●目覚め
「喜びなさい、我が息子」
薄暗い部屋で目を覚ました男に声が降り注ぐ。顔を上げれば、仮面をつけた男の口元が満足げな笑みを形作っていた。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
今はドラグナーとしては不完全な状態でこのままでは死亡するだろうと静かに話し出す。
それを回避する為には、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取り、完全なドラグナーになるしかないようだ。
「へぇ。じゃあ、手始めに俺を蹴落とした連中から奪ってやる」
にやりと暗い笑みを浮べた男は、変わり果てた己の体の動きを確認するように腕を回す。
「悪くない」
満足げに呟くと、軽々と手術台を降りて部屋を出て行った。
●動機
「ドラグナー『竜技師アウル』によって、新たなドラグナーとなった人が、事件を起こそうとしています」
祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開く。
「何でドラグナーなんかになったの」
眉を顰める花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が、ぼそりと零した。
「この男性は、元々劇団に所属していた役者さんだったようです――」
しかし、劇団内キャスト選考に漏れ続け、親から、いい加減家に戻って家業を手伝わないと縁を切ると言われ、役者の道を諦めるしかなくなってしまったらしい。
そこで自暴自棄になってしまった男はアウルの甘言に乗って手術を受け、自分に役を与えない劇団に恨みをぶつけようとしている。
●標的
「このドラグナーは、舞台稽古中の劇団員を最初の標的にするようです」
時刻は14時すぎ。役者やスタッフが劇場で舞台稽古中のようだ。
当然ながら事前に避難勧告はできない。劇場内に潜み、敵が現れたら素早く避難させる、というのが妥当だろう。
「私達が入れ替わる事は可能かしら?」
ふいにリリが口を開いた。
「ふむ……そうですね。『舞台稽古が行われている』という状況を作る事ができれば大丈夫でしょう」
リリの提案に、そういう手段もありですね、と頷き、このドラグナーは簒奪者の鎌を装備し、恐ろしく攻撃力が高いから注意して欲しいと続けた。
「舞台の上での悲劇は人々に感銘を与えますが、舞台の外で起こる悲劇など、嘆きと悲しみしか生みません。彼を救う事はできませんが、どうか、彼を止めて下さい」
参加者 | |
---|---|
花道・リリ(合成の誤謬・e00200) |
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638) |
呉羽・律(凱歌継承者・e00780) |
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081) |
花唄・紡(宵巡・e15961) |
ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468) |
似鳥・朗(連ならぬ枝・e33417) |
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629) |
●舞台稽古中
「車とドレスと靴、そして運転手を用意しました。これでパーティーに出掛けてください」
「まぁ、凄いわ……」
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が明るく笑顔を向けると、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)が瞳を輝かせた。
「さあ、お乗りくださ……くだ、うーん……」
そこに似鳥・朗(連ならぬ枝・e33417)がジゼルに向かって口を開く。棒読みで。どうにも役作りというものが掴みきれていないらしい。
「棒読みでは駄目じゃぞ! もっと感情を込めるのじゃ!」
ふいにドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)が声を上げた。
「演技は大袈裟なくらいが丁度いいんだ。ジゼルはもっと大きくビックリしてみようか。朗は大切なお姫様……そうだな、尊敬する先輩とかに対する感じで……あと、お腹から声を出す事を意識しよう」
ドルフィンの叱咤を補足するように、呉羽・律(凱歌継承者・e00780)が、演技に慣れない仲間達に優しくアドバイスする。
ケルベロス達は、舞台稽古中だった劇団員達に話をつけ、自分達が成り代わって一般人を守ることにした。
