ローカスト調査隊～聖なるカタコンベ

■リプレイ

●渇望
　そこはたった今まで墓所であった。この場所でローカストというデウスエクスは死滅する運命にあった。それはコギトエルゴスムと化していても回避できない絶対の未来であった……はずでった。しかし、ドーム中央にある謎の装置がいきなり稼働し、まだ無事であったコギトエルゴスムからローカストたちがよみがえってくる。
「グラビティ・チェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる」
　餓えて理性を失った漆黒の騎士たちは長い無骨な槍を手に、獲物を探して首を振る。その先に……何かを探すケルベロス達がいる。
「待ってくれ！　そこから先には行かないでほしい」
　普段の何倍もの声がのどを震わす。御影・有理（書院管理人・e14635）は半身であるリムを前に出し、そこがデッドラインであるかのように叫んだ。自分のことながらどこかで驚いた。でも、たとえ敵対する者であったも生命は、生き延びようとあがく命はたとえようもなく愛おしい。
「このままあんた達が人を襲うなら、遠慮無くぶちのめさせて貰うわよ。だけど賭けてみない？」
　ディフェンダーとして前に出たテレビウムの『九十九』の後ろで橘・芍薬（アイアンメイデン・e01125）は武器を手にしてはいるが、攻撃をせずに言う。『九十九』も通せんぼをするかのように両腕を広げるだけで、お行儀よく待機している。そこに1匹のアリア騎士が襲い掛かった。槍で突貫攻撃をかけられ『九十九』が腹を痛打される。
「Ｒ．Ｉ．Ｐ……朽ちて散れ、安らかに眠れ」
　レスター・ストレイン（デッドエンドスナイパー・e28723）の刺青は白く輝き子守唄が響く。蜘蛛の巣状の結界が張り巡らされ光の蝶が味方ではなく敵を、アリア騎士の身体に吸い込まれてゆく。しかし、アリア騎士の様子に目立った変化はない。
「想定外というか、希望通りのシナリオ……というわけにはいかないようだね」
　現実の手厳しさは死ぬほどわかっていた筈だった。苦い過去が現実に追いついてしまいそうで、レスターは片頬だけに淡く冷たい笑みを浮かべる。
「そんな……いや、まだ諦めるわけにはいきません」
　テレビウム『九十九』やボクスドラゴン『リム』と同じく、別のケルベロスへと向かうアリア騎士の前に立ちはだかった据灸庵・赤煙（ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357）はやおら餓えたアリア騎士の身体を強引に引き寄せると魔術切開を試みる。
「何を、何をスル！」
　やみくもに赤煙へ蹴りを振るうアリア騎士へと強力な治癒の力が注ぎ込まれる。しかし、それはグラビティ・チェインではないし、代替えとなることない。
「言葉はなくても感じるよ、クルーン」
　砂星・イノリ（ヤマイヌ・e16912）の身を覆うオウガメタルから溢れる光が仄暗く広いドームの中で希望の光であるかのように辺りを照らす。クルーンと過ごしてきた優しい日々。イノリとクルーンが理解しあっているように、ローカスト達とだってきっと愛を伝えあえる。強いイノリの心の力が輝きとなり、赤煙の術やレスターの唄と同様にアリア騎士の身体に暖かい心を伝えるが……やはり狂気に沈む彼らの目に理性の光は戻らない。
「キルカルデュア、という名を知ってるか？　ダメか。これじゃ話を聞ける状態じゃないよな」
　ウサギの脚を模した繊細なブーツを履いてパトリック・グッドフェロー（胡蝶の夢・e01239）が美しく踊るたび、癒しの花びらがアリア騎士にも舞い降りてゆく。それでも、狂乱するアリア騎士はパトリックの話を聞く素振りも見せない。
「悪いね、ティターニア。前で敵を食い止めてくれるかな？」
　躍るパトリックから離れ、愛らしい花のようなボクスドラゴンの『ティターニア』は前に出る。
「やっかいなことになっているじゃない？　でももっとっもっと治癒力が強かったらどうかしら？」
　ユーシス・ボールドウィン（夜霧の竜語魔導士・e32288）は彼女だけの力をヒールを使われても変化のなかったアリア騎士へと使う。
「運命に抗う者よ。汝に溢れる光と命を。倒れし者達を揺り起こす、癒しの力を与え給え！」
　優しい光が見せる『ドラゴンの幻影』が大いなる翼を広げ、驚きおののくアリア騎士を包み込み、消えてゆく。
「どうか聞いて欲しいのデス。戦いに来たのではない説得に来たんだ」
　メディックであるルロイ・オッペンリバー（歪みのタングラムハート・e19891）はユーシスの力を受けたアリア騎士へと強引に魔術切開を敢行する。聞いて欲しいことは血山ほどある。救いたかったヒトがいたこと、救えなかった痛みがどれほど深く長く心をさいなむのかを。騎士ならば守るべき大切な者がいるのではないかと。
　でも……アリア騎士は変わらない。唯一変わったことといえば、遠くのケルベロス達よりももっと近くで攻撃も仕掛けてこないケルベロス達に攻撃目標を変更したことだけだ。４体のローカストは乾いた身体が水を欲しがるように、枯渇し死にゆく身体にグラビティ・チェインを補充することだけしか見えていない。深淵の様に黒い瞳が凝視してくる。
「苦しい！」
「焼け付くようだ！」
　何かを求めるように両腕を伸ばすアリア騎士たち。

