螺旋忍法帖防衛戦~浮雲を断て

作者:天枷由良

●忍びとの戦いは続く
 螺旋忍軍の拠点に攻め込んだケルベロスたちは、大任を果たして無事に帰還した。
「今回の作戦では幾つかの拠点制圧、有力な螺旋忍軍の撃破、さらに暗号文書の入手と多くの成果を上げることができたのだけれど、とりわけ重大なものとして、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)と嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が所持者になった『螺旋忍法帖』の存在があるわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は手元に目を落としつつ、得られた情報について語り始める。
 螺旋忍法帖は、螺旋帝の血族のみがその血で書き記す事で創り出せるもので、今回入手した二つには『螺旋帝の血族を捕縛せよ』という御下命が記されいた。
 これを果たした螺旋忍軍は主星スパイラスに招聘され、『勅忍』の栄誉を与えられるらしい。東京二十三区で小競り合いが繰り広げられていたのは、御下命一つにつき、一つの忍軍しか勅忍になれないからであるようだ。
「この螺旋忍法帖には『螺旋忍軍に対する絶対制御コード』も仕込まれていて、受け取った螺旋忍軍を『御下命を必ず果たさなければならない』という精神状態にしてしまうそうよ。恐らく今後、螺旋忍軍の核心に迫っていくために重要なものとなるでしょうね」
 でも……と、ミィルは一つ息を入れる。
「どういう術なのかは分からないけれど、螺旋忍軍たちは螺旋忍法帖の場所を探し当てることができるらしいの。つまりカジャスさんと嶋田さんが所持者であるかぎり、二つの螺旋忍法帖は忍軍たちから狙われ続けることになるわ」
 既に、日本中から刺客が放たれているという情報もある。
 いつ来るかわからない襲撃に備え、永遠に螺旋忍法帖を守り続けることは、ケルベロスであっても不可能だろう。
「けれど、裏を返せばこの状況。螺旋忍法帖を囮に多くの螺旋忍軍たちをおびき寄せ、一網打尽にするチャンスでもあるわ。こてんぱんにやられてしまったら、彼らもケルベロスから螺旋忍法帖を奪うのは難しいと判断して、今後襲ってくることはなくなるでしょう」
 この作戦は早速実行に移され、螺旋忍法帖防衛戦として石川県の金沢城、及び北海道の五稜郭を拠点に行われることになった。
「皆には、五稜郭へ向かってもらうわ。そこで『夜城・ネネ』という女性の螺旋忍軍と、付き従っている彼女の弟子三名を迎撃してちょうだい」

 夜城・ネネは、女性らしい身体を彼岸花の模様が入った黒い着物に包んでいる。
 露出が多く、見た目はそこまで忍んでいるように思えないのだが、まるで浮雲のように神出鬼没で、鎖による束縛術や刃物の扱いに長けているらしい。
「配下も女性の忍び……くノ一で、師匠と同じく鎖や短刀での攻撃を得意とするみたいだわ。恐らく、配下の三人がネネを守りながら鎖で相手の身動きを封じ、機動力に長けるネネが強烈な斬撃で叩き伏せていく。そんな戦い方を基本とするのでしょう」
 早急にネネの動きを止めることが重要となりそうだが、三人も盾になるものがいれば容易ではないだろう。どのように戦いを進めていくか、しっかりと筋道を立てておかなければ、仕損じてしまうかもしれない。
「万が一、だけれど。皆が撃破に失敗すれば、ネネたちは本陣に向かってしまうわ」
 本陣には螺旋忍法帖を守るチームが待機しているが、幾つものチームが敵に突破を許せば、当然守りきることは困難になる。
「それからネネだけが撃破されたり、或いはネネが戦況の不利を感じた時などに、配下の一部を強引に突破させようとするかもしれないわ。頑張って……と言うことしかできなくて申し訳ないのだけれど、配下の三名まで殲滅できるように、なんとか頑張ってちょうだい」
 説明に区切りをつけ、ミィルは「それにしても……」と言葉を継いだ。
「まさかこの時代に、五稜郭で対忍者防衛戦だなんてね。いっそ隊旗でも掲げてみる?」


