ローカスト調査隊～落日のアポカリプス

■リプレイ

●０と１の間で
　地下に広がる空洞は、大聖堂を思わせる荘厳な雰囲気に包まれていた。其処がローカストの寝所であり、彼らが遥か未来に希望を託して眠りに就いたことを思えば、その空気も納得出来ようか。
　――しかし、現実は残酷なもの。時すでに遅く、定命化の進行した彼らの大半は、コギトエルゴスムと化したまま、無残にも砕け散っていたのだ。
「生き、ノビル……食らウ……」
　死ぬか生きるかと言う極限状態の中、残された者たちは最後の望みに賭けて、此方のグラビティ・チェインを奪おうと襲い掛かる。
「……それでも、折角の縁ですもの。ここで終わりにしてしまうなど、勿体無いです」
　眼鏡を押し上げ、迫りくるローカスト達を見据えるクノーヴレット・メーベルナッハ（知の病・e01052）は、圧倒的な暴虐を前にして一歩も退かずにいた。
　これが彼らとの、最後の戦いになるのだとしても――此処に居合わせた仲間たちは皆、滅びゆく種を救いたいと言う意志の元に集っている。自分たちの身に危険が迫っていることは承知の上で、クノーヴレットらはローカストが定命化を受け入れてくれるよう、説得を続けるつもりでいた。
（「出来れば、彼ら自身の手で武器を収めて欲しいですが……」）
　海鳴りのような咆哮、そして肌を突き刺す殺意に浚われそうになりながらも、詠沫・雫（海慈・e27940）は確りと己の足で戦場に立ち――強かな笑みさえ浮かべてみせる。その隣に佇むボクスドラゴンのメルは、主だけでなく他者をも守ろうとする気概に溢れていた。
（「この世において命を零すのは一瞬、そして生き続ける事はかくも苦難に満ち、難しいもの」）
　一方で戦術医として、幾多の生と死に触れてきた灰木・殯（釁りの花・e00496）は、逃れられぬ死を背負うローカスト達から目を逸らさないと決意する。あかあかと燃える瞳は、衝動に意志を奪われた滅亡など見過せないと告げるかのようで――故に、身を賭して可能性に賭けるまで、と殯は頷いた。
「アリア騎士……彼らは、狂愛母帝アリアに仕える精鋭なのでしょう」
　此方に向かってくる黒甲冑の騎士たちを捉えた卯京・若雪（花雪・e01967）は、彼らとの邂逅を思い返す。誇り高き騎士、枯渇に苦しんだ者達――そして、漸く沈めた太陽神。戦いを通して探り続けた共存の道を、若雪は最後まで諦めたく無かった。
「そう、苦しみの果てに倒れ行く命を……もう見たくはない」
　――その想いは、北郷・千鶴（刀花・e00564）とて同じ。刃を交える中で、殺し合わないでと叫んだ姫君が居た。そして暴殖が本能とされながら、襲撃を止め休眠を選んだ者達も此処には居る。
「その心を、一度は傷付け合わぬ道を取ろうとした貴方達を、私は信じたいのです」
（「……永遠と思っていた命に終わりがあると知った時、こんなにも怯えるものなのか」）
　そんな中、ノチユ・エテルニタ（夜に啼けども・e22615）はローカスト達の声なき叫びを聞いた気がして、星屑のように揺らめく黒髪をさらりとかき上げた。グラビティ・チェインが欲しいのだと――彼らの願いはとても些細で、けれど酷く切実なものでもある。
（「僕だって生を尊び、救える命あらば助けたい」）
　サキュバスであるノチユは、生きる為に快楽を得ねばならなかった。しかし、快楽を慎むように育てられた結果、彼は常に衰弱し――それ故に飢餓に苛まれるローカストの苦しみは、推し量ることが出来ると思う。
（「話し合いで解決することはほぼ不可能。――それでも」）
　黒木・市邨（蔓に歯車・e13181）が思うのは、自分が大切な人たちから心を与えられた時のこと。その記憶があるからこそ彼は、拒絶より愛することの方がずっと暖かいことを知っている。
