ローカスト調査隊～数万年先へ託した希望の匣

■リプレイ

●
「囲まれた……」
　周囲を見回した守屋・一騎（戦場に在る者・e02341）は、戦闘に突入していく仲間達を確認して警戒心を跳ね上げた。自然と口調が素に戻る。
「離れるな！　傍にいる仲間と固まるんだ！」
　アスカロン・シュミット（竜爪の護り刀・e24977）が周囲に呼び掛けつつ、自身のチームに視線を飛ばした。
「いきなりでビックリしてるけど、まぁ守りか何かはあるんじゃないかとは思ってたからねぇ」
　間延びした口調でそう言いながら、尾守・夜野（パラドックス・e02885）が近寄ってくる。
「とにかく、ルルエル君がいないか捜しましょう」
　そう言ったのはマロン・ビネガー（六花流転・e17169）だ。彼女は微かな可能性に賭けていた。チームの中では過去に遭遇したローカストの少年を捜すことで一致している。
　マロンは周囲を見渡し、蜂型のローカストが集まる一角を指差した。戦場の隙間を掻い潜り、目標の地点と目的の人物を探す。
「危ない！」
　キーア・フラム（黒炎竜・e27514）の上げた声に、ケルベロス達が顔を上げる。接近に気がついた傭蜂集団のランサー１匹が、跳躍して襲い掛かってきていた。
「エリィ！　お願い！」
　足は止めたくなかった。時間の許す限り、ローカストの少年を捜したかった。仲間達の想いを汲んだ虎丸・勇（ノラビト・e09789）が相棒のライドキャリバー、エリィに指示を送って仲間を庇わせる。その隙を突こうとしたが、ランサーはそれを許さなかった。行く手を遮られ、ケルベロス達の足が止まる。
「戦いに来たわけじゃないんだけどなぁ……」
　勇の口から思わず本音がこぼれる。少なくとも彼女達はローカストを受け入れようと此処に来ていた。だが、目の前のローカストは飢餓状態に陥り、こちらを餌と定め、一戦は避けられない状況となっていた。
「ルルエルは？」
　アスカロンの問いかけに、ボクスドラゴンのルコを抱いた来栖・カノン（夢路・e01328）が首を横に振る。
「いないの」
「私も見てないわ」
　カノンに同調したアリス・セカンドカラー（腐敗の魔少女・e01753）が微かに目を細めた。急な出来事であった為、索敵時間はほんの僅かだった。目の前には荒れ狂うローカストが１体。それを見据えつつ、アリスは色んな感情を小さな吐息に乗せて吐き出して、
「飢餓状態での暴走か……まぁ、理性がないからって説得を諦める理由にはならないわね」
「あの子には、随分、無理言ってしまったものね……」
　キーアが静かに告げるとアリスが思わず笑みを浮かべる。報告書で聞き知っている仲間達も微かに笑みを浮かべた。
「私達もその責任は果たさないとね」
「共存共栄の未来こそ楽しいと思えるから。それに諦めたらルルエル君に顔向けできないしね」
　それがどれだけ難しい状況にあったとしても、だ。
「いくぞ！」
　一騎の掛け声と共にケルベロス達が動き出すのと、ランサーが動き出したのはほぼ同時だった。

●
「瞬き　煌き　耀けよ！　月（狂気）を沈め今ここに！　今一度の導となりて　我らに途を示したまえ！」
　朗々と詠い上げるように、夜野の声が響き渡ると淡い光がランサーを包み込む。それは構わず飛び込んでくるランサーの動きを阻害するものではなく、癒していくものであった。
「落ち着いて！　君達が地球を選んでくれれば、皆が助かる可能性があるんだよぉ！」
　夜野の制止を振り切って、ランサーが手にした槍を力いっぱいマロンに突き入れる。
「やらせないよ、ルコ……オウガメタルもお願い、力を貸して」
　小さな体を敵の前に晒し、カノンがランサーの槍を受け止めた。同時にルコがカノンの脇を抜けてランサーに体ごとぶつかっていく。
