ローカスト調査隊～虫螻の悟了

■リプレイ

●雌蟷螂の鎌
「皆さん、呼称と役割を！」
　突如の乱戦となった中、ケルベロスたちは冷静だった。
「私は霧鷹ユーリと言います！　全力でサポートに回ります！　皆さん、よろしくお願いします！」
　近くにいた８人は身を寄せ合い、簡易ながらも陣形を組む。
　霧鷹・ユーリ（鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284）の端的な問いかけだけでその目的を察し、名乗りを上げる。
「ボクは山之内涼子、前衛を務めるよ！　ボクの拳で全てバーンと貫いてやります！」
「天宮城蒼希だ。なら俺とミミィは敵を引き受ける！　守りは任せろ！」
　オウガメタルで腕を包み、名乗りを上げる天宮城・蒼希（そらを見る人・e00299）と彼のミミック。
「盾がまだ足りないね。ならあたし、四方堂幽梨が受け持とう。名前だとユーリとかぶるから、四方堂でいい」
　四方堂・幽梨（義狂剣鬼・e25168）も腰を落とし、抜き身の日本刀を鞘に添えた。
「この剣の届く範囲には敵を近づけさせん」
　居合の使い手のようだ。鋭い眼光で襲い来るローカストたちを牽制する。
「ウチの子……エイドも盾として使ってください。私はラズといいます。後ろで皆さまを癒します」
　ラズ・ルビス（祈り夢見た・e02565）の言いつけに従い、救急箱然としたミミックは前衛へ躍り出てその蓋を開閉してみせた。
「椏古鵺笙月。前線で、暴れさせてもらうでざんし。それと後ろのは葉桐雪乃」
「……回復を受け持つよ」
　椏古鵺・笙月（蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768）に紹介されて葉桐・雪乃（ゴスロリは封印しました・e28093）がおずおずと口を開く。
　寡黙だが、眼球の移動がせわしない。突然の事態に緊張し、混乱しているようだ。そんな彼女の性格を知っている同行者の笙月がフォローしていた。
「メルカダンテ・ステンテレッロと申します。後衛から確実に狙い撃つことに徹しますが……」
　メルカダンテ・ステンテレッロ（茨の王・e02283）は一度言葉をそこでタメて、自分の気持ちを伝えた。
「説得を……したいと思います」
　そう告げる蒼い瞳には、相反する２つの想いがせめぎ合っていた。
「……難しいかも、しれないよ？」
　山之内・涼子（おにぎり拳士・e02918）の言葉に、小さく頷く。
　その想いとは、希望と諦め。
　メルカダンテにはローカストが必死に抗う気持ちもわかるし、恐らく説得出来ないだろうとも思っていた。
　それは、国を滅ぼされた自分が彼ら側の存在であることを自覚しているからだ。ある意味、彼はこの場の誰よりもローカストに感情移入している。
「それでも、試せることは全て試したいです。最初から無理だと決めつけたくはない……」
　メルカダンテの言葉には、誰も異論を挟まない。少なくともこの場にいた８人の気持ちは固まっていた。
「……ええ、わかりました。説得中は攻撃を控えましょう。でも……」
　ユーリは広げた手を虚空に掲げる。
「５分、です。５分が経つか、サーヴァント含めて３名が戦闘不能になった場合、説得は不可能と判断して攻撃に移ります」
　ユーリの宣言に、それぞれが了解の意味の声を上げる。
「相手は……あいつだね」
　涼子の視線の先にはローカストドール『オーキッド』がいた。花のように鮮やかな体色をしたカマキリ型の雌型ローカストで、３体いるうちのひとまわり大きく、透き通った個体が涼子を認めて近づいてくる。
　飢餓状態のはずだというのに、その足取りは存外しっかりしている。彼女を狙う理由でもあるのだろうか。
「なんでこっちにまっすぐ来るのかはわかんないけど……よし、行くよ！」
　拳を握り込み、もう片方の掌へと打ちつける涼子。
　乾いた音が、戦いの火ぶたを切って落とす合図となった。