参加者
來瀬・八雲(ゆらゆらと・e09012)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)
碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー黒花ー・e19174)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)

■リプレイ

●星の一角で
 アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)は考えに耽る。
 先だって二人のケルベロスが入手した螺旋忍法帖なるもの。聞くところによれば螺旋帝の血族しか作り出せない命令書のようだが、肝心の御下命が螺旋帝の血族を捕らえろとは奇妙な話。
(「内憂外患、ということなのかのぅ……」)
 胸中で呟き、振り返ってみる。
 來瀬・八雲(ゆらゆらと・e09012)と碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃんー黒花ー・e19174)、そして志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)が何やら仕掛けていた、その向こう。
 本陣へと持ち込まれている螺旋忍法帖を守りきれば、答えに近づけるのだろうか。
 アデレードの表情から思案の色は消えず、それに釣られて彼方を見やったイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)も、役立たずになっていたインカムを外して、ぽつりと一言溢す。
「……囮を使って防衛戦なんて、月喰島以来かしら」
 まだ一年も経っていないというのに遠い昔のことのようだ。
 けれど、三人ばかりで瓦礫の間に篭っていたあの時より、状況としては遥かに『マシ』だろう。仲間は揃っているし、敵は死人でなく忍者で数も知れている。
 戦場だって大洋に浮かぶ陰鬱な島とは違う。
 此処は函館・五稜郭。
(「できることなら、あまりダメージが残らないようにしたいわね」)
 当地出身の五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)は、地元の空気を深く吸いながら思った。
 ケルベロスなら争いの痕を癒やすことはできるだろうが、夏の観光シーズンで訪れた人々に幻想化した史跡を見せるのは忍びない。
 それと、もう一つ。気がかりなことが――。
「影ねぇ?」
「……え、あ……ハハ、どうかした?」
 カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)相手に空笑いを浮かべている影乃。迎え撃つ敵と曰くありげな彼女に、どうか望む結末へと辿り着いてもらいたい。
「しっかりしてよ。大丈夫、影ねぇのことはカッツェが守るから!」
「わたしも影乃の力になるわ。もちろんバロンも。だから絶対に勝とうね」
 カッツェに続いて奈津美が言えば、口元の髭模様がチャーミングなウイングキャット・バロンも羽ばたきつつ、勇まし気に「ニャッ!」と鳴く。
 そして彼女たちの目は、一人の青年へと向いた。
 青年は――峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)は、いつも通りの自信に満ち溢れた顔で応える。
 三人が属する一団の長としては勿論のこと。
 何より、大切な人のために。
「全力で相手させて貰うぜ!」
 雅也は刀を抜き放ち、吼えた。
 その切っ先が示すところに、忍びの群れは音もなく現れていた。