「あ、呉羽・律だ。稽古中の姿が見られるのかぁ……」
説明を受けていた劇団員が瞳を輝かせる。
律は今回狙われる別の劇団に所属しており、それ故に仲間達に的確な演技指導ができたのだ。
「ほら、アンタ達は控え室で立ち稽古するんだろ? いくよ」
一般人の保護と避難誘導を任されたファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)が、劇団員たちを連れて行く。
今ケルベロス達が稽古しているの演目は、有名な童話を現代風にアレンジしたものだ。
大財閥が開いたパーティー。招待客もセレブばかり。
ジゼル扮するヒロインの家にも招待状は届いたが、母と姉達だけが出席する事となり、留守番させられてしまう。
そこへ、カロン扮する魔法使いが現れて、パーティへ行く為のドレスや車を用意してくれたのだった。
律が扮する大財閥の御曹司は興味なさげにパーティー会場を見渡しながらグラスを傾ける。
(「流石は本職……見事な演技だなぁ……」)
スタッフとして舞台袖で仲間達を見守るジョルディ・クレイグが、相棒である律の演技に心の中で賞賛していた。
「うちの娘と踊りなさ……踊っていただけマセンデショウカ」
そんな律に、花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が、花唄・紡(宵巡・e15961)とヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)を押し付ける。
この3人がヒロインの母と姉達だ。
「こんばんは」
紡は押し出されつつもにっこりと笑顔で優雅に一礼する。しかし、ヨルは俯きながら一歩後ずさった。御曹司に取り入ろうとする姉と、控えめで姉を引きたてようとする妹、という役である。
「待て! 母親! 素が出ておるぞ! もっと丁寧に!」
監督役となっているドルフィンの声が響いた。その声にリリの眉が顰められる。
(「……これは仕事よ。ダメ出しも稽古には必要だわ」)
「……もう一度お願いするわ」
しかし、自分に言い聞かせて気を取り直した。
●稽古中の闖入者
リリが律に娘達を押し付けるも、律は若干困ったように苦笑して中々頷かない。そこへ、ジゼル扮するヒロインが登場する。
「……! 私と踊って頂けませんか?」
ジゼルを目にした律は、途端に表情を明るくして手を差し出した。
差し出された手を取ったジゼルは、よく舞台やバレエで見るシーンを思い出しながら楽しげに踊り出す。
「あんなあんぱんが好きそうな顔をした娘、全然釣り合ってないわ」
「キィ、なによ! いつもぼーっとしてるくせに!」
リリが不機嫌そうに眉を顰めると、紡も悔しそうにジゼルを睨みつけた。その1歩後ろではヨルが俯いてハンカチを噛む。
――バーン!
その時、いきなり客席の扉が開き、現れたドラグナーが簒奪者の鎌を投げつけた。
鎌は回転しながら律に向かう。
「!?」
律は避けられない、と腕を顔の前で翳した。しかし、舞台袖から飛び出したジョルディが相棒の盾となる。
自分の番が終わり舞台袖で待機していた朗は、即座に控え室にいるファランに連絡をとった。今のうちにこっそり避難させてくれと。
「飽きちゃった」
共に踊っていた律が狙われ、即座に臨戦態勢に入ったジゼルが小さく口を開くと、大きな懐中時計が浮かび上がり、ちくたくちくたくと音を響かせた。
それに合わせていくつものぬいぐるみ達が現れ、リリに力を与える。舞台袖にいたウイングキャットのミルタは舞台に飛び出し、前衛へ清浄の翼を使った。
「この世の何より優しい夢を」
力を与えられて感覚が鋭くなったリリは、水精を呼び出しドラグナーに向かわせる。
「ほう、落ちこぼれの劇団員が人間くずれになってきおったか。面白い!」
客席から舞台に向かっていたドルフィンは、振り向いてドラグナー目掛けて口からドラゴンブレスを吐き、リリの水精が絡みつくドラグナーを炎で包んだ。
『く、くそ!! 何だお前ら! アイツらじゃないのか! ならお前らから先に!!』
ドラグナーは予想外の攻撃に顔を顰めながらも、体勢を立て直す。
「自分の実力がなかったのを逆恨みして恥ずかしくないの?」
紡は、ドラグナーに哀れむような視線を送りつつ手元のスイッチを押して、前衛の仲間達の背後にカラフルな爆発を起こして士気を高めた。
その爆発に背を押されるようにして、シャーマンズゴーストの綿花が神霊撃で攻撃する。
「さぁ、戦劇を始めようか!」
先程までの柔らかな雰囲気が一変、凛々しく声を張り上げた律は、戦術超鋼拳で思い切り殴りつけた。
「お前は選ばれなかった、それは現実だろう。だからといって選ばれた者を殺していい道理はない」
