螺旋忍法帖防衛戦~KAGAガーディアン

作者:銀條彦

「まずは螺旋忍軍各陣営の拠点攻略、お疲れ様でした。ケルベロスの皆さんの活躍によって多くの情報が持ち帰られた事で多くの新事実が判明致しました」
 そう微笑んでセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロス達をねぎらったが、直ぐにその表情はやや硬いものへと変わる。
 シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)及び嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)ら2人のケルベロスの名を挙げ、暗号文書解読によって判明した『新事実』について切り出した。
「……彼女達はどうやら螺旋忍軍にとって非常に重要な意味を持つ『螺旋忍法帖』の所持者として認められてしまった様です」

 ──螺旋帝の血族のみが創り出せる『螺旋忍法帖』。
 それを拝領した螺旋忍軍は螺旋帝の血族から御下命を受ける事が出来、その御下命を果たした忍軍は一族郎党全て惑星スパイラスに招聘され『勅忍』の栄誉が与えられるという。
「それは螺旋忍軍にとって最高のステータスであり最終目標でもあるそうです。ですが、『螺旋忍法帖』を拝領するという事は螺旋忍軍に対する絶対制御コードを受け入れるという事でもあり、受け取った螺旋忍軍は『忍法帖に書かれた御下命を必ず果たさなければならない』という精神状態に陥るのです」
 ただしそれはあくまで『螺旋忍軍に対しての』絶対制御コードである所為か、ケルベロスが受け取り名前を載せたとしても同じ状態に囚われる事は無いのだと、居並ぶケルベロス達からの不安や疑問を先回りするようにセリカは説明を付け加えた。
「そして……一度の御下命に対して『勅忍』となれるのは『螺旋忍法帖』を持つ忍軍勢力の中でもただ一つだけです」
 『螺旋忍法帖』を所持していても早い者勝ちの狭き門であり、また『螺旋忍法帖』を持たずに達成しても無駄なのである。
 おそらくはと前置く形での推測とはなるが──今回の東京都心部における螺旋忍軍大戦に参戦した忍軍勢力は、完全に目的を異にする白影衆を除けば全て『螺旋忍法帖』を最低一つは拝領済みの忍軍勢力ばかりだったのだろう。

 話は頓に複雑化かつスケールアップしてきたが、結局は、只の権力争いである事になんら変わりは無い。
 長い睫毛を伏せてさらに顔を曇らせたヘリオライダーはケルベロスが抱え込む事となった新たな問題についても語り始めた。
「『螺旋忍法帖』2帖を奪取した事で大戦の核心に迫る大きな一歩を踏み出すことが可能となりました。ですが、ケルベロスの手に落ちた『螺旋忍法帖』の存在を察知した全国の忍軍からは今後、現所持者であるお二人に対して際限なく刺客が送られ続けることでしょう。 ……螺旋忍軍は例外なく皆すべて、『螺旋忍法帖』の在り処を正確に把握し探り当てる事が可能なようなのです」
 正義のケルベロス忍軍が2帖の『螺旋忍法帖』を手にした事で此処まで静観あるいは蚊帳の外だった他忍軍らも『勅忍』となる好機と考え、一挙に動き始める事は間違いない。
 大きなうねりと化したこの動きは、だが、ケルベロスにとってもチャンスに変え得る。
「守り続けることが困難ならばむしろ積極的に『螺旋忍法帖』を囮としてこれを狙う螺旋忍軍らを誘き出し、全力をもって叩き潰して一網打尽にしてしまうのです。そうすれば最早、皆さんから──正義のケルベロス忍軍から『螺旋忍法帖』を奪えばいいなどと安易に考えて実行に移すものは居なくなる筈です」
 そこで今回採られるのが迎撃に相応しいと演算された2箇所、石川県の金沢城・北海道の五稜郭を拠点としての防衛戦である。

