ローカスト調査隊~黙示の果

作者:銀條彦

「ローカスト達はコギトエルゴスム化した状態で休眠しているのではないか」
 『太陽神アポロン』打倒後ここ数ヶ月の間、全く動きを見せないローカスト達の現状を、そのように推測した春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)を先頭に。
 彼女の説に賛同したケルベロス達はいかなる些細なものでもとローカストのその後の足跡を各地に求め、ここまで粘り強く調査を推し進めて来た。
 ――その結果、飛騨山脈の奥地に、ローカストがコギトエルゴスム化して隠れているのではという事を突き止めた。
 既にローカストを探索する春撫の賛同者は調査隊とでも呼ぶべき規模にまで膨れ上がっており、彼女達は飛騨山脈を虱潰しにした末に、遂に、巧妙に隠された奥地の秘密基地を発見するに至るのであった。

 基地の奥へと少しずつ慎重に足を踏み入れるケルベロス達。
 いくら進めど内部は無人でひっそりと静まりかえっているが、生き残ったローカスト達はすべてコギトエルゴスム化しているとの推論からすればそれも予想の範囲内。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 期待に胸はずませながら地下へと続く長い長い螺旋階段を降りる春撫の言葉は後ろに続く賛同者達の多くにとっても悲願であろう。
 階段通路の終着はひとつの広大な空間へと繋がった。直径数百メートル程のドーム状のその部屋は壁一面びっしりと無数の小さな窪みで覆われていた。
 ――ちょうどコギトエルゴスムを収納できるサイズの窪みだ、と気づいた一部のケルベロスは思わずといった様子で駆け寄り、ひとつひとつを確認し始める。
 他方、ドーム状の大広間の中央では謎の装置が置かれ、古き神殿にも似た静謐が支配するこの空間でこれのみが僅かに音を立て、何らかの稼動を行っているようだ。
 こちらの調査に着手したケルベロス達はこの装置がどうやらグラビティ・チェインに関するものであるらしいと確認し一つの推論を導きだす。
 自然界に極微量ながら漂うグラビティ・チェインを堆積し供給する……おそらくは数万年がかりとなるであろうコギトエルゴスム化したローカストを復活させる為の装置。
「地の底深く眠りにつき、数万年後の地球の春を夢見て待つ、か。不死であるデウスエクスならではの発想というべきか……」
 定命たるケルベロスからは誰ともなくそんな感嘆が漏れる。
 だが――その供給を受けるべきコギトエルゴスムを求めるケルベロス達はほどなく絶望へと直面する事となる。

「コギトエルゴスムがありません! ……いえ、これは……、コギトエルゴスムが、破壊されています……」「莫迦な!?」
 予想通り窪みに収まっていたコギトエルゴスムだったが、その殆どは既に崩れ去った後だったのだ。コギトエルゴスムを破壊できるのはケルベロスのみ。しかしそれら全てはまるで自然に崩壊したとしか思えぬような有様であった。
「……何が起こったというの?」
「おそらくですが、コギトエルゴスム化した時には既に定命化が始まっていたのでしょう。そして、コギトエルゴスムのまま定命化した事で、コギトエルゴスムが崩壊したと考えれば、辻褄が合います」
 確かにそれならばと納得はしたがだからといってそこで諦めるケルベロスは居なかった。
 ならばなおのこと急ぎまだ無事なコギトエルゴスムを探しだそうとの檄が飛び、ケルベロス達は縋る想いで壁の捜索を始めるのだった。

