ミッション破壊作戦~死への挑戦

作者:こーや

「暑くなってきましたねぇ……」
 河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)は赤い唐傘を持ち直し、しっかりと自身の体を影の内に収めた。
 本題です、と口にして、山河は視線をケルベロス達へ向けた。
「前のミッション破壊作戦で使用したグラディウスが、また使えるようになりました」
『グラディウス』とは、長さ70cmほどの『光る小剣型の兵器』である。
 普通の武器として使用することは出来ないが、その真価は『強襲型魔空回廊』にダメージを与えることが出来る点だ。ともすれば破壊することも可能である。
 これにより、デウスエクスの地上侵攻に大きな楔を打ち込めるのだ。
 ただし、一度使った後は再使用にかなりの時間がかかる。グラビティ・チェインを吸収させる必要があるからだ。

「強襲型魔空回廊があるんは、ミッション地域の中枢です。普通の移動手段では辿り着くこと自体が難しいですし、グラディウスを奪われる可能性もあります。グラディウスは貴重ですから、その危険は避けなあきません」
 故に『ヘリオンを利用した高空からの降下作戦』を行う。
 強襲型魔空回廊は、半径30m程度のドーム型バリアで覆われている。このバリアにグラディウスを接触させればいいので、高空からの降下攻撃も可能という訳だ。
 山河はくるりと赤い唐傘を回し、言葉を続けた。
「8人のケルベロスが最高の状態でグラディウスを使えば、一回で強襲型魔空回廊を破棄することすら可能です。グラディウスは皆さんの気迫……魂の叫びの強さに応じて、発揮する力が高まります。せやから、強い意志で挑む必要があります」
 破壊に至らなくとも、ダメージは蓄積する。最大でも10回程度の降下作戦を行えば、強襲型魔空回廊も確実に破壊できるだろう。
「うちが今回、皆さんをお連れするのは『死神』のミッション地域になります。死神の領域の中から、1か所選んでください」
 唐突に強い風がヘリポートを駆け抜けていく。
 山河は暴れる髪を片手で抑えながらも説明を続けた。
「周囲には強力な護衛戦力がいますけど、高高度からの降下なので妨害されることはありません。せやからそこは安心してくださいね」
 グラディウスは攻撃時に雷光と爆炎を発生させる。
 これらはグラディウスを所持していない者に無差別に襲い掛かる。護衛戦力も例外ではなく、防ぐ手段は無い。
「皆さんは雷光と爆炎によって発生するスモークを目隠しにして、その場から撤退してください」
 グラディウスは貴重だ。奪われるわけにはいかない。ゆえに、出来るだけ戦闘を回避して持ち帰る必要があるのだと、山河は念を押す。
「護衛部隊はグラディウスの攻撃の余波で、ある程度無力化できます。せやけど、完全には無理です。強力な敵との戦闘は避けられません」
 幸い、余波で混乱する敵が連携を取ることはない。立ちはだかる強敵だけを迅速に倒し、撤退すればいい。
「時間をかけてしまうと、脱出する前に敵が態勢を整えてしまう可能性があります。そうなると、降伏するか……最後の手段を使って撤退するしかないでしょう」
 ゆるり、小首を傾げた山河が微笑む。
「皆さんの強い気持ちが力になります。魂の叫びを、叩きつけてきてください」


参加者
国津・寂燕(好酔酒徒・e01589)
上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)
桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)
アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)
ククロイ・ファー(鋼を穿つ牙・e06955)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ザハク・ダハーカ(スカーレッド・e36065)

