ローカスト調査隊～地の底に眠る者たち

■リプレイ

●救いたい
　飢餓に侵されたローカスト達がにじり寄る。
　ミライ・トリカラード（朝焼けの猟犬・e00193）は両腕の鎖をジャララララと勢いよく伸ばすと、ブン、と風を切るように振り、戦闘態勢を取った。
「なんとか……なんとかならないのかな……」
　望んでいた未来と、非情な現実の落差に、やるせない想いが零れ落ちる。
　多くの量産型や弱小な個体に混じり、実力者と見える個体の姿もぽつぽつと見える。うち一体、徐々にこちらに迫り来る、アリ型の戦士の姿を見て取り、アドルフ・ペルシュロン（塞翁が馬・e18413）は、あっと声を上げた。
「ブークルド……！」
　両腕に大型の四角い盾を構え、重装歩兵然と鎧われた、青いマフラーのローカスト。
　『機動防衛隊のブークルド』である。
　血走り虚ろな眼、唾液をだらしなく滴らせる口許……往年の勇ましさを伺わせない、惨めな姿。
　その様を痛ましく見つめ、土竜・岳（ジュエルファインダー・e04093）はぽつりと呟く。
「デウスさんは人類の敵ですけれど、もし出来れば、共に地球で生きる仲間になって下さると嬉しいです」
「ローカストとは何度か戦った。僅かでも関わった身、彼らの末路には俺にも責任の一端がある。……生かす道を、模索したい」
　リューデ・ロストワード（鷽憑き・e06168）も、思いを零す。
「それが叶わないのなら……今の苦しみから解放して差し上げましょう」
　岳の覚悟に、陣形を共にするケルベロス達は静かに賛同した。
「敵意がないことを示せたらいいと思うんだ」
　アルベルト・アリスメンディ（ソウルスクレイパー・e06154）が提案すると、神宮時・あお（惑いの月・e04014）が言葉なく歩み出、手元に溜めた治癒のオーラをブークルドに向けて放った。
　予期せぬヒールを浴び、ブークルドは一瞬、ピクリと肩を震わせた。
　ケルベロス達は頷き合い、各々にヒールを編み上げ始めた。ヒールによるグラビティ・チェインの分与はできないが、敵対するつもりがない事だけは、伝わるかもしれない。
　治癒を飛ばしながら、リューデはちらりとドーム中央の様子を伺った。ケルベロスとローカストの入り乱れる戦場の中心部で、装置は依然、沈黙したままに見える。
（「……遠いか」）
　状況を好転させる可能性の一つ。しかし、戦場を突っ切ってまで駆けつけるのは、リスクが高すぎる。
　こちらに敵意を露わにするのは、ブークルドと、量産型の蟻兵が五匹。シャシャァァ、ギギギギ、カチッカチッ……言葉も理性も失った、飢餓の行軍。
　ブークルドの掲げる両腕の大盾が、重厚な金属音を立てて勢いよくぶつかり合い、あたかも一枚盾の如く繋がった。
「ギ……ギッ…………グガアァァアアァァァッ――！！」
　絶叫を迸らせ、ブークルドはケルベロス達へと突進した。

●治癒と拒絶
　一体と化した盾が凄まじい速度で迫り来る！
　大質量がミライを押し潰さんとした瞬間、すらりとした長身が躍り出、盾を押し止めて突進の勢いを真正面から殺した。
（「誰かを護れるくらいにはなれたはず。だから……！」）
「――深緋、四位の着る色なり」
　凶悪な打撃をスマートにいなし、男装の麗人、皇・晴（猩々緋の華・e36083）は深緋の華を咲かせた。舞い散る花弁で己を癒し、戦友達を奮い立たせる。
　目を血走らせた蟻兵達が次々にアルミの牙を剥いてくる。飢餓と恐怖に侵され、グラビティ・チェインへの欲求にまみれた攻撃。あおは自力で素早く牙を躱し、ミライは数体の攻撃を受け入れてしまうも、防具の耐性でなんとか凌いだ。
　最後にあおに飛びついてきた個体を、吉柳・泰明（青嵐・e01433）は刀の鞘で受け止め退けた。
