける前に反射的にアベルの身体は反撃に移っていた。
　敵の連撃が止んだ瞬間、アベルは大鎌を回転させる。双刃が宙空に躍り、少女に追い縋るように猛威を振るった。
　赤い血が散り、痛みを堪える押し殺した声が周囲に響く。
　その隙を突いてムスタファは癒しの雨を降らせて味方を援護した。多数対一。取り囲まれて逃げられぬ少女はまるで悪夢の中にいるようだ。
　そう感じたムスタファは静かに、僅かに憐憫が宿った声で語り掛ける。
「悪い夢は終わりだ。もうすぐ、楽にしてやる」
　その言葉通り、荒く息を吐く少女はかなり消耗していた。
　戦いの終わりが訪れる時も近い。誰もがそのことを感じ取り、気を引き締めた。

●生と死の結末
　血が地面を濡らし、赤い雫が滴る。
　アベルとムスタファは少女の最期が近いと悟り、メイアも目を僅かに伏せた。
「どうして、なんで？　本当は私は、ただ普通に暮らしたかっただけ……！」
　少女は呻きながら大粒の涙を零した。まだ抵抗は続けているが、最早その心は折れている。辛うじて立っているのはその身に分不相応な力が宿っている故。
　ミケは無言で少女を見遣り、長い睫を幾度か瞬かせる。そして、ややあって鈴を転がしたようなソプラノの声が響いた。
「――さぁ、目を閉じて」
　ミケが紡ぐのは最後の審判の力。
　黄金の光を宿した刃が断罪の為に舞い降り、眩いほどの光が生まれる。描かれた十字が迸る中で、ミケは少女を見つめ続けた。
　其処へチビが竜の吐息を吐き、真幸が容赦のない攻撃を仕掛けに入る。
「自分の復讐に人外の力を借りるな。何の為の復讐だ。度胸もなく頭を使わず自分だけでやる気概もないくせに甘ったれた事言ってんじゃねえよ」
「僕はただ、目の前の敵を蹂躙するだけ。さあ、さっさと終わらせようか」
　厳しい言葉に合わせ、恭介も己の思いを口にした。
　恭介が生み出した旋風に乗って青い花が散り、花吹雪となり敵を包み込む。刹那、辺りには爽やかな花の香りがふわりと漂った。
　少女の動きが鈍り、カノンはかつて紡がれた言葉を音に乗せる。
「私は撫子、冷たい撫子。名前は教えてあげないわ」
　淡い赤紫色の花が連なり、散っていく。エンデはカノンの攻撃が止まぬ間に、と地面を蹴りあげて少女の懐に潜り込む。
「――さようなら、美しい世界にお別れを」
　囁いたその声だけが少女に与える唯一の餞の言葉。エンデによる凶刃が迸り、助けて、と朱莉が泣き叫ぶ。
「殺さないで！　やめて！　いつも誰も助けてくれない！　誰か、お願い私を助けてタスケテたすけて、助け――」
　半狂乱になった少女から目を逸らさず、メイアは痛いほどに掌を握り締めた。
「こんな状態になっても、わたくしはあなたの事を人だと思っているわ」
　だから、人であるうちに。
　ごめんね、ともう一度だけメイアは謝罪の言葉を口にする。次の瞬間、雷鳴が鳴り響いたかと思うと雷獣が駆け抜けた。
　喰らい付くような一閃に重ね、コハブとカマルが追撃を与える。
　ムスタファも仲間に頷き、叫ぶ少女に呼び掛けた。
「お前はまだ人だ。だから……祈れ。きっと神がお前をお救いになるだろう」
　自分達が与えられるのは死のみ。
　蝕む毒を孕む一閃が少女を貫き、更にもう一度、ムスタファは蠍の尾針めいた衝撃を放った。そして、少女が膝をつく。
　そのことに気付いたミケは視線で以てアベルに終わらせて、と願った。
　それを受けたアベルは己の中の地獄と竜の力を重ね合わせ、その身に宿す。先程抱いた疑問にはまだ答えを出せていない。だが、やるべきことはひとつ。
「苦しみもこれで最後だ。……すまないな」
　少女への複雑な思いを抱き、アベルは渾身の力を込める。
　刹那、強大無比な破壊エネルギーが解放され、周囲に地獄の業火が広がった。

●空の色
　少女はその場に伏し、何の言葉も遺すことなく死した。
　エンデは武器を下ろし、皆にお疲れ様、と告げる。そんな中でカノンは少女の傍に膝をつき、開いたままだった瞼を閉じさせてやった。
「……おやすみなさい」
　カノンが別れの言葉を告げ、エンデも亡骸を見下ろす。
　不意にエンデが校舎を見遣ると休み時間を告げるチャイムの音が鳴り響いた。賑やかな生徒達の声が聞こえはじめるのとは裏腹に、この場の空気は重い。
　最期に苛めの加害者の名前でも聞いてやろうかと思っていた真幸だが、生憎にもそうすることは出来なかった。溜息を吐いた恭介も肩を竦める。
「あなたは……どうしたらよかったんでしょうね……」
　ミケもそっと少女だったものを見つめ、ふと思う。彼女の気持ちは彼女にしかわからないのだからもう少し声を大にすべきだった。けれど、と首を振ったミケは小さく呟く。
「もちろん、キミは何も悪くないのだけれど。Buona notte」
「そうだな……」
　アベルは短い黙祷を捧げ、空を見上げた。
　彼女を救う方法があれば当然そうしたかった。しかし、ケルベロスとして彼女の復讐行動を肯定する事だけはできなかったのだ。
　手放しでは喜べない勝利への思いは言葉で表せない。
　とてもとても複雑で、一番の解決策なんてメイアにはわからない。心がぎゅっとなるのだと俯けば、慰めるように寄り添うコハブ。
　やさしい相棒に礼を告げ、メイアは自分の髪に咲く花を供えた。
「わたくしの髪花をひとつ、あなたに」
　仲間の思いを聞き、ムスタファは追悼の思いを重ねる。
　最期に少女に祈れと告げたように、死した彼女に最後の手向けを捧げよう。そしてムスタファは魂の平安が訪れますようにと、自らも強く、深く神に祈った。
　どうか――せめて死後は安らかに。
　でなければ、彼女が迎えた結末はあまりに哀れ過ぎる。
　今日、とある少女の命が散った。それなのに校舎の影から振り仰いだ蒼穹は何処までも青く、悲しくなるほどに透き通った色をしていた。

作者：犬塚ひなこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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