「皆さんには金沢城の防衛に廻っていただきたいのです」
 セリカは眼前に居並ぶケルベロス達が迎撃担当することとなる螺旋忍軍についての説明を始める。
 螺旋忍軍の名は『スゥパ・ドゥドゥ』。橙薔薇を纏う白毛橙瞳、一見すれば幼くも可憐な美少女バレリーナそのものといった容貌の彼女もまた『螺旋忍法帖』を求めての襲来が予知されたデウスエクスである。
 現在のところ特定の組織へ加担する様子は見せていないが、少数の取り巻きだけを連れてあらゆる勢力を渡り歩き自由気儘に振舞う彼女にとって『螺旋忍法帖』はこの上なく魅力的な玩具に映ったのかもしれない。
「彼女は見た目どおり、優美な蔓薔薇の大弓を愛用する射手ですが一方で、白兎を想わせる機動力をベースにした近接戦闘力も決して侮ることは出来ません」
 また金沢城へは3名の少女螺旋忍軍を引き連れてきており、いずれも献身的にスゥパを守り支えながら戦い続けるだろう。
「そして……もしも皆さんが戦い敗れた場合、彼女は『螺旋忍法帖』を求めて本陣へと押し寄せる事でしょう。敗北が1チームのみなら本陣戦力だけでも持ち堪えられるかもしれません。ですが何敗も重なり複数の敵猛者達を本陣へと向かわせてしまった場合『螺旋忍法帖』が守り切れず奪われてしまう恐れがあります」
 またスゥパ・ドゥドゥとの戦闘自体では勝利を収めても取り巻きの一部を突破させてしまった場合は、同様に、彼女達も本陣への攻撃に加わると予測されている。
 厳しい戦いとなるのは避けられないだろうが、可能な限り、突破を許さず全て撃破できるよう頑張って欲しいとセリカは丁寧に頭を下げた。
「謎に迫る為、そして何より、皆さんを信じ本陣での囮役を買って出てくださったシヴィルさん達を護り通す為にも、この決戦が完全勝利で終わるよう吉報お待ちしております」


参加者
ヌリア・エフェメラル(白陽・e01442)
鹿骨・曄(ココロの悪癖・e02705)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ベラドンナ・ヤズトロモ(ガラクタ山のレルヒェ・e22544)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)

■リプレイ

●緑の心臓
 橙薔薇咲かせる白が、ひらりひらりと、駆け抜ける。
 地を蹴り、石垣を跳ね……豊かな緑と水とを湛えるが故に『緑の心臓』とも呼ばれる金沢城下を、白き少女と黒きその供達は走る。
 忍ぼうともせぬ螺旋忍軍の少女達の目指す先は太陽の騎士が携える螺旋忍法帖。だが其の往く手に立ち塞がるは地獄の番犬……又の名は正義のケルベロス忍軍。
「――舞え、霧氷の剣よ」
 群舞の如き列への初撃は頭上、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の詠唱から。
 急速に絶対零度へと凝る大気を纏う銀のドラゴニアンの少年から浴びせられた『絶零氷剣(フロスト・バイト)』を黒衣の一人が躱しきれず、その片脚を氷結の顎が貫いた。
 この城そのものが罠である事は集結した螺旋忍軍らとて百も承知の筈。
 こうして数多の敵が本陣へと押し寄せつつある現状は、他忍軍に比べれば奪取が容易いと侮られているが故ともいえる。
 ならば一兵たりと撃ち洩らさぬ様にとその銀砂色の頭を廻らせ、カルナが柔らかに着地を果たすとほぼ同時。すぅと決意を籠めた深呼吸の後にベラドンナ・ヤズトロモ(ガラクタ山のレルヒェ・e22544)は両腕で思い切りよく銀鎚を振り被る。撃ち放たれた竜砲は轟く衝撃を伴って黒衣の少女へと重ねられた。
(「私はねぇ、曄さんが憧れなんだ。美人で、お洒落で、それで面白い。カッコイイ人……だから、手伝いたいんだ」)
 出会い頭の集中砲火に曝される中、黒衣の少女は悲鳴の一つすらも上げず黙々と態勢を立て直し、乱れた隊列を整えようとする。
「そんなにもその娘達と踊りたいのなら存分にどうぞケルベロス」
 微笑と共に、事も無げ。
 立ちはだかるケルベロス達の陣へ取り巻き達を残し、独り、花の妖精を思わせる美少女が舞い踊るようにして擦り抜けてゆく。無邪気なその足運びからは躊躇も罪悪感も花弁の重み程も感じられなかった。
 ――スゥパ・ドゥドゥ。
「どんな兎さんが来るのかと心待ちにしていたら……まぁ、随分と可愛らしい兎さんね」
 周りのお三方は黒くて顔が見えないけれど――ナイト、っていうわけでもなさそうねと、微笑みながら銀の双眸で幼い敵陣を見遣った後にヌリア・エフェメラル(白陽・e01442)は掌中へと結実した黄金の恵みを自陣へと振り撒いた。
(「大丈夫、恐れるな。僕は――俺は、まだ戦える」)
 かつて喪われた勇気の代わり、左胸を占めるミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)の『地獄』が炎噴きあげる。
 戦いに臨むたび顔を出す臆病を、地獄化と自己暗示とでかろうじて捻じ伏せる。『魔女』の欠損へと焼べられた最も大きな薪は仲間たるケルベロスの存在。皆それぞれに戦っていて此処を退けば逃せば彼らの負担になってしまう……だから。
「逃さず打ち倒そう、必ず」
 ミルラの口から絞り出されたそのことばは『心』からのもの。

