夏風に揺れる

作者:小鳥遊彩羽

「あなた達に使命を与えます」
 紅を引いた唇を笑みの形に歪ませ、女は告げる。
「この町に、硝子の風鈴作りを生業としている職人がいるようです。あなた達はその職人と接触を図り、仕事内容を確認、可能ならば技術を習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインを奪うかどうかについては任せます」
「かしこまりました、ミス・バタフライ」
 女の前に跪いていた二人の配下が、同時に頷く。
「一見、意味の無いこの事件も」
「巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがすことになるのでしょう」
「ええ、きっとね。――さあ、お行きなさい」
 ミス・バタフライの言葉に二人の配下はもう一度頷き、同時に、その姿が消え失せた。

●夏風に揺れる
「すっかり暑くなってきたねー」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう言って気の抜けたような笑みを浮かべ、けれどすぐにきりりと表情を切り替えて、今回の事件の説明に入った。
 ミス・バタフライという螺旋忍軍の更なる動きが、イェロ・カナン(赫・e00116)の調査によって明らかになったのだという。
「今回の事件は、硝子の風鈴作りの職人さんが標的になっているんだ。そこに、ミス・バタフライの配下の螺旋忍軍が現れて、情報を得たり技術を習得した後にその職人さんを殺してしまおうとする……だいたいそんな流れになる」
 ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大したことはない。だが、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないというある意味厄介な事件となるため、阻止するに越したことはないだろう。無論、そうでなくとも、デウスエクスに殺される一般人を見過ごすことなど出来るはずもない。
 職人の保護と、ミス・バタフライの配下の螺旋忍軍の撃破。これが今回の依頼となる。
「というわけで、その風鈴作りの職人さんについてなんだけど……」
 職人の名は野々垣・信(ののがき・まこと)。父の跡を継いで風鈴作りに勤しむ、将来を期待されている若手の職人だ。
 基本的には、狙われる彼を警護しながら現れた螺旋忍軍と戦うことになる。何故なら、事前に事情を説明して避難させてしまった場合、敵が別の対象を狙うなどしてしまうため、被害を防ぐことが出来なくなるからだ。
 だが、今回は事件の当日まで、三日ほどの猶予がある。
「つまり……」
「事情をお話しして、お仕事……風鈴作りについての色々なことを、教えて頂く……ですよね?」
 そっと窺うように首を傾げたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)に、トキサはうん、と頷いた。
「三日間で見習いくらいの力量を身につけることが出来れば、皆が囮になって螺旋忍軍の狙いを引きつけることも不可能じゃない。もちろん、それには修行をすごく頑張る必要があるけれど、せっかくだから自分だけの風鈴を作ってみるのもいいんじゃないかな」
 既に先方には連絡済み。そして修行についてはケルベロスさんの頼みならと快く承諾してくれたと、ヘリオライダーの青年は笑った。
 ミス・バタフライの配下の螺旋忍軍は二人。いずれも道化師風の衣装に身を包んだ男で、互いを『柘榴』と『琥珀』と呼び合っている。似たような風貌だが、それぞれ瞳の色が赤と黄褐色とで分かれているため、一応区別は可能だ。
 ケルベロス達が囮になることに成功した場合、技術を教える修行などと称し有利な状態で戦闘を始めることが出来るだろう。信の工房は町外れにあり、広い庭を備えているので、そこで戦うのが良いだろうとトキサは言い、このくらいかなと説明を終えた。
「これからの季節に彩りを添える大事な音。……俺達で、守らないとな」
 イェロはそう言って、仲間達へと穏やかに微笑んでみせた。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
保村・綾(真宵仔・e26916)
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)

■リプレイ

 ちりん、ちりりん――と涼しげな音色が響き渡る中、修行に励むケルベロス達。
 専用の竿に溶けた硝子を巻き取り、くるくると回しながら膨らませてゆく――聞くだけならば単純かもしれないが、やはり熟練の職人の技、容易に極められるものではなかった。
 吹き込む息の量が多かったり、逆に足りなかったりすると途端に歪んでしまう硝子に翻弄されつつ、ケルベロス達は風鈴職人であり今回の師でもある野々垣・信から各々の力量に合わせた丁寧な指導を受け、二日間かけてそれぞれの風鈴の本体部分を完成させた。

