ローカスト調査隊~拒絶か、死か

作者:のずみりん

 ここ数ヶ月、ローカストの動きが全く無い。事の興りはその事態と、春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)の提案だった。
「グラビティ・チェインの枯渇したローカストたちは、コギトエルゴスム化した状態で休眠している……と?」
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 そう推測したケルベロスたち、春撫を先頭としたローカスト調査隊は飛騨山脈へと狙いを絞り、その奥地に秘密基地を見つけ出した。

 だが、その中でケルベロスたちを待っていたのは予想外の事態。
「まるで大聖堂か……いや」
 あるいは地下墓地か納骨堂……浮かんだ単語の生々しさにケルベロスは口をつぐむ。
 長い地下通路の果てに現れた半球状の地下室。直径数百メートルほどの、壁一面に保管室と思しきくぼみが彫られた部屋は、デウスエクスの不死性とはおよそかけ離れて見える。
「この中央の装置は……」
「まだ生きてるわね。たぶん……微量のグラビティ・チェインを集積して、コギトエルゴスム化したローカストたちを復活させるようなのじゃないかな」
「気の長い冬眠に目覚まし時計、ですね……」
 自然界のグラビティ・チェインが必要量に揃うには数万年以上かかるだろう。不死のデウスエクスならでは、ともいえるが、現実は更に残酷だった。
「ちょっと待ってください。これは……コギトエルゴスムが、ない」

「コギトエルゴスムが破壊されているって、どういうことだ!? デウスエクスは不死じゃなかったのか? まさか、俺たち以外の……」
「基地の静謐さからして、それはないでしょう。もっと妥当で、単純で、納得のいく理由があります」
 コギトエルゴスムと化したローカストたちが死んでいる。
 それは調査隊を動揺させるに十分だった。ひとしきりの議論の後、ケルベロスの一人はそう推理を締めた。
「定命化……か」
「手遅れだったのでしょう。コギトエルゴスム化した時には既に定命化が始まっていた、そして休眠したままに定命化したため、コギトエルゴスムが崩壊した」
 定命化が始まってからのタイムリミットは約一年。選択肢は二つ。
 地球を愛し、デウスエクスの全ての特性を捨てて定命化を完了するか。
 愛せず、死ぬか。あるいは……。
「皆さん、気を付けて! 装置の様子が……!」
 話を遮る見張り役の声。警告が終わる前、装置が反応するように爆散した。
 装置からグラビティ・チェインが放出され、コギトエルゴスムが姿を変える。
「グラビティ・チェインを、喰ラエ。ヒトを襲い、憎マレ、拒絶サレるのだ」
「生き延ビるタめニ……生キ延びルたメに……」
 正気も怪しそうなローカストたちが、その本能は状況を正しく判断した。
「そういう事態も想定済み、ってわけね……ったく!」
 地球を愛せないデウスエクスたちの選択肢は死か、人々の拒絶による延命かしかない。
 続々と目覚めるローカスト……かつての強敵、あるいは初見ながらただならぬ気配のものたちにケルベロスたちは止む無く武器を抜く。
「話を聞いてください! 私たちは皆さんが心配で、助けに……っ」
「生キ伸ビるタめに!」
 果敢に説得を試みるケルベロスたちもいた。だが言葉に返されるのは爪、刃。
「ダメだ! グラビティ・チェインの枯渇に定命化……話が通じない!」
「このままじゃ押し潰される! 固まって迎撃するんだ!」
 生存本能そのものの猛攻がケルベロスたちを追い詰めていく。増援は間に合わず、無力化もできない。
「討つしかないのか……!」


参加者
シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
鏡月・空(藻塩の如く・e04902)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
綺羅星・ぽてと(耳が弱い・e13821)
獅子鳥・狼猿(免停・e16404)
空木・樒(病葉落とし・e19729)

