ローカスト調査隊～挽歌の残響

■リプレイ

●飢えし轟叫
　グオォォォォォッ！
　飢え切った雄叫びが轟く。グラビティ・チェインを喰らわんと襲うローカスト共をかわし、その一角に集まったケルベロスは８人。
「泣いて産まれたんだ。笑って死んでいけばいいものを」
　レオン・ヴァーミリオン（リッパーリーパー・e19411）の呟きは、いっそ容赦ない。天野・夕衣（ルミノックス・e02749）は、苦笑混じりに肩を竦める。
「いやはや、正しく死に物狂いって奴ですね！」
　危機が目前でも、彼女の天真爛漫なハイテンションは変わらない。
「調査から思わぬ戦闘になりそうですが、ローカストとの決着をつける好機でもあります」
　対照的に、立花・吹雪（一姫刀閃・e13677）は生真面目な表情。眼差し鋭く、斬魔刀【絶花】を構える。
（「死にたくないって気持ちは、わからんでもないんですがね」）
　毒島・漆（魂操術師・e01815）は溜息１つ。
「それでも、俺も殺られる訳にはいかねぇんだよな……」
「漆さんが一緒なら心強いです。共にこの状況を切り抜けましょう」
　漆と吹雪の言葉は、生還の誓い。生を願う『音』はキャロル・メヌエッタ（コンダクター・e20991）にとって好ましければ、微かに唇を綻ばせた。そんな彼女を護るように、シルクハットにモノクルの紳士風シャーマンズゴーストがマントを翻す。
　あちこちで戦闘が始まっている。否、飛び交うのはヒール・グラビティか。飛騨山脈の奥地まで、ローカストのコギトエルゴスムを探しに来た調査隊だ。まずは説得しようとする者も少なくないようだ。
　――――！！
　果たして、突撃してきたのは戦国武将のようなローカスト。
　頭は白い蚕蛾。赤き大鎧に火縄銃を負い、軍配と刀を構える。ハナカマキリのようなローカストを２体引き連れていた。
「っ！　『蛾王』那覇斗……！」
「知り合いか？」
　思わず息を呑む斎王・アンリ（ヤーヤーヤー・e22444）を、弧を描く斬撃が襲う。咄嗟に庇う八島・トロノイ（あなたの街のお医者さん・e16946）に、ハナカマキリのローカスト（後に、ローカストドール『オーキッド』という呼称を知った）が相次いで牙を剥いた。一撃はオルトロスのベルナドットが引き受けるも、必死の攻撃はどれも軽くない。
「まさか、こんな所で会えるなんて……でも、出来るなら、説得したい！　戦わなくて済むに越した事ないし、色々と聞いてみたい事もあるからね！」
「そうか……」
　アンリの言葉に、トロノイは頷く。
「ま、俺も『これだけしか生きる術がない』って思い詰めてる奴を見ると、ほっとけないんだよな」
　助けられる方法はあると信じたい。因縁は、その後にけりを付ければいい。
「ま、時間は稼ぐので、説得は任せますよ」
　眼鏡越しの双眸を細めた漆は、『蛾王』那覇斗にウィッチオペレーションを施した。ローカストがグラビティ・チェインの枯渇で理性を失っているならば、ヒールで補えないか――ウィッチドクターらしい考え方とも言える。
「わたしもお手伝いしますね」
　実は、虫の類はちょっと苦手な白雪・まゆ（月のように太陽のように・e01987）。それでも、既に定命化している以上、共生がいいと思うから。ヒールドローンを飛ばせば、吹雪も気力を『蛾王』那覇斗に注いだ。
「全員、クラッシャーぽいですね。気を付けて！」
　夕衣が油断なくローカストを窺う間に、突撃を食らったディフェンダー達へブレイブマインを使うキャロル。だが……前衛の数は、４人＋２体。使役修正に列減衰も加われば、メディックと言えどキュアの発動にも回復量にも障る。今回のメディックはキャロル１人。戦闘の可能性も考え、思わず表情を曇らせる。
「ほら、ちゃんと前を向いて。大丈夫、支え切って見せるさ」
