ローカスト調査隊～彼らの終着点

■リプレイ

●
　突如として切って落とされた戦乱の火蓋。滅びゆくローカストたちの怨嗟は瞬く間にケルベロスたちを取り囲む。
　そんな中を駆け抜ける金色の一閃。羽音すら掻き消える、瞬速の斬撃が１人のケルベロスを襲った。
「――っと！　やっぱりアンタか、そうだと思ったよ……アンナフル。あぁ、誰かに運命なんて感じるのは、これで２度目さ」
　辛うじてその斬撃を受け流し、九道・十至（七天八刀・e01587）は苦笑を零す。
　ローカストに知り合いはいないし『２代目』と直接対峙するのは初めてだが、こんなに見知った太刀筋を繰り出すのは、この場では彼女以外に有り得ないだろう。
　そして、アンナフルに遅れて迫る傭蜂集団の兵たち。
　流石にこの数を１人で相手はできない。それでも身構えた瞬間、エヴァンジェリン・エトワール（白きエウリュアレ・e00968）を初め、数人のケルベロスが戦線に飛び出す。
「ずっと探してたわ、アンナフル。アポロン暗殺を終えた時から、ずっと」
「一旦固まって態勢を整えよう！」
　エヴァンジェリンらが敵の攻撃を凌ぐ隙に、アルケミア・シェロウ（罠仕掛け・e02488）の声を頼りにケルベロスたちは一旦、アンナフルと距離を取る。
　集まったのは８人と３体のサーヴァント。十至は勿論、エヴァンジェリンもまた、アンナフルとは少なからずの因縁だ。
「ど、どうしよう？　ボク達、戦いに来たんじゃないのに……」
「会うのも、見るのも、初めてだけど……ローカストさん、助けたい……」
　しかし、ルリナ・ルーファ（あったかいきもち・e04208）やリィナ・アイリス（もふもふになりたいもふもふ・e28939）の思いとは裏腹に、アンナフルたちはすぐにケルベロスの前に立ち塞がる。
　傭蜂集団含め、その瞳に宿るのはあまりに強い敵意だ。
「……まだ、結末が決まったわけじゃないよね？　これ、使えないかな？」
　刃を手ににじり寄るアンナフルを前に、マイヤ・マルヴァレフ（オラトリオのブレイズキャリバー・e18289）は意を決するようにして、グラビティ・チェインの蓄えられた小さな水晶を取り出す。
「なら、これも。……うん、やれる事をやってみよう。例の装置は……少し、遠いかな」
　その言葉に、ルビー・グレイディ（曇り空・e27831）もダンジョンで拾った記録映像の再生装置を取り出す。中に保存されているのは、レギオンレイドの豊穣を願う、あるローカストの映像だ。
　もう一つ望みがあるとすれば、グラビティ・チェインを蓄えていた例の装置だが……ここからでは少し距離がある。あそこまで野放しにしてくれる程、アンナフルたちは容易くはないだろう。
「なら、一か八かでも、女王様に謁見してみる価値はある、か？　上手く行けばこの騒動も抑えられるかもな」
「アタシは、そのつもり。滅亡の手伝いしか出来ないなら、ケルベロスでいる意味がない……みんなも、力を貸して欲しい」
　十至とエヴァンジェリンの言葉に、ケルベロスたちは強く頷く。
　マイヤの言っていた通り、まだ結末が決まったわけではない。か細い可能性でも、やる価値はある筈だ。
「なら、頭は任せたぜ。俺とグラックで下っ端はできるだけ抑えるからよ！」
「あ……ルルドくんも、グラックも……気を付けてね。後ろは……私が、守るから……ね」
　リィナの言葉にルルド・コルホル（揺曳・e20511）は任せた、とばかりに親指を突き立て、先陣を切る。
　どんな形であれ、今度こそローカストとはこれが最後の戦いになるだろう。その一幕が、今開ける。

●