 黒衣黒髪の少女達を置き去りに先を急ごうとした白兎の視界いっぱいに漆黒が広がる。
 捕食に逸るブラックスライムの鼻先でくるくると、一呼吸の間に、回避し終えたスゥパ・ドゥドゥの前に佇む黒衣黒髪の女が、独り。
「相変わらずお子様体型だねぇ?」
 不敵にそして殊更に親しげに、鹿骨・曄(ココロの悪癖・e02705)の唇は挑発を紡いだ。
 交差する揃いの橙の瞳と瞳、華と華、色違いに揃えた黒と白の首飾り――嗚呼本当にあの頃のまま何も変わらないと内心の嘆息を呑み込みながら。
「俺と遊ぼうぜ、昔みたいに」
「お生憎様、今日僕が立つべき舞台は此処じゃない」
 少年じみた口調で微笑を湛えたまま静かに番えられた橙薔薇の弓。まるで、『あの日』の光景そのままの――。
「曄ちゃんとキミのお話は興味深く伺いました。特等席で観劇としゃれ込ませて頂きます――お代は守護者の矜持で如何?」
 螺旋戴く白から地獄宿す黒を庇う立ち位置へ、黒の影と為るべくぐいと割って入った比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)は大仰に畏まっての一礼を披露してみせた。
 道化た宣戦布告に命のチップを潜ませ、降りるを許さぬ『奈落道連(レイズ)』への賭場が今まさに少女を捕らえようとしていた。
「ヤンデレの一途さ、どうぞここで発揮して曄さんのこと宜しくね?」
 努めてにこやかに。そんな声援を冥へと飛ばしたゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)が願うは、曄が心のままにかの敵と対峙できること。
 そして……その戦いの間も、何らかの決着をつけた後も、こうして軽口叩きあって笑いあっていられる事だ。
「お婿さんが一緒だからどこへいくのだって大丈夫。やるべきことをやるだけよ……行きましょう、あるふれっど!」
 『お婿さん』ことテレビウムへと背中を任せ、地に剣を突き立てたゼルダ。守護星座の加護得て耐性を高める力場を廻らせれば白花弁に濃桃をかけた覆輪薔薇がそよと揺れる。
「どのような因縁があるのかのぅ」
 気に懸からぬ訳ではないが詮索は無用と老戦士は此処まで何も訊ねぬがまま。何にせよ、其れが有効打と為り得るなら僥倖とドゥドゥの足止めは曄らふたりに託し、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)も黒衣の取り巻きの一体へと対峙する。
 我が身非力なれど盾たらんと泰然たる老木の如き構えから地に這わせた黒鎖を以って守護の魔法陣を現出させ、既に在るミルラの守護へぴたり重ねて強化が図られる。

「対峙する時は信頼する人を隣に――なんて言って俺が立っちゃってるし」
 茶化しながらも背中を押してくれる冥。
 己はもう独りではない。たった独り取り残されたあの頃の己ではない。
 ここに居る者と帰りを待つ者と。沢山の仲間が応援していてくれる。
 だからこそ、今こうやってお前と……目を逸らし続けて来た過去と向き合う事ができるのだと胸を張る曄の笑みは、生気溢るる絢爛を以って舞踊の幕開けを告げる。
「さぁ始めよう、此処が俺とスゥの最高の舞台だ――最期まで俺と踊って?」

