螺旋忍法帖防衛戦~柳に雪折れなし

作者:久澄零太

「みんな、集まったね?」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は番犬たちを見回し、先日の正義のケルベロス忍軍作戦の資料を広げて、ユキはその中の一枚を取り出す。
「みんなが手に入れてくれた『螺旋忍法帖』だけど、暗号の読解とか進めたらいろんな事が分かったの」
 お前そんなことできたんだって視線は気にせず少女は続ける。
「螺旋忍法帖は特別なお手紙みたいなもので、螺旋忍軍はこれをもらうと螺旋帝の血族から指示をもらえるの。これを達成した螺旋忍軍は惑星スパイラスに呼ばれて、一族みんなに『勅忍』の栄誉がもらえるんだって。これは螺旋忍軍にとって、すごく誉れ高いことみたいで、最大の目標でもあるみたい」
 英国などに見られる、国家に貢献した人物に騎士の称号を与える文化があるが、その上位互換のようなものなのかもしれない。
「一回の指示で勅忍になれるのは一つの忍軍だけなの。だから螺旋忍軍はライバルの集まりになってて、お互いの邪魔をしてたみたいだね」
 残念な連中ではなく、互いに競い合う連中だったんだなぁ……しみじみする雰囲気の中、ヘリオライダーの目が鋭くなる。
「ここからが本題だよ。みんなが螺旋忍法帖を手に入れたから、螺旋忍法帖を直接もらった忍軍じゃなくても、奪い取れば勅忍になるチャンスがあるって分かった螺旋忍軍がみんなの忍法帖を奪い取ろうとするの。しかもあっちは螺旋忍法帖を探す事ができるみたいで、金庫にしまったり、どこかに隠しても意味がないの」
 つまり、番犬が直接護衛につく必要があるのだ。しかし、いつ来るかも分からない敵に、永遠に備え続けることはできない。故に、ユキの提案はこちらから仕掛けることだった。
「螺旋忍法帖を狙ってくるんだから、むしろ罠を張ってまとめてやっつけちゃう迎撃作戦とかどうかな!?」
 螺旋忍軍は忍法帖を狙ってくる。逆に言えば、忍法帖のある所に螺旋忍軍が現れる。奪いに来ると分かっているのなら、そこに防衛線を敷くことができるのだ。ここでまとめて撃退することができれば、番犬に挑むより同族から奪う方が楽だと分からせて、諦めさせる事も可能だろう。
「たくさんの螺旋忍軍を迎撃するのに相応しい場所として、石川県の金沢城と、北海道の五稜郭が選ばれたからシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)さんは金沢城へ、嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)さんは五稜郭に向かって。あ、忍法帖を忘れちゃだめだからね!!」
 めっ! 念押しするユキは地図を広げた。
「みんなにはこの地点の防衛に向かってもらって、ハクって螺旋忍軍の迎撃に当たってほしいの」
 通称、怠惰なる刺客・ハク 。気だるげな様子の内に、高い実力を秘めた少女であり、やる気に満ちた相手から技術を奪うことに喜びを見出す個体らしい。
「配下が三人いて、皆を無視して素通りしようとするの。ハクが攻撃を一身に受けようとするんだけど、たぶん見ただけで相手の技を見抜いて、真似できるくらいには器用だと思う。一回使った技術は通じないと思うから、ハクの撃破の作戦と一緒に、配下を足止めするための作戦もいくつか用意した方がいいかも……」
 今回は番犬にとっては防衛戦だが、向こうの目的はあくまでも忍法帖の奪取。わざわざ全員そろって交戦する必要はないのだ。
「どこの防衛戦も共通だけど、もし負けたら残った敵は本陣に向かうから螺旋忍法帖を守るチームに負担がかかっちゃうの。一部隊だけならなんとかなると思うけど、いくつかの部隊が負けたら螺旋忍法帖を守り切れないかも……それに、仮に勝ったとしても、配下が突破してたりすると、その配下が本陣に乗り込んでくるからできるだけ全員やっつけてね?」
 最後に真剣な瞳を向けてから、ユキは右手の人差し指を立てて、人差し指を立てた左手でそれを握る。
「お城で忍者と防衛戦っていうと、すごく大切なお仕事なのにちょっとだけ楽しそうにも見えるね……でも、気を抜いて逃がしたりしちゃダメだよ? にんにん!!」
 一番気が抜けているのは、こいつかもしれない。


