螺旋忍法帖防衛戦~五芒ノ花

作者:小鳥遊彩羽

●螺旋忍法帖防衛戦
「皆、お疲れ様」
 螺旋忍軍の拠点に攻め込むという大任を果たしたケルベロス達へ、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は穏やかに笑って労いの言葉を掛けた。
 今回の作戦では、多くの情報を得られただけでなく、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)と嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が、螺旋忍者にとって重要な意味を持つ『螺旋忍法帖』の所持者となった。
 中でも『螺旋帝の血族を捕縛せよ』という御下命が記されていた螺旋忍法帖――これがあれば螺旋忍軍の核心に迫ることが出来るだろうとトキサは続けた。
「でも、当然といえば当然のことなのかもしれないけど、螺旋忍軍達が動き始めている」
 その目的は言わずもがな、ケルベロス達に奪われた螺旋忍法帖の奪還にある。
 螺旋忍法帖は螺旋帝の血族がその血で書き記すことによってのみ創ることが出来るらしく、拝領することで螺旋帝の血族からの御下命を受けることが可能となる。つまり螺旋忍法帖は、螺旋忍軍にとっては垂涎の的と言っても過言ではない存在なのだ。
 そして今回、ケルベロス達が螺旋忍法帖を手にしたことで、直接拝領した忍軍でなくとも御下命を受けられるチャンスが生まれた。ケルベロス達が持つ螺旋忍法帖を奪うために多くの螺旋忍軍が動き出したのも頷けるだろう。
 厄介なことに、螺旋忍軍にはどうやら螺旋忍法帖のある場所を突き止める能力があるらしく、的確に攻め込んでくるであろう彼らから螺旋忍法帖を守り続けることは困難だ。
 しかし、これは逆に考えれば好機とも言える。
 敵が螺旋忍法帖を狙うのならば螺旋忍法帖を囮にして螺旋忍軍を誘き寄せ、守り続けるのが難しいのならば逆にこちらから攻撃すればいい――というわけだ。
 この作戦で誘き寄せた螺旋忍軍を一網打尽にすることが出来れば、螺旋忍軍はこれに懲りて、二度とケルベロスから螺旋忍法帖を奪おうとはしないだろう。

●五芒ノ花
 防衛戦の拠点となるのは、石川県の金沢城と北海道の五稜郭の二箇所。
「皆には北海道の五稜郭に向かってもらうことになる」
 そこで『五ツ花』という名の螺旋忍軍を迎え撃ってほしいとトキサは続けた。
「五ツ花はその名の通り、常に五つの依頼を抱える信条の忍びで、ロマンチストで情に弱い……らしいけど、向こうも仕事のために来ているし、螺旋忍法帖を奪うという明確な目的がある以上、皆の言葉に耳を貸すことはないだろうね。だから、話し合いや説得は出来ないと思って全力で戦ってほしい」
 五ツ花は四体の螺旋忍軍を配下として連れている。配下達は主に彼女を守るように動きつつ、時にじわじわとこちらを蝕むような攻撃をしてくる者もいるだろう。五ツ花自身も精度の高い一撃を繰り出してくるため、決して油断は出来ないとトキサは言い添えた。
 この戦いに敗北した場合、敵が本陣へと向かってしまうため、螺旋忍法帖を守るチームに負担が掛かることになる。敗北が一チームだけならば何とか支えきれるだろうが、複数のチームが敗北すれば、螺旋忍法帖を守り抜くのは難しくなるだろう。
 そして、戦いそのものに勝利したとしても、配下の一部に突破されてしまった場合も、配下が本陣へと攻撃を仕掛けてしまうため、可能な限り全ての敵を撃破するのが望ましいと告げてトキサは説明を終え、最後にこう付け加えた。
「歴史のある場所で忍者と防衛戦、なんて、時代を感じるシチュエーションだけど。――螺旋忍法帖、必ず守り切って、……皆、無事に帰ってきてね」


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)
メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)
マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)

