海の月~桟月の誕生日

作者:雨音瑛

●水にたゆたう透明の
 海の月、と書いて、くらげ、と読む。
「なんでも、海中にただよう月のように見えるから、だとか」
 観光ガイドブック片手ににこにこと話すのは、柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)。
「実は、6月5日は私の誕生日なんです。せっかくなので、どこかに行こうかと思っていたのですが――観光ガイドを見ていたら、海月専門の水族館を見つけましてね。しかし一人で行くのもなんですし、皆さんにもお声がけした次第なのです」
 海月専門の水族館は、とある県の海ぎわにある。海月をたっぷり楽しめる鑑賞スペースはもちろん、おみやげ売り場も商品が充実しているという。
「鑑賞スペースは、室内の照明を落として水槽をライトアップしているそうです。ゆっくり鑑賞したいところですね。おみやげ売り場では、海月グッズが所狭しと並べられているそうですよ。きっと、気に入るグッズがあるのではないでしょうか」
 また、海が見える食堂も海月モチーフのメニューがあったりと、楽しそうだ。ただ、と桟月が続ける。
「当日は、どうやら雷雨のようで……海が見えたとしても荒れ模様、場合によっては雷が見えるかもしれません。個人的には、それはそれで面白そうかなとは思いますけどね」
 再び観光ガイドブックに視線を落とし、桟月はうなずく。
「掲載されている情報は、以上のようです。では、現地で会えるのを楽しみにしていますよ」
 と、微笑んだ。


■リプレイ

●月見
 本物の海月を見るのは初めてだというアンセルムとオルクスは息を呑んだ。
「今度は海の星を見に行こう。ウミホタル……アレも素敵なものだって聞いたよ」
「夜の海が光るやつでしたか? きっと綺麗なのでしょうね」
 アンセルムの言葉に、和希が目を閉じる。オルクスは身を乗り出し、満面の笑みで。
「また、3人で行こうよ」
「ええ、そうですね……。こうしてまた、一緒に行けるといいな」
 和希が微笑み返すと、アンセルムがちらりと時計を見た。
「ところでまだ時間はあるかな。おみやげ屋に行ってぬいぐるみも――」
「ふふ、大丈夫ですから、ゆっくり行きましょう?」
「なら、今日の記念にお揃いの物を買うのはどうだい?」
 和希の微笑みとオルクスの提案に、また話が弾んだ。
 水槽の中の踊り手のように歩く者ももいる。
 繋いだ手のぬくもりが心地よく、足取りもどことなくふわふわする。気付けば梅太の目と心は水槽へ。
「――梅太?」
 不意にメロゥに名を呼ばれ、はっとする。笑うメロゥに、梅太は照れ笑いを向けて。
「……隣にもかわいいくらげさんがいるのに、ね」
「もう、揶揄わないで」
 冗談めかした梅太の物言いに、メロゥは頬を膨らませる。笑顔に戻るメロゥの手を、梅太がぎゅっと手を握り直した。浮かぶ月の間を、まるでくらげのように。二人はふわふわと、幻想の中を歩く。
 つくりものに見えても、水族館の海月は本物だ。
 家にいる人工のそれではなくて、本物を。そう願って訪れた蜂だが、実は種類までは詳しくない。
「……ねぇ、あなたは、どちらさま?」
 指先で硝子をつつき、問う。心と体が疲れていた最近、海月を見ていたら少しだけ楽になる気もして。
 色も形もさまざまな海月を見て、どんな海月が好きかとラウルが問いかけた。
 身振りを交えて、シズネが答える。
「でかくて、長くて、ひらひら〜! としたのが好きだなあ。なんだか強そうだ!」
「俺は小さくてふわふわ漂うのが好きかな。万華鏡のように鮮やかに照らされた姿は小さな宇宙みたいでとても綺麗で……まるで君と眺めた星空のようだね」
「うん、お星さまで、お月さまで、本当に小さな宇宙みたいだ!」
 やわらかく微笑みかけるラウルに、シズネもまた破顔した。
 夜空の月を見ることは叶わなくとも、それを模したものならば、と訪れた者もいる。
「どんな物かと思ったが……とても幻想的で、本当に綺麗だと思う」
 嬉しそうに呟くレイヴンの足元で、テレビウム「ミュゲ」がぴょこぴょこ跳ねる。それをつかさが抱き上げれば、ミュゲの顔に目を輝かせる絵文字が浮かぶ。
「幻想的、だとはよく言われるよな……」
 つかさはふとレイヴンの蜂蜜色の瞳を見た。まるで月のようだとは思うが、いまはまだ口にせず。
「此処に来る事が出来て本当に良かった。……藤守、ありがとうな」
 レイヴンは、静かに礼を述べた。
 色、数、形。水中の月、そのどれに反応するかは人それぞれだ。
「……すげェな」
 両目を開くローデッドに、景臣が相好を崩す。
「……ふふ、申し訳ない。あまりにも可愛らしくて、あまりにも綺麗だったものですから」
 それは海月か、それとも――。ローデッドが問い返しても、景臣の瞳は再び水槽へ。
 丸い月など誰かと見ることは叶わないと思っていたローデッドであったが、この月なら大丈夫だ。
 また見に来ようとローデッドが小指を差し出し。微笑み、景臣は指切りに応えた。