●守護者たち
 さしあたってスゥパ・ドゥドゥはふたり掛りでかろうじて抑え込み突破を許さずにいたが、崩さぬ微笑の下で白兎の如きこの少女が虎視眈々と突破の隙を窺っている事など冥の眼はお見通しである。
「僕と踊りたいのなら、橙の荊を越えておいで」
 後衛列へ放たれる白鏃はケルベロスを絡め取る棘花と化してその心身を苛んだ。広域に渡る催眠の魔力抜きにしても格上のデウスエクスが攻撃手に専念した状態から齎されるダメージの大きさがそもそも脅威なのである。
「あまりあちらに見惚れてはいけないよ。さぁ――目を醒まして」
 単騎中衛で奮戦するが故に列攻撃を蒙らずに済んでいるミルラが届ける治癒と付与とが、最後の一線を支えた。
「リィーンリィーンさん!」
 ゼルダの喉元めがけて射られた毒矢と取り巻きからの遠攻撃、それらを一手に引き受けたゼーのボクスドラゴンが力尽きる。メディックである彼女を護り続けたリィーンリィーンの献身が最も苦しい序盤戦を耐え抜く支えとなった点、間違いないとゼーは『弟子』の働きを讃えた。
 配下たる黒衣の少女達からはいずれも突破の意思は感じられず、只管スゥパ・ドゥドゥを本陣へと向かわせる為だけに戦っていると確信したミルラは包囲の形を、より早期撃破に適した陣形へと移行するよう指示を出す。

 ただでさえ強敵な上に攻撃支援、防御支援に状態治癒と取り巻きから手厚く援護を受けながらのスゥパ・ドゥドゥの奔放はケルベロスに多大な損耗を強い続けた。
 ヘリオライダーの事前情報から対状態異常の備えは二重三重にと怠らなかったが、その手数の分だけ、撃破の為の火力集中が遅れがちになる点は避けられなかった。
「いいですね。楽しくなった来ました」
 そんな中にあって、防御も回復も完全に味方に委ねたカルナの遊撃的な立ち回りは対取り巻きの前線を支える強力な一助となった。
 煌めく凍て星の如き闘気を軌跡に変えて、研ぎ澄まされた刃の如き蹴りがジャマーの少女へと炸裂する。
「…………」
 音の伴わぬ何事かを言い遺し、最も厄介な輪舞の踊り手がまず舞台より排除された。

「今回はあまり長々と無駄話をするほど暇じゃないのよね。『螺旋忍法帖』を求めて全国の忍軍が奪い合いをしているのですもの」
 その点ではスゥパ・ドゥドゥの悪趣味も悪い点ばかりでは無いと、外見ほど儚げでも優しげでも無いらしいヌリアはばっさりと評した。
 既にその視野は次の戦場へと据えられつつあるヌリアがフローレスフラワーズの舞を真白き薔薇の花弁のかたちへと花咲き、しんしんと戦場へと降り注ぐ。
 ジャマー撃破故の方針転換か、はたまた、冥やあるふれっど達ディフェンダー陣が浴びせた怒りを煽る光術の効果故か。
 スゥパ・ドゥドゥが『橙荊円舞』で狙い撃つ先が、後衛列から前衛列へと偏り始めた事でケルベロス側は態勢を立て直す余裕を得、スナイパー陣を主力とした黒衣討伐は飛躍的にスムーズに運ぶ事となった。
「おいで、ヨクル・フロスティ……」
 いかなる堅守も雪妖精の惑わしの前には静かに凍り、極寒の白へと消える。
 だが目隠しと仮面とで覆われたディフェンダーの少女の顔立ちは判らずとも幼き少女の姿形をするもの相手。
(「どんな姿をしていようとデウスエクス……人々を傷付け脅かすものなら打ち払う事を俺は恐れない」)
 ミルラは攻撃を振るう毎、決して揺らがぬようにと己の弱さを『地獄』へと押し封じた。

 2人目の取り巻きの少女も討たれ遂にスゥパ・ドゥドゥへの総攻撃が始まると同時、白き射手は残るメディックの少女へと目配せの合図を送った。
 柔らかな笑みをおもてに貼り付けたまま、すっと橙の眸が細められる。
 響き渡る弦音が、内と外とを喰い荒らす荊の円舞の再来をケルベロスへと告げたが、幾重もの盾と耐性の前にその脅威は徐々にではあるが減じつつある。
 だが……。

「――逃がすものか!」
 『橙荊円舞』の掃射に合わせ、後回しとなっていた最後の取り巻きが突如、本陣の方角へ向けて離脱を始めたのだ。
 後回しとはいえむろんスゥパ・ドゥドゥ撃破迄の間、列攻撃に巻き込みもできぬメディックを完全に放置していた訳ではない。
「お前の相手は私なの」
 橙荊の被弾は、相棒にして弟分たるキラニラックスからのヒールで僅かに癒したベラドンナがすぐさまにその後を追う。
 だがケルベロスの側も、逃走の動きを見せた敵には最優先で即応すると決めたもの、あくまでスゥパ・ドゥドゥへの攻撃を続けるもの、そして傷と催眠の状態異常を負った仲間への治癒に廻るものと俄かにその足並みが乱れる中、突如反転したメディックの少女にベラドンナが切り刻まれ、血塗れで地へと臥す。
「……ドゥドゥとの対話は……邪魔……させない……っ!」
 全力で縫い止めてみせると気力のみで凌駕したベラドンナに一同がほっと安堵し強き癒しが注がれ、援護の勢いのままにメディックが討たれるなか。