舞台の上では自信なさげに指導を受けていた朗は、隠していた術符を取り出し、キッとドラグナーを睨みつけると半透明の御業を出してその体を鷲づかみにさせる。更にヨルは表情を変えぬままドラゴンの幻影を呼び出し、それを人形を操るかのようにドラグナーを炎に包んだ。舞台袖から飛び出したウイングキャットのケリドウェンが後衛に清浄の翼で清らかな邪気を祓う風を送る。
「気の毒には思うけど、だからといって人を殺していい訳がないんだよ」
悲しげな表情でひとりごちたカロンが、ケルベロスチェインを展開して前衛に守護をつけると、ミミックのフォーマルハウトが思い切りドラグナーにくらいついた。
●最後は舞台の上で
ドラグナーは霊魂を傷つけてきた綿花に鎌を思い切り振り下ろし、生命力を奪って傷を癒す。すると、ドラグナーの体から炎が燃え上がり、傷口を焼いた。リリが気咬弾を放ち、ジゼルがぬいぐるみ達でドルフィンの感覚を研ぎ澄まさせる。ミルタは綿花の傷を癒した。
「皆を守る為に、自分が狙われるようにしたのね。偉いわ」
紡は、神霊撃で自分を狙うように仕向けた綿花を褒めながら気力溜めでその傷を大きく癒し、綿花も祈りを捧げて自分の傷を塞ぐ。
「性根とは腐るべくして、腐り果てるものじゃのう」
挑発するようにニヤリと笑ったドルフィンは、ぐっと右腕を前に出して、拳から螺旋の真空波を放った。
重い一撃でよろめいたドラグナーに、チャンスだと律が達人の一撃を繰り出すと、朗がサイコフォースで鎌を持つ腕を爆破する。ヨルがドレスの裾をひらかせながら戦術超鋼拳を叩き込むと、ケリドウェンは中衛に邪気を祓う風を送った。カロンが中衛にサークリットチェインで守護をつけると、フォーマルハウトは愚者の黄金でドラグナーを惑わせる。
『貴様らー!!!!』
度重なる攻撃でふらつくドラグナーは、ヤケクソになったように、鎌を我武者羅に投げつけた。その鎌がカロンに向かっていると、フォーマルハウトが主人の前で飛び上がって体を斬り裂かれる。
「遅くなってごめんよ!」
劇団員達をこっそり劇場の外まで連れていったファランが合流し、フォーマルハウトをブレイクルーンで癒した。
「26まで良く頑張ったんじゃない」
小さく呟いたリリが、再び水精を呼び出してけしかける。
「よかったのう! おぬしが望んだ舞台じゃ! 駄賃はおぬしの命じゃがのう!」
水精がドラグナーに襲いかかった瞬間、ドルフィンは体内で練り上げたドラゴンオーラを、強烈な踏み込みと共に心臓付近に捻りながら撃ち込んだ。
『ギ、ギャアアアアアアアア!!!!』
ドラグナーの断末魔が響き渡る。
役者だった男の声は、劇場中を震撼させた。
●舞台稽古再開のために
「舞台を観るのは好きだけど、演技は難しい、ね」
舞台にヒールをかけながらジゼルが小さく呟く。
「ふふ、悪いお姉さまの役も楽しかったな」
ジゼルの声に、紡がにこにこと稽古中の様子を思い出した。
「御姉様ステキだったワ」
近くでヒールをかけていたヨルが、人形を持って腹話術で声をかける。その表情は全く変わっていないが、事件を解決できて安心したのか、稽古の様子を思い出しているようだ。
「ぐいぐい行くお母さまも素敵だったね」
紡が、同じく客席のヒールをしていたリリに笑いかける。
「ありがと」
声をかけられたリリは、素っ気無く答えた。あまり馴れ合う事は得意ではないが、褒められれば悪い気はしない。
「カッカッカ! いやー、助かったわい。ダメ出しはできても指導までできんでのう」
「本職だからね。役に立ってよかったよ」
ドルフィンが豪快に笑いながら声をかけると、律も柔らかく笑顔で返す。フリだけとはいえ、やはりプロの指導を受けた方がそれらしくなるものだ。
「無才でも生きていく道はある。理解者だっていたんじゃないか?」
お前を案じて、逃げ道を用意してくれてた親がそうだったんじゃないか?、と痕跡も残さず消えてしまったドラグナーの倒れた場所――舞台の上で、朗がぽつりと呟く。
「最後は舞台の上で終われたのが、せめてもの救いになってくれたら、いいですね」
朗の隣でカロンが悲しげに舞台を見つめた。
「あ、劇団員に怪我人がいないか確認してこなくては」
「大丈夫だと思うけど、舞台稽古再開してもらわなきゃいけないし……一緒に来てくれるかい?」
思い出したようにカロンが顔を上げると、ファランが一緒に呼びに行こうと笑いかける。
「勿論です」
笑顔で快諾したカロンは、ファランと共に避難している劇団員の下へ向かった。
作者:麻香水娜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 10
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