参加者
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
シータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
天野・司(陽炎・e11511)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
空舟・法華(ゴリラっ子クラブ・e25433)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
皆川・隠岐乃(銃闘士・e31744)

■リプレイ


「来た」
 御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が周囲に煙幕を張り、バリケードに身を潜める。
(実力は確かだけど、考えが読めない……)
 皆川・隠岐乃(銃闘士・e31744)は神妙な面持ちで生唾を飲んだ。その視線の先はもちろん……タンクトップにショートパンツ、ビーチサンダルという空舟・法華(ゴリラっ子クラブ・e25433)。
(本当にヤバい敵って分かってるんだよね!?)
 頭痛を覚える隠岐乃だが、敵は待ってくれない。シータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)が霧の流れを目視、腰裏のサブアームを展開して四挺の銃を構え、両手の武器の引き金に指をかけた。
「ここから先へは行かせないわ。そして……ここで消えてもらう!」
 開けたここでは奇襲に向かない為、真正面から弾幕を張り先制射撃を仕掛けるも、敵はバリケードを足場に先へ進んでしまう。
「敵が目の前に居るのにスルーとか……これって汚いな、流石ニンジャ汚いとか言っておくべきですかね?」
「無視なんてツレないじゃないか? 一期一会の出会いは大事にしなきゃ!」
「そう簡単に私を抜けると思わないでくださいね?」
 宵一がハクを、天野・司(陽炎・e11511)と朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)がそれぞれ配下を押さえて、一人抜けた。
「コツコツやるのは面倒だから一山当てに来た、って顔だねえ……だけど、美味い話にゃウラがあるのよ」
 銃口を二つ持つリボルバー……散弾銃? という異様な大型銃を構える隠岐乃。咄嗟に飛び退く忍だが。
「甘い!」
 二発の弾丸が爆ぜて内部の小型弾丸を弾き合い、瞬く間に弾幕を広げていく。咄嗟に地面を滑った瞬間にもう一挺の銃口が追い縋り、弾道から逃れる忍だが。
「こいつは弾丸なんざ使わねぇのよ!!」
 弾倉を直接銃口にしたような短銃から飛び出したのは一筋の光条。薙ぎ払うような一閃に忍が跳ね起き、脚を止める。
「……何としても邪魔しようってわけ?」
 大きく欠伸をするハクに、月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)は意外そうに首を捻る。
「君って名誉を狙う性格だった? もしかして誰かに頼まれたの? そんなに勅忍の秘技って凄いの?」
「一気に質問しないでよ鬱陶しい……」
 頭をかくハクは片目を閉じ、欠伸の涙を流す。
「螺旋忍者なら誰もが勅忍になろうとするモンなの」
「……それだけ?」
「それ以上説明する必要ある?」
 キョトンとする京華に、半眼のハク。これ以上は話すだけ無駄だろう。
「白昼堂々攻めこんできたんだ、丁重に迎えてやろうじゃねぇか。てめぇら全員喰ってやる……ネズミ捕りに突っ込んできたんだ、覚悟しろよ」
「「え?」」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)が身構え、ハクは隠岐乃を、隠岐乃は自身を示して固まった。