●共に月を
 全ての海月を見たいというブラッドリーのおねだりに、アクレッサスは快く頷いた。そうしてちらりと周囲を見て。薄手の白手袋をした手を差し出す。
「良かったら手、繋がないか……? その、大丈夫、だから……」
「いやなわけないでしょう? 嬉しいな」
 ブラッドリーは目を輝かせ、そっと手を握る。そんな彼に、アクレッサスは囁く。
「ありがとう。……愛してる」
「僕も愛してるよ」
 小さく、それでも確かな声で。幸せを、噛みしめて。
 無言で揺れる海月を夜空に例え、希月は問う。
「母様の手紙で僕と一緒になる事……嫌、じゃない……の?」
 正直なところ最初は怖かった。でも今は傍に居れたらと続ける希月との距離を詰め、崎人は軽く口付けた。
「オレは希月ちゃんの事好きだから、嫌だなんて思わないよ」
「僕を本気で、好き……? なんで、す?」
「うん、本気本気。……でも今ので嫌いになっちゃった、かな?」
 そんなことはないと希月は首を振るり、今は待っていて欲しいと、どうにか告げた。
 観る者の思いを体現するように、海月は漂っている。
「『くらげっぽい』と以前、僕のことを言ってたけどその理由を聞いてなかったな」
 ナガレの質問に、リィンハルトがへりゃりと笑う。
「ふわふわ海をただようのが微睡んでるみたいで。きらきら光を弾くくらげ達が僕には月よりも星に見えて。だから、かな。なっちゃんも、そんな感じ」
 リィンハルトがナガレの手を握り、海のような体温を確かめる。真っ直ぐな好意を心地よく受け止め、去年もそうしたようにくらげたちを見つめた。
 光に照らされるのは、水槽の中だけだ。
 はぐれないようにと、信倖がいちるの手を引く。
「前回は同じ口実で私が引かれたからな。仕返しというやつだ」
「そういうことなら仕方ないね!」
 いちるは嬉しそうに笑う。そうして、ドレスのような姿とは裏腹に毒があるヤナギクラゲに足を止めた。
「見るだけならば癒されるものだな」
 信倖に言われ、いちるは安堵する。
「よかった。私も海月と信倖に癒されたよ」
「偶然だな、私もいちる殿との出掛けは心が弾む」
 また一緒に来ようと、水槽に映る二つの顔が緩んだ。
 実にさまざまな種類の海月が、たゆたっている。
 あれこれ説明して楽しませたいと思いながらも、鬼人は自らの知識の無さを情けなく思い、ヴィヴィアンを見つめる。
 せめて邪魔にならないように一緒にいようと寄り添う鬼人は、意を決して――。
「あの、よ。暗くて足元、危ないから、手を繋ぐか?」
 足元を取られても助けられるから、と。
「……うん、繋ごっか」
 手を差し出し、指を絡めたヴィヴィアンは、赤い顔を隠すように水槽へと視線を戻した。
 海月の動きは不規則で、浮いたかと思えば沈む。
 それを横目に、躯繰が告げる。仕事の都合で当分会えない、と。
「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ……。例え今会えなくなったとしても、君の事を思っているよ」
 押し黙る小紅の目から、不意に涙がこぼれる。
「もしも……また会えるようになったら、その時は……」
「あぁ、その時は」
 さよならは言わず、躯繰は笑顔を向ける。
「またね」
「……待ってる」
 涙を堪えて笑顔を返し、小紅は願う。また、会える日を。

