宵闇を照らす蛍に導かれ

作者:奏音秋里

 『蛍火は異界への道案内』とは、海端のその村に伝わる昔話。
 語られている異界はつまり『あの世』のことで、ついてきた者を喰い殺すのだという。
「あとは蛍の写真を撮影すれば、取材終了だ」
 古老達から伝承については詳しく聴いたため、残すは問題の蛍のみ。
 そんな巨大な蛍などいるはずはないと、高を括っていたのだが。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 蛍が飛ぶと教えられた川縁で三脚を立てていた彼女に、魔女は告げる。
 あの世へ導かんとする蛍を、自身が生み出してしまったのだった。

「燕さんとか蛙さんとか、元気に鳴いていますね~♪」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、今日も楽しそう。
 しかし窓から眼を離すと、ちょっとだけ表情を曇らせる。
「みんな! ねむくらいある蛍のドリームイーターが生まれてしまったのです! 蛍が悪さをしないうちに、倒してもらいたいのです!」
 ねむと、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)の呼びかけに、ケルベロス達は頷いた。
 被害にあったのは、地元テレビ局の新人女性リポーターのようだ。
「蛍型のドリームイーターは、お尻の光でみんなを眠りの世界へといざないます! それに体当たりをされると、その衝撃で此方からの攻撃が弱まってしまうのです!」
 背中の羽で空を飛んでいるが、兎にも角にも一撃を当てれば落ちてくる。
 暫くするとまた空中へと舞い上がる故に、隙を与えないように連携して攻撃したい。
「川の滸に、なにもない広場があります! 保育園の跡地みたいですけど、建物も遊具もなにも残っていないのです!」
 広場は家や畑に囲まれており、派手に戦うと破壊する可能性もあるので注意が必要だ。
 時間帯は、太陽が沈んで薄暗くなってきた頃。
 戦闘が長引けば月と星の光くらいしかなくなるため、照明はあった方が無難だろう。
「あと、自分のことを信じていたり噂していたりする人に引き寄せられる性質があるのです! 上手く誘き出してください!」
 更にドリームイーターは、自分が何者かを問うてくるらしい。
 答えられなかったり間違ったりした相手を、優先的に狙ってくるのだとか。
「蛍の飛ぶ幻想的な風景をとり戻してください! みんな、頼りにしているのです!」
 いつもどおりの元気な笑顔で、ねむはケルベロス達へ呼びかける。
 脳裏には、美しい川辺の景色を想い描いていた。


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
ルシッド・カタフニア(真空に奏でる・e01981)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、揃ってくるりと広場を見まわした。
 事前情報どおりだが、本当になにもない。
 問いに答えない6人は、家とのあいだに辛うじてある茂みへ散らばることになった。
「2人とも、気を付けてな」
 最後に隠れたのは、鈴代・瞳李(司獅子・e01586)である。
 畑を踏み荒らさないように気を付けながら、最寄りの家の庭へ入った。
「この辺りの川には、蛍がいるんだってな」
「あぁ。俺もその話を聞いて下見に来たんだが……」
「じゃあ、人を喰い殺す巨大な蛍の噂は知っているか?」
「なんだそりゃ? あの世にご招待とは、随分物騒な蛍もいたもんだな」
「だな。一度見てみてぇよな」
「聞いちまった以上、放置も出来ねぇしなぁ。普通の蛍に逃げられんのも勿体ねぇし」
 とは。
 紫のグラデーションのショートヘアと、片やぼさぼさの灰色長髪。
 八崎・伶(放浪酒人・e06365)と、アッシュ・ホールデン(無音・e03495)の噂話だ。
 暫くすると川から、大きな大きな蛍があがってきた。
『だれ? わたし……だれ?』
「……」
「おい、蛍が喋ったぜ!?」
 ドリームイーターの問いかけには、アッシュはだんまり。
 煙草を踏み消した伶とボクスドラゴンも、驚くばかりで回答しない。
『わたし……だぁれぇっ!!』
 そんな2人と1体に、ドリームイーターが突撃してくる。
(「異界の使者、か……」)
 シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)は、亡き家族へと想いを馳せた。
 白銀のロングドレスの腰に『Luminous Flower』を揺らして、殺気を放つ。
「おいで、フレイム」
「撃ち落とすぜ!」
 それぞれ違う方向から、火の玉と時空凍結弾がドリームイーターに襲いかかった。
 掌へと戻る炎の子に、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)はご褒美の硝子片を与える。
 ルシッド・カタフニア(真空に奏でる・e01981)が憎しみを籠めた弾丸も、容赦はない。
 不意打ちを避けること叶わず、体当たり序でに敢えなく地上へ墜落する。
 周囲から飛び出してきたメンバー達が、円形にドリームイーターをとり囲んだ。
「こんなにも大きな蛍が出てくるとはな、自然の摂理にも反することになるかもしれん。手早く仕留めておこう」
 隠密気流を解いて、愛用するゲシュタルトグレイブに稲妻を奔らせる。
 超高速の突きを、デュランダル・ヴァーミリオン(一意専心・e24983)が喰らわせた。
「あの世への水先案内人かぁ……お彼岸には遅いし、お盆には早いねぇ。元に戻っていただかないとね」
 黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)は不敵に笑い、神速の突きを繰り出す。
 斬霊刀が纏っていた雷の霊力を、残さずドリームイーターへと送り込んだ。