 そして、三日目。風鈴の本体に絵を付ける作業が始まった。
 周りの皆の出来やら手元やらを眺めつつ、イェロ・カナン(赫・e00116)は信の見様見真似で硝子に筆を走らせる。
 夏風拾う硝子の傘に添える彩り。透明に色を付けるという行為は、勿体無いような、贅沢なような、そんな気持ちになる。
 イェロが描くのは形ある物ではなく、陽の赤、夕の橙、花の黄色に草葉の緑、それから水面の青と夜の藍、狭間の紫――全部で七色の、虹の光彩。
 全ての色を薄く淡く水玉に描いておけば、空に翳した時にも光に色が滲んだりしないだろうか。そんなささやかな期待を込めて。
 顔を上げれば、見本にと信が提げてくれた風鈴達が揺れている。彼らが奏でる音は、まるで絵付けに没頭する皆にエールを届けてくれているかのよう。
 そして、イェロはふと傍らのキース・クレイノア(送り屋・e01393)を見やった。
「キース、上手く描けた? ……おー」
「難しいが、……頑張る」
 手の中の硝子に、キースは慎重に色を付けていた。
 光を透かし煌めいて、涼やかな音を重ねて歌う風鈴は、硝子も音も綺麗で、全て同じ音ではないのも好いとキースは思う。
 キースが風鈴の絵として選んだのは、魚だ。
 透明な硝子と硝子の海を泳ぐ魚が生きるように、青と白と赤を交えて、心を辿るように色を綴ってゆく。
(「俺のはどんな音になるのだろう。……皆の音は、どんな風になるのだろう……」)
 この魚を空に透かした時、硝子の向こうにはどんな景色が見えるだろう。
 どうかこの魚が、歌が、自分の音になりますように――。
 涼しげで綺麗な音を奏でる風鈴は、夏に聞くと、束の間の暑さを和らげてくれる不思議な力を持つ音色。
 保村・綾(真宵仔・e26916)はそんな風鈴と風鈴の音が大好きだった。
「わらわは……青色で涼しい感じのを……クジラ、描いてみようかのう!」
「綾ちゃんはクジラか。頑張れー」
 イェロの応援を受け、きりりと表情を引き締める綾。隣では翼猫の文が、つやつやな硝子に興味津々といった様子。
「あっ、かかさま、爪を立ててはダメなのじゃよ」
 綾が言うと文は大人しく従い、作業の邪魔にならないよう少女の足元で丸くなった。
 そしていざ風鈴の本体と向き合えば、硝子の内側からクジラの絵を描くのは思っていたよりも難しく。けれど大きくて大好きなクジラを頭の中に思い描き、綾は力強く筆を走らせていく。
(「肉球な風鈴でも可愛かったかものう? ……いや、風鈴をステキに作る修行なのだから、しっかり立派なクジラを描くのじゃ……!」)
「おお、可愛らしいじゃんか」
「ああ、今にも夏の空に泳ぎ出しそうだ」
 微笑ましげに見守るイェロとキースに、背後を動き回るキースのシャーマンズゴースト・魚さんも加わって、応援体制はばっちりだ。
「あにさまたちに負けないもん! ……あ、フィエルテあねさまのもキレイ……」
 と、隣で花を描いていたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が、綾の声に目を瞬かせる。
「綾ちゃんのクジラさんも、とっても可愛いですよ」
 そう言って微笑む娘に綾は満面の笑みで頷くと、決意も新たに硝子の中のクジラと向き合った。
 天喰・雨生(雨渡り・e36450)が風鈴に描くのは、雨上がりの空に架かる虹。
 手先は器用な方で、筆は普段からよく使うので手に馴染んでいる。
 だから自信はあるものの、風鈴への絵付け自体は初めてなので、雨生は慎重に慎重を重ね、丁寧に色を置いていった。
 普段なかなか体験出来ないからこそ、興味深く。雨生は少しでも疑問に思ったことはすぐに信に意見を求め、積極的に風鈴作りに取り組んでいた。