　背後の気配で察したか、レオンは明るく声を掛ける。列減衰の影響は彼も例外でないが、ジャマーのエンチャントは掛かれば頼もしい。全身から光輝くオウガ粒子を放出する。
（「殺しに来るなら殺し尽くす。けど、戦う気がない相手まで殺す程、血が好きでもないんでね？」）
「話を、聞いて！」
　護殻装殻術を『蛾王』那覇斗に投げて、アンリはファミリアロッドを手放した。敵意無き事を両手を広げて示し、訴える。
「ああ、俺達は戦いに来たんじゃない」
　トロノイのメディカルレインが、言葉と共にローカストへ降った。

●充たせぬ器
　シャァァァッ！
　甲高く叫び、オーキッド達は自らの鎌を打ち振るう。背の火縄銃を構えるや、『蛾王』那覇斗は躊躇いなく引鉄を引いた。
（「まだ、我慢です我慢」）
　ローカストの攻撃は見境なく、流れ弾に夕衣は顔を顰めるも堪えた。
（「ま、失敗に終わって向かって来るなら、信条通り殲滅するだけですがね」）
　漆はいっそ冷めた面持ちだが、声を掛け続ける仲間がいる限り、反撃は手加減している。まゆの攻撃は大振りだが、今は却って牽制となっているかもしれない。
　――結論から言えば、ヒールグラビティでローカストが正気に返る事は無かった。
　凶暴化の原因は、グラビティ・チェインの枯渇。だが、ヒール・グラビティは「グラビティ・チェインを全てヒール効果に変換して回復させる」と考えれば判り易いだろうか。
　そして、人々の虐殺でグラビティ・チェインを奪おうとするデウスエクスの行動を考えれば。デウスエクスが吸収出来るのは『知的生命体の死亡時に発生するグラビティ・チェイン』とも推測出来よう。
「生き残る為にも、お互い手を取り合えませんか？」
　喩えグラビティ・チェイン枯渇が充たせなくとも、死の恐怖は拭えないか？　だが、アンリの呼び掛けに呵責無い攻撃。すかさず、ライトニングウォールを構築するレオン。今は只、仲間を支えるのみ。
「アンリちゃん達が説得を続けている以上、邪魔はさせません」
　オーキッドの殺気を逸らさせるべく、吹雪はグレイブテンペストで牽制する。
　姉とも慕う彼女に感謝の視線を投げるアンリ。そして、トロノイもまだ諦めない。
「オウガメタルとは共生出来た。俺達も出来る筈だ」
　定命化は怖いものじゃない。地球の生態系の一部になれば殖える本能を抑えなくても良いし、未来に子孫を残せる。滅亡せずに済む――懇々と説き続ける。
「定命化だって、いつか治療出来るかもしれないじゃないか！」
　ゴォァァァァッ！
　煩わしいと感じたか、『蛾王』那覇斗の月光斬が奔る。オーキッドの蹴打も次々と。
「今の環境が毒になるなら、俺の身体に……ぐぅっ！　兎に角、他に生き延びる方法はきっとある。一緒に運命に抗おう。共に生きよ――っ！」
　ベルナドットも主を庇うが、遥かに上回る重撃が幾重にも突き刺さった。
「ここまでか……」
　シャーマンズゴーストの祈りが生気となって注がれるも、全く足りない。トロノイは忸怩たる思いで唇を噛む。喰われるのも、それこそ身体に蟲を棲まわせるのも構わない。そんな覚悟の一方で、自身も含めて誰であれ死ぬのは御免だ。
　まず、大半のケルベロスが、説得断念の基準をヒール・グラビティで正気に戻るか否かとしていた事。そして、説得が理詰めに寄っていた事。故にケルベロスの言葉は、『蛾王』那覇斗を充たせなかった。
「生きたいのなら変化を受け入れるべきでしたのに、そんなにも力を失う事が難しいんでしょうか？」
「個体は定命化してしまっても、種として続いていくという感じに思っていけたら良かったのですけど」
　夕衣やまゆの考え方は理性あってこそ。理論で押しても、今のローカストには届かない。
（「キミ達は思考を喪う程、飢えに喘いでいたのか」）