●弐
 主を護るべく、ボクスドラゴンが光の行方を遮る。
 催眠を受けながらも、ひとまずはドリームイーターの方へ構えた。
「それじゃあ、言葉通りの蛍狩りといきましょうか」
 摩擦の炎を得たエアシューズで以て、激しい蹴りを放つロビン。
 被害を抑えて眼前の蛍だけを狩るために、状況の把握に努める。
「貴様の動きを止める……いまだ、シャイン」
「あぁ! 私が逆に、貴様を異界へと導いてやろう。私とともに踊れ!」
 デュランダルとシャインの、コンビネーション攻撃。
 真紅のポニーテールが空中で遊ぶ間に、古代語魔法でドリームイーターを石化させる。
 間髪入れず惨殺ナイフで乱舞攻撃を仕掛ければ、閃くスリットから美脚が見え隠れ。
 回避行動は阻害され、死角からの刺撃が決まった。
「僕達から逃げられると思ったら、大間違いだよ?」
 普段とは異なるきりっとした口調に切り替わり、しかし口許の笑みはなくさない。
 瓔珞の刃は緩やかな弧を描き、ドリームイーターの片翼を斬り棄てた。
「俺がいるんだ。こっちはとおさないぜ!」
 体当たりを挑んでくる巨躯を、2本のゾディアックソードで受け止める。
 と同時に星座の重力を、ルシッドはその身体へと叩き込んだ。
「蛍か……綺麗だとは思うんだが、あんなに大きいとローカストと間違いそうだな。いや、実はそうなのかも?」
 広げた縛霊手から大量の紙兵を放ち、後衛陣を守護させる瞳李。
 腰に括った『闇夜を照らすランプ』は、しかし未だ点灯させない。
「確かにな。蛍もデケェと見間違えそうになるもんなんだな」
 答えて伶は、前衛陣の上空へと小型治療無人機を飛ばす。
 相棒にも、メディックである瞳李にバッドステータス付与をお願いした。
「ローカストの残党とかかねぇ? ま、実態持っちまうと昔話で済ませるわけにもいかねぇしなぁ。でかいのには、さっさとご退場願うとするかねぇ」
 懐へ踏み込んだアッシュが、真上から鉄塊剣を叩き落とす。
 重厚無比の一撃は、僅かになっていた逃走の意思を潰すのには、充分だった。

