ローカスト調査隊～つきゆく命の

■リプレイ

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　近くの強者に他が従う形でローカスト達は徒党を組んでいる。此方も纏まった事を確認した後、空国・モカ（街を吹き抜ける風・e07709）は相手取るべき者達を探し視線を巡らせた。
「──あれは」
　その先。そう遠くない壁際にアリオスの姿を見つけ彼女は目を瞠った。かつてアポロンの暗殺を試みた作戦の際、彼女は陽動部隊の一人として彼とまみえていた。ゆえもあろうか、直後彼女の足はそちらへ向き。
「モカ、突出しては危ないわ」
　千手・明子（火焔の天稟・e02471）が案じて制止する。その後、そう至った理由に気付きケルベロス達は、得心行って小さく頷き合う。苦痛に支配された彼の姿に、かつての『英雄』たる面影は無い。
「彼らはグラビティ・チェインさえあれば、と言っているものね」
「！　待て、あきら」
　明子が前を見据える。彼女の意図を察したアジサイ・フォルドレイズ（絶望請負人・e02470）の声が焦燥を帯びた。
「ごめんなさいね、アジサイ。──どうか、解ってください」
　改まった声は凛と。続く筈であった友の言葉を潰えさせた。
「危険だな」
「死ぬつもりは無いわ。出来る事なら、わたくしも彼らと『共に生き』て行きたいもの」
「あきらちゃん君。それでも無理は禁物だぞ」
　眉をひそめるモカへ常と同じ明るい笑顔を向けた彼女を、神崎・晟（熱烈峻厳・e02896）が重ねて案じる。
　地球に生きたがゆえに育て得たヒトとしての慈愛。かつて剣を交わした彼との記憶と、『英雄』の影響力を期待した僅かの打算。そうしたもの達が、眼前のローカスト達を獣のまま死に至らしめる事を是と言い切れなかった。
　そして明子は『地球人』の一人として出来る限りをと、とうに決めてしまっていた。だから、心配はしても、やめろとは誰も言えず。微かに視線を落としたアジサイの手が、握る杖を砕かんばかりにきつく握られる。
「じゃあ、私っ。プリムと一緒に一杯お支えしますね！」
　ボクスドラゴンを胸に抱えたピリカ・コルテット（くれいじーおれんじ・e08106）は、癒し手としての己が務めに力を尽くす意志を明るい声で告げた。輝くような笑顔が、張り詰めていた空気を揺らす。
「ならまずは話が出来るか試すんだな。気をつけろよ？」
　配下の一体である蜂雀が飛ばした風刃をなんとか避けての百丸・千助（刃己合研・e05330）の声もまた、案じつつも軽やか。殺さず済む道を掴み取れる可能性がある事は、尊く喜ばしい。
「うむ。より善き未来の為に努めようでは御座らんか」
「試みるならば尊重する。だが、危険だと判断した時は──」
　気持ちは同じだと、ディバイド・エッジ（金剛破斬・e01263）が力強い笑顔を見せる。対照的にグレッグ・ロックハート（泡沫夢幻・e23784）は晴れぬ面持ちのまま、今此処に居る『仲間』達を案じた。
　得るものは多い方が良いけれど、その為に失う事を避けられぬのなら。きっとその感覚は皆同じで、ゆえにそれ以上を語る間を惜しみ彼らはローカスト達と向かい合う。

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　剣が振るわれる。アリア騎士の速い斬撃は晟が止めた。アリオスの鋭い刺突は籠手を構えてグレッグが受け、苦痛が淡く吐息に洩れた。好機と見てかイクソス・アーミーが迫るが、それより早くにアジサイが治療を為した。
　得物は彼らを傷つける為では無く耐える為に。ケルベロス達はまず向けられた攻撃を凌ぎ、見出した間隙に行動を起こした。
「アリオス。あなたへ新緑の祝福を」
「あんた達の憂いを断ち得る力を！」