 必死の壁面捜索が続く中、いったん放置された中央装置が、突如、激しく振動し始めた。
 緩やかにグラビティ・チェインを集めては放つを繰り返していたそれが、唐突に内包するグラビティ・チェイン全てを放出した後に爆散したのだ。
「!?」
 ケルベロスの眼前で起こった異変はそれだけに留まらなかった。
 装置がその最後にばら撒いたグラビティ・チェインを受け取ったコギトエルゴスムが次々に蘇生を果たしたのだ――しかし。
「グラビティ・チェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる」
「グラビティ・チェインを喰ラエ。そして、ヒトを襲い、憎マレ拒絶サレるのだ」
「ワレらが生き延ビル術は、他ニ無イ……」
 あるものは喜々として、またあるものはもはや理性どころか感情すら置き去りにただ暴殖の使徒としての根源に突き動かされるままに。
 復活を果たしたローカスト達は一斉に眼前のケルベロスへと襲いかかり始めたのだ。
「待って、私達はあなた達ローカストを助ける為にここへ……」
「危ない!! ……無駄だ、聞いちゃいない」
 中には説得を試みる者も現れたが、無防備な糧としか映らぬそれらに対してローカスト達は躊躇無く攻撃を加えようとする。
 眼前のモノが何を為しに来た何者で何を訴えかけているかなど今の彼らには関係がない。
 ただこれを喰らいグラビティ・チェインを奪うことのみがローカストという種が生き永らえる為のラストチャンスなのだという切迫した生存本能だけが死に瀕する彼らを動かしたらしめていた。 ――そこにはもはや尊厳も矜持も無かった。
「このローカスト達はグラビティ・チェインは枯渇状態で、定命化も末期状態……話し合いでなんとかするのは、ほぼ不可能ということか」
「……。固まって迎撃を! 1人でいたら狙いうちされるだけだ!」

 ――果ての先、最後の戦いが今始まろうとしていた。


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
シド・ノート(墓掘・e11166)
スマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)
ブラッディ・マリー(鮮血竜妃・e36026)

■リプレイ


 強さ――理由を問われれば畢竟それのみに尽きた。

 細められた赤眼を爛と輝かせ、躊躇無く繰り出されたのは手枷と切っ先。
「あなたがどんな敵かは知らないけど……」
 日本の鎧武者を想起させる百足ローカストの偉丈夫に対しブラッディ・マリー(鮮血竜妃・e36026)が挨拶代わりに浴びせたのは鎧通しにも似た刃使い。それは微傷なれど硬直を誘う一刺しであった。
「殺し甲斐のありそうな見た目は、好ましいわ」
 彼女が『それ』を敵と定めたのはそもそもの調査隊参加目的である滅び逝く種族に対しての殺神欲を満たしてくれる程の強者である事、そしてその種族を殊更に助けたがっている者達の妨げとはならない状況下にある事。
 赤き竜人の女が擁する衝動と理性双方の最適解の先に『それ』は現れてくれたのだ。
 漆黒を鎧い喰み違いの卍鎌槍を構える『それ』は見かけとは裏腹に鈍重さとは無縁の脚運び。だがおよそ理性と呼べるものは失われているらしかった。マリーの言葉にも反応を示す様子は全く無い。
 そして極限の飢餓状態にあって尚武人たる威容を損なわぬ『それ』へ惹かれるように、傭蜂集団の先鋒たるを忘れてただ出鱈目に暴れるばかりだった紅きランサー兵達が次々に『それ』の下へと集い始める。ケルベロスらもまた……。
「生きるために足掻く、なんて素晴らしい行為なのでしょう。さあ、この魔女と戦い合いましょう、お強い方」
 わたくしそう言う御方は嫌いじゃありませんのよ――そう微笑むエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)もまた惹き寄せられるように陣へと加わった一人。
 ついと舞うような跳躍から『それ』放たれた蹴撃は流星痕の如き煌めきを戦場へと残す。

「全く、苦労を掛けさせる――悪いが、人類の敵は私の敵だ」
 隊結成後での遭遇はせめてもの僥倖と、救助予定の筈だった相手から一方的に拓かれた戦端に対してもジエロ・アクアリオ(星導・e03190)の冷静は保たれたまま。
 大袖にも似た堅く逞しい両腕部の先から覗く無数の百足脚を指代わり。重たげな長柄の穂先を易々と閃かせ、膂力任せとばかり荒々しく突き出された一撃。
 万全の防御態勢からその威力の半ばを受け流してなお全身は軋みを訴えたが黒き竜人の男は微笑みのままに堪えた。
(「地球を愛せなかった者の末路、か。最期までそのままで生きる意志を貫いた事に敬意を……」)
 ジエロを包む凍てる冬天の如き闘気と傍らの小さき竜……クリュスタルスが注いだ癒しが痛みを和らげてゆく。
「調査程度に留めておくつもりだったのだけどこんな事態になるとはねえ……」
 メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は囲まれぬよう注意を促しながら自身もメディックのポジションへと就き、緊急手術でジエロの傷を一気に治癒させた。
「この声が届くかわからないけれど……あのまま朽ちるよりは、武人として戦場で散る方が悔いも残らないだろう?」
 全力で挑ませてもらうと静かに継がれた『言葉』と高められた戦意に、野萵苣の花戴くオラトリオの『相棒』達もゆらり応えるように揺れた。
(「正気を失って尚、前を目指し止まらない姿は……『彼』を思い出させるわね……」)
 寂寞の調べを奏でながら、スマラグダ・ランヴォイア(竦然たる翠玉・e24334)は刹那、とあるカミキリムシ型ローカストの面影を瞼に浮かべ、微かに睫毛を伏せる。
 不退転のローカストとして、そして死神の走狗として。かつて2度に渡る死闘を重ねる事となった武人の魂を悼む歌声は、破剣の加護となって仲間達へと降り注ぐ。
 彼ら彼女らのいずれもが此処で終わりにするという強き覚悟を既に固め終えていた。

