ローカスト調査隊~終の褥

作者:譲葉慧

●峻厳なる山間へ
 ケルベロスの一団が、急峻な山中を往く。彼らの先に立つのは、春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)だった。
 彼女は行方が知れないローカストの状況について、ある仮説を立てていた。
 今に至るまで、動きを見せないのは、コギトエルゴスム化して何処かに潜んでいるからではないか。
 春撫はその説に賛同するケルベロス達と共に、ローカストの痕跡を追い続け、飛騨山脈の奥へと至った。そして遂に、ローカストの拠点らしき場所を発見したのだった。
 だがそこは、守りの兵もいる様子はなく静まり返っている。これはコギトエルゴスム化しているからだとすれば、すんなり理解できる話だ。
 入口から見える階段は、地下に向かっているようだ。ケルベロス達は慎重に階段を降り始める。螺旋状の階段はかなりの長さのようだ。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 春撫の言葉に幾人かが同意する。同じ思いでローカスト探索に加わっている者も多いのだろう。彼らと戦ったことがある者ならば、尚更だ。
 やがて階段が尽き、ケルベロス達はこの拠点の最奥に立った。
 半球状の空間だ。直径数百メートルはあろうかと思われる広さで、良く見ると壁には大量の小さな窪みがある。そう、丁度コギトエルゴスムがぴったり入るような大きさだ。
 そして空間の中央部には、何らかの機械か装置と思われる何かが安置されている。ざっと見るに、微かに稼働している様子だ。
 がらんとした、殺風景とも言える空間であったが、不思議と聖地を思わせる荘厳さに満ちている。ここがローカストが眠り、いつか目覚める約束の地ならば、その印象も頷けるというものだ。
「この装置は……自然界からグラビティ・チェインを少しずつ集めているのか?」
「コギトエルゴスム化したローカストを蘇らせる為にか。それにしても、時間がかかるだろう。気が遠くなる程だろうな。不死のデウスエクスだから取れる策だ」
 装置を調べるケルベロス達が推論を話合っているのを、壁際を調べるケルベロスからの鋭い声が遮った。
「コギトエルゴスムが破壊されてる!」
 一体何が起こっているのか。ケルベロス達は急ぎ周囲の壁を調べて回り……そして所々で落胆の声が上がる。
 ほとんどのコギトエルゴスムは、窪みの中で崩れ去っていたのだ。
 不死であるはずのデウスエクスが、何故? その疑問に対し、直ぐにケルベロス達は思い至った。デウスエクスに死の宣告を与えるもの、そう、定命化だ。
 コギトエルゴスム化前に定命化し、それが進行したならば、この状況も説明がつく。
 ならば、未だ生きているコギトエルゴスムを探さねば。ケルベロス達は壁と言う壁を総当たりで探し始めた。

●早すぎる目覚め
 窪みを総ざらいし、無事なコギトエルゴスムを保護しようと、ケルベロス達は手分けして壁面へと動いた。
 調査を始めようとしたところで、ホール中心の装置が突如異変をきたす。振動と共にグラビティ・チェインを放ち始めたのだ。それはまるでケルベロスの動きに反応したかのようだ。
 そして、大量のグラビティ・チェインを一気に放出すると、装置は弾けるように散じた。
 装置の突然の挙動の理由。それは、ゆらりと立ち上がる幾つもの影が語っている。
「……グラビティ・チェインだ。多い、ぞ……」
 コギトエルゴスムから蘇ったローカストは茫漠とした口調で呟いた。がしかし、その目は狂気の淵へとまろび落ちる寸前のそれだ。
「生きるのだ。喰らう……のだ。喰らえ、喰ら、エ……喰…ラ」
 四方八方から、ローカストがケルベロスへと迫る。
「憎悪、拒絶。憎め我を、憎め憎め憎め……」
 このままでは包囲され、各個撃破されてしまう。ケルベロス達は声をかけ合い、側の仲間達と共闘の構えを取った。
「ここまで来たのに、戦うしかないの? 他に方法は……」
