ローカスト調査隊~命を繋ぐ最後の鎖

作者:ともしびともる

●隠された地へ
 生き延びたはずのローカスト達はどこに消えたのか。その謎が解明される時が来た。
 ローカスト・ゲートが破壊されて一年が経とうとしている。『地球を愛する』か『人間から憎しみと拒絶を得る』ことがなければ程なく命が尽きてしまうはずの彼らだが、アポロンを斃した時の戦いを最後に、ローカスト達の動向は全く察知されなくなってしまった。
 つまり彼らは既にコギトエルゴスム化しているのではないか? 春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)の推論に多くのケルベロス達が賛同し、その仮説を元にローカストの捜索が行われた。そして今、ローカスト捜索隊のケルベロス達は飛騨山脈の奥地にて集結している。彼らは飛騨山脈の入念な調査の末、ついに隠されていたローカストの秘密基地を発見したのだ。

●朽ちかけた希望
 基地の入り口を抜け、地下へと続く螺旋状の通路を降りていくケルベロス達。長い通路には彼らの足音だけが響き、他に動くものの気配は全く感じられない。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰る事ができれば、ヴァルキュリアのように仲間にする事ができるかもしれないですよね」
 春撫の言葉に捜索隊の面々が頷きを返す。静かすぎる秘密基地は、彼らの推理をほぼ確信へと変えていた。
 すれ違うものもなく地下深く下り続け、ついに通路を抜けたケルベロス達は、ドーム型の広い地下空間に出た。直径数百メートルはあろうかという半球状の空間、その壁一面に小さな窪みがつけられており、それは丁度コギトエルゴスムを安置出来るような大きさと形状に見えた。広がる床の中心部には何かの機械らしきものが鎮座しており、それは静謐な空間の中ににごく小さな稼働音を響かせていた。
「――まさに終の地、か」
 誰かが言い、また誰かはこの光景に息を飲んでいた。広大な空間に、たった一台の機械と、無数の窪み。それだけの空間だったが、ケルベロス達は封じられた大聖堂に辿り着いたかのような、そんな荘厳さを感じ取っていた。
 それぞれの感慨を抱きながら、ケルベロス達は手分けしてこの空間の調査を開始する。
「この装置は、自然界のグラビティ・チェインを微量ずつ集積しているみだいだよ。この装置に充分な量のグラビティ・チェインが貯まったら、彼らがコギトエルゴスムから蘇れるようになっているんじゃないかな」
 中央の機械を調べたケルベロスが、そんな分析を口にする。
「……気の長い話だ。このペースの集積じゃ、目覚めまで何万年掛かるか分かったものじゃない」
「まるで越冬する蛹ね。ローカスト達はきっと、いつか来る『春』に希望を託して、今を静かに耐え忍ぶことを選んだのよ……」
 機械を囲んだ者達がしんみりとため息をついている時、壁に近づいた者達からは慌てた声が上がっていた。
「これは……! コギトエルゴスムが、壊れてる……!?」
 窪みには確かにコギトエルゴスムが置かれていたようだが、見渡す限り、殆どのコギトエルゴスムが破壊され、既に形を失っていた。
「仮の姿とはいえ、これもデウスエクスの筈だよね? ケルベロスが手を下す前に壊れるなんてありえるの?」
「もしかして……定命化の影響?」
 その推論に、周囲から納得の相槌が返る。
「そうか……。コギトエルゴスム化は、グラビティ・チェインの枯渇には抵抗できても、定命化への抵抗にはならなかった、ということか」
「そんな……! それではもう、手遅れ、ということですか!?」
「……いや、多くはないが、壊れていない物も残っている。おそらく時間はない、急いで回収しなければ」
 そんな会話をきっかけに、ケルベロス達が形を保っているコギトエルゴスムを探し始めた、その時だった。

