螺旋忍法帖防衛戦~オーダー・アンド・ディスオーダー

作者:弓月可染

●オーダー
「『螺旋忍法帖』は――その所持者となったシヴィルさんは、いまや多くの螺旋忍軍が狙うべき標的となりました」
 蒼穹の髪の少女を前に、アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は敢えてその口調を抑えた。
 勅忍となるための御下命を、螺旋帝の血で記した螺旋忍法帖。
 月華衆の指揮官を倒し、忍法帖を奪った事で、かの巻物には少女の名が記されることとなった。ならば、無数の刺客達が狙うのは、忍法帖それだけとは限るまい。
 ――もし自分なら。
 幾度目か抱いたその仮定は、アリスの背に冷たいものを走らせる。
 戦闘能力の有無は問題ではない。なるほど、一週間が二週間となっても、決まった期間であればケルベロスは護ってみせるだろう。
 だが一か月なら。一年ならどうだ。
 螺旋忍法帖の在処を察知できるらしい螺旋忍軍が、二十四時間ひと時も気の休まる事なく襲い掛かってくる。その事実が示す、圧倒的なる絶望よ。
 だが。
「望むところだ。それが、ケルベロスと『太陽の騎士団』の使命なのだから」
 気負って、あるいは恬淡として。シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は宣誓する。それは当然の事であると、そして造作もない事なのだと。
 交錯する視線。髪と同じ深い蒼、その奥に宿る光を受け止めて、アリスは話を続ける決意を固めた。
「……ありがとうございます。お気づきだと思いますが、これは危険と同時にチャンスでもあるのです」
 螺旋忍軍を誘き出し、一網打尽にする。
 それが、螺旋忍法帖の磁力を奇貨として発案された作戦の骨子である。無論、この作戦によって螺旋忍軍を殲滅出来れば、もはや螺旋忍法帖の所有者となった二人を狙う者もいなくなり、結果として安全も確保できるだろう。
「もう一度、戦っていただけますか」
「この剣にかけて」
 一瞬の迷いもなく返ってきたいらえに、アリスは伝えるべき言葉をごまかした自分を恥じた。無数の螺旋忍軍を引き付ける囮になってくれ、とは言えなかったのだ。シヴィルがその覚悟を固めている事など、とうに知っていたのに。

●ディスオーダー
「皆さんには、金沢城公園へと向かっていただきます」
 金沢城と函館五稜郭。二巻の螺旋忍法帖を護るべく選ばれたのは、いずれ劣らぬ雄大にして堅固なる要塞、その城址であった。
「多くのケルベロスの方が、おびき寄せられてきた螺旋忍軍の部隊を打ち破るべく集結しています。ですが、敵の全てを討つ事が出来るかは判りません」
 また、将を討っても配下を逃せば、今度はその配下が螺旋忍法帖を狙って来る。それら、防衛線を抜けてきた様々な螺旋忍軍の部隊を食い止め、螺旋忍法帖を護り抜く事が、『本陣』たるこのチームに課せられた使命だった。
「予測されているだけでも、二十を超える数の敵部隊が襲撃に参加するでしょう」
 努めて淡々とアリスは告げた。勿論、ケルベロス達が寄せ手の螺旋忍軍を防ぎきる可能性も十分にある。そして、仮に『正義のケルベロス忍軍』の力を示す事が出来たならば、その力を認めた何者かが接触してくるという事態も考えられるのだ。
「例えば、何故、螺旋忍軍ではないシヴィルさんが螺旋忍法帖の所持者となれたのか。そういった秘密に関わる相手かもしれません。あくまで予測ですけれど」
 接触は有るとも無いとも言えない。しかし、もしコンタクトがあったならば、現場の判断での対応が必要になるだろう。
 いずれにせよ、全ては生き残ってこそ、だ。
「謎に包まれていた螺旋忍軍の謎に迫るチャンスですし、また、シヴィルさん達の無事を確保する戦いでもあります。どうか――」
 ご武運を、と。
 息を吐くように絞り出し、アリスは一礼する。戦場へと向かう彼女らを再びこのヘリオンに迎える事が出来るようにと、ただひたすらに願いながら。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)