「ねぇ、例え今ボク達を倒して生き延びたとしても、その先はどうするの？　この星を愛しても、皆に憎まれてもいつか終わりが来るのはどちらも同じだから……それに、後者は自分だけしか生き残れないけれど、前者だと仲間達みんなと生き残れるから……だから、どうかお願いするんだよ」
　両腕にオウガメタルの力を注ぎ込んだカノンがランサーを押し返すと、その両脇に回り込んだ勇とマロンが同時に光り輝くオウガ粒子を開放した。
「聞く耳を持ってくれると嬉しいんだけど」
「ゆきみメタルさんもお願い！」
　光の粒子が優しくランサーを包み込んで、
「種を繋ぐ事や未来へ希望を託す事……皆さんは生きたいからここで眠っていたのですね。私達も貴方達の生を望みます」
「手を差し伸べる準備はできてる。私達も地球も拒みはしないよ」
　マロンと勇の声と想いに重ねるように、オウガ粒子がランサーの体に染み渡っていく。
「俺達はお前達を見捨てはしない……その為に俺達はここに来たのだから！　だから、どうかその命の灯をここで燃やし尽くさないでくれ」
　アスカロンの放出した闘気も、また。何者も通さないという意志が敵であるランサーを包み込んだ。
「これでグラビティ・チェインの供給ができれば……貴方の魂の灯を私の黒炎で照らしてみせる！」
　キーアが膨大なグラビティを基にした黒い炎をランサーに放つ。黒炎は相手を燃やす事無く、心身へと浸透していく。
「もう飢える事も争う必要もないのよ！　私達もこの地球も、貴方達を受け入れる！」
『ゴアァッ！』
　しかしランサーにグラビティ・チェインは供給されない。ヒールではグラビティ・チェインを回復する事はできず、オウガメタルを用いた呼びかけも効果がない。
「目を覚ませ！」
　暴れ狂うランサーの攻撃を回避しながら、一騎が間合いに踏み込んでいく。飢えて苦しんで、それでもケルベロス達の前に立ちはだかった彼らが種の未来を憂う戦士だったという事を一騎は信じていた。
「あんたらは生き延びる為に戦ってきたんじゃねぇだろ！」
　伸ばしたツルクサでランサーの四肢を絡め取り、その動きを捕縛する。同時にアリスがランサーに肉薄した。
「日本のサブカルにはこういう時の対処があったわね」
　振り払うような槍の軌道を掻い潜り、ランサーの体に固めた拳を打ち込んで魂を吸い上げた。
「そう、拳で語る友情の文化！」
『グゥゥッ』
　後方へ飛んで逃れるランサーに拳を突きつけたまま、快楽エネルギーを吸い取ったアリスの目元が妖しい色を帯びる。
「言葉だけでは届かなくても、想いだけでは伝わらなくても、そのすべてを拳に託して奮いましょう……愛せと言われて愛せるのなら苦労はないのだから」
　語り続けなければ届かない。それでも足りない想いは拳に乗せて。
『グルルッ』
　唸り声を上げて、身構えるランサー。微かに反応があった。が、それはまだ微々たるものでしかない。
　地を蹴ったランサーが手にした槍を高速回転させ、ケルベロス達を一気に薙ぎ払った。

●
　敵への攻撃と回復を繰り返しながら、ケルベロス達は説得を続けた。
　荒々しく薙ぎ払われるランサーの槍をアスカロンが右腕の呪具『家守』で受け止める。鈍い音が鳴り響き、力任せに振り切られた勢いで彼は後方に弾かれた。
「くっ……！」
　衝撃に表情を歪めながら、アスカロンが『家守』を空中で構え、その掌から放った巨大砲弾でランサーを撃ち抜く。
「お前達ローカストがこの地球を攻める理由はアポロンの崩御と同時にもう無くなっているんだ！」
　滑るように着地して、声を上げるアスカロンをマロンが追い越していく。
「今、皆で生きているこの星を今すぐ愛してくれ等とは言いません。好きな物や場所、素敵な物……少しずつ、沢山見つけて掴んで欲しいんです」
