ローカスト調査隊～刻限

■リプレイ

●飢餓の雄
　白と青の鮮やかな色彩を放つ『アーマードヒーロー』を中心に、複数のローカストが唸り声を上げてケルベロスに襲い掛かってきた。
「助けにきたんだ！　話を聞いてくれ！」
　風鈴・響（ウェアライダールーヴ・e07931）の絶叫に構うことなく、アーマードヒーローはアルミの牙をその腕に突き立てた。
　ぐっと、押し殺したようなうめき声を漏らした響は、血が流れる左腕を抑える。
　しかし、抑えた手をも赤く染める液体の流れは止まらない。
　ヒマラヤン・サイアミーゼス（カオスウィザード・e16046）がさっと腕を振るう。同時にひらり、裾が翻った。
　ジャラララと音を立てながら伸びた鎖が魔方陣を描き、最前に立つケルベロスに守護を与える。
　ヒマラヤンはローカストにかけようと思う言葉を持っていない。
　だからといって、彼らを救いたいと願う仲間の気持ちを斬り捨てるつもりもない。
　艶やかな長い白髪がさらりと揺れた。
「説得したいなら無理に止めようとは思わないのです。他の敵は任せて、ちゃっちゃと済ませるのですよ」
「ありがと！　……お腹が空く気持ちはわかるけど、力ずくでもお話聞いてもらうよ！」
　リュコス・リルネフ（銀牙迸り駆ける・e11009）の言葉に、物言わぬ黄金の装甲がきらりと輝いた。
　対峙した相手に意思を伝える術を持たぬ装甲だが、主に応えるのだという『何か』は確かに感じ取れる。
　白銀・ミリア（白銀の鉄の塊・e11509）も戦斧を構えてはいるものの、ローカストに刃を向けてはいない。
　彼女が握る打斧は『勝利を目的とした』もの。目指す『勝利』は殺傷ではない。
　ブブブブブと翅音を鳴らし、『傭蜂集団』ランサー兵は槍を掲げ真っすぐに突撃する。
「飢餓のあまり、完全に自分を見失っているようですね」
　黒い液体で槍をいなした暁・歌夜（ヘスペリアの守護者・e08548）は、さっと地面に守護星座を描いて仲間を守護する。
　正気であれば、『傭蜂集団』の蜂や『アリア騎士』などは己の長の采配の元に動くのであろう。
　今、そのように動けていないということが彼女達の精神状態をよく表している。
　久遠寺・眞白（豪腕戦鬼・e13208）はそんなローカスト達を見て顔を歪めた。
　かつて戦った誇りあるローカストの姿が眞白の脳裏を過っていく。
「まあ、それはそれってことで」
　一つ、織戸・来朝（爆音鳴らすフェンリル・e07912）はギターを爪弾いた。
　音を確認し、ウルトレス・クレイドルキーパー（虚無の慟哭・e29591）にちらと視線を投げる。
　その合図に、武器としての力を持たぬエレキギターでウルトレスは応えた。
　特撮ヒーローもののエンディングで聞いたことのあるような、哀愁漂うパワーバラードが響き渡る。
　来朝の音と共に、ウルトレスが紡ぎ出した生きることの罪を肯定するメッセージ。
　贈る相手はケルベロスではなく、ローカスト達に。
　癒しの力でローカストが鎮まることを期待したものの――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ！！」
　彼らの様子は何一つ変わらない。
　彼らの『異常』は飢餓によるもの。
　戦闘での一時的なものなどではなく、治癒のグラビティは『癒す』ためのもので『グラビティ・チェイン』を分け与えるものでもない。
「当然と言えば当然だな」
　駄目で元々。ウルトレスはすぐに意識を切り替える。
「仕方ないね。大人として、私達は私達の『役割』に専念しよう」
「ええ、そうしましょう」
　来朝の言葉にウルトレスは頷く。
　年長者二人が定めた自分たちの役割。
　それはローカストを説得したいという仲間の補佐と――『最後』の線引き。
　ウェアライダーの女は己のチョーカーに指をあて、呟いた。
「響ちゃんの意見は大いに尊重したいけど、こっちが死んだら意味がないのよ」
　ゆえに、来朝は見定める。
　決裂か否かを。