「往こう、蔓。少しでも、愛情を伝える為に」
　腕に絡まる攻性植物に呼びかけて、市邨は一歩を踏み出した。全てを愛せ、そして全てを愛されろ――己に深く刻まれた言葉を胸に、いざ、と。
　――迫るアリア騎士の数は４。その中でも先頭に立ち果敢に斬り込んでくる者が、彼らの隊長なのだろう。仮面越しに瞳を細めた、ワルゼロム・ワルゼー（枢機卿・e00300）は素早くそう判断すると、彼らの気勢を削ぐように光の粒子を放出する。
　その輝きは、かつてローカストと共生していたオウガメタルの放つもの――アリア騎士たちを癒すワルゼロムは、そのまま指導者然とした声できっぱりと彼らに告げた。
「聞くがよい、我々に敵意は無い。ただ汝等と話をしたいだけだ」

●終焉までのモラトリアム
　先ずは彼らを、可能な限り落ち着かせる。その為に若雪も極光のヴェールを舞わせ、市邨は敵意の無いことを示す為に、溜めた気力をアリア騎士へ解き放った。
（「……言葉と行動で、心を示します」）
　――しかし、あくまでそれらは傷を癒す為のもので、グラビティ・チェインを供給出来るものでは無い。また此方を食らう為に向かってくる相手へ、幾ら敵意は無いと訴えた所で、その牙を止めることは不可能だろう。
「止まれ……っ、我等の声が聞こえておらぬのか」
　ワルゼロムら目掛けて、槍や牙を突き立ててくるローカスト――しかし、説得を行う間は攻撃しないことを決めていた一行は、守りを固めてひたすら耐える道を選んだのだ。
「ローカストの方々とも、互いに理解しあい、共に生きていきたいですから……」
　そう呟くクノーヴレットは、此方が彼らに刃で以って応えた時点で、その道は断たれてしまうのだと理解していた。だからギリギリまで言葉を尽くして粘ろうと、騎士たちの攻撃に晒されつつワルゼロムも唇を開く。
「生き延びる方法が、我々を食らうしか無いと言ったな？　否、道は一つとは限らない。我々と貴方がたとが共存する道は必ずある」
　――確かに、かつて自分たちとローカストは敵対し、互いに傷つけあった。だが、我々はもうローカストを憎まないのだとワルゼロムは言う。例えどれだけローカストが此方を憎もうと、憎悪の連鎖はどちらかが必ず絶たなければならないからだ。
「種の存続を望むのであれば、憎悪を止めて我々と共に歩もう。皆の想いを、未来に繋げるために」
　そうだ、憎悪と拒絶を辿った結果が今此処にある――僅かな思案の後で顔を上げた殯は、穏やかな声音で語り掛けた。略奪は所詮、延命処置でしかない。ならばいっそと続ける声は時に強さを滲ませて、彼らの奥に潜む理性に届くようにと放たれる。
「……定命化の先に、将来に生を繋ぐ路を選んで頂けませんか」
　――此方とて覚悟は決めている。命を食らうことだけが戦いではなく、種族の未来を次代に託し、命を接ぐのも戦いなのだと殯は訴えた。
「目先の衝動に負ける程、貴方がたの誇りは弱くない筈だ。仲間を、隣人を生かす為の意志を見せてみなさい！」
　アリア騎士たちの矜持を奮い立たせるような、一喝――しかし強い語調は逆に、攻撃的な意志と受け止められてしまったようだ。ふたりの説得は相手に『理論的な判断を求める』もので、理性を失っている状態のローカストに対して効果的とは言えなかった。
「人間とて、有限だ。憎まれるにも限りはあるさ。何れは死ぬ」
　其処で市邨の発した言葉は、何処か達観したもので。定命化で寿命を得る方が、案外生き永らえるのではないかと彼は説く。
「……俺達に殺される可能性も含めてね」
　が――続けた言葉は脅しとも取れるもので、説得の言葉としては拙かった。やはりアリア騎士たちの攻撃は止まず、一行は只々守りに入って耐え忍ぶしかない。