　モカが柔らかに手を伸べる。千助が真摯な祈りを紡ぐ。ピリカは一度後方を顧みたものの、此処からは中央の装置──あれが彼らの為のものならと期待を寄せた──は遠過ぎると他のチームに託す事にして向き直り、眩くも優しい光を生じさせる。
「こんちはーっ！　正義の味方、ケルベロスですよー！」
　刃を向ける事無く、まずはヒールを。敵、即ち獲物である筈の相手からのそれはローカスト達に、抵抗するだけの力を持つ筈の彼らがしかし敵対する意志を持たぬ事を伝える一助となろう。確かめる如く更に二度三度。同様に凌ぐ頃には、アリオス達は戸惑いに刃を鈍らせつつあった。
　微かな逡巡を見せつつも、窺うようにアリオスが剣を振り上げる。重い柄での殴打が、無抵抗で居た明子の身を打ち倒す。だが彼女はすぐに起き上がり、ひたむきな眼差しを再度彼らへ向けた。決して退かない、傷つけたくない。強い決意と願いを、彼女のみならず皆が、示す。
「──今一度、我等の声に耳を傾けよ」
　眼前の者達を都合の良い餌と見なす本能の合間に、真意を問うような色がちらつく。ローカスト達のその様に気付きディバイドが声を張り上げた。太く低く落ち着いた声は、きっと彼らにまっすぐ届いたろう。露わであった凶暴性が、目に見えて揺らぐ。
「我々は君達を殺しに来たのでは無い。戦いに身を置くのは人々を護る為。君達と何ら変わりはしない」
　晟は、鋭く尖った虫の爪を押し返す。
「アポロンはもう居ない。殺し合う為の大義も既に無い」
　続けた言葉は、相手の理性を呼び覚ます為のように。英雄と呼ばれた彼とその同胞への敬意を示した。
「本当は今ここで、グラビティ・チェインを差し上げられたら良かったのだけど」
　アリオスの剣を真っ向から受けた明子は乱れる息を抑えてごちる。かつて『彼ら』が命を嬲らざるを得なかった時よりも更に先、一と零の間で譲歩し合える術があれば良いのにと嘆息しながら彼女は、眼前の相手の苦痛が和らぐ様子が見えぬ事を憂えた。
「ヒトは、全体の為に少数を犠牲にする事を、絶対の正義とはしない。あなた方の価値観とは違うかもしれないけど……望まぬ事を強要される事の無い、己の心に従える自由を、あなた方にも知って欲しいと思うわ」
　だから死んではやれないのだと、彼女は詫びる。動きの止まった剣を、身じろいで抜いた。纏う羽織が赤黒色に沈む。プリムの力が放たれ、グレッグが幾度目か蒼い炎の守護を広げた。
「このままじゃ貴方達みんな消えちゃいます！　この星では色んな種族が共存してますもの、貴方達の事も、私達はウェルカムですよっ？」
「最近ではヴァルキュリアを迎え入れたな」
「ザイフリート王子も地球側についてくれた」
　種族全員、では無い例の一人であるモカが表情を和らげる。
「あなたたちの考えでは、もしかすると同胞への裏切りと見るのかもしれない。だが定命化した身としてはそれでも、地球で過ごす日々は価値あるものと思える」
　それは寿命が限られた代わりかもしれない。ローカスト達が同じ選択をするのならば、彼らもまたいつか死ぬ存在となる。それは、彼らが未知の『死』に怯える思い共々、ケルベロス達も承知してはいたが。
「目先の恐怖に逃げるな。苦しくとも考えろ。どのみち貴様らは死を避けられん」
　アジサイの言葉、その語調は優しいものでは無いけれど。
「今此処で飢えと共に朽ち果てるだけでは何も遺せぬが、子孫へ託し種を繋ぐ道は、未だ残されているで御座る」
　それは現状の危機を越えた先にある未来の為の標。ディバイドが手を差し伸べる如く、穏やかに継いだ。
「死ぬか憎まれるかしか道が無いなんて、あんまりだろ」
　苦痛が過ぎるものゆえか、かつて敵対した過去が枷となっているのか。思い悩むにも似て唸るローカスト達を見かねたように、千助の声は苦しげに吐き出された。
「あんた達の心一つで違う道を選べるんだ。オレ達はその為に此処に来た！」
　叶わぬ時には、との道には今は蓋をする。可能性が潰えぬうちはと無垢な熱情を真っ直ぐにぶつけた。