　キャロルもかつては「地球の敵」だった。アンリも言った通り、種族は違えど手を取り合う事は出来る。ローカストとて、同じ道を辿る可能性は秘めていただろうに。
「……分かり合えぬのなら仕方あるまいよ」
　諦めの吐息と共に、元ダモクレスのコンダクターはトロノイに気力を注ぐ。
「己が信念を貫き通しますか……ですが、私達も負ける訳にはいかないのです」
　刹那の瞑目。ゲシュタルトグレイブを構え直した吹雪に、迷いは無い。
「正気を取り戻したならまあ、受け入れるのも吝かではなかったけど……ここは残念、で済まそうか」
　やれやれと言いたげに、レオンが顕現するのは黒太陽――彼らに、既に戻れぬ故郷の黒光を浴びせんとは、何たる皮肉。
「ローカストって種族に恨みがある訳でもないですが」
　漆の胸元から、赤熱した光が漏れる――侵略に来たのもローカストならば、与えられた最後のチャンスを自ら蹴ったのも彼らだ。
「さっさと滅んでもらいますか……」
　冷ややかに言い放ち、自称ヤブ医者はオーラの弾丸を放った。

●ローカストドール『オーキッド』
　説得に掛かりきりであれば、満身創痍も致し方ない。トロノイが謎の薬瓶から癒しの煙を吸う間に――思い切れば、攻勢に転じるのも即座。まずはオーキッドから掃討に掛かるケルベロス達。
　キャロルは再度、ブレイブマインを放つ。やはり成果は芳しくないが、弛まず重ねれば力となろう。
　時同じくして、狙い定めるや一気に間合いを詰め、回転斬撃を繰り出す吹雪。『蛾王』那覇斗も巻き込み薙ぎ払う。
「ああ、僕の事は取るに足らない塵と思ってくれて結構。気付いた時には……手遅れだ」
　スナイパーたる吹雪と息を合わせる事を意識するレオンより、ライジングダークが迸る。
「一撃必砕！　全・力・全・開っ！」
　全力ダッシュから、回転の遠心力を乗せた一撃を叩き込むまゆ。すかさず叩き伏せられた一方へ、これまでの鬱憤を晴らすかのように、夕衣の稲妻突きが奔った。
「やー！」
　構え直したファミリアロッドをペットの姿に変え、撃ち放つアンリ。
「治療出来ず、すまない」
　ベルナドットのソードスラッシュとトロノイのグラビティブレイクが相次いで閃けば、身を震わせるオーキッド。
「獄霆武装……雷鬼之獄鎧ッ！！」
　オーキッドの闇雲な反撃も、『蛾王』那覇斗の射撃も構わず、漆は地獄を収束させた。雷速を以てローカストの細身に拳を抉り込めば、１体目のオーキッドは声もなく崩れ落ちる。
　２体目も同様に、容赦呵責なく集中打を浴びせ掛けた。ケルベロスの戦意に煽られ、ローカストの反撃も激しくなるが、時に気力を注ぎ、時に「ブラッドスター」を歌うキャロルと癒しの祈りに専念するシャーマンズゴーストが戦線を支える。
「邪を焼き尽くす紅蓮の花をお見せしましょう」
　その名も『華焔』――炎の霊気を斬撃と共に周囲に解き放つ吹雪。紅蓮の如き焔が咲き乱れ、オーキッドと『蛾王』那覇斗双方を舐める。すかさず、レオンはパイルバンカーの螺旋力をジェット噴射させて突撃。体当たりするように外殻をぶち抜いた。
「よっさこーい！」
　まゆの軽やかな掛け声と共に、爆ぜるサイコフォース。漆の旋刃脚が鋭く閃く。
　ガ、ア、アァァァ――。
　オルトロスの地獄の瘴気に中てられ、トロノイの猟犬縛鎖に締め上げられ、鎌を振り上げたオーキッドは更なる炎に呑まれていく。
　Aliis si licet, tibi non licet――。
　夕衣の右目が、真紅に染まっていく――その瞳が映すハナカマキリのローカストは、狂おしく身を捩じらせる。花弁が燃え尽きるように、儚くその身を瓦解させた。

●『蛾王』那覇斗
　残るは『蛾王』那覇斗１体。一気呵成のケルベロスらの攻撃を制して白刃が風を切る。
