ローカスト調査隊～彼らが迎える終わりのかたち

■リプレイ

●ケルベロスたちの選択
「とりあえず泣き言はあと！」
　ランジ・シャト（舞い爆ぜる瞬炎・e15793）は苦々しい顔で舌打ちしながら、肩を並べた仲間たちを叱咤する。
「なんの為に来たか忘れたの！？」
「そうです！　諦めては駄目です……！」
　白い大鎌を固く握りしめ、シャルローネ・オーテンロッゼ（訪れし暖かき季節・e21876）も自分に言い聞かせるように叫ぶ。
　この刃は、まだ振るわない。
　たとえ相手が理性を失っていようと、牙剥き襲いかかってこようと。
　彼らを此処で終わらせはしない。必ず、救ってみせる。
（「アイツと共に歩めなかった分まで死力を尽くす……それが俺にできる礼儀で、誓いで、在り方だ！」）
　ウィセン・ジィゲルト（不死降ろし・e00635）は、想い起こしたものへ捧げるかの如く強い決意で以って、ガントレットに包まれる両腕を下ろした。
　見据える先には、蜘蛛の下半身に和服纏う女性の身体が生えたローカスト――白（ハク）の名を持つ個体。
　彼女は自身と同じ女性に見えるカマキリ型ローカスト・オーキッドを二体従えて、ケルベロスたちに迫っていた。
「恐れるな、俺達は敵じゃない。分かりあえるはずだ！」
　ライドキャリバー・バトルドラゴンを伴う龍神・機竜（その運命に涙する・e04677）が、武装を最終決戦モードへと変形させながら叫ぶ。
　地球に住まう人々がその姿を見たなら、窮地にあっても勇気をわかせたことだろう。
　だが、相対するローカストにとっては何ら意味を成さない。
　彼女たちは未だ敵。デウスエクスなのだから。
「死にたくないって気持ちは良く分かるよ！　でも、その恐怖に支配されちゃ駄目だ！」
「私達は貴女方を滅ぼしに来た訳ではありません」
　白波瀬・雅（サンライザー・e02440）と一緒に、魅惑の力を放つ霧島・絶奈（暗き獣・e04612）も呼びかけるが、白の表情は鬼気迫ったまま。
　なんとか宥められないだろうか。
　ケルベロスたちが苦慮の末に打った最初の手は、ローカストに向けてヒールグラビティを放つことだった。
　それでグラビティ・チェインを分け与えることはできない。けれど争うつもりはないのだと、意志を示せるかもしれない。
「お願いです、どうか話を――」
「ヴェスパーたちの話を聞いて欲しいのであります」
　懇願する二人――祝部・桜（玉依姫・e26894）とヴェスパー・セブンスター（宵の明星・e01802）が、間合いを取りつつ色鮮やかな花びらのオーラを降らせていく。そこにシャルローネも白い花びらを混ぜ、暖かい風で一纏めにしてローカストの群れへ届けた。
　風が優しく肌を撫でた後には、絶奈とウィセンが放出する快楽エネルギーの霧が染みていく。二人のサーヴァントであるテレビウムとボクスドラゴン・ズィフェルスも、励ましの動画を流したり、オーキッドの片割れに飛びついて力を分け与えようとする。
　しかし敵意は一向に薄まらない。程なくオーキッドたちはズィフェルスを引き剥がして、テレビウムも足蹴にすると白の行く道を開いた。
　その先に立っていたのは苦悩を滲ませる桜。
　大蜘蛛のローカストは跳ね、一瞬で距離を詰めると大鎌の如き前腕を振り上げる。
　やられてなるものか――と、普段の桜であれば容赦なく刃を向けていただろう。
　けれども今日ばかりは。
　飢え苦しみ、死に怯える相手を、いきなり無慈悲に斬り伏せることなどできない。
　今は堪えるのだ。桜は痛みを予期して、身を強張らせる。
　だが大鎌は、少女の肉を裂くより前で止まった。
　正しくは止められたと言うべきか。滴る血に目もくれず、割り入ったランジは渦巻く不満を吐き出すように問う。
「バカね。ホントは気づいてるんでしょ？」
　この星に住まう者たちの血を啜り、肉を喰らい、憎悪と拒絶を一身に受ける。
　そんなことをしなくとも生きていける方法があるじゃないか、と。
「プライドがそれを許さないのは分かってる。それでも、拒絶されて這いつくばって生きるよりかは、ずっと楽しい生き方のハズよ」
「そこに一人で辿り着けないのなら、私たちが連れて行くよ。一緒に、この星で生きていこうよ！」
　雅が絞り出すように言葉を重ねていく。そして、これまで戦ったローカストたちにも力を貸してくれと願いながら、気力を送る。
　あとは、白たちが差し伸べた手を掴んでくれるかどうか。
　太陽神と呼ばれた者がいた頃ならともかく、今のローカストたちなら自分自身で決められるはず。
「……それで文句ないでしょ、アンタも」
　僅かな沈黙を挟んで、ランジの鋭い眼差しは身につける流体金属へと向けられた。
　かつてはローカストたちと共に在り、紆余曲折を経てケルベロスたちの元にやってきた武装生命体・オウガメタル。
　心通じ合わせてケルベロスの力となった彼らが、持ち主の行いに異を唱えることはないだろう。
　ならば、彼らの存在が橋渡しとならないか。桜は間隙を縫って、自身の想いを託したオウガメタルを白に触れさせる。
　だが――彼女の願いは叶わなかった。
　オウガメタルに、持ち主の言葉を触れた相手へ伝えるような力はない。
　接触の意図など知り得ない白はただ邪悪に笑って、今度こそ桜の身体を斬りつけた。
　時を同じくして、オウガメタルによるグラビティ・チェイン吸収量の調整と安定供給を試みていたヴェスパーにも、オーキッドたちの凶刃が伸びる。
　彼女の狙いもまた、果たせずに終わっていた。
「でしたら……っ！」
　シャルローネは絶奈と示し合わせ、ある装置を放り投げる。
　メモリコクーン。ダンジョンの一つで入手したローカストの遺物は、二人の手元から離れるなり幾つかの小さな映像を流し始めた。
　どこまでも広がる緑。鬱然たる原生林。映し出されるものは、そんな自然の風景ばかり。
「これ、は……」
　合わせて言葉をかけるつもりでいたシャルローネは、映像の意図が読みきれず瞳を困惑で揺らす。
　白たちも僅かに目を向けたが、それ以上に何が起きることもなかった。
　そして程なく、再生は終わってしまう。
（「……駄目ですね。せめて、広島で回収したコギトエルゴスムが無事であったなら」）
　説得に使えたかと、一瞬ばかり過った考えを捨て去る絶奈。
　あれは確かに回収されていたが、保護されたわけではなかった。黙示録騎蝗の名のもとに数々の企てが遂行されていた当時の情勢に鑑み、全てが破壊されている。
（「……仕方がありません。あとは――」）
　正面から、伝えきるしかない。考えられた手段は打ち尽くしてしまった。
　ケルベロスたちは自身とローカストを治癒しながら、ひたすらに叫び続ける。

