ローカスト調査隊~神の子どもたちはみな眠る

作者:土師三良

●飛騨山脈
 薄暗い螺旋状の地下道を人々の群れが降りていく。
 その全員がケルベロスだ。
「ローカストのコギトエルゴスムを集めて持ち帰ることができれば、ヴァルキュリアのように仲間にすることができるかもしれないですよね」
 アイドルの『ハルカ』こと春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)がそう呟くと、何人かの者が頷いた。
 彼女たちはローカスト調査隊。『ローカストが動きを見せなくなったのは、コギトエルゴスム化して休眠状態になったからではないか?』という推測に基づいてローカストの足取りを追い、この地下道――飛騨山脈の奥地に隠された秘密基地の入り口を発見したのである。
 やがて、一行は地下道の終着点に到達し、基地の中核らしき場所に出た。
 直径数百メートルの半球状の空間。中央部には謎めいた機械が鎮座しており、曲面を描く壁には小さな窪みが無数に穿たれている。おそらく、コギトエルゴスムを収納するための窪みだろう。
 機械と窪み以外には、これといって目につくものはない。秘密基地と呼ぶにはあまりにもシンンプルな構造だ。にもかかわらず(あるいはシンプルであるが故に?)、古代の石窟聖堂のような犯し難い雰囲気が感じられる。
 その雰囲気に少しばかりたじろぎながらも、何人かのケルベロスが中央の機械に近寄った。
「たぶん、これは自然界のグラビティ・チェインを集積して、コギトエルゴスム化したローカストを蘇らせるための機械じゃないかな?」
「でも、自然界のグラビティ・チェインなんて、微々たるものでしょ? 蘇生に必要な量が貯まるまでにはものすごい時間がかかるような気がするんだけど。下手したら、数万年とかさ」
「そうですね。きっと、ローカストたちは数万年後の未来に希望を託して眠りについたのでしょう。蛹の姿で冬を越す昆虫のように……」
 一方、機械ではなく、窪みだらけの壁のほうを調べている者たちもいた。
 そのうちの一人が声をあげる。
「コギトエルゴスムがありません! いえ、これは……コギトエルゴスムが破壊されています!」
 そう、窪みの中にあるコギトエルゴスムの大半は崩れ去っていた。
「どういうことだよ? コギトエルゴスムを破壊できるのは俺たちケルベロスだけのはずだぜ」
「たぶん、コギトエルゴスム化した時点で既に定命化が始まっていたんじゃないかしら?」
「定命化の後でコギトエルゴスム化しても死は免れないということか」
「とはいえ、すべてのコギトエルゴスムが崩壊したとは限りません。まだ壊れていないコギトエルゴスムを探し出して保護しましょう。取り返しのつかないことになる前に……」
 しかし、探すまでもなかった。
 突如、中央の機械が振動したかと思うと、そこかしこからローカストたちが現れたのである。機械内のグラビティ・チェインが放出され、コギトエルゴスムから蘇生したのだろう。
 おそらく、その機械はある程度の知性を有していたのだ。そして、判断した。数万年の冬眠が無駄ならば、この場でケルベロスたちのグラビティ・チェインを奪い、ローカストという種を少しでも長く存続させるしかない、と。
「グラビティ・チェイン……だ」
「アレを喰らえば、生きノビられる」
「グラビティ・チェインを喰ラエ。そして、ヒトを襲い、憎マレ、拒絶サレるのだ」
「ワレらが生きノビル術は、他ニナイ……」
 呪詛するように呟きながら、ローカストたちはケルベロスを取り囲んだ。
「待って! あたしたちは敵じゃない! 貴方たちを助けるために……」
「無駄だ。こいつら、理性を失ってる。今の状態では話は通じない」
 敵意がないことを訴えようとしたケルベロスを別の者が止めた。
 そうしている間にもローカストの包囲網は狭まっていく。
「囲まれちまったぞ!」
「一人でいると危ない! 傍にいる仲間同士で固まるんだ!」
「くそっ! ローカストを助けるために来た俺たちが引導を渡すことになるなんて……」
「気を抜くと、こちらが引導を渡されてしまいますよ」
 近くにいた者と即席のチームを結成し、得物を構えるケルベロスたち。
 そして、ローカストとの最後の戦いが始まった。


参加者
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
因幡・素兎(百七十八円・e12904)
サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
浜本・英世(ドクター風・e34862)