「今です! 忍者ホイホイ陣、展開!」
 沈黙を破ったのは法華。獣毛の扇を振り、後衛に指示を飛ばす。大振りな様子に忍達の目が向いた瞬間に環が動いた。距離を詰めて、配下の両肩を掴む。
「これぞ、猫の必殺技!」
 ぴょんと軽く跳ねたタイミングで掴んだ手をハクに弾かれ、すり替わられてしまうが攻撃そのものは止まらない。
「猫キック!!」
 体を丸めるようにして、両脚揃えて鳩尾めがけてキック! 体重を乗せて深く踏みつけながら反動で宙返り。挑発するように尻尾を揺らしながらドヤ顔を向けて煽っていく。
「ハク!」
「私はいい、行って!」
 悔し気に走り出す忍だが、その前に司が滑り込む。
「この先が気になるか? 可愛い俺が相手になってるんだから、今だけはよそ見しないでくれよ!」
「邪魔!」
 司を迂回して障害物を足場に登っていこうとするが。
「せっかく作ったんだから、楽しんでいってよね!!」
 登り始めた障害物の下部を蹴り飛ばして破砕、落ちる配下に指先で触れて交差、なぞった軌跡に無色の炎が灯り、消えた。
「何今の?」
 首を傾げる忍に京華が迫るも動きは見切った、のだが……もし当たったら? その予測の先の痛みが、咄嗟に頭をガードさせて視界を潰してしまい、ハイキックの構えを取っていた京華が素早く軌道修正。
「そこ、がら空きっ!」
 急降下、叩き落とすように脛を蹴り、軸足に力を込めてすくい上げる様に吹っ飛ばす!
「何やってんの……」
 こめかみを押さえるハクに配下二人が幻影を纏わせて治療にあたる。
「後で、会おう」
「やられたら承知しないから!」
「無駄口叩いてないで速く行ってよ……」
 しっしっ、ハクに追い払われた配下二人が突破を試みるが、番犬とてそう簡単には逃がさない。
「逃がしません、よ?」
 ハクが動き、配置の変わった宵一が切っ先を忍の一人に向ける。
「なん……」
 反射的にそちらを向いて脚を止めてしまい、その後ろを別個体が駆けていく。
「逃がすか!」
 シータの砲門がやや前方に照準を合わせ、地面ごと吹き飛ばして後退を余儀なくさせる。粉塵を切り裂いて飛び出してきた体は……半透明な鎖で縛り上げられていた。
「いつの間に……!」
(こいつはやべぇぞ……)
 歯噛みする忍に御業を飛ばした陸也は表情に無感動を、内面に焦燥を。
(一人いりゃあ抑えられると思ったが……庇われちゃ状態異常の付与もコントロールできねぇし、仮にできても感情論じゃこいつらを抑えきれねぇ……)
「へぇ、グラビティの重ね撃ちか」
 陸也を、ハクが見ていた。
「派手な砲撃に呪術を混ぜるとか、中々セコイじゃない」
「何言ってんだ?」
 戦術を見抜かれている。まさか、陸也の背筋に冷たい物が走った。
(こいつが奪う秘儀ってのはグラビティじゃねぇ!?)
 距離を詰めるハクに対して、マークしていた環が割り込む。
「バカっ、庇うな!!」
「え?」
 陸也が叫んだ時には、完全に防御したはずの環が崩れ落ちた後だった。
「なん……で……?」
「え、直撃!? どうして!?」
 確かに防いだはずが、急所を的確に突いた一撃に、穿たれた胸部から血を垂れ流しにする環が呆然と自分の風穴を見下ろし、彼女を三人に増えた法華が取り囲んで応急処置を施す。
「んー、確かに守りをすり抜けるって意味では効果的だけど、仕留め損ねるあたり、まだ使いにくいかな……」
 手を握っては開くハクに、陸也は確信する。
「テメェ、人の戦闘技術そのものをコピーしてやがるな?」
「そりゃそうよ……私がグラビティを真似するとでも思ってたの?」
 半眼をするハクは深いため息。
「グラビティなんてポンポン新しいのが作られるけど、そんなものは私の求める秘儀じゃない。技と腕を磨いて辿り着く、洗練された戦術。それこそが秘儀。でもまー、そんなの自分で身に着けるのはめんどいから、その境地に至った人のをパクった方が早いでしょ?」
 やる気のある人物から技術を奪う。そんな情報があったはずだ。
「要は、相手が自分を鍛えてれば鍛えてるほど、テメェは強い技を手に入れるってわけか」


