コークス・ブライド

作者:東間

●死と灰の花嫁
「ここが噂の場所……」
 青年は呟きに興奮を滲ませ、目の前の光景を熱く見つめる。
 月光に照らされ浮かび上がるそこは、異国情緒溢れる白亜の空間。しかし、あちこちに走るヒビと黒い焦げ跡が暗い過去を思わせる。それでも、元々の華麗さを感じさせる姿が見て取れた。
「『日本にいながら海外気分! 東欧の風吹く場所で愛を誓いませんか?』って謳い文句で営業してて、そこそこ繁盛してたのに火事で花嫁が亡くなって、閉鎖したんだよな」
 軍手をはめてから焦げ跡をなぞれば、指先が僅かに黒くなる。
「その時に焼死した花嫁が彷徨っていて、出遭ったら殺される……か。よし!」
 青年は敷地外に出て行くと、リュックから取り出した物を使ってテキパキと野宿準備を整えていった。テントを張り、中に寝袋を放り込むとすぐに飛び込む。
「火事があったのは確認済み。なら、噂も本物の筈! ふふー、絶対カメラにおさめてサークルのみんなを驚かしてやろ!」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』に、とても興味があります」
「えっ、誰! まさか花嫁!?」
 外からの声がドリームイーターと思う暇もなく、青年はテント越し、真正面から胸を穿たれ崩れ落ちた。同時に生まれた存在が、ゆっくりとテントの外へ――第五の魔女・アウゲイアスの前に出る。
 それは花嫁の姿を持ち、端々から火の粉を落とす人ならざる女性。
 内に焔抱く灰で出来た、害のみをもたらすもの。

●コークス・ブライド
 結婚式場の火事で亡くなった花嫁に遭ってしまうと、殺される。そんな噂が囁かれる場所で、ある青年がドリームイーターに襲われ、噂への『興味』を奪われてしまった。
 ケルベロス達に事件を伝えたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、火事が起きて閉鎖されたのは本当だが、営業時間外だったおかけか死傷者はいなかったと告げる。花嫁死亡は真っ赤な嘘なのだ。
「ただ、被害者の興味が奪われた事で現実になりかけてるんだ。それを、止めて欲しい」
 そう言ってから、ラシードはドリームイーターの情報を伝えていく。
 相手は1体。レースで作られた薔薇が踊るプリンセスラインのドレス、緻密な刺繍が目を惹くヴェール、可憐なブーケ、左手の薬指にある指輪――その全てが灰で出来た花嫁だ。
 そして、青年が『焼死した』と信じていたからか、あちこちから赤い熱を覗かせ、火の粉を零している。
「その花嫁は周辺を彷徨っているから、結婚式場で花嫁の噂話をして誘き寄せるといいよ。被害者から引き離せるし、式場の中庭ならも戦うのに充分な広さがある」
 花嫁の事や、どうして殺そうとしてくるのか。そういった噂話をしていれば、確実にやって来る。
 これまでのタイプと同様に自分が何者か質問してくるが、どう答えても影響はない。
 戦いとなれば、花嫁は指輪にキスをして鞭に変え、ブーケからは弾丸の如き勢いで花を撃ち出してくる。どちらも精度が高く、ヴェールを上げる仕草でヒールも行ってくるので、油断は禁物だ。
 大事な話はこれで全部だと、知り得る情報を伝え終えたラシードが少しの間を置いてから口を開いた。
「『花嫁』は人生で最高に幸せで、誰よりも美しいひとだと俺は思う」
 だから、こういう形で誰かを傷付ける存在に変えられるのは――ちょっと嫌だね。
 男はそう言ってから、もう一度『だから』と言った。
「頼んだよ。君達なら、きっと出来る」


参加者
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
結城・勇(贋作勇者・e23059)
ラヴェルナ・フェリトール(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e33557)
差深月・紫音(自称戦闘狂・e36172)