■リプレイ

●出会いは選べない
 思いがけぬローカスト軍団の復活と奇襲にケルベロスたちは分断されつつあった。
「ケルベロスの大半はもう、ローカストを憎めない!だから、憎まれて定命化を先延ばしにするのは無理なの!」
 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)は叫び、『フローレスフラワーズ』を施す。ヒールグラビティはわずかだがグラビティ・チェインの飢えを癒すと聞いた覚えがある。
 少しでも効果があれば……出来ることなら説得し、戦いを避けられれば。
「ッシャァァァァー!」
「ダメ……なの……?」
 だが、返された答えは咆哮。効果はなかったのか、既にもう手遅れなのか? ローカストの腕が彼女の振るわれる咄嗟、白鳥を思わせる突進が一撃を受け止める。
「本当は分かり合えるのがベストなのでしょうが……」
「シアライラ……うん」
 シアライラ・ミゼリコルディア(天翔けるフィリアレーギス・e00736)の『Oratio Eurydice』が描く輝きが二人と二体のサーヴァント……キアリのアロン、今まさに庇ってくれた彼女のボクスドラゴン『シグナス』を照らしている。
 待ってくれていたのだろう、自分の言葉を。
「死にたくないなら、いい加減妥協してこの手を掴みなさい……馬鹿!」
 首を一つ振り、ウェアライダーの少女は意識を切り替える。燃え上がるデウスエクスを星状のオーラが跳ね飛ばし、沈黙させる。
「仕方がない……ですね」
「口惜しいでござるが、こうなってしまったならば……あるいは引導を渡すのも救いなのかもしれぬでござるな」
 短いが、言葉で示す時間は終わった。鏡月・空(藻塩の如く・e04902)は判断し『刀剣封鞘・改』より刃鎌を引き抜く。
 合流してくる天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)と空木・樒(病葉落とし・e19729)に頷き、ともに構える。敵は多く、強い。
「『地球の敵』を選んだ者を悠長に生かしておくほど私達ケルベロスは甘くない……!」
 現れた『それ』は綺羅星・ぽてと(耳が弱い・e13821)と数合打ち合い、易々と跳ね飛ばした。自らの場(ステージ)を築く彼女の回り、ケルベロスたちのオウガメタルが警告するように輝いた。
「こいつは……」
「あぁ……ここであったが、はじめまして!」
 シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)の言葉を切り、獅子鳥・狼猿(免停・e16404)が抜き打で踏み込む。
「グ……ヌ!」
「一目見た時から気にくわなかった……カバを甘く見るなよ」
 重く鋭い獣撃を、ローカストは真っ向から受け止めた。鎧のような……ではなく、鈍銀に輝く甲殻は装甲そのもの。どこか生物離れした複眼が河馬のウェアライダーをうつし、瞬間。
「不倶戴天、強敵邂逅! 宿敵っつーもんは素晴らしいな!」
 鉤爪にはねられる拳、追い打ちのタイミングにシュリアの弾丸が食らいつく。戦い、生き延びるために改造に改造を重ねた肉体、それを支える精神。こいつは強敵だ。
「獅子鳥、狼猿。お前は」
「ゾフィィィィー、ガー……ァァァ」
 突き出した掌から指を折る狼猿に、空気が漏れるような声をローカストはあげる。
「ゾフィーガー、ですか……大した意志力です。声で応じられるとは」
「あぁ。全く気に食わねぇ……」
 樒の素直な賞賛に、狼猿は更に不機嫌そうに吐く。その鋼の意志力は今、自分たちへと向けられ折れることはないだろう。
 あるいは違う出会い方なら、こうはならなかったのだろうか? すべては過ぎ去った可能性の話だ。
「地球を愛せる可能性があるローカストの方々もきっと居ると、わたくしは思っております。ゆえに……」
 樒の声に怒りや悲しみはない。彼女にとって、戦いや殺しは私情で行うものではないから。
「できるだけ助けるためにも、眼前の敵は速やかに討つと致しましょう」
 言って、『病葉落とし』は薬匙の雷杖を構えた。

