ローカスト調査隊~大地の懐に抱かれて

作者:雷紋寺音弥

●滅びの揺り籠
 飛騨山脈。日本の屋根と言われ、霊峰連なる山々の奥地へと、ケルベロス達は足を踏み入れた。
 ここ数ヶ月、ローカストの動きは全く無い。彼らがコギトエルゴスム化した状態で休眠していると推測した春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)に賛同した多くのケルベロスが、ローカストの足跡を追い続けて秘密の基地を発見した結果だ。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 春撫の言葉に頷く調査隊の面々。だが、ローカスト達が完全に宝玉と化している説を証明するかのように、秘密基地の内部は静まり返り、動く者の気配もない。
 やがて、入り口から地下に続く長い螺旋の通路を抜けると、そこは巨大な空間に繋がっていた。直径は、およそ数百メートルはあるだろうか。半球状をした地下空間の壁面には、壁一面にコギトエルゴスムが収納できるような、小さなくぼみがつけられている。そして、中央部に置かれた謎の装置のような物体は、僅かながら動き続けているようだった。
「詳しいことは判らないが……おそらく、微量のグラビティ・チェインを集積してコギトエルゴスム化したローカストを蘇らせる為のものでは無いのか?」
 中央の装置を調べていた一人が推測を述べ、それに頷く者達が数人。
「でも、自然界のグラビティ・チェインが必要量に揃うには、数万年以上かかるんじゃない?」
「やれやれ……。不死身のデウスエクスとはいえ、気の長い話だ」
 蛹の姿で越冬する昆虫のように、ローカスト達は自らの肉体を宝玉へ変え、数万年後の未来に希望を託したのだろうか。だが、そんな彼らの推測も、壁の穴を調べていた者達の言葉によって、一瞬にして急転を迎えることとなる。
「コギトエルゴスムがない!? いや……これは、コギトエルゴスムが破壊されているのか!?」
 慌てて窪みを調べてみれば、大半のコギトエルゴスムが崩れ去ってしまっていた。
 デウスエクスは不死身の存在。コギトエルゴスムが自然に崩れるなど、考えられない。そんな疑問の声も上がったが、ローカスト達の置かれていた状況を考えると、可能性はなきにしもあらず。
「おそらくですが、コギトエルゴスム化した時には既に定命化が始まっていたのでしょう。そして、コギトエルゴスムのまま定命化したことで、その姿のまま崩壊してしまったと考えれば、辻褄が合います」
「だったら、そんなことを言っている場合じゃないですよ! 急いで、無事なコギトエルゴスムを探さないと……」
 このままでは、助けられる者も助けられなくなる。迫り来るタイムリミットを肌で感じながら、ケルベロス達は無事な無事なコギトエルゴスムを探すべく、壁の穴の捜索を開始した。

●最後の賭け
 未だ崩壊していないコギトエルゴスムを探すべく、動き出したケルベロス達。しかし、動き出したのは彼らだけでなく、中央の装置もまた同じだった。
「あれは……って、ちょっと、いきなり爆発した!?」
「グラビティ・チェインを放出したのか? だが、何故このタイミングで……」
 原因も不明のまま、ケルベロス達は不気味に蠢く装置と対峙する。果たして、そんな彼らの不安は的中し、放たれた力を食らったコギトエルゴスムは、一斉に本来の姿である昆虫人間の肉体を取り戻していた。
「グラビティ・チェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる……」
 ふらふらと、まるで何かに魅入られたかのように、ローカスト達が近づいてきた。肉体を取り戻したからこそ、その身を蝕む耐え難い渇きが、彼らの頭から理性の二文字を奪っていた。
「グラビティ・チェインを喰ラエ! そして、ヒトを襲い、憎マレ拒絶サレるのだ!」
「ワレらが生き延ビル術は、他ニ無イ……!」