●300秒
　オーキッドの、鎌のような腕が振り下ろされた。
「はっ！」
　合わせるように幽梨が日本刀の鞘を振り上げる。鈍い音と共に、衝撃で周囲の空気が歪む。
　刃ではなく鞘で、攻撃ではなく防御の意思を示す。
「あたしが抑えてる間に、説得を！！」
　つばぜり合いの形になりながら、幽梨が叫ぶ。
　体重を乗せたオーキッドの方が優勢そうだ。長くは持たない。涼子が説得の口火を切った。
「もう戦うのはやめろ、勝負はついただろ！」
「ヴオアアァァアアァッ！！！」
　飢餓状態のオーキッドは鎌を押し込むことにしか意識が行っていない。暴走していると言っても良さそうだった。
「聞く耳、持ってないみたいだけど」
「ならば、耳だけではなく目でも訴えかけるでざんしな」
　雪乃の呟きに、笙月は懐から何かを取り出した。
　それはメモリーコクーンだ。起動すると小さなウィンドウが浮かび上がる。
「ウ……」
　そこに、主星『レギオンレイド』が豊穣だった頃の、うっそうと生い茂る森の映像が映しだされた。
「これに刻まれた祈りはもはや叶わない。でもお前たちが新たな豊穣となることは可能ざんし。この地球で」
　真摯に呼びかける笙月。その口調は穏やかで、オーキッドの注目を引くには充分なものではあった。
　だが、それも足りない。
「ヴァアアァァッ！！」
　映像を見ても暴れるのを止めないオーキッド。耐え切れず一旦引いて距離を取った幽梨をラズが癒し、入れ替わるように蒼希が攻撃を受け持つ。
「――効果なしでざんしか」
　笙月は下唇を強く噛む。グラビティ・チェインを分けられればいいのだが、打った手は悉く失敗に終わっていた。そう簡単に行かないことはわかっている。それでも、出来る限りのことを尽くしたかったのだ。
「落ち込むのはまだ早いって。くぅっ……！　出たとこ勝負、思った通りに行かなくて当然だろ……っ？」
　蒼希はオーキッドに嬲られながらも、その瞳の奥の輝きを消しはしない。
「俺たちに必要以上の敵意はない。今回の件は、あくまで自衛のためだと理解して欲しい。地球を愛せとは言わない。ただ、共に歩まないか？」
　カマキリの腕を掴み、握りしめる。
「これで、少しは飢えと痛みが和らいでくれれば良いんですけど」
　ユーリが回復で支援する。グラビティ・チェインの補給にはならなくても、攻撃の意思がないことは示せるはずだ。
「争っていたのは事実だ。だけど、俺はお前たちの矜持と誇りに敬意を表する」
「ウゥゥ……」
　また、オーキッドが平静に戻っていく。蒼希はここぞとばかりに声を張った。
「このままでいいのか？　理性を失い矜持と誇りのない、ただ本能のままに暴れ潰えてそれでいいのか！」
「！！」
「蒼希様、いけません！」
　様子を見ていたラズが何かに気付いて忠告するも、一足遅かった。
「グラビティ・チェインが必要なら、それを供給する方法を一緒に模索しよう。赦し合うことはできないかも知れない、それでも共に歩むことはできるはずだ！」
「ヴォアアアァァッ！！」
　強い声へ反応するように、オーキッドは腕を振った。蒼希の側頭部に乱暴な一撃が当たり、吹き飛ばされる。
　雪乃が自己流降魔弾で蒼希を癒しにかかる間に、ラズは気づいたことを皆へと共有した。
「大きな声は、攻撃的だと判断して攻撃で返してくるようです。説得するときは、声を抑えて語りかけるのがよいかと」
「なるほど……」
　メルカダンテは努めて穏やかに語り掛ける。
「下れ、ローカストよ。自らを存続するための道は既にないこと、わかっているでしょう。貴様らの王に殉じて死にますか。それも尊いことだと、わたくしは、思う」
　一瞬、動きを止めたオーキッドへ、言の葉を重ねる。
「……しかし」
　その説得は、自らの生き様を重ねたものだった。
「それでも、王は。民に、死んでほしいなんて……絶対に、思わない」
　ラズも、ここぞとばかりに口を開いた。
「私も、元はダモクレス……不死を捨てた身です。この星の方々は、デウスエクスもこのように受け入れてくれました。あなた方も、願うならば、きっと。どうか……私たちを、この星を信じて」
「種を残したくはないか、ローカストよ。それとも、おまえは滅びを選び掴むのですか」
「あたしは、そのどちらでも手を貸すよ」
　幽梨の眼鏡、その奥の瞳はオーキッドを捉えて離さない。
　どうか手を取ってほしい。その一心で、メルカダンテを手を伸ばす。
　だが。
「ヴゥ……ウウゥゥゥッ！！！」
　オーキッドはその手を振り払った。涼子の首を刈り取るべく鎌の腕を振るう。腕を上げてガードするも、その一撃で腕を斬られ、鮮血が舞う。
「……５分！　経過しました！　説得は無理と判断し、討伐に移行します！」
　無念の思いを込めて、ユーリが叫ぶ。
「本当は共存できたらよかったんだけど……そううまくは行かないよね」
　低いテンションでぼそりと呟く雪乃。
「交渉は決裂、ですか」
　メルカダンテは、手を差し出したまま、固まっていた。
　雪乃と同様、無理だとは思っていた。それでも気落ちするのは、もしかしたらと奇跡を願っていたからだ。
　しかし、奇跡はたやすくないから奇跡なのだろう。それならば――。
「奇跡を殺せ、ルクスリア」
　差し出した指先で命を刈り取るほか、無かった。

