幸福のブーケ

作者:陸野蛍

●嵐待つ蝶
 ビルの屋上から、夜の街並みを見下ろす女性……ミス・バタフライ。
「……来ましたね」
 静かに彼女が呟く。
 いつの間にか彼女の背後には、二人の螺旋忍軍……道化師の姿をした男女が片膝を付いている。
「あなた達に使命を与えます。この町に、ウェディングブーケを専門で作る、門倉琥珀と言う人間が居るようです。この者に接触し、その仕事内容を確認、可能ならばその技術を習得した後、殺害なさい。グラビティ・チェインは、略奪してもしなくても構いません」
 ミス・バタフライは振り向きもせず、二人の螺旋忍軍に任務を与える。
「承知致しました、ミス・バタフライ。私共にとっては、たやすい仕事。必ずや、ご期待に添えますことでしょう」
「一見、意味の無いこの任務も、貴女様の目には巡る未来として映っているのでしょう。小さな風を貴女様の望むまま、地球をも呑み込む暴風へと変えて見せましょう」
 それだけ言うと、螺旋忍軍は現れた時と同じように静かに夜闇の中に消えていく。
「……この地球に大きな嵐を起こしてみせるわ」
 呟きだけを残して、ミス・バタフライもまた姿を消すのだった……。

●花嫁が抱くもの
「みんな、6月の花嫁は幸せになれるって話は、知ってるよな?」
 ヘリポートに姿を見せると、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、そう話を切り出した。
「6月は、ジューンブライドって言うくらいじゃし、沢山の素敵な花嫁さんが生まれるんじゃろうな~」
 雄大の言葉に、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)がのんびりと呟く。
「まあ、そう言うこと。で、花嫁さんに必要な物って何だ?」
「そりゃ、ウェディングドレスとかヴェール、あと素敵な花婿さんかのう……」
 答える咲次郎の眼前に雄大はビシッと人差し指を立てる……ちなみに、思いっきり背伸びをしている。
「それらも重要だし、他にもサムシング・フォーって呼ばれる物を持っていると幸せになれるって話もあるけど、今回みんなに注目してもらいたいのは、花嫁さんが持つブーケなんだ」
 色取り取りの花々が綺麗に装飾された幸せの花束、話を聞いていたケルベロス達の頭にその姿がうっすら浮かぶ。
「で、ここからが依頼の話になる。バタフライエフェクト、一見関係無い事象を引き起こすことで理を得ようとする螺旋忍軍、ミス・バタフライの動きが察知出来た。今回は、ウェディングブーケを専門で作っている、門倉琥珀と言う女性の技術を盗み、その命まで奪い去ろうとしている。みんなには、これを何としても防いでもらいたい」
 琥珀は元々、花屋の娘で幼少期から花に触れ、フラワーアレンジメント……特に、ウェディングブーケを専門に作っている女性らしい。
 彼女のブーケは、幸福を呼び、ブーケ・トスを受け取った相手は更に連鎖的に幸せな結婚が出来ると言うのが、ウェディング業界で密かに話題になっているらしい。
「ミス・バタフライの企みを阻止するってのは、勿論俺たちの仕事だけど、女性達に幸せを運ぶような人が居なくなったら悲しむ女性も多いと思う。だから、彼女を護り、これからも沢山の幸せな花嫁さんが生まれるようにしてほしいんだ」
 そこまで言うと、雄大は右手の指で3を作ってケルベロス達に見せる。
「螺旋忍軍が、琥珀を襲うのは3日後。それまで彼女に師事し、彼女の技術の半分を習得し……いや、見習い程度で大丈夫だな。彼女の代わりの影武者になれるようにしてほしいんだ」
 ケルベロスが控えているとはいえ、一般人を螺旋忍軍に接触させるのは危険すぎる為、琥珀のスキルを習得した者が代わりに螺旋忍軍を待ち伏せし、技術を教えるのを口実に有利な状況を作った上で螺旋忍軍を撃破すると言うのが、雄大が提示した作戦だ。
「琥珀は内気だけど、穏やかな優しい女性って話だから、交渉すれば、おそらく問題無く協力してくれると思う。でも、技術習得は簡単とはいかないかもしれない」
「花束を作るだけなんじゃろ?」
 雄大の言葉に咲次郎が疑問の声を上げれば、雄大が渋い顔で答える。
「ウェディングブーケって、花を選ぶ所から始まり、包むレースペーパー、彩るリボンにまで徹底的に拘らなきゃいけないし、幸せを呼ぶ花言葉だってある。持ち主に適した花もな。それを熟知して完成させなきゃ、幸福のブーケとは言えないだろ?」
 美的センス、花言葉とその花本来の意味を知ること、手先の器用さ、そして手にする花嫁を幸せにしたいと願う強い気持ち……これらが全部揃ってこその『幸せのブーケ』と言うことらしい。
「まあ、これは、参加メンバーのセンスとか力量、思いに期待するしかないな」
 頭をボリボリ掻くと、雄大は螺旋忍軍の戦力の説明に移る。
「現れる螺旋忍軍は道化師のペアで、片方は髭を生やした老道化師風の男、もう片方は小柄な若手道化師と言った女性の姿をしている。使用武器は、老道化師がド派手なライトニングロッド、新人道化師は、マインドリングに似た光球を色んな形状にして攻撃してくる」
 螺旋忍軍を上手く騙せ遂せれば、戦闘前に有利な状況を作り、万全の態勢で戦闘に突入することも可能だろうとのことだ。
「幸福な結婚か~。俺には、まだよく分かんないんだけど、女性には大きな夢だろ? その夢の手伝いをしている人が殺されるなんて、あっちゃいけないと思う。だから、この琥珀と言う女性を絶対に護り抜いてくれ。綺麗な花と向き合うことで、戦闘で疲れ切った心が癒されるかもしれないし、人によっては恋心に気づいたりも出来るかもな。お仕事抜きでも、習得しておいて損することはないスキルだと思うし、一生懸命修行して来てくれな。男性ケルベロスが愛しい人を思って作るブーケってのも面白いかもな♪」
 そう言うと雄大は、太陽の花のような笑顔を見せた。