■リプレイ

「任務には妨害が付き物。全く難儀なことだが、それを超えるのが遂行者の役目ってもんさ」
 そうだろう? と、天津・総一郎(クリップラー・e03243)は同胞達と、そして目の前に現れた『敵』に向けて問う。
「まさか、地獄の番犬様に直にお目に掛かる機会が来るなんて、ね」
 螺旋忍法帖防衛戦、その決戦の地たる五稜郭の一角で相見えることとなった螺旋忍軍の女――五ツ花は、猫のような黒い目を僅かに細めてケルベロス達を見やった。
「あはっ、女の子をイジめるのはボクの趣味じゃないんだけど、これもみんなを守るため、だからねー」
 だから安心して死んでいいよとにこやかに告げるのはアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)だ。
「そう簡単に倒せるとは思わないで欲しいのだけれど」
 五ツ花は緩やかな笑みを浮かべつつ、小さく肩を竦めて、
「……通して、くれるつもりはなさそうね」
「その通りで御座います、お嬢様。いえ、――五ツ花」
 ギュスターヴ・トキザネ(ケルベロスの執事・e03615)が執事らしい言い回しを見せ、けれどすぐに、その穏やかな眼差しは『敵』を見据えるそれへと変わった。
「五つの依頼を常に抱え果さんとするとは、貴女はその能力が有り矜持も有る忍びなのでしょうな」
 けれどもとギュスターヴは言い、続けた。
「その何れもが人を害するものであるなら、この依頼諸共に他の四つも頓挫させて頂きましょう。それが、我々ケルベロス達の矜持と言うもので御座います」
 相容れない花は咲かせられない。だからこそ、どちらかが摘み取られなければならない。
「ここで貴女を止めるわ。勤めを果たして帰るのは、アタシ達よ」
 笑みを浮かべつつ、けれどその眼光には鷹を射るかの如き鋭さを滲ませて、ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)は告げた。
「……何だ、エクレフ。アイツと知り合いなのか?」
 総一郎が何気なく問う声に、シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)ははっと目を瞬かせて、それから首を横に振る。
「いいえ、直接お逢いしたことがある訳ではありませんわ。でも……」
 五ツ花を一目見た瞬間にシグリッドを襲った、言い様のない胸騒ぎ。
 けれど、五ツ花と自分とを結び付けられる記憶は、どこにもない。
「……戦えるか?」
「――はい、もちろん! 皆さんを癒し、この戦いを支えるのがわたくしの務めです」
 総一郎の案じる声に、しっかりと前を向き五ツ花を見据えるシグリッド。その様子に総一郎は力強く頷いてみせる。
(「……どうやら大丈夫そうね」)
 二人のやり取りに、マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)も内心安堵の息をつき、そして五ツ花へと向き直った。
「……戯れに手折るわけではないの。廻る世は屹度、愛しまれる花として」
 マールは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、蕩ける蜜の様な甘い声で優しく告げた。
「散りて朽ちるは花の宿命よ。……さぁ、存分に愉しみましょう」

