ませた夢の住人

作者:雨乃香

 少年が目を開くとそこはよく見知った両親の寝室だった。
 しかしただ一点決定的に違う点があった。
 見渡す限り視界に映るもの全てが普段の何倍も何十倍も巨大になっていたのだ。
「おぉ……すっげぇ」
 少年はぐるりと辺りを見回し、ただただ驚いて感嘆のため息を漏らし、堪えきれないとばかりに、周囲の探索を始める。
 ぐるりと部屋の中を周り、よく跳ねるスプリングのベッドを横断し、心地よい疲れに横になった少年はふと、自分の顔を覗き込む女性に気づく。
 大事な場所だけを隠す際どい衣装、豊満な体つきに一対の角、蝙蝠のような羽にくるんと丸まった尻尾。
 それはサキュバスの特徴をもったなにか。
「わわっ、なんだよねーちゃん」
 ゆっくりと近づいてくる彼女から少年は目を逸らす、しかし彼女の方はお構いなしに近づき、そして唇がふれあっていた。
 そのまま初な少年の唇を割り開き舌が奥まで延び、あまりの出来事に驚いた少年はその体を反射的に突き飛ばした。
「び、びっくりした……こ、こういうのは好きな人同士でするものであって……」
 少年は口許を拭いながら立ち上がり、そしてその光景を目にして固まった。
 ベッドの縁、枕の影、四方から近づいてくる、同じ見た目の妖艶な女性がじりじりとその輪を狭めにじり寄ってくるのを。
「う、わぁっああぁぁあぁ!?」

「はっ、はぁ……なんだ夢、か……」
 少年が目覚めたのは全てが見知った通りの自分の部屋。
 体に妙な切なさを感じながらも息を整えた彼は寝直そうと横になり、その声を聞いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの驚きはとても新鮮で楽しかったわ」
 少年はその胸が突き出した鍵に気づく間もなく、再び目を閉じた。

「先日はキスの日、だったそうですが皆さん、最近キスしてますか? キスはする場所によって意味が違って外国ではポピュラーな挨拶だったりもしますが……」
 ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべ笑うニア は、唇の縁をゆっくりと人差し指でなぞってみせ、ぱっと視線を外す。
「ただまぁ、子供にはちょっと刺激が強く驚くことなせいか、そんな夢を見てドリームイーターに襲われてしまった子供がいるようで……」
 その夢の驚きから現実化してしまったドリームイーターを倒して来てほしいとニアはケルベロス達に端的に告げ、その目標について説明を始めた。
「見た目は所謂ニアたちサキュバスをベースにしているようですね」
 一対の巻き角に蝙蝠の羽、尻尾に露出の高い服装に大きな胸に括れた腰、それは一般的なサキュバスのイメージに幾分近い見た目をしているようだった。
「ま、そういったイメージを持たれるのは別に構わないのですが ませているとはいえやはり子供、スレンダーなボディが何よりも勝ることを理解できないとは、嘆かわしいですね」
 こんな痴女同然の格好の人影が住宅街の夜道を歩いてたら普通に危険ですし、子供達の成長に悪影響、被害者の目を覚まさせるためにも早いところ片付けて来てくださいね、とニアはさらりとケルベロス達に告げる。
「なんでも特に子供を積極的に狙い驚かせるようで、驚かなかった相手に対してはさらに過激な方法を用いて驚きを誘うのだとか、なんとも卑劣な敵です、許してはおけませんね」
 戦闘に関してもどうやらそういった方向で攻めてくるらしく、分身による撹乱から、キスによる吸精や、誘惑を行ってくるということをニアはさらっと説明して、鼻息荒くケルベロス達をじっと見つめた。
「皆さんはまさか、こんな胸が少し大きいだけの偽物に騙されたりはしませんよね? まさか、まさかですよね? 万が一そんなことがあれば いえいえなんでもありませんけどね?」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
東名阪・綿菓子(五蘊盛苦・e00417)
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)
神居・雪(はぐれ狼・e22011)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)