●白の選択
　しかし刻限は来る。
　ケルベロスたちが三分の間に得られたものは、心と身体の痛みだけ。
「少しは俺達の話を聞け！」
　解決の糸口を見出だせず、白と小競り合いするなかで機竜が頭突きを一発見舞う。
　それを見やった桜の葛藤は強くなる。事態を打開するためとはいえ、彼らに攻撃してよいものか。
　シャルローネに至っては瞳を潤ませてすらいた。けれど事態が好転する気配など全く見られない以上、ただ呼びかけ続けるだけでは、いずれケルベロスたちの方が倒れてしまう。
「それでも……諦めないよ！」
「とことんやってやろうじゃないの！」
　今一度、気合を入れ直す雅とランジ。
「誇り高いローカストの戦士なら、死の恐怖にも立ち向かって！」
　言葉で伝わらないなら、この身に想いを託すだけ。
　雅は加減しつつも、白に蹴りを一つ打ち込んだ。
　もしも彼女が武人たるならば、戦いの中にこそ何かを見出してくれるかもしれない。
「あなたは強者と戦いたい願望を持つのでは？　いかがです、定命化し、その願望を他のデウスエクスに向けませぬか」
　伝えきれずにいた言葉を吐きながら、これもやむなしと桜が攻撃に加わる。
　けれど――白から返ってくるのは、ただひたすらな敵意。明確な悪意。
「っ……あなたがたとて、往く道に横たわるは破滅のみと百も承知のはず……このような終わりは、望まぬはずでしょう！」
　一向に伝わらない虚しさ。桜の声音に悲痛なものが混じる。
（「どうすれば……どうすればよいのでありますか」）
　顔色は変わらずとも、憂悶するヴェスパー。
　彼女のみならず、ケルベロスたちは誰もが答えを見つけられないまま、それでも拳を交えることで何かが変わると信じ、応酬を続ける。
「お前達の住む所だって用意する！　俺達は、お前達を此処で終わらせるつもりなんてないんだ！　頼む、聞いてくれ！」
　叫ぶウィセン。だが白は視線すら向けず、代わりにオーキッド二体が刃を突き立ててくる。
　ケルベロスたちの攻撃と違い、ローカスト側に加減や慈悲はない。確実にウィセンの生命は削られていく。
　それを鎧型の御業で癒やしながら、シャルローネは懸命に語りかける。
「あなた方がどんな想いで戦ってきたのか、私には想像もつきません……ですが、拒絶される道を選んでは、いずれその想いも消えてしまうでしょう。国とは、そこに生きる人々の心に宿るもの。それを消さないためにも、共に歩んで行きませんか……？」
「私達の祖先も、そうしてきたのです」
　絶奈が言葉を引き継ぐ。
「憎悪で命は繋げない。命を繋ぐとは単一個体の存続ではなく、世代を重ねて想いを繋ぐ事。それができるのは、もう貴女方だけ。……私達は不幸にも、互いに同胞の為と血を流し合いました。ですが、その想いを理解出来る故に私達は貴女方を憎まない」
「もう、奪い合う必要なんてないんだよ！　だからっ……お願い……」
　堪えきれず涙を流しつつ、雅は一度生み出した光の槍を寸前で消失させ、白の胸へ縋るように拳を当てた。
「――」
「……えっ？」
　今、何かを言われたような。
　はっと見上げた雅の身体に――深々と白の前腕が突き刺さる。
「なっ……」
「ククッ、アハッ、アハハハッ！！」
　狂った笑いを溢す白。そこにオーキッドたちが飛んできて、執拗に雅を斬りつける。
「っ……わたしは、諦め、な……」
「雅お姉さま！」
　力なく崩れ落ちる仲間の姿に桜が声を上げた直後、白はケルベロスたちの想いを踏みにじるかのように叫ぶ。
「誇リ？　想イ？　クク、キヒヒッ！　戯ケタ事ヲ！　妾ガ願ウはただ一つ！　お前達ヲ殺シ！　ソノ血と肉ヲ貪り！　恨ミと憎シミヲ、拒絶ヲ浴ビテ生き長ラエ、さらに一人でも多クの者ヲ殺ス！　ソレだけサ！！」
「そんな……」
　呆然と立ち尽くし、言葉を失うシャルローネ。
　慈愛に満ちた彼女に、目の前の存在は理解が及ばないものだった。
「……どうやら、ここまでのようであります」
　ヴェスパーがローカストたちを見据えたまま、首を振る。
　ついに倒れる者まで現れて、しかし白は相容れる様子を見せない。
「コイツを食わせてどうこう……なんて、ありえないよな」
　必要ならサーヴァントを生贄に。そんな考えの浅はかさを悟る機竜。
　もう、ケルベロスたちは理解せざるを得なかった。
　望んでいる結末に続く道はないのだと。

