●それは正月の話
「うわぁ……最悪だ……」
一人、台所で手を洗い続けるのはこの安アパートの一室の住人である男子大学生。アパートはワンルーム、築20年、その分家賃はお安い。これだけジャージャー水を流せば階下の住人にいつもなら文句を言われるところだが、今の時間は仕事で居ないので、遠慮なく手を洗い続ける。
「まさか……正月に母親がくれた餅が今更出てくるなんて……!! しかも、表面から白いところが見えないくらいカビが生えてるなんて!!!」
忘れてた俺が悪いんだけど、と彼はぶつぶつ零しながら、手を洗い続ける。
「箱の中身忘れててうっかり手を突っ込んだら、モロに握っちゃったもんなぁ……あの感触! 最悪だ!! でも、情けないよなぁ……男なのに、カビがダメなんて。でも、こう……あれだけびっしりふわふわ生えてると、流石に背筋がぞわぞわっと」
大きく一つ溜息を吐いた、その瞬間。
「あはは、私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちはわからなくはないな」
突然現れた女性、第六の魔女・ステュムパロスは、彼の心臓を一突きした。台所で崩れ落ちる大学生。その横に現れたのは、人間大のカビがふさふさと生えた、両手両足のある切り餅型ドリームイーター。その右手には、大きな鍵が握られていた。
「モチィ!」
ドリームイーターは、どことなく粘ついた声で、叫んだ。
●梅雨じゃなくてもカビますが
集まったケルベロス達に、雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は、説明を始める。
「誰しも、一つくらいは苦手なものはあるものだ……人によっては、もっとたくさんあるだろうが。今回、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が危惧した通り、梅雨の湿気のせいで……かどうかは定かで無いが、正月から放置していた餅に生えたカビへの『嫌悪』を元に作られたドリームイーターが事件を起こそうとしているらしい。丁度ドリームイーターが現れる時間は出現場所であるアパートの住民達が全員出払っているが、放置していては危険だ。近隣住民に被害が出る前に、撃破してきて欲しい。また、このドリームイーターを倒せば被害者も目を覚ますだろう」
このドリームイーターは配下は居らず、一体のみ。人間大のカビがふさふさ生えた切り餅の形をして、四角い餅の中心部にモザイクがある。このカビはあくまでドリームイーターの付属物なので、吸ったりしても一般的に言われているような健康被害は無い。ただ、このカビの胞子には身体を麻痺させる効果があるので注意が必要だ。他にも、焼く前の餅を投げつけてきたり、手に持った鍵で斬りつけてくる。
ケルベロス達が到着する時は、丁度ドリームイーターがアパートのドアから出てくるタイミングになる。
「どうしても苦手なものがある、というのは仕方がないと思う。そして、その『嫌悪』を使ってドリームイーターにするのは、許されない。気持ち悪い敵ではあるが、是非倒してきて欲しい」
葵はそう言って、ケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722) |
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184) |
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300) |
機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765) |
ジェミ・ニア(星喰・e23256) |
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685) |
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286) |
●飛び出せ餅
件のアパートに到着したケルベロス達は、被害者の部屋に走る。
「こうして事前に察知出来たのは良いですが……見た目的に、あまり近付きたくないタイプの敵なのです……」
遭遇する前からげんなりとした顔で、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が呟く。