「……な……」
　ディフェンダーが動く暇も無かった。目を見開き、トロノイが倒れる。ベルナドットも掻き消える間に、『蛾王』那覇斗の刀は納刀されていた。
　目にも留らぬ居合い斬り――ヒールを重ねたとして、説得時から攻撃に晒されて来たトロノイは、ヒール不能のダメージも積み重なっていた。戦闘本能が嗅ぎ分けたか、『蛾王』那覇斗は凌駕も許さず引導を渡したのだ。
　ガキィッ！
　『蛾王』那覇斗の狙いがグラビティ・チェインならば、尚もトロノイを斬らんとする刃を、アンリが遮る。
「……っ」
　オーキッドなどと比べ物にならぬ剛力。両のファミリアロッドをクロスして耐えるも、背骨がギシリと軋んだ。それでも、少女は笑みを浮かべる。
「い、いたいのいたいのとんでけー♪」
　光に包まれて、痛みも飛んで行ったかのよう。その実、プラシーボ効果なのは本人が１番よく判っている。気の紛らわせてでも、まだ戦える間に。
「アンリちゃんから離れなさい！」
　吹雪のサイコフォースが、同時に、漆の気咬弾が爆ぜた。だが、青年の表情は険しい。
（「その見た目、こけおどしでもなさそうだな」）
　幾許か範囲攻撃の巻添えを食っただろうに、眼力が計る命中の程もオーキッドの比ではない。戦闘経験豊富な漆をして楽観出来ない状況ならば、他は推して知るべし。だが、反撃の起点となるスナイパーたる吹雪の足止め技は、グレイブテンペストのみ。単体相手の範囲攻撃は、厄を積むのに分が悪い。
　他の足止め技も範囲攻撃、或いは命中率が高いと言えず。この期に及んで、耐戦を強いられようとは。苛立ちを堪え、レオンは敢えて軽口を叩く。
「頑張れ頑張れってね。ここが勝負だ」
　まだ命中率が心許ないオリジナルグラビティの代わりに、メタリックバーストを前衛に掛ける。トロノイ＆ベルナドットが倒れた事で、列減衰が緩和されたのは幸いであり、皮肉だった。
　理性を失っているが故の無差別な攻撃を、キャロル＆シャーマンズゴーストが後追いで癒して回る。
　一斉攻撃には後数歩のもどかしい攻防が暫し――突如、洞窟の中心部から怪しげな緑光が迸る。
　ゴゥゥゥン――。
　足下から伝わる振動。だが、『蛾王』那覇斗はその光を振り払うように銃を構えて――不自然に強張る。
「今だ」
　淡々と声を上げ、漆の拳が奔る。本来は発動も稀のパラライズ。散発して重ねられた厄が、土壇場で敵の動きを停めた奇跡。この幸運を逃す訳にはいかない！
　勢いよく爆破スイッチを押すキャロル。幾度目かの爆煙が上がり、爆音が凱歌のリズムを刻むよう。
「キミはもう何処へも行けない。ここで腐れて沈んでいけ、塵でしかない我が身のように」
　レオンは謡うように簒奪術式を編み上げる。地を這いずる鎖影は、漸くローカストを捉えて殴打する。
　疾風の、否、稲妻の如き吹雪の突進の軌跡を、夕衣の槍が正確になぞる。超高速の突きが、次々と偉丈夫を貫いていく。
「残念ですけど、あなたは倒していきますですね」
　身長より大きなバトルハンマーを振り被るまゆ。親友から受け継いだものを、大事にそして全力で振り抜いた。
「……」
　何か言おうとして、口を開いたのも束の間。腹を括った表情で御業を小柄に宿したアンリは、炎弾を放つ。燃え上がる炎は、見る見るローカストの全身を包む。
「……ア……ロ……」
　最期に何を呟いたか。虚空に差し伸べた軍配からサラサラと灰の如く崩れ落ちていく。
　石に還る事もなく、『蛾王』那覇斗の体躯は霧散する。後には、何も残らなかった。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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