■リプレイ


「火よ、水よ、風よ、大地よ――」
 その背には二対四枚の光の翼。シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)の訴えに応じて集った精霊達の力が、広げた掌へと渦を巻いて集束していく。
 火。水。風。土。万物を為し世界を構成する四属性は、今この時、彼女が思うままに敵を葬る破壊の槍と化した。
「――混じりて力となり、目の前の障害を撃ち砕けっ!」
 襲撃してきた三人の螺旋忍軍、女子高生達の二人目が、光線に呑み込まれ、消える。その圧倒的な勢いに失敗を悟ったか、残された螺旋忍軍は地を蹴って跳び、ケルベロス達との距離を大きく離した。
「出し惜しみなく、一気に行くよっ!」
「当たり前だ……逃がしてなんかやるものか」
 霧がかかったかのようにその身を幻に隠し、離脱の構えを見せていた三人目の女子高生。だが、エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)はそれを許さない。
 デウスエクスを逃がすなど、許すはずがない。
「仕掛けてきて、逃げられるなんて思うなっ!」
 溢れ出すは妖精の魔力。天に舞い上がり、高々と掲げられし脚が纏う七色の虹。けれどそれは、美しさとは裏腹の爆ぜる殺意となって螺旋忍軍の頭蓋を捉える。
「流石はエステルだな! よし、私も行くぞ! 正義のケルベロス忍軍、ここに見参!」
 同胞の働きに勇躍する、『太陽の騎士団』団長ことシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)。小柄な身体で向日葵を象った大槌を振り回してみせる姿は、まさしく戦に臨み手柄を求める騎士のよう。
 だが。
「団長は後ろに居て下さい」
「……むぅ。せっかく今度は言い間違えなかったのだが」
 エステルの制止に、しぶしぶ距離を取るシヴィル。それでも素直に言う事を聞いてみせるのは、責務の重さ故か、それとも僚友への信頼か。
「後方で護られるというのも、存外心臓に悪いものだ」
 いつだって騎士として、その背に人々と仲間とを護ってきた。今回、その立場が逆になったのは、まさかと言うより他に無いが――。
「我々は、貴女を護る為にここにいるのですよ」
 二台のスマートフォンを握りしめ、大粟・還(クッキーの人・e02487)が言い添える。彼女らは金沢城の螺旋忍法帖を護る最後の砦。けれど、護りたいものは巻物一つだけではない。
「それにしても豪華ですよ、今日はこの金沢城が自宅です」
 だから、不安を振り払うように、還はそうおどけてみせた。空を見上げれば、にわかにかかる薄い雲。時を置かずして、しとしとと柔らかな雨。
「さあ、いい感じに恵みの雨が降って来ましたよ」
 ほのかな湿り気を齎した雨は、逆にケルベロス達の身体を温める。殊に激しく動く前衛達は、その空間に心地良さすら感じていた。
「ほな、うちも行きましょか」
 両手で剛剣を構えた清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)が、勢い良く飛び出して間合いに螺旋忍軍を捉える。朗らかで柔らかい雰囲気に似合わぬ、思い切りの良い踏み込み。しかし次の瞬間、彼女が纏う雰囲気は怜悧な鋭さを帯びる。
「この道を修羅道と知り――推して参る」
 すう、と細められた目。勢いよく放出されたグラビティ・チェインが大剣に流れ込み、その重量による勢いを倍加させていく。
 そして、一閃。細身の日本刀の様に軽々と振るわれた大剣が、腰の引けた女子高生忍者を見事に斬り捨てた。