「えーと、カビ……、菌類の一部を指す言葉で、湿気の多い時期に発生。医療分野では青カビから抗生物質が……、しかし毒性を持つものもあり…………」
アイズフォンを覗き込みながらぶつぶつと検索結果を読み上げながら、ジェミ・ニア(星喰・e23256)は走る。
「つまり見かけによらず、カビは強いということなのですね! 気を引き締めて行きましょう!」
粗方読み終わり、ジェミは拳を握り締める。間違っても無いが、正しいとも言い難い微妙なラインだが、そこについて深く追求するほどの時間は無かった。
「人の嫌悪につけ込むってのは、頂けないよね」
そう言いながら走るのは叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)。一般人がいれば説得して退いてもらおうと思っていたが、周りに人影はない。
「誰もいないなら、説得は必要ないね」
そう呟く宗嗣に、地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)が同じように周りを確認した。
「そうですね……大丈夫そう、です」
「誰もいなくてよかったよ」
隣を走る伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)も、ほっとしたように頷く。
「あの部屋だね」
一斉に立ち止まったケルベロス達に、燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)はアイズフォンの買い物リストから目を離す。
「…………ん? あぁ、ちょっとな……ここか?」
その時、ガンッと硬質の物を殴るような音が響き、金属製の玄関扉が歪む。そして、次の瞬間。
「モチィッ!」
ドゴッと鈍い音をさせて扉が吹き飛び、中からカビの生えた四角い切り餅型ドリームイーターが現れた。
「うはあ……これは……」
その姿を見て、マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)が思わず漏らす。ドリームイーター自体が怖いとかいうのは無いが、ふっさふさと生えたカビの視覚的威力はなかなかに凄まじい。
「かびかびお餅の勿体無いおばけさんかー」
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)がそう言いながら、キープアウトテープを手にする。
「モチィ……?」
その行動を不思議そうに見つめるドリームイーターに、改造チェーンソー剣を振りかぶり、真理が走る。
「あなたの相手はこっち、なのです!!」
カビの部分を削ぐような斬撃に、ドリームイーターが駐車場の方へと転がっていった。そのドリームイーターへ追い打ちをかけるように、彼女のサーヴァントであるライドキャリバーのプライド・ワンがデットヒートドライブを命中させた。炎を纏った一撃に、餅の表面が僅かに膨れる。
「こう言うのは、気持ち悪い部分をまず切り落としちゃうのです……!!」
静かに目を伏せ、ペインキラーを使った宗嗣は、ふらついたドリームイーターへとゲシュタルトグレイブを振り下ろす。
「悪感情ではあるだろうけど……人の夢は、奪わせないよ」
稲妻を帯びた超高速の突きは、ドリームイーターの硬い表面を抉りつつ、その身体を完全に駐車場の方へと押し出した。
「モ、モチィッ……」
亞狼は駐車場からアパートへの通路を断つよう位置取りし、それから鉄塊剣を構えた。
「おぅヤローども、殺っちまえ」
宗嗣が退いた瞬間、駐車場に転がって不機嫌そうに顔を歪めたドリームイーターを見て、ハンと鼻を鳴らす。
「ぁ? 文句あるのかコラ」
邪魔されたドリームイーター的には文句しか無いだろうが、亞狼はドリームイーターよりさらに不機嫌そうにそう言って、BurningBlackSun衝を発動させる。
「カビぁアレだ、まずは乾かすのさ」
亞狼はそう言いながら、背に強烈な黒い日輪を浮かべ、熱波を放った。ドリームイーターの表面は、熱でまた少し膨らんだ。
「モ、モチィッ!!」
ドリームイーターの出現と同時に障害物の有無を確認したジェミは、ここなら大丈夫だろうと判断し、地面にケルベロスチェインを展開、味方を守護する魔法陣を描く。
「カビ……はそれほど嫌ではありませんが……、びっちり生えてると流石に、気持ち悪いですね……」
ドリームイーターの外見に眉を顰めながら、ケルベロスチェインを構える。
