ローカスト調査隊～希望と絶望

■リプレイ

●覚悟
「助けたいって言うんですか！？」
　驚愕を隠さぬメリーナ・バクラヴァ（ヒーローズアンドヒロインズ・e01634）の第一声は、おそらく間違ったものではなかろう。
　ケルベロス達を取り囲む敵意を超えた、殺意――その中でも数体のローカストに囲まれた黒いドレス纏うローカスト。鮮やかな羽の周囲には銀色の鱗粉が漂い、それは明らかに攻撃的な意志を持っている。
　眼前で祈るように手を組んだミラ・ジェニラム・ジューシスは、守られる姿が似合いながらも、明らかに強力な力を持つ個体であった。
「わかっています――けれど、彼らのこれまでを想えばギリギリまでは説得を続けたいんです」
　追い詰められていることは充分承知しながらも、ギルボーク・ジユーシア（十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474）は、メリーナと居合わせたケルベロス達に、告げる。
　申し合わせて集まったわけではない以上、意見が合わぬこともある――彼の言葉に最初に応じたのは、クローネ・ラヴクラフト（月風の魔法使い・e26671）であった。
「可能性があるなら、ぼくはまだ諦められない」
　月の瞳で真っ直ぐミラを射貫く彼女の横顔をレッドレーク・レッドレッド（赤熊手・e04650）はゴーグル越しに見、
（「この星では弱者に寄り添えない者は生きられない。奴等が弱者となった今こそ希望はある筈だ」）
　弱ったドラゴンの姿や、曾て救われた自分を思い出し――それらを不敵な笑みで掻き消し、同意した。
「そうだな……我々が何のために此処までやってきたのかという話になる」
「わたくしは彼らを助けたいです。きれいごとだと言う事もわかっております……それでも、瀕死の彼らの言葉を聞いた時には衝撃が走りました。わたくしはどうにかしたい……！！」
　花露・梅（はなすい・e11172）の言葉に、……ん、とフローライト・シュミット（光乏しき蛍石・e24978）が頷き応じる。
　めんどくせーという口癖は見塚・重安（朱の弾頭・e33784）ひとまず内心に籠めつつ、きっぱりと口にする。
「命を守るために賭けるもんがあるなら、そりゃ命だろ」
「皆さん……」
　吐息を零すようにメリーナは呟き、暫し考え――提案する。
「八……いえ、十分です。……これ以上待てません」
　この言葉は無慈悲ではなく――彼女の持っている、仲間を守りたい、笑顔で帰還したいという望みは何一つ間違いではない――ゆえに、異は出なかった。
「私が完璧に守ってみせるから！　任せなさい」
　片白・芙蓉（兎頂天・e02798）はどんと自らの胸を叩く。
　自信満々な彼女の言葉に、頷いてメリーナはローカスト達に向け手を広げた。
「ご着席を。台詞が届かないじゃありませんか」
　常と同じ落ち着いた微笑み浮かべ、開幕を宣言するのだった。

●想い
　殺せ、殺せ――ミラ様のために――そんな声が上がる。
　実際、彼らもミラも、ケルベロスに対する遠慮はない。翅を刃のように変え、飛びかかってくる。
　率先してその刃の前へ、ギルボークとレッドレークが立ち塞がる。
「地徳は我が方にあるぞ！」
　地に触れたレッドレークの掌から、床を這うは赤く染まった熊手状の蔦草――敵意を込めれば相手を引き裂くそれは、今は彼の意志によって癒しの恵みとなる。
（「言葉を、思いをのせて彼らに届けなくては……母なる大地よ、どうか僕に力を」）
　息を吸いながら、ギルボークは思いを練る。
「魂の祝福を！」
　発すると同時、光の風をローカスト達へ吹き付ける。それは攻撃ではなく、癒しのブレス。
「お休みの所起こして御免なさいね。対話を目的にお邪魔するわ」