 ローカストの異変と強襲に即応しその場でチームを組む事となったケルベロス同士は声を掛け合い、まず討つべきは槍の蜂兵達と恙無い意思統一が図られる。
「道を、拓くよ」
 前で闘う仲間達を援護すべく、ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)は軽やかな金属音を鳴り響かせ、黒鎖を伸ばす。
(「あれは『将』だ」)
 二重三重に廻らせた猟犬の鎖で拘束を完成させながらルードヴィヒはそう確信する。
 常に群れの先頭に立つ百足の鎧武者の豪槍は一軍を率いるに相応しい風格を備えていた。
 他のランサー兵とは異なり不思議と『それ』からは死の恐怖は嗅ぎ取れない。あるいは、そんな感情すら置き忘れて完全に狂ってしまったのか……。
「いずれにせよ敬意を。僕たちの全力を以って、戦で、華々しい最後を贈るよ」
「あんた達にとっちゃ生きるか死ぬかの瀬戸際、降服しろなんて言わねぇし同情もしねぇ」
 我流に構えたゲシュタルトグレイブを床へと突き立てた長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)の初撃は、飛礫による面制圧。
 本能導くまま強者たる百足の武者に追随する様にして攻めへ加わろうとしていた蜂兵達は瞬く間に高速機動の初動を妨げられる事となる。
「最後の戦い、俺だって手は抜かねぇよ」
 何が正しいなどと語るべき理屈を青年は持たずまたそうするつもりもなかった。
 力で示すしかない。ならばそれは、せめても正々堂々たる闘いの内で。

 ――なんでこうなっちゃうかなあ。ほんと嫌になるね。
 地下奥深く、昇る黒太陽を見上げながらシド・ノート(墓掘・e11166)は頭を掻いた。
「殺しに来たんじゃないんだ」
 最前列の盾として毒の穂先を捌きながら、一言二言、探るように説得を試みながらも彼の眼は早々に見立ててしまっている。無理だと。もはや手遅れだと。
(「ケルベロスの選択肢ってヤツはもう少しぐらい増えるもんだと夢見ていたが……」)
 結局は立ち塞がる現実にさほどの差は無いのだという苦々しい実感に、それでも、医師は抗い続ける。


 惜しみ呼びかける祈り、遣り切れぬ叫び、憐憫を塗せた敬意、殺意と綯い交ぜの親愛――番犬達が黒鎧の『将』へと向けた想いはあまりにも個々に多種多様で。
 だが唯一つだけ確固たる共通点を見出すとすれば……たとえいかなる想いを抱えていたとて戦いの手を緩めるものは、一兵たりと、此処には存在しなかったという事。