「ブラフも切り札の切り方もまるで素人。君、ギャンブルは向いてないよ」
「……嫌なひと」
 火を消す余裕もなく捨てられ転がる吸殻が一つ。
 唯一人、決してスゥパ・ドゥドゥから眼を離さずにいた冥のみが、彼女の逃走を見抜き、渾身の両手遣いをもって如意棒を叩きつけていた。

●運命の女
 実力差ならば量るまでもない雲泥。だがひたすら阻止のみに特化した戦法に舌戦を絡めた丁々発止で泥から雲へと、冥は挑み、阻み続けていた。
「曄ちゃんから逃げちゃうなんてホーント見る目のない子」
 せせら嗤う男の全神経はスゥパ・ドゥドゥの一挙手一投足へと注がれ続ける。
「挙げ句お人形さんな取り巻きぶらさげてつまんないお遊び?」
 今の彼には毒矢に貫かれた翼無き片肩へ癒しが降りかかる感触すらもいっそ煩わしい。
 僅かでも集中を撓めれば軽やかな白き踵は、忽ちの内、何もかもを置き去りに飛び去ってしまうだろう。
 重傷上等の心意気で臨んだ大一番。だが怒りのグラビティで少女を己が賭場へと雁字搦めに繋ぎ止める今の冥には倒れ臥す事すら許されない。
 関心を、歓心を。いまこのひととき螺旋忍法帖の存在すら霞ませられる札ならば命だろうがイカサマだろうが何だって形振り構わず。
 ――そう。スゥパ・ドゥドゥをこの場へと縫い止めていたのはひとえに冥による執念だ。
 曄への執着ではない。
「……共に過ごした時間は嘘だったのか?」
 曄は問い掛けずにはいられなかった。
 独り、時を進めてなお約束の橙薔薇とチョーカーを纏う郷愁も、反撃をあえてスゥパ・ドゥドゥの技になぞらえる挑発も全てその心には響かなかったのだろうか。
 色んな物を与えて、色んな物を奪って消えた俺の親友、俺の宿敵。敵であっても大事な人……今の俺を作ってくれた人。だがそれは全て一方的な、幻想だったのかと。
「あるとき僕は想ったんだ――欲しいものほどその手は離すべきだって」
 どうせすべてがやがて失われるのなら失くしても構わないものだけ抱えていればいい。
 小さくそう零したデウスエクスの少女の貌からは、刹那、微笑みは消えていた。
「――スゥ……」
 それ以上の言葉の代わり、継がれたのはグランフェッテの爪先。
 己の影すら置き去りに、舞い踊るように閃いたしなやかな蹴撃は確かに曄を狙う意思をもって繰り出されたが、振り下ろされた先は……。
「あるふれっど! ……ウン! 冥くんもスゴイけどお婿さんの一途もっとスゴイ!」
「え? 俺最後の最後でアレに負けるの??」
 ゼルダからの指示に忠実に従い、曄と冥の回復役の一端を担い怒りの光を振り撒いて此処まで援護を続けたテレビウムの霧散と引き換え、ケルベロスは千載一遇、一斉攻撃の好機を得る。

 華奢な手。余りにか細いその体は、だが、確かに熱の存在を伝える。
 吐息さえかかりあう程に距離を詰め、整えられた爪の先。絶命の急所にと曄から放たれた最期の一撃が貫いたのは『あの日』我が身を穿った訣別の一矢と鏡映し。
 ――俺はお前の運命の女、お前は俺の運命の女。

 曄の手に残されたのはオレンジキャンディー、唯、一輪。
 それすらもまた解けるが如くにゆっくりと花弁を落とし、重力へと溶ける。
「橙薔薇は美しいけれど、散ってみると殊更ね」
 儚さが上乗せされるからかしらと呟いたヌリアの声が何処か遠くにと感じられた。

 ――幕を引いた舞台の上。
 戦いの終演、またも独り残された黒き女は綻ぶようにいっそう馨しく微笑んでみせる。
 橙薔薇咲かせる黒から零れる花弁は、はらりはらりと、止まらぬ涙を想わせるのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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