　だから、共に。より良い道を──君達さえ良ければ。ケルベロス達は懸命に、辛抱強く繰り返す。迷うように、探るかのように向けられる刃を、逃げる事はせずに受け止めながら。
「一緒に生きて、老いて欲しい」
「信じて欲しい。きっと報いる事が出来る筈。辛いだろうけど、足掻いてちょうだい」
　差し出されたのは、小さな映像を映し出す装置。不明瞭な音と、豊かな自然の画。ローカスト達の目が一度それを映し、やがてそっと逸らされる。ケルベロス達に判ったのは、彼らの心をより揺さぶるのは、古い記録よりも今紡がれる心からの言葉の方らしき事だけ。
「以前俺が見た、お前達同様に飢餓に苦しむ者達の末路には、誇りなど無かった」
　ゆえ、グレッグが悼む如く告げる。
「綺麗事で済まないのは承知だ。だが、お前達の道だ。自らの意志で選んで欲しいと思う。
　お前達の選択を、俺達は尊重しよう」
　惑う尾撃を弾く。爪が肉を裂く事は許したが、深く抉られる前に凌いだ。
　騎士の剣は、己が身を護る事よりも向き合う事を優先していた明子の胴を深々貫いた。地を染める赤色を目に映したアリオスが暫し瞳を揺らし。そののち剣の腹で、配下である騎士を叩き一旦退がらせた。逆の手で明子の身も払いのけ、距離を取らせる。
　ケルベロス達が意を問うより先に、英雄は相対する者達へ改めて剣を向けた。その様は、誇りある戦いを望む戦士たらんとするかのよう。
「それが君の答えか」
　晟がそっと息を吐く。ただ受け容れ頷く事も、無抵抗な獲物を殺し糧とする事も、アリオスには出来なかったのだろうと見た。それは過去ゆえかもしれないし、矜恃ゆえかもしれないし、亡くした同胞の為かもしれない。今となっては知る術も無かろうが、それでも。
「望むなら、応えてやらねばなるまいな」
「でも。諦めたりは、まだしないわ」
　今はこれしか無いのなら。ケルベロス達は速やかに態勢を整える。それを許された。だから、これより先にあるのは言葉ならぬ会話であり、彼らに必要な儀式なのだろう。

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「あきら、退がれ！」
「いいえ、やらせてちょうだい。まだ平気」
　皆で力を合わせた甲斐あって、無茶をした割には彼女の身のこなしはしっかりしていた。とはいえ長く保つとは考え難く、アジサイの顔が苦い色を帯びる。彼女は諦めぬとの言葉そのままに退かず顧みず、信号弾を背後へと投げ渡す。三度目は無しでとモカが取りなした。
　アリオス達と睨み合う前衛達に代わり、後衛が赤く警告を打ち上げる。携えた得物を『正しく』振るうとの宣言でもあった。
　そうしてまずはアリオスの力を削る。思考が澄んでいない為か、モカが知る以前よりも随分と荒削りな彼の動きは、今のケルベロス達にとっては脅威とは言い難い。勿論、侮り得ぬと既に判ってはいるけれど、例えば晟の筋力があれば、重い斬撃とて雷纏う戟がガツリと捉えて押し返し得る。均衡に刹那足を止めたアリオスへ、すかさず刀使い達が踏み込んだ。
「ちょっと痛むぜ」
「薙ぎて払うは金剛破斬！」
　彼を苛む傷を刻んで、更に畳み掛けんとする鎚は騎士に阻まれた。ならばそちらを先にとケルベロス達は狙いを切り替えるが、盾とならんとするのは彼女だけでは無く。
「大丈夫です、がんがん行きましょうっ！」
　思うように動き難い中、ピリカの声は皆を励まし、きらめく光は知覚を研ぎ澄ます助けとなる。共に在るプリムの翼が翻れば桜の色が踊り、護りと祝福を重ねた。
「ラグナル、あちらを頼む」
　指示に従い騎士を抑えに向かう蒼い小竜に合わせ、その主はアリオスへ迫る。
「阿修羅クワガタは我々に真摯に向き合い、定命化の事も前向きに検討してくれた」
　ぶつかり合った間近で、晟は訴える。
「君もそう出来る、してくれる男だと私は期待している」