 涼やかな音色を奏で揺れる硝子の華。
 その綺麗な硝子細工につけられた名が風鈴だと知った時、ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)の胸に感激が満ちた。
 夏風に刻む想い出と音色。自分にも創れるだろうかとティティスは案じたが、信のアドバイスを確りと聞きながら、世界にただ一つの彼だけの硝子を創り上げた。
 胸の奥に残る大切な想い出を重ね、ティティスは氷細工に触れるように丁寧に優しく藤を描く。
 友人と共に見た想い出の花――新たな地球の住人となった彼を初めて『歓迎』してくれた、白と紫の藤を。
 藤の花言葉とかけて『僕』を歓迎してくれた――たくさんの喜びをくれた友への想いを込めて、ティティスは筆を走らせた。
 自らの手に職をつける職人というものは、見知らぬ世界を想像させてくれる。
 だからこそ偉大な存在だとディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は思う。
 硝子を吹いて風鈴の形にする作業も新鮮な体験だった。
 そんなディディエが硝子に描くのも、藤だ。出来の良さは保証出来ないと臨んだが、淡い紫の色を透明な硝子に重ねて載せてゆけば、しなやかに垂れる房の連なりが綻ぶ。
「……木霊のそれは、……花火か」
 四方八方に散る、流れ星のような青の花火。
 ディディエの声に、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が大きく頷く。
「シンプルだが涼しげでいいだろ?」
 生まれてくる風鈴は、はたして世界にどんな音を響かせてくれるのだろう――。
 自分の手で生み出す新たな響きを通し世界に彩を加えるという想いで、ウタは修行に臨むのだった。

「こないだ言ってたの、こういうのであってるよな?」
「そうそう。相変わらずお前はそういうのの記憶力はいいし、器用だよな」
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)は紙に描いたデザイン画を元に、丁寧な手つきで風鈴に絵を描いていく。
 夜を思わせる深い紺色の風鈴に、淡い色で描く藤の花。『いとしと書いて藤の花』と呼ばれる、『し』の周りに『い』を十個書くと藤の花に見える、昔ながらの言葉遊びから生まれたデザインだ。
 それは先日、恋人の瞳李(e01586)と共に藤の花を見に出掛けた先で、瞳李がアッシュに話して聞かせたものだった。
「でも、何で藤の絵にしたんだ?」
 夏場に使う風鈴に、春に盛りを迎える藤。純粋な疑問をそのまま口にする瞳李に、アッシュはふと口元を緩めて答えた。
「もう暫く藤を楽しむのもありかと思ってな。……ま、夏は夏で楽しめるもんも見つかるだろうけどな。形に残しとくのも悪かないだろ」
 二人で共に見た花だ。多少季節外れになったとしても、想い出として形に残す理由には十分だろう、と。
「……そうだな。目にも鮮やかでちょうどいい」
 風鈴が涼やかな音を奏でる様を想像し、瞳李は今年の夏が楽しみだなと柔らかく微笑んだ。
 一方、信が指導に当たっている間の補佐として、主に裏方の雑務をこなしていた陣内(e05753)とあかり(e04291)。
 軒下にぶら下がるたくさんの風鈴の中にあかりが見つけたのは、黒地に銀の筋が流れるもの。光の当たる角度で輝く綺麗な銀色。響く凛とした音。タマちゃんみたいと微笑むあかりに対し、陣内は朱い小さな金魚が泳ぐ風鈴をあかりみたいだと指し示す。
 涼しげで可愛くて、いつまでも見ていたくなる。優しい声に、金魚みたいに赤くなったあかりの耳がそよよ、と揺れた。
 無事に戦いが終わったら、あの二つの風鈴をお土産に買っていこう。
 二つを並べたら、初夏の風の下、どんな『音楽』を聞かせてくれるだろう。

 そうして、あっという間の三日感が過ぎ――絵付けが終わった風鈴を前に、信は言った。
「これだけの物が作れれば、見習いとしては皆さん、全員が合格ラインだと思います」
 お疲れ様でしたとケルベロス達を労う信に、ケルベロス達も安堵の息をつく。
 後は明日、信の持つ技術と命を狙いにやってくる螺旋忍軍を、――倒すだけ。