●浮雲と相対す
「随分とまぁ、盛大な出迎えだこと」
 艶やかな髪と同じ、黒色の着物に身を包んだ女が笑う。
 布地に描かれた彼岸花も鮮やかだが、本当に忍ぶ気があるのか疑わしいほど曝け出した肌も眩しい。
 この女こそ、ケルベロスたちが行く手を阻まなければならない相手――夜城・ネネ。
「いやいや、見ての通り八人ぽっちさ」
 九尾の扇を揺らす八雲が、自身に幻影を纏わせつつ飄々と答える。
「……うーむ、美人ぞろいで嬉しいところだけど」
 空はネネに従うくノ一三体までをぐるりと見回して、惜しむように息を漏らした。
「今回は大真面目に戦わないとね」
「あら、美人だなんて。褒めても何も出ないわよ」
 人が真面目と口にしたばかりだと言うのに、からかうような態度を見せるネネ。
 それが何処かの小さな堪忍袋を、ぷつんと切り飛ばした。
「なに? 真に受けてんの、おばさん」
「っ、おば――」
「いい歳してみっともない格好しちゃってさぁ。恥ずかしくないの?」
 大鎌を担ぎ、カッツェは心底見下した目を向ける。
 口でも技でも態度でも、敵と断じたものにはとことん嫌がるような手管を用いるのがカッツェだ。
 もちろん、ネネが実際のところどれほど生きてきたかなんて知らない。けれど不死なるデウスエクスとあれば、定命の少女からは十分に『年増』扱いしていい存在だろう。
「……しつけ甲斐がありそうなお嬢ちゃんだねぇ」
 顔を引きつらせたネネは呟き、鎖を垂らす。
 妖しい光を湛える両目がケルベロスたちを値踏みするように揺れ動き、最後に影乃と視線を交える。
「っ……あ、う……」
 何を言ったわけでもない。何を聞いたわけでもない。
 それでも見合っているだけで、影乃の脳裏には沸々と蘇る。
 赤い、赤い血に浸り、染まり、決して赦されない記憶の数々が――。
「てい!」
「あいたっ」
 思わず頭を抱えて蹲りそうになったところで、軽い衝撃が諸々吹き飛ばした。
「なぁ~に、無い頭でウジウジ悩んでんだよ」
 手刀と軽口を打ったその人は、影乃が兄と呼んだり呼ばなかったりする青年。
(「もう、人形じゃないんだろ?」)
 他には聞こえないほどの声で耳打ちして、八雲は影乃の背を叩く。
「なら難しいことぁは後だ後!」
「……う、ん」
 不敵な面構えの彼が言うとおり。
 今はただ、心に刃を添えて押し殺し、目の前を過ぎようとする螺旋忍軍を叩く。
 全ては、それから。
「……いきます、よ……!」
 影乃が自らに分身の術を施す。
 そして戦場に立つ者たちは全員、弾かれたように動き出す。