●明日への咆哮
　あちこちから上がる破壊音、金属音、爆裂音。
　それらに欠片も邪魔されてなるものかと、ミリアは声を張り上げた。
「いいのか、こんな所で死んじまって！？　このままじゃ、ここを切り抜けても全員いずれ死んで、絶滅しちまうぞ！」
　いかなるもの音にも遮られることのない声は悲壮感悲壮感を帯びていた。その叫びに反応は無い。
　白とピンクのローカストの鎌が歌夜を裂く。
　飛び散る自らの血を目にし、歌夜は眉を顰めるも、すぐにその傷をブラックスライムで埋め合わせて塞ぐ。
　ふっと息を吐き出した歌夜は地面を蹴った。
　響に槍を突き立てんとしたアリア騎士の前に飛び出し、一撃を受ける。
「っ！」
　喉元まで出かかった歌夜の名を響はぐっと飲み込んだ。
　敵よりも味方を優先するという彼女の行動を尊重するためにも、己がやると決めたことを行わなくては。
「地球は悪い所ではない、お前たちがいつも大事にしていた虫たちが沢山住むいい所なんだぞ」
　動物がいれば彼らとの仲を見せることが出来たが、そうは言っていられない。『動物の友』では動物を集めることは出来ないのだから仕方ない。
　リュコスはローカスト達の攻撃を凌ぎながら、真っすぐに彼らに目を向ける。
　友人である響の願いを叶えたい。
　己と共にあるオウガメタル『オニュクス』とも通じ合えた。敵対したことがあったとしても、想いが通わないという訳ではないはずだ。
「オウガメタルやヴァルキュリアだって、ボク達は受け入れた！　今だって一緒に生活して、戦ってる！」
　だから。
「キミ達だって！」
　リュコスの言葉を聞きながら、眞白は目を伏せた。
　そしてすぐさま、ローカストを見据え、拳をギュッと握りしめた。
「お前たちが今私達のグラビティ・チェインを奪うとしよう。今この瞬間の飢えは満たされるだろうな」
　凛々しく静かに広がる眞白の声。
　飢餓の中にあるアーマードヒーローは何かを感じ取ったのか、視線が眞白へ向けられている。
「だがその後のローカストという種はどうなる。毎回死と生を天秤に掛けるのか。何時かはローカストという種は滅びるぞ」
　眞白の拳は護るための拳。手の届く範囲内は全て守り切って見せる。欠片も零すことなく、全て。
　その想いが眞白の紡ぐ言葉に熱を持たせる。
「それは仲間の為に散ったローカストの誇りを踏みにじることになるんじゃないのか？」
　誇りと共にあったローカスト達は一体何だったのだと、訴える。
　配下のローカスト達は変わらない。本能のままに牙を向き、槍を突き立て、鎌を振るう。
　しかし、どこがどうとは言えないが、確かにアーマードヒーローの様子が変わったことにリュコスとミリアは気付いた。
　ローカスト達は言葉が届くとは思えない状態で、理性が見えない相手に対して攻撃も行うと決めていた２人だからこそ気付いたささやかな変化。
　顔を濡らし、目に覆いかぶさるように流れる血に視界を汚される響には分からなかったが、成すべきことは変わらない。
　ウイングキャット『ヴィー・エフト』が邪気を払うべく羽ばたき傷を癒すも、傷口から出た血はそこに残る。
　助けたい相手との間に入り込もうとする己の血液が邪魔で、響は苛立たし気に血を拭った。
　その勢いのまま己の想いを吐き出す。
「私たち人間は嫌いでもいいけど、地球自体は憎まないでくれ！　お前たちを死なせたくないんだぞ！」
　最前に立つのは５人のケルベロスとライドキャリバー『ヘルトブリーゼ』とオルトロス『リヤ』。
　複数を癒すグラビティの効果は落ちているが、ケルベロス達はそれを承知の上で良しとした。
　救えないのだと断じるまでは防戦に徹するのだと彼らは決めたのだ。
　暴風を伴うほどの強烈な回し蹴りをアーマードヒーローが繰り出した。
　引き戻される足に響はしがみつく。
「殺したくないんだ……生きてほしいんだ……」
　ガハッと血を吐き出した響の眼前にヒマラヤンが作り出した光の盾が出現する。
　その光に背を押され、響は声を絞り出した。
「私は人間の味方ってわけではなく、必死に生きるやつの味方になりたいんだ！　お前たちの味方をさせてくれっ！　頼むっ！」