 翌朝。瞳李の護衛で信を奥の自室に避難させ、ケルベロス達は螺旋忍軍の訪れを待つ。
 全員が合格したとは言え、さすがに全員で外で待つのは不自然だろうと、イェロとキースが入り口で待ち、残る皆は庭に身を潜めて待つこととなった。
 工房の入り口にいくつかの風鈴を吊るし、そよぐ風が奏でる音色に聞き入っていれば――『その時』は、程なくして訪れた。
「すみませーん。風鈴の作り方とか、知りたいんですけど」
 声を掛けてきたのは道化師風の衣装に身を包んだ二人組の男――螺旋忍軍である。
「俺達で教えられることなら、教えてあげられるけど。せっかくだから中に入って、まずは色々と見ていくといい」
 二人の螺旋忍軍を工房へと通し、内部を一通り案内する。見るもの全てが新鮮なのか、二人組は興味津々だ。
「……次は、そうだな、こちらに材料があるから見て行かないか」
 さりげなく、二人組を庭へ誘導しようとするキースに、
「そうそう、ちょうどこれから硝子の材料を取りに行く所だったんだ。だから、二人にも手伝って欲しい」
 イェロが言葉を添えると、二人は特に訝しむこともなく、素直に頷いた。
 そして、何も知らないまま庭へと連れ出された二人が、どこに硝子の材料があるのだろうと言わんばかりに視線を巡らせた、次の瞬間。
「――というわけで、だ。……悪いけど、ここで終わりにさせてもらうな」
 言うが早いか、素早く踏み込んだイェロが流星の煌めきを纏った重さのある蹴りを片割れへ放ち、すぐさまもう片方をも巻き込んでキースが竜の息を吐く。
「な、何っ……!?」
 不意打ちに二人が狼狽えている間に身を潜めていた他のケルベロス達とサーヴァントが一斉に飛び出し、二人を取り囲んだ。
「もう少し人を疑うことを覚えたほうがいいぜ」
 とは言え、それもこれから死にゆく彼らには意味のないことではあるけれど。アッシュは肩を竦めつつ、咥えた煙草の紫煙を燻らせた。
「……伊達や酔狂で持ってるもんなんざねぇってこった」
 柘榴と琥珀――二人の螺旋忍軍をゆらりと取り巻いた煙には少量のグラビティ・チェインと神経に作用する麻痺毒が含まれ、二人の身体をその奥深くまで蝕んでいく。
「――まさか、ケルベロスか!?」
「気づくの遅すぎ」
 シニカルな笑みを浮かべて吐き捨てると、雨生は打ち出の小槌のような形状の竜槌を砲撃形態に変形させ、竜砲弾を撃ち込んだ。
 グラビティに呼応し、雨生の左半身に刻まれた梵字の魔術回路が赤黒く輝く。
「――氷柩にて、弔いを」
 続いて動いたティティスが紡いだのは『停滞』のルーン。
 氷華の精霊が咲かせるのは、美しく儚い氷の薔薇。憂いを宿したアイオライトの瞳が見つめる先、花は砕け散るその瞬間まで華々しく美しい煌めきを帯びて、柘榴と琥珀――二人の螺旋忍軍を凍てつく世界に閉じ込めた。
「……同じ『琥珀』でも、だいぶ違うね」
 ティティスは、友と同じ名を持つ目の前のデウスエクスを比べ、小さくため息をつく。
(「僕の知っているあの子のほうが、……ずっときれいで、優しい」)
「綾ちゃん、無理はしないようになー」
 イェロの案じるような声に、綾は力強く頷いてみせる。
「ありがとなのじゃ、イェロあにさま。かかさまもいるから、大丈夫なのじゃ!」
 そんな綾の声に応えるように、翼猫の文は翼を羽ばたかせて風を生む。その守りの力を背に受けながら、綾は猫妖精から加護を授かったという妖精弓を構えた。
 祈りを込めて弓を引き絞ると、放たれたエネルギーの矢が片割れの琥珀を貫く。
 シャーマンズゴーストの魚さんが祈りを捧げる中、ディディエは己の身に宿した半透明の『御業』を解き放った。
「……失せろ」
 ディディエの御業が琥珀を鷲掴みにするのに続き、背後にウタが回り込む。
「残念だったな蝶なんちゃらの遣い! ――喰らい尽くせっ!」
 威勢よく声を上げ、魂を喰らう灼熱の炎弾を放つウタ。
 攻撃に備えてフィエルテが守りの雷壁を張り巡らせる中、戦いに加わった陣内とあかりも同胞達が存分に戦えるよう力を尽くしていた。
「畜生、ケルベロスとか聞いてない……!」
 一方的な攻撃に晒されながらも、二人は何とか持ち直そうと同時に自らに分身の幻影を纏わせる。
 しかし、ケルベロス達の猛攻の前では焼け石に水と言っても過言ではなかっただろう。