　そう朗らかに言い、芙蓉が放ったメタリックバーストは仲間にではなくローカストへ。同時、テレビニウムの梓紗へ尋ねる。
「ヴァルキュリア殿の定命化した姿、流せる？」
　こくり頷いた梓紗は探し出してきたヴァルキュリアの姿を映し出した。
　敵意は無いのだと梅もまた分身の術を相手へ向けながら、声をかける。
「大丈夫です、落ち着いてください」
「きみ達と、話がしたいんだ」
　落ち着いた声音で語りかけながら、クローネはオウガメタルの装甲から光を放つ――きらきらと輝く粒子を受け止めても、相手の表情は変わらない。
　傷は癒えても、飢えは癒えぬ、ということだろう。
　だが、ケルベロス達も此処で退くことはできぬ。横からの跳び蹴りを、重安が受け止めながら問いかける。
「お前ら、生きたいと思わねーのか。甘ったれんじゃねー！」
　生きる、その言葉を鸚鵡返しに、ローカストが呟く。
　積極的に攻め込んでくる配下達の後ろ、静かに佇むミラへ、ギルボークが真摯な視線を向ける。
「既にアポロンは倒れ、もはやローカストが戦おうと憎悪と拒絶を得る事はありません。定命化を恐れる気持ちはわかります」
「もう……地球と戦争する理由は無い……」
　フローライトが彼の言葉に同調する――最早戦う理由はない、と。
「それに……この地球に居る……地球人以外の種族は…………全てが元デウスエクス……辛い事も……嬉しい事も含め……地球は……受け入れてくれる……」
　淡々と言葉を紡ぐ彼女も、そうだったと――右耳の上を彩る紫葉牡丹型攻性植物を無意識に触れつつ、フローライトはミラをじっと見つめる。
「俺様も元ダモクレスだ。死の間際、人々は俺様の出自を知っても受け入れ助けてくれた。共に生きる意志を持つ者にはこの星は優しいぞ。心配になる程にな」
　食らいついてくるローカストから、畑の守獣と名付けたオウガメタルで身を守りつつ――それが彼の言葉を巧く伝えてくれることも期待しつつ、レッドレークは笑う。
「きみ達の仲間や王を殺め、ゲートを壊しておいて、今更判り合おうだなんて、身勝手な話だと思う。それでも、ぼくはきみ達の苦しみを分かち合いたい」
　仲間へと鎖で守護陣を描き、クローネは顔を上げる。
「どうかこの星を、ぼく達を、ほんの少しだけ信じてくれないかな？　嘗てこの星がぼくの祖先を、大切な人を受け入れてくれたように。生きたいと願うきみ達の命の声にぼくは応えたい、いや、必ず応える！」
　日頃の彼女からすれば、信じられないほど強い声だった。
　――しかし、返ってきたのは更なる苛烈な攻撃。
　ミラの羽ばたきは舞い上がる鱗粉を礫としてケルベロス達を襲う――その威力は、彼女が理性を失っているため、強烈であった。
　鱗粉は生物を内側から蝕み、苦痛を生む毒であった。
　すぐさまにオウガ粒子の輝きが周囲に広がった――まるで鱗粉を中和していくように、それは毒を祓う。
「ちゃんと治すわ。落ち着いて、言葉を続けなさい」
　堂と振る舞い芙蓉が皆を鼓舞すると、メリーナも御業を繰りつつ皆へ笑みを向ける。
「大丈夫。……諦めないで。きっと届きます」
　しかし、どうにも彼らの言葉はローカスト達に響いていないようだった――配下ローカストに比べれば、淡々としているように見えるミラであっても理性を失っており、理論的な話を受け入れられる状態ではなかった――。
　牙剥いたローカストに噛みつかれながら、それを阻まず重安が叫ぶ。
「歯、食いしばれ。俺はお前らを拒絶しねー！　お前らも俺らと一緒に生きたいって思ってくれ」
　滲む血もわき上がる苦痛も、どうでもいいと彼は相手を睨み付ける。
　生きろ、と。
　同じく、取りすがり棘を刺そうとしてくるローカストを押さえ込みながら、レッドレークも続ける。
