ローカスト調査隊～飢渇の果てに

■リプレイ

●狂騒
　――静謐に満ちていた聖堂が、狂騒の戦場となった。
「全員で帰るぞ！」
　背中合わせの仲間に語り掛けるのは峰岸・雅也（ご近所ヒーロー・e13147）。
「ああ」
　言葉少なに応えるのは月詠・宝（サキュバスのウィッチドクター・e16953）。彼もナノナノの白いのを傍に連れ、迎撃のための体勢を整える。
　旅団の仲間であるヴィヴィアン・ローゼット（色彩の聖歌・e02608）も、繊細で柔らかな光を放つルーチェをドレスのように纏い、白くふさふさしたアネリーを傍らに連れて襲撃を警戒している。
「早く固まれ！　囲まれるぞ！」
　ベルンハルト・オクト（鋼の金獅子・e00806）が周辺のケルベロス達に呼びかける。その声を手掛かりに、即席の八人のケルベロスのチームが作られる。
（「これは困りましたね」）
　こんな状況でも表情は崩さず穏やかに、合流した藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）が思案している。
「大変なことになっちゃったわね……」
　ローカストと話し合うことができるかもしれない、そんな希望を微かに抱いて調査隊に参加していた月見里・カヤ（神秘捕獲巫女・e00927）はこの惨状を嘆く。
　そんなカヤをボクスドラゴンのミーガンが鼻でつつく。自分がいる、だから大丈夫だとでもいうようなそのやる気に満ちた表情に、まだ諦めるわけにはいかないと気分を立て直す。
　そんなカヤの様子を見やり、ディクロ・リガルジィ（静寂の魔銃士・e01872）もその銀の瞳で周囲を警戒しつつ思案する。
（「これはちょっと難しい状況かな……」）
　調査の目的を忘れてはいないが、極限の飢餓状態のローカストが一斉に暴れ出したこの状況ではそれも厳しいかもしれない。
（「哀れみにも近いのかもしれないが」）
　星詠・唯覇（星々が奏でる唄・e00828）にはローカストへの憎悪も思い入れも特にない。けれども、手を取り合える兆しがあるのならばそれもまた良しと考える。
（「まぁ、冷静に考えて。彼らが説得に応じてくれればケルベロスの力がまた一層強固になるしな」）
　集まったケルベロス達に白い影が飛びかかる。腕に展開したカマキリの鎌のような刃をいち早く反応した宝が杖で受け止める。
　――蚕と桑子のあいのこのような特徴を持つそのローカストは虫天・クロス・桑子という名であった。
　普段はどのような性格をしているのかは分からない。けれど、ここにいる彼は極限の飢餓状態と死の恐怖で理性を失った紛れもない敵である。
　こうして、ケルベロス達とローカストの最終決戦が始まった。

