湿ったあいつ

作者:あかつき

●殻があっても嫌なもの
「もー……最悪!」
 手を入念に洗った後、これでもかとアルコール消毒している女性。彼女はコンビニでアルバイトをしている女子大生。その時、たまたまもう一人の従業員は外の掃き掃除をしており、客は一人もいなかった。
「なんであんなところにいるのよ。カタツムリ」
 思い出すのは、数分前の事。彼女が表においてあるゴミ箱の袋を取り替えようと、ゴミ箱の蓋を開け、つかんだごみ袋に、カタツムリはくっついていた。
「そりゃ、もしかしたらナメクジよりは良いかもしれないけど……でもやっぱ無理。無理よ。殻ついてても、無理なものは無理」
 その時、彼女の心臓が鍵で貫かれる。レジの奥の水道で手を洗っていた彼女は、床に崩れ落ちる。
「あはは、私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 倒れた彼女の横に立つのは、第六の魔女・ステュムパロス。そして、現れたのは。
「ぬる……」
 人間大で手と足が生え、胸のあたりがモザイクになっているカタツムリ型ドリームイーターだった。

●人間大カタツムリ、現る
「誰にでも、どうしても苦手なものはあると思う。実は今回、バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)が危惧していた通り、カタツムリに対する嫌悪を奪って、事件を起こすソリームイーターが現れるようだ」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)が集まったケルベロス達に説明を始める。
「『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『嫌悪』を元にして作られたドリームイーターは現場に残り、事件を起こそうとしている。このカタツムリ型ドリームイーターによる被害が出る前に、撃破してきてくれ。また、このドリームイーターを倒せば、『嫌悪』を奪われた被害者も目を覚ましてくれるだろう」

 ドリームイーターは一体、配下などはいない。時間は夜、場所は被害者がアルバイトをしているコンビニだ。その時間、もう一人いるアルバイト店員はバックヤードで事務作業をしている。また、夜の時間なので人通りは少ない。ケルベロス達が到着するのは、丁度ドリームイーターは自動ドアから外の駐車場に出てくるタイミングになる。
 このドリームイーターは、殻を使って物理攻撃をしてきたり、手に持った鍵で殴りつけてきたり、口から粘液を飛ばしたりして攻撃してくる。
「どうしても気持ち悪いもの、ってやっぱり誰にもあるだろうが、それを使ってドリームイーターにするのはやはり、許せることじゃない。気持ち悪いかもしれないが、なんとか倒してきてほしい」
 そう言って、葵はケルベロス達を送り出した。


参加者
浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
佐藤・非正規雇用(濡れ透けレセプション・e07700)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)

