どちらも苦い、後悔と抹茶ラーメン

作者:七尾マサムネ

 一軒のラーメン屋が、店じまいの日を迎えていた。
 緑一色の店内で頭を抱えるのは、店主である四十代前半の男性。
「なぜこんなことに……」
 店主は目の前のラーメンを見つめた。緑の麺に緑のスープ。
 当店ご自慢、抹茶ラーメンだった。
「絶対受けると思って、ラーメンだけでなく全部のメニューに抹茶を入れたってのに、『苦すぎて青汁みたい』だと!? 何だよ、お菓子でもなんでも、とにかく抹茶味ならいいんじゃねえのかよ……ぐふっ!?」
 その時、店主の胸を、謎の女性が一突きした。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 意識を失い、椅子から転げ落ちる店主。
 その影から、緑色の物体が出現する。

「閉店の原因は、抹茶推しのせいだと思うんすけど、どうっすかねえ」
 今回の事件に関する黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の感想は、若干呆れ混じりであった。
「まあ、自分の店を潰してしまった後悔の強さは、わからないでもないっす。現に、その後悔に第十の魔女・ゲリュオンが目を付けたわけっすし」
 抹茶ラーメン店長の後悔から生まれたドリームイーターは、店を乗っとる形で居座っている。店の近くを通りがかった人を中に引き入れ、抹茶ラーメンを無理矢理押し付けた挙句、殺してしまうのだという。
「本物の店長は、店のバックルームに寝かせられているっす。ドリームイーターを倒せば目を覚ましてくれるはずっす」
 敵はドリームイーター1体のみ。こちらから店に乗りこみ、これを倒す形となるだろう。
「この時、素直に接客を受けて、美味しそうにしてみせれば、ドリームイーターもある程度満足して、戦闘能力が低下するみたいっす。ただし、何を頼んでも店長一押しの抹茶ラーメンしか出てこないっすから覚悟しとくっす」
 更に、この手順を踏んでドリームイーターを倒した場合、気絶している店長も後悔の念から解放され、次の一歩を踏み出す気持ちが高まる効果があるという。
 ドリームイーターは、抹茶色の麺を、鞭のように振り回す。そこから様々な技を繰り出し、パラライズや催眠、武器封じの効果を与えてくるから、注意が必要だ。
「この抹茶だらけのラーメン店で、唯一食べられると言われたのは、抹茶プリンだったらしいっす……。これにめげずに、店長がいい目覚めを迎えて、次のチャレンジが出来るようにしてやってほしいっす」


参加者
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)
リィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)
カルラ・キルステン(黒猫のアリエ・e34755)
土門・キッス(爆乳天女・e36524)

■リプレイ

●入店
 抹茶ラーメン店へと向かう道すがら。
 ケルベロス達の視線は、土門・キッス(爆乳天女・e36524)の電動リヤカーにけん引されている大きな丼へと注がれていた。もはや人ひとり入りそうなレベル。
「これ? お・た・の・し・み☆」
 いぶかし気な仲間達に、キッスはいたずらっぽい笑顔でウインクを返すだけだ。
 まあ、それはそれとして。
「にしても、食材とメニューの相性も考えずに、何にでも抹茶……というのはどうなのだろう……」
「そもそも、メニューに出す前に試食しなかったの? この店主は」
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)や舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)達の疑問は、抹茶ラーメン店主へと向けられる。
「でも、抹茶自体は、ジャパニーズのよい文化だと思うんだ。カテキンも豊富に含まれてるし、人気なのも頷ける」
 カルラ・キルステン(黒猫のアリエ・e34755)の主張に、仲間達も異論はない。ただ、物事には限度があるわけで。
「試してみるのは良いけど、せめて限定とかにすればいいのになって思っちゃうよ。チャレンジ精神自体は、とっても好感を持てるんだけどね」
「ああ、熱意は認めるが限度はあるよな。それほど抹茶が好きなら、いっそ抹茶の店を開けばよかったと思うが」
 ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)と富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)がそんな風に思うのも無理はない。
 だが、店主を再起させるため、苦さも我慢して見せる……と心に決めるリィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)である。
 そして、ラーメン店にたどりつくと、堂々と入店する白亜達。
「今はお腹がすいてるから、何でも食べられそうだ」
「お邪魔しますよっと」
 ヴァーノンがのれんをくぐると、店主が待っていた。仁王立ちに腕組みポーズはデフォルト。
 少し気難しそうな顔は、緑一色。間違いない。偽物だ。
「ええと、早速、ラーメンをもらいましょうか」
 モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)の注文に続いて、仲間達も次々ラーメンを頼んでいく。
 そして最後、店主は残った千里を見て、
「そちらのお客さんも……」
「ヤサイマシマシアブラマシマシカラメニンニクチョモランマ……」
「はい、抹茶ラーメンね」
 何を頼んでも同じものが出てくるがゆえのテキトー注文だった。