「アンナフル、種を存続させるために、仲間を傷付けないために、どうするのが一番いいのか考えてほしいんだ」
　苛烈な猛攻に晒されながらも、ケルベロスたちはアンナフルの説得に全力を尽くす。
　ヒールグラビティでは、飢餓状態にあるローカストの枯渇を満たす事はできない。だが、それでも敵意が無い事だけは伝えられる筈だ。
「話を聞いて、アンナフル。定命化は止められなくても、種を存続することはできる、アタシ達と一緒に、生きよう？」
　ダンボールちゃんに守られながら傭蜂集団を切り抜け、ルビーはオウガメタルをアンナフルへ向ける。
　かつてはローカストに虐げられてきたオウガメタル。だが、その粒子が放つ輝きは、今はどこか悲しげで、エヴァンジェリンの想いを乗せた蝶の舞に共鳴するように尾を引き、アンナフルを包み込む。
「――！」
　だが、アンナフルは動じない。敵意の奥に憎しみに近い感情を揺らめかせ、金色の鉄槌で近寄る者を薙ぎ払う。
「ありゃあ……初代の……」
　傭蜂集団を牽制しつつ、視界に入ったアンナフルの獲物に十至は微かに眉根を寄せた。
　鉄槌――ではない。あれは、初代が振るっていた黄金の長槍だ。黄金装甲を失い、途中で折れてこそいるが、間違いない。
「ッ、本当に絶滅寸前かよこいつら、随分気合い入ってるじゃねぇか……！」
「ルルドくん！」
　こちらの意図など、向こうはお構いなしだ。勝つための戦いではないが、戦局は瞬く間にケルベロスの劣勢に傾く。
　しかし、この戦いの『終結』に命を賭しているのはお互い様だ。傭蜂集団の数体を引き受けながら、ルルドはリィナを視線で制する。
「背中は任すぜ！　だから、できるだけ早いとこ話を付けてくれよな！」
　アンナフル、そして傭蜂集団をある程度は相手にしながらの説得は、いかにケルベロスと言えど非常に厳しい。
　圧倒的な殺意を込めて振るわれる攻撃から伝わる、死への恐怖。それを浴びながら、ルビーは歯を食いしばる。
「伝わってくるよ、辛いんだね。きっと、この一撃一撃よりずっと、辛いんだ。……だから、あたし達はあなた達を助けたい！」
「生き残りたい思うのは生命の本能だと思う。だけど、その本能に飲まれないで、ゼロに近くても可能性を自ら捨てないで！」
　道具は尽くし、それらは全て拒絶された。だが、それでも駄目ならばとマイヤも必死に言葉も尽くす。
「ボクたちもたくさん、たっくさん考えるよ！　アンナフルさんや、みんなが仲良くできる方法！　そうしたらきっといい方法が思いつくはずなの！」
「私も、もっともっと、貴方たちのこと、知りたい……わからないまま死んじゃうのなんて、悲しいよ……」
　声が届かなければ、ルリナやリィナのように傷を顧みず直接触れて、想いを伝える。
　長い間、戦ってきた、憎しみ合う事もあった、今この戦いで死んでいくローカストもいるだろう。それでも。
「――エヴァさんと九道さんの顔をよく見るんだ、みんなの声を、ここにいる人たちの声を聞くんだ、アンナフル！」
　アルケミアは仮面を捨て、アンナフルに肉薄しつつ叫ぶ。
「お前を倒そうとした人間が今、お前を助けたいと願ってるんだよ。だから、答えろ、答えろ！　思い出せ、自分が何をすべきかを――！」
「アンタならできるかもしれないんだぜ？　ＳＮＳ。アレを使って傭蜂集団の意識に直接『地球への愛』をぶち込んで、纏めて定命化をするって寸法さ。俺たちがまだ信じられないってんなら、こいつならどうだ？」
　鼻先をかすめる斬撃に踏み止まりながら、十至は右腕を掲げる。
　その腕輪は、かつて彼と戦った初代アンナフルが武器として用いていた黄金装甲、その一部だ。
