扇に彩

作者:遠藤にんし


「この街に、扇の絵付師がいるようです」
 言葉を受け、二名の螺旋忍軍は頭を垂れる。
「あなた達の使命は、絵付師と接触し仕事内容を確認・可能ならば習得すること――それが終わったら、その者は殺してしまいなさい。グラビティ・チェインの略奪については任せるわ」
「了解いたしました、ミス・バタフライ」
 頭を垂れた姿勢の螺旋忍軍は言う。
「この事件も、いずれは地球の支配権を揺るがすことになるでしょう」
 言葉に微笑むミス・バタフライ。
 二名の螺旋忍軍は、街の中へと向かっていった……。


「扇に絵をつける、絵付師という職業の人が狙われるようだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)はそのように説明を始めた。
「螺旋忍軍はこの人の仕事の情報と技術を得た後、殺そうとしている」
 絵付師の技術を得ることが、どのように螺旋忍軍の有利に働くかは分からない。
 しかし、ケルベロスにとっての何らかの不利が発生する可能性が高い――冴はそのように告げる。
「お願いしたいことは二つ。絵付師の保護と、ミス・バタフライの配下である螺旋忍軍の撃破だ」
 一般人である絵付師を保護するには、螺旋忍軍から遠ざけてしまうのが一番。
「ただ、避難させてしまうと螺旋忍軍の行動が読めなくなる。だから今回は、三日ほど絵付師の下で修業をして欲しいんだ」
「絵付けの練習をするんやな?」
 宝来・凛(鳳蝶・e23534)の問いに、冴はうなずく。
「見習い程度の力量があれば十分だから、かなり努力すれば大丈夫なはずだ」
 その程度の力を得たケルベロスがいれば、螺旋忍軍をおびき出す囮になれるはずだ。
「囮になる人がいれば、修行と称して有利な状況で戦いが進められるはずだよ」
 室内ではなく室外に誘えば建物や画材への被害も防げるし、一方的な先制攻撃や分断作戦なども行えるはず。
「大変だとは思うが、ぜひ技術を学んで欲しい」
 言ってから、冴はぐるりとケルベロスたちを見回し。
「螺旋忍軍の思い通りに進んだ場合、何が起こるか分からないのが恐ろしいところだ……今のうちに、防いでしまおう」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)

■リプレイ


「お世話になります」
 頭を下げる宝来・凛(鳳蝶・e23534)を、扇の絵付師は快く迎え入れた。
 まずは手本をと目の前で準備を始める絵付師を前にして、松永・桃李(紅孔雀・e04056)は工房の中もよく見ておく。
 ケルベロスたちの目の前で、ひらりひらりと絵筆は動く。
 描かれたのは涼しげな水模様――イルルヤンカシュ・ロンヴァルディア(白金の蛇・e24537)は筆先をしっかり見つめ、生まれた色彩を見つめていた。
「雅だね……」
 思わず感嘆の声を上げたのは瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)。
 見る間に仕上がった扇を前に、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)はふわっと笑う。
「ケルベロスの新たな武器をー、知ってか知らずかー」
 思惑渦巻く螺旋忍軍の勢力、新たに手に入った武器・九尾扇――重なる偶然はまさにミス・バタフライの面目躍如と思い、フラッタリーは楽しそうだ。
 扇に宿った色彩を見つめて、スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)は絵筆を取る。
「技術習得の基本はPDCAだ」
 とにかくアウトプットを出さなければ始まらない……さっそくスレインは、絵筆に色を乗せた。
 風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)もスレインにならって修行を始めようとするが、まっさらな扇を前に何を描こうかと思案顔。
 ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)は題材に迷うことなく絵の具を選び、慎重に色彩を乗せる。
 描くのは先日鑑賞した紫陽花。思い出を形に残せたらと、ベルノルトは色を塗り重ねていく。
 凛は絵付師の言葉をメモに書き取り、まずはウイングキャットの瑶をモデルに練習を始める。
 モデルであるという気負いもなく、瑶は気儘に尻尾を揺らし、羽織をはためかせる――ちっともじっとせず、絵の具溶きの水を舐めようとすらする様子に凜はたしなめる。
「悪戯はせんとええ子で協力するんやで!」
「瑶ちゃんも良いモデルさんねぇ」
 桃李は微笑し、扇の縁取りを塗っていく。
 身なりを粧い彩ることを得意とする桃李だが、扇を彩るのは初めて。しかし色を重ねることで美しくなるのは活かせると思い、まずは淡色から広げていく。
 右院は夏らしく薄い黄を塗り、そこに幾何学的な青を重ねる。夏らしい、そして基本の図柄を習得することが右院の目標だ。
 大雑把な性格が災いしてか、イルルヤンカシュは思い通りには描けない。苦戦しながらもかき進めるイルルヤンカシュの姿を眺めていたウイングキャットのオニクシアは、ふいと視線を外に向ける。
 ――順調に進む時もあったし、思う通りにいかないことも多い。試行錯誤を繰り返すケルベロスたちのお手伝いをしているフラッタリーは、ふとスレインがたくさんの作品を作っていることに気付く。
「こぉーんなにー、すごいですわー」
 アウトプットとフィードバックの反映を繰り返すスレインは、これまでに作り上げてきた作品数で言えばケルベロスの中で最多。
 だがスレインの表情を見れば、期待していた通りの成果が出ていないことは明らかだった。
「どんな風にー、すればいいのでしょうかぁー?」
 不思議そうに、それ以上に楽しそうに首を傾げるフラッタリー。
 扇の中で鯉を泳がせる桃李は覗き込み、少々考えてから呟く。
「そうねぇ……テーマや目標を決めたらどうかしら?」
 何を描くのかを決めておかなければ、漫然とした絵が出来てしまう……というのは職人の受け売り。
 目標やプレゼントする相手など、何か具体的なものがあった方が良いのかもしれない――そんなアドバイスを受けて、彼らは再び作業に没頭する。