■リプレイ


 人気の無い夜の住宅街。明かりの落ちた家も多く、あまり人も出歩くことのない深夜。
 道幅の広い大きな通りとは言え、そんな夜の町を歩く小柄な二人の少女、スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)と東名阪・綿菓子(五蘊盛苦・e00417)の姿は誰がみても異様に映った事だろう。
「六月なのにこんなに暑いと、今年の夏はどうなるんでしょうか」
「今年は猛暑になるって二月頃にはたしか発表されて気がするわよ」
 とりあえず当たり障りのない話しを投げかけてくるスズナに対して、綿菓子は不遜な態度をとりつつ、最近たまたま仕入れた知識をさも知っていて当然といった感じで披露する。
「そんなにはやくからわかるものなんですか」
 それを素直に誉めるスズナに、綿菓子は胸をはり当然と言わんばかりの笑みを浮かべ、互いに抱く思いは違えど、自然と話の内容は密になり、演技も忘れ二人は本当に話しに熱中していく。
「敵が子供を食い物にしてる以上しかたないとはいえ、ありゃ相当怪しいぜ?」
 その二人の様子を遠巻きに眺めていた神居・雪(はぐれ狼・e22011)は微笑ましくもどこか不気味な光景に思わず呟かずにはいられなかった。
「あの二人に出会う方がよほど驚く人間が多そうだな」
「とはいえ、他に有効な手立てがなかったのもたしかでしょう」
 雪と同じように暗がりから二人を見つめていた霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)と霧島・絶奈(暗き獣・e04612)。奇しくも同じ名字を持つ二人の見解は同じなのだろう、悪目立ちこそすれ、他に手はなく、ただ今はは成り行きを見守ることしかできない。
「人払いが済んでいなかったら二人とも補導されていたかもしれないな」
 苦笑しながらいうラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)の言った通りすでにこの周囲一帯はテープにより封鎖され、彼らケルベロス以外に人影はない。
 だから二人の少女の非行が見咎められることはなく、どのような形であれ、彼女らに接触してきた者がいればそれが即ち今夜彼らが倒すべき、一人の少年の驚きより生まれた一体のドリームイーターというわけだ。
「ドリームイーターからすれば僕らケルベロスは美味しい餌に見えるようですし、心配は――」
 二人の様子を眺めていたレテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)が急に言葉を失い、黙りこくると、その異常に気づいた仲間たちも二人の方へ視線をなげ、やはり同様に言葉を無くした。
「間違いなく、あれだな」
 淡々というよりも呆然というべき口調でユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)は確信をもって呟やいた。


