ローカスト調査隊～飢望

■リプレイ

●理性無き者へ
「英雄アリオスはどこでしょうか！」
　餓鬼堂・ラギッド（探求の奇食調理師・e15298）が声を張り上げ、仲間とともに英雄アリオスを探す。
　対象の姿を見つけたのは、メリッサ・ニュートン（眼鏡の真理に導く眼鏡真教教主・e01007）だ。しかし、メリッサはラギッドを制止した。
「既にアリオスと戦闘に入っているチームがいるようです。ならば私たちは彼らに近寄る敵を引き受けましょう」
　かぶりを振り、メリッサは自身の周囲を見渡す。光る眼鏡が捉えたのは、ローカストドール『オーキッド』だった。
「グガアアアッ！」
　ハナカマキリを模したその身体は、飢餓状態にあるためか禍々しい赤色となっている。オーキッドは鎌を振り上げ、メリッサへと斬りかかった。
　直後、東雲・苺（ドワーフの自宅警備員・e03771）のボクスドラゴン「マカロン」が彼女を癒す。続けて動いた苺もヒールグラビティを使用するが、その相手はメリッサではなく――オーキッドだ。
　輝島・華（夢見花・e11960）も、同じようにローカストへとヒールを施す。
「しばらく地球で過ごしてみてどう思いましたか？　少しは気に入って頂けましたか？　地球を愛し定命化する事でいずれ死は訪れますが、今飢えで苦しい思いをするよりは心安らかに過ごせるはずです」
　華の問いかけに、オーキッドは応えず。理性を失った目は、うつろにケルベロスたちを見遣っている。
「有限の命になるのが怖い？　でも定命の私たち結構楽しくやってるよ」
　そう続けるのは上里・もも（遍く照らせ・e08616）。次いで洞窟中央にある装置にヒールを施そうとする。
「……と、思ったけど――距離からすると難しそうだね」
　代わりとばかりに、九尾扇を手にメリッサへ幻影を与えた。
「あなたの大切な物は、何？」
　問うのは四条・玲斗（町の小さな薬剤師さん・e19273）。ヒールグラビティを使用し、続ける。
「私は家族が大事。故に、グラビティ・チェインを奪わせない」
　重ねて、メリッサも『大喝采眼鏡陣』でオーキッドを癒す。
「眼鏡の光が世界に満ちる……万歳、万歳、おおぉぉォッ、万歳ァィ！！！」
　眼鏡をひたすらに賞賛する声に応えて降臨するは眼鏡如来。その光は、慈愛の光でオーキッドを照らす。
　だが、オーキッドは一向に理性を取り戻すように見えない。
　メロウ・グランデル（眼鏡店主ケルベロス美大生・e03824）はオーキッドの正面に回りこみ、眼鏡を押し上げた。
「――先ほどの技、ちょっとお借りしますね」
　メロウはオーキッドがメリッサを斬りつけた技を模倣し、斬りつけた。言葉が駄目なら、技で語ろうという考えからだ。
　メロウの攻撃を受け、オーキッドの体表に走る葉脈が赤黒く明滅している。
「ガッ、アアアァ……」
　断片的に声を上げるオーキッドへ、ラギッドが声をかける。
「定命化すなわち死ではない、其方の思い込みだ。地球を愛すれば種の存続は叶う。だが、絶望し思考を停止させ滅びの道を歩むのはアポロンと同じ愚行では？」
　亡き弟を真似ていた紳士的な口調ではなく、本来の口調で。それは、本音をさらけ出すがためのラギッドは、言葉を重ねる。
「此方の争いは火の粉を払い続けているだけ。共存の意思は常にある」