■リプレイ

●怒り狂う、血
「アリアンヌはどこ?」
 近くにいた仲間たちと即席のチームを組みつつ、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)は問いかけた。
「あそこ、です」
 と、ウサギの人型ウェアライダーの因幡・素兎(百七十八円・e12904)が指し示した先には確かに慈愛幼帝アリアンナがいた。
 だが、他のローカストたちが間にいるため、簡単には近付けそうにない。
 それらはアリ型のローカストだったが、アリア氏族ではなかった。一メートルにも満たない小さな銅色の体には二対の腕があり、下側の右腕は鋭い鉤爪を有し、下側の左腕は盾のようになっている。
 イクソス・ジェネラルに仕えるイクソス・アーミーだ。
「どいつもこいつも目がイッてやがる」
 小さな兵士たちを見回して、サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)が吐き捨てた。険しい顔をしながらも、憐憫の情を含んだ声で。
 確かにアーミーの異形の目(腕と同様に二対だった)は『イッて』いた。人数分×四の瞳に理性の光は残っていない。
「こんな状態じゃあ、俺らの話は通じないかもな。だけどよぉ――」
「――なにもやらずに諦めるわけにはいかねえ!」
 レプリカントのカルナ・アッシュファイア(炎迅・e26657)が後を引き取り、目についた一体のアーミーに気力溜めを放った。ヒール系のグラビティで正気に戻せるかどうかを試したのだ。
 同じことを考え、シャドウエルフのヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が『未だ見えぬ郷愁(アンビジョン・ノスタルジー)』を用いて癒しの木の葉を飛ばし、レプリカントの浜本・英世(ドクター風・e34862)もサーティーやルチアナとともにオウガメタルを介してグラビティ・チェインを供給しようとした。
 しかし――、
「やっぱり、ダメか……」
 ――ヴィルフレッドが失意の呟きを漏らした。
『未だ見えぬ郷愁』の木の葉を纏ったアーミーに変化は起きていない。気力溜めを受けたアーミーやオウガメタルと接触したアーミーたちも。グラビティでヒールしたからといって、グラビティ・チェインを与えることができるわけではないらしい。仮に与えられるのだとしても、飢餓状態のローカストたちを正気に戻せるほどの量ではないだろう。
「ギュチ! ギュチ! ギュチッ!」
 アーミーたちが不気味な声を発した。威嚇のつもりなのか、あるいは苦悶に呻いているのか。
 そして、次々とケルベロスに襲いかかってきた。
「アタシらは姫アリに用があるんだ! 邪魔すんじゃねー!」
 怒声を響かせて、素兎が応戦した。眠っていた人格が目覚め、表情も言葉遣いも荒っぽいものに変わっているが、アーミーたちに食らわせているのは手加減攻撃だ。
 素兎だけでなく、他の面々もアーミーの命を奪おうとしなかった。
「ローカスト諸君」
 と、英世が穏やかな声でアーミーたちに語りかけた。
「死に急ぐことはない。子に託し、未来に繋ぐことを知る君たちならば、この星で生きていけるはずだ。それは決して難しいことではない。作り物の私にすらできているのだからね」
「てめぇらは憎まれて生き延びようとしてるけどよ。俺ァ、てめぇらのことを憎んじゃいねえんだ!」
 アーミーたちの攻撃を受けながら、サーティーが叫ぶ。
「確かにおまえらは人を殺し、争いを起こした! だけど、それは間違った地球への接し方を強要されていたからだろう! 頭の悪い神サンによぉ!」
「こいつらを見ても判るように――」
 カルナがニヤリと笑い、サーティーと英世を指し示す。
「――地球の奴らは根が良い甘ちゃんばっかなんだ。今までも敵さんの大将だのヴァルキュリアだのを受け容れてきたんだぜ? だから、おまえらのこともきっと受け容れてくれるさ」
「そう! ケルベロスは、地球に生きる者の味方よ」
 と、ルチアナもアーミーたちに語りかけた。サーティーやカルナと同様に攻撃を受けながら。
「地球人のわたしが約束してあげる。星を越えた繁栄と未来のため、戦いは終わりにしましょう」
 しかし、理性を失ったアーミーたちにケルベロスの言葉は届くことはなかった。
「ギュチ! ギュチ! ギュチ! ギュチ! ギュチィー!」
 アーミーの群れはケルベロスへの攻撃を続けた。
 威嚇とも苦悶ともつかぬ、あの声を発しながら。