■リプレイ


 人通りの少ないコンビニの扉が開く。そこから現れたのは、人間大のカタツムリ型ドリームイーター。ドリームイーターは、ぺたりとなんとなく湿った音を立てながら、一歩、また一歩と、ケルベロス達の用意した光源で夜にしては明るい外に出る。そして、その大きな殻が完全に外に出て扉が閉まった、その時。
「カタツムリは可愛いと思うけど……嫌悪するのは人それぞれなのかしら?」
「ぬる?!」
 突如として聞こえた声に、ドリームイーターはぎょっとしたように触覚をぱたぱたさせた。振り返った瞬間、声の主人である浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)の電光石火の蹴りがその顔面にクリーンヒットした。
「ぬるるっ!!」
 ドリームイーターは、ずざざざざ、と入り口から遠ざかるように殻で滑っていく。その隙に、ケルベロス達はドリームイーターとコンビニの入り口の間に割り込み、行く手を塞ぐ。
「ていうか、なんで手足がついてるの?! オリジナルには無い気持ち悪さ……」
 手足のついたカタツムリに明らかに嫌な顔をしながら、バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)は周囲に一般人がこないようにとカタツムリに対するものだと思われる殺気を放つ。それから、扉の方に一歩二歩と後退りして、一言。
「いや、オリジナルも嫌いだけど……」
「こいつ食えるんすかね…………こいつ、食えるんすかね?」
 えらく真面目な顔で言いながら用意した塩を手に握りしめた篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)は、エスカルゴ的に食える事を夢見ながら、塩をドリームイーターに投げつけ、そして。
「さあ、調理開始っす」
 食欲と明日から本気を出すという誓いが半々くらいに混ざった溶岩が、ドリームイーターの足元が噴出した。
「ぬ、ぬるっ……!」
 カタツムリにしては機敏な動作で回避行動を取るドリームイーターに、リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)が、ばっと龍神の外套を脱ぎ捨て、一瞬にしてUML System R-1を構え主砲の銃口の照準を合わせていく。
「射線確認……フォートレス、行きます!」
 その声とともに、フォートレスキャノンの銃口が爆音とともに火を噴く。
「佐藤さん、今のうちに、中の店員を!」
 銃撃音に負けないように発せられたリディアの声に、佐藤・非正規雇用(濡れ透けレセプション・e07700)が頷き、サーヴァントであるオルトロスの店長に用意したメモを手渡す。
「店長! お願いします!」
 店長は大きく頷くと、メモを咥えてコンビニの中へと走っていく。
「現れ出でるは何ともシュールなデカツムリさん! 己意外と嫌いでないやも……」
 ヘッドライトを装着した莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)はそう言いながら、フォートレスキャノンを受けつつもまだぬるぬる動くドリームイーターに向けて走っていく。
「じめじめぬとぬと動く様、いとかわゆす! さあもっと鈍におなりでありますよ!」
 そして、バンリのスターゲイザーが触覚の間にぬるんと決まる。
「塩ふっても変わりませんね……やっぱりナメクジじゃないと、効果が無いんでしょうか……」
 まだ元気そうなドリームイーターを見て、朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)がすごく嫌そうな顔をする。
「取り敢えず巨大化やめましょうよ、もー……」
 そう言いながら、助走を付けてドリームイーターに旋刃脚をお見舞いする。
「ぬ、ぬるっ」
 ぶるんと殻を振って体勢を立て直すドリームイーターに対し、ちゃきりと日本刀を構えるのは、イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)。
「手足の生えたカタツムリ……なけなしの愛嬌すらなくなって、ただただ不気味ですね……」
 イピナはちらりとコンビニの出入り口へと視線を向ける。そちらでは非正規雇用が扉を守るように立ち塞がっている。
「佐藤さんが安心して対処できるように…………全力で……」
 イピナはぐっと奥歯を噛み締める。彼女の今回最大の失敗は、耐性を重視したら鎧ではなくなってしまった所であった。正直濡れるのは嫌だなぁ、と思うが、それはそれ、これはこれ。
 戦闘になれば、それ以外は頭から追い出す。一度細く息を吐き出し、無意識に逸れた視線を再度ドリームイーターを見据えた。その瞳は、研いだ刃のように冴え渡る。
「はぁっ!」
 気合いと共に一閃、緩やかな弧を描く斬撃は、にゅるんとドリームイーターの身体を斬り裂く。
「柔らかい……!! 斬り甲斐の無い体ですね!」
