ローカスト調査隊~散りゆく蛹は未来の為に

作者:久澄零太

 ここしばらく、ローカストの動きがない。もしやコギトエルゴスム化して活動を停止しているのではないか。そんな推測を立てた春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)と、彼女に賛同した番犬が部隊を編制、ローカストの足跡を追って飛騨山脈の調査に乗り出した。その結果、山脈の奥地にアジトを発見……したのだが、奇妙なまでに静かなのだ。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 罠の可能性も考慮して、慎重に踏み込むが、番犬達の心持は少しだけ軽い。地下に続く螺旋階段を下りた先は半球状の空間になっており、壁一面にくぼみがあり、どうやらコギトエルゴスムを納めることができるらしい。中央に設置された謎の装置からはかすかな駆動音がするが、ほかに目立ったものはない。
 シンプルだが、どこか聖堂にもにた荘厳な雰囲気に感嘆のため息をこぼす番犬達。手始めに中央の機械を調べてみると。
「よくわからんが、周囲の重力鎖をかき集めてローカストを復活させるものなんじゃないか?」
「え……自然界の重力鎖だと、必要な量が集まるのに数万年以上かかると思うんですけど……」
「いくら死なないとはいえ、気の長い話よねぇ……」
「虫が卵や蛹で越冬するみたいに、ローカストもコギトエルゴスムとしてその遠い未来に生きる事を選んだんじゃないでしょうか?」
「みんな、大変だ!」
 数々の推理が飛び交う中、壁を調べていた番犬が声を上げる。
「コギトエルゴスムがない! どれもこれも壊れちまってるんだ!!」
「何!?」
 他の番犬も駆け寄り調べてみると、ほとんどのコギトエルゴスムが窪みの中で崩れてしまっていた。
「そんな……コギトエルゴスムが勝手に……?」
「たぶん、コギトエルゴスムになった時には定命化し始めちゃってたんじゃないかな? それでコギトエルゴスムのまま定命化して……」
「確かにそれなら辻褄が合うな……とにかく、まずは無事なコギトエルゴスムを探そう」
 頷いた番犬達が調査を開始しようとした時だ。中央の機械が突然動き出し、爆発。ため込んでいた重力鎖をまき散らす。 それによりパキリ、コギトエルゴスムが目覚めた。
「グラビティチェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる」
「グラビティチェインを喰ラエ。そして、ヒトを襲い、憎マレ拒絶サレるのだ」
「ワレらが生き延ビル術は、他ニ無イ……」
 復活したローカストは番犬を取り囲み、少しずつ輪を狭めてくる。背中合わせの番犬たちは追い詰められながらも、得物を手に身構えた。
「くそ、囲まれた……!」
「部隊を組みなおす時間はない! 近くの奴と上手く連携するんだ!」
 迎撃態勢を整える番犬がほとんどの中、武器も持たずに身を乗り出す者もいる。
「待って! 私たちはあなた達を助けるために……」
「ナラバ、その命を……グラビティチェインをよこセェエエエ!!」
「下がれ! 話し合ってる余裕はねぇぞ!」
 襲い来るローカストをはじき返し、迎撃戦の火蓋は切り落とされた……。


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)
有枝・弥奈(断ち切れぬ想い双つ掲げて・e20570)
上里・藤(レッドデータ・e27726)
嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)