参加者
カーム・コンフィデンス(静かなる自信と共に・e00126)
ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
フィオ・エリアルド(鉄華咲き太刀風薫る春嵐・e21930)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)

■リプレイ

●幸福の運び手
 門倉琥珀は、ケルベロスコートを着用した、フィオ・エリアルド(鉄華咲き太刀風薫る春嵐・e21930)が言った、自身がデウスエクスに狙われているという言葉が信じられなかった。
 それでも、すぐに琥珀が気を許せたのは、ケルベロス達が一切の嘘偽りを言うこと無く、全てを話してくれたから。
 そして、琥珀の安全の為に、琥珀の持つブーケ作りの技術を学びたいと頭を下げたからだ。
 本来なら、こちらが頭を下げ、護ってもらえるように頼むのが筋なのにと……。
 最初の1日目は、ブーケ作りの基本手順や工程の説明、ブーケの種類、ドレスに合う花選び、花言葉の基礎……つまらないであろう講義から入ったが、ここでも琥珀は彼女達の真摯さに心を撃たれた。
 男性である、ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)を含め、ほぼ全員が予習して来たかのように豊富な知識を有しており、それぞれの作りたいブーケのイメージも持っていた。
 琥珀は、異例と言ってもいい早さで講義を終えると、『明日から、皆さんでブーケを作りましょう。あなた方なら大丈夫です』と、微笑んだ。