 力の枯渇と、定命化による死の恐怖。その二つに縛られたローカスト達は、もはやケルベロス達と話すだけの舌も持ち合わせていない。今や、目の前にいる『人間の形をした存在』は、全てが彼らの獲物なのだ。
「囲まれた!? このままでは……」
「隣同士で、傍にいる仲間で固まって! 1人でいたら危ないわ!」
 軍隊アリの如く迫るローカスト達を前に、仕方なく臨戦態勢を取るケルベロス達。それでも、未だ諦めていない者も存在したが、ここで戦わねば食われるのは自分だ。
「グラビティ・チェインが枯渇状態な上に、定命化も末期状態……。どうやら、話し合いで理解してもらえる状況じゃなさそうだな」
「くそっ、なんでこんなことに! 助けに来たつもりが、餌扱いかよ!」
 全ては遅過ぎてしまったのか。目の前の現実を否応なく受け入れざるを得ない状況のまま、飢えたる異形達との戦端が開かれた。


参加者
七積・茂(罪を纏う者・e00197)
マイ・カスタム(レアリティは星二弱・e00399)
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●狂える蟲
 迫り来るローカストの群れ。コギトエルゴスムより復活せし異形の昆虫人間達は、しかし未だ満たされぬ耐え難き渇望に突き動かされ、目の前に立つケルベロス達に襲い掛かって来た。
「餌ダ! 餌ダ!」
「俺ニモ食ワセロ! グラビティ・チェインヲ寄越セ! 」
 蟻や蜂といった兵卒を務めるローカスト達が、本能のままに叫び、獲物を求めて迫り来る。それらの群れの一角に位置するのは、首に黄色いマフラーを纏った、軍隊アリの昆虫人間。
 強襲偵察隊のエクルド。この一角のローカストを指揮しているのだろうか。渇望に突き動かされた状況でも兵卒達を纏め上げている辺り、その統率力の高さが窺える。
「まず、大人しくなってもらわねば話も出来ませんね」
 問答無用で襲い掛かって来るローカスト達を前に、村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)は溜息を吐きながら爆破スイッチに指を伸ばす。
 瞬間、味方を鼓舞するように起こる極彩色の爆発。だが、それに後押しされたケルベロス達の姿を見てもなお、ローカスト達は怯まなかった。
「とにかく、固まって行動しましょう。こんな場所で、むざむざ死ぬわけにはいきません」
「まずは、あのローカスト達を正気に戻すことが先だよね」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)とマイ・カスタム(レアリティは星二弱・e00399)が、それぞれメモリーコクーンを取り出して、記録されていた映像をローカスト達に見せた。が、それを見たローカスト達は何ら足を止めることなく、むしろ余計に興奮しながらケルベロス達へと向かって来た。
「とりあえず、落ち着いて……って、駄目だ! 全然聞いてくれないし、怯まないよ!」
 取り巻きを威嚇しようとした風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)だったが、そもそも相手はこちらを餌としか思っていない存在。攻撃もせずに威嚇しようなど、土台無理な話だった。
 こうなったら、せめてエクルドだけにでも、正気に戻ってもらわねば。物は試しだとばかりに霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は、猛り狂うエクルドへと自らの編み出した技を展開し。
「――治癒術式、展開」
 渇望から来る苦痛を少しでも和らげんと試みるが、ヒールグラビティでは傷を癒すことはできても、グラビティ・チェインそのものを分け与えることはできなかった。その間にも、兵卒達はエクルドの命により、次々に周囲の者達へと襲い掛かっている。
「いい加減にしろ! そんなに食いたければ、これでも食らって目を覚ませ!」