 戦いの火蓋が切られ、先手を取ったのは五ツ花だった。素早く印を組み呪文を唱えると、濃密な甘い香りが辺りに立ち込める。
 それは肺腑に満ちれば毒となって身体を蝕むもの。香りに巻かれたシグリッドが思わず咳き込み、マールのナノナノ・ネウも愛らしい目をくるくるとさせる。アンノを庇った総一郎は咄嗟に口元を抑え、込み上げる不快感をやり過ごそうとした。その間にも連携するように動いた配下達が手裏剣の雨を降らせ、あるいは刀を手に斬り掛かってくる。
「――戦闘モード起動、行きます」
 身を挺し、緩やかな弧を描く斬撃を受けながら、メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100)がまず行ったのは、ヒールドローンによる守りの強化だ。
「先ず一弁散ってもらう」
 ちらりと振り返ったメイカとアイコンタクトを交わし、彼女の背後から飛び出す形で続いた勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)は五体の敵を五枚の花弁に見立て、笹に蛍があしらわれた濃紺の着物の袖を翻しながらその内の一体に迫った。
「目覚めろ地獄! 顕現せよ炎!」
 溢れる気迫を地獄化した腕に込め、彩子は日本刀を持つ二体の片割れへ炎を纏う掌を触れさせる。流し込まれた炎の熱に敵が怯んだ隙をつき、バスターライフルを構えたアンノが凍結光線を放つと、軽やかに宙を舞ったムジカが降る星に重力を乗せた蹴りの一撃を刻みつけた。
(「今は、――わたくしに出来ることを」)
 シグリッドはまだ収まらぬ胸のざわめきを振り払うように避雷の杖を振るい、守りの雷壁を前衛の前に展開させる。
 攻撃を防ぐだけではなく、誰かの傷を確りと治せるように手を打っておく。
「それもまた、守り手の役目ってやつさ!」
 総一郎が導いたのは、雨上がりの雲の切れ間から燦々と射す日の光の様に心安らぐ光。そこに、マールが降らせたオウガメタルの粒子の煌めきとギュスターヴが星剣で描いた星座の輝きが更なる守りの力を重ねる。
 敵の状態異常攻撃に対し堅実に守りを固めながら、ケルベロス達はまず三体の配下を倒してから五ツ花を倒し、残る一体の配下を倒すという作戦を取った。
 五ツ花が掌に息を吹き掛けると、無数の花弁が舞い上がった。配下達が続き、ケルベロス達を翻弄する。シグリッドとネウだけでは癒しの手が追いつかず、守りに重きを置いていた総一郎や、時にはマールも回復に専念しなければならないほどだった。その分攻撃の手を欠くことにはなったが、戦線は安定して維持出来ていた。
「昔の戦場で戦うなんてロマンがあると思わない? 昔はここを攻めた側が勝利したそうだけど……今度の戦いは守るアタシ達が勝ってみせるワ」
 ムジカは常と変わらない朗らかな声と笑みで、仲間達に呼び掛ける。
「長期戦は覚悟の上で、しっかりと皆で頑張らなくっちゃネ。――行かせなかったらアタシ達の勝ち、よ」

 まず先にと狙う配下に、アンノがスターゲイザーを叩き込む。弾けた衝撃に流星の煌めきが散った刹那、総一郎がスイッチ一つで空に色鮮やかな花火を打ち上げた。前衛陣の背を力強く押す風が吹き、その合間を縫うようにギュスターヴがケルベロスチェインを伸ばす。鎖は配下を素早く縛り上げ、その動きを大きく鈍らせた。
 砲撃形態に変形させた竜槌を配下へと向けながら、彩子はにやりと口の端を釣り上げて言い放つ。
「景気よく花を吹っ飛ばしてやるよ」
 同時に放たれた竜砲弾が、かつてこの地で繰り広げられた激戦を思い起こさせるような轟音を響かせながら、一体目の配下を消滅させた。
「やるわね」
「まだ、これからです」
 零した五ツ花の前に、メイカが立ちはだかる。
 ケルベロス達はすぐに狙いをジャマーの配下に切り替え、メイカとアンノが五ツ花の抑えに回った。
「メイカくん、行くよー!」
「はい、お願いします」
 足止めと氷の付与を目的とするアンノの後方からの援護を受けて五ツ花の抑えに専念するメイカは、両手に構えたガトリングガンを豪快に連射しながら五ツ花を牽制しつつ、時に生命力を喰らう地獄の炎弾を放って自らの体力を補っていた。
 試験中の特殊手榴弾は後衛の五ツ花には届かず、フェイントめいた攻撃こそ行えなかったものの、持ち前の粘り強さを活かして五ツ花と相対するメイカ。
 仲間達が配下と激しい攻防を繰り広げる最中、ガトリングガンの掃射を浴びて五ツ花が斜めに被っていた鬼の面が弾き飛ばされる。
 次の瞬間、五ツ花は乱れた髪をものともせずにメイカへと迫った。
「くっ……!」
 咄嗟に身を捻ったメイカの肩口に、五ツ花が持っていたクナイが深々と穿たれる。癒しの手は一歩届かず、スナイパーの五ツ花が繰り出す精度と瞬発的な火力のある一撃が、厚く重ねられた守りの力ごとメイカを貫いた。
「メイカ!」
 配下へと魂を喰らう降魔の一撃を放ちつつ、彩子がメイカの名を叫ぶ。
「……申し訳、ありま、せ……」
 それと同時にメイカは倒れ、意識を失った。
 抑えのなくなった五ツ花は視線を巡らせ、ふとその先にいたシグリッドに目を留める。
「貴女、エクレフ家のお嬢さんなの?」
 五ツ花の何気ない問いに、シグリッドは目を瞠る。どうやら、総一郎が先程、彼女を姓であるエクレフと呼んだのを聞いていたらしい。
「やはり、わたくしを、……いえ、エクレフ家をご存知でいらっしゃるのですね」
 確かめるように返すシグリッドに、五ツ花はそう、と納得するように頷き、微笑んだ。
「貴女のお兄さん? 元気かしら」
「……、――っ!」
 ほんの気紛れに五ツ花が紡いだ問いがシグリッドの中に一つの可能性を導く。だが、答えに辿り着くより先に五ツ花は再び掌に息を吹き掛け、鋭い刃にも似た無数の花を散らした。
「随分とお仕事熱心だそうね。貴女の其の先には夢が有って?」
 シグリッドを襲う花弁から守るようにさり気なく前に立ちながら、マールが向けるのは柔らかな声。
「夢? 貴方達も知っているでしょう、勅忍になることよ」
 そのために螺旋忍法帖を得る――それが今の『仕事』なのだと五ツ花は答える。それ以上でもそれ以下でもなく、それが全てなのだと。
「お答え下さって有難う。では、次のお相手は私が務めさせて頂くわ。残り少ない時間、心ゆくまで楽しみましょう」
 メイカに代わり五ツ花への牽制役として立ったマールは、挨拶代わりにと煌めく星のオーラを蹴り込んだ。