●幸福は彩鮮やかに
「咲様は、ブーケ作りに参加なさらないんですの?」
 純白のベルラインのウェディングドレスに身を包んだ、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が、作業スペースから出て行こうとする、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)に訊く。
「わしは、力仕事の方が性にあっとるから、壮輔と一緒に花屋の手伝いと花材の準備を手伝うことにしたんじゃよ。あと、琥珀さんに別に頼みたい事があるって言われてのう」
「そうですの……」
 素っ気ない咲次郎の言葉に、淡雪は思わず落胆してしまう。
(「……私、何の為に、自分が投げるわけでもないのに………ブーケを一生懸命勉強して作ってるんでしょうねぇ」)
 思わず漏れ出る溜息と共に咲次郎を目で追ってしまう、淡雪。
 咲次郎は、入り口でアガサに捕まったようで、何かを話している。
 遠くて全てを聞き取れないが『……の子の夢と憧れを守ってやりなね』とアガサが咲次郎の背を叩いている。
(「『外堀を埋めて行きなさい!』とか言われるがままに、ウェディングドレスまで着て来ましたのに……私、何をやっているんでしょうね」)
 憂いに満ちた表情ながらも、淡雪の手には色取り取りの紫陽花が握られていく。
 近年まで紫陽花は『移り気』と言う花言葉で敬遠されていたが、紫陽花は、ジューンブライドである6月に最も輝く花の一つである。
 そして淡雪は、色や形を一つに絞っていない。
 額紫陽花は謙虚さを現し、ピンクの紫陽花は『元気な女性』、白は『寛容』、そして蒼は、『辛抱強い愛』が花言葉だ。
 普段の自分、なりたい自分、今の気持ち……一つ一つに思いを込めて、淡雪は涙の雫の名を持つ『ティアドロップ』のブーケの完成を目指した。
 淡雪とは対照的に、にこやかに個性的なブーケの完成を目指しているのは、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)だ。
 マヒナは琥珀に、『南国風のブーケをコハクさんに教えてほしい』と最初に言った。
 南国の小島の出身である彼女は、日本のブーケも素敵だと思いつつ、自身のルーツに基づいたブーケを作りたかったのだ。
「ジャスミンは、ハワイ語でピカケ。絶対に欠かせない花だよね」
 ジャスミンの花言葉は『神からの贈り物』
(「ワタシのブーケには、絶対必要だよね」)
 グリーンにモンステラ、『飾らない美』の意味を持つピンクのアンスリウム、『お似合いの二人』素敵な旦那様の横に立つのならと、赤紫のデンファレも手に取る。
「気品も必要ね」
 黄色のモカラを加え、主役のピカケは、6本以上飾るとマヒナは決めていた。
 何故なら、ピカケは本数で花の意味合いが変わるから。
 1、2本で友情、3、4本でロマンス、5、6本で愛している、そして6本以上で『あなたは花嫁』……手にした花嫁にも、受け取る次の花嫁にも幸せが訪れるように願いを込め、ナチュラルなクラッチブーケをマヒナは、形作っていった。
「結婚を控えている友達がいるの」
 フィオは、勇気を振り絞って、琥珀にそう切り出した。
 彼女の幸せに少しでも力を貸したいというフィオの思いを受け取ると、琥珀はフィオの手に自身の手を重ねて一緒に花を選んでくれる。
 フィオが使いたいのは友達の大好きな花、黄色のジャスミン。
『優美さと優雅さ』そして、ジャスミンの大きな花言葉は、『愛らしさ』だ。
『栄光と永遠』の意味を持つ沈丁花を手にフィオは願わずにいられない。
(「……彼女達が、何時までも綺麗で幸せな夫婦でいられますように」)
 自身にとっては、憧れだけの、まだ遠い先の話だけど……フィオは、柔らかく笑った。