　祈るように彼女は天に手を翳す。天空に無数の刀剣を生み出して、腕を振り下ろすと同時にランサーへと解き放った。槍を振るって打ち払うランサーの体を突破した刀剣が切り裂いていく。
　動きの鈍ったランサーに低い姿勢で疾走した勇が、二刀の惨殺ナイフを逆手に構えて肉薄した。
「後はあなた達の選択次第よ！」
　勇が手にした業【カルマ】で斬り付けて。距離を置こうとするランサーに鋼の鬼と化したオウガメタルの拳を叩き込んだ。
『グルルッ！』
　立て続けに受けたダメージに体勢を整えようとするランサーを先読みして、回り込んだカノンがその手をランサーに触れる。
「憎まれて、独りぼっちは寂しいんだよ……」
　攻撃の衝撃に身構えるランサーに反して、カノンの手から溢れたのは真に自由なる者の癒しのオーラ。ランサーの傷が見る間に癒えていく。驚きを隠せないでいるランサーに、夜野が迫る。
「仲間になろうよ！　地球には自然豊かで綺麗な場所も沢山あるんだよぉ！　生きていれば、皆の幸せはきっと見つかるから！」
　掌に集められた光の弾を直接叩き込むようにぶつけると、光に包まれたランサーの動きが痺れに鈍った。
「仲間達と共に生きる事ができる……だから、お願い。貴方達もこの星を受け入れて」
　キーアがゲシュタルトグレイブを構えて疾走する。漆黒の炎を灯したそれは黒い尾を引いて、ランサーの脇をすり抜けざまに切り裂いた。
『グゥゥッ！』
　ランサーが苦しみながらも、接近するアリスに目を向ける。射程圏内に入った彼女を槍で突いて接近を拒む。その全てを軽やかなサイドステップで回避したアリスが宙を舞った。
「憎むように愛しましょう、愛するように憎まれましょう。ああ、今この瞬間、互いのことしか見えてないのならば、どちらも同じでしょう……でも」
　少女の手には【図解☆触手の育て方♪】と【図解☆触手の使い方♪】。グラビティを吸収した二つの魔導書が強い光を放ち、濃縮された快楽エネルギーを触手のように伸ばしてランサーを捉えた。
「私は愛に生きる種族サキュバス。だから滅亡なんて認めない。だって、そこに愛はないのだから……さぁ、この私の愛を受け止めて？」
　臨界を超えた快楽に苦痛を覚えて足を止めるランサー。そこに一騎が飛び込んだ。両脚を開いてランサーが迎え撃つ。
「生きる為に！　仲間を生かす為に戦ってきたんだろう！　それを汚すような真似すんな！」
　敵である限り、立ちはだからなければならない。
「憎んでくれといつもは思う。それしか出来ないから。でも、今は違う！　あんたらの未来はもうそこにある！　数万年先にじゃない！」
　捕食モードのブラックスライムと槍が交錯する。飲み込もうとうねるブラックスライムとそれを打ち払う槍の攻防は飢餓に任せた荒々しいものではなく、洗練された戦士のそれだった。
「危ない！　一騎くん！」
　その動きにいち早く気づいた勇が声を上げる。ブラックスライムが捕食に手をかけた瞬間、下段から斬り上げてくる槍に上体を起こされた一騎が槍の石突で突き込まれて後方に弾き飛ばされた。何とか体勢を立て直して着地する一騎。
　距離を取ったランサーの姿は飢餓に我を失った姿ではなく、苦しくとも凛とした表情をしていた。
「生きる術はある。憎まないでくれ。地球を、ヒトを憎まないでくれ。愛してくれ」
　一騎の搾り出した言葉はきっとこの場に居合わせた仲間達共通の願い。それを聞いたランサーは微かに笑みを浮かべた。
　その時だった。緑色の怪しい光が室内を照らし出した。その光はやがてランサーの元へ届き――彼はそれを槍で薙ぎ払った。
　その光が示すモノを直ぐに理解できる者はいなかった。しかし、次の所作でなんとなくその場にいた全員が気付いてしまった。
『感謝する……』
　ランサーは確かにそう言った。言って腰を落とし、槍を構えた。最後のその時まで、あるべき姿を示すように。
「致し方……無いのか……」