●月と祝い
 自由。それもまた、海月に似合う言葉だ。
 自身とは違うつくりに、イェロはどこかに置いてきた大切なもののありかを体の中に探す。揺れるドレスに見惚れれば、水槽越しに桟月と視線が合った。
「お気に入り子、見つかった?」
「この子、でしょうか」
 ふちが点灯する海月を、桟月が示す。そこに駆け寄るのは、由佳。
「オワンクラゲね! ゆかはミズクラゲさんが一番好き。ゼリーみたいでおいしそう……」
「桟月さん、お誘いありがとうございます」
「それと、お誕生日おめでとうございます!」
 アリッサムと巻が、桟月に声をかける。お礼を述べる桟月に頭を下げて、ひまだまりの面々は手を繋いだ。
 ふわふわキラキラ、いろんな海月が次から次へと現れる。手を繋いでそれらを見れば、心もふわふわになるような気がして。
「海の中を漂うのって、もしかしたらこんな気持ちなのかもしれませんね」
「なんだか私たちも、このままふわふわ浮かんじゃいそうだね……」
 アリッサムと巻はくらげを見上げ、空間を、仲間とともにこの時間を堪能する。
 はぐれないようにと繋いだ手に恥ずかしさを覚えていた入夏だったが、気付けば心は海月だけに。
「ゆかたち、何だかクダクラゲさんたちみたいね?」
 由佳の言葉に、入夏はこっそりと仲間とつるむ海月を探してみるのだった。
 水槽に近寄ったり、離れたり。海月は気ままに水槽の中を動いている。
 静葉は、レオンハルトに丁寧に頭を下げた。
「ヴァレンシュタインさんからお誘いを戴けるとは、ありがとうございます」
 礼を言うのはこちらの方だと笑い、レオンハルトは八重歯を輝かせた。
「しかし、レオンハルトかレオンと呼んでくれる方が嬉しいのう」
 嫌でなければだが、と続け。
「はい、では……レオンハルト、さん」
 恥ずかしそうに名を呼び、この縁を何時までも大切にしようと。ふと視線を移した先で、静葉は桟月を見つけておめでとうと伝えた。
 志苑もまた祝辞を述べ、次いで蓮を見る。
「御堂さんもですよ」
「確かにそうだが今日はそのためか?」
「はい、こういうのはお嫌いですか?」
 しかし蓮は既に祝いも贈り物も貰っている。本当は志苑が来たかったのではないかと言えば、泳ぐ視線にやはりと嘆息ひとつ。
「お祝いの気持ちも勿論ありますよ。お誕生日おめでとうございます」
「ああ、分かっているよ……ありがとう」
 蓮が見た水面の色は、志苑に貰った鉱石ランプと同じ。
 照らされる水面とは違って、館内は薄暗い。
 見える範囲でレオンと距離を取るのは、ソーヤ。自分をどう思うのかという質問は喉に張り付くだけ。感情のなさそうなくらげを羨ましく思うソーヤの耳に、短い言葉が届く。
「手を握っていい?」
 返答を待たずして握られた手に、ソーヤは反応できない。くらげは刺激に弱いんだっけ、などと思いながら、レオンは途中で見つけた桟月に声をかける。
「お誘いありがとう。僕はお姫様のエスコートがあるんでね。またね?」
 ひらり手を振り、レオンはソーヤの手を引いた。
 見送る桟月に、アウレリアが声をかける。祝い、そして同行の誘いだ。遠慮なくと添える夜に桟月は微笑み、頷いた。
「海月と同じ、月の名を持つからこの場所を選んだのか?」
「はは、言われるまで気付きませんでしたよ」
 タキの質問に桟月は笑い、改めて海月をじっと見る。
「キィ、暗がりは平気?」
 夜に問われ、少し怖かったとキカは手を握る。
 ママみたいというアウレリアの言葉にくすりと笑い、タキは共に歩む。
 光の中で揺れるクラゲは、まるで踊っているよう。
「タキはどのクラゲがすき? きぃはね、あの丸くてちっちゃい子がすき」
 確かに愛らしいと、目線を合わせるようにタキがしゃがみこむ。
「キキも見える?」
 キカが玩具のロボに水槽を見せる。
 ふわふわゆらゆら、周りはとても静かだ。
 瞼が重く感じた夜が休憩用のソファに体を預けて数分。額をつつかれて目を覚ませば。
「置いて行くぞ」
 想像したとおり、呆れ顔のタキが立っていた。
 静けさと暗さは、どうやら眠気を連れて来るらしい。
「なんだかふわふわねむたくなってくるの」
 目を細める茲野に、枕にしたら気持ちよさそうだとダリアが頷く。
 ミズクラゲの群れへと、保を先頭に移動する。
「粉砂糖をかけても綺麗そうだしつるっと美味しく食べられそう」
 と、ダリア。言われて食欲を刺激されるルヴィルは、今日の目的を忘れそうになるのを踏み止まる。美味しそう、とだけは口からこぼれてしまったが。
「売ってるのは、塩辛い味のが多いかな? ごはんにのっけたり、おつまみになったり……ですね」
 と言う保の言葉に目を輝かせる茲野。
「そういえば、えちぜんくらげのアイスをきいたことがあるわ!」
「アイスもおいしそう。おつまみならヴィルのお酒に合うね」
 ダリアに声をかけられ、ルヴィルはいっそう身もだえする。
「美味そう……はっ俺は癒されに来……美味そう……」
「水族館のは食べられへんけど……今度、お店で探してみようか」
 保の提案に盛り上がり、少しばかり名残惜しそうに4人は展示室を後にした。