 シルが叫んだ通り、最初から出し惜しみ無しの戦いであった。どの道、無理をしてでも早期に各個撃破出来なければ、敵の数に呑まれるだけである。
「ふぅ、最初っから全力やね」
「とはいえ、今の三人は早すぎるな」
 光の呟きに応じたのは軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)。確かに、余りにも今の三人の襲撃は早すぎた。無傷だった事も合わせれば、おそらく戦力を二分して迂回させた部隊があったのだろうか。
 そして、もちろん、本番はこれからだ。
「すぐに次が来るぜ――こんな風に、なっ!」
 振り向きざまに突き入れた戦斧から伝わる衝撃。シヴィル達後衛を狙ってきたメイド服の螺旋忍軍の攻撃を、双吉は伸ばした刃で受け止める。
「ちっ、メイド服とはいい趣味してんじゃねぇか!」
 解放されたルーンにより光り輝く斧頭。敵味方の誰もが想像だに出来ぬ願望を裏側に秘め、悪人面の青年はそのまま刺客へと得物を振り下ろした。それはもう、その服寄越せの勢いで。
 まあ少なくとも、生まれ変わるまで、彼にメイド服は似合わないのだが。
「もう一人、来る」
 ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)が告げたと同時に、彼女ごと周囲を薙ぎ払う九尾の鞭。それはもう一人のメイドが放つ、狙い済ました一撃だ。
 だが、彼女もまた螺旋忍者。時間差で襲い掛かるそのやり口は、良く知っている。
 だから、ミレイは備えていた。狙っていた。千変万化の刺客を確実に捉える、最高の一瞬――すなわち、自分の身で攻撃を受けた直後、を。
「――裂け、彼岸花」
 しゅるり、と。
 螺旋の力を通した極細の鋼糸が、その身に命を宿したかのように踊り出す。罠にかかった獲物を速やかに切り刻むべく、輪を描きメイド忍者を閉じ込めるように。
 鋼糸を染めるのは赤い血。ミレイがくいと指を動かす度、ぎちりと音が鳴る。
「そこっ! ぺしゃんこに、潰れちゃえーっ!」
 その時、二人の間に突如降ってきた巨大なる独楽。いや、それは人だ。うっかりすると身長より長い杵を握りしめて高速回転する卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)だ。捕縛され動きを封じられた刺客に、もはや逃げる道はない。
「いっくよー! 回天轟竜槌っ!」
 がこん、と。
 手杵が派手な音を立て、メイドの頭へと叩き込まれた。手傷を負った状態でそのダメージを耐えられるわけもなく、意識を手放す螺旋忍軍。
「あと一人!」
 双吉に止められたもう一人の刺客へと向けられる視線。じり、と下忍らしきメイドは後退っていく。
「逃がすわけにはいかないな」
 シヴィルがそう言い放った、その時。

「――ハハ、こりゃあいい。刀を我慢した甲斐があったというもんでさぁ」

 ケルベロス達の視線が向かうのは、シヴィルの背後。
 鉄壁の円陣など、連戦の間に崩れていた。目の前の敵に気を取られてしまえば、『護られていた』はずのシヴィルへと続く、一筋の間隙が生まれて。
 その隙を突いた新手が、今まさに彼女の持つ螺旋忍法帖へと迫る。


「螺旋忍法帖、いただきですぜ!」
 橙に塗った螺旋の仮面。毒々しい色遣いのそれは、螺旋忍軍らしからぬ自己主張。背に負った何本もの刀が、そのイメージを加速させる。
「さあ、俺に渡して下さいよ、その懐のお宝を……!」
「この身がどうなったとしても、私は地球とそこに住む人々を守ってみせる!」
 新手の男が掌を差し上げれば、宙に浮かぶ幾本もの刀剣。渦を巻き乱れ飛ぶ刃の嵐が、次の瞬間、指向性を持った奔流となってシヴィルの周囲に殺到した。
 さながら、篠突く雨の降る如く。
「正義のケルベロス忍軍を舐めるな!」
 しかしその刀が斬ったのは、ぐ、と大きく反って躱したシヴィルの前髪だけ。お返しとばかりに下から掬い上げられた大槌が、急接近してきた刺客を強かに打った。
「ちぃッ、千載一遇の機会だってのに!」
「どのような攻撃でも、当たらなければ意味がないからな」
 思わず距離を取った男と少女との間に、何人もの仲間達が立ち塞がり、壁となる。いや、ただ護るだけではなく、逃がしはしまいと追いすがるのだ。
「刈れ、鎌鼬」
 そう命じるのは、ぞっとするほどに平坦な声。次の瞬間、ミレイの指先が踊る。そして乱舞する不可視の鋼糸。
「シヴィルは螺旋忍者で暗殺者のわたしを迎え入れてくれた」
 だから、今度はわたしの番、と。
 影の如く目立たぬ糸が、男に痛烈なる斬撃を浴びせかけた。刀で受ける男だが、糸はその刀に巻き付き、すり抜けて血の華を咲かせる。
「あなたは、刀狩の葬助だね」
「俺みたいな三下を、よくもまぁご存じで」
 金沢に攻め寄せた螺旋忍軍の中に、数多くの刀剣を携えた男が居る。その情報を思い出したシルは、迷うことなく地を蹴り、一息に距離を詰めた。
「お嬢さん、いい剣をお持ちで! 勅忍がかかってなけりゃ、今すぐ狩っているところでさぁ」
「……、許せない! いいよ、見せてあげる――わたしの剣を!」
 術士が本職なれど、武具に親しんで育ったシル。そんな彼女の剣術は、決して忍者にも見劣りするものではなかった。魂をも食らう降魔の剣が、正面からばさりと葬助を斬りつけて。
「シヴィルには指一本、触れさせないんだからっ!」
 サナの叫びに何かを感じたか、跳び退るシル。次の瞬間、半透明のエネルギー体が殺到したかと思うと、彼女の居た辺りの空間ごと葬助を握り潰す。
「これで帰ってくれると助かるんだけど……そうも言ってられなさそうね」
 兎耳の少女は、油断なく敵を見据え、杵を突きつけた。