●終わりのかたち
　激戦の最中、戦場の中心部から振動と共に怪しい緑光が伝わってきた。
　しかし、身体に纏わりつこうとするそれを振り払い、白はウィセンを蜘蛛糸で捕らえて前腕を突き立てる。
「くっ……」
「クキキキ！　サァ、殺セ！　殺セ殺セ殺セ殺セェ！！」
　呼び声にオーキッドが集り、幾度も鎌状の腕を振るって肌を裂く。
　やがてズタボロになったウィセンの身体は乱雑に放られて、地に落ちると動かなくなった。
　ランジの顔が一層歪む。心のなかであらゆるものが綯い交ぜになり、しかし噴き出す寸前で慈悲という二文字に押し止められてしまう。
　彼女だけではない。残るケルベロスたちは未だ不殺を貫き――或いは、その強すぎる決意に縛られていた。
「ごめんなさい……っ」
　シャルローネが小さく震え、俯き、白塗りの刃を抱え込んで呟く。
「私に、彼らを殺めることは……出来ません……」
　そうしている間にもテレビウムが砕け、バトルドラゴンが斃れた。
　もはや猶予はない。
　未来が潰えた今、誰かが心を押し殺して、この物語を終わりへと導かなければならない。
　その力と覚悟を有していたのは、ただ一人。
　黒塗りの鎌が揺れ動き、オーキッドの肉片が桜花の如く散る。
　返す刃でもう一匹。仲間たちが少しずつ追い詰めていった『敵』を、桜が仕留めていく。
「ア……アァァァァ！！」
　動かなくなった同胞を見やり、白は地獄の底より引き摺り出したような叫びを轟かせる。
　その嘆きを聞きながら、ヴェスパーは振り上げた腕の先に光を集めようとした。
　せめてもの手向けに、ローカストたちの故郷を照らしていた光を、と。
　だがヴェスパーのオウガメタルに、黒く眩い輝きを生み出す用意はできていなかった。
　そっと腕を下ろす彼女の前で黒い刃が振るわれ、大蜘蛛のローカストは崩れて消える。
　今際の際に漏らした一声さえ、ケルベロスたちへの憎悪で溢れさせて。

「結局、私は……私達、は……っ」
　振るうことのなかった白鎌を取り落とし、シャルローネは膝をついて嗚咽を漏らす。
　握りしめる黒鎌に全て背負った桜も寄り添って、瞳を潤ませた。
「最初から、か細い可能性だったとは思うが……」
　他に方法はなかったか。機竜は吐き出しかけた言葉を、ぐっと飲み干す。
　力は尽くした。そう言い切らなければ、涙が意味を失くしてしまう。
　ただ彼女は――大蜘蛛のローカスト・白は、絶奈が戦ってきたローカストたちのように気高くもなければ、雅が期待するような武人でもなかった。
　たとえケルベロスたちが、どれほど傷つけられても抗うことなく、無償の愛で彼女らを包み込んで共に生きたい、未来へ歩みたいと望んだところで、白は全てを拒んだだろう。
　それほどまでに、あの大蜘蛛は邪悪だった。
　名前とは真逆。真っ黒に塗りつぶされていた。
　そして、彼処まで邪悪に染まった者が辿り着く先は、一つしかなかった。
　白は、滅ぶべくして滅んだのだ。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
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