　彼がかつて看取った男は、地球全てに愛着を抱く事の困難さを訴えた。だから。
「まずは我らを、信じてみて欲しい。その為に必要なら、幾らでも相手になろう」
　今はこれが精一杯。実のところ、感傷めいたものをも孕む彼の心は、今のアリオスへ伝えるには嵩張り過ぎた。過たず届ける為には、何もかも足りない。
（「他人とも思えぬというのにな」）
　盾役達を分断し、各個撃破に掛かる。攻撃へと己が任を切り替えたアジサイの黒斧が重く兵を打ち払い、同じくグレッグの蹴り技がその胴を薙ぐ。モカが振るう光剣が標的の外殻を打ち砕き、斬り払う。殺さずに終えられぬ事を、誰かの謝罪が小さく憂えた。
　英雄の矛とならんとする者をあしらいながら、その盾を砕いて行った。仲間を庇った明子は限界を迎え膝をついたが、幸い、意志を託す言葉は力強い色のまま。ディバイドは護られた礼を告げ彼女の分まで刀を振るい、アリオスの傷を更に抉る──鋭い痛みが、彼の心を現へ引き戻してくれればと願うかのよう。
（「堪え得ぬ程の苦痛など、想像する他無いのだろうが」）
　どれほど経験を積んだとて、他者のそれを正しく解る事は出来ない。彼を慮ってモカは、祈るよう手を握り込む。過去の彼に託した真心の一つを、叶うならば再びと願ったけれど──そこへ至る道は、見えぬまま。
　配下を失っても、アリオスの様子に変化は無い。手を緩めぬ彼の姿は、心を決める為では無く、死に場所を求めての事のように、ケルベロス達には見えた。
　諦めたく無い、と嘆きが零れる。
　どうにもならないのか、と諦めが。
　だが。
「……それが望みなら、応えてやるのが俺達の務め」
　ほんの少し前の仲間の言葉を、グレッグがなぞる。違うのはその色、耐えるようにでは無く。迷う事無く、決意に強く。
　例えば少女は、死しては全てが終いだと光を目指した。例えば少年は、穏やかに笑い合える未来を求めて手を伸べた。そうした想いとは相容れ得ぬ事は承知で、誇りある戦いと死に依る永遠を否定しない想いを、青年は紡ぐ。
　『こう』なってなお剣を捨てぬ英雄に報いてやれる道は、今となっては。皆、解っていた。ただ、認め難いだけで。
　心を決めるのに、また少しばかり時間を要した。他のチームに依るものだろう、ある時視界の隅に緑の光が差したが、生憎、今この場では最早些事。
「──行くぜ」
　そうしてやがて千助が、傍らのミミックへ刀の具現を命じた。その声は努めて明るく──せめて前を向いていられるよう祈る如く。
　斬撃が幾重にも、アリオスを捉える。肌を裂く刃の雨に圧され怯む彼の体を、その痛みに感覚が追いつくより速く、グレッグが渾身の力で蹴り払う。
　よろめいたアリオスは耐えきれずに膝をつく。その身に立ち上がる力はもう無く、剣すらも地へと手放した。
　そして、その面持ちは穏やかなものに、ケルベロス達には見えた。
　種の英雄として戦い、アリアの夫としてアリアンナを成し、娘を護る父であった彼は。獣として狂い果てるのでは無く、個として生き存えるのでも無く。最期まで、同胞の為に戦い抜く『英雄』たらんとしたのだろうと。
　死んでしまえば何も、無くなってしまうけれど。彼の命の代わりに、誇りを護ってやれたのだと──それを救いと捉える事は、きっと思い上がりでは無い筈だ。
「もしも『彼女』らが遺るならば、我らは報いよう。その時は任されよ。お主はどうか、安らかであれ」
　ゆえに彼らはただ静かに、死を看取った。

作者：ヒサ	重傷：千手・明子（火焔の天稟・e02471）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 3／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 1
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