 戦いは続く。押しているかに見えるケルベロス達も、重傷こそいないものの手傷を負った者は多い。八人を相手に葬助は一人で渡り合い、その実力を示していた。
「仲間も、忍法帖も、守り抜いてみせましょう」
 そんなケルベロス達の傷を、還は様々な手段で癒していく。例えば、今、身体に纏うオウガメタルから放たれた光る粒子を前衛達に浴びせ、感覚と治癒力とを活性化させたように。
「自宅警備員は、自宅を守るスペシャリストなのですから」
 攻撃を行うことの稀な癒し手であっても、いやだからこそ、この戦場に在って還はプライドを抱いていた。誰一人として倒れさせない、その誇りと誓いを。
 回復役の矜持として。そして今は、ここ金沢城の自宅警備員の矜持として。
「ああ、後は任せたぜ!」
 翼に黒い粘液を纏わせ、双吉が奔る。漆黒の刃をその手に、一刀両断の構えをもって。
「もらったァ!」
「ハッ、そんなへっぴり腰じゃ、俺にすら防げまさぁ!」
 双吉の刀を打ち落とさんと、葬助が放った一閃。だが、葬助自慢の刃が横薙ぎに振るわれ、黒刃と触れ合ったその時、あるべき金属音は鳴らされず――ただ、黒い刃が爆ぜた。
「変幻自在で惑わせ欺く……それが、俺のやり方だ」
 顔面に降り注ぐブラックスライムに、思わず葬助は悲鳴を上げた。しかし間髪を入れず顔面に向けて振り下ろされる、虹色に輝くバスケットシューズ。
「お前らを焼き切ってやる……全てだ!」
 嫌悪と憎悪の色をその声に乗せ、エステルは勢いのまま、踵落としで蹴り抜いた。太陽の如く鮮やかな瞳の少女は、しかし、まさしく太陽の如く、近づく者を容赦なく焼き尽くす峻厳さを示している。
「何か言い残すことはあるか? いや、必要ない。今から殺す相手だから」
 相手は騙し討ち上等の、螺旋忍軍らしい螺旋忍軍だ。ならば、彼女の紅眼には敬意も同情もなく、ただ殺意だけが満ちるばかりである。
「注意一秒怪我一生。まあ、次はないけど気ぃ付けや」
「ハァ……ハァ……、いやぁ、あんたら強いなぁ」
 次々と突き刺さるケルベロス達の攻撃。なおも立ち上がる葬助だが、いくつもの傷を負い、もはや光に返す軽口の切れもない。いまや天秤ははっきりと傾き、彼もまた脱出の機会を伺う限りである。
 しかし、光の大剣は、もはや逃げる事すら許さない。
「散り乱れ、緋色の花を咲かせ!」
 彼女の大剣が、緩やかに、舞うように振るわれ――そして大輪の華を咲かせた。風に散る花弁を示すように、軽やかに、激しく。
 それは、緩急を自在に操る魔剣。空間を埋め尽くす芙蓉の如き緋色の斬撃は、見事、葬助を捉え、その胸を深く斬り裂いたのだった。