●望みの果て
 部屋の中央にあった機械が異音を発して振動を始め、次の瞬間、唐突に爆散した。
「!?」
 響き渡った轟音にケルベロス達が機械の方を振り返る。自爆した機械から溜まっていたグラビティ・チェインが放出され、空間中に広がっていく。
「まさか……!」
 グラビティ・チェインに触れたコギトエルゴスムが、その力を吸い上げて本来の姿を取り戻し始めた。空間内に、蘇ったローカストの姿が次々と現れていく。フラフラと立つ彼らの目に、ケルベロス達の姿が映った。
「あァ……ミろ……グラビティ・チェインだ……!」
「奴ラを喰らエ……! ヒトを襲え……! 憎しミを集めろ……!!」
「滅ビたく無イ……、生キ残るにハ、ソレしか無イ……!!」
 呻き混じりの呟きと殺意が部屋中に満ち、ケルベロス達に緊張が走る。僅かなグラビティ・チェインで蘇ったローカスト達は明らかにその量が足りずに飢えており、定命化による死も差し迫った状態で、もはや正気の個体は一体も居なかった。
「これは……囲まれたぞ……!」
「孤立しちゃ駄目だ! 固まって分隊を作れ!」
 ローカストに包囲されたケルベロス達は、瞬時に仲間同士で集まって小隊を形成する。
「お願い、話を聞いて! 戦いに来たんじゃない、救う方法を探しに来たの!!」
「駄目だ、こいつらどう見てもまともじゃない。やらなきゃこっちがやられるぞ!!」
 事態は一気に混乱に陥る。鬼気迫る様子のローカスト達に囲まれ、もはや戦闘は避けられない。
「死にタク無イ……!」
 ローカストの一体が震えた声で言いながら、拳を振り上げて駆け出してくる。
「こんな……こんなのダメですよ! だって、あなた達は……!」
「来るぞ!!」
 怒号と叫びが交じる中、狂乱のままに飛び掛かってくるローカスト達を、武器を抜いたケルベロスが迎え撃つ。


参加者
丹羽・秀久(水が如し・e04266)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)
桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)
真田・結城(普通の青年・e36342)

■リプレイ


 アリア騎士の差し向けたランスの矛先を、久保田・龍彦(無音の処断者・e19662) が槍先で弾き返す。
「ったく……! こちとら、倒すつもりで来たんじゃねーんだよ!!」
 龍彦が槍を振るいながら苦々しく叫び、ボクスドラゴンのコラスィが牽制のブレスを敵へと吐きかける。
「ちっ、囲まれたか。何があろうと姉さんは絶対ぇ俺が守る!」
 桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)は咄嗟に、天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)の背後をカバーするように陣取った。背中合わせになった従姉妹の雨弓と、その腕に抱かれた彼女の相棒へと声を掛ける。
「だいふく! 姉さんが無茶しねぇようにちゃんと見とけよ!」
 雨弓は真剣な表情で頷き、ナノナノのだいふくは雨弓の腕から飛び出し、くるりと回って楓に応える。
「どうして、こんな事に……!」
 カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)も迷うように呟きながら、翼を広げて臨戦態勢に入る。
「窮鼠猫を噛む、ってこういう状態? アリさんだけど。……この状態でお話し合い出来るのかな。どう見ても、死合になりそう」
 熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が周囲を見渡し、冷静に呟く。
「同感です。出来るなら戦わずに、助けてやりたいと思っていたのですが」
 真田・結城(普通の青年・e36342)も落ち着いた声で返答しながら、周囲の敵を確認する。大量の敵に包囲された状況に当然の恐怖を覚えながらも、結城は眼光鋭く敵を見据え、それを静かに押し隠した。
「仲間全員の生存が最優先です。……その上で、出来ることを試してみる価値はあると思います」
 敵の蟻酸弾を跳んで躱した折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)が、周囲の仲間に問いかけるようにそう口にした。
 集まった8人は目を合わせあう。全員の生還は前提条件とした上で、彼らを救う可能性も捨てない。状況を整えるためにも、彼ら迷わず武器を構える。
「……あのローカストウォーからの火種もこれで完全に消せればいいんですが、……いえ、これで終わりにしなければ!」
 丹羽・秀久(水が如し・e04266)の紅柄の日本刀『神斬り長谷部』とアリア騎士の槍がかち合い、ローカスト達の運命の戦端が開かれた。