■リプレイ

●挑戦
「そろそろですね」
 レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)は広げていた地図を畳み、懐にしまい込んだ。見守っていたビハインド『イード』はするりと主人の側に寄り添う。
 それに合わせ、外の様子を窺っていた桐屋・綾鷹(蕩我蓮空・e02883)は面倒くさそうに欠伸を一つ。
 2人が行っていたのは撤退ルートの割り出し。
 死神の侵攻により多少は地図からずれている可能性はあるが、参照するものがあるのとないのとでは大きな差がある。
 降下する地域は同じでも降下地点までは一致しない為、綾鷹の以前の経験が全て活きたわけではないが、やはりこれから降下する地点を上空から見ることはルートの割り出しに役立つというもの。
 上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)は一つ屈伸をして、ハッチに体を向ける。
「女の子いじめる奴ぁ許せないよねぇ。今回で必ず解放してあげようねぇ」
 今回は敵さんも別嬪さんだけどね、と国津・寂燕(好酔酒徒・e01589)が冗談を交じえ言う。
 セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)も頷く。
「そうっす。必ずやるっすよ」
 そんな2人のやり取りを聞きながら、アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)は眼下に広がる光景を静かに見据えていた。
 神奈川県相模原市。
 かつてのシャイターン襲撃事件で戦場となった場所。
 それは、洗脳によって使役された多くのヴァルキュリア達が苦しんだ場所であることと同義。
 アゼルがミッション破壊作戦への参加するのはこれが初めてだが、それはそれとして。
「いつも思いますが、あの連中全くもって気に食わない。個人的見解ですが、死神と称するのもおこがましい」
「んじゃなんて呼ぶのがいいと思うんだ?」
 同じようにこれから降下する場所に視線を向けるククロイ・ファー(鋼を穿つ牙・e06955)。
「ネクロマンサーあたりが相応しいと思うのは私だけでしょうか」
 間髪入れずに帰って来たアゼルの答えに、ククロイはカラカラと笑った。
「いいんじゃねェかな。ま、やることには変わんねェよ」
「そうですね」
 ザハク・ダハーカ(スカーレッド・e36065)がグラディウスを携えた。
 ちきり、小さな金属音が鳴ると同時にヘリオン内部が静まり返る。
「行くぞ」
 口数の少ないドラゴニアンの男はヘリオンの硬い床を蹴った。
 他のケルベロス達も後に続けば、すぐさま風を切って体が落ちていく感覚に包まれる。
 ビュオォォォと大気を裂く音が耳に襲い掛かるも、ケルベロス達の魂を冷やす要因にはなりえない。
 獅子を模した金色の籠手を嵌めたザハクの手にはグラディウス。
 シャイターン襲撃事件はザハクがケルベロスになる以前に起きたこと。
 事件のことは伝聞と記録でしか知らないが、ここで戦い、散ったヴァルキュリア達は悲しみ、涙を流したのは紛れもない事実。
 闘争を求める男だからこそ、ザハクはその事実に否を突きつける。
 闘争とは己が心から求め、果たすもの。
 望まぬ闘争強いられ散った者達を、再び駆り立てることなど許される所業ではない。
 故に、ザハクは燃える魂のままに叫んだ。
「この星の新たな同胞たちのためにも、今日ここで終止符を打たせてもらおうか!」

