いかるの誕生日~全力アヒルボート

作者:あき缶

●初夏です外に出ませう
 香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)の誕生日は六月六日。
「僕の誕生日にかこつけたわけやないんやけどー、芦ノ湖でボートでも漕がへん?」
 いかるは照れくさげにケルベロスを誘った。
 芦ノ湖といえば、富士山も見える風光明媚な箱根の湖だ。美しい山々に囲まれ、高い青空の下でボートを漕げば最高に気持ちが良いだろう。
「最大三人乗りのローボートやらアヒルさんボートやらが仰山あるんよ」
 で、といかるは声を低める。
「ボートってな、人力が動力やんか。つまり、めっちゃ漕いだらどこまでも速くなるわけやんか、理論上」
 そこでヘリオライダーでありケルベロスではないいかるは目をキランと光らせた。
「ケルベロスが漕いだらどんっだけ速くなるか、僕、興味あるんやけど!」
 なるほど、とケルベロス達は頷く。
 インドで運動会に明け暮れた日もあった。ケルベロスの常軌を逸した体力から生まれる運動模様は、テレビ番組になるほど有料コンテンツにもなる。
 だから、といかるは強請ってくる。
「僕への誕生日プレゼントやと思って、アヒルさんボート全力漕ぎしてくれへん?」
 レースというよりは、己の限界に挑戦的な個人種目として催したいといかるは言う。
 つまり、そこかしこで全力漕ぎしてくれればいい、と。友人間でレースをする分には構わないから、と。
 もちろん、ゆったりまったりとボートを漕いでもらってもいいといかるは付け足す。
「とにかく皆で芦ノ湖で楽しく過ごせたら、僕はそれでええさかいに」
 ほな、行きたい人ー! とばかりに高々と手を挙げて、いかるはケルベロスをヘリオンに誘った。


■リプレイ

●青空の下、初夏の風ぞ吹く
 猛スピードでこぎつけてきたアヒルボートから飛び出してきた髭をつけたドワーフは、香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)に駆け寄って、笑顔で祝辞を述べてくれた。
「いかるおにい、誕生日おめでとうなのじゃ」
「うん、ありがとうやで!」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)としては、この祝辞を述べる前にアヒルちゃんミサイルDXなるグラビティで発射したミサイルと速度を競うつもりだったが、この平和な芦ノ湖で、ヒール以外のグラビティを放つのはあまりに場違いだと、己だけで限界を超えるセルフレースに切り替えたという事情があった。とにもかくにも今日の主役を祝うという主目的は完遂できた形である。
「大勢のケルベロスが集まってきたわね。楽しくなりそう……湖の中が」
 山口・ミメティッキ(満月の夜の夢・e10850)はせっせと肌に日焼け止めクリームを塗り広げながら、湖を朗らかに見やる。
 今日は快晴で風もあまりなく、ボートを漕ぐには絶好の天候だ。
「可愛い女子とボートでのんびりとはラッキーじゃな」
 ボートの上でオルトロスのゴロ太と共に、レオンハルト・ヴァレンシュタイン(ブロークンホーン・e35059)は八重歯を見せて笑っている。
 やれやれと彼に呆れているのは、同乗しているアーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)。可愛いと言われてもちろん悪い気はしないが、女子と言われる歳でもないと自覚している。
「こう見えても三十の大人じゃぞ」
 アーティラリィの言葉に、レオンハルトは一瞬目を見開いたが、呵呵と笑いとばす。
「驚きはしたが我とてこのなりよ、そういう事もあろう。燦然と輝くヒマワリも美しい、我もかくありたいものじゃ」
 不思議そうな彼女に、レオンハルトは自らの齢が六十だと告げた。
「…………人は見た目ではないのじゃなぁ……」
 目を瞬かせ、アーティラリィはしみじみと呟く。
 のどか、のどかな風がそよぐ。
 ギィギィと穏やかに櫓を漕ぎ、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は湖の中ほどから富士山を眺めた。
 日差しを帽子で受け止め、悠乃は飲料水が入ったペットボトルに手を伸ばす。
 自分を追うように、他のケルベロス達もボートに乗り込もうとしている様子が、遠目に見えた。

