ミッション破壊作戦～機会は困難の中にこそある

■リプレイ

●決行の時
　時折切れる雨雲の間から、島原湾の鉛色の海面が見えていた。
　空を進むヘリオンが目指すのは、熊本県から鹿児島県に跨がる天草諸島にある魔空回廊、ミッション地域となったここは正に今、デウスエクスが侵攻して来る最前線と化していた。
　南西に進むにつれて宇土半島に繋がっているように見えていた場所が、陸地から切り離された大小の島の連なりであることが分かってくる。
　ヘリオンの側部にあるドアのランプが赤から青に変わり、速度が急激に緩くなる。
「私が一番乗りですか？」
　開いた扉から身を乗り出した、ウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）は攻撃目標である、魔空回廊のバリアドームを下方に認めると、真っ先に飛び出した。目標への接触までは３分弱と言ったところか、チャンスは一度きり、パラシュートも使わない自由落下だから、正確に目標に身体を向けなければならない。だからこそ最も戦いの経験を積んだウィッカこそが一番槍に相応しかった。
　数秒の間を開けて、シルフィディア・サザンクロス（ピースフルキーパー・e01257）が続く。自身で飛行能力を持つが故、多少の融通は利くが、急速に離れて行く、ウィッカを見失うまいと、その軌跡をなぞるようにして落下して行く。

　その頃、魔空回廊の真下では、統一された槍と盾を構えた、エインヘリアルの少女たち、『福音の騎士団』が気勢を上げていた。
「偉大なる王、そして我らがベル団長に栄光あれ！」
「我々は、栄えある福音の鐘兵団である。敗北ない。制圧前進あるのみである」
「ベル団長、万歳！！」
　繰り返される万歳の唱和と共に、槍の石突きを地面に打ち付ける音が響き渡る。その狂信的とも言える空気の振動はグラディウスを構えて、突撃の姿勢を取るウィッカの耳にも届いている。
「この気狂いどもめ、何が福音だ、エインヘリアルは妖精種族を滅ぼした悪逆なる者だ！」
　福音など認めない。ならば自分が凶報となってやるとばかりに、ウィッカは間近では平面にしか見えない、魔空回廊を守るバリアにグラディウスを叩き付ける。瞬間、光が爆ぜて光の筋が樹枝状に広がる。それと同時、ウィッカは猛烈な衝撃に弾き飛ばされそうになる。だが、この魔空回廊は破壊する、強い決意の漲りと共に再び力を込める。
「我々ケルベロスが、私が、福音を否定します！　貴女たちに与えられるのは滅びのみです！！」
　その叫びに応えるように、光の筋は豪雨の如きに下に向かって落下して、地表にある、あらゆるものを貫くように見えた。
　これまで傷ひとつ無かった、この魔空回廊にも、遂にケルベロスの楔が打ち込まれた。
　そして情け容赦の無いグラディウス攻撃の余波に蹂躙された地上は、騎士では無く少女の声を上げるエインヘリアルたちの悲鳴で満ちていた。
「何ごと、何ごとなのですか？」
「うろたえるな、今こそベル団長への忠誠を――」
　被害を確認し、状況を把握しようとする努力を嘲笑うかのように、まるでカーテンが降りてくるように灰色の煙が地表を覆い始めて、エインヘリアルの少女たちの視界を奪い去って行く。
「こんな観光地を侵略するなんて旅行の下見ですか？　随分と暇なんですね、騎士モドキなエインヘリアルのカス共が！」
　次いで、シルフィディアが間髪を入れずにグラディウスを叩き付けると、轟音と共に雨雲を突き抜けるような2度目の光が立ち昇る。
「いいですか、ここには人の日常があるんです……それをデブだかブスだか知らない団長とやらの為に貴様らゴミが侵していい理由なんて何一つない！　その首切り離して晒してやりますから遺言でも遺して伝えてくださいよ……「この島に来たことを後悔しろ。一匹残らず皆殺しにしてやる、消えろクズが！」