「誇り高い種族の行く末が、理性も矜持も欠き人を襲う化物と成り下がる様な道で良いのか。それは、種として本当に生き延びると言えるのか」
　傷ついた仲間へとマインドシールドを付与しながら、理知に満ちた言葉で、こんこんとブークルドへと語りかける泰明。
「憎悪や拒絶で繋ぐ道等、其こそ先は知れている。限りはあれどこの星の同胞として生き、苦痛ではなく平穏に触れながら未来を繋いではくれぬか」
「人を襲って生き延びるなんて、そんなの無理だよ！」
　ミライは気力溜めをブークルドに投げかけながら、必死の説得を試みる。
「ボクらがそれをさせない事くらい、勝ち目がない事くらい、キミらだって分かってるよね！？　だからコギトエルゴスム化してたんでしょ！？」
「今、戦っても消耗するだけだよ？」
　アルベルトはローカスト達にオラトリオヴェールを施しながら、真剣に訴えかける。
「僕たちを信じてコギトエルゴスムに戻ってくれないかな？　絶対助けるから、ね？　一緒にローカストの子が生き残る方法を見いだせたらいいよね……！」
「喰らい奪ったその先に求めた明日があるっすか？」
　アドルフもまた、まっすぐに問いかける。
「ウェアライダーはマスター・ビーストの失踪により、定命化の道を選ぶ事が出来たっす。同じように、神無き今、共に歩むことはできないっすか……？」
　一片なりと理性を呼び戻してくれる事を期待して、ケルベロス達はヒールを重ね続ける。攻撃を受けても、決して手は出さない。守りに徹し、癒し、言葉をかけ続ける。そんな防戦を三巡。
「ここ地球は死の定めを与える棺桶ではありませんよ。もしそうならば、どうして私達は命を守って戦い続けているのでしょう？」
　岳は穏やかに語り掛ける。
「不死性は永遠の停滞。限りあるからこそ命は輝き、魂は躍動します。だからこそ重力の鎖が宿るのだと思います」
　大地を割り、月長石の柱がブークルドを包み、癒す。それはゆりかご。石言葉は『愛』。
「重力に、清明たる輝きに身を委ねて、命のゆりかごでどうぞ微睡んで下さいませんか」
　美しくも優しい輝きに満たされ、ブークルドの体が、わずかに揺らいだように見えた。
（「……環境は、違えども、……生きている事に、代わりは、ない、のです……。……だから……」）
　ゆりかごに包み込まれたブークルドを、祈るようにあおは見つめる。
　……三巡目。それが、ケルベロス達が自ら定めたデッドライン。
　これ以上、説得が通じぬのならば、もう……。
　輝石の名残を踏みしめながら、ブークルドは前腕を横に開いた。
　正面に掲げられていた二枚の大盾が下げられ、露わになった中腕には……攻撃的なスパイクのついた、銀色の湾曲盾。
　――瞬間、焼け付くような痛みがアドルフを襲った。
「ぐぅ……っ！」
　容赦なく斬り裂き、抉る。
　それは、明確な拒絶の一撃。
　血まみれのスパイクを高々と掲げ、ブークルドは狂乱の雄たけびを迸らせる。
「駄目でしたか……ならば、全力をもってお相手しましょう」
　険しい顔をしながらも、理想の王子様然と、真摯に立ち向かう晴。
「俺にも、お前たちと同様に護りたいものがある」
　治癒のオーラをアドルフへと投げかけながら、リューデは宣言する。
　せめて、全力で戦う事が、死にゆく戦士への敬意だ。

●嘆き
「そんな……こんなのって……！　もうどうにもならないの！？」
　ミライが悲痛に叫ぶ。しかしローカスト達の猛攻は止まらない。
　アルミの牙が、カマキリの如き刃が、破壊音波が、ケルベロス達を苛んでいく。防戦一方では、いずれケルベロスが食い尽くされる……！
「フーガ。ディムシェルド。ジャクホウ」
　岳とリューデと連携し、治癒の隙を埋めながらも、泰明は声をかけることを諦めない。