●戦士は応えた
「さぁ、……骨の髄まで楽しもうぜ?」
 入れ替わりで踏み込むシュリアの拳が、ゾフィーガーの鋼鉄の左腕と激突した。鉄火のオーラを纏った拳がオウガメタルを纏った鉤爪と競り合い、双方連打。
 かすめる都度、施された雷の護りが悲鳴を上げ、地下基地の床が、壁が、ひしゃげて砕ける。
「尋常じゃないわ……どれだけのオウガメタルを、何度改造を施してるの」
 物理的なだけではない、加勢するぽてとのオーラまでがぐいぐいと押し込まれていく。ゾフィーガーの闘気の質量が二人を押し潰さんと迫る。
「ガ、アァァァ……」
「でも、これが最後の戦……獣の如きのままでいいのかしら?」
 説得はしないし、できない。それでも身をかわしながらぽてとは呼びかける。愛槌『ポテトマッシャー』を引き抜き、『炸薬式・急降下装置』を起動。
「戦士として戦いたければ、自力で目を覚ましなさい……全力で殴ってあげるから!
 有限実行。本来は急降下用の運動エネルギーが炸裂、彼女を超音速の拳からすり抜けさせた。
「タイマンでやれねぇのが申し訳ない強さだぜ! ぽてと!」
 迫るぽてとの身体へシュリアは力の限り投げ返す。急旋回からの痛撃がゾフィーガーへとめり込んだ。
「カハッ……ケル、ベロス……!」
「綺羅星・ぽてと。ここはわたしのステージよ」
 言葉は届いたのか? 呻くような声と共に、砕けた装甲から黒い輝きがにじみ出す。
「応えてくれた、といっていいのか……!」
「届いたら届いたで困るものでござるな!」
 空のシュトルムスライサーが黒光を切り裂くも一瞬。瞬く間に威力を増し、ケルベロスたちを飲み込もうとする絶望へ、日仙丸は叫び割り込んだ。
「通販忍術奥義、千変万化の通販領域……受け取っていただく!」
 真心へのお返しは通販の本懐、虚空より突き立てられるは大小さまざまの鏡に遮光板。出現した『通販領域・AM-Zone』が、ゾフィーガーを幻惑する。
「動きを止めます、禁縄禁縛……!」
 通販鏡が身を犠牲に偏光した黒光をぬように、シアライラの御業が食らいつく。振りほどく隙は与えない。
「ここが貴様のデッドエンド……あわせるぞ」
「うん……っ!」
 よくわからないが勢いだけは理解したと、めくりあげるキアリの蹴り上げ。狼猿の重量級の旋刃脚が、ジョフィーガーの鋼鉄の肉体を挟み打った。

●殺意と敬意
 急所の有無に拠らず、関節の集中する股部は人間型生物に共通して有効な打撃である。それは強化を重ねたゾフィーガーといえど例外ではない。
「倒せなかった……?」
 それでも彼は倒れない。よろめきながらも、オウガメタルが体液のように流れひび割れを埋めていく。
「狙いに間違いはなかった……ローカスト離れしていますよ。よく堪えたものです」
 驚くキアリに声をかぶせ、樒は素直に称賛する。彼女の分析はいつも貴賤なく正確だ。
「おかけで俺っちの足と自信は砕けかけだぜ……どうするよ、先せッ?!」
 言いかけ途中、咄嗟に交差させた狼猿の両腕痛撃が再び襲う。彼の防御を蹴り飛ばしゾフィーガーが上に飛ぶ。血染めのような右腕と同色から気弾雨、日仙丸が身を挺して受けるが。
「シアライラ殿、御業は……!」
「……持ちません!」
 抑え込んで、これというのか。喰らいつく闘気が護り手もろともに支援を跳ね飛ばす。
「シグナス……ッ!」
 ボクスドラゴンの白い身体が傷に染まり、吹き飛んだ。受け取った属性で樒たちは堪えたが、もう次はない。
「……危ないところでした。感謝します」
 次はないが、問題ない。
「これは少々、取り扱いが難物なもので……」
 立ち上がる樒の手には数本、薬管が指に挟まれてあった。彼女は着地したゾフィーガーの足下をかいくぐり、その勢いで管の中身を宙に撒く。
「王薬【囁く岩】――あらゆるものを粉砕する戦士の偉烈、とくとご覧あれ」
 かつて南洋より覇を唱えた孤島の戦闘民族の秘密、岩より生れ岩をも砕く膂力を授ける魔薬……ケルベロス向けに穏当に調整しているとは彼女の談だが。
「……そして、今はこれが最後です。頼みました」
「十分だ、先生。後は任せろ」
 膝をつく樒へ応えた狼猿の拳がゾフィーガーの挟みと交差する。砕ける肉と装甲は治らない、癒しの限界を超えた状況は双方同じ。
「決着をつけます……ゾフィーガー」
「決ッちゃク……!」
 祈りのオーラを練り上げる空の声を、ひび割れたローカストの口が繰り返した。