　アスカロンが小さく息を吐いた。全ての策は講じた。だが届かなかった。
　それでも、ただ死に逝く命としてではなく、誇り高き戦士として。
『参る！』
　残り僅かとなった命に火を灯し、ランサーが地を蹴った。

●
　稲妻を帯びた突きを繰り出してくるランサーに、アスカロンが身構える。
「エリィ、援護お願い」
　勇の声に反応したエリィがエンジンを唸らせ、大量の弾丸を撒き散らした。ランサーが被弾構わず弾幕の中を突き抜ける。
「迎撃に転ずる」
　溢れ出したオウガメタルが鋼の鬼と化し、アスカロンがランサーを迎え撃った。交差する槍がアスカロンの頬を裂き、鋼の拳がランサーの顔面を捉える。
「ルコ、今なんだよ！」
　カノンの声に反応したルコが足を止めたランサーに虹のボクスブレスを浴びせた。
「一気に終わらせるね……」
　苦しまぬようにと願うカノンの稲妻を帯びた高速の突きがランサーの肩を切り裂いた。前進を止めようとはしないランサーにアリスが立ちはだかる。
「それが貴方の想いなら、受け止めないわけにはいかないわね」
　ＤＴキラーに降魔の力を宿したアリスが、その一撃をランサーに叩きつける。後方に弾き飛ばされるランサーを一騎が追った。
「ばかやろうが！」
　悔しげにそう叫んで、攻性植物で絡め取ったランサーに銀に輝く炎を浴びせかける。体を焼かれ、膝を落とすランサーを夜野の御業が鷲摑んだ。
「せめて安らかに眠って欲しいんだよぉ」
　見送る方はいつだって辛い。その事をよく分かっているから、夜野は御業に力を込めた。
「それが貴方の望みであるなら……私は……」
　マロンが日本刀の柄に手をかける。せめて苦しまぬようにと、一息にそれを抜き放って、的確に急所を切り裂いた。
　力を失い、膝をつくランサーの肩にキーアが手を添える。
「私達が開放してあげる」
　もう戦わなくてもいいのだと、戦い疲れた戦士の体をキーアの黒炎が包み込む。
「正直、最後は戦士としてなんて、納得いかないけど、ね」
　風と共に舞い降りた勇が目を細める。静かにその時を待つランサーの表情はどこか安らかで。
「ゆっくり、おやすみなさい」
『ありがとう、戦士達よ……』
　静かに印を結び、螺旋の力を風に変換する。鋭く研ぎ澄まされた鎌風は一人の戦士の命を静かに刈り取った。
「救えませんでした……」
　肩を落とすマロン。その肩にアリスが手を添える。
「そうかしら？」
　少なくとも飢餓に苛まれ、ただ滅びを待つだけのはずだった戦士が誇り高く死を迎えられた。それは、ケルベロス達が訪れなければ叶う事のなかった彼の願い。
「潔さはルルエルに通じるところがあったかもな……」
　アスカロンが小さく息をつく。それでも救いたかった命。顔を伏せたままの一騎もきっとそう。
「もう少し見て回ろう？」
　カノンの提案にルコが一声鳴いて賛同する。全員に異論は無かった。
　室内は静寂を取り戻しつつある。戦闘は殆ど終わっているのだろう。救えた命はどのくらいあるのか。
「……うん」
　自分の手に視線を落とした勇がひとつ頷く。今日の結果が望まないものであるならば、それを糧にまた強くなるしかない。
「まだ、調査隊のお仕事は終わってないんだよぅ」
　力を入れ直す夜野にキーアも頷いて。
「共存を望むローカストを救う。それがルルエルとの約束と私は信じてる」
　微かな可能性を信じて――彼らが歩みを止める事はまだ、ない。

作者：綾河司	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 2／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 6
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。