「彼らは今、グラビティ・チェインに餓えている。それに定命化も進んでいるだろう。俺達の声が聴こえるかどうか……難しい話だ。まず俺達はここを切り抜けなければ!」
 どうしてこんなことに。その思いを抱えながらも、ケルベロス達は生き延びるため戦いに臨むほかないのだった。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
天津・千薙(天地薙・e00415)
スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)
サイファ・クロード(零・e06460)
アリス・リデル(一番を目指して・e09007)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
伊・捌号(行九・e18390)
御厨・礼(プシューケーの導影・e32840)

■リプレイ


 山深くに隠された、ローカストの居所。彼らを辿る者がその地を探し当てた時、時を越えるため眠りに就いた彼らは目を覚ました。
 しかし、早すぎる覚醒は、彼らに命の糧が注がれる暇を与えなかった。極限の飢えに駆られ、正気を失いつつも本能で彼らは知る。定命化という不治の病が、魂までも既に捉えていることを。
 逃れ得ない死の手に恐怖する彼らの眼に、甘撚りの細糸よりも頼りない、だが唯一の生きる途が見えた。目前のグラビティ・チェイン……ケルベロスの命を喰らい、地球の民の憎悪と拒絶を一身に受けるのだ。
 本能に衝き動かされ、ローカスト達は渇望の叫びを上げ、ケルベロスに襲い掛かる。包囲されたケルベロスは孤立を避けるため、近くの仲間と身を寄せ合った。
 迫りくる爪や咢を掻い潜り、間合いを取った伊・捌号(行九・e18390)は、ローカスト達の中に、いつか見た姿をを見出した。カブトムシに似た銀の甲殻に覆われた堂々たる体躯、そして何よりも、携えた身を覆い尽くすほどの巨盾。彼女の脳裏に鮮明に焼き付いている記憶、今ある自分が誕生した時に得た、はじめての記憶だった。
 その名すら捌号は知らず、向うは捌号の存在すら知っているかも定かではない。だが、こうして今出会ったのが運命というものなのだとしたら。
「名前くらいは知りてーっすからね」
 捌号は彼らの前へと立つ。その名を訊き、そして彼女も伝えるのだ。新たに得た名前『伊九』を。
 どうやら、周りにいるのは自分を含め8人だ。スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)は、状況を把握しようと周囲を見渡した。この聖地の各所で、同じように固まったケルベロスがローカストに包囲されているようだ。あちらでは説得らしき声、そちらでは交戦開始と思しき剣戟の音、ケルベロスの反応は様々だ。
 この戦場では、存在感を放つ巨盾の銀甲に捌号が相対し、語りかけている。他の仲間達も攻撃をせず、彼女を支援するためにグラビティの使用はローカストか傷ついた自分達を癒すだけにとどめていた。
「説得の道……か」
 聖地に居るローカストは皆、飢餓と定命化、二重の死の定めに捉われ、理性を失っている。しかし、だからといって、同じ説得材料が全てのローカストに有効だろうか。彼らにはそれぞれの性格があるだろう。説得の切り口は異なって然るべきだ。この巨盾の銀甲に届くのはいかなる言葉か行動か。
 交渉とは、互いに利あって成立するもの。命か、誇りか、安らかな死か。彼らの利は何なのか。そして、それを自分達に提供することができるのか。
 今は試みるしかない。少ない時が尽きたとき、スレインは自分が為すべきことだけは確りと心得ている。最優先は仲間皆の生存だ。

「お互い名前も顔も知らねー間っす。何言われても何だって思うのも分かるっす。でも、わかんねーから分かり合ったり、これから知ったりできるんじゃないっすか?」