 蜂兵へと重ねられるケルベロスの攻撃の幾つかを百足ローカストの重厚な黒鎧が阻む。
 この『将』が繰り出す槍技の一つには、百足毒の如く、視野狭窄な怒りを注ぎ込む効果を備えるものがあり、時にケルベロスの解除よりも早く蜂兵の槍がその毒を悪化させていったからだ。
 『将』に従う傭蜂集団はランサー兵ばかりが5体。当初の場当たり的な攻撃は徐々に陰を潜め、前に立つ『将』へ全力を発揮させる為の支援行動を取り始めようとしていた。
 鬨の声の代わり鳴り響くは、鎌槍が生み出す爆発的なまでの血風と蜂兵達の羽音と。
 いつしか敵群は敵軍へと変わりつつある。
 左腕に咲く薄青の時計草から自陣全てへBS耐性を振り撒いて抗する中で、黒鎧の多彩な槍攻撃は単列の違いはあれど全て近接射程である事をメイザースは確認していた。
「……『君』には多少辛いかもしれないね」
 どうしても前衛の負担が大きいとオウガメタルへ魔力を分け与え『Shield of Aigis』を発動するにあたり、永くローカストと共に在った武装生命体へ呪術医は穏やかに語り掛けた。
 ――だが、それでも。彼らが儚い線香花火かそれとも沈んでもまた昇る太陽なのか、『君』と共に見届けたい。
 メイザースのそんな心の声に応えるかのように鋼の相棒たる『Atlas』はひときわ眩い銀光を発した後、堅牢にして自在たる流動盾として、最前で駆ける智十瀬の身を守護した。
「ジャマーが3、メディックが2だね」
 ルードヴィヒが手短に情報を伝え、まずはジャマーの排除をと漆黒に命じれば奔流と化したブラックスライムは、狙い違わず、敵中衛列へとその貪欲を拡げる。
(「僕がすべきは排除だけ……でも……」)
 ――ここに在る願いがひとつでも叶えばいい、とも青年は想わずにはいられない。

「『生きる為に憎まれながら戦い続ける』……それ以外の生きる道だって考えりゃ何かあるはずなんだ!」
 追い詰められそこでようやく憎もうと決意しなければ地球を憎めなかった彼らとならば、繋がれない筈はない……その筈なのに。かつて神造され尖兵として使われたウェアライダーとてそう為っていたかもしれない。だが逆に、自分達が今こう在るようにローカストもまたこの星と共に在れる未来だってあるかもしれない。
 なのに……林立する長柄を軽やかに掻い潜りながら繰り出される鋭刃に比すれば、残酷なほど、智十瀬の真っ直ぐな言葉はローカスト達には届かない。
 どんな些細な反応も変化も見逃すまいと声を掛けつつ観察を続けたシドは、たとえそれが善意であれ好意であれ、訴えかけるような激しい物言いを現在の彼らは攻撃意思の発露としか受け取れないのではないかと智十瀬に推測として伝えた。
 実際、甘やかに殺意を囁くマリーやエフェメラの声そのものへはほぼ無反応で、時に襲う攻撃はあくまでケルベロスとして内包するグラビティ・チェインに対してであった。
「……こんなにも熱く思いの丈を繰り返して来たのにまるで届いてなかったなんて心外ね」
「ふふ、そうですわね」
 竜派の咎人が雷気帯びた刃先で蜂兵の薄い装甲をズタズタに切り裂けば、人派の魔女が魔導書を捲る指先は三十八頁目に眠る黒竜の吐息を解き放つ。深々と拡がり浸みる黒霧の中、羽ばたきを止めた蜂のローカストはそのまま落下する中で力尽きてゆく。
「我が劍、万象捻じ曲げる幻妖の刃よ。天光を鎖し、偽りの姿を刻め――『玖之祕劍ヘロヤセフ』!」
 スマラグダが振り下ろした剣刃の残響と共に最後の羽音も其処で途絶える。
 そして同時に、並外れた破壊力や耐久力を備える『将』を要と据える事で機能した厄介な連携もまたようやく此処で途絶えたのだ。
「さて、残るは大将首のみだ。互いに生存を掛けた戦いに、慈悲はいらないな」
 メディックや他の回復重視の者のみならず、状態回復を揃えたジエロもまた戦力維持の為ここまで専ら治癒へと手を割かざるを得ない場面も多かったが其れも此処迄。
 竜黒から蟲黒へ、せめてその魂に救いをと延べられたアスクレピオスの杖――死という名の救済を注ぐ水瓶。


 ――生きよ生きよと本能は命じる……だが物喰みただ有るのみが命ならば、それはもはや生きているといえるのか。

「この世は弱肉強食。弱きものは灰になるのです。うふふっ!」
 嗤う魔女が翳した掌からは幻影の炎竜が荒れ狂う。
 だが戦狂い故にこそたとえ其処に交わす言葉は無くとも、漠と、エフェメラには伝わる。己が弱さを知りそれでも強く気高くありたいと渇望する彼女の眼には『彼』を足掻かせ戦いへと衝き動かし続けるものが生存本能だけには思えなかった。
「喰らうか喰らわれるかでやってきたんだろ。僕だって喰らわれる覚悟をもってここにいる――まあ喰らわれる訳にはいかないけどね」
 地下奥深い戦場に一陣の風が吹きぬける。ルードヴィヒの胸に一瞬去来したのは過去であり、同時に、今ここで己が倒される訳にはいかない理由。
(「そう、『あいつ』を倒すまでは……」)