「護り抜こうぜ、地球と地球に宿る沢山の命の輝きを!」
 青き地球のグラビティを乗せた勇気を齎すウタの歌声と音色が、傷を癒し心を奮い立たせる。
「……現し世へと至れ、妖精王よ。汝の軌跡を、此処へ」
 地を這うように低く、静かで気怠げな声。
 ディディエが諳んじるそれは、伝承に伝えられた妖精王の物語。紡がれた音の一つ一つに宿る魔力が琥珀を蝕み、その力を奪ってゆく。
 幾度かの攻防の末、先に倒れたのは琥珀だった。
「琥珀ッ!」
 ディディエの一撃が止めとなり、砂となって崩れていく片割れに残された柘榴が声を上げ、鋭い眼差しでケルベロス達を睨みつける。
「悪いが、こっちも仕事なんでな」
 気怠げな声と共に音もなく踏み込んでいたアッシュが、歪に変形させたナイフの刃を柘榴の身体に突き立てる。
 ――想いの宿る玻璃の華。その技術、全てを守ろう。
 アッシュが刻みつけたジグザグの斬撃に瞬時にして動きを鈍らせる柘榴へティティスが疾風の如き蹴りの一撃を見舞った次の瞬間、雨生は一族に伝わる呪を解き放った。
「血に応えよ――天を喰らえ、雨を喚べ。我が名は天喰。雨を喚ぶ者」
 雨生は周囲の大気に含まれる水に自らの魔力を同調させ、それを増幅させながら細い指先へと収束させる。静かに瞬いた刹那、指先から放たれた『水』が、疾く駆ける流れとなって柘榴を襲った。
 圧を伴う水の流れに斬り裂かれて膝をつきながらも、柘榴は最後の抵抗に出た。暴風を伴う強烈な回し蹴りで、前列を纏めて薙ぎ払おうとしたのだ。
「させないのじゃ!」
「……っ」
 綾が身体を張り、キースも別の攻撃を引き受ける。腕に巻かれた鈴が、風と衝撃とに音を立てる。
 そのまま地を蹴って舞い上がり、流星の煌めきと重力を引き連れて鋭い一撃を刻んだキースは、ちらりと背後を振り返った。
 向けられた灰の眼差しに確りと頷きを返し、イェロが静かに柘榴の元へ歩み寄る。
「――余所見は禁止。こっちを向いて?」
 鬼さんこちら、手の鳴る方へと誘うような囁き一つ。柘榴が最期に見たものは、己の胸を貫いた刃の煌めきだった。

「忍務とやらに殉じたってか。……地球に抱かれ安らかにな」
 響くのは、ウタが奏でるメロディアスな鎮魂曲。
 戦いで荒れた庭にヒールを施し、信に全てが無事に済んだことを伝えに行く。
 すると、信を呼びに行った雨生が、信と共に大きな木製のトレイに皆が作った風鈴を乗せて戻ってきた。
 皆で作った風鈴の本体には、音を鳴らすための管と短冊がつけられていて。後はこれを吊るせば、風鈴は彼ら自身が持つそれぞれの『音』を奏で始めるだろう。
「何も出来ずに待っているだけというのも、もどかしくてね」
 だから昨日、ケルベロス達が帰った後に仕上げたのだと信は照れたように笑う。
「ありがとな、仕事だったとは言え、おかげでいいもんが作れた」
 アッシュは息を吐き出すように笑い、信へ感謝を伝える。
「わらわも楽しかったのじゃ! 信あにさま、ありがとうございました、なのじゃ!」
 綾も元気よくお礼を述べて、ぺこりとお辞儀をした。
「……俺からも礼を。……硝子づくりは一度やってみたかったこともあってな。……新鮮な体験だった」
 ディディエもまた、信へと礼を告げた。
 皆で作った風鈴を吊るすと、窓から入ってくる風を受けて、何とも懐かしい音色が響き始める。
「まるでセッションみたいだな」
 皆の風鈴が一斉に音を奏でる様にウタは快活に笑い、そしてぐっと拳を握る。
(「これが、僕だけの、……僕が創った、物」)
 ティティスは完成した風鈴が歌うように音を奏でるのを見て嬉しげに微笑み、そして友にこれを見せてあげようと思った。
 雨生は自分の風鈴を見ながら考える。
 今は梅雨。雨が降る季節。
 雨上がりの青空に吹く風が風鈴を揺らしたら、まるで空に虹が架かったように見えたらいい。
 そう思って描いた虹が、空色を透かし揺れていた。

「そういえば、何で水玉を描いていたんだ?」
 何気なく問うキースに、イェロは小さく肩を竦めて、
「……俺? 実のところ、絵心なんてものが全く無くてなー。だから、まあ……」
 誰にでも描けるような水玉模様にしれっと逃げたのだと告白する。
 それでも色塗り自体は得意だしたくさんの色を使いたかったから、夏空に映える虹の水玉が生まれたのだと柔く笑んで。
 キースは納得したように頷き、イェロの風鈴とその隣に並ぶ己の風鈴を見やった。
 自分の音。皆の音。
 キースが聴きたいと願っていた、たくさんの音。
 それはとてもあたたかくて――心地よいと感じるものだった。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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