●防戦
　戦場に金属が打ち鳴らされる音が響く。ローカストとしての腕に鎌を展開するグラビティだけでなく、クナイを先端に付けたような紐を虫天が振るい、前衛のケルベロス達を刺し貫く。
　飢餓状態が酷いからか、ひたすら攻撃に特化し、深く深くケルベロス達を傷つける。
「さーあ、神秘の力付与すっぞ！」
　内心はどうあれ、テンションを上げてカヤが神秘の力を借りて仲間の回復に専念している。気力溜めを唯覇と共に虫天に一回放ったものの、特に理性を取り戻すなどといったことはなかった。
　前衛に立つミーガンも虫天の攻撃から仲間を庇いつつ、属性インストールで癒し、防戦。
　雅也も九尾扇を一振り、仲間の位置に陣形を見出し加護を与え、癒す。
　彼を含めてメディックは三人、ディフェンダーに至っては四人と四体と、完全に守りに寄せている。
　その上で攻撃せずヒールグラビティを使い続け、ダメージはディフェンダーが交代で庇う状態になっているので崩れない。
　クラッシャーであるベルンハルトさえも粒子を展開し、回復に努めている。
　唯覇の奏でる、立ち止まらず戦い続ける者たちへの歌が護りとなる。それに合わせて彼のサーヴァントであるカランも応援動画を流し、傷を癒す。
　大人数が集まっているため護りの加護のかかりは悪いが、それで不足した所は白いののナノナノばりあが補う。
　ここまで極端な戦法も、全ては虫天を説得するための作戦。
　けれども回復不能なダメージは蓄積されていくものだ。説得が通じないならどこかで攻撃に切り替えなくてはこちらがやられてしまう。
「磐石であるに越したことはありません」
　刃ではなく、言葉で解決するのであれば尚更。景臣が展開した赤く燃える蝶の群がケルベロス達の守りを固める。
　数度攻撃ののち、虫天が後方に跳躍し距離を取る。これだけ攻撃しても反撃してこないケルベロス達に違和感を抱いたのかもしれない。
　その隙にヴィヴィアンがメモリーコクーンの映像を再生、豊かな大自然の小さな画像が現れる。
「仲間の思いを繋ぐ場所は――」
　ここにある、と続けようとしたが、それを見た虫天が再度切りかかってくる。
　止まらない。この映像には攻撃を躊躇わせるような効果はないのかもしれない、と慌てて収める。
　虫天が右腕に展開した鎌は景臣が間に割り込み、その漆黒の刃で受け流す。刀は、まだ振るわない。本当に諦める時までは攻撃しない事を定めたから。
「侵略や虐殺だけではこの先、争いしか生まれない」
　後衛に春の日差しのようなグラビティを降り注がせ、その癒しの力を強化しつつ、宝が虫天に呼びかける。
「強き者よ、本当にここで終わるつもりか？」
　ベルンハルトが虫天に呼びかける。正直説得には半信半疑な所がある。ローカストはヴァルキュリアと違い、敵対してきたデウスエクスだ。
　しかしザイフリートのような前例もある。ならば、それに賭けてみる。
「ローカストの力は他のデウスエクスにも引けを取らないが、地球人の憎悪を得て生きながらえたとしても先は長くない」
　こんなところで終わることを、果たしてローカストの英雄たちは望むだろうか、と冷静に問いかける。
「こちらには受け入れる準備もある、どうか俺たちにその力を貸してくれないか？」
「命を繋ぐ決意をしたなら、恨まれる以外にも方法は有る！」
　こちらにも受け入れる意志があると雅也が伝えるも、
「――そんなん信じられんわ！」
　と、何度もかけられる呼びかけに苛立ったのか、虫天ににべもなく返された。
　論理があって言葉を交わせても、死が今まさに迫っている状況で論理的に考えることは難しい。そもそもケルベロス達はこれまで敵対してきたのだから、そんな相手が甘い言葉をかけてきても信頼できるかという話だ。
　振るわれた鎌をヴィヴィアンが割り込みルーチェで防御、その腕をつかみ、
（「ルーチェも、アネリーも、あたしのご先祖様も外から来たけど地球は受け入れてくれた」）
　あなた達だって例外じゃないよ、と接触テレパスで意志を伝えるが、腕を振り払われて距離を取られる。
　主の傷に、慌てたようにアネリーが属性インストールでその傷を癒す。
　明らかに己を顧みない、攻撃以外考えていないというその痛々しくも見える姿に、
「お前達のところの姫君もそんな自暴自棄な考えなのか？」
　唯覇が問いかけるが、返ってきたのは羽をこすりあわせて奏でられる破壊音波。
　音波による傷はディクロがその靴で舞い踊り、花のオーラを降らせて仲間の傷を癒す。
（「……説得、できれば」）
　これまでに色々あったが、話して分かり合えるローカストもいた。それに守りたいと思っている人もいる。ならばできるだけはやろう、とも思う。
「僕らウェアライダーだってかつてはデウスエクスで、地球の敵だった」
　神造デウスエクスであったウェアライダー、その末裔として語り掛ける。
「けれどもこの星にある自然や愛に触れて、今の僕達はここにいる。お前達だって、この星の昆虫達を同族と見なして、それを護るため戦ったことがあるんだろう？」
　そこにはこの星の憎悪の為だけではない感情があるはずだ。だから――とディクロが続けようとした所で、虫天が紐を振るい、ディクロを締め上げようとする。
　月禍を振るいその紐を打ち払うも、虫天の敵意は健在だ。
　さらに宝が静かに語り掛ける。
「……お前達を生かす為に戦った男の想いを酌んでくれ」
　宝が以前戦ったローカストである阿修羅クワガタさん。彼と戦った時に言い分を聞くには聞いて貰えた。
　だが、結局は彼を倒す道をとるしかできなかった。
「彼は倒すしかできなかった。けれども、その仲間を生かしたいという想いは叶えてやりたい」
　だから何とか説得し、ローカスト達を生存させたいという想いを告げる。
「死の恐ろしさは重々承知しています」
　元々定命である景臣に、永遠を捨てねばならないローカスト達の心を全て理解するのは難しいのかも知れない。それでも、
「しかし……定命化を迎えた種族が不幸に見えますか？　限りある命だからこそ己の、他者の命を尊ぶ事が出来る」
　御覧なさい、皆それぞれの誇りを抱いて生きている、と仲間を示す。
　そこにいるのは敵であるローカストすら救おうとするケルベロス達の姿がある。
「生きたければ生きれば良い。仲間が貴人方に託した命を大切にして、地球も定命化も少しずつ受け入れていけば良い」
　ローカストはこれまで地球を侵略してきたデウスエクスだ。それでも、救えるかも知れない命を何もせず見捨てる事は、景臣にはできなかった。
「――地球人の懐の広さを信じなさい」
　説得が届いたのか、それとも攻撃を返してこない事に戸惑ったか、虫天が迷ったように攻撃の手を止める。
「共存できる未来を選びたいんだ！」
　雅也がここぞとばかりに熱く語りかける。
　さらにカヤが近づき、その言葉と共に彼を抱きしめる。
「共に生きましょう！　あの神がいない今、あなた達は自由なんだから」
「――危ない！」
　虫天の行動を注視していた唯覇がカヤに警告する。
　その警告に反応する前に、虫天の牙がカヤの首筋に突き立てられた。