 もう、こうなったら手段は選んでいられない。手にした宝石を強引にエクルドの口に押し込み、そのまま蹴り上げて咀嚼させようとする久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)だったが、しかしエクルドは直ぐに宝石の残骸を吐き出すと、不快感を隠すことなく征夫の方へと向かって来た。
「貴様……この期に及んで、我等を愚弄するつもりか!」
 グラビティ・チェインの補給手段。それは、地球に住まう定命の者、それも『人間』と呼ばれる存在を殺すことのみ。もしくは、デウスエクス間で抗争を繰り広げ、破れた側から奪い取るか。
 虐殺か、それとも略奪か。それ以外に、デウスエクス達が自らの糧を得る方法はない。中途半端に痛めつけたり、物質や魔術に頼ったところで、それらはグラビティ・チェインに飢えたローカスト達に、何の恩恵も齎さない。
 エクルドの投げた鎖付きナイフが、不可思議な軌道を描いて征夫の身体へと突き刺さった。それを見た一部の兵卒達が、血の匂いに誘われたのか、一斉に征夫へと向かって来た。
「あ~、はいはい、邪魔しないの! 君達に、用はないんだよね」
 だが、襲い掛かろうとした兵卒の攻撃は、七積・茂(罪を纏う者・e00197)によって阻まれた。お返しとばかりに、兵卒に頭に炸裂するカウンターキック。元より、弱っていた個体だったのだろうか。首の付け根を圧し折られ、蟻のような姿をした兵卒は、そのまま口から黒い液体を吐き出して動かなくなった。
「……っ! 貴様達、よくも……よくも、我が同胞を! 許さん……許さんぞ!」
 渇きを満たすことなく逝った同胞の姿を前に、激昂したエクルドの叫びが響き渡る。他の兵卒達も、仲間が殺されたことで動揺するどころか、むしろ更に激しい敵意を剥き出しにして、目の前の全てを喰らわんとケルベロス達に迫る。
「これが本当に必要な戦いと言うなら……クリスティ流神拳術、参ります……!」
 未だ複雑な気持ちを抱きながら、水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)もまた覚悟を決めて、右腕の地獄を解放した。
 燃え上がる白炎。焼け落ちた袖の残滓が風に舞い、アンクは高々と飛翔すると、拳に纏った地獄の炎を無数の炎弾にして撃ち出した。
「一気に行きます……! クリスティ流神拳術四拾九式……殲輝連衝(カタストロフブラスター)!!」

●定命か、死か
 飢えと渇きに突き動かされ、全てを喰らわんとするローカスト達。迫り来る兵卒の猛攻に耐えながらも、ケルベロス達は懸命にエクルドへの呼びかけを続けていた。
「戦争で俺達を倒せてない以上、憎悪と拒絶なんかムリだろ? 今勝った所で、両方の死体の山にの後に残るのは少数だ」
 そして、その少数さえも、ドラゴンや死神といった、より強力なデウスエクスに利用されるのがオチだろう。だから、これ以上振り回されたくなければ力を貸して欲しいと告げる征夫だったが、しかしエクルドは首を縦には振らなかった。
「確かに、貴様の言う通りかもしれん。だが、それは貴様達とて同じではないのか? そうでなければ、何故、私よりも弱き同胞を殺したのだ!」
 それは仕方のなかったことだ、とは言えなかった。何よりも、飢えと渇きだけでなく、同胞の死を目の当たりにした今のエクルドは、平時に比べても不安定な状態にあり、猜疑心も強かった。
「ここでキミが死ぬと、ローカストには何も残らない。ならせめて、キミたちが生きる歴史を残し続けた方が素敵だよ」
「その通りだ! だからこそ、我等は貴様達を喰らい、その命を繋ぐ糧とする!」
 アンセルムの言葉にも、エクルドは理解を示す素振りさえ見せない。そもそも、不老不死であるデウスエクスにとっては、歴史を残すということが、即ち己が永遠に生き続けるということに他ならない。
「ねぇ、定命化を受け入れてくれない? そりゃぁ、怖い事だってのは解るけど、このままだと、苦しいままだ。それに、今は無理でも、子孫を残せれば、その子孫が、ゲートを直して、故郷に帰る事が出来るかもしれないよ」
「ふざけるな! 我が同胞を、こうまで目の前で殺しておきながら、子孫を残せだと? その可能性を断ったのは、他でもない貴様達ではないか!」