 葬助を討ってからも、螺旋忍軍の攻撃は止むことがなかった。
 次にケルベロス達を襲撃したのは、白装束を纏った魅咲忍軍の残党である。だが、所詮は下忍、ケルベロス側も疲労しているとはいえ、僅か二人でどうにか出来るというものではない。
 それを見ていたのか、二人を倒した直後、今度は二手から同時に攻撃が仕掛けられた。傷を負いながらも手練を感じさせる黒装束の忍者と、二人の新たな下忍達。
 もしも、魅咲忍軍残党が健在の間に現れていたら、あるいは強敵となっただろう。しかし、結果として散発的な攻撃となり、また急造チームのコンビネーション不足もあって、ケルベロス達に大きなダメージを与えるには至らず散っていく。
「今度は、サナがあの子の助けになってあげるんだからっ!」
 そして、破れかぶれに突撃してきた一人の螺旋忍軍が、サナの杵に手ひどく打たれて動きを止めた、その時。

「見事なり、正義のケルベロス忍軍」

 和装の女が『そこに居た』。
 葬助の奇襲などとは話が違う。再び死角を突かれないよう、彼らは全方向に神経を注いでいたにも拘わらず、突如、彼女は現れたのだ。
 無論、何かのタネはあるのだろう。だが、姿を消していたにせよ、転移してきたにせよ、あるいは超高速で移動したにせよ――広く見通しのいいこの場で、誰にも気取られる事無く、また魔力の類を感知されることもなく現れる事が出来たのなら、それは『そこに居た』のと何ら変わらないのだ。
 重要なのは、彼女は少なくともその程度の実力を持っている、という事実である。
「よくぞ、螺旋忍軍の大軍勢から、螺旋忍法帖を守り通した」
 誰何の声を上げる事すらせず、シヴィルを護る体勢を取り、獲物を構えるケルベロス達。
 だが、彼女は物騒な空気を気にも留めず、鉢金の下のどこか昏い眼でシヴィルを、その懐にあるものを見据え――凛として、名乗った。

「妾は、螺旋帝の血族・緋紗雨。忍軍でありながら、螺旋忍法帖の絶対制御コードに縛られぬ者よ。汝らに、協力を願いたい」


「螺旋帝の血族……!」
 その名に、ざわり、と声が漏れる。
 何者かが接触してくる可能性は予想されていた。だが、一部のケルベロス達には予兆されていたとはいえ、螺旋忍法帖が捕縛を指示する当の本人が現われたとなれば、緊張も高まるというものだろう。
「太陽の騎士、シヴィル・カジャスだ!」
「……正義のケルベロス忍軍」
 しかし、ある意味空気を読まず堂々と名乗るシヴィルと、淡々と訂正するミレイ。彼女らの団長は、まったくいつも通りである。
「よろしく願いたい、螺旋忍法帖の所有者よ。……さて、まずは問おう。汝らは、螺旋忍軍のデウスエクスとしての特殊性――『異常性』について、理解しているだろうか」
 八人を見回す緋紗雨。デウスエクスとしての異常性、というキーワードから理解に至った光が、はっと顔を上げる。
「多くのデウスエクスの傘下に加わっている、という事やね」
「その通り。敵対するデウスエクスの双方にさえ、螺旋忍軍は力を貸している。このような手段を取る理由は、大きく二つある。すなわち、『彷徨えるゲート』と『螺旋忍法帖』じゃ」

 曰く。
 螺旋忍軍の主星・スパイラスのゲートは『彷徨えるゲート』であり、『いつ』『何処に』『どの程度の大きさ』で開くかは直前までわからないのだという。
 しかし、優れた隠匿性があるとはいえ、多くの螺旋忍軍が利用すれば、尾行などでゲートが発見され、攻撃される危険がある。
 それを防ぐため、螺旋忍軍は他のデウスエクスのゲートを利用し、スパイラスのゲートの使用を最小限に抑える必要があったのだ。
 そして、螺旋帝の血族は、絶対制御コードが埋め込まれた螺旋忍法帖によって、遠く離れた忍軍に対して命令を与える事が出来るというのだ。この螺旋忍法帖がある限り、螺旋忍軍は他のデウスエクスの傘下に加わっていようと、螺旋忍軍であり続ける事が出来るだろう。
 結果、螺旋忍軍は多くのデウスエクスに雇われて活動することとなった。一方、スパイラスのゲートは、他組織で活動している螺旋忍軍から上納されるグラビティ・チェインを運び込む程度でしか使用されていないのが実体らしい。