●それぞれの思い
　仲間の言葉に、神苑・紫姫（ヒメムラサキ色吸血鬼・e36718）がうなずく。
「ローカストとの面識がない私が、今ここに至った理由は……私情、ですわ」
　言いつつ、ヒールを施す。
「矜持をもつひと、共存できるかもしれない相手がいなくなるのは、私にとってとても悲しいこと。だから護りたい。私にとって、理由はそれだけで十分ですの」
　紫姫の口ぶりに、その話に、オーキッドは攻撃を躊躇う様子を見せた。しかし、すぐに苺へと肉薄して蹴り技を放った。
「言葉には反応してるものの、ヒールグラビティでグラビティ・チェインを分け与えることはできないみたいだねっ」
　そう告げ、苺はオーキッドへと訴えかける。
「このままではローカストのみんなは滅んでいっちゃうんだよっ、そうさせないためにも話をさせてほしいなっ」
　蹴り技を受けた腕を自身のグラビティで癒し、苺は続ける。
「そこにいるみんなにも守りたい仲間や誇りがあると思うんだっ。仕える主がいればその人たちの安全も守りたいよね？　だからわたし達と協力してでも生きていく道を探すこと、諦めないでほしいんだよっ」
　未だ理性を取り戻すようには見えないオーキッドへ、しっかりと語る。
「すぐに仲良くなってほしい、は望みすぎかもしれないけど共存してローカストという種が残る事、真剣に考えてほしいよっ」
　真剣に語りかける苺に、ももが肯定を示す。
「時間が有限だから子供たちに何ができるかを考えたり何かを残すと行動できるんだ。不退転部隊だって同じことやってただろ？　それは難しいことじゃない。定命を受け入れてみようぜ」
　ももは自覚している。これはただのエゴである、と。とはいえ、これ以上ローカストに人殺しをさせたくない。その一心で、仲間とともに説得を続けている。
　華は再びオーキッドを癒し、悲痛な面持ちで話しかける。
「家族や友人の為、何より自分の為に『生きたい』と願ってはくれないでしょうか。受け入れる準備は出来ています」
　願い。それは華の願いでもある。正直死にたくないから地球を愛せと言うのは脅しに近い。それは理解している。そしておこがましいことを言っている、とも。
（「でも後悔したくない、これ以上彼らの事を失いたくないのです」）
　息を吐き、華は辛そうに目を細めた。
「憎しみ合い殺し合った私達ですが、ローカストのこの結末は悲し過ぎます。一緒に連れてきたオウガメタルの様にこれからは一緒に生きていけないでしょうか」
「グラビティ・チェインを奪わずとも、地球の民を愛し、共存を望むなら、貴方達は地球で生きられます」
　華に続いて、紫姫も言葉を尽くす。
「そうして下さるのなら、私は貴方達を、ローカストという種を愛することを約束します。共に地球に生きる存在として、貴方達を受け入れ、護ることを約束します」
「この星のルールを守るなら、私は貴方がこの星で生きる手助けをしたい」
　オーキッドをまっすぐに見つめ、玲斗が手を差し伸べる。ケルベロスたちの言葉に、オーキッドが沈黙した。その間に、メリッサとメロウはそれぞれ自身を癒やす。
「禍根を捨て清濁合わせ呑み、気合で定命化し生き延びろ。地球の懐の広さを信じろ」
　地球の懐の広さを伝えようと、ラギッドはひときわ大きな声で呼びかける。
「多様性の否定は滅びの道、地球は異星人の血を持つ自分も受け入れた」
　だから、と。ケルベロスたちは、オーキッドの反応を待った。

●刃と刃を
　誰もが、強い思いを胸に言葉を重ねた。それぞれの思うところを、それぞれの言葉で。
　だが、今回の相手は理性を失っている。強い思いと強い言葉は――残念ながら『攻撃の意志』すなわち敵意だと捉えられたようだ。
　オーキッドは咆吼を上げた後、翅をこすりあわせて不快な音波を放った。
「……残念だけど、説得は不可能みたいだねっ――勇敢なる戦士に戦う力を与えたまえ！」
　苺はメロウに触れ、傷を消し去る。マカロンもメロウへと自身の属性をインストールして主を手助けする。
　加えて、ももの歌声が後衛に届く。
「気持ちが変われば、世界も変わって見えるよ。私たちはいつだって、世界を変えられるんだ」
　飢餓状態ということもあるのだろう、オーキッドの攻撃はどれも強力だ。戦闘となれば回復に専念するつもりのももであったが、これでは攻撃に回る余裕もない。
　ももがオルトロスの「スサノオ」と視線を交わせば、オーキッド目がけて咥えた刀を閃かせた。
　ライトニングロッドを手に取った華が、杖から雷撃を飛ばす。
「……ここで終わりにするのがせめてもの情けでしょう」
「そうですね。残念ですが、私たちにできることは――一つだけのようです」
　メリッサが跳躍し、オーキッドの胴体を正面から捉えた。そしてメロウの構えたドラゴニックハンマーから、竜砲弾が撃ち出される。
「拳で語ることも難しそうです」
　爆風に紛れてつぶやき、オーキッドへと駆け出すウイングキャットの「リム」を見遣った。リムの鋭い爪が、オーキッドの体表に傷を描く。
「グゥワアアアッ！」
　本格的に攻撃を開始したケルベロスたちの攻撃を受け、オーキッドがいっそう敵意を強めているのがわかる。
　相手に理性の無い状態であることは理解している。それでもやはり、どこか躊躇してしまうのだ。
　玲斗は一度だけ目をきつく閉じて、ライトニングロッド「雷錐」から雷光を放った。にわかに明るくなる視界に、玲斗はかつて対峙したローカストを思い出していた。
「あの時の相手は、少なくとも自分のためでなく、同朋のために戦っていたように見えたわ。もし、同じように仲間を大切に思う気持ちがあるというなら、お互いの大切な物が共に守れる道があれば」
　玲斗が自嘲めいた笑みを口の端に浮かべ、ラギッドの射線から外れる。
「そう思ってしまうのは、ケルベロス失格かしらね」
「ローカストにも色々いる」
　パイルバンカーを構え、ラギッドがつぶやく。螺旋力をジェット噴射させ、オーキッドを貫く。
「故郷を滅ぼし弟を斬首して首を弄んだネフィリアや自己愛に満ちたアポロンの様な悪鬼。快男児の阿修羅クワガタと慈愛のアリアンナ――地球人と何一つ変わらない」
　だというのに、ここで与えられる選択肢はたった一つ。目の前のローカストを撃破すること、それだけだ。眉根を寄せ、ラギッドはオーキッドと距離を取った。
　顎を開いたオーキッドは、威嚇するようにケルベロスたちを見渡している。
「滅びゆくローカストに必要だったのは『理論的な正しさ』ではなかったのかもしれませんわね……」
　紫姫がオーキッドを一瞥して、ごく小さく口にした。
　そうしてフェアリーブーツで舞い踊れば、花弁のオーラが後衛に降り注ぐ。紫姫の隣に佇むビハインドの「ステラ」は、タイミングを見計らってオーキッドの動きを拘束した。
「ギァ、ァガ……」
　悲鳴を上げるオーキッドから、紫姫は思わず視線を逸らした。