 自らの腕を差し出し、それを喰らえと示した錆次郎の言葉でさえも、エクルドの怒りを鎮めるには足りなかった。兵卒を指揮する者として、目の前で苦しむ同胞を殺されたこと。そのことが、彼の怒りに火を着けて、もはや引き返すことのできない泥沼に、足を踏み入れさせてしまったのかもしれない。
「定命化すれば力は失われ、いずれは死を迎えるだろう。その代わり飢餓に苦しむことはなくなる。命を繋ぎ止められる」
 ならば、定命化という選択肢のメリットを示せばと思い、それを語る和希だったが、それもまた今のエクルドにとっては愚問に過ぎなかった。
「飢えなくて済むだと? 命を繋ぎ止められるだと? ならば、貴様達は何も食すことなく生き続けることができるのか? 命を繋ぎ止めると言いながら、いずれは死を迎えるというのは矛盾ではないのか? ……答えてみよ、ケルベロス!」
 グラビティ・チェインを渇望しなくて済む代わりに、永遠の命を捨て去ること。それは、不滅の存在であるデウスエクスにとって、死と同義。遅かれ早かれ死ぬのであれば、その運命を覆すべく、最後まで抗ってみせるとエクルドは返す。その結果、自分も仲間も全て散ることになったとしても、それはそれで、死する定めにあったのだとも。
「私は今まで、何度もローカストと戦ってきました。その全てが、生きる為に戦っていた相手でした。……そして、誇り高い者達でした」
 こうなれば、せめてその気高き心だけでも取り戻して欲しいと、アンクはエクルドに語り掛ける。自身が今までに戦ってきたローカスト達。時に、自らの全力を封じてまで挑んできた、高潔なる魂を持った者達のことを思い出し。
「貴方もまた同じく誇りに殉じるというなら、止める権利は無いのかもしれませんが……」
 それでも、敢えて言わせてもらう。ここで終わるよりも、もっとできることがあるのではないかと。その言葉に続け、マイもまた改めてエクルドに呼びかける。しかし……。
「姿かたちは違えど、仲間を想い、未来を望み……生きたいと願う『心』はお前も私達も変わらないだろう!」
「……その通りだ。だが、そうまで言うならば、何故! 貴様達は! 今も我が同胞を、この私の目の前で殺し続けている!」
 そう叫んでエクルドが指差した先には、茂の拳を受けて大地に沈み、そのまま動かなくなった兵卒の姿が。
「お兄さんたちの目的は調査。調査で不測の事態があったから対応し、それでもどうにもならなかったから相手を殲滅した。で、それの何が問題?」
「なるほど……それが、貴様達の本心か……。所詮は偽善! 自己満足! 貴様達には己の命を捨て、我等に全て捧げてでも、我等を救おうという意思はないと見た!」
 それは誤解だ。そう、誰かが伝えようにも、既に耳を傾けてもらえる状況ではなかった。茂の言葉に激昂したエクルドは、今やケルベロス達を倒すべき敵、仲間の仇としてしか見ていない。
「う~ん……やはり、一筋縄では行かなかったようですね。あるいは、こちらの覚悟が不足していたか……」
 シャーマンズゴーストのイージーエイトさんと共に味方のフォローに回っていたベルが、少しばかり残念そうな顔で呟いた。
 話し合いの時間は終わった。最後の兵卒が倒されたところで、後に残るはエクルドのみ。暴食と怒りの使徒と化したローカストとの、最後の戦いが始まった。

●憤怒と拒絶
 取り巻きの兵卒を倒したところで、改めてエクルドと対峙したケルベロス達。だが、有象無象の雑兵とは異なり、耐え難き飢餓感に襲われていながらも、エクルドはなかなか強かった。
 仲間を殺された怒りと、偽善としか映らなかったケルベロス達の行動に対する拒絶。それらが、皮肉にもエクルドの決意を固めさせ、覚悟を決めさせてしまったのかもしれない。
「私としては、もっと別の結果も期待していたんですけどね~」
 イージーエイトさんと共に仲間の傷を癒しつつ、ベルは選ばれなかった未来のことを考えて言った。