●信頼
　その牙はカヤの肌を破り、彼女の白い肌と天虫の衣を朱に染める。流れ出した血は傷には見合わぬ少量、つまりは血を吸われている。
　ミーガンが慌てて近づき、主の無事を心配そうに見上げる。
「カヤちゃん！？　早く離れて！」
　黒猫が友人の危機に思わず銀の猫目のリボルバー銃を構えかける。元々ディクロはデウスエクスは絶対に殺すべきだと考えていた。しかし、あるローカストと戦いがその考えが変えつつあった。それでも友人を殺そうとするならば躊躇はない。
（「やはりダメなのか？」）
　攻撃を止めないローカストの姿に斬るべきか、とベルンハルトが逡巡する。敵対している相手と仲間、どちらをとるかは自明。
　万一逃したのなら人々を傷つけるだろう。人々を守るために戦う正義感の強い彼にとって、それは絶対に避けるべきことだ。
　景臣も藤色に灯る瞳に苦渋を浮かべる。
「木漏れ日よ――」
　ヴィヴィアンのアカペラが響き渡り、カヤを癒す。自然の幻影を伴い彼女を癒すも、長くこの状況が続けば危険だ。
　雅也も第一目的が全員を無事に帰還させることであったため、反射的に攻撃しそうになる。
　しかし、語りかけた時に迷いがあった。ならばまだもう少し諦めずにいてもいいのではないか？と思い直す。
　雅也の判断を察し、地面に鎖で魔法陣を展開し、カヤの周囲に守護の力を発現させる。
　こんな状況でも落ち着いて仲間を見て言葉もなく察する冷静さは年の功。白いのも合わせ、カヤを護るバリアを形成する。
「ここらで一旦、クールダウン！」
　雅也がカヤへと迅速果断をかけ、倒れないよう気合を入れなおさせる。その言葉でディクロが落ち着きを取り戻し、ミーガンが攻撃していないことに気付く。
　攻撃しないのはカヤが抵抗していないから。まだ諦めていないから。それを分かっているからだ。
　この状況はいつまでも続かない、ならここが正念場。
「限りある命でも、あたしは幸せよ」
　ヴィヴィアンが彼女自身の想いを口にする。
　地球で生きるのが楽しいから、未来を繋いでくれる子供たち、そんな希望があるから。
「あなたたちにも笑って人生を全うしてほしい。だってあなたたちは仲間思いの優しい種族だって、知ってるもの」
　一年前に救い出したルーチェもそう思ってるのだから。
「僕はあなた達と喜びを分かち合いたい。花の色の美しさとかそんな何でもない事を」
　景臣が己の理想を口にする。ささやかな事でも、そこに偽りはない純粋な感情。
　ここまでの説得に心を打たれたのか、虫天がその牙をカヤから抜いた。攻撃を、止めた。
「ケルベロスはお前達を信じる事にしたんだ！」
　攻撃を止めた虫天に唯覇が叫ぶ。
　信頼の証は行動で。こんな状況になってさえも攻撃しない、そんな自分を省みない説得に心を動かされたのかもしれない。
　先程まで漂わせていた殺気も憎悪もすっかりと消え失せている。
「私たちはね、共にある未来を夢見てここに来たのよ」
　これまで血を吸われ、言葉をかけられないでいたカヤが言葉を紡ぐ。
「皆で、ここにいる皆で、共によ」
　優しいカヤの声に、虫天が座り込む。
「――すまんなぁ」
　彼の静かな呟きが、戦いの終わりを示した。