　己の肉体をこのようにさせた、凄まじい程の憎悪に、被害を受けたであろう、十万を越える住民たちを重ね合わせて、シルフィディアは叫んだ。
　レイラ・クリスティ（蒼氷の魔導士・e21318）は、鋭角に羽根を広げ、立ち昇る光柱の中を降下し続ける。明滅する光と、バリアを流れ落ちる煙幕、次第に距離感が曖昧になるのを感じながら瞼を閉じる。
「ここを前線基地にされたら、もっとたくさんの人が恐怖と悲しみが齎されます。人の未来が、消えてなくなってしまう……数え切れないほどの人が死んでしまう、なればこそ、ここを落とさせるわけには参りませんっ！」
　なればこそ、恐怖の拡大を食い止め、過去と今、未来につながる負の連鎖を断ち切ると、レイラは腕先に力を込める。
「エインヘリアル……ここから……消え去りなさいっ！」
　稲妻がバキバキと空気を裂いて進む音を立てながら地表に降り注ぐ。
「上です、上空からの攻撃です！」
　事態を理解しても、エインヘリアルの少女たちには抗う術は無い。恐らくは初めて体験するグラディウスによる攻撃、これがどれだけの時間続き、どれほどの規模で実施されているのかも把握は出来ていない。
「そこに居坐るのはやめてもらうですよぅ！！」
　低く穏やかではあるが、確りとした意思を孕んだ叫びと共に、ワーブ・シートン（とんでも田舎系灰色熊・e14774）は、グラディウスを突き立てる。爆ぜる雷光に前進の毛が逆立つのを感じながら、猛る獣の如くに吠える。
「そうでなくてもぉ、厄介なデウスエクスは叩くですよぅ！！」
　グラディウスによる攻撃の余波は、まるでそれを持たぬ者の存在を許さないかの如きに壮絶なものだった。
　建物も木々も、港に留め置かれていた船舶までもが被害を免れなかった。
　灰色の煙に覆われた地表のそこかしこから橙色に輝く火の手が上がり黒煙が立ち昇る。
（「これはただの……俺の意地だ！！」）
　歯が砕けそうな程に噛みしめて、日影野・燦（這い寄るコールタール・e32883）は突き出した刃に念を込めた。真下に見えるのは青白いスパークを帯びた魔空回廊を守るバリア、経験から来る勘で衝突まであと数秒だと燦は理解していた。
　エインヘリアルには借りを返したい。目の前で女の子に暴走されて、暴走した子を助けに行く人たちが居て、暴走した原因を排除した人たちが居て、ボクだけが何も出来ないなんて認めたくない、これは弔いのつもりじゃあない。
「何でベル隊長とやらが不在なんだよ！　信徒だけで十分な場所だって判断したってことかよ！！」
　己の思いとグラディウス攻撃の副産物、余波に蹂躙される、名乗らぬ狂信者たちの境遇に思いを重ねて、燦は刃を叩き付ける。たったひとりの団長、その戦歴を飾るために、その純真を利用される少女たち、殺戮される住民たち。そのひとりひとりにも自身を主人公とした物語があることを思い出させるような光が満ちて、次の瞬間、壮絶な爆圧が生み出された。
　天候には恵まれなかったが、海上に連なる深緑の島々は、真珠の首飾りを思わせる程に美しく見えた。
　光を放つ翼を広げ、緩降下を続ける、豊田・姶玖亜（ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077）は、後からヘリオンを飛び出た、天海・矜棲（ランブルフィッシュ海賊団船長・e03027）が急角度で降下して来たのに、気がついて、進路を譲るように進路を変えた。
「よい眺めだ。晴れていれば、海は青かっただろう。島の緑はもっと鮮やかだったに違いない」
　そう告げて、矜棲が姶玖亜の脇を飛び抜けようとした瞬間、まだ豆粒ほどの大きさにしか見えない目標から、閃光の後に同心円状に衝撃波が広がって行く様が見えた。