『ハクちゃんせこーい!』
「いいからとっとと行きなさいよ!」
 配下三人に笑われ、怒鳴り返すハク。その剣幕に三者三様に逃げ出した。
「しまった、環さんは今……」
「余所見してる場合?」
 宵一が引きつけようとするが、ハクに張りつかれて刀身に闘気を集中できなくなってしまう。
「一撃が……重い……!」
 掌底と毒を仕込んだ貫手。二段構えの攻撃に、いなした直後に衝撃が加わって得物を逸らされ防御を崩される。耳をキュッと伏せ、焦燥を露わにする彼の横を静かな忍がすり抜けた。
「止めてください!」
「って、言われても……」
「こっちも精一杯だよー!!」
 京華と司が一人の忍を抑え、陸也が動けない環を庇い、法華が治療にあたる。
「今度こそ……さらば……!」
 バリケードを突破した瞬間だった。
「言ったでしょう? ここから先へは行かせないって!」
「速……ッ!?」
 高速機動するシータを忍が認識した途端、頭を掴まれた。目を白黒させるのも無理はない。彼女の視覚では、彼女はまだ離れた位置にいるのだから。
「残像……!」
 見開いた瞳に、至近距離の一斉射撃。小さな体が紙きれのように揺れるが、この程度で散るほど忍も脆くはない。銃撃が止んだ瞬間に反撃しようとするが、その体は既に地面に叩きつけられていて。
「隠岐乃!」
「任せなァ!!」
「させるわけないでしょ!」
 散弾銃を下方へ、異形のリボルバーを迫る忍へ。
「悪いな、この銃は回転弾倉式なんだ」
 カチリ、弾が変わった。
「アタシはこっちの方が好みでさァ!!」
 撃鉄が銃弾の底をぶっ叩き、弾けた火花が火薬へ点火。銃身に導かれて飛び出すのは二発共に銃弾。ならば、と二人の忍が回避を試みた瞬間だった。
「……バァン」
 隠岐乃の呟きと共に銃弾が『爆ぜた』。砕けたショットシェルは無数の弾丸を吐き出して、それが鳳仙花のように散らばり、忍を『面』の射撃で捉えて吹き飛ばす。
「足止めくらいは引き受けてやらァ!」
「皆は環のフォローとターゲットの撃破を!!」
 真紅の瞳を爛々と輝かせる隠岐乃と、オーバーヒートした武装から重力鎖の残滓を蒼い燐光として散らすシータ。京華が靴を鳴らし、司が地面を踏みにじる。
「いける?」
「むしろいくしかないでしょ!?」
 視線を交わし、靴音を重ねた。
(左右……そんなものっ!)
 挟撃するのは目に見えている。両側から来る蹴りを、跳んで同士討ちさせて……。
「おぉりゃっ!!」
 互いの足首をぶつけ、絡めとるようにして京華が司を蹴り上げる。
「嘘でしょ!?」
 宙に逃げた忍へ、噛み合うように軌道を変えた司が食らいついた。
「トリッキーなのは忍者の専売特許じゃないって事さ!!」
 京華の蹴りに乗っかった司が大きく回転、忍の胴体を真横から捉えてその身を折る。
「へいパース!」
「ちょ、近すぎ!」
 ほぼ垂直に蹴り落とされた獲物を、司が離れた脚を引き戻して地面に叩き付け、反動で逆脚を上げる事で膝による迎撃。深々と突き刺さる蹴脚に鈍い音が響いて、血の混じった吐息を残した忍に影が落ちる。
「この距離なら、見切りも何もあったものじゃないよね?」
 宙で一転、司が両脚を揃えて忍へ直下、体重に脚力を乗せてその身を打ち砕く。
「ごめん、後、任せるね……」
「茜!」
 ハクが手を伸ばすも、何も掴めはしない。
「戦闘中に余所見ですか?」
 地面と水平に刃を寝かせ、目の高さで刀を構える宵一。背を向ければ確実に仕留められる。そう感ぜられるほどの覇気を前に、ハクは面倒そうに歯噛みした。