●参
 それからは、飛び上がるでもなくただケルベロス達へ向かってくるドリームイーター。
 陽光は完全になくなり、ロビン、伶、アッシュ、瞳李、シャインが灯りをともす。
 瓔珞も戦場の隅へ、素早く『ライティングボール』を設置した。
「満ちろ、秋月」
 伶の言葉に応えるように、雲がケルベロス達の夜空へ叢がってくる。
 ディフェンダーのアッシュを催眠効果から救うべく、隙間から月光を降らせた。
 相棒は只管、今度はクラッシャーへと、自身の属性をインストールしている。
「何処にも行かせないよ。神速三連――」
 機動力も活かして、眼にも止まらぬ速さで日本刀を縦横無尽に操る瓔珞。
 着地して納刀した瞬間に、3本の傷が顕れた。
「――Nox I=S Cm=oves Vgts C2nx E=M=Tragoedia」
 長剣を指揮棒のように振るえば、恐怖の記憶が青紫色の鍵として具現化する。
 ルシッドの心核魔術により、ドリームイーターは己の恐怖を追体験させられたのだ。
 その記憶からどうにか逃げたくて、ケルベロス達の囲むなかを駆けずりまわる。
 お尻の光は、いままさに詠唱を終えた瞳李を包み込んだ。
「あっ……」
「いってぇなぁおい……雨まで降ってきやがったぜ……」
「バッドステータス! バッドステータスの所為であって、ワザとじゃないぞ!?」
「別にいいが、俺狙いなのはわざとだろお前。回復しやすくていいけどな。ここ見とけ」
 集中砲火と豪雨を喰らい、預けていたはずの背中を押さえつつ苦笑いするアッシュ。
 示したライターの炎の先に純白の花の幻影が咲き乱れて、恋人の身を癒していく。
「戦いも終盤だ。2人とも、踏ん張ってくれよなっ」
 回復まで邪魔をさせまいと、デュランダルがドリームイーターの前へ飛び出した。
 二槍は空の霊力を帯び、傷跡を正確に斬り広げる。
「しるべの蛍、さん。さようなら」
 少しだけ、哀しい表情を浮かべながら。
 死の力を纏わせた簒奪者の鎌を、ロビンは首筋をめがけて振り下ろした。
「油断しすぎ。我等ケルベロスを侮ったな。お別れだ……私とともにワルツを……」
 くすりと微かに声を漏らし、軽やかにステップを踏み始めるシャイン。
 逆手に持ったナイフが、胴から下へ幾閃もの重い斬撃を刻みこむ。
 細長い身体はその場に崩れて、もう如何なる光も放たなかった。

●肆
 畑や家屋への被害がなかったのは、皆が気を付けていた結果だろう。
 地面や境界の生け垣などを少しヒールすれば、もとどおりだった。
 消灯すると、待っていましたと言わんばかりに、小川から蛍が飛来する。
「さぁ、蛍狩りを楽しもう。お茶をどうぞ」
 此方も、いよいよという感じに、大きなレジャーシートを敷くデュランダル。
 事前に用意していたお茶を振る舞い、自らも其処へと落ち着く。
 疲れを癒すためにも、ゆっくりと蛍火を楽しみたかった。
「お酒やジュースもあるから、遠慮せず飲んでくれ。伶もお疲れさま。一杯どうだ?」
「ありがとう。蛍狩りって、何気に初めてかもしれねぇな。蛍って夜にフワっと光るのはきれいなんだが、昼間見るとすごい虫っぽいと思わねぇ?」
 瞳李も持参品を並べつつ、同じ旅団の友人である伶へと声をかけた。
 飲み物を受けとると、しかし伶はボクスドラゴンを預けて立ち上がる。
 主が吸い殻を拾うあいだ相棒を撫でさせてもらい、そのほわほわ感に思わず頬が緩んだ。
「伶も焔もお疲れさん。にしても、本当に下見でもよさそうかねぇこれは……嬢ちゃん達連れてきたら喜びそうだ」
 同じくアッシュも、2人と同じ旅団に属している。
 軽食やつまみを皆に勧めて、遠足の予定を考え始めた……ところに。
「私がやった傷が残ったら癪だからな!」
「……でも、もういいんじゃねぇか?」
「やっぱり蛍は、このサイズじゃないとだな!」
「あぁ、そうだな……」
 何度も何度も、照れ隠しとともに光の盾を具現化させてくる恋人が可愛かった。
「……きれい、とても」
 ジュースをもらい、シートに足を伸ばして、うっとりと蛍を楽しむロビン。
 多くは語らず、それが逆に感動の大きさを物語る。
 感嘆の溜息を吐いて、その大きな緑の瞳に情景を焼き付けた。
「蛍火は美しいが……儚い……私を導いて……のときは……」
 盃の酒を呑み干して、にわかに微睡み始める。
 頭のなかを巡る過去の記憶に、小声でなにごとかを呟くシャイン。
 仰向けになると、絹糸の如き銀髪を広げて静かに瞼を閉じた。
「お、此方さんは意識が戻ったみたいだねぇ。大丈夫かなぁ?」
 川縁に起きあがった影を認めて、瓔珞がのんびりと歩み寄る。
 柔和な表情のままで写真撮影と片付けを手伝い、車まで送っていってあげた。
 序でに、既に消えていた球体も回収してから、皆のもとへと戻ってくる。
「蛍が出る川辺も減っちまっているんだよなあ。ドリームイーターからだけじゃなく、守っていきたいな」
 茂みに置いておいた鞄からとり出したサンドウィッチを、空いた皿に追加するルシッド。
 素直に綺麗だと感じて、自然と笑顔が零れる。
 眼前の景色に合うオルゴールの音色を、頭のなかに響かせるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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