 彼らが対応する敵は鎧装のアリア騎士5体。赤鎧姿の者だけは、他のアリア騎士とは実力を格する精鋭騎士と見えた。
 赤鎧の精鋭アリア騎士が龍彦目掛けて跳躍攻撃を繰り出す。龍彦は帽子を押さえながら飛び退き、精鋭アリア騎士の着地点は攻撃によって深々と抉れた。
「おおっと! 動きは読みやすいが、すげぇ力だ!」
 ニヤリと余裕を見せる龍彦。破壊力は相当なものと見て取れたが、冷静さを欠いた敵の攻撃は、その正確性を大きく欠いているようだった。
「傷つけることを、許してください……!」
 雨弓は謝罪を口にしながら鉄塊剣を振りかぶる。その剣を勢いよく薙いで発生させた旋風は、敵軍の脚をすくって敵の数人を吹き飛ばした。
 8人は、『全ての敵を即座に倒せる』段階まで戦闘を行い、安全を確保した状態で交渉を試みる作戦を取った。仲間の安全とローカストの救出を両立させる目的だ。敵の数を減らせない分、最後まで油断できない戦いを強いられることになる。
「頭数が減らないなら、敵の有効手数を減らすまで、です」
 茜は機動力が削がれている個体を見定め、グラビティを込めたヘッドバッドを敵頭部目掛けて打ち出す。頭蓋にこれを食らったアリア騎士は神経に電撃じみた衝撃を受けて立ち眩んだ。一方でまだ動きの良いアリア騎士達は、毒性の蟻酸を次々と噴射してくる。
「敵の手数が減るまで、ここは俺が頑張らねえとな……!」
 楓が休みなくロッドを振るい、撒き散らされる敵の毒効果を打ち消す。ただし、女性にはキメ顔付き、男性には小さな舌打ち付きだが。
「………、感謝します」
 楓のヒールを受けた結城が、いつもの無表情を崩すこと無く返答する。結城はすぐに敵へと向き直り、一念と共に敵陣上空に無数の刀剣を呼び出した。降り注ぐ刃の雨は敵達の四肢を傷つけ、確実に敵の攻撃力を削いでいく。
「正気に戻して説得と定命化成功、双方丸く収まればハッピーなんだけどそうは問屋が卸さない、のが、この地球での現実なんだな……」
 敵の攻撃を脚でいなしながら、まりるが誰にも聞こえぬように呟く。相対するローカストの恐慌は深く、戦闘中の印象も、交渉という段階ではないようにも見えた。
(「彼らの、仲間も、帰り道も、残り時間も……奪ったのは、私達……。本当は、説得なんて、出来る、立場じゃ、ないのかも…」)
 スミレの花の鎌鼬を幾重にも放ち、精鋭アリア騎士の体力を確実に削るカティアも、そんな考えが頭から離れずにいた。
「もし、戦線を維持できないと判断したら……その時は、容赦なくいくからね」
 まりるはそう言いつつも、チームの作戦に足並みを合わせる。体制を崩している敵顔面に三毛猫パンチを叩き込み、攻撃の正確性をますます奪った。
 楓は絶えず味方への支援を撃ちつつ、戦場全体を見渡す。鎧に包まれた敵の動きを観察していると、敵の仕草などから楓はふとあることに思い当たる。
(「あれっ……アリア騎士って、まさかメス……?」)
 一般的に、働きアリとはすべてメスらしい。楓が思考に気を取られているうちに、敵の毒酸砲が目前に迫っていた。
「うおっ!?」
 楓が慌てて身をよじってそれを躱し、結城が入れ替わるように進み出る。敵の足元目掛けて弾幕射撃を放ち、敵の動きを牽制する。その結城めがけて放たれた毒酸を、飛び出した龍彦が受け止めた。龍彦は即座に『原初の刻印』を足元に描出し、湧き出た癒光でその傷を一気に癒やす。
「まだまだいけるぜ、かかってきな!」
 龍彦、楓、秀久が支援手に回り、敵技を鈍らせる技を集中させたことで、8人は作戦上の不利を乗り越え、戦線の維持に成功していた。
「……そろそろ、頃合いかと思いますよ」
 超速突撃で敵全体を吹き飛ばし、敵の戦線を下げさせた秀久がブレーキターンをかけながらそう皆に告げた。