「なぜ、螺旋忍軍ではないシヴィルさんが、螺旋忍法帖の所有者になれたのですか?」
「重要なのは螺旋忍法帖そのものではなく、螺旋忍軍に対する絶対制御コードだからじゃ。故に、所有者までは厳密に管理していなかった」
 還の疑問に答える緋紗雨。とはいえ、所有権を得た時に『自分達は忍軍だ』と認めなかった場合は、螺旋忍法帖の命令は破棄されていたらしい。『正義のケルベロス忍軍』という名前を付けたのは、まさに幸運だったということか。
「サナには難しくてよくわかんないけど……、螺旋帝の血族って何なのかな? 螺旋忍軍の支配者?」
「螺旋帝の血族の役割は、螺旋忍法帖を介して、様々な勢力に入り込んでいる螺旋忍軍の利益を調整する事じゃ」
 そして、妾達の真の役割は、螺旋忍軍達を見守り助ける事なのだ――そうサナの問いかけに答えた緋紗雨は、だが、と続ける。
「だが、イグニスにとってはそうではなかった」
「イグニス……!」
 またも、騒めきが走った。もっとも、今回は驚き半分、納得半分であろうか。予兆の光景とかつての戦いの記憶は、イグニスという男の関与を示唆していたのだから。
「転生ってやつか……」
「ふむ、思ったよりも驚かぬのだな。左様、妾の得た情報では、イグニスは今のイグニスとなる前に、エインヘリアルの王子としてケルベロスと戦ったと聞いておる」
 双吉の呟きに頷いて、自身の情報とも違いが無いと認める緋紗雨。それを聞いて考え込んだ双吉に、彼女はイグニスを追っているのか、と問いかける。
「ああ、ずっとだ。野郎自身が復活を匂わせた時から、俺はずっとイグニスに辿り着きたいと思っていた」
「それは重畳。汝の願いは果たされよう」
 それが『確実に美少女に生まれ変わる為』という顔に似合わぬ願いとはつゆ知らず、緋紗雨は頷く。果たして、その言葉は彼女の目的を明確に示すものであったが。
「妾も、イグニスについては多くを知らぬ。突然スパイラスに現れた、というだけじゃ。だが奴は、何故か判らぬが螺旋帝の血族の力を持っており、螺旋忍法帖を利用して様々な情報を集め始めた。そして――」
 そして、緋紗雨は告げるのだ。

「――奴は、ドラゴンとの同盟を結ぼうとしている」

 螺旋帝の血族となったイグニスの、大それた狙いを。
「ドラゴンと螺旋忍軍やって……!」
 光が呻く。ドラゴンの戦闘力は数あるデウスエクスでも随一だ。搦め手を得意とする螺旋忍軍とは、最悪と言っていい組み合わせである。
 そして何より。
「さっき、スパイラスのゲートは大きさがわからないって言っていましたね。それは、ゲートの大きさが変わるという事ですか」
 何かに気づいたか、還が顔を青くして問いかける。そして、然り、という回答を得た彼女は、ほとんど悲鳴の様に質問を続けた。
「……じゃあ、ドラゴンが通過できる大きさになる事も有り得ますか」
「その通りじゃ」
 ここで、八人の全てが問題を理解する。すなわち、イグニスがドラゴンの為に、スパイラスのゲートを使用するかもしれない、という事だ。
「ドラゴンが自由に地球にやって来れるなんて、悪夢やね……」
 そう漏らした光に、地球にとってだけではなく、多くの螺旋忍軍にとってもそうなのだ、と続ける緋紗雨。なぜならば。
「もし、螺旋忍軍がドラゴンと同盟を結ぶことになれば、それ以外のデウスエクスに潜入している忍軍の立場が無くなってしまおうよ」
 そうなれば、その多くが粛清されてしまうのは想像に難くない。
「妾を含む多くの螺旋帝の血族は、その行動を危険と見てイグニスを討とうとした。が、結果はイグニス一人に返り討ちにされ、妾ともう一人が逃げ延びるのがやっとであったのじゃ」
「そっか、地球に逃げた螺旋帝の血族を探すためだから、わざわざ地球で争ったんだね」
 サナの言葉に逃亡の記憶が蘇ったか、緋紗雨の手に力が籠る。
「確かに、螺旋帝の血族が目指すのは種族の繁栄。しかしそれは、数多の組織に散らばった螺旋忍軍を見殺しにしていいという事ではない」
 つまり、イグニスは正しき螺旋帝の血族である妾と、正義のケルベロス忍軍の双方の敵である――そこで一度言葉を切り、彼女は再びケルベロス八人を見回した。