 捌号は、種族も様々なローカスト達の攻撃を受けながら、メモリーコクーンの映像を再生した。映し出されたのは緑豊かな何処かの風景だ。だが、それを見たローカスト達に変化は現れたようには見えない。もし変化があったのだとしても、現状況では個体差の範疇と区別がつけられない。
 ローカストにとってメモリーコクーンとはどういう意味を持つ品だったのか。ケルベロスはそれを知り得ない。故に、彼らに去来する思いについても想像の域を出ないのだ。
 アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)のオウガメタル改-鍾馗-の放つ銀閃が、巨盾の銀甲を照らした。挙動からは知れないが、その感覚は限界を超え研がれているはずだ。
 だが、巨盾の銀甲とそれに従うローカスト達の眼は、理性が滑り落ちてゆく様を映したままだ。グラビティによるヒールでは、グラビティ・チェインを与えることは能わない。
 グラビティ・チェインを与える術は、命を差し出すことに他ならない。フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は、ローカスト達の目前へと歩を進めた。しなる柳のたおやかさで立つ彼女は、ゆるりと顔を上げ、巨盾の銀甲を見上げる。彼らの飢えは、そしてそのもたらす狂気を覗き込むように。
「立場は異なるともー、生存を競い合いー、長らく闘争にー、身を置いた仲ですものー、このくらいはー」
 隙だらけの獲物と見て、周囲のローカスト達が彼女へと標的を変える。その一体が、頭を振り立て、彼女の肩口へとかぶりついた。だが牙が肉を噛み裂く痛みにも、赤く染まる半身にも、頓着せず彼女は笑みつづける。
「しかしてその先ー、死を前に定めを決めるは貴方達次第ー、種諸共に餓鬼道に堕ちるかー、隣り合う道を選ぶかー。何れにせよ私達はー、多少のお節介を焼きつつー、ただ貴方達とー、向かい合うのみですのでー」
 そう語る間にも、彼女の太ももに刃のような腕が突き込まれ、血だまりを拡げた。頑強なフラッタリーだが、この状況では長くは保たない。だが、そんな事は彼女には些細な事だった。生と死の境界など、歩を進めたその時とうに超えている。
 巨盾の銀甲のランスが横ざまに叩きつけられ、刀身はフラッタリーの腕にめり込んだ。引き戻されようとするランスを彼女は掴み、眼だけで問うた。『汝飢えに貶められるや否や?』と。
 種族の落陽の時を迎え、なおデウスエクスの一として意思と志もて起てるのか。飢えと恐怖の塊と化し、再生のための褥に、甲で出来た空の器たる屍を晒すのか。そのいずれなりや!
「渡……セ、我らニ……!」
 呟きに近い低い声で、巨盾の銀甲は初めてケルベロス達に口を開いた。説得の言葉は聞こえているのだ。
「恨みや憎しみを受けずとも、生き残る術はあります。……お互い、生き抜くことに必死でしょう。決断するにも戦の手を止めてゆっくりと考えるのが良いのでしょうが、容易に決断できることではありません。……聞き入れろとは言いません。どうか、我らの話を聞いては頂けませんか?」
 御厨・礼(プシューケーの導影・e32840)の言葉に応えず、巨盾の銀甲は強引にランスをもぎ取り構え直した。
 聞く気はないのか――そう思い、巨盾の銀甲を見た時、礼が戦闘開始から彼らに抱いていた漠然とした印象が、はっきりと形をなした。飢えてはいるが、彼は、先に弱い個体へと獲物を譲っているのではないか。
 ローカスト・ウォーで彼らと戦い、彼らの誇りを目にしたが故に、己は探索に加わったのではなかったか。彼らは滅びなければならない者達なのか。そうではないはずだ。説得の糸口はあるはずだ。まだ諦めてはいけない。
 ローカストという種に、思い入れがあるのは、サイファ・クロード(零・e06460)も同じだ。初任務が対ローカスト戦だった。自らを必死に鼓舞し、ヘリオンから降下したあの時から、彼のケルベロスとしての人生が始まった。そして、ローカストとの関わり、その苦い現実が、ケルベロスの在り方とは何か、解きがたい命題を彼に突きつけた。
(「助けたい、なんて上から目線かな。でも、生きていてほしい、強く願うよ」)