 繰り返される攻防の中、ケルベロス達の消耗は激しくなっていく。
 特にメイカに続き五ツ花を抑えるマールは、いつ倒れてもおかしくない状況であった。
 大理石の様な質感の角や翼が抉るように裂かれ、痛々しい様相を呈する。それでも、マールはたおやかな笑みを絶やすことなく五ツ花と向き合った。
「希望のともし火、今、此処に――」
 優しく唄うようにマールの周囲を緩やかに巡る小さな光の煌めきは、シグリッドの祈りの形。ナノナノのネウも懸命に、ハート型のバリアを巡らせる。
 一刻も早くジャマーの配下を倒さんと星座のオーラを配下達へ飛ばすギュスターヴ。
 反撃とばかりに配下達から氷結の螺旋が放たれ、ギュスターヴと彩子を襲った。
「そのような氷で、私の炎が溶かせると思ったか!」
 凍える痛みを受けてなお不敵に笑い、彩子は熱き想いの炎を注ぎ込む。
「余所見をしている暇はないワ、こっちよ!」
 夢は必ず叶う――そう異国の言葉を風に乗せ、空を翔けるムジカ。綻ぶ花の如き緋紅の髪が風を孕んでふわりと舞い、空に鮮麗な軌跡が描かれる。一蹴の元に倒れ伏したジャマーの片割れへ目をくれることもなく、ムジカは次なる標的を見定めた。
 残るジャマーの配下を、アンノは薄っすらと眼を開け、赤い瞳で見やる。
「終焉の刻、彼の地に満つるは破滅の歌声、綴るは真理、望むは廻天、万象の涯にて開闢を射す――反転世界・【極壊】」
 アンノの紡ぐ言の葉と共に解放された力が、二つの世界を歪ませる。
 溶け合うように、混ざり合うように、反発する領域に呑み込まれて消えてゆく三体目の配下。
 最後、一体の配下と共に残った五ツ花がちらりと窺うように視線を巡らせたのを、総一郎は見逃さなかった。
「配下を見捨てるのか?」
「……っ、」
「配下を見捨てて、ここで一つの依頼も果たせないようなら。その名の仕事を果たすことなんて出来ないんじゃないかしら?」
「逃げるなんて醜い真似はやめてくれよ」
 すかさず、ムジカと彩子が続く。
 情に弱いという五ツ花なら、配下と呼ぶ存在を見捨てたりはしないだろう。ケルベロス達の読みは、間違ってはいなかった。
 クナイを構え、総一郎へと狙いを定める五ツ花。その攻撃を真正面から受け止めて、総一郎はここぞとばかりに至近距離から轟竜砲を叩き込む。
 ムジカが放った気咬弾に喰らいつかれ、それでもなお闘志を失わぬ五ツ花の瞳に、ギュスターヴの姿が映った。
 浄化の炎が傷付いた躰を焼き清めるのか、浄罪の炎が躰もろとも罪を焼き払うのか。
「――全ては貴方様次第で御座います」
 朗々と響く声により放たれた煉獄の蒼炎が包み込んだのは、五ツ花――ではなく、最後に残っていた配下だった。
 ギュスターヴの攻撃に五ツ花の盾となった配下は自らに分身を纏わせて抵抗する。先に倒せそうならこちらから倒す選択肢もあったが、あくまでも最優先は五ツ花であり、ゆえに、
「さあ、――召し上がれ」
 黄金の林檎を艶やかな黒い爪で裂き、マールは滴る蜜を五ツ花の唇へと贈る。悪しき者には毒となる后の林檎(コル・ヴィペラ)。その毒に塗れた五ツ花を見やり、それから、マールはそっとシグリッドの名を紡ぐ。
「直接でなくとも、縁のある相手なら――貴女の手で」
「……はい、っ」
 堪えるように頷き、シグリッドは五ツ花へと向き直った。
 蒼い宝玉のついた杖の先から迸る破壊の雷鳴は、罪を灼く一筋の光のよう。
 さようならと落とした声は、落雷の音に紛れて。
「私の仕事は、……ここでお終い、か」
 命を貫かれた五ツ花はその場に崩れ落ち、散る花の如く静かに消えていった。

