ローカスト調査隊～終焉の鐘を鳴らすのは

■リプレイ

●声が聞こえる
　そこは闇だった。全てを失い、それでも彼らは眠りにつく事で、未来を想う。今はまだその時で無くとも、いずれ、時間が解決する。我らはデウスエクス。無限の命がグラビティ・チェインの枯渇を解決してくれる筈だった。
　成就の暁にこそ、ローカストは復活する。重グラビティ起因型神性不全症と言う毒に蝕まれつつある今は終わり、繁栄の時が再び来る。太陽神が告げた奇跡は必ず起きると。
　――何処かで彼らも理解していた。時に世界は驚くほど残酷で無慈悲。奇跡など、起きるものではない、と。

　眠りが突如、覚醒する。
　彼女を襲ったのは覚醒に伴う酩酊感ではなく、枯渇と飢餓による痛みだった。
　思考ガ纏まらナい。飢エと渇きが全テヲ奪い去っテイル。
（「アア、オ腹ガ空イタヨ……」）
　周囲を見れば、目覚めたと思わしき仲間達が立ち上がっている。いち早く目覚めたと思わしき彼らは口々に言葉を発していた。
「グラビティ・チェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる」
「グラビティ・チェインを喰ラエ。そして、ヒトを襲い、憎マレ拒絶サレるのだ」
（「ミンナ……」）
　誰かがローカスト達の最後の砦であるこの地を発見したのだろう。地球人一人のグラビティ・チェインであれ、今のローカスト達の窮地を救うのは充分。それを足掛かりにして重グラビティ起因型神性不全症からの延命を図り、再起する。
　それが次代を担う指導者として、慈愛幼帝との役割。
（「本当ニ、ソウ……？」）
　だが、それ以上の思考を巡らせる事は出来なかった。枯渇と飢餓が、何よりもローカスト達に萬栄する狂乱が、それを赦してくれなかった。
（「オ父様、オ母様」）
　二人は無事だろうか？　それとも、重グラビティ起因型神性不全症に侵され、復帰は許されなかったのだろうか。視界に二人を認める事は出来ず、故に指導者の義務感が自身の双肩に降りかかる事を自覚する。
「……アアアアア」
　アリアンナは吠えた。ああ。そうだ。私は……グラビティ・チェインを得なければならない。

　突如発生した戦場は、ケルベロス達を、そしてローカスト達を狂乱の渦へと叩き込んでいく。暴れるローカスト、応戦するケルベロス。ローカスト達の秘密基地は、まさに地獄絵図だった。
　その中を8人のケルベロス達は駆け抜ける。
「アリアンナさーんっ」
　フェイト・テトラ（ごくふつーの美少年高校生・e17946）の叫びは騒乱の中に掻き消えていく。慈愛幼帝アリアンナを救いたい。その想いで一致した彼らはしかし、無数のローカスト達の中からその姿を発見出来ずにいる。
「……それでもこの中にいる筈、だから」
　アリューシア・フィラーレ（亡羊の翼・e04720）は悲痛な迄に表情を歪めながら、周囲に視線を巡らせていた。8人の中でアリアンナと接触の機会があったのは彼のみだった。容姿を皆に伝えているとは言え、その顔を判別できるのは自身だけだとの焦燥感が募っていく。
「アリアンナ様っ」
　発見出来ない事が諦観する理由にはならないと、旋堂・竜華（竜蛇の姫・e12108）もまた、彼女の名を呼ぶ。竜華が触れた幾多のローカスト達は誇り高い種族だった。その滅亡を許す訳にいかないとの思いが彼女を突き動かしていた。
「もしかして、既に……」
　ゲリン・ユルドゥス（白翼橙星・e25246）の懸念は当然だった。彼らが目的とするアリアンナが定命化の束縛から逃れられたと言う確証はない。砕け散ったコギトエルゴスムの一つが彼女ではないと誰が保証できるのか。だが、自分達の捜索は無意味では？　との思いを吐露する訳にいかなかった。
　親友は、そして仲間達は希望を捨てず、慈愛幼帝の姿を探している。
（「でも、そんなの、奇跡だよ――」）
　独白はあっけなく裏切られる結果となった。
「いた……」
　ノル・キサラギ（銀架・e01639）の声は震えていた。
　蟻と人間を混ぜ合わせたようなローカスト。慈愛幼帝アリアンナ。――幾多のローカスト達に囲まれた彼女の姿に、8人は歓喜混じりの吐息を吐く。