●幸福に蒼を添えて
(「野木原さんが居てくれればもう少し、居心地良かったかもなあ……」)
 ヴィットリオは、一人、部屋を出て行った咲次郎を恨めしく思っていた。
(「ウェディングで、周り女性ばかりって……地味にこう、ちょっとキツいんだよな」)
 正確にはこの部屋には、もう1人男性が居るのだが、そのもう1人……宴は、贈る相手への思いが強すぎるのか話す隙もない。
「……は、青が似合うから。……彼女のウエディング姿は既に見てはいるけれど、何度想像しても……」
 宴は、自身の世界に完全に浸っていた。
「ヴィットリオさん、男の人が居ても全然変じゃないんだよ! ウェディングプランナーも男の人、多いって聞くよ。がんばろ♪」
 ヴィットリオに笑顔を向けるのは、長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)だ。
「結婚をお祝いする幸福のブーケ、何より、気持ちが大事よね」
 このテーブルを囲む、もう1人の女性、カーム・コンフィデンス(静かなる自信と共に・e00126)も自身の髪に咲く蒼バラを揺らしながら、微笑む。
 このテーブルは、青い花をブーケに取り入れようと考えたメンバーが集っていた。花材を選びやすいという意味で、同じテーブルになったという理由もあるが。
 一昔前の話だが、青い花は結婚式に相応しくないと思われていた。
『不祝儀』の意味合いがあると言われていたからだ。
 だが近年は、『サムシングフォー』の1つ『青い物』を花嫁が身に付ければ幸せになれると、青メインで会場を埋め尽くす式もブームとして訪れている。
 そして、カームが手にしている薔薇は、着色が不可能と言われ続け、数年前ようやく品種改良に成功した『青薔薇』だ。
 花言葉は、『奇跡』『神の祝福』と言われる程の花だ。
 その中でも青の濃さが美しい薔薇『オンディーナ』をふんだんに使い、赤薔薇とは全く違う美しさを形作っていく。
 流れ落ちるように、映える緑のスマイラックスと調和の為に白いカスミソウも加えていく。
 滝のように、溢れるキャスケードブーケ。
「不可能と言われながらも夢を叶え、想い人と2人……困難にも挫けぬ想いと滝の様に絶え間ない幸いと祝福に満ちた道行を……」
 このブーケが指し示してくれればと祈るように、アウトラインに細心の注意を払いながら、カームは、このブーケに最も合う青いリボンを探した。
「ヴィットリオさんは、リースブーケですか? 器用ですね」
 わかなの言うとおり、ヴィットリオが作っているのは、リースブーケだ。
 ブーケは、手に握る物と思っている人も多いが、手に掛けるリースブーケやポーチブーケ、バッグブーケ等も若者を中心に人気が出ている。
「自分にとか、誰かにとか……そういう予定はまだ無いんだけどな。でも、まぁ、折角だしね。やってみようと思ったんだ」
 言いながら、『純潔』を表す大輪の白薔薇をメインに編み込みながら、『幸福な愛』『信じ合う心』が花言葉のブルースターをサブフラワーに、幸福が永遠に巡るように円形のブーケを作っていく、ヴィットリオ。
 差し色のグリーンには、永遠の愛を繋ぐアイビーを繊細な手つきで重ねていく。
(「私も負けてられないよね♪」)
 わかなもサブフラワーにブルースターを選んでいたが、方向性はヴィットリオと全く違っていた。
 わかながメインに選んだのは、沢山のカスミソウ。
 他の花に比べ、おとなしい印象のカスミソウをまん丸のラウンドブーケの形にすれば、それは輝くスノーボールのように美しい。
 シンプルだからこそ、美しく作る為には、細心の注意が必要なラウンドブーケ。
「思えば思われる……素敵な花言葉だよね、ブルースター。あっ、そうだった!」
 わかなは、桃色の髪の少女……友人の顔を思い出し、この場に来る前に彼女に渡された花を思い出す。
 それは、白いアザレアの花一輪。
「持ち手のリボンに差してみると可愛いかな」
 花言葉は、『あなたに愛されて幸せ』幸福のブーケにもぴったりだ。
(「将来、こんなブーケを持って、花嫁さんになれたら……」)
「キャー♪」
 思わず声に出てしまい、皆の注目を浴びるとわかなは、照れくさそうに笑顔を作る。
 将来、恋に恋する13歳の隣に居るのは誰なのか……それは、まだ決まっていない。
 白いアザレアが示すように、わかなの今も満ち足りているから……。