「三日間、短かったな!」
 修行の日々を終え、響は言って出来上がったケルベロス達の扇を眺める。
 修行の始まりから目標を決め、箔の貼りつけや基本の図柄をひたすら練習した右院と、紫陽花という題材を定めて描いていたベルノルトの二名が囮として選ばれることになった。
「もちろん、他の方の扇も素晴らしかったです。評価をつけるのがもったいないくらい……」
 三日間という限られた時間の中で成果を発揮したのは、具体的な目標を定めたから。
 あとは、螺旋忍軍を待つばかり……ケルベロスたちは、戦いの準備を整える。

 戦場には、屋外の開けた場所を選定した。
「外には、美しい花々が。題材とすればより良い作品を描けるでしょう」
「その後は、画材を買いに行きましょう」
 囮の二人に言われて誘導されてきた螺旋忍軍は、ケルベロス達を疑う風もなく周囲の景色を見回している――視線の逸れた瞬間を狙って、右院は斬霊刀『笹露』で敵へと迫り。
「5、4、3、2、1、ごつん」
 叩きつける衝撃に星が瞬き、ベルノルトは力を宿す眼差しで螺旋忍軍を戒める。
「今です、来てください」
 戦いの高揚ではなく、事を為すための冷静さを強く滲ませた一声。
 その言葉を戦いの合図として、真っ先にイルルヤンカシュは冷気を帯びた手刀でもって外側にすら傷を負う。
「オニクシアも、行けっ!」
 張り上げられたイルルヤンカシュの声に、オニクシアは気のない素振りで翼をはためかせて風を生む。
 スレインは扇から自らの幻影を複製、これからの戦いに備えた。
 フラッタリーの開かれた眼差しが見つめるは螺旋忍軍、迸るは地獄の狂気。
「環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス。其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ」
 爛れる魔手に捕らえられ、ようやく螺旋忍軍は自身が嵌められたことに気付いたらしい。
「くっ……貴様ら! 謀ったな!」
 眼差しに宿ったのは憎悪。
「職人さんが地道に重ねた歳月や、心を篭めた作品を踏み躙るような事、絶対許さへん」
 その感情を真っ向から受け止める凛は、心身に宿す炎を燃やす。
「アンタらにはお誂え向きの彩を――地獄の彩を焼き付けたげる」
 覚悟をと告げ、盛る炎の軌跡を残して凛は刃を振り下ろす。
 刻まれたひと筋を更に深くするのは瑶の爪。
 それらによって反撃の気勢を削がれた螺旋忍軍に対し、もう一人の螺旋忍軍は反撃をしようと一歩踏み出す――そこに絡み付くのは、炎を纏う龍。
「火遊びじゃ、済まないわよ」
 身をよじり、くねらせる龍に抱きとめられて身動きを奪われる螺旋忍軍。
 響は変身ベルトにグラビティを叩きこむと、持ちうる獣性で光球を作りだした。
「行くぞ! 貴様らの思い通りにはさせないっ!」
 呼応するようにライドキャリバー『ヘルトブリーゼ』はエンジンを吼えさせ、力強い掃射を開始するのだった。