●一つの結末
「お願い、氷結の槍騎兵……!」
「こちらもお買い上げいただく、螺旋氷縛!」
 運命の女神と螺旋の力、二つの冷気がゾフィーガーを拘束する。赤と青の拳に燃えたオーラの炎は挟撃を真っ向から受け止めた。
「レ、ギィィィィ!」
 装甲から放たれる黒い絶望。レギオンレイドの太陽の輝きは踏み込もうとしたケルベロスを次々と飲み込んでいく。
「おねがい……!」
「お任せあれ。私のステージに絶望はノーサンキューよ!」
 流れを切り裂いたのは、ぽてとの大槌。彼女は飲み込まれて等いなかった。そう見えたのはキアリが託した分身に過ぎない。
「良い夢、見せてやるぜ……!」
 弧を描くエアシューズの炎がゾフィーガーのオーラを裂く。重ねるようにシュリアの拳が走った。一瞬にして永遠の夢を紡ぐ『閃光の銀』……ローカストの戦士が見た刹那は果たして何だったのか。
「負ケ、ヌ……負けラレぬ……!」
「そうかいッ!」
 無残な体組織を露にしながら、ゾフィーガーは生きていた。拳がシュリアを打ちのめす。空の手刀が弾かれる。戦士の魂は肉体の限界を凌駕していた。
「ヤブ蛇だったかね……!」
「いえ……彼の矜持が、きっと」
 倒れるシュリアの前に立つ空は息を吐く。ここで決めるしかない。至近距離へと踏み込んだ狼猿と、とらせんと組み合うゾフィーガー。その膠着に彼は踏み込んだ。
「今、いきます!」
「……心得た!」
 無造作に振るわれる空の刃に、ゾフィーガーは反応せざるを得ない。それには死の力が満ちていた。身をかわしざま、喰らいつく狼猿を払い、激突させて飛び退く。
 うまく凌いだ……はらったはずの狼猿が飛んでこなければ。
「喰らいつかせました、よ……!」
 力の限り、空はウェアライダーの身体を跳ね飛ばしてきた。勢いのまま、ゾフィーガーを跳ね飛ばした狼猿は、すかさず両腕を「天」の形にクラッチ。目前には一瞬にして、壁。
「宙返りできない河馬は唯の馬鹿だ。だからオレッちは爪を隠すのさ」
 水平方向への変則『ブリリアント・エレガント・スパーク』……落下の加速を二人分の膂力で補って放たれた奥義は、ローカストの戦士への止めとして十分だった。
 永かった戦いよ、さらば。

「光が……」
 もの言わなくなったローカストを前に、シアライラは緑の輝きと振動に気づいた。中央の装置が修復され、再び力を発揮したのだ。
 息のあるローカストたちはコギトエルゴスムへ、そうでないものは、そうでないままへ……あるいは拒絶し、戦い抜いたものもいる。
 様々なれど、ローカストとの戦いは幕を閉じた。
「太陽王を名乗った者が率いた種族の落日、でござるか。かの武人の願いは、ついぞ叶えられなかったでござるな……」
「……もし、もう少し早く来ていれば……いえ」
 黄金のローカストたちの言葉を振り返る日仙丸の呟きに、空が肩を落とす。
 たらればを話せばキリはないが、それでも感情は考えてしまう。
「謝ることじゃねぇぞ」
 シュリアは煙草の煙と共に声を吐いた。
「ゾフィーガーは戦士として死んだ。それで十分じゃねぇか」
 語り合った拳に心残りはない。彼女にはそれで十分だった。
「それでも……こんな結末……」
 種族として多くを失ったローカストの結末はどうなるのか。言葉にできないやるせなさで、シアライラは終焉となった地に目を伏せた。

作者:のずみりん 重傷:シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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