 勝負の時が訪れる。そもそも言葉が届くかすら分からない相手に、雨弓は意を決し、2本の鉄塊剣を敵の目前で手放してみせた。
「姉さん!?」
 鉄塊剣が落ちる重い音が周囲に響く。雨弓はそのまま、出来る限りの誠意を込めて言葉を紡ぎ出した。
「私達はあなた方を憎みません。辛かったですよね、怖かったですよね……。私達はどうにかあなた方が地球で過ごせるようにしたいのです」
 雨弓の切ない声にあわせて、だいふくが必死で身振りを加え、アリア騎士に訴えかけるように鳴く。アリア騎士の一体が雨弓を襲おうと走り出し、茜が身を挺してその襲撃を止める。
「……ローカストという種族を生かす方法があります。それにはあなた達自身の協力が、絶対に必要なんです」
 槍の切っ先を受け止めた茜の左腕から、みるみると血が流れ出す。茜は痛みを押し殺し、あくまでも冷静に言葉を継いだ。
「彼が……クワガタさんが、命がけで、守ったものを……無駄に、するんですか……!? ダモクレスと、戦ってまで、ローカストを、貴方達を、守ろうと、戦ってたんです……! ……こうなる、為じゃ、なかった、はずです…!」
 カティアは阿修羅クワガタさんとの戦いを思い返す。誇り高い彼が命を賭して守ろうとしていたのは、目前にいるローカスト達のはずなのだ。
 龍彦はパワー・クリスタルとグラビティ・ストックを手に取り、グラビティを放出させる。しかし生じたグラビティ・チェインをローカスト達は吸収出来なかった。8人の言葉に耳を貸しているようには見えず、4体の騎士の挙動はもはや野獣じみていた。龍彦が言葉を継ごうとしたその時、4体は亡者同然の悲鳴を上げながら一斉にこちらへ飛びかかってきた。
「ここまで、だよ」
 敵が咆哮を上げた瞬間、まりるは低く呟いて敵へと飛び出していた。
「駆けろ羽撃け、展望を想起せよ。中枢を志せ」
 詠唱と共にグラビティが放たれる。グラビティは彼女の信念を顕わすかのように刃の形を形成する。
「せめて終わらせてあげる」
 グラビティの刃は敵ののど元へと真っ直ぐに飛んでいき、その首を一気に切り飛ばした。
「駄目ですか……止むを得ません……!」
 茜は意を決し、エアシューズを走らせる。茜は奇声を上げる敵の攻撃をかわし、炎を纏った脚で覚悟の蹴りを放った。敵は瞬時に業炎に包まれ、炎が晴れた後にはアリア騎士の姿は残っていなかった。
「ごめんなさい……、せめて、一瞬で……!!」
 カティアの左手が光り輝き、敵の一体を引きつける。カティアはギュッと目を瞑り、吸い寄せられる敵へと、渾身の力で闇の波動を叩き込んだ。一瞬の衝撃の後、敵の身体は即座に粉砕されていた。
 狂乱した4体目は火事場の馬鹿力で槍を秀久へと振り下ろし、秀久はそれを刀身で受けてなんとか耐えていた。更なる力が槍に込められようとした瞬間、秀久は一瞬の吐息と秘剣【如水】の奥義を以て敵へと踏み込み、神斬り長谷部で敵の額を一気に貫いた。騎士は両腕をだらんと垂らして事切れ、秀久が刀を抜いたくと、その体は力なくうつ伏せに倒れた。
 最後の一体、赤鎧のアリア騎士を討とうと仲間たちが構えるのを、秀久が咄嗟に制した。
「待ってください! 赤の騎士と、もう一度だけ話をしましょう!!」
 秀久は精鋭アリア騎士の、雨弓の語りかけ以後の僅かな動揺に気づいていた。ケルベロス達は構えを解き、今一度最後のアリア騎士と対峙する。
「ヴ……ウぐ………」
 ケルベロス達の様子に、精鋭アリア騎士はやはり動揺した様子で足を止め、苦し気に頭を抱えた。もはや言葉も発しないアリア騎士。それでも最後の最後まで、説得を諦めない。
「もう、止めましょう。きっとアリオスさんもアリアも、そしてアリアンナさんもあなたの無事を願っているはずです!」
 雨弓が敵へと一歩近づき、アリア騎士が守るべき者の名を告げる。
「生きたいのでしょう? 死にたくないのですよね? こんな最後が望みじゃ、無いはずでしょう!?」
 『死にタク無イ』というローカストの叫びが、秀久の耳から離れなかった。生き延びる選択肢を選ばせようと、秀久が必死に声を張り上げる。
 龍彦はメモリーコクーンを起動し、映像を相手から見えるように差し出す。
「お前らローカストには、沢山の奴がいたよな。生きる為に人を襲う奴、他のデウスエクスを襲う奴……話の分かる奴も絶対にいると信じてるぜ、お前とかな。……なあ目を覚ませよ。本当のお前に、戻って見せろよ……!!」
 メモリーコクーンには、豊饒な森のような映像が投影されていた。アリア騎士の体が、小刻みに震えだす。
「アリア騎士さん……!」
 祈るような、カティアの呟き。次の瞬間、アリア騎士は天井を仰いで咆哮を上げ、そのまま槍を構えて雨弓へと猛突進を始めた。
「そんな……!!」
「姉さん!!」
 楓が思わず叫び、咄嗟に雨弓の手を引く。
「グ、ガアアアアアア!!」
「この……、大馬鹿やろおおおお!!!」
 もはや時は尽きた。龍彦もまた叫び、素早く槍を構えて迫る敵へと全力で駆け出す。
 二人の槍使いの距離は一気に縮まり、衝突する。その瞬間、相手の胴を貫いたのは、龍彦が放った渾身の雷槍撃だった。