（「彼らの置かれた状況は、此方が思っているよりも切迫していたのでしょうか……」）
　理性を失うほどの飢餓、そして定命化による避けられぬ死――なりふり構わず延命処置を施さなければ、最早間に合わないまでに追い詰められていたのだとしたら。
　目の前に迫る、明確な死の恐怖に怯える彼らへ幾ら共存の未来を説こうとも、それを考えるだけの時間も心の余裕も、ローカストには残されていないのだとしたら。
（「私達が理想や希望を語るほど、彼らを追い詰めるだけ……？」）
　不意に過ぎった考えに殯が拳を震わせる中、クノーヴレットはそれでも、自分が伝えたい言葉を伝えようと決めた。
「憎まれる必要などないのです、どうか地球を愛し、定命化を受け入れてはくれないでしょうか」
　――貴方達が地球を愛するなら、地球の人々も貴方達を受け入れてくれるはず。騎士たちの仕えるアリア達だって、死の恐怖と戦っているのだ。
「だから彼女を支えるべき貴方達も、どうか乗り越えて……私達と、共に生きましょう」
　貴方達とは理解し合いたいし、色々な意味で興味がある――知識欲を覗かせるクノーヴレットの瞳は何処か、艶めいた熱を帯びているように見えたけれど。互いを知るのは、彼らに受容を以て生き延びて貰ってこそと告げる彼女は、改めて共に生きる道を掴むべく頑張ることを誓う。
「立場に関わらず一人でも多く、誇りと心を取り戻し生きて欲しいのです」
　祈るように続ける若雪の脳裏には、殺し合わぬよう訴えた姫と、殺生を避けた彼らの王の姿があった。その意志や兵の命を無碍には出来ないと思ったから、若雪は彼らに訴え続けるしかない。
「苦しみながら長らえ、貴方達や姫は幸せですか。奪い合うのではなく手を取り合う事は……命に限りはあれど憎悪や苦痛ではなく、幸せを掴み心穏やかに生きる事は叶わぬのですか」
　――平穏に生と未来を繋ぐ道を拓く事は出来ぬのかと、千鶴も彼に続いて問いかけた。しかし彼女たちの悲痛な想いに反し、辺りには槍の雨が降り注ぎ、鋼の鎌が振るわれて血煙が上がる。
　きっと彼らとて、自分たちが侵略者であることは自覚している筈だ。戦いの果てにゲートを破壊されて母星へ帰る術を失い、死の宿命を突きつけるこの星を愛せと言っても、果たして心の底からそう思えるものだろうか――。
（「例え此処で僕らを殺しても、すぐにローカストそのものに終わりが来る。それよりも遠い先の子供達に、種の未来を託してもいい」）
　――それは正論だ、とノチユは思う。けれど正しいからと言って、素直に受け入れられるとは限らないことも彼は知っていた。
　どんなに手を伸ばしても、届かないものはある。砕け散った水晶に目を落とし、やがて顔を上げたノチユは――小難しい理屈を並べ立てることを止めて、ローカスト達の前に飛び出した。
「最初から奪おうとした訳じゃないだろう？　戦いを避けたかったから、こんな場所で身を守ってたんだろ」
　躊躇いもせずに己の手を差し出し、啜れとばかりに彼は騎士を見据える。
「少しでいいなら。これ位……分けてやるよ」

●Let Us Cling Together
　――焼けつくような痛みが、ノチユを襲う。ローカストの牙が食い込む激痛に、しかし彼は余裕の笑みを見せて立ち続けた。
「これ位、なんてことない。……お前ら全体の命に比べれば」
「地球は、私達は、最早貴方達を憎みも拒みもしない。斯様な生き方はさせない」
　そして千鶴も、不本意に人を襲い飢えを満たすのではなく、平和に心満たし過ごす日々を願ってお菓子を差し出していく。腕ごと食われようと、構わない――彼女が恐れるのは、唯一つだった。
（「それは貴方達の矜持と本心が、此の侭消える事……」）