●陽の射す地へ
　その時、空間の中央から緑の怪しい光が放たれた。同時に腹に響くような重たい振動。
　雅也がその方向を見やると、謎の巨大装置があった。
（「誰かが装置にヒールグラビティを？」）
　そう推測する間に、緑の光は虫天を照らす。そしてそのまま体を小さくし、後に残されたのは宝石。
「これは……戻った、のか？」
　ベルンハルトがコギトエルゴスムを眺め、今のところ崩壊する様子がない事を確認する。
　その宝石をカヤが拾い上げ、まじまじと見つめる。ミーガンも興味深そうにのぞき込む。
　戦いが終わり気が抜けたのか、カヤが膝をつく。ディクロがステップを踏んで花のオーラを降らせ、その傷を癒す。噛みつかれた傷も含め、傷は癒やせたが、消耗までは回復しきれない。
　それでも一人のローカストを殺すことなく鎮めることができた。それは皆で掴み取った成果なのだろう。
「地球もきっと、お前達を受け止めてくれるさ」
　コギトエルゴスムに唯覇が語り掛ける。
　本当に新たな仲間になるかはわからない。けれども、本当に地球を愛する事ができたのなら、きっと地球は受け入れるのだろう。
　口にした理想、それができる未来を思って景臣が苦笑する。
「――ありがとう」
　誰一人倒れることなく、最後まで守り抜いた仲間達に宝が感謝の言葉を紡ぐ。
　傍らの白いのも一撫でし、その苦労をねぎらう。
「ありがとう……！」
　ヴィヴィアンが涙を流しながらカヤの手を取り、その手の中の宝石に話しかける。
　そこにあったのは悲しみではなく、喜びの涙。

　故郷を失い、その果てに辿り着き未来を託したこの地で多くの命が失われた。
　けれども、救われた命も確かにあった。コギトエルゴスムになった彼らがこれからどうなるのかはまだ分からない。
　それでも、この先にあるのは共に未来へ進む道であると信じたい。
　地の底の聖堂を後にし、陽の射す地上へとケルベロス達は帰還した。

作者：寅杜柳	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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