「もう母星に帰る事はできないし、この星の為に命を使い切る覚悟だ。だが全てを諦めた訳ではない。何れピラー枯渇の原因を究明し……祖国に豊穣を取り戻す！　どれだけ時間が掛かったとしても！」
　説得に掛かる仲間に向け、梅は支援を送りつつ――皆が傷付きながら向き合うも、ローカスト達の様子が変わらぬ事に、灰色の双眸が辛そうに揺れる。
　目の前に血が流れていく――どれも仲間の流す血であった。
　殊更、重安の消耗は激しかった。攻撃を躱さず受け止め、直ぐに向き合うことで、更に増えていく。
　ミラが腕を刃に変じ、斬りかかってくる――ギルボーグは剣をもって、受け止める。だが斬り返しはしない。ただただ説得を続ける。
　飛びかかってくるローカストに向け、エネルギー光弾が止まってくれと願いを込め、撃ち込まれる。
「生きる事は……辛い事も多いけど……それと同じ位……楽しい事もある……あなた達は……今迄苦しんだ……今度は……楽しむ番……」
　左手の銃を構えたフローライトが訥訥と語りかけつつ――それをくぐり抜けたローカストが、刃に変じた腕を振り上げた。
　来なさいと杖を構えたメリーナの前に、揺れる赤いコート裾が割り込む。武器を構える間もなかったのだろう――レッドレークの肩に深々と刃が刺さっていた。
「こっちに付き合わせてるからな……クローネ、大丈夫か？」
　驚いた彼女に、片頬をあげて見せる。黒く滲んでいく肩を大したことじゃないと隠しつつ、彼は近くにいるクローネを案じる。
　頷き応じたクローネを庇ったのは――お師匠と呼ばれているオルトロス。主と仲間を守るべくローカストの前に立ちはだかり、その刃を遠ざけていた。
　言葉のみでは効き目が薄いならば――と、クローネは用意していたメモリーコクーンの映像を再生する。
　鬱蒼とした森や自然の映像が映し出され――それはミラの瞳を揺らがせたように思えた。
「ただ……散っていった、きみ達の仲間の願いを未来に繋げる為に憎まれながら命を繋ぐよりも良い方法を、共に探せないかな？」
　更に、冷静につとめ、ギルボーグが問いかける。
「しかしケルベロスの力の前に倒れるも寿命を迎えて倒れるも等しく命の終わりです……ならば必死に生き延びたこれまでを、倒れた仲間の命を無駄にしない為にも、まだ生きている仲間の為にも、地球と共に生きることを選ぶことはできないのですか」
「そう……生きるために……」
　低い声音で囁いて、ミラは俯いた――そして。
「皆のもの、早くそのものたちを殺し、グラビティ・チェインを奪うのです！」
　期待に満ちたケルベロス達の視線を裏切るように、ヒステリックな声をあげたのだった。

●決意
「私はミラ・ジェニラム・ジューシス！　――殺し、喰らい、生存の道を！」
　悲しいかな、誠意尽くせど言葉は届かず、ミラは応じることはなかった。
　手段が間違っていたのかもしれぬ。そもそも、わかり合えぬ相手であったかもしれぬ。
　それでも、次の言葉で翻意してくれるかもしれない。そう願わずにはいられなかった――だから、刻限が過ぎた事を告げるか否か、メリーナは躊躇した。
　傷付きながら諦めず声を掛ける仲間の姿と、その言葉に、彼女の裡にも助けたいと思う気持ちが芽生えていた。
「一寸の虫にも五分の魂だろ……しぶとく生きろよ！」
　重安の言葉に応じるように、ぐんと大きな羽ばたきをひとつ、ミラが打つ。鱗粉を束ねた槍に太腿を貫かれ、彼は膝を突く。
　自らを小さく罵倒し、立ち上がろうと力を入れれば、更に夥しい血が流れる。
　梅が慌てて止血を施すも、それは戦闘続行は無理であるように見えた。
　譲れねー、重安は自分を叱咤するようにそう言って、指一本でも動く限り続けると意志を示すよう御業で自らの守りを固め、構える。
「死んで花実が咲くものかってな」
　彼のそんな姿を前に、メリーナは軽く瞑目した。再び開いた藍色の瞳に射す覚悟は。