 ――直後、後方へと下がる影があった。
 そう、まだ健在だった四人目の配下である。
 警戒はしていた。だが、皆が目まぐるしく駆け回る戦場において、最後は五ツ花へと攻撃が集中していたこともあり、ケルベロス達の意識が少なからず逸れていた――そのほんの僅かな隙に、配下は機を見出していた。
「ッ、待ちなさ――!」
 気づいた時には既に遅く。ムジカが翔けるより速く、そして他のケルベロス達が動くよりも先に、配下はその場から離れてゆく。
 しかし、その行く先は本陣ではなく、五稜郭と呼ばれるこの領域の『外』だった――。

「最後の最後にしてやられるとは!」
「逃げられちゃったねー」
 彩子は悔しげに拳を打ち鳴らし、アンノも小さく肩を竦める。
「勝ち目はないと判断して、逃走の機を窺っていたのでしょうかな……」
「確かに五ツ花が倒されてしまえば、アイツがこの場に残る理由なんてなかったわネ……」
 やれ、と息をつくギュスターヴ。ムジカは配下が去った方角を見つめ、それから背後――本陣のある方を振り返った。
「けれど最低限、私達が此処で為すべきことは為したと言って良いのではないかしら」
 まずは皆、怪我の手当てをしましょう、とマールは柔らかく微笑んだ。
 完全勝利とはならなかったものの、ケルベロス達の奮闘は実を結んだ。五ツ花の撃破に成功し、本陣への増援も防ぐことが出来た。
 倒れたメイカも傷は深いが、幸いにして命に別状はなかった。
(「アイツは花じゃなくて……星になったんだな」)
 日の当たらぬ所で暗躍する者が、日の当たる場所で最後を迎えた。
 それが彼女にとって幸いだったのか、総一郎にはわからないけれど。

(「……あら、どうして、」)
 不意に零れた涙を、シグリッドは拭う。
 けれど、その意味がわかるのは今ではなく、――もう少しだけ先の話。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:メイカ・ミストラル(ガーリィフォートレス・e04100) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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