●湖畔の上をアヒルが遊ぶよ
「いくぞカモノスケ! オレらを乗せて短い冒険に出発だ!」
 アヒルボートに乗り込んで、おーっと腕を突き出す燈・シズネ(耿々・e01386)と、
「この子はアヒルじゃあ……」
 と怪訝な顔をするラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の間に収まるミニュイ・フェーレス(双子の仔猫・e02614)は、
「シズにぃ、このコ鴨じゃなくってアヒルだよ?」
 と正直に言ってしまう。
「あひるもカモも同じじゃねぇのか?」
 シズネが首を傾げ、微妙な空気が一瞬漂いかけるが、ミニュイは、
「でもカモノスケって言いやすいからこのボートはカモノスケね! それじゃあ、出発進行ー!」
 と強引に収めて、元気に出発の掛け声をかける。
「ちゃんとえすこーと出来るように、頑張らねぇとだなラウル?」
「こういうボートに乗るのは初めてだけど、面白いね。俺とシズネで確りエスコートさせて貰うね」
 少女の嬉しげな声に応じて、二人の男はわっせわっせとペダルを漕ぎ出した。
「お、もうアヒルボートが沢山出てるな。だが、ここであえてオレらが選ぶのはローボート!」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)は喜々としてローボートに乗り込んだ。
「アヒルボートを追い越す! そこにはロマンがあるからな! それにデートの定番といえば二人でボートに決まってる!!」
 と燃えるマサムネに対して、シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)はローテンションである。
「そうか、ボートは定番だったのか。…………夢の世界へ船を漕ぐのは得意なんだがな」
 ふわ、と欠伸すらして両極端な二人である。
「全力で漕ぐぞ!!」
「そうか、マサムネ、あのアヒルボートを追い越そう。俺はここで見てる」
 シャルフィンがすいと指差したアヒルボートを確認し、マサムネは頷く。
「シャルフィンは相変わらずサボり魔だ! だが任せろ! うおおおおおお!!」
 水柱をたてて、ローボートがデートとはとても思えないスピードで発進した。
「む、現! ローボートに抜かされてしまったぞ! あまり言いたくないが……こいつ遅い……」
 常人とは思えないボートに水しぶきすらかけられ、目・雷鳴(雷光・e15699)は、隣で汗を垂らしてヒィヒィとペダルを漕いでいる真山・現(夢現・e18351)に、じとっと視線を向けた。
「このご時世に、まさか人力とは……。が、しかし意外に、き、キツくないか? そ、そもそも、私一人で漕いでいるわけで……」
 ぜいぜいと息を切らし、現は言い訳するも、雷鳴はいい笑顔で言い返してくる。
「ん? 力仕事はおのこの仕事であろ? 雷鳴はめっちゃ応援してやっているではないか。だいたい先程のローボートも一人だけが漕いでいたぞ」
「そ、それはありがたいと思っているのだが……。すまない雷鳴、私はどちらかと言えばインドア派。肉体労働は不得手且つ専門外で……」
 冷や汗すら垂らして現は弁解するのだが、雷鳴の表情はどんどんジトッとしてくる。現としては誠心誠意漕いでいるのだが……また一羽のアヒルが彼らのボートを追い越していった。
「ああああああああああああああああああ」
 という悲鳴を残して。
「ああああああああああああああああああ」
 豪速球ならぬ豪速アヒル。中で悲鳴を上げているのは、シグリット・グレイス(夕闇・e01375)と、彼らに誘われてアヒルボートに乗り込んだいかるである。
「限界の向こう側まで行くっスよーー! ああ、筋肉が喜んでるっスーー!!!」
 もはやダチョウボートと言いたいくらいの速度を叶えているのは、修行馬鹿ことハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)の目にも留まらぬペダルさばきのおかげだ。彼にとってはこれもまた修行の一環。
「いやあ、アヒルボートというのは中々にスリリングな乗り物っスな!」
 天使様たるシグリットとデートしつつ修行が出来るという千載一遇のチャンスに大喜びなハチは、思いっきり全力を出す悦びもあって、とっってもいい笑顔だ。もはやランナーズハイの域。
「いかるは誕生日おめでとう! 悪いな、折角の誕生日なのにむさ苦しい空間でーー!」
 シグリットは舌を噛みそうな振動をなんとか耐えて、言いたいことは叫んだ。
「もはやジェットコースターやんんんん!! 嬉しいけど景色とか見えへん!! 全部なんか色の線ー!」
 シャルフィンから貰った『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたケーキ型の帽子を飛ばすまいと抱え込み、いかるは叫び返した。
「素敵なデートにナリソウデスネ?」
「忘れられないデートニシヨウナ?」
 と一艘のアヒルボートにぎゅう詰めになりつつ、全力でペダル漕ぎ勝負をしていた藍染・夜(蒼風聲・e20064)と 楝・累音(襲色目・e20990)は、ハチのアヒルボートに追いつかれたことに気づく。
 だが彼らも全力勝負中のケルベロス。僅かに抜きつ抜かれつ、二艘のアヒルボートはほぼ並走している。
 累音は高速のボートの中にいる、半分気絶しそうないかるを認めた。
「あ、いかるだ。誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとう! 受け取れっ」
 夜は素晴らしいコントロールで、アヒルストラップを、いかるが抱えている帽子の中にスローインしてやった。
 凄まじい攻防を湖畔から眺めつつ、ゼンラ・エルナ(神よ私は美しい・e37800)の足はツツジ園へと向いている。
「いかる……お誕生日おめでとう……」
 ゼンラは刺激的な誕生日を満喫中のヘリオライダーを祝い、湖畔を後にするのだった。