 命を持って行っても構わない。サイファはそう思っていた。その手が無意識に、かえるのおまもりを触れた。無事の帰還を願うお守りだ。彼には帰る場所があった。救える命は全て救い、皆で帰りたい。
「寿命があるのも悪くないよ。限りあるからこそ輝ける瞬間があるんだ。自分が成しえなかったことは、次の世代に託す……仲間思いのキミたちなら共感しやすいんじゃないかな」
 巨盾の銀甲と、ローカスト達に向けて、サイファは声を張り上げた。注意を引いたのか、一体がサイファへと攻撃を加えて来る。迫る牙を、守りの態勢を取って急所から反らす。仕損じたローカストは失望と怒りの唸りを上げ、その様を巨盾の銀甲は見遣ったが、攻撃を続行する。
「託すっていうのは頼るってことだ。もう抱え込まなくていいよ。愛してくれなんて言わない。オレたちを頼ってくれ」
 攻撃を続けるローカスト達に、天津・千薙(天地薙・e00415)も口を添える。最後に巨盾の銀甲の心を動かすのは、自分の言葉ではないのだろう。けれどその為の後押しが出来るなら。
「あなた方が地球に来て戦っていた理由を思い出してください。今戦うことに、意味はありますか? ――その先に、求めたものはあるのですか?」
「俺たちは共存を望んでる。その為の用意もある。このままだとお前さんたちの同胞がしてきた今までの努力が水の泡だ。どうか悲惨な最期を迎えないでほしい……このままじゃ、無駄死にになるだけだろ……」
 千薙と共に語りかけるアクレッサスの言葉の最後は、絞り出すような叫びになっていた。今でもまざまざと蘇るかつての死の恐怖、巨盾の銀甲達は今まさにそれに抗い戦っているのだ。命を救いたい、その思いが自分がウィッチドクターになった理由だったはずだ。
 心を尽くしたケルベロスの説得を受けている間も、巨盾の銀甲は攻撃の手を休める事はなかった。しかし彼に言葉はまだ聞こえている。捌号にはそう思えた。ランスを構え突撃してきた巨盾の銀甲の前に、彼女は立つ。
 身を反らしランスを小脇に抱える形で無理矢理捌号は受け止め、尚も進む巨盾の銀甲の足元を蹴りで弾いて突進力を殺した。それでも、身体全体に衝撃が走る。
「伸ばした手を掴む物好きはここに居るっす」
 捌号と巨盾の銀甲の視線がほんの一瞬交差し、捌号は彼の眼に宿る炎の正体を知る。それは渇望と怒りを糧として燃えていた。同胞を根絶寸前まで殺し尽くされた者の怒りだ。
 巨盾の銀甲は身を離し、咆哮する。空気を震わすその声には、いや増す怒りと消えない不信がありありと滲んでいた。
「言葉ではなく、身をもって示せってことっすか」
 ならばどうやって示す? ケルベロス達に焦燥が走る。総出でヒールをかけているが、ローカスト達に取り付かれたままのフラッタリーは、もうすぐ尽きる。
 千薙の憂い気な横顔を、アリス・リデル(一番を目指して・e09007)は見遣った。ローカストの増援を警戒しつつ、やり取りを見守っていたが、ローカストの心情は読めない。彼女にとって飢え死に寸前の感覚は既知のものだが、それ以上でも以下でもない。
 滅ぶ寸前の身で、説得を無下に撥ね付けるのは、いかがなものかとは思うが、それも彼らの選んだ道だ。この後どうなろうと、いつも通り動くだけだ。
 一方でスレインも巨盾の銀甲達の反応を観察していた。巨盾の銀甲は『我らに渡せ』と言った。それは『生存ローカスト全てにグラビティ・チェインを渡せ』という事だろうか。その推測が正しいとして、それを身をもって示すということは……。
 そこまで推論を進めたところで、誰かの小さな叫びが聞こえた。とうとうフラッタリーが倒れ尽きたのだ。それは、同時に交渉の時も尽きたことを意味していた。


 苦渋のうちに、ケルベロス達は得物を構え、倒れた者の生命を完全に断ち、グラビティ・チェインを得んといきり立つローカスト達を追い散らそうと攻撃を加える。
 弱った一体へ放たれたとどめの一撃を、巨盾の銀甲が代わりに受け止めた。その目に燃えるのは、もはや誰も鎮めることの叶わぬ野火だ。それを間近で見た礼は、哀しみに瞳をけぶらせた。