●咆哮
 風を受けるレクトの脳裏をヴァルキュリアである友人の顔が過る。
 大切な友人の同胞達をこれ以上利用させない為に。
 大切な友人の同胞達が安らかに眠れる場所にする為に。
 悲しい命をこれ以上貶めない為に。
「なんとしても解放を」
 ここで必ず壊すのだ。
 レクトは押し寄せる大気のせいで後ろに回ってしまったループタイの薄藍硝子を引き寄せる。
 同時に、グラディウスの刃に魂を重ね合わせた。
「死神が好き勝手する時間に終焉を」
 柔和な青年の声は決して大きいものではない。しかし、滾る魂の叫びを大気が呑み込むことは叶わない。
 ククロイもまた、ヴァルキュリアの為に叫ぶ者である。
 涙を流し、血を流しながら戦わされたヴァルキュリア達。
 救いきれなかった命を勝手に利用する夜葬華ノクスへの怒りが、ククロイの魂を燃え上がらせる。
 レプリカントの男の体に施された白い紋様が淡く輝く。
 ヴァルキュリア達の魂の安息も、相模原市の平和も、今日ここでノクスの魔手から奪い返すのだ。
 籠手が模る黄金の獅子の如く、ククロイは咆えた。
「俺達の魂を込めた一撃で! 仲間達が熱き想いと共に幾度も刻んだ傷を穿てッ!! グラディウスゥゥッッッ!!!!!」
 千鶴はひたと、自分が下りていく先を見据える。
 誰にも負けない諦めの悪さならあると、千鶴は思う。
 この足は全力で回る。この腕は、全力で振るえる。この目は、『ヤツ』を捉え続ける。
「……必ず、勝ってやるわ……!」
 千鶴はグラディウスを握る手にさらに力を込めた。魂の叫びを少しでも堅牢なものへとする為に。
 紫紺の霊気を秘めた寂燕の死経装がバサバサと音を立てて翻る。
 この場所は死神が遊び場にしていい場所などではない。
 女の子の魂が玩具にされているのだから寂燕に許せるわけがない。
 死の眠りについたヴァルキュリアを叩き起こすというのだ。支配から解放された後まで良いように使われるなど冗談ではない。
「ほら、酷い戦いの犠牲になったヴァルキュリアの魂を解放しろってぇんだよ」
 白を茜で縁取ったバングルが風に煽られ踊る。
 温かな色でありながら容赦なく焼き付ける西日のような、寂燕の魂の熱がグラディウスに重なる。
「さぁ砕けろ、そして今度こそおやすみよ!」
 セットは押し寄せる空気の波に呼吸を奪われぬよう、僅かに口の両端を開いた。
 そのつもりはなかったのに苦さを噛みつぶしたような表情になってしまった。
 しかし、それはセットの心情そのままのもの。
 ここにいたヴァルキュリア達は、無辜の人々を傷つけることを決して望んでいなかった。
 血の涙を流すほどの悲哀を宿し、抗いたいと願った彼女達の意志を無視して、死神の為に戦わせようなどと。
 許せやしない。
 この企みを阻止する為、この場に赴いたケルベロス。この地を解放するべく、魂を燃やしたケルベロス。
 そんな彼らの為にも――。
「絶対に回廊を破壊するっす!」
 無辜の人々を守る為に戦うドラゴニアンの魂が、強い熱となってグラディウスに宿る。
 重力に身を委ね、アゼルは降下していく。その手でしかとグラディウスを握ったまま。
 死神にはネクロマンサーと呼ぶのがふさわしいのではないか。
 そう言ったレプリカントは、死せる者への冒涜をこの手で終わらせてやりたいと思う。
 グラディウスの威力を引き出すのは魂の叫びのみ。
 それを、アゼルはグラディウスに乗せる。
「安らぎの中にあるべき魂を冒涜する報いを!」
 綾鷹の懐には一つのお守り。感謝の念がこめられたものだ。
 降下で髪や衣服が翻り、揺れてもそこにある事実は変わらない。
 変わらぬ事実はもう一つ。
 今更ヴァルキュリアを蘇らせたところでケルベロスの敵ではないということ。
 日に日に強くなっているケルベロスは、前までの自分達とは違う。
「破れようと破れなかろうと、何度も、何度でもてめえらに抗ってやらぁ!!」
 一喝した男はバリアに突き立てるべくグラディウスを構える。
 このグラディウスには、必ず結界をぶった斬ってやるという綾鷹だけの叫びだけがあるのではない。
 相模原市を解放してほしいという、かつての住人達の心からの願い。
 何度も砕こうと挑んで、叶わずに悔しさを呑んだケルベロス達の強い想いも込められている。
 綾鷹の魂が激しく燃え盛る。
「魂を生み出さねえ独りよがりな死神なんかにぜってー負けてたまるかァァァ!!」
 8人の叫びと共にグラディウスがバリアに突き立てられた。
 爆炎、発光。強い風と共に煙があっという間に広がる。
 次々に地面へ降り立ったケルベロス達は、その中に一つの音を見出す。
 パリィィィィィン。
 相模原を覆っていたバリアはガラスのように砕かれ――魔空回廊が崩壊する。
 積み重ねてきた想いが実った瞬間であった。