「私にできない事ができる、皆さんが好きです」
　そっと囁く。もしもの手段を使う事があろうとも――後悔は無いと。
　それを芙蓉が手で制する。視線は真っ直ぐにミラに向けたまま、みんな、と声を張る。
「せめて、本気で向き合いましょう」
　――ミラの在り方を尊重するべきだ、と。
　皆の表情は、それぞれであった。だがもう限界であろうと、フローライトが静かに頷く。
「皆さん……行きましょう……」
　戦いに転ずる合図とばかり、ポッドを投擲し爆発させた――丁度、その時だった。
　突如、空間の中心から、低い振動と共に緑色の光が放たれる。
　それをミラは羽を振るわせ払い、そのまま銀色の鱗粉をケルベロス達に仕掛けた。
（「愛するということは難しい。一人を愛すること、多くを愛すること、地球を愛すること。言葉は同じでもその意味する所はまるで違う」）
「ボクは……」
　否、今は惑う時では無いと――ギルボーグは煩悶ごと鱗粉を吹き飛ばし、ブレスオブアルマで己と仲間を癒やす。
　散々攻撃を受け止めてきた身体には辛かったが、同じような苦痛を相手も味わっているのだ、と思い堪える。
　更に、静かな唄が続く――。
「命育み、協う、温かな腕。母なる大地の象徴たる、慈愛の女神よ。優しい星のメロディを、ぼくと共に奏でておくれ。」
　杖を指揮棒、魔術書を楽譜、呪文を歌へ――母なる大地の協奏曲をクローネが奏でた。
「断つ！！」
　裂帛の気合いと共に、剛健な作りの刀を振り下ろす。
　剣風が鈍い音を立てローカストの肩に埋まる――そのまま、振り切れば腕を断ち切るが、反動に蹌踉めく。
　無防備な彼に飛びかかったローカストに、炎を纏う真朱葛が巻き付いた。
「あの装置は誰も殺さない……最後の力で奪うのではなく、自らを封じる事を選んだお前達なら我々と共に生きられる。出来る事ならもっと早く見つけてやれれば良かったのだ……済まなかった」
　ゴーグルの奥の瞳は、見えぬ。だがレッドレークが腕を引けば、ローカストは燃えながら崩れ落ちていった。
「いくよ…葉っさん…ちょっと痛いかもしれないけど…ごめんね…『連接棍形態』…」
　いつしか右肩に移った紫葉牡丹をグラビティで鋼鉄に変じ、触手を巻き付けた右腕で叩きつける――ぶん、と振り回された葉っさんが、ローカストの頭部を砕く。
　そして、あっという間にミラだけが取り残される――本当に最期の灯火を燃やしながら、ローカスト達は牙を剥いていたのだ。
「ながむ世にちる、花がちる。せめてその散り際は、鮮烈に」
　メリーナが謳えば、視界に広がる目も眩みそうに鮮やかな、咲き誇る花々の幻影――されどこの美しい夢は、触れれば凍り、崩壊していく。
　散華していく様すら美しい、その光景の最中。
　小ぶりな紅の花弁がはらはらと落ちる。
「忍法・春日紅！」
　背後に回り込んだ梅が、花に目を奪われているかのように動きを止めたミラに、最後の一閃――。
　間近に見た鮮やかな羽は酷使しすぎたのか、輝きを失いぼろぼろに変じていた。
　黒衣を斜めに切り裂かれ、片の羽は落ち、崩れ落ちていく。
「皆、最後まで供を……感謝します……」
　ミラが最期に小さく紡いだ言葉を、ギルボークは確かに聴いた。
　運命に殉じるよう――祈るように指を組み、銀の鱗粉を散らしながら倒れていく彼女の姿は、堂々としたものであった――。

作者：黒塚婁	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 2／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 1
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