「名を捨てようとも矜持は貫いた不退転の者。……敵ながら、皆武人としては見事な覚悟を懐いていた。その矜持と仲間への想いが失われる事こそ、何より恐ろしく虚しくは無いか」
　どうか違う道を、行き方を、選んでくれ。切実な訴えは、しかしローカスト達の耳に届いている様子はない。
「これでも、いろんな人種や種族と知り合ってきたっす。価値観の違いってものをプラスに考えて、互いの利益にしていく事はできるはずっす」
　でも、とアドルフは悲しげに零しながら、風神の力で状態異常を吹き飛ばしていく。
「ローカストにはもう、考える力さえ、残ってないんすね……」
　あおは静かに瞼を引き下ろした。気持ちを切り替えるように深呼吸を一つ。
（「……自分が、傷つくのは、構わない……でも、みんなが傷つけられる、のは……許せない……から」）
　瞳を見開いた瞬間、あおは最も弱っている蟻兵に、電光石火の蹴撃をしかけた。
「離れるなよ、アルベルト」
　黒髪に咲く白い花をはらりはらりと散らしながら、リューデは背中越しに大切な相棒へと声をかけた。
「そっちこそ！　――もう遠慮はしないよ。さあ、命のやりとりをしよう！」
　アルベルトは溌剌と返すと、抑え込んでいた心を解放する。胸の内の葛藤を吹き飛ばし、『殺し合い』にその身を浸していしく。
「……やるしか、ない。……そうだよね」
　ミライも苦悩の内から決然と顔を上げる。両腕の鎖が宙を切り、瀕死の蟻兵の首へと殺到し――、
　しかしその鎖は、堅牢な両盾に防がれた。
「！？」
　驚愕するケルベロス達の前で、ブークルドは蟻兵を背に庇い、防ぎきれなかった片方の鎖に首を締め付けられながらも、目を血走らせ、息を荒げ、ケルベロス達に敵意の眼差しを向けてくる。
「なんて紳士的な……ただの本能、偶然でしょうか。それとも……？」
　晴はシャーマンズゴーストと共に治癒を振り撒きながら、目を細め、理知的に呟く。
　皆の疑念に応えるように、泰明が前に踏み出した。
「奔れ」
　声に応えて唸りが響く――刹那、一閃。荒々しい黒狼の影が、嵐の如く駆け抜け、雷宿す牙で蟻兵の命を刈り取った。
「ググ、ガァ……ッ」
　ブークルドが呻いた。まるで、仲間を守りきれなかった無念を嘆くように。
「まさか、彼は……」
　小さく呟いた晴を、突如伸び迫った触覚が巻きつき、締め付けにした。
「かは……っ」
　力の加減も壊れ切った締め付けに、晴の全身が軋みを上げる。
　グラビティ・チェインを得る、ただその一心の攻撃。
　一瞬垣間見せた揺らぎに反して、心を通じ合わせる余地が残されているようには、とても思えなかった。

●戦士の最期
　疑念を抱きながらも、ケルベロスはグラビティを振るい続けた。
　ブークルドの執拗な肩代わりに手数を割かれながらも、ケルベロス達は蟻兵達を順々に撃破していった。そのたびに、ブークルドは悔しげに呻き、しかしその振る舞いは狂気に堕ちたまま。
（「自分が、傷つくのは、構わない……それは、彼も、同じ……」）
　あおの心に、共感が灯る。ブークルドは飢餓に陥りながら、「力なき同胞を守る」、その一点に強烈な執着を発露している……。
　だが、もはや蟻兵達への攻撃を緩めてやる余裕はない。生き残るのはケルベロスかローカストか、二つに一つだ。
　最後に残った蟻兵の破壊音波が後衛を襲う。耳を抑え歯を食いしばるリューデの姿に、アルベルトは咄嗟にリボルバー銃の引き金を絞った。
「やってくれたね……！」
　最後の蟻兵の額を、シンプルな円形の銃創が抉った。
　――それと同時。
　ドームの中心部から、怪しい緑色の光が放射し、ゴゥゥゥン……と不気味な振動が伝わってきた。
「中央の装置……！？」
　他のチームが修復してくれたのか。晴が声を弾ませる。
