ローカスト調査隊～ケルベロスが山にやってきた！

■リプレイ

●襲い来る虫の群れ
　先ほどまで平穏だった飛騨山脈の洞窟は、今や亡者のように近づいてくるローカストたちが群れを成していた。
「厄介なことになっちまったぜ。離れんなよ、姉ちゃん」
「うん、わかってるよ。レンちゃんも気を付けて」
　神白・煉（死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023）と神白・鈴（天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623）の姉弟が油断なく身構える。
「壁に残っているのは残骸ばかりだな……」
　ヴォルフ・フェアレーター（闇狼・e00354）は冷静に壁のコギトエルゴスムを確認しようとしていた。敵の陰や遠くは見えないが、とりあえず残っている石は見えなかった。
「どのような相手であれ、敵は敵。容赦も寛容もなく討ち倒すべき、と考えているが……」
　ジド・ケルン（レプリカントの鎧装騎兵・e03409）が首を横に振った。
　ローカストたちの群れはすぐに強力そうな個体を中心とした無数の塊に分かれていく。
　その中に、真っ白なカマキリに似た１体がいた。
「あれは、ソナテウ……？」
　呟いたのはシュメルツェン・ツァオベラー（火刑の魔女・e04561）だった。
「メルさん、知ってるのか？」
　月宮・朔耶（天狼の黒魔女・e00132）が問いかけた。
　頷くと、彼女の髪に咲いた緋色の桜花が揺れた。
「どういう奴？　シュメルツェンちゃんが知ってることを教えてくれると嬉しいな」
　ルア・エレジア（まいにち通常運行・e01994）に聞かれて、シュメルツェンは彼女が知っている限りで手短に説明を始めた。
　ソナテウという名の彼女は、探求心が旺盛な学者肌のローカストだという。
「……つまり……話せば聞いてくれそうな、タイプ」
「理性さえ取り戻してくれるなら、ね」
　答えを聞いて、ノーザンライト・ゴーストセイン（ヤンデレ魔女・e05320）は手にしていた機械弓を魔力で巻き上げ始める。
「……理性がないなら、殴り倒して目覚めさせる」
　敵に狙いをつける前に、魔女は祈りを込めて愛用の武器に口づけをした。

●届かない言葉
　金色をしたソナテウの瞳が光る。体でなく精神に、ケルベロスたちは衝撃を感じる。それが戦いの始まる合図となった。
　けれど、襲いかかってくるローカストたちは、ただ生き延びたいと望んでいるだけだ。
　だからこそ、ケルベロスの多くは無慈悲に攻撃することができなかった。
「ツェーレ、みんなを守ってね」
　シュメルツェンは桜の属性を持つボクスドラゴンに声をかけた。
　ソナテウだけでなく、他のローカストたちもすでに攻撃を開始している。
　けれどもひときわ目立つのはやはりソナテウだ。
　いったい、彼女はこんな場所でなにをしているのだろう。こんな山の奥にはソナテウが興味を示す研究対象など、なに１つとしてなさそうのに。
「ソナテウ……貴女に理性があるなら解るでしょ？　このままじゃ、無駄死にもいいとこよ」
　白い体のカマキリに向かって、シュメルツェンは呼びかけた。
　けれども応えはない。果たして、自分に呼びかけられていることすら、今のソナテウは認識できているのかどうか……。
　他のケルベロスたちも呼びかけるタイミングをうかがっている。
　けれど、無理なら……。
（「コギトエルゴスム化が成功すれば……いいんだけどね？　無理なら仕方ないわ」）
　シュメルツェンは心の中で想う。無理なら、彼女のプライドを守るためにも、安らかに眠らせてやるしかない。
「あー、こう暑いとお姉さんはビールが飲みたくなるわよ」
　まだ肌寒いはずの飛騨の山奥で、なぜかシュメルツェンはそう感じた。