●幸福を届けたいから
 花筐・ユル(メロウマインド・e03772)と フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)は互いに真剣な表情で、テーブルを挟みブーケを作っていた。
 2人共手先は器用な方、そして、この修行に掛ける思いも強かった。
(「アレンジメントは趣味だし、仕事柄、扱う事も多いし……業として、苦は無いのだけれど……」)
 ユルが悩んでいたのは紡ぎ出す想い。
 琥珀の作品は、ブーケとして勿論美しかった……そして、何故か心に響いた。
『幸福のブーケ』と呼ばれる所以がそこにあるような気がした。
 だから、ユルは琥珀に訊いたのだ。
『何を想い描きながら形にしているのか?』
 その時、琥珀は困ったような顔をして一言こう言った。
『ブーケに語りかけるんです。素敵な花嫁さんの所に行けて、あなたも私も幸せね、って』
 ユルにとって、幸福は移ろい易く不確かなもので……けれど、自身に笑顔を向けてくれる、『あの子』の幸いを願う気持ちに偽りはなくて。
 今は、上手く表せない想いが、このブーケに込めた花言葉として届けばと思う。
 大輪、中輪、様々な白のラナンキュラスで純潔と華やかな魅力を表現し、オレンジの薔薇にあの子への信頼を乗せ、アイビーで永遠の愛を届ける。
 グリーンは利休草で奥ゆかしく、自分に巡る思いがキャスケードブーケのように美しく流れるように願いを込める、ユル。
 フィーもまた、自身の手で作ったブーケを渡したい相手が居た。
(「琥珀さんを護りたいって言うのも嘘じゃないけど、幸せになって欲しい人達に、自分の手で贈れたら素敵だなって思ったんだよね」)
 フィーに幸せをくれる、愛情深い友人と彼女を支える恋人……大切な2人の為にブーケを作れたら、どれだけ素敵だろう……フィーは思ったのだ。
 メインの白薔薇は8輪のフェアビアンカ……真白ではなく、アイボリーに近く、ローズ香では無く、ウッディーなミルラ香が特徴的な薔薇だ。
 それ故に、枯れた後にも愛を育むと言われる花。
 純潔を誓う白を、8本という数が、思いやりに感謝をしているという気持ちを表している。
 周りを飾るのは、彼女の誕生花『白のアゲラタム』幸福を花言葉に持っていたのは、運命かもしれない。
 ブーケの形を決める時、フィーは思ったのだ。
(「彼女にシャワーのように幸せが降り注げばいいよねぇ♪」)
 噴水のように弾ける思いをキャスケードより大きく広げ、フィーは彼女の瞳の色を映すリボンを探した。

●幸福しか要らない
「お前達が、門倉琥珀か?」
 老道化師は、静かに花を手にする女達に声をかけた。
「私達に、ウェディングブーケの作り方を教えなさい。断る権利は無いから、キャハ♪」
 若手道化師も、言葉こそ軽いが拒否権を与える気は無いようだ。
「教えるのは良くてよ、でも、あなた達に覚えられるかしら?」
「お客さんには、教えるよぉ♪」
 カームが言えば、フィーも言葉を続ける。
「ワタシの幸福、覚えられるかな?」
「時間も無いし、厳しくしてもいいかしら?」
 マヒナが笑顔を見せ、ユルが厳しさを見せる。
 4人の『門倉琥珀』に挑発されるように、道化師達は教えられるまま花を手にする。
 道化師達は気付かなかった……周囲をグラビティの流れを隠す気流が満ち始めていたことを。
『門倉琥珀』本人達を安全な場に避難させた4人が近づいて来ていたことにも。
「皆様、今ですわ!」
 気流を満たしていた淡雪が御業で成した縄で老道化師を縛ると、フィオが新しく力を借りる事にした梟姿の小妖精が変じた『梟羽脚『舞華』』で回し蹴りを放ち、星型のオーラを老道化師にぶつける。
「どういうこと!?」
 慌てた若手道化師が光の剣を振るうが、『ディート』を駆ったヴィットリオが難なく受け止めると、達人の如き速さで若手道化師に一撃を入れる。
「油断し過ぎだぜ!」
「こっちに来たら痛いんだからね!」
 体勢を崩した若手道化師の脳天目掛けて、白銀の巨大棍となった『メルちゃん』を容赦なく振り下ろす、わかな。
「ホンモノのコハクサンに会えなくて残念だね」
 時をも凍らせる弾丸を放ちながら、マヒナが言えば、フィーが物語を紡ぐ。
「想い描く結末は――もうその掌の中に」
 絵本の中のような幸いの光景が幻影として映し出され、ケルベロス達に力を与える。
「勿論、物語は、ハッピーエンドが基本よね」
 黒き生命体を捕食の形にし、カームが言う。
「私も――ステキな夢を、魅せてあげる」
 呪力を纏った黒曜の荊を生みだし、ユルが薄く笑う。
 放たれた咎の棘は、悦楽に誘うように老道化師を締めあげる。
 道化師達も、攻撃に転じようとするが、 ヴィットリオ、ユル、ディート、アップル、そしてカームの『相棒』の護りを破ることなど出来ず、与えた傷も、フィーと咲次郎の癒しですぐに塞がれる。
 油断していた、計算違いだった……そんな思いを抱きながら、老道化師は、フィオの叫びを聞いた。
「潰れろぉっ!」
 空高く舞い、一回転した後のフィオのフットスタンプで絶命する、老道化師。
 わかなの子ども用包丁が若手道化師の傷口を広げ、マヒナの翼から聖なる光が放たれれば『罪』が内側から爆発する。
 ユルと助手が抜群の連携で攻撃を決めれば、カームの光の剣が若手道化師の剣と交差しながらも、肩口に深く刺さる。
 淡雪がグラビティを弱体化する光弾を放つ間に、アロアロが祈りを捧げ、ヴィットリオの傷を癒す。
「これで、終わりだっ!」
 ありったけのグラビティを戦乙女の槍に込め、ヴィットリオが若手道化師を貫けば、道化師達は霞のように消えていく。
「ふう、任務完了。……それにしても、この襲撃が一体どんな意味があったのやら……バタフライエフェクトは、よく分かんないなぁ」
 表情を和らげながらも、ヴィットリオは不思議そうに頬を掻いた。