●虫螻の悟了
　貫く槍が、オーキッドの腹部へと突き刺さる。
　咆哮と共に、オーキッドは鎌を振るう。虚空を切り裂くと生まれた真空の刃が後衛の列を襲う。
　２匹のミミックが後衛を庇うように刃の前に出るも、止めきれずに雪乃は傷を負う。
「大丈夫、この程度……」
　衣服を破るカマイタチのような真空の刃も、戦闘当初に展開しておいた星の聖域や、ユーリの召喚した巨大ワニが威力を和らげてくれていた。
「死中に活……活に八門……断ちて滅すば……死門へ下る」
　最早手加減をする必要もないとばかりに、幽梨は日本刀の鯉口を切る。
「我を忘れた相手は、単調でわかりやすい」
　無造作に放たれるように見える剣閃は、確実にオーキッドの関節へと吸い込まれていく。防ごうと片腕を上げたところで肘を斬られ、だらりと垂れ下がった。
「そこっ！」
　露わになった脇腹へ、涼子の拳が叩き込まれる。身体を覆っていたオウガメタルの装甲をぶち抜く高速かつ重厚な一撃。オーキッドの身体がくの字に折れ曲がる。
　生きているほうの腕を横薙ぎに振るうオーキッド。死神の鎌は、しかし蒼希によって受け止められていた。
「どうしようもないなら、せめて一秒でも早く……！」
　掴んだ鎌を、ジグザグスラッシュで切り開いていく。
「ヴオオォォオォォォンッッ！！」
　痛みと共に麻痺を増幅され、オーキッドは咆哮する。
「ごめんなさい。私たちじゃ、あなたを救えない……！」
　ユーリが緊急手術を行うのは、オーキッドではなく蒼希のほうだ。
「！！」
　回復の必要がないと判断した雪乃が攻勢に転じる。
　旋風を生じる鋭い蹴り。しかしオーキッドはこれをスウェーしてかわす。両腕がズタボロでも、まだ抗おうとする。
　その瞳は、涼子を捉えて離さない。
「？」
　強い執着を感じる視線に涼子は言い知れぬ恐怖を感じる。
「……逃がしてあげません」
　それを遮ったのはラズだった。強力な麻酔薬が塗られたメスを投擲し、徹底的にオーキッドの身体を痺れさせていく。できるのならば、動けなくなったところを説得したかったが……複数生産されたオーキッドは、量産型故に最後まで自分の職務に忠実であろうとした。それが、虫けらの虫けらなりの覚悟――悟了だった。
「ウ、ヴ、ヴゥ……！」
　動かない身体に鞭を売って、鎌の腕が虚空を斬る。再度のカマイタチに、笙月が動いた。
「妖刀『滅』よ、全てを滅する汝が破壊の波動よ……」
　自分に出来うる限りの手は打つ。手心を加えれば、それは相手への無礼ともなる。
「解き放て！！」
　笙月の生み出した衝撃波が、オーキッドの作りだした衝撃波を塗り替えていく。
　陰翳断罪。オーキッドの片足が吹き飛び、仰向けに倒れる。
　それでも、残った片足で起き上がろうとするオーキッド。下を向いた視界に、足が飛び込んできた。
　涼子による、達人の蹴り。鳩尾につま先が抉り込み、研ぎ澄まされた一撃は内臓を凍り付かせた。
　こと切れ、物言わぬオーキッド。花のような羽根が、舞い散っていく。
「憶えておくよ、あんたがいたってこと」
　幽梨が手向けの言葉を口にし、ラズが看護師として救えなかった命へ黙祷を捧げてから数分した後。
　オーキッドの死骸を包むように、怪しいほどに鮮やかな緑の光が洞窟内を照らすのだった。

作者：蘇我真	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 6
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。