「……相手は騎士。全力で相手をしよう」
　自らも狂気の淵、そのスレスレでゆらゆらと立ち位置が変化してゆくようなルロイはいつになく真剣で神妙なそぶりでいった。
　けれど有理はまだ踏ん切りがつかなかった。
「これは貴殿の飢餓状態の緩和が目的の行為。滋養が要るのであれば、このドリンクで喉を潤してはどうだ？」
　一縷の望みを暗闇から探そうとするかのように、有理はリムが足止めしているアリア騎士へと言葉を紡ぐ。
「まだ、まだこのくらいじゃ諦めたりしないわよ。ね、そうでしょう？　みんな！」
　芍薬は首を横に振った。そのすぐ後、アリア騎士の攻撃で『九十九』が吹っ飛ぶが、マインドリングから浮遊する光の盾が『九十九』のダメージをなかったことにしてゆく。
「もう今、見てもらうしか……次の機会はないかもしれないね」
　レスターが差し出す小さな装置。そこから浮かぶのは豊穣なる母なる星の今は失われた輝かしい過去。黄金色に波打つどこまでも続く小麦の海原が風に揺れている。
「うっ、ああぁああ！」
「た、戦え！　祖国のために！」
　滅茶滅茶な蹴り技が赤煙と九十九に浴びせられる。
「貴方達に消えて欲しくないのは私達の身勝手と承知の上で言いますぞ。地球は、そして地球の人間は貴方達を迎え入れる事ができます！」
　自らに癒しの力を使いつつ、けれど欠けることのない思いを赤煙はアリア騎士に向かって言う。これまでも地球とそこに太古から暮らす者たちは異種族を受け入れてきた。いと尊き者も、いと猛きものも、なにもかも。ならばローカスト達の居場所もきっとある。
「お願い気づいて、ここにもキミ達の未来を願う人が大勢いる。その渇きを癒せるのは憎しみじゃない、愛なんだ」
　祈りの言葉は歌だ。立ち止まらず戦い続ける者達の歌でもあり、最前線で戦うディフェンダーを奮い立たせ敵に屈服せぬ力となる。
「先ずは生きてみろ！それがキルカルデュアの望みだったはずだぜ」
　フェアリーブーツでの軽やかで典雅な踊りを止めることなくパトリックが言う。わずかな望みかもしれない。けれど、あの武人の遺志を今ここでぶつけなくてどうするのか。『ティターニア』の踏ん張ってくれている今しか、ない。
「お姫様が生きているのなら、それを守る騎士が生きなくてどうするのかしら？」
　硬質のガラスの向こうにあるのは灰色の瞳。ユーシスはまだ諦めていない。破壊音波でパトリックとイノリを狙ったアリア騎士にも攻撃はせず、音の力で癒しを放つ。まだ、まだ誰も倒れていない。誰の心も折れていない。槍も満足に振るえないアリア騎士はとうとう素手で襲ってくる。狙いの定まらない蹴り技は『九十九』を捉えられず空を切る。
「あぁ、今度もボクは……誰も助けられないのでショウか？　今回こそ、今度こそはと思っているのに」
　ルロイの表情は仮面に隠れて見えないけれど、雷の障壁を創るルロイの姿は滅亡に瀕するアリア騎士よりも悲壮に見える。

●終焉
　彼らは諦めなかった。アリア騎士の攻撃を受け、味方を……そして時々奇跡を望むかのように敵にもヒールし続けながら言葉を重ねた。言葉にした思いも、言葉にならなかった願いも、なにもかもさらけ出しなにもかも与え続けた。けれど、どのアリア騎士にも明らかな効果はなく際限なく続く飢えに苦しみ続ける。死にゆく運命はもはや覆ることはないのかもしれない。ただ、命の時間を引き延ばし彼らに苦痛を強いているだけなのかもしれない。けれど、仲間同士の手厚いヒールで誰も戦闘不能になる危険を感じることもなく時間だけが過ぎてゆく。
　その時だった。ドームの中央から緑色の怪しい光が四方八方四方八方へと放たれた。アリア騎士達はどこにそんな力が残されていたのか、光を振り払うようにして総攻撃に転じてきた。
「寄越せ！」
「奪ってやる！　殺してやる！」
　アリア騎士は全てが渇き苦しんでいた。ケルベロスはアリア騎士を殺さないが、グラビティ・チェインを与えるために死んでやることも出来ない。アリア騎士は時間の経過とともに更に狂乱の度合いを強める。