　ヴォルフが竜の紋様が刻まれた偃月刀を投げると、空中で無数に分裂する。ノーザンライトの機械弓からは心を貫くエネルギーの矢が飛び出していた。
　いずれも敵を催眠状態に陥れる技。
　同士討ちさせて止めを刺させればコギトエルゴスムにできるかもしれない。
「この星を好きになる努力をして。始めは監視するけど……協力もする」
　矢とともにノーザンライトが言葉も放つ。
「仲間になれと言わない。別に死ななくていいだけなの」
　魔女は祈るように言う。
　鈴は時間を稼ぐべく、時間と空間を操る秘技を使った。
「空間に咲く氷の花盾……皆を守ってっ！」
　前衛のケルベロスとサーヴァントたちの前方に氷花の盾が出現する。空間を凍結させて攻撃を防ぐ盾だ。
　ローカストたちの理性の喪失は深刻だ。
（「……彼らは異星からの侵略者ではありましたけど、余裕のあった初期は自分達が生きるのに必要な量以上の搾取を望まず、無関係な一般人は見逃す紳士的な相手でした」）
　過去の彼らのふるまいを鈴は思い出していた。
（「……オウガメタルとローカスト……一体どこで差がついたのか。あの太陽神のせい……なのかな」）
　考えている間にボクスドラゴンのリュガも煉に属性をインストールして支援している。
　仲間を支援しながら、鈴もソナテウに声をかけた。
「ソナテウさん、貴女は人との和平を考えた時期があったんですよね……。人に絶望したのは……やっぱり虫を嫌う人の存在……なのでしょうか」
　戦闘の喧騒にも邪魔されぬように声を届ける。
「でも、貴女達は決して、そんな人ばかりでないのを知っていたはず。こんな結末が貴女達の望みなのですか？」
　けれど、聞いているはずの声に答える様子は見られない。
　まだ、見られなかった。
「もはや死に体のお前らに鞭打つつもりは無かったが……」
　煉も姉に続いてローカストたちに言葉をかけている。
「オウガメタルはこっちに来たってぇのによ。今更こんな戦いに何の意味があんだ。その先は滅亡だぜ？　ギリキンはいい奴だった。少なくとも俺は奴が好きだった」
　かつて戦ったローカストの名を、少年は告げた。
　煉が装着しているオウガメタルの『天牙』が鋼の鬼と化す。
「なんでよ。奴が守りたかったお前らには滅亡してほしくねぇ」
　拳を繰り出す少年は、かつてローカストの武器だったオウガメタルで戦うことで敵がなにか反応を見せることを期待しているようだ。
「ソナテウとやら。シュメルツェンから話は聞いている。貴様の元来の志はどこに行ったのだ。地球とローカストとの共存を望んでいたのではなかったか」
　手にしたガトリングガンの引き金をあえて引かずに、ジドが説得を続けている。
　飢えに任せた攻撃は続いていた。

●諦めない心
　ソナテウが白い鎌をこすりあわせるように動かすと、空中に魔法陣が描かれて斬撃がヴォルフを襲う。彼をかばったのは朔耶のオルトロス、リキだ。
　朔耶は彼女の様子を確かめながら語り掛ける。
「定命化しちゃえば、寿命って期限はあるけど堂々と好きなだけ好きなことも出来るよ？　だから、こっちに来いよ、ソナテウ」
　けれどもなお、ローカストはケルベロスたちの声になんの反応を見せなかった。
「やっぱり無理……かしらね」
　首を横に振った朔耶に、シュメルツェンが言った。
「……メルさん」
「説得が無理なら、彼女のためにもせめて安らかな眠りを与えてあげるしかない……」
　酒と音楽が好きな、面倒見のいいお姉さん。そんな友人が、いつもは見せない表情を朔耶に見せていた。
　ルアは、彼女とソナテウの間をふさぐように立った。
「まだだよ、シュメルツェンちゃん」
　一瞬だけ振りむいた彼は、金色の瞳を笑みの形に細めて見せた。
　もっと早く見つけていれば、ソナテウは普通に友達になれたかもしれない相手だ。
「まだ諦めたくないよ。聞く耳なくても心に響く可能性がないわけじゃないって、思ってるからね」