●幸福の形を写真に
 それは、琥珀からの申し出だった。
 螺旋忍軍からの襲撃を防ぎ、傷付いてしまった琥珀の作業スペースを修復し、琥珀に部屋を確認してもらうと、幸せそうに笑った後、意を決したように、琥珀は、ケルベロス達に言った。
「あ、あの! 皆さんの作られたブーケをブーケ作り教室のパンフレットに載せたいんです! 駄目でしょうか?」
「いいんですか!?」
 逆に驚きの声を上げたのは、フィオだ。
「私達が作ったブーケが、パンフレットに載るなんていいのかな?」
「俺は、いいって言うか……嬉しいけど」
「ワタシの南国風のも載っていいのかな?」
 ヴィットリオとマヒナもコハクに改めて訊く。
「勿論です! でも、受講生の作品と言う形になってしまうんですが……」
「それでもいいよ! みんなに見てもらえるの嬉しいんだよ♪」
「幸福が届くように思いは込めたもの、断る理由が無いよねぇ♪」
 わかなとフィーも嬉しそうに笑う。
「幸福を届ける方に、認められたということかしらね」
「思い出に残るのもいいんじゃないかしら」
 ユルとカームも笑顔で快諾する。
「それでは、ブーケの写真撮影の前に、私、着替えて来ますわ。流石に3日間もウェディングドレスを着ていましたので、少し疲れまし……」
「待って下さい! 琴宮さんには、ブーケを持った花嫁役でモデルもお願いしたいんです!」
「えっ!? 私ですか!?」
 琥珀の言葉に素っ頓狂な声を上げる淡雪。
「最初にウェディングドレスで、いらした時から考えていたんです」
「でも……花嫁だけの写真なんて……」
「大丈夫ですよ、琴宮さん。花婿さんには、3日の間にタキシードを知り合いに頼んで用意させてもらいました。野木原さーん」
 扉から入って来たのは、いつものホストスーツでは無く、白タキシードを着て、緊張気味に顔を強張らせた、咲次郎だ。
 咲次郎がブーケ作りに参加しなかったのは、琥珀に頭を下げられタキシードの採寸に行っていたからである。
「これなら、大丈夫ですよね?」
「え、えっと……はい」
 琥珀の問いに淡雪は、頬を赤くしながらも、素直に頷いた。

 出来上がった、ブーケ作成教室のパンフレットは、7人のケルベロスのブーケ作品とブーケを手に幸せそうに笑う花嫁……そして、緊張のあまり直立不動の花婿の写真が表紙を飾っていた。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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