 ぶるんと震える体表に顔を顰め、日本刀の刀身についたような気のするぬるぬるを払いながら一度距離を取ろうとしたイピナの目の前で、ドリームイーターの触覚がぶぶぶぶぶ、と小刻みに震える。
「……危ない?!」
 その異常な動きに、佐久弥は二本の鉄塊剣を合わせ一本の大きな剣のように持ち、ドリームイーターと仲間たちの間に割り込むように走った、その瞬間。
「ぬるぬるっ!!」
 濡れた犬が水を飛ばすような動きで、ドリームイーターはその身体全体から何か液体を辺り一面に飛ばす。
「っ!! こんなもの!!」
 しかしイピナはびしょ濡れを気にせずに、再度日本刀を構えた。
「ひぃっ!!」
 飛び散る液体に、反射的に服のフードを被った環。はみ出た耳の先とふわふわした尻尾がじっとり濡れる。
「耳にさえ入らなきゃ、まだ我慢、できま……」
 ぬるぬるが止まったのを確認してからフードを外し、ぎゅっと拳を握って見たが、しかし。
「せんでしたあぁぁ!! この量は無理ぃぃっ!!」
 滴る勢いでぬるぬるを含んだ服は、なんだか心許ない感じになっていて、環は思わず涙目でパーカーの前部分を抑えた。薄っすらと、本当に薄っすらと、淡いピンクが透けて見えたような見えなかったような。
「おほー!! この依頼に参加して良かった!!」
 扉の前に立つ非正規雇用が叫ぶ。ついでにその拳は震えるくらいに握りしめられていた。
「え……えぇえ〜……」
 おろおろと元々垂れた耳を更にぺたりとさせ、環はぎゅっと抑えたパーカーを握りしめた。
「かたつむりさんのベトベトはお肌再生交換があると巷で話題ふっとー!」
 対して、バンリはダメージを受けつつも満更でも無い様子。
「寧ろウェッティで良い感じぃ!」
 バンリはそう言って、勢いよく拳を振り上げた。
「っ……防ぎきれなかったっす!! すいません!!」
 佐久弥がぬるぬるが直撃した鉄塊剣を振ると、びしゃっと表面からぬるぬるが飛び散る。鉄塊剣同様、彼自身も上から下までずぶ濡れだった。
「えっと、バジルさんは?!」
 仲間たちの様子を確認するために佐久弥が振り向いたその時、非正規雇用はバジルの名を呼ぶが、彼女は非正規雇用からは視認できない。
 ならばと女性陣にじっくり順番に視線を向けていた非正規雇用と、庇いきれず申し訳ないと思いつつも光景をしっかりと脳内メモリに保存していた佐久弥の目が合った。
 佐久弥を見て、膨らんだ鼻の穴が急速に萎む非正規雇用に、佐久弥はぐっと親指を立てて、言う。
「残念! 俺でしたー」
 しゅんとした非正規雇用は、あからさまに残念そうな顔をして視線を地面に落とした。
「あー……まぁ、レプリカント……っつーか精密機械は濡らしちゃマズイって言うしな……」
 辺りを包む微妙な空気はしかし、ものの数秒で破られた。
「にゅ、にゅるにゅるーーーっ!!!」
 何処が特に嫌だったのか、ぶぶぶぶと震えた所か、若しくはその後の犬のように液体を飛ばした所か、とにかくあまりの気持ち悪さに数十秒フリーズしていたバジルが急に叫ぶ。
「バジルさんは濡れてないんだ……残念だなぁ……都合よくバジルさんの服だけ溶けないかと思ってたんだけど」
 その叫び声で自分の斜め後ろにバジルが居た事に気がついた非正規雇用が振り向いたその瞬間、バジルのビンタが物凄い速さで飛んでくる。
「おぶっっっ!!!」
 振り向きざま避ける隙もなく繰り出されたビンタは、非正規雇用の横っ面にクリーンヒット。
「マイマイカブリーー!!!」
 気が立ったバジルは涙目で叫びながら、取り敢えず見た所一番濡れていたバンリに気力溜めで回復を施す。ある意味極限状態で溜めたオーラは、バンリのぬるぬるを綺麗さっぱり消し去った。
「え、えと……俺も!!」
 ビンタで一瞬呆然とした非正規雇用だが、バジルを見てハッと気を取り直し、ふんっと気合いを入れて竜の時代を発動する。
「みんな、ちょっと元気が無いんじゃないのっ!!」
 非正規雇用の全身から噴出した竜の血は、味方に龍の加護を与え、ついでに興奮で頭に上った血が少しだけ抜けて、少しだけ彼は冷静になった。
 佐久弥がぬるぬるを防いだその瞬間、駆け出していた響花。回復に励む仲間たちの横を抜け、呟く。
「今がチャンス、ね」
 素早く抜いた日本刀の刀身に、地獄の炎を纏わせて、一閃。炎で燃えるドリームイーターに、ぬるぬるの殆どをステップで回避したリディアは、告げる。
「そろそろお暇願いましょうか」
 少し掠ったぬるぬるで濡れた前髪を鬱陶しそうに後ろに払いながら、リディアはアームドフォートに接続した二対四枚の収束翼を展開する。
「グラビティ・チェイン、収束開始」
 開いた収束翼に、辺りに設置した光源から放たれる光が反射して、きらきらと輝く。
「照準補正完了。射線クリア」
 リディアは叫び、ぐっと前後に開いた両足に力を入れ、そして。
「R-1、発射します!」
 ドリームイーターに向けた砲身から、高出力の破壊光線が発射され、カタツムリ型ドリームイーターは跡形もなく粉砕された。


