ローカスト調査隊～落日への挽歌

■リプレイ

●彼岸は黄昏を往く
　包囲するローカスト達を前に背中を合わせ死角を補い合う。アルテナ・レドフォード（先天性天然系女子・e19408）は緊張で唇が渇いていた。
　動向を確かめようと参加したが、まさかここまで追い込まれていたなんて――！
（「こんな形で終わろうとしてるとは……」）
「……んん？」
　様子を伺う流星・清和（汎用箱型決戦兵器・e00984）は佇む紅い影を見つける――それはアポロン暗殺作戦で目撃された紅雀蛾の長。
「あ、ォォ……サ……」
　か細い声を震わせる紅雀（くじゃく）の頬は痩せこけ、豪奢な襟巻きのような毛も薄汚れて悲壮感が漂う。
「大事な奴を亡くし、理性を無くしながら生き長らえ……か」
　哀れだなァ、お互い――怨敵の変わり果てた姿に口元を歪め、日月・降夜（アキレス俊足・e18747）が踏み出そうとする直前。八尋・豊水（狭間に忍ぶ者・e28305）が待ったをかけた。
「少しだけ、時間をくれないかしら」
　家族を奪われた悲しみは当人にしか解らない。けれど、ローカストを説得できるチャンスは今しかないと豊水は言う。
「……説得するのは構わないが、応じないなら」
「その時はその時さ、問題は猶予がないってことだけど」
　長船・影光（英雄惨禍・e14306）と塩谷・翔子（放浪ドクター・e25598）も降夜に視線で問いかける。
「…………俺の、気が変わらない内にな」
「では、私も行く末を見届けるとしましょう」
　そう言い降夜は黙り込んだ。イグノート・ニーロ（チベスナさん・e21366）もゆっくり近づいてくるローカスト達に視線を巡らせる。大げさに肩を竦めた清和だが、これ以上ない譲歩に反対する理由はない。
　意気込む者は気合を入れるものの、妻子の仇を前にして矛を収める必要があるかもしれない。降夜の心中はフォルトゥナ・コリス（運命の輪・e07602）も察して余りあった。
（「身内の仇であれば、すぐにでも討ち取りたいでしょうけど……けど」）
　最後の対話。なんとしても説得してみせようと表情を引き締める。