●英雄の凱旋
　アーマードヒーローがザッと跳び退った。
　響を振りほどきはしたものの、そこに確かな意思のようなものを来朝は感じた。
「なんか」
「変わりましたね。さっきまでとは雰囲気が違います」
　ウルトレスも感じたらしい。
　その間にも、配下のローカスト達は襲い掛かってくる。
「どうしたものやら」
　ぺろと口まわりを舐め、来朝はギターをかき鳴らした。
　生きる罪を肯定する調べが仲間を癒すも、最前に立つ人数が多い為に異状は祓えなかった。
　来朝が定めた『決裂』の基準は満たされていない。
　かなりの傷を負っている者が何人かいるが、まだ誰も倒れてはいない。
　回復を続ければ暫くは耐えることが出来るだろう。
　そんな中、ミリアはアーマードヒーローと目が合った。
　ケルベロス達に襲い掛かるローカスト達を見遣り、アーマードヒーローは首を横に振った。
「ウルトレス」
「ええ、私にも見えましたよ」
　彼らはどうにもならないと、無言で告げているのだ。
　言いたいことが伝わったと分かったのだろう。
　逆に、アーマードヒーローは人差し指と中指をくいくいと折り曲げた。
　その指は僅かに震えているが、かかってこいと言わんばかりで。
　暴れ出しそうな本能を抑え込みながらの意思表示のように見えた。
「どうするのです？」
　ヒマラヤンは金色の視線を響へ投げ、問うた。
　浅い息を繰り返し、刹那、崩れ落ちそうになった響をリュコスが支える。
　動く唇。音にはならない。
　けれど、その意志をケルベロス達は正確に読み取った。
「やろう。『拳で決めよう』って言ってんだ。ヒーローがそう言うなら、乗ってやんのが筋ってもんだ」
　ミリアが断じると、ウルトレスのギターが音色を変えた。
　ウルトレスの唇がうっすらと弧を描いている。
「いいですね。実にヒーローものらしい」
「なら遠慮はいらんね。とことんまで熱くしてやろうね！」
「それではビートアップといきましょうか」
　来朝も音を合わせる。
　リュコスの顔が僅かに曇った。
　同じ状態にあったアーマードヒーローが無理だと断じた以上、無理だとは分かっている。それでも１人でも多くを救いたかった。
　ならばと、ローカストに毅然と向き合う。
「オニュクスっ！！」
　オウガメタルはリュコスに応え、表情を隠すように体を覆いつくした。

　ケルベロス達は攻勢に転じた。
　一手を犠牲に己の役割を変えて、１体、また１体と言葉が届かぬローカストを倒していった。
　アーマードヒーローの牙を受けた眞白の体がぐらり、傾いだ。
　説得の最中に投与した鎮痛剤の効果で痛覚を誤魔化してはいるものの、体は誤魔化されてはくれない。
　しかし、眞白の体が地面に沈むよりも先に、巨大な注射器がその体を貫いた。
「見事な一意専心なのです。でもまだ終わっては無いのです、他の奴を何とかしないといけないのですよ」
　倒れてなどいられないだろうと、ヒマラヤン。
　その通りだ。眞白はぐっと奥歯を噛みしめ、力強く足を踏み出した。
「ローカストの誇りを、私は忘れないっ！　忘れてなんかやるもんかっ！　だからっ！！」
　一瞬でアリア騎士に迫った眞白は鬼のような一撃を繰り出す。
　どさり、最後の配下が倒れ伏す。
　その横を神器の剣を咥えたリヤが駆け抜けた。
「蘇れ、神喰いの魔狼」
　それは来朝が書き上げたゴシックロックチューン。悲哀の少女の歌。
　旋律に合わせ、放たれた蒼い光はアーマードヒーローに降り注ぐ。
　ドサリ、アーマードヒーローは膝を付いた。息も絶え絶えといった様子だ。
　ウルトレスは咄嗟にデスラッシュ・サウンドを奏でた。
　顔が伏せられていた為に表情は読めなかったが、アーマードヒーローがニヤッと笑ったようにケルベロス達は感じた。
　その時、洞窟の中心部から緑色の光が放たれた。ゴウゥゥゥンという振動が地面から伝わる。
「この光は……？」
　すかさずヒマラヤンは光の発信地に目を向けた。ヴィー・エフトがそんな彼女の元に駆け寄る。
　ヒマラヤンが気にしていた装置が原因らしい。装置の近くに他のケルベロス達の姿が見える。
　その合間に光は収まり、アーマードヒーローの姿は消えていた。
　代わりに宝石が１つ。
「コギトエルゴスム……」
　宝石を拾い上げたミリアの唇は緩やかな弧。
　ひとつでも多くを救えた方が格好いいと思った彼女の心情を表すように、宝石はキラリと光を照り返す。
　傷の深さ故にその場に座り込んだ響に、ミリアは宝石を手渡した。
　コギトエルゴスムを見つめる響の頭をくしゃくしゃと来朝が撫でる。
「うん、ようがんばった」
　へへっと笑ってガッツポーズをした響は、すぐに歌夜へ顔を向けた。
　やってやったぜ、とばかりにドヤ顔。
　歌夜はふっと笑みを漏らすと、その頬を引っ張るべく足を踏み出すのであった。

作者：こーや	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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