「ありがとうございました」
 周囲をヒールして安全を確保した後、非正規雇用は店長を呼びに行き、他のケルベロス達は倒れた女性店員を助け起こす。安否を確認できたケルベロス達は、各々動き出す。
 バックヤードにいたもう一人の店員と、それから女性店員に、レジ前で粗方の説明をしたバジル、リディア、佐久弥の三人に、店員の二人は深々と頭を下げた。
「いえ……、ドリームイーターがいけないのよ。私もカタツムリ、苦手だからわかるわ」
 何処か遠い目をしつつ、バジルは女性店員に励ましの声をかける。
「無事でなによりっす!」
 彼らに笑顔を向け、佐久弥は頷く。一般人である彼らに怪我が無かったのは何よりだ。そして偶然事故で保存してしまった女性陣のびしょ濡れ映像は、大切にとっておこうと密かに心に決めた。
「少々運が悪かったですが、ご安心下さい。ケルベロスはデウスエクスの暴虐を見逃したり致しません」
 ついてしまったぬるぬるをバスタオルで拭いた後、龍神の外套を羽織り直したリディアは、微笑みを浮かべて答える。
「それでは、ご迷惑おかけしました。これでデウスエクス討伐終了です。深夜のお仕事、大変ですが……頑張って下さいね」
 そう言って、三人は二人の店員に背を向け、歩き出す。
「あ、あのぉ……トイレで着替えさせてもらって良いです?」
 おずおずと女性店員に声をかけるのは、環。一応乾いたとはいえ、ぬるぬるしてたという事を考えるとそのまま帰るのはちょっと嫌。
 ビニールに包んだ着替えを抱き締める環に、女性店員は目を丸くしながらも頷いた。
「ええ、どうぞ。お世話になったんですから、ご自由に使って下さいね」
 そう返す女性店員に、環は嬉しそうに礼を言った。
「いたいた」
 被害者の安否を確認した後、ゴミ箱付近をうろうろしていた響花が嬉しそうに声を上げる。彼女の視線の先には、普通サイズのカタツムリ。
「さ、君は外に出ようね」
 優しく殻を持ち、響花はふわりと掌で包み込むように保護する。
 好き嫌いは、人それぞれ。それはきちんと理解した上で、彼女はそう呟いた。
「やだ、私……こんな格好で?!」
 扉の外では、ひと段落して我に帰った一足先に外に出ていたイピナが、変に乾いた服を摘んで焦った声で叫んだ。
「やだ、もー!」
 イピナは今更ながら恥ずかしくなり、真っ赤になった顔を両手で覆った。
「ぬるぬるの敵と戦って気持ち悪かっただろ? 俺が洗ってやるよぉ! ……って言うか、なんか人数少ない?」
 下心丸出しの非正規雇用が、ホースを借りて走ってきた。外に備え付けられている水道にセットしながら、首を傾げる。
「皆さん店員の方とお話ししていたり、着替えたりしに行ってるでありますよー!」
 ばっ、とバンリが勢い良く手を挙げる。
「お、洗う? 洗っちゃう?!」
 ニヤニヤ尋ねる非正規雇用に、バンリは両手を上げてお任せの構え。
「ぬわーい! 非正規雇用さんの頼もしきウォッシュたーいむ!」
 ここぞとばかりに非正規雇用はホースから水を出しながら、頭の先から足元までびしゃびしゃ水を流す。
「いーね、いーね! バンリちゃ〜ん! その表情、グッとクるよ〜!」
 どこぞの業界人のような非正規雇用は、はっと気付いてイピナに目を向ける。
「イピナさんも洗っちゃう?」
「いいえ! 結構です!」
 イピナがぴしゃりとお断りした時、コンビニの扉が開いて、中にいたケルベロス達が合流する。
「はい、外よ。もう中に入ってきちゃだめだからね」
 響花は扉の外の隅の方に、カタツムリを放す。ゆっくりと進んでいくカタツムリは、響花の目にはやっぱり可愛らしく映った。
「何と言いますか……戦闘中より、余程賑やかですね……」
 苦笑するリディア。
「あ、バジルさんも洗う?!」
 そう言う非正規雇用に、バジルが眉間に皺を寄せる。
「洗わないわよ。ぬるぬる、かかってないし」
 後片付けも済んだし、というバジルに、慌てて片付けを始める非正規雇用、まだ洗い足りないらしいバンリ。
「無事解決、ですね!」
 その様子を見守りつつ、新しい服に着替えた環が笑う。
「じゃあ、帰るっすよ」
 佐久弥の言葉に、ケルベロス達は頷いた。
 そして、ケルベロス達は、一人の被害も出さずに巨大カタツムリを撃退出来た清々しい気分で、深夜のコンビニを後にするのだった。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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