「護り手たる巨盾の主に敬意を表して……参ります」
 礼が喚び出した剣が、巨盾の銀甲達へと降り注ぐ。鋭い切っ先が外殻を容易く切り裂き、一体のローカストを仕留めた。動かなくなった同胞を見、巨盾の銀甲は戦場に轟く怒りの叫びを上げた。
 もはや彼は語らない。が、その叫びは言葉よりも雄弁にケルベロスを指弾するのだ。
 ともすれば戦意を喪失しそうになる仲間達を鼓舞するように、千薙は倒れた仲間を守る為に戦場に立つ仲間達の動きに形を与えるべく、命名する。
「百戦百識陣。陣名は……アリス&メディックなど如何でしょう?」
「……っちょ! なんであたしだけを名指しっしょ!」
 ちゃっかり自分の名前は伏せている千薙に、アリスがすかさず突っ込みを入れる。
 名を持ち力を得た陣は、邪を払う力を仲間へと注ぐ。巨盾の銀甲が展開する堅牢な防御結界も、破邪の力からは逃れ得ない。
 群がるローカストを一掃するため、アクレッサスは毒を含む吐息を彼らに浴びせた。その毒はかつてアクレッサスを死の淵へと引きずった恐怖そのものだった。それを今は、同じく死の恐怖に脅える者へ引導を渡すために利用している……。
 毒に耐えたローカストに、スレインはガトリングガンの照準を合わせる。呪装の施された弾がとどめになる筈だった。だが、射線に割り込んだ巨盾が迸る弾丸を阻む。激しい金属音と共に巨盾は凹み、弾丸は体躯へとめり込む。だが、痛みを意に介さず、巨盾の銀甲はランスをスレインに振り下ろした。
 一切合財を叩き潰す鉄塊の一撃を、割り込んだ捌号が受け止める。少女の身体は地に叩きつけられた後、衝撃に難度か跳ね上がる。
 2人の仲間が倒れ、仲間の守りを担うのはサイファとアリスのミミック、ミミくんだけだ。不吉な予感が皆の心にじわりと滲む。
「こういう時こそ、テンション上げていくしかないっしょ! あまちー、行くよ!」
 その声で敗北の足音を打ち消すように、アリスは歌い上げる。戦場の喧騒とせめぎ合い響く歌声は、いつしかそれ自体に熱を持ち、炎と化し、巨盾の銀甲に飛び火した。
「偉いです。ですが……今は戦闘中ですよ」
 ドヤ顔を決めるアリスにかるく笑み、千薙は巨盾の銀甲の間合いに入った。寄り添うように立ち、その傷痕を魔力の刃でなぞる。古い戦傷から丁寧に、彼の戦歴を辿るように順々と。お終いは今アリスの着けた傷だ。
 炎に包まれた巨盾の銀甲に、ケルベロスの攻撃が集中する。巨盾の銀甲もまた、その剛腕で深手らしからぬ恐るべき一撃を放つ。いつ果てるとも知れないぎりぎりの戦いをついに制したのはケルベロスだ。
 だが、誰の一撃が巨盾の銀甲を斃したのかは定かではなかった。彼は攻撃に怯むことなく巨盾とランスを構え一歩も退かなかったのだ。致命の一撃を受け、絶命しても尚、戦場に立ち続けた。
「……死せるとも、『不破の巨盾』は未だ破れずってことっすかね」
 痛みに悲鳴を上げる身体を起こし、捌号は、彼が立ち尽くしたままの姿で空に跡形もなく消えるのを見送った。
 結局、彼を救えなかった。しかし、彼らにグラビティ・チェインを渡すために、自分はともかく仲間の命まで差し出すことが出来る者がいるだろうか。少なくとも捌号にはそれは出来ず、恐らく共に戦った仲間も同じだろう。
 彼は戦士として誇り高く死んだ。その最期の姿を胸の奥に留め、捌号は介抱する仲間の腕に身体を預けた。戦いの喧騒が去ってゆく……ローカストは終焉を迎えたのだろうか。それを確かめる前に、彼女の意識は遠のき闇に滑り落ちていった。

作者:譲葉慧 重傷:フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) 伊・捌号(行九・e18390) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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