　迎え入れる意思を示すなら『攻撃』という明確な敵対行為は逆効果だと武器を下ろした。不自然なほど体を傾ける紅雀にアルテナが叫ぶ。
「私達はローカストの皆さんと戦いに来た訳ではありません」
　行動で示すべく薬液の雨を降らせ、翔子もヒールグラビティで供給できないか試みる。
「ここで諦めたら、本当に終わってしまいます……死に立ち向かってこそ偉大な戦士なのではないですか？」
「やがて確実に死が訪れるとしても、種として生き延びれるのはアタシ達を見てれば分かるだろ？」
　戦士ならば戦いの意味を忘れてはいけない。瀬戸際だからこそ選択を誤ってはいけない。その間も清和が快癒の気弾を数回放つが変化はない。それでも言葉は届いているはずと働きかける。
「武人として戦い散り行くか、種のため定命化の道を選ぶか……正解なんてわかりはしない」
　だからこそ自らの意志で選ぶと良い――無念の死を遂げるも、地球へ愛を示すも自分次第。呼びかけに対する反応が感じられずイグノートも不安を募らせる。
（「やはりヒールを受け付けていませんね……何故なのでしょう」）
　見ればジリジリと包囲の輪が縮まっている。向こう岸に立つ紅のローカストに豊水が一歩踏みだす。
「鮮烈な生の中で種を残すか。戦士の誇りを胸に同胞共々滅びるか。私は貴方達の選択を受けとめるわ」
　せめてこれを口にして、と彩手裏剣煎餅をその場に置くが近づく様子もない。煎餅よりも魅力的な『食料』――自分達から目を逸らそうとしないのだ。
　幾度も語りかけた『選ぶ』という言葉も、思考する余裕を失した今では困難を極めるのだろう――あるいは感情を揺さぶるほどの『なにか』があれば反応するのか。
　一縷の望みをかけてフォルトゥナが声を張り上げる。
「アポロン……あなた達の祖たる神は既に滅びました」
　太陽神アポロン。ローカストの絶対的な神。飢餓に苦しむ同胞を我欲で動かし断罪された愚か者。あなた達を苦しめ、私達を争わせた諸悪の根源はもういない。懸命に訴えかける。
「……ア、ぽ……」
　アポロンの名を出すと紅雀の体がピクと震えた。
「滅びゆくアポロンの子としてではなく、新しい種族として――」
　――その『死』は心酔していた紅雀にとって、最も起きてはならない事態だった。
「ＡＡＡａａａｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒｒＰｐｐｐｐＯＯＯｏｏｏｏｏＬＬＬＬＬＬＬＬＬＬＬｌｌｌｌｌｌＯＯＯＯＯＯｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏｏＮＮＮｎｎ！！！！！！」
　……鬼気迫る咆哮には明確な拒絶を含んでいた。
　身を震わす絶叫の意味を。溢れる感情の色を。降夜は理解できた――否、理解できてしまったが故に許せなかった！それはお前が抱くべき感情ではないと！！
「あれは根っからのアポロン派だ、頭が働いていても返事は同じだろうよ」
　見れば降夜の握りしめる拳から血が零れていた。説得の目はあるかもしれない、僅かながら思っていた影光もこれで確信する。
「……心は決まっている、ということか」
　篤い信仰心を打ち壊す『なにか』を示せない限り、未来は変えられない……だが、これ以上考えている時間はない。
　紅雀も怒り狂ったように杖を振り回し喚き散らしている、溢れるフェロモンを受けてローカストの混合部隊は殺気を帯びていく。
「――――生き延びる最後のチャンスだったのにな」
　最早、飢えた獣と同じ。降夜の鋭い蹴り足が直撃し、飛びかかった蜂雀（ほうじゃく）が弾け飛ぶ。地面を汚す血肉を踏み潰してコキと指を鳴らした。
「ま……始めようかァ！！」

●陽は沈み、夜が明ける
　襲いかかるローカスト達は蜂雀を中心に傭蜂集団が混ざりこんでいる。翔子はサーヴァント達とカバーに回りフェロモンの影響を打ち消しにかかる。しかし紅雀が神経毒を含むフェロモンを振りまくたびに破剣の効力を打ち消されていた。
「大将が支援役だね……さあいくよ、甲虫迎滅陣！」
　ボクスドラゴンのシロを矢のように放ち、九尾扇をあおいで破魔の波動を飛ばす。清和が大量の治療用小型無人機を散開させ、さらに補助ユニットドローンを生成していく。
「必殺、ヴァルアブルドライバーッ射出！」
　取りつく小型機によって降夜のチェーンソーをより鋭利に、影光の晦冥之門に重厚さが増していく。ビハインドの李々が足止めしていた蜂雀を影光はバターのように斬り伏せ中衛のランサー兵に肉薄する。
「……瘴気を、絶つ」
　重力を乗せた刃が外殻を切り開き、続けて回転鋸が突き刺さる。紅雀がフェロモンを放つより先にランサー兵は体液を飛び散らせ事切れる。
「すぐにお前の首も削いでやるからな、紅雀ッ！！」
　血振りして肉片を払うと別のランサー兵に大腿を削られ、追撃を防ぎ力比べに持ち込む。押しあう中、イグノートが放つ巨大光弾が数体の動きを止める。
（「敬虔な信者が居たなんて……これも、呪縛のひとつなんでしょうか」）
　アポロンの言葉がローカスト全体を縛っていると思ったが、まさかこんな形で残っているとは――動揺を振り払うようにフォルトゥナは紅雀の元へ駆けだす。翼膜を斬りつけると紅雀はつんざくような金切り声を響かせた。
　それに反応を示してガンナー兵が針を射出しフォルトゥナの肩や脇腹を貫く――飛び込んできた食糧を前に飢えた虫達が牙を剥きだす。
　周囲から向けられた暴食の欲求は、純粋な狂気であるのに悪意がない。今まで向けられたことのない感情を全身に受け背筋が寒くなる。
「先走ったら危険よ、いま道を開くから！」
　針の雨が降る中、スカーフで口元を覆った豊水が黒い太陽を打ち上げる。かつてレギオンレイドを照らした黒色の陽光がローカスト達の身を焦がす。
　強張る体に喝を入れ、脱兎の如く走りだすフォルトゥナを２体のランサー兵が追い立てる。投擲した槍が急接近するがシロと李々が食い止め、同時に形状が維持できず消えていく。
「っ、は……前にも飢えたローカストを見ましたけど、気迫が違いすぎます……！」
「あれでは、もう……とにかく、今は治療を」
　いくつも刻まれた創傷をアルテナは急ぎ塞いでいく。形振り構わぬ様相に戦士の矜持は微塵もない――ただ、窮状から脱したい必死さのみが見て取れた。
（「彼らは……今も立ち向かっている、死の現実から抗おうとしているんですね……」）
　その方法を自分が受け入れられなかった。忌み嫌うことも出来ず、食料になることも拒絶して……死に瀕した相手を前に贅沢な悩みだった。
　せめて尊厳ある死を送ろう、胸の痛みを堪えてアルテナは前を見据える。