 単騎と化してなお黒鎧の『将』は昂ぶり、その槍刃の冴えは研ぎ澄まされてゆく。
 そしてシドもまたあの手この手で呼び掛け続けた。
 回復の要であるメイザースとの遣り取りを合間に挟み、唸りあげる鎌槍の刺突や横薙ぎに何度か吹き飛ばされながらも銀光の盾に守られて。
「あんた本来けっこう話わかるクチなんじゃないのか。頭はいいだろ、指揮慣れしてた」
 返答は無い。
(「ダメ元で説得を続けるのだってやれることはやったっていう言い訳が欲しいだけなんだよ、だってきっと煙草がマズくなるから」)
 ああ、そうだ。ただの自己満足だ。だが、だとしてもだと。
 先に自らが垂れた忠告はどこへやら。彼の中で膨れ上がる想いはとうとう爆発し……。
「頼むから、ちょっとくらい話を聞けよ――バカ野郎!」
 兜の面立てにも似たその顔面へと、シド渾身の、ただの拳固の一撃が炸裂する。ぐらり、黒き巨躯が大きく揺れ、初めてその片膝が折られた。
 傷癒す兵卒も途絶えて久しい中、さしものローカストの猛者の身にも限界が訪れつつあるようだった。
「……――抜刀術「白蛟」!!」
 鋭い呼気の後あえて声高く、我流の技名のみを智十瀬は発した。
 一足跳びに間合いは詰められ、刃の肉薄。咄嗟の防御にと構えられ交差するかと思われた長柄を蛇が如き曲線で摺り抜けた白刃は、黒鎧もろともその胴を深く掻っ捌いた。
 死を打ち込んだ確かな感触。だがまるで斬られるような痛みの表情を浮かべたのはむしろ灰猫の若武者の側――結局は最後まで届いたのはただこの刃だけ、と。
 その時、歩肢を思わせる空拳がまるで撫ぜるかの様にそっと灰毛耳の頭部へと置かれる――その寸前に片腕が急速に塵化しボロボロとローカストの輪郭を喪い始めてゆく。
「!? ちょ、待っ……」
 止める間も無く崩壊進む鎧武者は最期まで何も語らず。
 ケルベロス達の眼前、武骨な一礼の姿勢を取った後に跡形も無く霧散した。

 繰り広げられたのは、徹頭徹尾、有限の命と命のぶつかり合い。
 殺すため生きるため生かすため……そして尊厳と矜持をもって滅びゆくための。
「私の殺神歴の1ページとして、記憶しておいてあげましょう」
 まだ冷めやらぬ熱を抑えるようにして我が身を抱きしめながら。
 真っ先に口火を切りこの闘争を牽引する形となったマリーが手向けた言葉は純粋なる親愛の情に満ちていた。


 中盤以降、攻撃に曝される事のなかった後衛列がまず加勢すべき他班を求めてその場を離れた。充分に態勢を整えさえすれば残る前中衛もその後に続ける筈である。

「さらば、強き者達よ。あなたたちの魂は、私が導く……」
 安らかに眠れと歌うスマラグダの傍ら、シドは持ち込んだ不銹鋼の酒器を傾ける。
 ローカストの復活を果たし首尾よく友達となれた時の為の祝杯として呑めればきっとこの上ない美酒だっただろう、弔いの献盃。
「俺が持ってる中では一番いい酒だけど……あ、下戸だったりしたらごめんね」
 そもそもローカストに飲酒の風習があるのかすら分からぬが、それでも、何が好きで何が嫌いとかいろいろ教えてほしかった。友となり、乾杯と他愛のない話とでここまでの諍いすべてを笑って水に流せていたら……なんて夢想も今このひとときだけは許して欲しかった。
「……ああ……そもそも君の名前はなんて言うんだい? 墓も作れやしない――」

 ヘリオライダー無き死闘を見事勝ち抜き、仲間の援護の為にと次なる戦場へ駆けていったケルベロス達はついぞ知らぬままとなる。
 かのローカストの武人――鎧黒将グロムザバルの名を。そして。
 かの将が生存本能すら凌駕して抱き続けた唯一つの願いを、彼らが叶え果たした事を。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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