 特に傷を負った螺旋忍軍へと踊るように飛びかかるのは、桃李だ。
「貴様、我らの修行を邪魔するか!」
 怒りと共に振るわれる蹴りはただの暴力であり、その無粋さに桃李は白々とした視線を向ける。
「心も尽くさずして、何が得られると言うのかしら」
 職人の矜持も作品も蔑ろに、真髄を学ばぬ行いを見過ごすことは決して出来ない。
「せめて最後は華やかに――地獄の炎で、彩って差し上げましょう」
 いまだ燻る炎、そして煌めいたのは刃。
 迸る真紅もまた踊り、その様子に凛は修行の日々を思い起こす。
 舞い踊る金魚、椿に蝶――舞い踊る火炎にそれらの連想を得た凛は口元に微笑をたたえ、刀を槍に持ち替えて突きを見舞う。
 瑶のリングが戦場を飛び、スピンしながら疾駆するヘルトブリーゼも螺旋忍軍へと襲い掛かる。
 ざあと音を立ててこぼれるのは季節外れの桜吹雪。
 舞い踊る風はオニクシアのもの。幻惑的な桜吹雪の中心に立つ右院はメイド服のスカートを大きく膨らませ――。
「えっ!?」
 特にどうということのないこととして流そうとしたイルルヤンカシュは、メイド服を着ている右院の姿に思わず二度見。
 それでいて爆破スイッチの作りだした爆発が狙いからまったく逸れていないのは流石と言うべきだろうか。
「戦略的に選んだらこれしかなかったんだ……そういう趣味じゃないんだ……!」
「敵の武装と己の位置から最善手を選ぶ。戦うなら必要なことだろう」
 合理性で判断するスレインは言い、次なる手として足元に炎を宿す。
 擦過の火炎は細く長く、螺旋忍軍を取り巻く。
「影ノ蝶」
 フラッタリーはナイフを咥えた口元をニィと歪ませ。
「其之翅ヲ千切リテ獄炎デ焚コフゾ」
 刹那にして敵との距離を詰めると、首を振るって刃で螺旋忍軍を貫いた。
「この重さの中で動けるか? 止まっとけ!」
 重力が螺旋忍軍を圧迫し、止まった動きの中で響は立ち向かう。
 押し潰され、攻撃を叩きこまれて倒れ伏す螺旋忍軍。
「よしっ、あと一体だ!」
「させるものか!」
 残された螺旋忍軍は流星のごとき蹴りを響に向けるが、即座にベルノルトが鼓動のごとき鐘の音を鳴らす。
「刻の音を、生命の狂騒を」
 澄んだ音は、感覚すら研ぎ澄ます――Glockenturmの響きを得て、ケルベロスたちは再び戦いに向かうのだった。


 戦いが続こうとも、重なるヒールのお陰もあってケルベロスたちに疲労はなかった。
 右院の刃は軽やかに宙を裂き、その道程にあった螺旋忍軍の腕をも淀みなく切り裂く。
 不利を悟ってか螺旋忍軍は猛然と攻撃を仕掛け、それらがケルベロスらに打撃を追わせることはある――だが。
「出てこい、光の柱!」
 そのような状況であれば攻撃から回復へとフットワーク軽く動くイルルヤンカシュが癒しに転化し、天に届きそうなほどの光を施す。
 オニクシアも清浄な風を絶やすことはなかったため、大きな問題にはならなかった。
 癒しが十分ならばと瑶は攻撃を行い、凛は宙へ手を差し伸べると、指先に紅蓮の蝶を止まらせて。
「さぁ――遊んどいで」
 いつの間にか姿を見せた蝶はひらひらと舞い、気まぐれに螺旋忍軍の肩へ宿る――花開く業火を、ヘルトブリーゼは炎で更に飾り立てる。
「喰らえっ!」
 叫びと共に炎の中へ特攻する響――蹴りは鋭く突き刺さり、空気の混ざった炎は轟音を上げる。
 黒髪を柔らかに広げ、桃李は螺旋忍軍にそっと歩み寄り。
「アナタにあげる」
 蠱惑的な微笑と共に、刃による斬撃を贈り届けた。
「ケルベロスとして――遺すべき技術と、芸術を楽しめる日々を守ります」
 終わりは近い、直感したベルノルトは決意を口にし、再び癒しを広げる。
 降り注ぐ雨は優しく、温かくすら感じられる。
 スレインは螺旋忍軍に肉薄、その胸倉を掴むと、周波数から内側を戒める。
「問うか、この私に『そは誰か』と」
 受けた戒めは螺旋忍軍の動きを止めるには十分すぎた。
 フラッタリーの首はガクガク揺れ、好機を認めて喜悦に歪む。
 叩きつけられた鉄塊剣は地面すら抉り、炎は縄と化して螺旋忍軍を締め付ける。
 ――獄炎の縄が解けたのは、締め付けていた者が消え失せたからだった。

 任務は成功に終わり、ケルベロスたちは戦場を後にする。
 扇の色彩は護られ――彼らの手の中にも、その彩は残されていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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