　妹分の想いを察した若雪も、オウガメタルと一緒に彼らの姫君に倣ってお菓子を捧ぎ、地球に溢れる小さな楽しみや幸を示せたらと動く。少しでも地球を愛して貰えるよう――花束を散らすのは市邨で、彼も花吹雪で彩りを加えつつ、掌一杯に甘いお菓子を抱えていた。
「地球はお前達が居た、枯れた星とは違う。彩りも沢山の甘い倖せも――大丈夫、地球は優しい。怖くない」
　あたたかな言葉は勿論のこと、彼らを受け入れようとする皆の態度が、アリア騎士たちの心を微かに揺さぶったのか。騎士のひとりが攻撃を躊躇う素振りを見せる中、雫はにこやかに、しかしきっぱりとした様子で告げた。
「貴方達に大切な人を奪われた人は、貴方達を憎むでしょう。でも私は、憎んでなんてあげません。だって貴方達はもう自由なんです」
　――それは、彼女なりの宣戦布告。憎しみの連鎖を断つ為の戦いに挑む雫は、更に続ける――死ぬのは自分も怖いのだと。
　姿形が違ったって感情は一緒で、そんな雫はいつ来るか分からない死に怯えるよりも、手を取り合って未来を夢見て笑って生きる方が、きっとずっと楽しいのだと思っている。
「少なくとも貴方達の目の前にいる８人は、貴方達との未来を望んでいますよ」
　あア、とアリア騎士の兜の奥から、くぐもった嗚咽のような声が零れたが――それでも理性を取り戻し、戦いを止めるまでには至らなかった。グラビティ・チェインは死した時に発せられるものしか吸収出来ないらしく、此方が死なぬ限りローカスト達は生殺しだ。
「――ごめん」
　かくして歯車は回り、辛く苦しくとも世界は動く。これ以上の説得は無理と判断した市邨は、せめて最後に溢れる色彩を見せたいと虹の円環を生み出し――雫は未来が閉ざされることを拒もうと、想いを乗せた旋律を紡いでいく。
（「渇き齎す太陽が沈んだ今、切に願うは新たな日の出……」）
　出来れば昏い感情と本能を乗り越えた彼らと、共に夜明を、明るく優しい朝を迎えたかった。若雪の繰り出す一太刀は花と蔦を絡ませ、標的の足取りを鈍らせていくが――ギリギリまで反撃に転じなかったことで、一行は深刻な事態に陥っていた。
　盾となるサーヴァント達は次々に限界を迎えて各個撃破され、負った傷を挽回出来ずワルゼロムも倒れる。一方のクノーヴレットは、扇を鞭のようにしならせて敵を纏めて打ち据えていたが――押し切ること叶わずに、槍の一撃を受けて崩れ落ちた。
（「命は重いものじゃない。あまりにも軽くて、儚いものだ」）
　――だからこそ価値があって、守るべきなんだ。確かな想いを胸に戦うノチユは、快楽の霧を纏って立ち続ける。その間に態勢を整えた仲間たちが、アリア騎士を次々に仕留めていった。
（「……皆、其々に矜持を懐いていた。止むに止まれぬ襲撃はあれど、無辜の民を無闇に食らわず、我々と堂々と戦った」）
　手向けの桜花を散らしながら、鋭い刃が騎士を貫く中――千鶴の脳裏には、今まで対峙したローカスト達の姿が次々に過ぎっていく。そんな種族の末路が、理性を欠いた暴虐で終わって欲しくは無い。
　見届けるならば末路ではなく、活路を――祈りにも似た彼女の想いの先で、最後の騎士は何処かこの結末に納得したような素振りを見せ、殯の操る鎌で首を断たれていた。

　――ローカスト達の運命は、落日の如く儚きものであったのかと、ワルゼロムならば言ったのかもしれない。しかしせめて、自分たちは弔おう。
　もう苦しむ事なく――彼らローカストへ、今度こそ安らぎが訪れるように。

作者：柚烏	重傷：ワルゼロム・ワルゼー（枢機卿・e00300） クノーヴレット・メーベルナッハ（知の病・e01052）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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