　サーヴァントが離脱したことで一人援護に回る翔子だが、蓄積するダメージに体が悲鳴をあげ始めていた。影光に食らいつこうと飛びかかる蜂雀に気づき、眼前に躍り出ると肩口に牙が突き刺さる。
「ぐ、ああああ……っ！？」
　勢いで喰い千切られた箇所から燃えるような激痛が生じ悲鳴があがる。すぐさま影光が払い除けようと刃を引き絞った。
「……お前達に食われてやる気はない」
　紫電の走る一振りが圧し掛かった蜂雀を刺し貫き、離れた隙に翔子も経絡に気弾を押し込み応急処置を施す。転がされてもがく蜂雀にすかさず詰め寄る。グラビティを込めた片腕を刀傷に抉り込み臓腑を掴んだ。
「もう、遅い」
　心臓を引きちぎるとコポ、と音を立てて血が溢れだし、幾度かの痙攣ののち力尽きる。
　追尾する針を撃ち落としながら清和がガンナー兵を鋭く一瞥する。砲台のような巨体の前をランサー兵が動き回るため接近することが出来ない、ならば。
「おっちゃんタダじゃ撃ち落とされませんからねー！」
　放たれたミサイル群が放物線を描く。後方のガンナー兵達と紅雀に爆撃を浴びせ、砂埃舞う中を赤い影がゆらりと浮かぶ。芳しいフェロモンを受けて再び動き出した砲撃蜂はハニカム状の連装砲から針を射出する。
　援護射撃は後方の豊水達の元にまで降り注ぎ、無作為に放たれた一撃が肉体を削ぎ落としていく。
「は、っはぁ……正気はなくても、習性は……働いてる、みたいです、ね……」
　一人紅雀へ攻撃を続けていたフォルトゥナも、有力種を優先して庇護する防衛本能が作用してか、砲撃を集中的に浴びせられ裂傷を塞ぎきれなくなっていた。
「ダメ、ここで倒れたら……あの人達を救えない……！」
　握りしめた薬瓶をアルテナが頭上に放ち、降り注ぐ癒しの雨は痛みを僅かに緩和していく――まだ膝をつく訳にはいかない。赤く濡れる足に力をこめて豊水が踏み切る。
（「殺さなければ生き残れない、守れない。結局は貴方達も私も同じだというのにね……」）
　分けて欲しいと願う者も、奪うことを善しとする者も、違いはあれど根底はみな同じ――だが、承服できなかった。相容れなかった終着点がここなのだ。食い止める術があったのかはもう解らない。
「だからこそ此処で立ち止まるわけにはいかないの。戦うことの罪は私が背負う！」
　ランサー兵が擲つ槍を踏み台に宙を舞う。回転する度に紅く、強烈な重力が収束していく。極限までふくれあがったグラビティを推進力に変え、赤い流星となった豊水は槍兵の腹部を貫き両断する。
「さて、道を譲っていただきましょうか」
　中衛で動く槍蜂を退ければ紅雀の元へ辿り着く――イグノートが散弾代わりの石礫を放つ。薙ぎ払う一瞬、躊躇なく振り下ろされた切っ先は頭蓋を砕き内包物をぶちまけた。