　なにも聞いていないように見える。けれど、飢餓状態に陥っているローカストがそう簡単に反応してくれるはずはない。
　シュメルツェンの言葉も、他の仲間たちの言葉も、必ず聞いているはずだ。
「ソナテウ……いや、ソナテウちゃん。聞こえるかな、俺たちの声が……。俺たちはキミを救いたいって思ってるんだ。ここにいる皆がキミをなんとかして救いたいって……」
　仲間に向けたものより優しい笑みでルアはソナテウに語りかける。
「理性が戻ってくれることを祈ってるよ」
　ルアの言葉にもやはり、白いカマキリは反応を見せない。
　鎌が振り上げられた。
　けれど、振り下ろす前に、わずかな間だけ彼女が動きを止めた。
　それは攻撃することをためらっている姿に見えた。
「ソナテウちゃん！」
　声をかけたルアに呪紋の浮かんだ鎌が振り下ろされる。
　ツェーレがとっさに攻撃からかばってくれた。
「メルさん、今、ソナテウはためらってたみたいだぜ」
　朔耶もシュメルツェンに告げている。
　まだ、理性を取り戻したわけではない。ただ……ケルベロスたちの言葉は、きっと白いカマキリの心に届いてる。

●届いた光
　かすかな反応を見せたソナテウだが、攻撃の手は止まらないようだった。
　ジドはまだ攻撃には移らず、説得を続けていた。
「貴様らが望むのなら、ローカストの生き残りを生存させる道はわずかなりとも繋がっている。今こそ、貴様の志を完遂すべき時なのではないか？」
　仲間の誰かが倒れそうになるまでは、彼は説得を続けるつもりでいた。
（「これも、『可能性』という概念がもたらすものなのだろうか」）
　獲得した心が求めていたものは、果たしてローカストたちの望みをつなぐことができるのだろうか。
　ただ、ソナテウ以外のローカストたちによる攻撃も止まっていない。
　ルアやヴォルフが攻撃して抑えていたが、止めきれてはいない。あまり容赦なくやればソナテウの反応はもっと頑なになっていただろうが。
　リキが倒れ、そしてツェーレが、ケルベロスを守って倒れた。
　煉は最後のディフェンダーとして、仲間を守り続けていた。
　姉とそのサーヴァントであるリュガ、シュメルツェンの回復が彼を支えてくれているものの、いつまで持ちこたえられるかはわからない。
（「まあ倒すだけなら心配はしてねぇんだがな……」）
　今回集まっているメンバーの多くは、過去にもチームを組んだことがある。その実力は信頼できる。
（「俺が倒れて、諦めなきゃいけなくなるってのは、気に入らねぇ」）
　もし最初に倒れるとすれば仲間を守っている自分だろう。常に仲間をかばえるわけではないとはいえ、逆に防衛役の煉以外ならそれはそれで彼の矜持に関わる。
（「定命化はどうすりゃできんのか……か。ギリキンも言ってた事ではあるが、おそらくソナテウもその辺りは調べてはいたんだろうな」）
　シュメルツェンの情報では彼女は学者肌だったという話だ。
　それでも地球を愛せなかった理由は何があるだろう。煉が思いついたのは虫を殺す人間が許せないということだった。虫嫌いはケルベロスの中にすらいるほどだ。
「なぁ、ギリキン。俺はどうすりゃ良かったんだろうな」
　かつて喰らった敵の魂を自らの体に憑依させる。少年の全身に呪紋が現れるが、けれど魂はなにも答えてはくれなかった。
「限界までやるしかねぇか。お前が守りたかったものを、滅亡させたくないからな」
　眼前に迫ってきたソナテウの攻撃に備えながら煉は呟いた。
　もしも彼女が理性を取り戻して手を止めてくれなければ、催眠による自滅でコギトエルゴスムに戻るのを待つしかない。
　とはいえ催眠によって同士討ちを起こす頻度はとても低い。よほどの運に恵まれない限り、その前に味方の誰かが倒されて攻撃に移らざるを得なくなる可能性が高い。