■リプレイ


「……こうなる前に、なんとかできなかったのかな」
 風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)の呟きを号砲代わりに、周囲の蟲が群がり牙を剥く。
「こうなる事に驚きはない」
 答えるように、有枝・弥奈(断ち切れぬ想い双つ掲げて・e20570)は龍鎚を掲げて、理性なき牙を迎え撃つ。
「私は、どんな形であれ決着をつけに来た。私のできる事しかしない! 出来ない!」
 生きる為に足掻くその顎を、打ち砕くかのように振り抜いて。動きの鈍った個体へすぐさま上里・藤(レッドデータ・e27726)が踏み込み、膝を曲げる。
「番犬から重力鎖を奪うのは無理だ、諦めろ。だがお前らが生き延びる為の代案を持ってきた」
 姿勢を低くして、自身の体重を持って下に向かう慣性を逸らし、無機質な脚甲を蹴り飛ばした。つんのめるようにして倒れた個体の頭を踏みつけて、大声を振りかざす。
「話を聞け! お前たちに未来を届けに来たんだ!!」
「故郷滅ぼしといて手前勝手ですが、地球を愛して共存の道を考えてはもらえませんか?無理強いはできませんが、飢えも滅びも避けられるならその道を推したい」
 嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が藤の抑え込んだ個体に話しかけるも、自身を抑え込む少年を吹き飛ばして目の前の女性に喰らいつこうとする。
「おっとと、やっぱり説得は厳しいですかね……!」
 取っ組み合うようにして両腕を掴み、突き出してくる頭を頭突きで迎撃。怯んだ瞬間に腹を蹴り飛ばして距離を取った。
「やっぱり頭を狙わないと、説得どころじゃないんじゃないか……?」
「その複数いる頭の一体が向こう側だが……たどり着けると思うか?」
 アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)が示したのは、蜂の巣を象った六角形の砲身を無数に備えた小型機動要塞に接合された蟲の壁。「傭蜂集団」ガンナー兵の群れに取り囲まれた日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は遠い目をする。
「なんだよこの数……生き残れるかも怪しいぞ!?」
「仕方ないって、こっちは敵の寝床に踏み込んでるんだ」
 霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)はバイザーを降ろし、その身に凍結装甲を纏いながら、空気中の水分を凍結、雪の結晶型の盾を多面展開。
「ビビ、ミラ、展開、急いで! 防衛線は、絶対に下げない……!」
 シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)の重力鎖が電気信号に姿を変えて、皮肉にも、同じ蜂型の浮遊機が展開。浮遊機を迎撃しようとする砲撃を、地面に戦列を敷いた蟻型浮遊機が撃ち落し、前衛を守る壁を維持させる。
「戦いたいなら是非もなし。今ここで散るか定命化で死ぬかだけで大差はない」
 アギトの周囲に地獄が揺らめき、捻じれ、矢を生成。命の終わりに『答え』を求める男を基点に、全方位へ向けてその最後の灯を掻き消さんと狙いを定めた。
「来い。ここで散るのなら、所詮はその程度……その最期は、もらってやる」
 砲身の一斉射撃と地獄の全弾掃射。砲撃戦が幕を上げた。