　残すは数体の砲兵蜂と強硬派の哀れな信徒のみ。フォルトゥナの攻撃でいくらか負傷していた紅雀は体中を唾液と血で汚れ、見るも無残だった。
「アァァ……ロぉぉｒｒｒ……！」
「忘れたか？お前の神はとっくに死んでるぞ」
　待ち望んだ時がやってくる――積もり積もった情念に降夜の血が沸き立ち、腸は煮えくり返りそうにだった。紅雀を守るようにしてガンナー兵が砲撃を再開する。
「ここまできたら紅雀を優先しましょう」
「これで、ほんとの終いだね」
　戦線を維持しているのは総大将、頭を潰せば片が付く。イグノートの提案に攻撃目標を一点に集中させる。翔子も片腕を垂らしながら最後のひと踏ん張りと、煙草を銜え直して駆けだす。
「情報ダイレクトリンク完了。補助ユニット射出……！」
　清和のサポートユニットが針の隙間を縫って影光達に取りつき、飛来する針を斬り落としながら影光が紅雀の目前に迫る。
（「……結局は、殺し合いか」）
　秩序の為、平和の為、ひとつの種を滅ぼすかもしれない――今はこの戦いを制そうと翼膜を突き破る。悲鳴とも威嚇ともとれる叫びをあげる紅雀に清和と豊水が飛びかかっていく。
「もう迷わないって決めたの……だから、全力で倒すわよ」
「恨むのは筋違いってもんだからな！」
　急加速する大槌が外殻にヒビを作り、死角から捩じ込んだ手刀が亀裂に深くする。手隙となったガンナー兵は攻撃を続け、負傷を抑え込もうとアルテナは必死に治療を続け、イグノートが再び閃光を散らす。
　光弾を追うように降夜が走りだす――視界の端で僅かに動く影を翔子は見逃さなかった。
「柄じゃないんだけどねぇ……！」
　到達するより先に射線上に飛び込んだ翔子の腹を長大な針が穿つ。しばらく酒が沁みそうだ、などと思いながら勢いに押されていく。
「ア、アァァ、……ォォオオオアアアァァァ！」
　血を吐くような叫びをあげて紅雀が不快なフェロモンを噴射する。嘔気を催す腐臭を漂わせて動きを鈍らせようとした。
「……っ！」
　――後方から一条の光が走る。途切れ途切れに紡がれたフォルトゥナの魔法が紅雀の右腕を撃ち落とし音を立てて杖が転がる。
「オ、オオォォォ」
　言葉に意味はない、あるとしたら神に救いを求めたか。降夜が問うた。
「大事な奴を失くした時、どんな事を思った？」
　悲しかったか？　悔しかったか？　殺した奴等が憎たらしくて堪まらなかったか？　自分の無力さが恨めしくて仕方なかったか？　さあ悔いろ、さあ詫びろ、さあ果てろ――握る拳が白むほど光を放つ――全身全霊、これが最期の一撃。
「アポロンに伝えて来いよ。送り届けてやる」
　顔面に一撃。直撃した拳が十数メートル吹き飛ばす。倒れ伏す紅雀は左腕を伸ばそうとするが、ポトリと落ちて崩壊していく。
　維持する術を失くした戦線は容易く崩され残る兵士達も息絶えていった。紅雀の亡骸はただの土塊になっていた。

　負傷を手当てしている間に全ての戦いが終わった。
（「……終わったよ、なにもかも」）
　亡き妻と一目見ることも叶わなかった我が子を想い降夜は目を伏せる。ローカストの消えたコロニーを見つめるアルテナの心中は穏やかではなかった。
（「これがゲートを破壊されたデウスエクスの宿命、でしょうか……一歩間違えていたら私達が彼らのように……」）
　震えそうな両手を合わせ祈りを捧げる――せめて、彼らが安らかに旅立てますように。
　そう願わずにはいられなかった。

作者：木乃	重傷：塩谷・翔子（放浪ドクター・e25598）  死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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