　その煌めきが見てきたのは、ローカストとの戦いだけではない。今やすっかり地球の住人の１人となったオウガメタルは、多くの繋がりからなる地球の愛を、よく知っているとばかりに強く、誇り高く、輝く。
「もう一度言うわ、アンナフル。一緒に生きよう、アタシ達と、アナタの群れの皆と、地球で。アタシは、その手伝いが、したい」
　蜂色の輝きと、エヴァンジェリンたちの言葉にアンナフルははたと動きを止めた。
　戦場が遠のくような静寂――いや、違う。
「ァ、ァァ……ケル、ベロス……先代ノ……同胞ノ……仇、ィ、ィィィィ！」
　爆ぜる、憎しみ。
　振りかざすのは、初代の忘れ形見。怒りのままにアンナフルは近くにいたエヴァンジェリンへと、その一撃を振り下ろした。

●
　それは一瞬だった。
　今までのものよりも遥かに強烈な一撃に、何かが砕け潰れるような鈍い音が響き、エヴァンジェリンの身体が地面に転がる。
「ラーシュ！　急いでヒールを！」
「待、って……アタシ、大丈夫……だから！」
　即座にサーヴァントへ指示を出すマイヤをエヴァンジェリンが手で制する。
　どう考えても大丈夫ではない。とても戦線に復帰できる怪我ではないのは間違いない、だが……。
「アアアアァァァァ！」
　ほとんど動けなくなった彼女の無視して、アンナフルはケルベロスたちへの攻撃を再開する。
　傭蜂集団もまた、女王の激昂に触発されたかのように激しく羽を奮わせていた。
「どうして……あたし達は、あなた達とは戦いたくはないのに……！」
　もう言葉は届かない。それは火を見るよりも明らかだ。
　悔しげなルビーの声も、取り囲む羽音にかき消されてしまう。
「ッ……ごめんね」
「……ルリナさん」
　伝播する憎悪。突き刺さるような殺意の檻の中で、ルリナは決意と共に静かに呟いた。
　俯いたその表情は、近くにいたルビーにも窺い知れない。だが、小さな拳は強く握りしめられ、震えていた。
「でも！」
「やるしかねぇ。……腹、括るぞ」
　アンナフルから発せられる殺気が全てを物語っている。
　わかってはいても言葉を探すアルケミア。そんな彼女に襲いかかった傭蜂集団の槍撃を、ルルドが横から武装ごと殴り飛ばす。
「……わかった、やろう」
　視界に入る、傷付いた仲間たち。確かに、これ以上は体力的にも限界だ。
　意を決してケルベロスたちは目標をアンナフルの撃破に切り替える。
　だが、説得に多くの時間を費やし、既に１人が戦線を離脱しているこの状況。戦いは熾烈を極める。
「ごめん……守るって約束、したけど……」
　リィナやダンボールちゃんが仲間を庇い、力尽きていく。
　しかし同じくして、傭蜂集団もケルベロスたちの攻撃を前に倒れていき、長期戦の末にアンナフルは遂に１人となった。
「本当にごめん。許してもらえるとは思わないよ、だけど……！」
　マイヤの翼から放たれる光が、高速で動くアンナフルの羽をかすめる。
　それはほんの些細な傷。決定打には至らないが、微かにその速度が落ちたのを、十至は見逃さなかった。
「……決着、つけようぜ」
　一気に間合いを詰めるその背中には、純白の６枚翼が広がっている。
　ほんの一瞬の遅れ。その隙を突いた斬撃は、刀を持つアンナフルの右腕を切り落とす。
「クッ、ァァアアア！」
　だが、アンナフルにはまだ武器が残っていた。初代の残した長槍の残骸、そして積み重ねてきたケルベロスとの戦闘データ。
　高速でぶつかり合う、金色と純白の軌跡。しかし、結果はかつての十至が見た流れと重なり、砕け散った槍は彼の刀を弾き飛ばす。
「死、ネェェェッ！」
「――悪いな、そのご要望にだけは、答えてやれねぇんだ」