 同じ歳どうし少なからず通ずるものがあるのか、夜中の住宅街ということも半ば忘れ会話を弾ませていた綿菓子とスズナの二人も、突如曲がり角からふわり、と空を漂い現れたそれには思わず言葉を失った。
 暗い夜道に浮かび上がる白い肌、最近夜でも暑いことがあるとはいえ彼女のそれが露出している面積はただ事ではなかった。
 胸の先と下半身、最低限の大事な場所を隠すだけの際どすぎるそれは服等とはとても呼べず、触れればそこが露になってしまいそうなほどだ。
 二人の少女の存在に気づいた彼女がふいと、その首をそちらに向けただけで揺れる、大きな胸。羽を動かすこともなくぷかぷかと浮いていた彼女は獲物をみつけると、その美しい顔を妖艶に歪め、楽しげに小さく笑う。
「危ない人、ですね……!」
 スズナの思わず漏れた素直なその呟きに、その偽物はキョトン、と首をかしげるような仕草をみせ、
「いいから逃げるわよ!」
 その隙に我に返った綿菓子がスズナの手を引いて走り出す。走りながら振り返り見れば、ドリームイーターはその場から動くことなく、二人の後ろ姿を見送っていた。驚いてしまった綿菓子はともかくとして、スズナを追ってこない等ということがあり得るだろうか? 二人は疑問に思いながらも、予定通り頭に地図を思い浮かべながら夜の住宅街に靴音を響かせる。
 敵がこちらの思惑に気づいて追ってこないのではないか、一抹の不安を抱えつつも、また新たな角を曲がり、次の路地へと飛び込もうと足を踏み出そうとして、上から落下してきた人影が、スズナの体を後ろから抱きすくめた。
「な、っ……」
 彼女が驚き悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。どれ程警戒しようと突如背後からぎゅっと抱き締められ、耳元に熱く湿った吐息を吹き掛けられば、驚くなという方が無理というもの。
 しかし、そこでドリームイーターはその手を緩めるようなことはしない、その耳朶を甘く食もうと口許を近づけ、
 響く笛の音に、驚いたのは彼女の方であった。
 見れば眼前、ホイッスルを咥えたまま拳を固く握りしめ迫り来る綿菓子の姿がある。
 癡女に教われる友人を助けるために、破れかぶれで変態に殴りかかる少女、絵面としてはそんなところだろうか。
 所詮子供の力と侮りその一撃を受けたドリームイーターは、スズナの体から手を離し、大きく吹き飛ばされ、民家の塀に小さな窪みを作ることとなる。
 力なく横たわり、だらんとその美しい四肢を投げ出すドリームイーター、だがホイッスルの合図を受け、待機場所から飛び出してきたケルベロス達はそれに対し遠慮なく攻撃を仕掛けていく。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ」
 絶奈が言葉を紡ぐ度、夜の闇に浮かぶ淡く光る数多の魔方陣。そこから呼び出されるのは、槍を思わせる輝く、物体。それは絶奈の指し示す方向、ドリームイーターへと向け、真っ直ぐに打ち出される。
 強烈な一撃とは裏腹に、周囲への被害は少なく、攻撃を受け咳き込むドリームイーターは不思議そうに周囲を見回すばかりで、突然の襲撃にまだ頭がついてきていないようだった。
 故に、畳み掛けるような次の雪とライドキャリバー、イペタムの攻撃を避けることもままならない。イペタムに騎乗し、敵の目前で雪はその車体から跳躍、その姿に敵の視線が引かれるうちに、イペタムが敵の足元で旋回、その足を無理矢理に刈り、雪もはやどこを攻撃しても弱点なのではないかという服装の相手に対し、雪の一撃が容赦なく突き刺さり、くの字に体を折りながらドリームイーターの体だが浮き上がって地に落ちた。
「知り合いににたような奴はいるけどよぉ……そんな格好の奴は始めてみたな」
 立ち上がる彼女の姿は雪の言う通りとても直視できたものではないが、それに対する反応はケルベロス達の間でも様々であった。
 ラハティエルは眉をひそめ、レテは遠方からその姿を見つけたときと同じように、ちらと視線を向けては外すことを繰り返している。
「……まあ、魅力的な女性に抗いがたいのは男の性と言いますか、うん、夜道で会ったら驚いてどっきりしちゃいますよね。……せんせい、そんな物言いたげな視線で見ないで下さい。わかってますよ、引っかかったフリですよ」
 せんせいと呼ぶウイングキャットにじっと見つめられ、ばつが悪そうにながながと言い訳を並べるレテ。彼を助けようとしたのか、あるいはたまたまか、奏多がぽつりぽつりと口を開く。
「確かにスタイルの良さは女の魅力のひとつかもしれないが、出てりゃいいとか、デカけりゃいいとかそういうもんじゃ無いだろ」
「そ、そうですよね。スレンダーなのが好きな人も世の中にはたくさんいるでしょうし」
 突然奏多の言葉にぶんぶんと頭を縦に振り力説するスズナに誰もが視線を向け、優しく目を逸らす。
「なんにしろ、あれをこのままのさばらせるのは子供達のためにはよくないだろう」
「その通りだ、どれ程胸が大きかろうと、露出が高かろうと、敵は敵」
 刀を抜き、構えたラハティエルの仕草に、戸惑っていたドリームイーターもようやく目の前の集団が敵だとはっきり認識できたのか、ニコリと、淫靡な笑みを浮かべて品定めするようにケルベロス達をなめるような視線で見つめる。
「我が名はラハティエル、下劣な悪夢よ、我が黄金の炎を見よ。そして……絶望せよ!」
 名乗りと共に彼は翼をはためかせ、愛刀を手に地を蹴った。