●帰還
「っしゃぁ!!」
 ククロイは拳を握り、全身で喜びを示す。
 しかし、そこに綾鷹が使い終えたグラディウスを差し出した。
「まだ喜ぶのは早え、奴をぶった斬らねえとな」
 同じく喜色を浮かべていたセットもさっと表情を引き締め、グラディウスを綾鷹と同様に預ける。
 これは事前に決めていたことだ。
 後方で『治癒』を担うククロイなら、グラディウスを奪われる可能性が低いと踏んでのことだ。
 皆から渡されたグラディウスの全てを『小さなポケット』に収めることは叶わず、収めきれなかった分はケルベロスコートの下へ。
 そこまでを終えると、8人はすぐさま駆け出した。
 雷光と爆炎によるヴァルキュリア達の混乱は未だ続いており、もうもうと立ち込める煙がケルベロス達を隠してくれるが、見逃さぬ目もある。
「……来たわね……」
「最終章の最終節ですね。仕上げといきましょう」
 ガコンと黒いパイルバンカーを千鶴が構え、レクトは地面を強く蹴り加速した。
「やってくれたわね、ケルベロス」
 露わな背中を見せつけるように夜葬華ノクスは両手のナイフを振るう。
「本当に困ったこと。ヴァルキュリアはとても便利な存在だったのだけれど」
 赤い唇は優雅に。赤い瞳は強い怒りに。
 ノクスの眼前に飛び込んだセットが連斬を受け止める。
 ヴァルキュリアである友人は、操られた自分の行いを強く悔いている。
 レクトは眉を顰めた。償おうと必死な姿を知っているからこそ、ノクスの言葉は見逃せない。
「残念だったね。もう彼らを貶めることは出来ないよ」
「そうっす、これで終わりっす! 皆さん、コレを使ってくださいっす!」
 レクトの小型無人機が宙を滑れば、それに合わせイードが心霊現象でノクスを縛る。
 さらにセットも小型無人機を飛ばし、立体映像を用いて仲間を支援。
 ケルベロスの実力も上がってきているとはいえ、ノクスは数あるミッション地域の中でも強敵の部類。
 激しい攻撃が続く。一撃一撃が重い。
 それでも戦線が崩れなかったのはバランスの良い攻守の賜物である。
「負けてたまるもんか……!」
 千鶴の負けず嫌いが顔を出す。
 用意できなかったフローレスフラワーズの代わりに、仲間に分身を纏わせる。
 ノクスはロマンチックに、残酷に喉を震わせ歌う。その調べが最前に立つ者達を傷つける。
 眼前で交差させた腕で凌いだザハクの顔には獰猛な笑み。闘争を求める者特有のそれだ。
「どうした! 死神の力はこの程度か……! 私を沈めることも出来ぬというのか!」
 ザハクはかつて喰らった魂を解放し、氷結の螺旋を放つ。
 裂けた皮膚に構わぬザハクの代わりに、白銀のキバに身を包んだククロイが反応を示した。
「覚醒しろ、超感覚!」
 光り輝くオウガ粒子が覚醒を促す。
 綾鷹は滑るように地を駆けた。
 音も姿もない状態でノクスの懐へ、踊りに誘うべく潜り込む。
「絶対強えやつには絶対治らねえ一撃…ってのは、当たり前だろ?」
「ふっ、ふふっ……そうね、納得のいく理屈ね」
 周辺の空間ごと見舞う一太刀。
 胴に赤く刻まれた赤い一線を庇うようにノクスは尾を跳ね上げた。
 しかし、その横合いから迫る男が一人。
「お前さんは確かに別嬪さんだけどねぇ。……加減してやる理由にはならないのさ」
 寂燕は納刀したままに逆袈裟を見舞う。その瞳は剣呑に輝いている。
 自身の終わりの気配に、ノクスは目を大きく見開いた。
「終わるというの……? 私達が……!?」
「責めないでくれよ。お前さんは『敵』さんだからな」
 ぐらり、ノクスの体が傾ぐ。流れる血が指を伝い、弧を描いた。
 倒れ伏した体がピクリとも動かない。
 千鶴は詰めていた息をそっと吐きだした。
 煙は少しばかり晴れてきているが、ケルベロス達がこの領域を脱するまでは持ってくれるだろう。
 グラビティで敵の視界を晦ますことが出来ない以上、有難い話だ。
 重い傷を負っている者もいるが誰かが肩を貸してやらねばならないほどではない。
 ケルベロス達は顔を見合わせると、一度深く頷いて再び退路を走り出した。
 傷の深さに反してその足取りは軽やか。
 死神の魔手から脱した相模原を背に、ケルベロス達は静かに凱旋するのであった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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