 その瞬間、洞窟の中心部に置かれていた機械から、突如として緑色の怪しい光が放たれた。振動が伝わり、その光を浴びたローカスト達が、次々にコギトエルゴスムへと戻って行く。だが、同じく光を浴びたエクルドは、強引にその光を振り払い、最後までケルベロス達へと向かって来た。
「うぉぉぉぉっ! 仲間一人守れず! 救えず! 生き恥を晒すくらいであれば、私は今日、この場所で修羅となる!」
 既に満身創痍ながらも、その魂は未だ死んではいない。同じく、ケルベロス達の方にも、未だ希望を捨てていない者は存在したが。
「仲間を殺したのが許せないなら、ボクを一発殴れ」
「一発、だと? 我が同胞の命は、拳一発分の痛みと同じ価値しかないとぬかすか!」
 アンセルムの言葉を一蹴し、エクルドは代わりに凄まじい破壊の音波を放って来た。
「誇り高いローカストと殺り合うのは嫌なんだよ! 今分かり合えとは言わない、手を貸してくれ、頼むっ!」
「姿は違えど、地球人もローカストも餌でも敵でもない。話し合い、分かり合える隣人であるはずだ!」
「黙れ! 問答無用で同胞を殺した者が言うことか!」
 懇願する征夫やマイの言葉さえも、もはや彼には届かない。
「どうやら……話す舌さえも持っていただけないようですね」
「受け入れてくれないなら……優しく殺してやる」
 拳を握り締めるアンクと錆次郎。本当は殺したくない。共に生きる道が残されているのであれば模索したい。しかし、その道へ続く扉は、既に閉ざされてしまったのだ。
「これが、どちらにとっても最良の答えなら!」
「壱拾四式……炎魔轟拳(デモンフレイム)!!」
 唸りを上げて回転する錆次郎の腕が、地獄の白炎を纏ったアンクの拳が、それぞれにエクルドを打ち据える。甲殻を穿ち、肉を砕き、触角を焼き焦がされたことで、さすがのエクルドも膝を突き。
「ひゃーっはっはっはっはっは、裂けろ砕けろ潰れろ捻じ切れろくたばりやがれぇぇぇぇ!!」
 最後は、激情に身を任せた茂が襲い掛かり、本能の赴くままにエクルドを叩き伏せた。
 それは、さながら飢えに苦しみ、ケルベロス達へ牙を剥いたローカスト達の行いを返すが如く。エクルド達の抱いていた渇きや怒りを、そのままぶつけ返すかのように。
「……ここまで、か……。すまぬ……我が同胞達よ……。私、は……」
 その先に続く言葉は、残念ながらエクルドの口から紡がれることはなかった。
 限界を迎えた肉体が、正面から崩れ落ちて動かなくなる。情報を武器とするローカスト随一の戦略家は、しかし同胞へ義を果たすために、自ら散ることを選んだのだった。

●この惑星に眠れ
 戦いは終わり、気が付けば洞窟は再び静寂を取り戻していた。
 兵卒も含め、生き残りはいない。完全勝利であるものの、それは苦い勝利でもある。
「ままならないか……」
「何故、信じてくれなかった……」
 物言わぬ塊となったエクルドを前に、征夫やマイは、やり切れない気持ちでいっぱいだった。
 エクルドの信頼を勝ち取るために必要なもの。それは正論や打算ではなく、全てを救わんとする慈愛の心。それを言葉ではなく、態度で示していれば、あるいは彼を生かす術もあったかもしれないが。
「……申し訳……ありませんでした……」
 亡骸にコートを被せるアンクの表情も、今回ばかりは優れなかった。
 地球を愛するのが定命化の条件であるのなら、その反対に、ローカスト達へ何を与えねばならなかったのか。
 自分達は、それを与え、彼らに理解させることができなかった。ならば、せめて肉体だけでも、この地球の大地に抱かれて眠って欲しい。
「綺麗事だけでは、誰かを救うことはできない……。でも、綺麗事を貫けないなら、誰も救うことはできない、か……」
 去り際に、そっと呟いた和希の言葉に、答える者はいなかった。慈愛か、それとも偽善か。答えのない問答だけが、いつまでも頭に張り付いて、消えることのないままに。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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