「茜の仇……」
 忍が司の背後を取るが、銃声の嵐がその刃を飲み込み押し流す。
「かすった! 今かすったんだけど!?」
「悪い、弾がバラけるからそこまでは制御しきれないんだわ」
 隠岐乃の散弾が忍を吹き飛ばすと同時に、司の後ろ髪を少し焦がしたようだが、彼女は気にせずトリガー。
「鬱陶しい……」
「その目でよーく見ときなよ」
 螺旋を持って、傷口を抉る短刀を突き立てられてなお笑う兎に、狂気すら感じて飛び退いた忍の前に広がったのは、手榴弾。
「服の中に火薬……!」
「遅い!」
 弾丸が安全ピンを吹き飛ばし、周囲に爆風と閃光が吹き荒れる。視力を失った忍が気配を探ろうとすれば、既に鳥籠の中。無数の鎖に絡めとられたその身を磔刑に。
「これでちょこまかされねぇだろ」
 やれやれ、とため息をこぼす陸也の横で、シータがサブアームと両手で銃を構える。クールダウンを終えて、再度高速機動形態をとりながらも移動はしない。
「おかげで確実に全弾当てられるわ!」
 自らの過剰出力の速度に対応した思考速度を持って弾道制御。六挺全てを同時に官制、文字通りの百発百中は、小さな体を襤褸のように穿つ。
「翡翠……!」
 一瞬だけハクの表情が歪み、最後の配下が動いた。
「おっと?」
 斬りかかられた宵一が刀の峰で受け、逸らし、ハクから離れる。
「ハク、行って!」
「それじゃあんたが……」
「速く!!」
「……ッ!」
 走り出したハクを見送るように微笑んで、返す刀に斬り裂かれながらも忍は倒れない。
「これ以上……邪魔は……」
「させないってか?」
 弾の代わりに鬼鋼を込めた隠岐乃が背後から発砲。突き刺さり、内側で変形して肉を抉る弾幕に全身を撃ち抜かれてよろめくも、まだ倒れない。
「私は……!」
 踏み出そうとして、その動きが止まる。
「こんな格好でも、動けるんですよ?」
 大型の鉤状の手裏剣を振り抜いた法華が得物を降ろす。
「ハク……」
 最期まで言の葉を紡げなかった首が、地面に落ちていった。
「葵……!」
 目を背けて駆けるハクの前に陸也が立ちふさがるも、忍が飛びかかりその首に脚を絡める。頸椎をへし折り、仕留めた……はずなのだが。
「カミサマカミサマオイノリモウシアゲマス」
 捻じ切れた喉が、祝詞を紡ぐ。
「オレラノメセンマデオリテクレ」
「しまっ……」
 ギョロリ、血走った目が自分を見た途端に幻術だと気づくがもう遅い。霧と化した陸也の体がハクの脚に絡み付き、その機動力を奪う。
「まだ……!」
「貴女も粘るタイプなんですね?」
 鉛のような脚でなお進まんとするハクの前に、復活した環がぷんすこ。
「さっきはよくもやってくれましたねー!!」
 左右にステップを踏み、不規則に迫る環に爪に仕込んだ毒を振るおうとするが。
「ひっかき攻撃なら負けませんから!!」
 環もまた爪に重力鎖を集中、バリバリバリバリ! ハクの全身をひっかきまわし、傷だらけにしてしまう。
「私の全力を受け止めて。私の秘技を奪えるのなら奪ってみてよ」
「あんたのは技術っていうより馬鹿力でしょうが」
 もはや攻撃に耐えることすら困難なハクに京華が拳を引いて、向き合うハクもまた手を握り込む。
「昔はアンタと……」
 ハクの目が、少しだけ懐かしむように緩んだ。かつては肩を並べて、挑んで、二人仲良く返り討ちに遭った苦い思い出。その相棒が、今はこうして拳を交えようとしている。
 もし、私が素直だったなら……そんな気の迷いを頭を振って打ち消した。自分の隣に友としての京華はいない。自分の前に番犬としての京華が在るのみ。
 二つ、影が動いた。一直線に向き合って、拳を打ち合わせる瞬間、螺旋の拳は軌道を逸らし、内側に傾くように京華の懐へ。拳を開き、貫手に変えて仕込み毒を打ちこもうとして……番犬の体に触れた指先が、それ以上は進まない。
「変わらないね、楽しようとする『フリ』をするとこ……」
 真正面からぶつかって相討ちに持ち込めば、実力で勝るハクが勝っていただろう。だが、搦め手で仕留めに来ると読んでいた『二撃目の』竜の拳がハクを捉えて深く抉り込んでいる。互いの手の内は知っていた……こうなると、分かっていたはずなのに。
「私は面倒なのが嫌なだけだっての」
 ぐらり、倒れ込む忍を京華が受けとめる。
「あーぁ、先に逝ったあいつらに何言われるか……面倒くさい……なぁ……」
 静かに眼を閉じたハクを、京華はそっと抱きしめた。
「おやすみ……琥珀……」

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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