●慈愛幼帝アリアンナ
「とは言え、どうしますか？」
　ジャック・スプモーニ（死に損ないのジャック・e13073）の声は浮かなかった。目標である少女を見つける事は出来た。だが、それは、彼らの望みのスタート地点に過ぎない。
「グラビティ……チェイン！」
「アリアンナさん。止めて下さいっ」
　狂乱の声を上げるアリアンナへ、アクエリア・アップルゲイト（咲き誇る命の花・e13812）の叫びが重なる。
　アリアンナの複眼は狂気に染まっていた。音に聞いた慈愛幼帝であれ、グラビティ・チェイン枯渇による飢餓から逃れる事は出来なかったのだろう。醜悪な程、彼女を変えてしまったそれに、恐怖すら沸き上がって来る。
　蟻人の咆哮が響く。獣斯くやの叫びと共に、アリアンナはケルベロス達へ肉薄した。大顎による一撃は、彼女もまた、蟻のローカストである事を思い知らされた。
「おいで。アリアンナ」
　それでも、ケルベロス達は己の得物を構えない。
　戦闘に立つノルを始めとした前衛は両腕を広げ、彼女を迎え入れる。その顔に浮かぶのは、戦いに挑む戦士の表情ではなく、幼子を迎え入れる父母の慈愛だった。
　覚悟は決めてきた。アリアンナを助ける。ローカストに未来を残す。その決意を8人全員が共有していた。
　故に、彼女を迎え入れる。大顎が防具を、そして血肉を削り、血をしぶかせる。それでも、彼らはアリアンナを拒否しない。
「憎悪ト拒絶ヲッ」
「誰もお前を憎悪しない。お前を拒絶しない。……お前をっ」
　玉榮・陣内（双頭の豹・e05753）の声は届いたのか否か。
　アリアンナの牙はしかし、ケルベロスの身体を削り、血の色で周囲を染めていく。

「無茶、ですよ」
　傷付く仲間達にヒールを施しながら、アクエリアは嘆きを口にする。仲間達の意図は把握し、自身もそれに同意した。だから、責めるつもりは無い。だが、それでも。
　彼らの選択は、アリアンナの攻撃を無防備に受けると言うものであった。いくらディフェンダーの恩恵を受けようと、デウスエクスの猛攻に身を晒すだけの戦いなど、無謀そのもの。彼らが身体を張る事でアリアンナが正気に戻る事を期待している策はしかし、成就する保証など何処にも無いのだ。
（「……でも、それに賭けるしかない」）
　せめて負傷を減らそうと、アリューシアは悲痛な表情で魔法陣を描く。皆の気持ちは痛い程判っている。ならばそれを受け止めるだけだった。
「ごめん、アデル。お願い、ローカストとみんなの想いの為に耐えて」
　ともすれば得物を構えそうになる自身のサーヴァントを制しながら、フェイトは祈るように呟く。
　後衛三人の、否、ここに集うケルベロス達の想いは一つだった。
（「正気に戻れ……っ！」）
　果たしてその祈りが届くのか。
　それは、誰にも判らなかった。