「まあね、太陽と海の恵みに溢れる天草に、いつまでもエインヘリアルをのさばらせておくわけにはいかないし、調子に乗っているみたいだから、ちょいと一泡、二泡も吹かせてやろうとおもってね」
　偶然にも、天草の美しさに思いを抱く２人が出会えば、気持ちを合わせるのも道理、何も皆が順番に叫び、同じようにグラディウスを叩き付ねばならぬ規則など無いし、ただそのように思い込んでいるだけだ。
「いくぜ……、変身！！　オモカジイッパーイ！　リベル！　ヨーソロー！」
　落下を続けながら、操舵輪のあしらわれたベルトのバックルを回して叫ぶ矜棲、その様子を楽しげに眺める姶玖亜は落下速度を合わせるために、鋭角に翼を窄ませて急降下の姿勢を取る。
「ここを解放したら、温泉で、海老に鰤に鯛、海の幸のフルコースを楽しむのもいいんじゃない？」
　もちろんここに連れてきた、ヘリオライダーのケンジの奢りってことでと言って笑む。
　熱い叫びは自分のイメージと違って、なかなか思いつかないけれど、今、ここでエインヘリアルの侵攻を食い止めなければ、お楽しみがこの世から消えて無くなる。そんな危機感を持てばやる気も俄然出てくる。
「よし分かった、伊達にヒーローやってないところを見せてやるさ！！」
　言葉を交わしている間に地上はどんどん近くなり、魔空回廊を守るバリアも視界を埋めつくす程の大きさになってくる。
「命は終末を迎えても、次の命に繋がり、その営みは永久に続く。それが、命のあるべき姿って訳さ！」
「ここには多くの自然と人々が息づいている、お前達の勝手で、これ以上蹂躙させてたまるか！　オレは必ず取り戻してみせる、この美しい場所を！」
「それを、食い尽くすだけのエインヘリアルは……お帰り願おうか！　ここには……今のお前らの居場所なんて、ない！！」
　機を合わせたように叫び、２人は殆ど同時にグラディウスを叩き付ける。２回分の強烈な閃光、大蛇の群れ如き稲妻が地上を嘗めるように薙いで、グラディウスを持たない者に容赦なく襲いかかる。
　濃霧のように立ちこめた煙幕の中で、つい先ほどまで気勢を上げていたエインヘリアルの少女たちは、互いの安否を確認することも出来ないまま、暴虐の嵐が収まるのを待つしか出来ない。
「さて、オレで最後か」
　バン・トールマン（番頭するマン・e25073）はベル団長と呼ばれる者に付き従うエインヘリアルの少女たちの境遇に自身の過去を重ねつつも、胸の中で高めようとしたのは、同情では無くて怒り。
「ふざけるなよテメェら、散々使役してオレ達の過去を奪っただけで飽き足らず、猿真似でヴァルキュリアの勇敢に戦った戦士たちまで愚弄する気か！　んなこと許せる訳ねぇだろ！」
　この一撃は決定打にはならないかも知れないが、この地における反攻の楔となることバンは確信する。
「いいですぜ、上等だ。ヴァルキュリアの男の意地って奴をなぁ！　砕けやがれぇぇぇ！！」
　其の刃は確りと、力強く振り降ろされた。

●撤退戦
「み、みなさん、無事でしたか……？」
　シルフィディアの声に降りてきたバンが親指を立てて応え、時間を惜しむようにウィッカが続ける。
「まずは海岸を目指しましょう、それで良いですか？」
「全く、泣きっ面に蜂だな！」
　渋い表情で、矜棲が同意を返す。
　魔空回廊とそれを守るドーム状のバリアは健在で、頭の上を押さえつけられるような間隔がある。
「うん、色々大変な感じがするんですよぅ」
　駆け出して間も無く、ワーブが他人ごとのように呟いた。
　濃霧のような煙に覆われていたが、そこら中で上がる火の手の橙色とスパークのような青白い光が明滅が見える。
　撤退は順調だったが、景色を覆っている煙も急速に薄れ始めていた。
「オレ、美人さんの気配察知には敏感ですからね、オレ向きの仕事ですぜ」