「戦列強化、守ります!」
地面に描かれる魔法陣。そして、ジェミはサークリットチェインを発動した。
「殺菌!!」
マルレーネが叫び、焼霧嵐舞陣を発動する。強酸性の桃色の霧に包まれたドリームイーターは、じたばたと暴れた。
「カビ、やっぱり気持ち悪いな」
表面を削がれてまだらに残るカビを見て、マルレーネはぽつりと零した。
「『嫌悪』のドリームイーターさんって、近寄り難い見た目や形状が多い……ですよね」
物凄く苦手、という訳では無いけれど、だからと言って得意な訳では無い。夏雪はなんとなく嫌そうな顔で呟き、手にしたゾディアックソードをかざしてスターサンクチュアリを発動する。
「カビいっぱいのお餅と握手なんて、ぞっちゃう!」
想像してしまい、背筋に走った悪寒を誤魔化すように腕を擦りながら、心遙は顔を歪めた。
「カビの被害に会う人が出ないように、きっちり倒さなきゃ……!!」
気合いを入れた心遙はドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ、すっと鋭く息を吸い込み、ドリームイーターを見据える。そして、竜砲弾を射出した。
「モチィ……!!」
表面に竜砲弾が減り込んだドリームイーターは、辛うじて原型を保ちつつもかなりへたっとした様子で、巨大な鍵を持ち直す。
●カビたとしても、餅は餅
「今度はうちの番っ……って、お餅が四角いなんて?!」
駐車場から外に出れないようキープアウトテープを貼っていた縒だったが、作業が終わり、改めてドリームイーターと向き合い驚きに目を丸くした。
「まんまるの方が絶対かわいいのにー!」
そう叫ぶと勢いよく地面を蹴り、獣としての本能を極限まで高める。
「うちのナカに眠る、ケモノの、チカラ……!」
双爪の舞を使い、右手、左手と十字に二撃を与え、そして。
「はわわわわ、感触が……!!」
引っ掻くや否や、ぶわっと尻尾を膨らませてびゃっと勢いよく飛び退き、そして、涙目で手をわきわきさせる。
「け、けるべろすだもん、気持ち悪さなんかに負けないっ……!!」
素手での攻撃をやめとけば良かった、と本気で後悔。
そんな縒へと、ドリームイーターが心を抉る鍵を振り上げながら襲いかかる。
「カギィ!!!!」
「危ないですっ!!」
そこへ、改造チェーンソー剣を構えた真理が割り込み、縒を庇った。
「っ……!!」
「きゃ……あ、ありがとうっ……!!」
礼をする縒だったが、自分自身のトラウマに襲われる真理は、答える暇がなかった。
「あ……っ!! 冷蔵庫の奥に……忘れててごめんなさいなのですっ!!」
涙目で見えない何かに謝る真理に、すかさず夏雪が初夏の雪解けで回復を施していく。ふわふわと降る泡雪状のグラビティが、真理を癒していく。
「大丈夫……。痛くない、です」
ふらふらと立ち上がる真理に、マルレーネが駆け寄った。
「大丈夫か、真理!」
「マリー……、や、ヤな事、思い出したのです」
口元を抑え、涙目でげんなりする真理の頭を優しく撫でてから、マルレーネはきっとドリームイーターを睨みつけた。
「真理を泣かせたな。許さないぞ」
彼女の瞳は、怒りに燃えていた。マルレーネは怒りを抑えずに掌をドリームイーターに向けた。
「燃えてしまえっ!!」
ドラゴンの幻影は、マルレーネの怒りを乗せた炎を吐き出し、ドリームイーターを焼いていく。
「モモモモチィィッ!!」
餅らしくぷくうぅ〜、と極限まで膨れたドリームイーターに、亞狼が鉄塊剣を振り上げる。
「オラァッ!!」
振り下ろした鉄塊剣は、膨れたドリームイーターを叩き潰した。
「いくよっ!」
心遙が手元に生み出したグラビティの光にふっと息を吹きかける。天球儀のように回るそれは、くるくると回り、風を巻き起こす。そして、心遙は高く高くその光を掲げた。
「月の涙、星の鼓動ー夜を超えてかがやけ……!!」
ぶわぁぁと巻き起こる嵐に、べちゃべちゃに潰れたドリームイーターは吹き飛ばされ、嵐が止んだ頃には粉々になり、やがて大気に溶けて消えていった。
「カビ撃退完了、ですね!」
ジェミはぐっと拳を握りしめ、周囲の破損個所をチェックし始める。
「感触がすごく気持ち悪かったけど……そんなに色々壊れなくてよかったね! ……あ、キープアウトテープ回収しとかないと!!」
両手を見つめ、クリーニングな特徴付きの防具を装備してきた方が良かったかも、と後悔していた縒は、自分が貼ったキープアウトテープを回収に走る。