●月に触れて
 食堂から見える海は荒れ、雨粒が落ち、雷が鳴る。
「……僕が雨男のせいかな」
 真顔で言い、スプーキーはルトゥナをエスコートする。
 ルトゥナは海鮮チラシと海月形ゼリーを。対して、スプーキーは麺に海月を練り込んだラーメンを料理人の目線で楽しむ。
 今回見た中でルトゥナのお気に入りは小さいクラゲだという。
「食べ終わったら、もう少し回ってみない?」
「もちろん。今度は僕の海軍時代の、海月との遭遇エピソードを交えてもいいかい?」
 見覚えのある顔がいたんだ、と付け足して。
 立ち去る二人と入れ替わりに、宿利と灰の席に料理が運ばれる。
 クラゲを使った定食と、サムクラゲをイメージした目玉焼きのせ海鮮パスタだ。
 もし自分が海洋生物になるとしたら。そんな話をしながら、料理を口に運んでゆく。
「俺は亀とか鯨かな。静かにゆったりできそうで」
「灰くんは鯨さんとか似合いそう。ずしーっと、広く構えている印象があるから。私は……シロイルカとかかしら。お利口さんで、みんなに沢山褒めて貰えそうで」
 言われ、灰の脳裏に空柄高く飛ぶ姿が浮かぶ。努力家の宿利にお似合いの姿だ。
 パンケーキやパフェをシェアしながら食べるのは、月虹の雫のメンバー。そんな彼らに、雷の音が割って入った。
「綺麗……。私、雨音も空を切り裂く様な雷も好きなの。2人は雷は好き?」
 激しい雷光に微笑み、シャインが問う。
「ちょっと好きです。きれいだけどちょっとこわい、ですよね」
 水平の格好をしたミストリースが、再び音にびくっとする。
 確かに落ちる時の音には驚くと、嵐が頷く。その横で、シャインがミストリースの頭を撫でた。続けて口にするのは、屋敷の大木に落雷した際、兄に抱きついて震えたという子どもの頃の話。だが、兄の『自然はシャインの味方だよ』の言葉で雷も好きになった。そんな話に、嵐は可愛らしいと笑い。
「俺も雷は嫌いじゃない」
 気が合うわね、と、シャインもまたくすりと笑った。

 海月を見終わった入館者を待ち受けるのは、海月関連のお土産を売る場所。
「……不思議な感じ」
 海月饅頭を試食して呟くエヴァンジェリンに、藍は海月ラーメンを見せた。
「これから夏だし、おねーさんの食欲が落ちないように藍ちゃんがひと工夫。美味しいものを作ってあげよう!」
「藍が作ってくれるの? じゃあ、お願いしようかしら」
 そう言ってエヴァンジェリンは大きな海月のぬいぐるみをひとつ、籠へ。藍に見られて照れれば、可愛いと連呼される。
 旅団の仲間には色違いのキーホルダーを。お揃いが嬉しくて、エヴァンジェリンから笑みがこぼれた。
 種類豊富なお土産に、あかりは思わず目移りしてしまう。
 大好きな人には水母の写真集。桟月には水母のぬいぐるみ。そして育ての親には。
「……住んでた家の鍵、まだちゃんと取ってあるんだよ」
 呟いて、水母モチーフの小さなストラップを手に取った。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月18日
難度:易しい
参加:53人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。