●避け難き、死
「我が護り、貫くこと能わず!」
 シャドウエルフのサラ・エクレール(銀雷閃・e05901)が奥義『不動の陣改(フドウノカマエカイ)』で前衛陣の傷を癒し、防御力を上昇させた。
 続いて、ウェアライダーの藤・小梢丸(カレーの人・e02656)が攻性植物の『芳醇』を収穫形態に変形させ、黄金の果実の光を前衛陣に浴びせていく。
 小梢丸は他の者たちのようにアーミーたちに話しかけてはいない。敵を説得することよりも、説得する仲間を守ることを選んだのだ。
(仲間になってくれたら、美味しいカレーを御馳走してあげられるのに……)
 そんなことを考えながら、我が身を盾にして、英世を庇う小梢丸。
 新たな傷を受けた彼を見やり、サラが冷静な声で仲間たちに告げた。
「私がいる限り、誰も倒させはしません……と、言いたいところですが、この状況で皆さんの傷を癒し続けても時間稼ぎにしかなりません。しかも、稼げる時間はどんどん短くなっていきます」
「残念ながら、そのようだね」
 と、英世が頷く。
 アーミーたちの戦闘能力は低かったが、数が多かった。一方、ケルベロスは一人を除いて反撃していないばかりか、その『一人』であるところの素兎も手加減攻撃しか使っていない。どちらが先に力尽きるのかは明白だ。
「しょうがねえ。救えないのなら、せめて……」
 言葉の後半を声に出すことなく、カルナは『Gravity convert-defender(グラビティコンバート・ディフェンダー)』を発動させた。鎖のようなオーラが仲間たちに繋がり、防御力を上昇させていく。
 その恩恵を受けたルチアナがマインドリングの『天使の賜物』から光の剣を生み出し、一体のアーミーに斬りつけた。悲痛な顔をして。
「できれば、心を取り戻してほしかったが……残念だよ」
 英世の手から紅の薔薇が飛び、アーミーの足元に突き刺さった。薔薇に込められていた術式が展開され、アーミーにダメージを与えると同時に動きを鈍らせる。『参上! 薔薇の花の怪紳士!!(シャドウバインド・ローズ・シュート)』なるグラビティだ。
 もちろん、ケルベロスたちは自らが生き残るためだけに反撃に転じたわけではない。理性を失ったアーミーをここで倒さねば、他の者たちまで危険に晒されるのだ。そして、その『他の者たち』の中にはアリアンヌと接触して説得を試みているチームもいる。
「僕はね、君たちにカレーを食べさせてあげたかったんだよ! 美味しいカレーを!」
 悔しさと哀しさを叫びに込めて、小梢丸が改造スマートフォンでアーミーを殴りつけていく。
「人は! 美味しいカレーを! 食べていれば! それだけで! 生きていけるのに! 生きていけるのに! 生きていけるのにぃーっ!」
「ローカストの戦士イエローシケイダが死に際になんて言ってたと思う?」
 無駄と知りつつ、ヴィルフレッドがアーミーに問いかけた。
「困窮する同胞を救ってほしい――そう言ってたんだ。自分が死ぬって時に君たちを案じて死んでいったんだよ」
「イエローシケイダってのはイカしてた奴みたいだな。いや、シケイダだけじゃなくて、おまえらもそうだ」
 狂える兵士たちにサーティーが手を差し伸べた。
「同胞を生き延びさせるために、未来へ繋げるために、なりふり構わずやってきたんだろうが。だけど、今のままじゃ、その未来ってやつをすべて失っちまうぞ!」
「ギュチ! ギュチ! ギュチ!」
 アーミーはヴィルフレッドの二心なき言葉に答える代わりに例の奇声を発し、サーティーの温かい手を取る代わりに爪を突き出してきた。自分たちを本気で救おうとしている者であっても、彼らにとっては餌であり、敵なのだろう。
「このっ――」
 差し伸べていなかったほうの手をサーティーは振り上げた。そこに握られているのはゾディアックソード。刀身に霊力が注入され、長大な光の刃『開眼(カイガン)』に変わっていく。
「――馬鹿野郎どもが!」
 涙こそ流していないが、サーティーの怒鳴り声は泣き声も同じだった。
 その怒鳴り声/泣き声を乗せて『開眼』が走り、一体のアーミーを両断すると同時に燃え上がらせた。