　焼け焦げたような異臭に混じって、潮の香りを微かに含む風が吹いてくるのを感じて、バンは不意に前に躍り出る。そして先頭を走っていたウィッカはその冗談を言葉の通りに解釈して眉を顰める。
「どう言う意味ですか？」
「いやあ、その——あぶねぇ！」
　前もって気配を察知出来たわけでは無かったが、進行方向に居たエインヘリアルの少女の巨大な影に、言い訳で返そうとしたバンは偶々気がついて声を上げる。
「あなた方が破壊をもたらしたのですね！！」
　次の瞬間、煙を破って現れた福音の鐘兵団員、エインヘリアルの少女が怒りに任せて突き出した巨槍が不運にもバンを直撃し、その脆弱な肉体を貫き通す。
「ベル団長に代わり成敗いたします！」
　バンの視界が赤く染まる、今までに経験したことの無い激痛に悲鳴を上げようとするが、喉を逆流して来る血潮に咽せることしか出来ず、間も無く意識が暗転する。それと同時、ウィッカは高速で五芒星を描くと魔神の片腕を召喚した。
「憤怒の魔神よ。我に代わりて敵を破砕せよ！」
　声と共に、魔神の豪腕は側面を曝すエインヘリアルの少女を驚くべき破壊力で二度打ち据える。
　その様子に構造的弱点を見破った、シルフィディアの繰り出す痛打が追い打ちとなって襲いかかる。
　装甲に覆われていない脇腹を抉られた少女の口から肉片混じりの血が噴き出る。
「容赦もなく、斬って捨てる！」
　矜棲の持つ達人の技量からなる一撃が脇腹押さえて蹌踉めく少女の胴を逆方向から斬った。次の瞬間、少女は打ち出しによるレリーフのあしらわれた盾を地面に突き立てて立ち姿勢を保つ。
「死なせません。必ず助けます」
　時間は掛けられないと、仲間たちの必死の猛攻が続く中、自身の体力を大幅に超えるダメージに倒れ、死に瀕していたバンにウィッチオペレーションを施すのはレイラだった。強引とも言える緊急手術、そしてショック打撃にバンはようやく息を吹き返す。
「三途の川を途中まで渡ってましたぜ……」
「もう大丈夫です、増援が来る前に私たちで何とかしますから、無理はしないで下さい」
　軽口には笑みで返し、レイラは青睡蓮の意匠が施された金杖を手に戦いへと戻って行く。
　戦いは続いていた、あと僅かで倒せそうな所まで、確かに追い詰めたのだが、その僅かを削りきる前に守勢に入った敵はしぶとかった。
「とにかく、抜け出すために倒さないとですよぅ！」
　薄れ行く煙に焦りを感じたわけではないはずだが、ワーブの繰り出した獣撃拳が外れて無情に地面を打ち付け、だが次の瞬間、姶玖亜の繰り出した御業がエインヘリアルの少女を鷲掴む。
　次いで突然の背後からの気配に驚いて、少女の長い髪が逆立った。
「ボクは……わざと負けてあげるよ」
　燦の声が耳に届くと同時、大爆発が起こる。爆炎が消えた後には、原型を留めない程に破壊され尽くしたエインヘリアルの少女だった物体と、ボロボロの姿になった燦が残るのみだった。

　かくして勝利を喜び合う暇も無いままに、薄くなって来た煙幕の中を、一行は力の限りに走った。
　数分の短い時間が、とても長く感じられる撤退行の末、誰も欠けることなく８人は海岸にたどり着いた。
　家に帰り着くまでにはもうひとがんばりが必要かもしれないが、もう命の心配はないだろう。
「さて、都合よくミッション中の誰かに出会えればありがたいです」
「では、福音があることを祈らせてもらっても良いですか？」
　雲の間から伸びてくる光条が、８人を照らす。上を見上げれば、そこには小さな青空があった。

作者：ほむらもやし	重傷：バン・トールマン（番頭するマン・e25073）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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