「生きてもらいたい、生かしてやりたい……でも、それはオレ等のエゴなのかな？」
　軽やかにアリア騎士の突撃をかわしたパトリックが言う。花の様な笑顔なのに、声音の端に苦みが混じる。
「……」
　言葉もなく赤煙は自分の傷へとヒールを使う。この力でアリア騎士を救えないことはもう充分にわかっているから。
「仲間達や地球に住む人々の命には代えられない。生き延びるためなら、戦うしか……」
　有理は別の答えを出した。アリア騎士の命を終わらせることで解放する哀しい策。
「だめ！　確率が１％だろうと起きるのが奇跡ってやつでしょ？」
　レプリカントである芍薬には、まだ……まだ諦められない。
「ここを彼らのカタコンベになんて絶対にしない！　したくないのに……どうしてこんなことになってるんだ」
　レスターの瞳は色の濃いレンズのせいでよくは、見えない。理性を取り戻すどころか、時間の経過とともにアリア騎士の苦しみは増し、常軌を逸した心を抱えた攻撃は威力も劣化してゆく。死にきれずに暴れる最期のあがきのようで、見ているだけでも心が痛む。
「クルーン……苦しいよ。もう、だめなのかな。最後まで諦めたくないのに、手を取り合って生きていたいのに……」
　差し出されたイノリの両手はアリア騎士の武器に払われ、切り裂かれた手の平から真っ赤な血が飛び散ってゆく。
「力が及ばず救えなければ……その滅びにも全力を尽くすのが礼儀」
　ユーシスが一歩踏み出す。それだけでガラリとまとう雰囲気が変わる。灰色の瞳に闘気が宿る。
「全力で相手をしよう。こんな風になってしまっても、彼らはアリア騎士デス。あぁ、ローカストに救いのあらんことを！！」
　アリア騎士の狂気が伝染したかのように、ルロイの甲高い声は戦場に響く。
「これは貴殿らが本来は望まぬ生……のはず」
　いつの間にか抜いていた『天狼』が月を思わす緩やかな弧を描き、途端に目にもとまらぬ速度でアリア騎士を一閃する。ポーンと高く飛んだ頭部が数度バウンドしてすぐに止まる。有理の攻撃は確実に敵を屠っていた。しかし首のない身体は耳障りな羽音を震わせながら崩れ落ち、動かなくなる。
「なんで！　どうして！」
　荒れ狂う心のままに芍薬の血のように赤い髪が揺れる。けれど、唇を噛みしめ後列の者たちを襲った攻撃に対処するため、その背後で炸裂したサイケデリックな爆風が士気を高める。
「もう少し早かったら、俺らのこの声はキミたちに届いたんだろうか？」
　金色の前髪が落とす影でレスターの表情はよくわからない。ただ、彼の喚び出した『黒太陽』が絶望の黒光を投げ、残る３体のアリア騎士は動けなくなる。
「私は、いえここに居る誰もが皆さんのことを本当に……助けたかったのですよ」
　赤煙の全身から光輝くオウガ粒子が放出され、パトリックとイノリの超感覚を覚醒される。
「キミたちの心、感じたかった。クルーンと一緒に分かり合えるって信じていたかった。でも……もうダメなんだよね」
　哀しく微笑むイノリの思いは歌となり、声がドームに響き渡る。悲しくても立ち止まらずに前へと進む強き歌はアリア騎士に、その心へと届いているのか。
「同時攻撃だ、ティターニア！　ブレスを頼む！」
　パトリックの望むままに攻撃に転じた『ティターニア』のブレスがアリア騎士を襲い、さらに天空より飛来した無数の刀剣が降り注ぐ。
「これが私の全力です。受けてください」
　ユーシスから放たれた鎖は今にも地面に膝をつけそうにいたアリア騎士の身体に巻き付き、締め上げた。そして、その胴がぐしゃっと押しつぶされて……果てる。ユーシスの目にも表情にも変化はない。
「さようなら……」
　今はもういない、愛に生きて死んだローカストの名を小さく口ずさみなが、ルロイはライトニングロッドを掲げる。そこから放たれた雷光がグラグラと揺れるアリア騎士を焼く。消し炭のようになった身体は有理の蹴りで粉々に砕かれ、そしてアリア騎士は最後の１体を残すのみになる。
「苦し……い、苦、しい」
　立っていられないほどの消耗したアリア騎士は芋虫の様に這いつくばり、ケルベロス達へと向かってくる。彼らの持つグラビティ・チェインだけを求め……その無防備な背から地面へとドリルの様に回転させた芍薬の腕が刺し貫く。アリア騎士の身体から力が流目からも光を消えてゆく。

　ケルベロス達は誰一人けがをすることもなく、アリア騎士を全滅させた。そしてローカストというデウスエクスの存亡をかけた戦いはあちこちで終焉を迎えようとしていた。

作者：神南深紅	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。