「カッツェは左、奈津美は右を! 俺は真ん中の奴を押さえる!」
「分かった!」
「任せて!」
 雅也の一声で散り、配下の前に立ちはだかろうとするカッツェと奈津美。
「ここを通すと思うな!」
 空も縛霊手から大量の紙兵を放ちつつ加わり、ケルベロスたちは二人一組で敵の行く手を塞いだ。
 その配置に名も無き陣形を見出した奈津美は扇を振って、前衛のケルベロスたちに破魔の力を授ける。
 配下くノ一の外観は三者似たり寄ったりだったが、これから生命を削り合う相手となれば、印などつけなくとも見分けられた。
「まずはコイツで!」
 そのまま配下に攻撃すると見せかけて牽制しつつ、雅也がネネを狙って跳んだ。
 星の煌めきと重力と、そして想いを込めた蹴りは正確無比。撃ち放たれた矢の如く、宙を一直線に裂いていく。
 いくらネネが機動力に長けているといっても、この一撃は躱せまい。
 雅也の両目は、確信できるほどの値を視ていた。
 ――しかし。
「ネネ様! お下がりください!」
 従順な下僕が一人、するりと合間に入り込んで雅也を受け止める。
 分かっていたことだが、これが厄介なのだ。浮雲のようなネネを捕まえるのも難しいというのに、捉えたと思った一撃は盾役の配下たちに阻まれてしまう。
「……妹弟子……なんて居ても……全然嬉しく無いんですがね……!」
「ならば早々に退場してもらうのじゃ!」
 恨みがましげな影乃を尻目に、アデレードが大地を蹴る。
「ふはははは、飛んで火にいる邪悪な螺旋忍軍とはこのことよ……我は愛と正義の告死天使! 汝らの悪事もここまでじゃ。神妙に覚悟せい!」
 仰々しく声を張り上げ、雅也に足止めされたままの配下へ大鎌を突き刺せば、刃を包む炎は意思を持つかのように揺らめき、宿る先を移し替えた。
 それはイリスの撃ち出した凍結光線が命中しても消えず、むしろ激しく燃え盛る。
 そのまま灰となってしまえ。カッツェはニヤリと笑いながら、深く息を吸い込む――が。
(「あ、あれ?」)
 ドラゴニアンらしく炎の息吹で焼き払ってやろうとしたものの、身体がそれを扱える状態になかったか、どうにも上手くいかない。
「っ、だったらこっちで――素敵な化粧をしてやるよ!」
 咄嗟の判断で打つ手を切り替え、カッツェは燃えるくノ一を竜の尾で叩く。
 残りの配下たちも続けて撫でれば――。
「あ、あぁぁ……いやぁっ!」
 炎に包まれたままのくノ一からは悍ましい悲鳴が漏れた。
 アデレードが残した鎌の刺し傷が、まるで化粧を施したかのように黒く斑に変色していく。
 自身の竜鱗に呪詛を纏わせ、触れた傷を侵す。カッツェが新たに編み出した技は、それなりの効果を見せているようだった。
「あぁ、最高ッ!」
 敵が恐怖に怯え、肌に浮いた黒斑を払おうとする姿はカッツェを昂ぶらせる。
「狼狽えるんじゃないよ!」
 対してネネは悪態をつき、しかし弟子を救うわけでもなく、一度突破を試みた。
 しかし、それはすぐさま阻まれる。攻撃から転じたイリスが分身纏う影乃と並び立ち、行く手を遮っていた。
「悪いけど、ここから先に行かせる訳にはいかないの」
 白髪揺らす強気な娘は、長銃を差し向けて微笑んだ。
「せめてもの手向けよ。薔薇の中で眠らせてあげるわ」
「……薔薇、ねぇ」
 くすりと、ネネも笑う。
 その眼はケルベロスたちの配置を確かめてから、元の位置に戻る。
 次の瞬間、三方から一斉に鎖が伸び、イリスの身体を縛り上げた。
 それでも彼女の強気な姿勢は崩れない。盾を務める以上、激しい攻撃に晒されるのは想定内だろう。
 ――が、其処には心持ちだけでは如何ともしがたい現実もあった。
「威勢の良さは嫌いじゃないけれど。突っ張る相手を間違えたねぇ、お嬢さま?」
「なっ――」
 正面にいたはずの敵が消え、首筋を撫でるようなところから声が聞こえてくる。
 そして振り返る間もなく、イリスの身体には痛みと生暖かい感触がやってきた。
 斬撃には耐性のないドレスに、赤黒い花弁が開く。
 それはケルベロスたちの描いた絵図をゆっくりと塗り潰していく。

「ちっ……」
 きっとどーにかなる、などとは到底言えそうにない。
 ブラックスライムを伸ばした影乃と合わせ、八雲はネネの行動を阻害しようと光る猫の群れを喚び出す。
 しかし、ネネはそのどちらも自慢の機動力で掻い潜ると、自身に張り付き続けているイリスへと執拗に斬撃を見舞った。
 羽ばたくバロンと連携して、奈津美が懸命に気力を飛ばすも、回避だけでなく命中にも長けたネネの一撃は痛烈。奈津美の全力を凌ぐ早さで、傷を増やしていく。
「好き放題にっ……やってくれるわね!」
 それでもイリスは、意地で立ちながら叫ぶ。
 しかし飛び交う紙兵の力も借りて捕縛から逃れたところで、失われた血の量はあまりに多すぎた。
 ネネの刀が深々と突き刺さり、イリスの意識は薄れていく。
「っ……奴に攻撃を集中させるのじゃ!」
 配下の撃破を急ぐケルベロスたちはアデレードの声に応じて、くノ一の一体に集中攻撃を浴びせた。
 同士討ちを狙った催眠こそ、その効力を明確に発揮させられるほどには重ねられなかったが、癒やすべき相手を失った奈津美が扇を振るって雅也に破魔の力を授け、空は紙兵から光り輝く粒子へと振り撒くものを変え、前衛の仲間たちの感覚を覚醒させていく。
 その甲斐あって、ケルベロスたちは炎燻るくノ一をようやく仕留めた。
 けれども、未だ無傷のネネも新たな獲物を見定めて襲いかかる。これ以上厄介な力をばら撒かれる前にと、残る配下と息を合わせて空に刀を突き立てた。
 身体の中をかき回すように何度も抉る刃は、一息で二度閃く。斬撃を阻むものはなく、空の白い髪と肌が真っ赤に染まりきるまで、時間はかからなかった。