●光を振り払って
　気付けば、誰もが満身創痍。それは、オーキッドもまた同じ。カマキリの鎌や翅、身体にはいくつもの傷が刻まれている。
「なかなか厳しいですね」
　メリッサがかつて喰らった魂を、自身に憑依させる。受けた傷のいくつがが消え去り、思わず安堵の息を漏らす。
　メロウはオーキッドへと蹴撃を加え、着地する。
　もう、何度目の攻撃だろう。自身の攻撃、そして仲間の攻撃が重なれば、やがてオーキッドは『死』を迎える。デウスエクスに『死』を与えられるのは、ケルベロスだけだ。
　不治の難病を降魔の力で抑えたメロウにとって、永遠の命を持つデウスエクスへの羨望がないと言えば嘘になる。
　微かな羨望を抱いた相手が無謀な突撃を選択したこと。その果てに敗者となれば、諦めて死を選ぶ。
「……私が欲しかったものを目の前で捨てる、贅沢な選択にしか見えません」
　メロウの小さな声を聞く者は、いない。
　リムの尾から飛ばされたリングをオーキッドが回避する。しかし回避した先に回り込んだラギッドが、腐蝕性の胃液を吹きかけた。
　灼けるような音が一瞬、そこにオーキッドの悲鳴が重なる。
「遣る瀬ないですわね……でも」
　と、紫姫はラギッドをオーラで包み込む。
「これはジョブレスオーラにあらず……『ノブレスオーラ』ですわ」
　どこか得意気に言う紫姫をちらりと見て、ステラが周囲の岩をオーキッドにぶつける。
　次の瞬間、洞窟の中央から緑色の光が発せられた。とたん、オーキッドがびくりと立ちすくむ。が、オーキッドはその光を振り払うようにして、ケルベロスたちに襲いかかる。
　鋭利な鎌が、玲斗目がけて振り下ろされようとした。
　――が、飛び出したスサノオが、代わりに斬撃を受ける。全力で粘るスサノオを褒めるように、ももは力強くうなずいた。
　肩で息をしながら、苺がオーキッドの足元から溶岩を噴出させる。
「そろそろこっちも厳しいけど、相手も限界のはずっ」
　苺の攻撃を、オーキッドは最後の気力を振り絞るかのような動きで回避した。
　スサノオがケルベロスたちを鼓舞するように吼え、オーキッドに向けて瘴気を放つ。ももはうなずき、前衛に向けて「恋する電流」を歌い上げた。
　一息つき、ももは仲間を見渡す。攻撃をする者は、オーキッドを。癒やしを担う者は、仲間を。どんな動作も見逃さないようにと、真剣な眼差しで。
「弱音吐いてる場合じゃないからね。回復は任せて、攻撃に専念して！」
「ありがとうございます、もも姉様！」
　華はももに微笑み、如意棒「Virga Ignis」をヌンチャクの形状へと変化させる。オーキッドの鎌を捌きながら、懐に強烈な一撃を。
「長引くのは……色んな意味で辛いわね」
　玲斗がオーキッドへと肉薄し、手を伸ばす。その掌が、オーキッドの胴に触る。螺旋の力を一息に放出すれば、オーキッドの内部に衝撃が加わるのがわかる。
　それが、最後の攻撃となった。
　オーキッドは倒れ、崩れゆく。
　その様子を、玲斗はただ見つめる。目を逸らしそうになるのをこらえ、風化してゆくさまを、ただ無言で。
　オーキッドの頭が縦に揺れる。
　それはまるで、ここで『死』を与えてくれたことを感謝するようなそぶりだった。

作者：雨音瑛	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
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