　ブークルドは呆然と緑の光を浴びている。その瞳にかすかによぎったのは……安堵……？
　しかし次の瞬間、両盾が激しい金属音を立ててぶつかり合った。
「グガアァァァァ！！」
　なんの迷いもない突進。真正面から全身で受け止めたアドルフは、歯を食いしばる。
「そう、っすか……っ！　もう絶対に、変わってはくれないんすね……！」
　周囲の蟻兵達はすでに倒れた。けれど、このドーム内には、まだ他のケルベロス達と交戦を続けるローカストが大勢いる。
　ブークルドは、正気を失ってなお、全てを守るつもりなのだ。
「その意気や、天晴」
　もはや説得は無用。泰明は雷の霊力を刀に宿し、神速の突きで鉄壁の防御を食い破る。
「ヘルズゲート、アンロック！　コール・トリカラード！」
　ミライももう迷わない。召喚された三色の炎を纏う鎖が、幾度となく敵に襲い掛かり、追い詰めていく。
「残念です……せめて、苦しみの少ないよう」
　晴はドラゴニック・パワーを噴射させ、加速したハンマーを確実に叩き込む。
「……地球さん、包んであげてください」
　岳は再び月長石の柱を顕現させる。今度は癒す為でなく、眠らせてあげる為に。
「リューデ！」
「そうだな……終わらせよう」
　背中を預け合うアルベルトとリューデの時空凍結弾が、次々にブークルドを射抜いていく。
（「……風が、紡ぐ、不可視の、刃。優しくも、鋭い、久遠の、詩」）
　魔力の波紋を広げ、声もなく言霊を紡ぐあお。風の導くままに、終結へと誘う……。
　仲間達の守護に徹していたブークルドは、数々のグラビティにその身を削られ、その命はとうに風前の灯火だった。
「敗北とは、己の心が折れること。勝利とは、己を最後まで貫くこと！」
　突撃を掛けるライドキャリバーのカブリオレと共に飛び出し、勇ましく吼え猛りながら、アドルフは拳を振りかぶる。
「そして強さとは、剣や銃を振り回すことじゃない――最後まで立ち向かう、本気の意志を持つことっす！」
　想いを籠めた拳がブークルドを打ち据え、霊力の網に包み込む。
　膝を折り、崩れ落ち……ブークルドの表情が、ふと、緩んだように見えた。
　ケルベロス達を見つめ返す瞳は、ひどく澄んでいた。恨み一つなく。
　それは、自分自身の信念を貫き敗北した、戦士の眼差し。
　言葉をなくすケルベロス達の前で、砂絵が風に吹き消されるように、ブークルドの姿は一瞬でかき消えた。

　ドームを満たした緑の光。あれを浴びたローカスト達の中でも、ほんの数体だけがコギトエルゴスム化を果たしたようだった。
「まだ希望の灯はあるのかな。あるといいね」
　ミライがぽつりと呟いた。
「……せめてゆっくりと、休むといい」
「大地のゆりかごでどうか安らかに」
　泰明と岳は、砕けてしまった者達を祈り弔う。
「ブークルドは、その気になれば助かる事は解ってたんだろうな……」
　自身の傷に無頓着すぎるあおにヒールを施しながら、リューデが呟いた。傍らでアルベルトが首をひねる。
「でも、自分でそれを選ばなかった……なんでかな？」
「……助かるのが、自分だけだからでしょう。弱小な個体には、すぐにでも、僕達を殺して得られるグラビティ・チェインが必要だったでしょうから」
　晴の推察に、皆が神妙に口を閉ざした。
「最期まで、誇り高い戦士だったんすね……」
　小さく呟き、アドルフは戦場だった場所を振り返る。
　ブークルドが消え去ったその場所には、彼が生きた証のように、堅牢な大盾が鎮座していた……。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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