「オラオラオラ! 弾が足りねぇぞ!」
 アギトの放つ無数の矢が番犬を取り囲む弾丸の雨を弾き返し、周囲を爆煙が包み込む。しかし撃ち落せているのは仲間の分のみ。自身は防ぎ損ねた弾に弾痕を走らせる。
「……どーしてこんなことになっちまったんだろうなァ」
 もし傭蜂に理性があったのなら、爆煙が冷たい事と、自身の砲身が冷えていることに気づけただろう。
「いや、クワガタさんに一発でかいの貰った身としては、躊躇なく正当防衛する訳にもいかねーしさぁ」
 蘇るは巌流島。鋏による豪快な斬撃を耐え、やがては貫手で胴体に風穴を開けられた苦汁の記憶。
「でもさ、死ぬ恐怖がそこまで狂わすってのは」
 辺り一面を真っ白に染める『霧』の中、火薬の匂いと無機質な駆動音。視覚を封じられた故に、そちらに獲物を見定めた蜂が急襲、白濁の海を抜けた先に二門並んだ砲身を回転させる機関砲と、それを構える和奈を見つけて……ゴッ!!
「正直見てられねぇよなぁ……」
 カイトが目を逸らした先、防御用に展開された氷壁が突撃を封じ、激突した蟲の体表を凍結させて絡めとる。その隙に和奈は弾帯を装填、奥に控える一際大型の個体に照準を合わせた。
「ごめんね……」
 その謝罪は誰の為のものだったのだろう。分からない、分かってはいけない。道化はただ、引き金を引くだけでいい。まるで、自分に言い聞かせるようにただただ、撃つ。薙ぎ払うように振るわれる弾丸は狂った笑い声のように反響して、無数の甲殻を穿ち、砲身を破砕してその命をすり潰していく。
 反撃しようと大型の個体が和奈に砲身を向けた時だ。その全身を業火が包み、地面に重力鎖を走らせた弥奈が胸に手を当てる。
『困窮する同胞を……そして、自分らの相棒を……』
 あの時、黄金の戦士は言っていた。
『どうか……救ってほしいっす……!』
 全身が崩れ落ちていく中、それでも自分が生きる事よりも、仲間が救われる事を望んだ者がいた。
「なのに私は……!」
 自分が何を成すべきか、必死に考えて、悩んで、迷って……逃げ出した。刀も、覚悟も、受け取った想いすら投げ出して。
「でも……いや、だからこそ、決めたんだ」
 手にした巨大な腕甲を不定なる得物が包み込む。そう、あの時救ってほしいと言われた『者』の一つ。
「もう逃げない、向き合うって決めた!」
 二つの得物が重なり、生み出したるは身の丈数倍はあろうという鉄拳。巨大すぎる腕を支えるべく、重力鎖を脚に集中。一歩踏み出せば床を穿ち、地面に亀裂を走らせながら己が身を固定。
「過去を断ち、未来を見る為に、未来を信ずる者に私は手を差し伸べる……だから一旦くたばれやぁ!!」
 振るう掌はまとめて薙ぎ、無数の蜂を捉えて握り潰す。しかし殺しはせずに、投げ捨てるようにして叩きつけた。飛行中の個体にぶつかり、ダマになって墜落する蟲へ麻代が挑発するようにしゃがんで、ジッと見つめた。
「腹が減ったと言うのなら、どうぞ獲って食ってみせてください!」
 その声は無邪気。頭のネジがぶっ飛んでいる故か、この窮地においても友達に語りかけるように微笑んで。
「あ、でも命まではあげません。線引き大事」
 コクコク、頷く麻代の首を狙って矛を突き立てんとする蜂だが、彼女は腕一本を貫通させて逆に捕える。
「いつつ……ちょっとくらい聞いてくれてもいいじゃないですか……」
 ぶち抜かれて血を垂れ流しにしてなお、笑った。
「仕方ない……」
 引き寄せて、反対の腕を引き絞れば指輪の輝きが刃に姿を変えて。
「ほどほどに戦わせてもらいましょうか!」
 正確に傷を貫きながらも、急所と思しき部位を外して動きを封じる。だが、トドメを刺していない以上、油断はできず自身もまた傷は決して浅くはない。
「これは……どっちが先に潰れるかの耐久戦かな……」
 麻代の小さな呟きは、未だ番犬を取り囲む蜂の羽音に飲まれて消えていった。