■リプレイ

●月明かり
 月光で火事の痕が浮かび上がる。ラヴェルナ・フェリトール(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e33557)は僅かに目を伏せ、『噂話』の口火を切った。
「……ここ、で……死んだ花嫁が…出る、みたい…だけど……ほんとにいる、かな……」
 噂を鵜呑みにした人々によって『花嫁』は殺され、魔女の手により夢喰いへと作りかえられた。これではあまりにも報われない。
 それが、と声を潜めたのは君影・リリィ(すずらんの君・e00891)だ。桜色の目が焼け焦げたままの式場を見る。
「同級生の従妹の友達の親戚の隣の家の人が、御式の3次会に呼ばれていたとかで……」
 どちら様ですかというレベルの繋がりだが、リアリティは大切だ。でっち上げでも。
 思わず笑いそうになった西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)は、緩んだ口元を拳で隠して繋ぐ。
「親にとって娘を嫁に出すってのはなかなか決心のいるものでね、そうやって送り出す直前に焼死なんてたまったもんじゃないですよ」
 化けて出るとなれば、親の苦しみは増すばかりだろう。生前の姿ならまだしも、全てが灰で出来た花嫁なのだから。
「無間に苦しみ続ける姿を見せつけられる様で趣味が悪すぎますからね、やっぱり無いですね」
「せっかくの晴れの舞台でしたのに。……焼死した花嫁さんも、さぞかし無念だったでしょうね」
 エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)の切なげな声が夜風に乗った。両親や親友知人に祝福され、愛する人と旅立つ日が真っ赤な炎にのみ込まれる。それが『ただの噂』で良かったと心の内で息をつくが、噂を面白がって見に来た青年には、正直良い感情は抱けない。
(「噂話にゃ尾ひれがつくってのはどこでもあるな」)
 差深月・紫音(自称戦闘狂・e36172)は静かに納得していた。事実から噂が生まれ、今に至っている。この類のものはどこの世でも好かれるものだ。
「……生きてる人が、妬ましいから……殺しちゃう……とか……」
 流石に――ない――よね。花嫁が現れるワケに触れたラヴェンナに、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は、そうかもしれない、と空色の瞳を震わせた。
「殺そうとしてくるのは、幸せになるはずだったその瞬間に焼死したから……だから、全てが憎くてしょうがないのかな」
 幸せになれなかった花嫁なら、特に幸せそうな女性ほど妬ましいのかもしれない。もしくは。
「せっかく夫婦になれた旦那さんのことを待ってるのかもしれないね」
 待って、会って――けれどそれが花婿である筈もなく。
 お前じゃない、お前じゃない。そう繰り返す花嫁の姿を思い浮かべてしまい、あまりのホラーな絵面にシエラシセロは『うっ』と震えた。
「これから幸せになるはずの花嫁、そんなのが居たとすりゃ……」
 結城・勇(贋作勇者・e23059)はそう口にして、思い浮かべ――ああ、と笑う。
「自分だけ不幸なのが許せない、誰かを自分の側に引き摺りこみてぇ……そう思うのは道理なのかも知れねぇなぁ」
 カツ――カツ――。
 誰も動いていないのに響く靴音。その方向へ目を向け、じっと見つめていた朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)の目に、灰色が映った。
 祝福を受けるに相応しいドレス、花束、指輪。全てが彩を無くし、内なる焔を抱いた花嫁が歩く度、靴音が響きヴェールが音もなく揺れる。
「その、モザイクを晴らす事は出来ないのでしょうか?」
 笑顔が似合うだろう花嫁なのに、そこは色鮮やかなモザイク畑。ああ、なんて残念。