「正義のケルベロス忍軍よ、妾と共に、イグニスを討とうではないか」


 緋紗雨の申し出。そして、しばしの沈黙。それを破ったのは、意外にもミレイだった。
「協力して、どうやってイグニスを倒すの? 今のあなたが、どうやってわたし達ケルベロスの力になれるのか、教えてほしい」
 彼女もまた螺旋忍者。緋紗雨の提案に理屈が通っている事は判っている。即座に頷けないのは、利用されるだけにはならないか、という疑念だ。
 その時に危険に曝されるのは、仲間達や地球の人々なのだから。
「もっともな言い分であるな。……じゃが、『彷徨えるゲート』の位置を知ることができるのもまた、螺旋帝の血族の力。共闘の申し出を受け入れてくれるならば、次にゲートが開かれた時、妾はその位置を汝らに教えようではないか」
 本来は螺旋帝の血族が『御下命』を果たした者の元に使者を送るなどしてゲートへ導いていたと緋紗雨は語った。
「イグニスが汝らをゲートに導くとは思えぬな」
「でしょうね」
 緋紗雨の回答に頷くミレイ。一度だけとはいえ、ゲート破壊や本星へ攻め込む好機を与えるというのだ。落ち延びた血族が提示できる条件としては精一杯だろう。
 もちろん、ケルベロス達が約束を破ってゲートを破壊してしまう可能性も緋紗雨は考慮しているのだろうが。
「イグニスと敵対するなら、知っている情報は教えてよ」
「必要な情報は教えよう。例えば、スパイラスへのゲートについて教えたようにな」
 続けて質問したシルは、緋紗雨が全てを包み隠さず教えるとは言っていない事には気づいていた。重ねて問わなかったのは、それ以上の返答には意味がないし、何より私情が混じっていないと言い切る自信がなかったからだ。
 ――過去に繋がる因縁、その糸を手繰りたいというシル自身の願いが。
 一方、緋紗雨の回答には、双吉も内心で苦い顔をしていた。手に入れた暗号の解読を依頼するつもりだったが、スパイラスに居た緋紗雨が各派閥の暗号を読めるとは限らず、例え読めたとしても、その正誤を確認する方法などないのだから。
 もとより、共闘の可否を考える現段階で持ち出すには、早すぎる内容ではあるのだが――。
(「卑怯卑劣を躊躇わないのが忍者ってもんだからな……」)
 どこまでを疑って、どこまでを信じるのか。三白眼を細めながら思考に沈む彼は、しかしその考えを口にはしない。
「何かと難しい話やね。共に戦うとして、それはいつまでなん?」
「無論、イグニスを討つまでとなるだろう」
 光の問いには明確な回答。あくまでも目的を達するまでの同盟だと、そう告げている。頷いた光は、どうや、と目でシヴィルを促した。
「うむ、ケルベロスを頼ってくるほど劣勢ならば、少なくとも話の大筋に嘘を混ぜてくる余裕はないだろう。本当にあのイグニスであれば、放置は危険だ」
 そう鷹揚に頷いて、地球に住む人々を護る事が最優先だが、受け入れていいのではないか、とシヴィルは続け、恃みとする僚友へと視線を向けた。
「エステルはどうだ?」
「……何もありませんよ」
 だが、美しい柘榴石の瞳は、明らかな敵意を持って緋紗雨を睨みつけていた。その声を耳にして目を見開くシヴィル。確かに、丁寧な口調とは言え口数の少ない方ではない彼女が、しかしこの場においては最初から黙りこくっていた。
「デウスエクスはどちらも殺す、という顔をしておるな」
 意外にも緋紗雨は怒りを見せず、鷹揚な態度を取っていた。その反応は彼女にとっては予想されていたものであり、むしろ他の面々が予想より柔軟だった程である。
「エステルさん……」
「良い。許す。汝らの感情は理解しているつもりじゃ。なればこそ、妾を利用する、と考えればよかろう。妾もまた、かのイグニスを誅するために汝らの手を借りたいのだ」
 故に、共闘期限はイグニスを討つまでなのじゃからな――フォローに入ろうとした還を制し、そう率直に言ってのける緋紗雨。だが、耳をぴこぴこさせながら議論を見守っていたサナが、ここで割って入った。
「えっと、サナはやっぱり難しいことはわからないよ。けど、どうしてずっと仲良くしちゃいけないの?」
「……デウスエクスとの戦争が早く終わるに越したことはないのだが」
 シヴィルもそう言い添える。しかし、その問いかけには、緋紗雨は首を横に振った。
「妾は、数多くの組織に散らばった全ての螺旋忍軍を見守る、螺旋帝の血族である。それ故に、ケルベロスと共に生きる事は不可能じゃろう」
 余りにも明確な否定であった。
 その理屈は、サナにも理解出来ている。螺旋忍軍の在り方と螺旋帝の血族の役目を考えれば――なぜドラゴンと結ぼうとするイグニスを排したいのかを考えれば、緋紗雨にとってそれは拒絶せざるを得ない未来なのだと。
 ただ、納得してしまった事が、サナは少し悲しかったのだ。
「それでも良いのならば」
 エステルの沈黙を了とし、緋紗雨は議論を締めくくる。