 闇に浮かび上がる炎を纏う刀。ラハティエルの構えるそれは、低い位置からドリームイーターの体を切り上げるように振り抜かれる。
 避ける素振りも見せず、切り裂かれる体。手応えのなさに、彼が答えを出すよりはやく、その体は闇へと溶けて消え、代わりに周囲からクスクスという笑い声が響き始める。
 それはあまりにも目に毒な光景。
 世闇の中ぼぅと浮かび上がる白磁のような肢体。扇情的な姿の偽物のサキュバスがぐるりと取り囲まれ、少しずつ方位の輪が狭まっていく。
「所詮はまやかし、もっといい女を識ってるンでな、アンタにゃ悪いが、ご退場願おうか」
 精神を研ぎ澄まし周囲の状況をくまなく観察していた奏多は、その視線を本物のドリームイーターへと迷いなく向ける。
 その意図を正しく汲んだスズナはミミックのサイと共に真っ直ぐに本物へと突っ込んでいく。
 行く手を阻むように立ちふさがる分身を、サイの振るう武器がとらえ、かき消し、開かれた道をスズナは進み、重力を宿す武器の一撃を、直情より振り下ろす。
 その一撃をドリームイーターは頼りない翼で受け止め、重力に逆らうように力を込めて踏みとどまるもの、維持できなくなった分身はすぐさま消えてしまい、あっさりと彼女は無防備な本体をさらすことになる。
「せんせい援護を頼みます」
 チャンスと踏んだレテの言葉を聞くよりも早くせんせいは既に尾の輪を器用に飛ばし、敵を攻撃し、レテが気兼ねなく仕掛けられる土台を作り上げている。
 出力を上げる光の翼が、闇の中推進力へと変わり、彼の体を押し出していく。瞬きの間の一瞬の交差、レテへと触れようとしたドリームイーターはその指先が触れるより早く弾き飛ばされ、苛立ちに頬を膨らませる。
 いい加減彼女もあまりにも相手にされず怒りが心頭なのか、どこか余裕のあった表情は消え、目を細め、放つ雰囲気が変わっている。
「Nein! なにかまずい予感がするな、アインクラート」
 その雰囲気を鋭敏に感じ取ったユーディッドが、先手を取りアームドフォートの主砲を敵へと向け、一斉掃射。あわせて彼女のライドキャリバーであるアインクラートもその機銃を掃射し、弾幕を張って敵の動きを留めようとする。