●灰焔と牙の舞踏
 ねえ。わたし。わかる?
 聞こえた声はノイズが掛かっているようで、同時に仄暗さを含んでいた。
「お前はただの噂さ。……残念だが、バッドエンドは好きじゃねぇんだ。悪い噂は悪いもんを呼んじまう、此処で終わりにさせて貰うぜ」
 勇の返しに花嫁がどう感じたのかわからない。だが、風もないのにヴェールがふわ、と浮き上がる。と同時にシエラシセロは髪に勿忘草を、背に薄紅の翼を咲かせて地を蹴った。
「さぁ、夢の時間は終わりにしよう」
 幸せの象徴なのに焼死という最期を迎えた、そんな悲しい花嫁を夢に還す。
 流星が月光を受けながら降ったのが戦いの合図。ほのかは目の表情を、す、と変え掌に力を込めた。
「戦いを始めます」
 灰の花嫁に素敵な笑顔を望んでも叶えられない。出来るのは倒す事だけ。
「竜の吐息を」
 幻影竜の炎が花嫁の全身を真っ赤に染め上げる。夥しい火の粉を散らす花嫁を目に、紫音は目尻に紅の戦化粧をはしらせ『無銘』をふるった。月弧を描く刃が斬ったそこから覗くのは灼熱、零れるのは炎の欠片。
 女性らしい仕草で後退った花嫁が、モザイクだらけの顔に指輪を寄せた。指輪と顔が触れた時、灰の指輪に一瞬だけ焔が走る。瞬間、それは蛇のように鋭くしなり――エレの頭上へ。
 灰の鞭と少女、2つの間へ風のように割り込んだのは艶やかな葉の彩だった。
「リリィさん!」
「大丈夫よ、心配いらないわ」
 光の盾で己を癒すその髪が、相棒である翼猫・レオの羽ばたきを受けて翻る。それを見て、エレはふわりと笑った。笑っていれば大丈夫。決して揺らがない。
「ラズリ」
 肩に乗っていた翼猫がニャン、と鳴いて応える。1人と1匹の紡ぐ癒しは、眩い雷壁と清らかなそよ風へ。そこに飛び込んだのは紙の音だ。
「まったく。いずれ嫁入りする娘を持つ私に灰の花嫁を見せるなんて、いい趣味してますよ」
 本当に化けて出た花嫁なら、娘を持つ親として躊躇したんでしょうけどね。そう言って紙兵の群れを飛び回らせる正夫は『それじゃあ』と続けた。あの花嫁は妄想の類。作られた存在だ。
「とっとと破壊しましょう」
「……花嫁に鞭は……ちょっと……似合わない……」
 こくり頷いたラヴェルナは竜槌から轟音を響かせて――。
「ん……ていっ」
 一撃。
 それは花嫁を地面へ叩き付けるように倒れさせ、灰の欠片が火の粉と共にぶわっと散った。
「結婚式から鞭なんざ、過激な花嫁みてぇだな?」
 そんな花嫁へと勇が贈るのは、痛みをもたらす乳白色の光。ニヤリと笑い手を翳せば、柔らかな光は花嫁の姿を変えようと蝕んでいき、シエラシセロの撃ち出した砲撃も花嫁を大きく揺らして灰の体に火の色を浮かばせた。
 灰を、火の粉を散らす人ならざる花嫁が、手にしたブーケを胸元へ寄せる。幸せを噛み締めるような仕草の後、放たれた灰花は鋭い痛みでもって紫音を傷付けた。
 花嫁が次の攻撃を、またはヒールをする前にほのかは駆け、『影姫』を花嫁の体に深く突き立てた。切り裂いた灰の傷口から焔が溢れ、鮮やかな光が踊るその最中、エレの起こしたカラフルな爆風が前衛の背を力強く押す。
「ラズリ、お願い……!」
 再び吹いたそよ風が漂う色彩の煙を踊らせ、軽くなった感覚に紫音は一瞬だけ後ろに立つ仲間へ目を向けた。
「助かった」
 スナイパーである花嫁の攻撃は侮れないが、癒しの層は花嫁の攻撃に負けじと厚く、全員の心はしっかりと繋がれていた。
 故に前に立つ者達は一切の怖れなく、盾として、牙として戦えている。
 地を蹴って飛び出せば、灰のドレスに包まれた体は眼の前。至近距離であるそこに降魔の拳を繰り出せば、戦場だけの高揚感が紫音を包んだ。
 ザザッ、と後退した花嫁に迫る牙はもう1つ。次こそは攻撃に割り込んでみせる、リリィはそんな意志を浮かべ、『鈴蘭』に空の霊力を纏わせた。
(「今はもう見る影もないけれど……此処から新しい生活、幸せな人生を歩み始めた人達が何組もいるのよね」)
 彼らの思い出まで穢したくないから、これ以上の不祥事は――灰の花嫁がもたらす殺戮は、起こさせたくない。
 放たれた一撃はピタリとはまるように焔浮かぶ傷口を捉え、レオの羽ばたきが更なる恩恵と共に駆け抜ける。
 仲間達の動きに、花嫁の指輪がもたらす禍は祓われていると感じ取った正夫も前へ出た。その目に映る、花嫁の指輪に目が瞬く。だが。
「すみませんね。私にとってそれは過ぎ去りし、ですよ」
 自分の左手薬指にあった煌めきを思い出しても、今までのように心は沈まない。
 普段と違う笑みを浮かべ、力強く地面を踏み締める。かつて家族の為にと振るい続けた右ストレートで、花嫁の体はあの日打った大岩のように吹き飛んだ。
 顔が今もモザイクのままなのは、正夫としては有り難い。苦痛に歪んだ花嫁を見なくて済む。
 しかし花嫁の殺意は止まらない。ドレスの裾を、ヴェールを乱暴に翻し立ち上がる。
 だが、間髪入れず駈け抜けた雷光――勇の繰り出した突きがひびを広げ、灰がパキリと音を立てて落ちた後、火の粉が幾つも続いていった。
(「……虚しい、存在ね……」)
 全てが灰の花嫁には思い出も、想い人さえもいない。ラヴェルナは竜槌を握り締め、竜槌の持つ力を一気に解放する。振り上げた次の瞬間には頭から叩き付ける、容赦のない一撃。
 そこに、誰もが憧れるだろう綺麗な花嫁はいない。『花嫁』に憧れていたシエラシセロは、ねぇ花嫁さん、と呼び掛ける。
「こんなとこにいても幸せになんてなれないよ」
 胸の痛みを抑える少女の頭上には現れたのは、全てを照らすような光鳥。滞空は一瞬。光と共に一気に迫れば、優しい音が高く響く。
 花嫁はあっというまに灰ではなく光の色に染まり――残ったのは、灰の名残だけ。