　幾度となく大顎が、拳が振るわれる。蟻の膂力に支えられたアリアンナの攻撃は、並のデウスエクスと変わらない破壊力を秘めていた。
「このままだとっ」
　ゲリンの表情が焦燥に揺れる。命を賭してまでローカストを救う理由はあるのかと言う戸惑いは彼を中心に伝播していくようでもあった。
「駄目なのか」
　アリアンナの攻撃は幾度、彼らに振るわれただろうか。その都度刻まれた傷はメディック達によって治癒されているが、治癒不能ダメージは着実に、彼らを蝕んでいた。
　陣内の言葉はそれ故に発せられていた。そして、自分達の無力感への苛みが、嘆きと共に紡がれていた。
　デウスエクスがグラビティ・チェインを得る為には、対象を殺すしかない。一部のローカストは生きたまま搾取する技術を持っていたようだが、今、彼女がグラビティ・チェインを得る為にはこの場にいる誰かが死ぬ必要があった。
　その意味では、ケルベロス達の行為は無意味だった。彼らの所持するグラビティ・チェインを治癒に転化するヒールグラビティも、治癒の力を行使する段階で変容し、グラビティ・チェインそのものを受け渡す事は出来ない。魂に由来するグラビティ・チェインを譲渡する方法など、誰も確立していないのだ。
　ケルベロス達から零れる血液はアリアンナを濡らし、それでも彼女から狂気を奪う事は出来ない。ローカスト達を覆う枯渇と飢餓は、彼らの血肉で癒せるものでは無かった。
「アリアンナっ」
　それでも、彼らは呼び掛ける。
　全ての方法が無意味と悟った今、彼女を救う手段はもはや、それしか無い。――奇跡に縋る事しか、彼らに残されていなかった。

　倒れないケルベロスを前に、アリアンナの挙動が変わる。触角を揺らす動作は、牙では彼らを殺すに至らないと悟った為だろうか。
「それはっ」
　アリアンナがすぅっと呼気を吸い込む様子を目の当たりにし、ジャックが驚愕を紡ぐ。
　その動作を知っていた。ローカストが奏でる歌が、何を意味するか、これまでの戦いで彼らは学んでいた。
「――破壊音波！」
　竜華の声の下、一斉に耳を塞ごうとするが間に合わない。
　耳朶を、そして彼ら全てを打ち付ける音は、爆発的な破壊力を持つ鳴き声だった。
　やがて、それはケルベロス達の意識を刈り取っていく。アデルが消し飛び、竜華が、ジャックが、ゲリンが、そして陣内が膝をつく。
「……アリ、アンナ」
　吐血と共に、ノルが少女の名を口にする。だが。
　慈愛幼帝の牙は、その彼の喉を食い破る。溢れる血潮が、零れる生命が、アリアンナの大顎を真紅に染めていた。

●声を届けて
　そこは、闇だった。全身が酷く怠く、そして冷たく感じる。
（「ああ、死ぬのか」）
　深淵が手招くようだった。あれ程全身を覆っていた痛みはもう感じない。全てが終わった事を頭の何処かで悟ってしまう。
（「仕方ないよな。やるだけの事をやったもんな」）
　ローカストの滅亡は避けられず、自分達の望みは果たせなかった。アリアンナの幼い命はやがて奪われる。ただそれだけの事だった。
　ノルは諦観に似た独白と共に、闇に意識を委ねる。
　全てが終わった事を悟った。
　その筈だった。
　――声が聞こえた。
「ローカストはアポロンに利用されただけだ。俺は、あいつらが嫌いじゃない」
　それは友の、仲間の声だった。黒豹の友人の想いは照れた表情で紡がれていた。
「私は、あのヒト達を未来へ導く灯火となりたい」
　南瓜面の彼の望みはささやかで、それでも強さは判った。
「私達が、そして地球が彼女達を受け入れない結末しか用意していないなんて……そんな筈はありません」
　好敵手と認めたからこそ、こんな終わりは受け入れられないと、竜の姫は悲しげに口にしていた。
「僕は、キミを信じているよ」
　ヴァルキュリアの友は、ここで諦める事を許してくれないだろう。
（「そう、だな」）
　そして泣き声が聞こえた。涙混じりの声は、幼い少女の声をしていた。
　この声を知ってる。この慟哭を知っている。そう。キミはそうやって、泣ける優しい子だって、僕は知っている。
　だから、助けたかった。
「判ってる。誰も彼もが皆、同胞思いだった。そして、キミも」
　涙を流す少女を抱きしめる。失われた彼女の同胞に代わり、自分がそれを告げるべきだった。
　先程の声は仲間達の物。この言葉は自分だけじゃない。仲間達も同じ言葉を発する筈だと、ノルは微笑した。
「――キミは、一人じゃないよ」