 アリア騎士の槍の転がる音がケルベロス達の耳に届く。最後の一撃を受ける寸前、アリア騎士は武器を捨て、龍彦の一撃を受け入れるかのように立ち尽くしたのだった。
「お前、まさか……。わざ、と?」
 問いかける龍彦の肩に触れながら、ずるりと膝から崩れるアリア騎士。倒れる彼女へと、ケルベロス達が駆け寄っていく。
 アリア騎士が何かを呟いたが、もう言葉と言える声音ではなかった。それは感謝しているようにも、詫びているようにも聞こえた。
 皆が言葉を失っていると、不意に部屋の中央から緑色の安らかな光が溢れ出した。見渡した先で、アリアンナを含めた幾人かのローカストがその光を浴びて再びコギトエルゴスムに戻っていく。しかし、寸刻の命となった彼女にその効果は現れなかった。
「……残されたあなたの仲間は……アリアンナさんは、わたし達がなんとかします。どうか、信じてください……」
 偽りない真摯の思いを込めて、茜が語りかける。紅のアリア騎士は僅かに頷いた後、深い安堵のため息と共に、静かに息を引き取った。
 ほどなく、すべての戦いが決着を迎えた。空間内に、訪れたときとよく似た侘しい静寂が戻る。
「無事なコギトエルゴスムはこれ以上見つかりませんでした。生きたローカストは、もう……」
 結城が語尾を濁しつつ、報告する。先程の光で宝玉化した者達が、命あるローカストの全てになってしまったようだ。
「……私達は、ケルベロスで、彼らは、デウスエクス。だから、倒した。……それだけの、はず……です、よね……?」
 カティアはそう呟いたが、すぐ首を振り、騎士の骸の側に膝を折る。
「……心を通わせる方法は、本当に無かった、のでしょうか……?」
 わだかまりが残る胸に手を当て、カティアが静かに目を伏せた。
「通じてましたよ。数瞬、本当にほんの僅かだけ……確かに通じたものはありました」
 秀久は彼女を励ますように言いながら、自身も湧き上がる悔しさに、強く拳を握りしめていた。
「……この煮え切らねー気持ちごと、こいつらのこと、忘れないでやろうぜ。それが敵だった俺達に出来る唯一の弔いだ」
 龍彦そう言って骸の側からゆっくりと立ち上がる。たった今自分たちが奪った命と、定命の定めに殺されたかつての敵達へ、龍彦は黙祷を捧げた。
「しかし、敵の目前で武器を手放すとは……無茶だろ、姉さん」
 じろりとした楓の視線を感じて、だいふくはバツが悪そうに首をすくめる。
「ごめんなさい……なんとか信じてもらおうと、つい……」
 雨弓もまた済まなそうに俯いたが、楓も強くは責めなかった。
「でもまーなんか……ちょっと格好良かったぜ」
 目線を反らし、頭を掻きながら言う楓に、雨弓は淋しげに笑い返した。雨弓もまた両手を合わせ、ローカスト達を追悼する。
「ハッピーエンドじゃなかったけどさ。来た甲斐がなかった、とも思わないな」
 まりるは言葉を選んで言いながら、辺りを見渡す。ローカストにとっては悲劇の結末かもしれなかったが、今回の調査は定命化やコギトエルゴスムに対する新事実など、多くの新情報を勝ち取れたのも確かだ。戦いを続ける上で、ここでの経験が活かされる機会も来くることだろう。
「行きましょう。やるべきことはまだ、残っています。進むために……帰りましょう」
 茜は立ち上がり、強く静かにそう告げる。
 結城が赤鎧アリア騎士のランスを拾い上げ、墓標代わりにその場に突き立てた。8人はその槍にそれぞれの思いを巡らせた後、言葉少なく、寂寞の地下空間を立ち去った。

作者:ともしびともる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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