●朝へ
 戦いを終えた式場跡は、元の静寂を取り戻していた。しかし、晴れの舞台に火災というケチが付いてしまったここは、今後も再開されないのだろうとリリィは溜息をつく。
(「だからって、無責任で不謹慎な噂を蔓延させて良い訳ではないのだけども」)
 それを考えていたのは、1人ではなかった。
「廃墟好きってやつも居るかも知れねぇが、こういう場所を残しておくからいけねぇんだよな……」
 戦いの痕跡を抜きにしても、ここは花嫁の噂が立っても可笑しくない様相だ。ラヴェルナは変わらぬ表情のまま、うん、とゆっくり頷く。
「……噂は……真偽を気に……されにくいから怖い、ね」
 大勢に広がれば、その大元を探るのも大変だろう。インターネットやSNSが発達した今の時代では尚更だ。
 ほのかは花嫁が消えた場所をじ、と見つめる。花嫁の笑顔を見る事は叶わなかったが、犠牲者を出さずに済んだ。
「興味を奪うドリームイーター……覚えておきます」
 瞑目したのは少しだけ。言葉はしっかりと。
 その後、ケルベロス達は各々の手で式場跡をヒールしてまわった。紫音も加わっていたが、ここの状況を思い出し、まぁ、と改めて現場を見る。
「営業停止してるから適当でもいいか」
「あ、紫音さんいけないんだ!」
 シエラシセロがそれに気付いて、紫音の肩が小さく跳ねる。
 営業停止した事で廃墟状態なのは確かだ。それでも、とリリィは道にヒールを施して微微笑んだ。淡く広がるのは、ここで式を挙げた人々を祝福するような幻想風景。その中には、リリィと同じ鈴蘭も在った。
「ここから幸せを紡ぎ始めた人達が……今も幸せでありますように」
「おやすみ、花嫁さん」
 リリィの隣でシエラシセロも祈った頃、会場の外に張られたテントの前では――。
「いくら噂だからと言って怖いもの見たさで行動すると、今回みたいなことになりますからね?」
「ニャン!」
 エレとラズリ、1人と1匹からの注意に、激しく頷く青年の姿があった。
 これでもう、悲しい花嫁は生まれない。
 夜が明けたら、日本のどこかで、誰かが幸せの扉を叩くだろう。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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