「ノルさんっ！！」
　星の輝きと英雄に捧げる歌、乙女の嘆きの歌声が重ねられ、ノルの傷を癒す。仲間の懸命の治癒は、死の淵に立たされた彼の魂を、寸前の処で現世に留めていた。
　そして、もう一つ。
　少女の指が、ノルの頬に触れていた。
「……どうして？」
　青年の双眸から零れる涙を指で拭う少女の声は震えていた。
「今なら、判るんじゃないか？　慈愛幼帝アリアンナ」
　立ち上がった陣内の声は噛み締める様に紡がれる。
　接触テレパスはノルの想いを、ケルベロスの想いを余す事無く伝えていた。
　少女がコクリと頷く。その眼からは既に狂気の色は失われていた。
「……あの時、『消えて』と言って、ごめんね」
　アリューシアの謝罪はいつしか、アリアンナへ投げかけてしまった言葉に対してだった。演技とは言え怯えさせてしまった事への罪悪感は何処かで彼を苛んでいた。
　それを皮切りに声が発せられる。
「やれやれ、今回は何とかなったようですね」
　己に治癒のグラビティを施しながらジャックは安堵の表情を浮かべる。
「お願いです。アリアンナさん。生きる事を諦めないで……」
　殺す事でしか救えなかった女神がいた。その選択しか出来なかった自分達を幾度悔やんだだろうと、アクエリアは涙を流す。今度こそはとの喜びが目から溢れて来る。
「キミ達ローカストが生き残る方法は一つしかないよ」
　グラビティ・チェインを奪い、憎悪と拒絶に彩られた生き様をケルベロス達は看過できないと、フェイトは顔を曇らせる。彼は望みを口にする。希望は一つだけだった。
「アリアンナ様。受け入れてくれませんか？　私達を。そして、貴女が生まれたこの地球を……」
　竜華の言葉は最後まで紡がれなかった。
「アリアンナ？！」
　発生した異常に、焦燥の声が上がった。
　突如復帰した『装置』が放つ緑色の光がアリアンナを貫く。見れば、それは彼女だけではない。幾多のローカスト達を『装置』の光が貫いていた。
「――？！」
　息を飲むケルベロス達にしかし、もたらされた物は福音だった。
「大丈夫、だよ」
　そう。ゲリンは知っていた。故に、緑色の光を浴びて転がった宝石を抱き上げ微笑む。
「……コギトエルゴスム？」
「ああ」
　今、彼女がコギトエルゴスムと化した事は、彼らヴァルキュリアも通った道だったから。
　次に目が覚めた時、果たして彼女の定命化が完了しているか。それは判らないけど、きっと大丈夫だろうと、信じる事が出来た。

「これが奇跡と言うのかな？」
　友に渡された宝石を抱きしめるノルを見ながら、ジャックが言葉を口にする。
「いや。奇跡なんかじゃない」
　陣内の口から零れた台詞は否定だった。
　――そう、これは奇跡などではない。
　助けたいと願い、その為に最善を尽くした。だからこそ運命が、そして地球が応えてくれた。
　だからこれは奇跡なんかじゃない。ただの結果だ。

「でも、それを奇跡と呼ぶのかもしれませんね」
　ケルベロス達の覚悟と決意が呼び込んだ結末に、アクエリアは零れる涙を指で拭う。アリアンナがコギトエルゴスムと化す瞬間、浮かんだ映像は8人が共有していた。
「あれは定命化後のアリアンナでしょうか？」
「さあな」
　地球人と見紛う美少女の微笑みへ思いを馳せるフェイトに、陣内が首を振る。保証は出来ない。だが、幸せな結末に繋がるものであれば良いのに、と切に願っていた。
「……帰ろう」
　アリューシアの差し伸べる手は、ノルの抱くコギトエルゴスムへ向けられていた。
　いつしか、周囲の争乱も終わりを告げていた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 49／素敵だった 9／キャラが大事にされていた 2
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