　ノーザンライトは高らかに跳躍した。
「どいつもこいつも、人の話を聞け。鉄拳制裁……ローカストブルースカイキック！！　弱」
　その攻撃はかつて戦ったローカストが使っていた技を真似ていたが、威力はだいぶ加減したものになっている。
　魔女がローカストたちに情を移したのは、救いたいと願ったのは、仲間を救おうとしていたあの男との戦いからだったろうか。
　加減した攻撃ならデウスエクスを倒してしまうことはない。もっともデウスエクスは倒れるまで戦闘能力を失わないので、動きを止めることもできない。
　せき込みながらも顔を上げる。
「もう一度言う。仲間になって欲しいわけじゃない。ただ、死なないで欲しいだけなの」
　平坦な声に、できるだけの力を込めてノーザンライトは告げた。
　白いカマキリは力なく首を横に振る。
　否定されたのだろうか。
　けれどすぐに、ソナテウがはっきりとした反応をようやく見せたことに気づく。
「ソナテウちゃん！　届いてるなら聞いてくれ。俺たちはキミを救いたいだけなんだ」
　ルアがローカストの名を呼んだ。
　戦う力は残っているはずだ。けれども戦闘を続ける意思は、彼女から失われている。
　緑の光が洞窟の中央から放たれたのは、その時だった。
　地響きのような音と振動が同じ方向から届く。
　ソナテウの体が小さくなっていく。
　音と光がやんだ時、残っていたのは拳大の宝石だった。
「コギトエルゴスムに……なった……？」
　ノーザンライトの平坦な声が、わずかに揺れていたことに気づいた者は何人いただろうか。
「レンちゃん、ソナテウさんを助けられたんだよ！」
　鈴が弟へ駆け寄った。
「らしいな……苦労した甲斐があったってもんだぜ。なぁ、ギリキン？」
　傷口を押さえながら、煉が姉に応じる。
「私の見た限り、理性が少しでもあれば、彼女は研究のことを考えるタイプです。死なないための方法がわからないと言いたかったのかもしれません」
　宝石拾い上げて、シュメルツェンが言った。
　そう、とりあえず殺さずに済んだだけで、定命化による死から救い出す方法はこれから探さなければならないのだ。
　ヴォルフはコギトエルゴスムに注目する仲間たちに背を向けた。
　ソナテウはもう殺す必要がない。だから、彼はもう彼女に興味はなかった。興味があるのは他のローカストたちだ。
　緑の光を振り払って、ソナテウ以外のローカストはケルベロスたちにまた襲いかかろうとしていた。
「朔耶。他の奴らは片付けるぞ。もう手遅れだ」
　彼らはソナテウが受け入れた光を拒絶した。いや、他のチームにまで目を向ければ、むしろコギトエルゴスムとなった者のほうが例外というべきだろう。
　そしてあれが最後の機会なのだ。
「そうだな、義兄。せっかくメルさんの知り合いを助けられたんだ。ここでやられるわけにはいかないぜ」
　ヴォルフの声に応じて朔耶が武器を構え直す。
「せめて苦しみを長引かせないようにしよう」
　ジドが今度こそガトリングガンを敵に向けた。他のケルベロスたちも身構える。
「何処まで逃げてくれますか？」
　ヴォルフが黒い刀身の偃月刀を投げると、それは敵のうち１体を追っていく。
　倒すよりないローカストたちを、ケルベロスたちはすぐに楽にしてやった。
　戦闘の後探索も行ったが、残念ながら緑の光によって変化した以外にコギトエルゴスムは１つも見つからない。
　希望はもうわずかしか残っていない。
　ソナテウたちを本当の意味で救う手段を見つけるため、ケルベロスたちは帰路を急いだ。

作者：青葉桂都	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 1／素敵だった 4／キャラが大事にされていた 0
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