　振り上げられる最後の一撃。しかし、それよりも僅かに速く、アンナフルの胸を黄金の槍が貫いた。
　否、それは十至の腕に輝く、蜂色のオウガメタル。初代から続く、しかしその戦いにはいなかった、もう一つの因縁。
「……今度は俺の勝ちだったな？」

●
「アンナフル、どうして……」
　力を失い、地に落ちたアンナフルをアルケミアが覗き込む。
　他の戦いも決着がつきはじめているらしく、徐々に地下空洞は静けさを取り戻しつつあった。
「……私ノ、成スべき事ヲ……女王トシテ、スルべき戦イヲ……したマデデス」
「これが……？　こんな死に、何の意味が……」
　死に瀕したアンナフルは、アルケミアの言葉にうわ言のような返事を零す。
「例エ、行先が滅ビデあろうと……多クノ仲間が殺サレ……今更、ソレを水に流せマショウか？　女王デある、コノ私が、ソノ手ヲ取るわけに……行ク筈が無い」
　仲間を殺された。先に侵略をしたのはローカストだ。投げ合おうとすれば、言葉は尽きないかもしれない。だが、最早それは問題ではないのだ。
　確かに、手を取り合う未来もあったかもしれない。しかし、女王として、群れが持つ人間への怨みを捨て置く事はできない。
「で、でも！　今は駄目でも、それでも……その……」
「すぐに地球を愛することは無理でも、少しずつ変わっていけないかな？　受け継ぐものを残す事はできる筈だよ！」
　もうアンナフルの考えを曲げる事はできないだろう。傷も、ヒールや心霊手術でも施しようが無い致命傷だ。
　出てこない言葉を飲み込んで、傷を癒そうとするルリナ。言葉を投げかけるマイヤ。
　そして、身体を引きずりながら、エヴァンジェリンはアンナフルの顔を覗き込む。
「アタシが、貴女達をずっと探してたのは、ゆっくり、話がしたかっただけなの……でも、それはこんな形じゃなかった」
　自分を囲むケルベロス達を、アンナフルは一瞥する。
「アァ……アナタ達は本当に、本当に優シイのデスネ」
　気高く、最後まで敵としての立場を貫いた女王は、ほんの一瞬だけ、その表情を和らげたように見えた。
　ふと、ケルベロス達は中央から響く低い振動音を聞く。
「……これは、装置が起動したんだ。見ろ、ローカスト達が……」
　直後、他のケルベロス達が起動した装置から溢れる緑の光が地下空洞を満たしていく。
　ルルドの指す先、ケルベロスたちの言葉を受け入れた他のローカスト達は、光に包まれコギトエルゴスムへと姿を変えていった。
　だが、アンナフルに変化は無い。それは明確な拒絶の意志。
「できる事なら、あなた達にもこの光を受け入れてほしかった。それは本当だよ」
「……さようなら……私も、もっとお話、したかった……」
「道ヲ違えたマデ……せめて誇ル事デス、望マズとも、コレハ紛れも無ク――」
　伸ばされた手は、遠い空を求めるように虚空を掴む。
　そして、女王は遂に事切れる。彼女は、満ちる緑の光の中に何を見たのだろうか。
「……そうだな、せめて、アンタに勝った事は、誇ってやった方が良いのかもな。……あぁ、アンタは本当に“宿敵”だったよ。アンナフル」
　戦いの中で落ちた帽子をかぶり直して、十至は呟く。
　こうして、数多くの因縁は決着を迎え、ローカストとの戦いは今度こそ終わったのだった。

作者：深淵どっと	重傷：エヴァンジェリン・エトワール（暁天の花・e00968）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 2／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。