「聴いて」
 シェスティンの声が、小さくも確かな想いが、生存を望む殺意にその身を晒す。
「お願い、聴いて……!」
 無慈悲な現実がそこにあった。しかし、彼女は一人ではない。
「一度は倒れたが、同じ轍は踏まん!」
 シェスティンを穿たんとする矛の前にカイトが躍り出て、想起するは豪快な一対の刃を持つ巨漢。一撃で深手を負わされて、手厚い癒しを受けてなお自身は最初に散った。
「凍護機人の誇りにかけて、この氷壁は越えさせん」
 周囲に展開していた氷の盾を集中、敵の得物を貫通させて絡めとり、自身は拳の装甲を一点集中して強化。その凍気が周囲に白煙を上げて、刃を迎え撃つ。
「君の漢気、再現させてもらおう」
 最後の瞬間、彼は自分を認めてくれた。ならば、自分もまた彼を認めるのが筋というもの。愚直なまでに力任せで、単純で、自分にはない『熱』があった。己の在り方を貫き通すその度胸を、再び。
「あの時は一人にしてすまなかった」
 鯛焼き型の重力鎖を振りまいてカイトを癒し続けるたいやきに微笑み、真っ向からぶん殴る!
「おいおい、カッコつけてくたばるなよ?」
「カッコよさなら負けませんよ。そぉい!」
 敵の武装すら凍てつかせて、撃ち砕くカイトに半眼を向けるアギトと、隠し持っていたドスで切腹、吹き出した地獄を持って急速に自己再生する麻代。
「痛い、でも痛くない、だが痛いッ!!」
「どっちなんだテメェは……」
 弾幕に体を撃ち抜かれては切腹して再生し、矛に腕を引きちぎられては切腹して生やす麻代。切腹の激痛で涙目の彼女にアギトは虚ろ目で書物を開いた。
「理性のないこいつらに幻覚の類は効かねぇだろうが……」
 白霧を貫いて、尾を引きながら突貫する蟲たちが見た物は。
「目隠しくらいにはなんだろ」
 待ち構える無数の地獄。一枚の壁と見紛うほどに並んだ炎の矢が、黒き兵団を羽虫の如く焼き落とした。なおもシェスティンを狙う砲身を蹴り飛ばし、無駄弾を吐かせたアギトはチラと幼い医師を見る。
「言いたいことはさっさと吐け。言い切るまでくらい、庇ってやる」
 頷いた少女を浮遊機が包み、簡易装甲を形成。展開した防御用の浮遊機を集中したことで、蟲たちの視線を奪う。
「私達がいる限り人を殺させません。でも私は、貴方達を含め誰かが殺されるのは嫌い。不死に固執すれば貴方達は此処で全て終わる。でも定命化すれば、未来で死んでもローカストという種を残せる。その責任を果たせるのは貴方達しかいない」
 ……ダメ、やっぱり私は、割り切れない。
「定命化したら、お腹、ずっとは減らないです。地球の食べ物、美味しいの、いっぱいです」
 だから……遮るように、一発の砲弾が言の葉をつんざく。シェスティンの目前に迫ったそれをアギトが握り潰せば皮が焼け、肉が裂けて赤い雫がポタリ……。
「もう、いいのか?」
「……はい、伝えたい事は、伝えました」
 できる限り大人びて、できる限り冷静に……でも、いつしか幼い感情が顔を出し、いつもの言葉遣いに戻ってしまった。幼い医師は自分の頬を張る。医者に泣くことは許されない。
「どんなものにも複数の意味と可能性がある。定命化も終りじゃなく始まりにもなり得るんだ」
 バチリ、大気に稲妻が走る。
「確かに定命化すれば死からは逃れられないけど、重力鎖を体内に内包して自由に子どもが作れるようになるから自分達の血脈を繋ぎ続ける事は出来るし、もうどれだけ地球にいようとも理性を失う事も無い」
 蒼眞を中心に駆ける稲妻は空間そのものを裂き、並行世界の英霊を呼び起こす。
「アポロンが消えて、侵略者である事も止めたなら、地球だって今までとは違う表情を見せてくれる筈だ」
 その身に宿すは悲劇の結末を視ては新たな未来を描く者。蒼眞と同じ真紅のバンダナを額に巻いた青年。どこか、面影も似ているかもしれない。不思議な事に、蒼眞と彼のジャケットの背には、真円に巻き起こる風を描いた紋章が……同じエンブレムが描かれていた。
「ランディの意志と力を今ここに!」
 ランディ・ブラックロッド。ある時は飛龍を駆り、ある時は盗賊を狩る。相手が何だろうと関係はない、ただ理不尽な終焉を打ち砕くためにその力を振るった、異界の英雄。
「全てを斬れ……」
 呼び出された幻影と、呼び出した青年の動きがシンクロ。二人は同時にその刀を抜いて、周囲の稲妻が手繰り寄せられるように刀身に集中。荒ぶる雷が淡く輝く刃に姿を変えて、大魔女と呼ばれた異形にすら挑んだ英霊の必殺技をここに。
『雷光烈斬牙……!』
 未来を切り開くための一太刀は理性なき戦士の身を深く切り裂き、その雷光を持って地に引きずり下ろした。