●消え行く、火
「姫アリ! アンタ、このままでいいのか? このまま、アタシらとやり合って、力尽きちまう運命でいいのかよぉ?」
 アーミーの群れを蹴散らしながら、素兎がアリアンナに呼びかけた。
 だが、その声は戦闘の喧騒に飲み込まれ、アリアンナ(銀髪のレプリカントが彼女を抱きしめていた)の耳に届くことなく、虚しく消えていく。
 それでも素兎は吠え続けた。
「アタシはゴメンだ! そんなつまらん運命、クソくらえだ! アタシらはアンタたちを狩りに来たんじゃない! 地球に住む家族として迎えに来たんだよぉー!」
「ギュチ! ギュチ! ギュチ!」
 アーミーたちの不気味な声が素兎の訴えを遮った。
 もっとも、先程までに比べると、声は小さくなっている。数が減ったからだ。前述したように彼らの戦闘能力は低い。本気を出したケルベロスの敵ではなかった。もっとも、この一方的な戦いに高揚感や爽快感を覚えているケルベロスは一人もいなかったが。
 その後もアーミーは次々と討ち取られ――、
「ギュチ! ギュチ! ギュチ!」
 ――ついに声を発している者は一体だけになった。他のアーミーよりも一回り大きく、体の色も違う。ジェネラルの意思をアーミーたちに伝える上位種なのかもしれない。
「ギュチィーッ!」
 上位種アーミーは地を蹴った。
 右下腕の鉤爪が唸りとともに振り下ろされる。
 その軌道の終着点にいるのはカルナ……のはずだったが、彼女に至る前に小梢丸に食い止められた。
「僕のカレールーは生半可な攻撃なら防いでくれるんだ!」
 改造スマートフォンの角でカウンターを放つ小梢丸。鉤爪に斬り裂かれた衣服から覗くのは防弾仕様のカレールーだ。ただし、そのルーは斬撃耐性を有しているわけではないので、鉤爪のダメージは半減していない。彼がこうして立っていられるのはルーの防御力によるものではなく、戦闘中に『不動の陣改』を重ね掛けしてくれたサラのおかげだろう。
「最期の散り様……はっきりと目に焼き付けてやんよ」
 盾となった小梢丸の背後でカルナが静かに呟いた。その左手から地獄の炎弾が飛び、上位種アーミーの腹部に突き刺さる。
 衝撃に堪え切れず、体を『く』の字に曲げる上位種アーミー。
 一瞬、その姿が閃光に包まれた。ルチアナのグラビティ『光の叱責』だ。
「ごめんね……」
 ルチアナが小さな声で詫びた。目を逸らしたい衝動を抑え、自分のなしたことを正面から見据えながら。
 彼女の……いや、八人全員の視線を受けて、上位種アーミーは曲げていた体を真直ぐにした。
「ギチュ、ギチュ、ギシュ、シュ……シュムゥナ……イィ」
 あの奇声が言葉らしきものに変わったかと思うと、上位種アーミーの首ががぐりと下がり、すぐにまた上がった。
 理性を少しだけ取り戻し、ケルベロスたちに一礼したのだ。
 感謝の意を伝えるかのように。
 あるいは謝罪の意を伝えるかのように。
「どうして謝るんですか?」
 悲しげな顔をしてサラが問いかけたが、上位種アーミーはなにも答えなかった。いや、答えられなかった。
 既に息絶えていたのだから。立ったままで。
「恨み言でもぶつけられたほうがまだ気が楽だったかな」
 と、英世が独白した。
 そして、すぐに自分の言葉を否定した。
「いや、どちらでも同じことか……」

「終わりましたね」
 誰にともなくそう告げて、サラが仲間たちのヒールを始めた。
「うん。だけど――」
 ヴィルフレッドが頷き、視線を巡らせた。
「――やりきれないね」
 ローカストたちの死体が累々と転がっている。この領域に足を踏み入れた時に石窟寺院のような印象を受けたが、ある意味、本当に寺院になったのだ。ローカストの魂が眠る寺院。安らかな眠りなのかどうかは判らないが。
 アリアンナの死体は見当たらなかった。あの銀髪のレプリカントたちの行動によって正気を取り戻し、また一時的にコギトエルゴスム化したらしい。アリアンナを救おうとしてたヴィルフレッドたちにとっても、それは喜ばしいことだった。
 しかし、死体の群れを前にして、無邪気に喜ぶことはできなかった。その群れの何割かを生み出したのが自分たちなら尚更だ。
「……」
 ヴィルフレッドは無言で天井を仰いだ。小梢丸が逆に顔を伏せ、サーティーが唾を吐き捨て、ルチアナが静かに泣き始める。
 本来の人格に戻った素兎がぽつりと呟いた。
 もう一人の自分が戦闘中に口にした言葉を。
「こんな運命、クソくらえ……です」

 ローカストゲートの破壊から約一年。
 アポロンの死から約半年。
 この日、ローカストによる脅威は完全に消えた。
 ケルベロスが保護したコギトエルゴスムの数――慈愛幼帝アリアンナのそれを含めて、五つ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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