「それでも良いのならば、妾の手を取り、捕縛して欲しい」
「よし、太陽の騎士シヴィル・カジャスの名において、申し出を受けよう!」

 そしてノータイムで受け入れるシヴィル。だから正義のケルベロス忍軍ですって、とフォローする声を聞き流し、シヴィルは仲間達と向かい合う。
「私達はこの場の判断を任されている。だが、例え全てのケルベロスが私の判断に賛同してくれなかったとしても――螺旋忍法帖の所有者として、螺旋帝の血族・緋紗雨に対応した者として、私はこの約束に従う覚悟だ」
 しん、と。
 再び沈黙が落ちた。現場の判断に任せるとは言われていたが、八人で決めるには重い荷でもある。一方で、イグニスを巡る事態は一刻を争っており、また緋紗雨とも再び接触できるとは限らない。
 シヴィルは、その重圧を軽々と乗り越えた。自分達はどうだ。
 やがて。
「――この道を修羅道と知り、推して参る、か……」
 そう呟くと、光はぱんぱん、と手を叩き、吹っ切れた様に笑顔を見せた。
「この騒動を乗り切ってこそ、女の度胸ってもんやろね。流石やねシヴィルさん。うちも、共闘に賛成やで」
 それを切っ掛けに、仲間達は次々と承諾の意を示していった。勿論、光のように納得して支持する者もいれば、サナのようにそう決めたシヴィル個人に従う者もいる。
「シヴィルはサナの大事なお友達だもん。助けになってあげるよ」
「しかし、シヴィルさんが無茶をしないかが一番の気がかりだったのですが、今回は極め付けですね……」
 還の呟きは、太陽の騎士団員の深い同意と、それ以外のメンバーの苦笑を誘ったものだったが。
「どんな事になっても、この身にかけてシヴィルを援ける」
 ――それが螺旋忍者としての使命で、太陽の騎士団ミレイ・シュバルツの誓いだから。そう告げたミレイは、しっかりと団長を見据え、頷きを返す。
「こうなったら、力になるしかないよね」
「イグニスに繋がる道が出来たんだ。それなりの対価を払うことも辞さないぜ」
 シルと双吉の二人は、自分の目的のためにも共闘を否定することはないようだ。
「……エステル」
「反対はしませんよ。やり合う順番を決められるなら好都合です」
 ガーネットの双眸に嫌悪感を隠さぬまま、シヴィルの問いに応えるエステル。もっとも、そう言えるようになっただけでも随分と丸くなったものだと、団長として、友人として、シヴィルは受け止めていた。
「と、いうわけだ。緋紗雨よ、よろしく頼む」
「相判った。ならば、この手を戒め、そして螺旋忍法帖を開くが良い」
 差し出された緋紗雨の両手首を、紐で縛るシヴィル。促されるままに懐の螺旋忍法帖を開けば、目に飛び込んでくる朱印。
「これこそが、御下命を果たした証である」
 そして皆が注目する中、指令文はゆっくりと消えていき――代わりに、『次にスパイラスのゲートが開かれる時が、汝らが勅忍となる時である』、という一文が浮かび上がって来たのだった。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 21/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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