「んじゃ後は任せたぜ……そいや帰り薬局寄ってくか、カビ以外にも色々やっとく時期だしな」
然程あちこち壊れている訳でも無いし、手も足りるだろうし。横着であると自認する亞狼は、後片付けはお任せすることにし、先ほど確認途中だったアイズフォンを起動して買い物リストをもう一度確認する。帰り道に薬局あったかなぁ、などと思いながら、彼はその場を後にした。
「まぁ、こんなものかな」
宗嗣はいつの間にか空いていた地面の穴をヒールで埋めて、一息吐く。
「こっちも終わったけど……なんだかすっきりしないなぁ……」
しゃがんでヒールしていたマルレーネは、自身の臭いを嗅ぎながら立ち上がる。なんだろう、カビのせいだろうか。
「取り敢えず……被害者さんを様子を、見に行きましょうか」
辺りを確認し、一通り直したと判断した夏雪が声をかけると、この場を去った亞狼以外のケルベロス達は頷き、アパートの階段を登る。
●男子大学生とカビた餅
「だいじょーぶ? 痛いとことかない?」
縒に助け起こされた被害者の男子大学生は、うぅんと唸って左右に首を振る。
「あ、あれ? 俺……」
目を瞬く彼に、ジェミが頷く。
「大丈夫そうで良かったです。それにしても、災難でしたね」
そう言われて、彼はあぁ! と叫び、ぽんと手を鳴らす。
「あの餅は?!」
「え、えっと……ドリームイーターは、倒しました。カビの生えたお餅は……ここに」
夏雪がおずおずと指差した先に目をやって、彼はひぃっと飛び退いた。
「カ、カビっ……!! あーなんで忘れちゃったんだろ……」
頭を抱える彼の肩に、宗嗣がぽんと手を置いた。
「ま、忘れるのは人間仕方ないよね。嫌悪を覚えるのだって、仕方ないよ」
「…………そう、かなぁ」
いまいち納得がいかないような彼を励ますように、心遙が頷く。
「お餅にびっしりのカビなんて……きっと誰でも苦手だよー」
必死に元気付けようとしてくれるケルベロス達に、彼は次第に元気を取り戻していく。
「ありがとう……ちょっと、立ち直れたよ」
そう言って笑顔を見せる彼に、ジェミが言う。
「食品の管理には気を付けた方が、健康のために良いかもしれません」
そう言われ、彼は数回目を瞬いてから、真面目そうな顔で頷く。
「そりゃまぁ、そうだよね」
そしてその場の全員の視線は、箱の中のカビの生えた餅へ。
「あの、僕も後片付け手伝いますから」
死にそうな顔をした彼に、夏雪が申し出る。
「僕もお手伝いしますよ。あと、良ければ他の食品の賞味期限のチェックもお手伝いします」
ジェミも夏雪と同じように彼に提案する。
「何から何まで、ありがとう……でも、そんなにお世話になる訳には……」
深々と頭を下げる彼。ケルベロス達は取り敢えず餅だけは片付けて帰ることになり、それから数分間延々とカビの生えた餅をゴミ袋へ放り込み続けた。
あとは自分で片付ける、と言う彼に見送られ、玄関を順番に出ていくケルベロス達。靴を履いた後、縒が思い出したようにくるりと振り返った。
「そういえば、お餅さん、食べきれそうにないなら冷凍保存がいいんだってー! ねーちゃんが言ってました!」
笑顔で言い残して手を振る縒に、彼も笑顔で頷いた。
「…………マリー、どうしたのです?」
彼の家の玄関を出た頃、一人遅れて歩くマルレーネに、真理は首を傾げる。どうやらマルレーネはくんくんと自分の服の臭いを確認しているらしかった。
「んー……カビ臭い、かな。……あ、真理、このあとお風呂行こう!」
マルレーネの提案に、真理も笑顔で頷く。
「良いと思うですよ! 私も、実はちょっと気になっていたのです」
そして、マルレーネと真理は手を繋ぎ、先を歩く仲間達の後を追いかけた。
こうして、ケルベロス達の活躍により、カビの生えた餅のドリームイーターは無事、撃破された。きっとこの男子大学生は今後、餅にカビを生やさないよう食べきれない分は冷凍保存し、そして賞味期限や鮮度に気を使うようになるだろう。
ケルベロス達はそう信じ、彼の住むアパートを後にするのだった。
作者:あかつき |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年6月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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