●女子力対理系力
 アヒルボートに分乗し、ガチンコレースを行うことにした檸檬古書店の面々は、まずは自分たちの愛機を品定めしていた。
「第一は安全だ。ケルベロスの全力に耐えてもらわないといけないからな」
 八島・トロノイ(あなたの街のお医者さん・e16946)はぐるぐるとアヒルボートの周囲を巡って、ボートの点検をしている。
「俺の計算では軽い分こっちの方が早いはずだ。理系の勘を信じろ」
「まぁ確かに人数はこちらが少ないですが……体重差は……」
 トロノイの同乗者たる越川・ハルト(道端のシティウルフ・e35468)は今回運転を任されたので、担当箇所である舵やハンドルを念入りにチェックしている。
「ハンドル操作を任された以上、チェックを怠ってはいけませんしね」
「まだかのう」
 石橋を叩いて渡るどころか叩き壊してしまいそうな二人を、対戦相手たる壱崎・檸檬(ショベルマウス・e01324)達は辛抱強く待っていた。
「じゃが、アヒルボートを全力でこぐ機会などそうそうあるまいて」
 気持ちは分かる、と頷く檸檬の隣で、テオドール・ノーネーム(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e12035)は目を輝かせていた。
「ワーオ、これがアヒルボートあるネ! 見たことはあるけれど乗るのは初めてヨ」
 足を伸ばして準備運動をしながら、トワ・ルーシェント(涯の空・e06042)は笑っている。
「敵は強大だけど、女子力全開で頑張ろうな~」
「女子力って具体的に何ネ?」
 テオドールに尋ねられ、トワは戸惑う。
「うーん? 腕力? 脚力? 足漕ぎボートで戦うんだから脚力だな! 多分! というわけで女子力に任せてたくさん漕ぐぞ!!」
「待たせたな、こっちは準備完了だ!」
 気合を入れ直した女子組に、トロノイが声をかけ、ようやく二艘のアヒルボートは、ヨーイドンで岸を離れる――。
 勝負は圧倒的すぎた。
「うおおおおおおお!! 人類の限界を超える勢いで漕ぐ! これが女子力を超える理系力だああああっ」
 という叫びを残して遥か彼方へかっ飛んでいったトロノイとハルトを見送り、檸檬は呆然と足を止めてしまった。
「めっちゃこいでおるんじゃが、男組はちと大人げ無さすぎでないかのう」
「ここまでアルカ……」
 テオドールが肩を落とす。
 無我夢中で漕いだ余り、見せたくなかった猫耳まで出してしまったトワも脱力だ。
 悲しい空気が漂う中、檸檬は一案を思いつく。
「そうじゃ、わしらにはアレがあったのう。トワ、動物変身して重さを軽減じゃ!」
「檸檬ちゃん頭良いー!」
 だが彼女たちは知らない。
 小さくなったために檸檬の足がペダルに届かなかったり、トワは風が強く感じられて怖かったり、テオドールが可愛い動物二名にメロメロになって、勝負そっちのけになってしまうという未来を。

●のんびりもいいじゃないですか
 ぜえぜえと肩を上下させ、とうとうアヒルボートの漕手は足を止めた。
「えーところで結構アツいんですケドー」
 彼の名前はダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)。
 ――良いぜ、見せてやる。男の生き様ってヤツを。
 と格好良く決めてから数分後の話である。
 ダレンにへばった顔を向けられても、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は、
「やだー、ダーリンわたしもう疲れた、むーりー」
 代わりに漕ぐつもりは微塵もない模様である。
「あの、全力漕ぎは、ええで。他所で嫌っちゅーほど体験したし……」
 同乗者のいかるが言う。遠慮ではなく本音である。マジトーンである。
「そうね、景色を楽しみましょ。ねーこのあたりは和食は元よりイタリアンやスウィーツのお店も充実してるみたいよ!」
 纏がスマホのグルメアプリを開いて周辺の店の検索を始める。
「お、確かにそろそろ陸地と煙草と冷たいモノが恋しいとこだな。ゆっくり戻るか。纏チャン、その間にいい感じのお店探しといて」
「任しといてー!」
 アヒルボートはようやく本来あるべき速度で湖を滑り始めた。
「そういやァ大事な決まり文句忘れてたな」
「そうね」
 ダレンがふと思い出したように言うので、纏もスマホを下ろして頷く。
 怪訝そうないかるに、二人は笑顔で振り向いた。
「「ハッピーバースデー!」」
 二人の声が重なる。
「こンな世の中だが楽しくやりましょうや」
 ダレンはニッと笑って、いかるの肩をたたいた。
 すれ違うラウル、シズネ、ミニュイが乗るアヒルボートからは楽しげな声が風に乗って弾んでいる。
「よい風じゃ、折角じゃしこの後は空中散歩などいかがかな?」
 レオンハルトはアーティラリィに次を提案する。
「まぁ乗りかかった船のついでじゃ。そちらもお付き合いしようかの」
 苦笑まじりに頷く彼女を認め、ボートは岸へと進んだ。
 皆が湖から戻りだし、芦ノ湖は静けさを取り戻し始めた。
「シャルフィン、起きてる? むしろ生きてる?」
 マサムネはボートを物陰に寄せ、膝で眠る恋人にそっと尋ねた。
「ねえ、ご褒美を頂戴?」
「……しょうがないな」
 誰からも見えない場所で二人の影が重なった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月11日
難度:易しい
参加:24人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 1
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