「もう……ダメ、なんですか?」
 飛行能力を失い、それでも砲塔を番犬達へと向けるその目は、シェスティンが何度も見てきた、生きたいと願うモノ。けれど、全てが救えるわけではない。
「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す」
 覚悟は決めた。それでも声は震え、視界が揺らぐ。
「されどこの身は英雄に非ず。されどこの心、聖人に在れず」
 もし私が英雄だったなら、苦しみを長引かせず最期を迎えさせただろうか。もし私が聖人だったなら、この身一つを捧げて無数の命を救っただろうか。
「故に、赦しを……棄て……」
 否、否、否。たとえ私が何者だろうと、結末は変わらない。だってこれは、私のワガママに皆が付き合ってくれた証だから。
「私は、ここに告げる……っ」
 悲鳴が聞こえた。それは一つだったか、無数だったか、分からない。確かなのは、目の前で命が消えていく事。そうだ、私は……。
「私にできるのは、やっぱりこういう形の終わりだけ」
 いいの? 問うように見つめるクウを撫で、半分に欠けた道化の仮面をつける。
「せめてこれが、アンタにとっての救いであることを祈るよ」
 左手の鬼鋼が竜の爪を形取り、叩き潰すように薙いだ。首を失い、崩れ落ちて消えていく蜂の悲鳴はもう聞こえない。
「……ッ!」
 介錯は死にゆく者の救いだが、同時に目の前で苦しむ者から目を背けることで……。
「あれから俺は強くなったつもりだけど……お前らはなんだか痩せちまったな」
 蜂達へ藤が歩み寄る。脳裏に蘇るのは、イェフーダーとの決戦。
「ゴルダンは生きる為に泥をかぶってた。マスキトは誇り高くて仲間思いで……イェフーダーだって……」
 その名前を忘れる事はないだろう。その誰もが、仲間の為に戦っていた。今の人類と何が違うというのだろう。
「どういう形になるかわからない」
 動けない蜂へ近づく藤に、蟲の目が怪しく光る。餌が自ら喰われに来たと。
「そろそろ決着を付けようぜ、ローカスト」
 理性を失ってなお、本能が狙いを定める。まだ……まだ……今……ッ!
「お前らを助けたいっていう人がいるんだ」
「……?」
 獲物が自分の体を抱きしめている事に、理解が及ばなかった。
「ごめんな……お前らの悪夢を食ってやれなくて……助けて、やれなくて……!」
 あぁ、そうか。この少年は……その時、緑色の光が戦場を駆け抜け、動くこと叶わなかった蟲達が小さな宝石に姿を変えた。
「これ……!」
 自分の手の中の宝石に、藤が微笑みを浮かべ……。

 ――パキリ。

「え……?」
 小さな亀裂だった。それは瞬く間に宝石を包み込み、崩れ去っていく。
「そんな、なんで? 嘘だろ!?」
「きっと……意地で、生きてただけ、です……でも、最期に、受け入れて、もらって……」
 力など、示すべきではなかった。理解したところでもう遅い、居場所を求めた命は、崩れ去った後なのだから。
「また、か……」
 弥奈はいつまでも崩れ落ちた宝石を見つめていた。まるで、『あの時』と同じように。
「……私達がこうなることを防げなかったのかな。もう、一年近くも前だったんだよね」
 過ぎた時は戻らない。和奈の問いに応えなどなく、欠けた仮面が隠しきれない感情はこぼれ落ちていた。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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