 加減なく打ち込まれる重火器の掃射に家屋が倒壊し、粉塵が舞い上がる。
「まだだ」
 奏多の言葉が響くと同時、瓦礫を跳ね除けドリームイーターは飛翔、彼女は一瞬でラハティエルまでの距離を詰め、抱きついた。
 ふくよかな胸を押し当てられ、腰に回された手から伝わる体温、触れる指がわき腹をなぞり、その潤んだ瞳に見つめられ、驚かないでいられる男が果たしてどれだけいるだろう?
 その驚愕の一瞬に、ラハティエルの唇は奪われる。
 許した覚えのない舌は一瞬で口内へと入り込み、驚きに縮こまる舌を舐め上げ、絡め、そしてその意識を奪う。
 唇が離れ、飛びのいた彼女のいた空間を、綿菓子の放った蹴りが穿つ。だが、次に繰り出された絶奈とテレビウムの連携までは避けきれず。翼と尾を器用に使い、攻撃をいなし、距離をとる。
「おい、ラハティエル平気か?」
 蹲るラハティエルへと近づき、その肩に手を置こうとした雪の腕に走る、熱い痛み。とっさに飛び退いた彼女の目に映るのは、刀を横に振りぬいたラハティエルの姿だ。
「はぁ……男ってやつはこれだからよ」
 雪があっさりと誘惑に負けた彼に同情するような視線を向けると、その哀れみの感情を感じ取ったのか、武器を振り上げラハティエルは雪へと切りかかる。
 平時の彼の一閃であれば、雪が重症を負う可能性も十分にあったであろう。だが、その精神を蝕まれても彼の中にある、大切な人への想いが刀を振る腕を鈍らせたのか、割り込んだスズナの寝かせた剣がその一撃をしっかりと受け止め、
「誘惑されないでくださいっ!」
 小さな少女の叱咤に続いて、雪の気を使った治療が、彼の蝕まれた精神を正常に戻していく。
「子供に言われてんぞシャキッとしろよ」
「子供じゃありませんから!」
「いや、十二歳は十分子供だろう?」
 我に返り、猛烈な自己嫌悪と罪悪感に苛まれる彼の横では、いつの間にやら加わったユーディットも混じり文字通り姦しく、声が響いている。
 そんな自分を無視した蚊帳の外の状態が気に入らないのか、ドリームイーターは再びケルベロス達との距離を詰める。
 急ぎ体制を立て直すべく、レテは生ぬるい夜の空気を胸いっぱいに吸い込み、歌を歌う。その歌は全てを肯定する歌、罪すらも許すそれは仲間達の傷を癒し、下を向いたままのラハティエルの心をも癒していく。
 その間にも迫り来る敵へと向かい奏多の撃ち出す弾丸が視認すら許さぬ速度で敵へと飛来。
 着弾の衝撃に勢いを殺がれ、体勢を崩し減速した敵の背から生えた羽をすかさずユーディットが切り落とす。羽ばたくことすらなかったその羽を切り落とされただけで、地に落ちるその体。
「諸行無常!!!」
 ふら付く体では迫り来る綿菓子の攻撃を避けることはできない、だから彼女はその拳をわざと体で受け、彼女の手をつかむと、強引に引き寄せた。
 その身長差はいかんともしがたく、ドリームイーターは胸に綿菓子を抱くように持ち上げると、その唇を乱暴に奪い、繊細なテクニックなどなく、荒々しくその口内を陵辱し、精気を吸い上げる。
 離れた唇から伝う、唾液の糸。偽者と本物の瞳が交差し、おかしなことに、本物であるはずの彼女の眼差しはどこか羨望を含み、瞬きの後、突き飛ばされた綿菓子が見たのは、灼熱の焔に飲まれる彼女の姿。
 怒りに燃えるラハティエルの広げる一対の翼は、普段のくすんだ色合いなど忘れ去ってしまいそうな強く輝く炎に包まれ、そこから放射された炎に焼かれたドリームイーターは灰も骨も残さず、焼け落ちていく。
「早く彼女の元へ帰ろう……」
 奪われた唇に親指をあて、右から左へとぐっと拭い、ラハティエルは愛しき人の唇を思い描く。
「偽者とは違う、愛情たっぷりの甘いキスを。フッ……」
 踵を返し振り向いた彼の肩に、絶奈の手がかけられる。
「まだ、修復作業がありますが」
 派手に倒壊した家や、崩れた塀を見やり、ラハティエルは腕時計を静かに撫でると、苦笑を漏らし、薄く笑う絶奈の後に続いて歩き出す。
 彼らケルベロス達に憂いのない甘い時間が訪れるのはいったいいつのことになるのか。それはまだ誰にもわからない。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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