 それから暫くして、次の犠牲は螺旋忍軍側に生じた。
 これ以上は仲間を失うまいとカッツェが防具の力で斬撃を耐えている間に、炎と毒に蝕まれたくノ一目掛けてアデレードが星型のオーラを蹴り込む。
 盾役を務めるだけあって、くノ一はその一撃を凌いだ。しかし足元から噴出してきた雅也のグラビティまで耐え抜くことはできず、灰のようになって散っていく。
 残る配下は一人。ケルベロスたちは最後のくノ一を捨て置き、狙いをネネに絞る。
「いきますよ……今度こそ……貴方を殺します!」
 影乃は秘していた技を解き、黒く禍々しい外観の斬霊刀を構え直して、討ち果たすべき女忍を見据えた。

 ――が、しかし。
 ケルベロスたちはなかなか、ネネを捉えきることができない。
 雅也の狙いすました飛び蹴りは痛打までいかなくとも、少しずつネネから疾さを奪い取ろうとはしていた。
 アデレードも全身を光の粒子に変えて放つ突撃で、二度に一度はネネを捉えていた。
 けれど、それだけでは。
 奈津美は歯がゆい思いで、仲間たちに気力を送り続ける。
 せめて雅也に軍神の加護を与えられれば。そう思っても、癒やしの手を止める隙がない。
「っ、次が来る!」
 八雲が知恵と経験と勘を元にして指示を出し、少しでも仲間たちの攻撃に正確性を持たせようとするものの。
「口は災いの元って、ねぇ?」
 それが脅威になりかけていると察したネネに目をつけられ、斬撃の標的とされてしまう。
 耐えきるだけの力はなく、彼は影乃が目的を果たす前に、真っ暗な世界に堕ちていく。

「……頃合いかねぇ」
 戦闘態勢を維持しつつも、ケルベロスたちの間を抜けていこうとするネネ。
「行かせ、ない……!」
 自身の存在を限りなく薄めていた影乃が、突破を阻むため背後から現れて刀を突き出す。
 それは深々と敵に刺さった――が、貫いた身体はネネのものでなかった。
「ネネ様を阻むものは――死ね!」
 捨て置かれていた最後のくノ一が狂的な目で影乃を睨み、小刀を振るう。
「影ねぇはやらせない!」
 配下の強行突破を警戒していたカッツェは身体を滑り込ませて、戦前の誓い通りに姉と慕う少女を守った。
 彼女の限界はそこで訪れた。
 首に鎖が絡む。ネネが影乃に見せつけるように、カッツェを絞め落とす。
 だらりと垂れ下がった腕から大鎌が滑り、地に突き刺さった。
 半数が倒れ、もはやただ囲おうとするだけではネネを止められない。
 もう十分とばかりにケルベロスたちを見捨たネネは、五稜郭の奥に向かって跳んだ。

 それに対して、ケルベロスたちの動きはちぐはぐになってしまった。
 伏せていた追撃の足を求めつつ、しぶとかった最後のくノ一を倒し、突破されたことを伝えようと照明弾を打ち上げる。
 その僅かな間、ネネは誰にも追われることなく、阻まれることなく。
 ゆらりと溶けて消え失せてしまった。
 あちこちに仕掛けられていた罠やワイヤーは、何も役目を果たさない。
 ネネは人ならざるもの。小手先の道具では押さえようがなかった。
「――ッ!」
 言葉にならない叫びを漏らし、雅也は急いで敵を追う。
 配下を全て仕留めたのなら一定の役目は果たしたと言えるが――しかしあれを逃しては。
 奈津美もバロンも、アデレードも、そして影乃も。
 まだ立っていられた者は、必死でネネの姿を追った。
 しかし一度見失った浮雲を、五稜郭の地で再び見つけ出すことはできなかった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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