●実食
(「……苦いラーメンか……せめて熱く無いように祈ろう……」)
 席につき、ラーメンの仕上がりを待つ白亜達。もはや、何らかの罰の執行を待つ人達のようである。
 時間つぶしにと、店内に貼られたメニュー表を見る。『抹茶からあげ』とか『マッチャーハン』とか、えげつなさそうなのが並んでたのでちっとも気は紛れなかった。
「へい、お待ち」
 どん。
「……こ、これは!?」
 緑。
 目の前に出された緑一色の物体に、思わず引いてしまうモモコ。
 それまで好奇心でうずうずしていたカルラも、流石に一瞬絶句する。緑色のスープにぶかりと浮かぶ、なるとやチャーシューすら緑色である。絶対コレ抹茶練りこまれてる。
 もはやゲテモノの域を超越して、むしろ健康に良いんじゃないかと錯覚するレベルの緑さである。
「これは……思ってた以上に緑色だね。色による食欲減退効果で、ダイエットにはいいんじゃないの?」
 ゲテモノ好きのヴァーノンは、実物とのご対面を経ても、ドキドキというかワクワク。
(「それでも……食べなきゃ。これも作戦のうち」)
 緊張のあまり、割りばしの分割に失敗したモモコの瞳には、悲壮な決意が浮かぶ。
(「……苦いのは、あまり、得意じゃないけど……店長さんを、助けるためだもんね…頑張るもん……!」)
 決意とともに、リィナが抹茶ラーメンに挑む。レッツファイト!
「……いただきます……ん」
 ……ずるずる。
「……こ、この苦味とコシのバランス!」
 かッ! 麺をすすったカルラが、目を見開く。そしてスープ。
「……こ、この苦味と醤油出汁のバランス! 店長、これは抹茶を最大限にまで活かした、すごい一品だよ……!」
 カルラの称賛に、満足げな偽店主。
 演技というより、この苦味がわかってこその日本人、とか思っているカルラはともかくとして、スープのよく絡んだ麺は、やっぱりちょっと……いや、結構苦かった。
(「これも精神修業。耐える……耐えるのよ私……」)
 顔を苦悶に歪めながら、頑張って食べ進めるモモコ達。
「これは、ま……ったりとしたスープ。まず……まずどころではない美味しさだ」
 頑として『まずい』というフレーズを回避せんとする白亜。だが、表情こそ無に近いものの、その猫耳はぺたんとしていた。体は正直だった。
「独特な味があって美味しいですね」
 瑠奈が笑顔をのぞかせる。しかしそれは偽りだ。心中は怒りすらにじむ。
(「独特すぎるでしょ……苦すぎる……どれだけ抹茶入れてるの? これ?」)
 皆が苦戦、あるいは楽しんでいる中、1人、すました顔で麺をすすっている者がいる。千里である。無茶注文通りの強化型抹茶ラーメンを食べているにもかかわらず、だ。
 なぜか。答えは簡単。『おいしくなあれ』を使っていたからだ。その手があったか……!
 そんな、空気さえ苦み走っているように錯覚する店内に、新風が吹きこむような出来事が起こった。
 突如、巨大丼が現れたのである。
「蓮池に咲く可憐な花☆ キッスラーメンめしあがれ☆」
 例の大きな丼、それを満たす緑のスープを蓮池に見立て、一面に蓮の花が散りばめられている。その中で、ビキニ姿のキッスがウィンク。湯面に浮かぶは、105cmにも到達するPカップの白いたわわな果肉。これぞ抹茶・女体・ラーメン!
 すべては、皆の気を逸らすため。我が身をなげうっての行動である。多分! お陰で、気が紛れたよ! 色々な意味で!
 そうして店内に混沌が渦巻く隙に、仲間にチラリ、視線を送る白亜。助けを求めて。
(「……いいのかい?」)
 目が合ったヴァーノンは、丼をこっそり取り換え、残りを平らげる。
「涙が出るほど美味しいです」
 ほぼほぼ食べきった瑠奈の目からは、心の汗が流れている。
「……ちょっと苦かったけど……美味しかったの……。他のも、食べてみたいなぁ……」
 完食したリィナも、頑張って笑顔を作る。もはや、けなげの領域である。

●腹ごなし
「ご馳走様でした……って、ええ?」
 瑠奈が手を合わせていると、偽店主の目元から、一筋の涙が零れ落ちた。
 完食してもらえた事実に、内に宿る店主の後悔が呼応し、感動を抑えきれなくなったのかもしれない……。
「だからって後悔を奪うのはいただけないな」
 箸を置き、がたっ、と立ち上がるカルラ。千里も愛刀を手に取る。
 ケルベロス達に取り囲まれても偽店主は動じることなく、懐から麺……もとい、麺で出来た鞭を取り出した。
「食い逃げ、ダメ、絶対」
 仲間の護りを固めようとするキッス目がけて、鞭麺が飛ぶ。
「やーん☆」
 たゆんたゆん。
 よけるたび、キッスの胸の2つの果実が跳ねる。なお、さっきの水着は濡れると透けるタイプだった。防御力に問題はありませんが、色々大丈夫でしょうか。
 しかし、完食してもらった事で満足したのか、ぎらついた何かを失った偽店主の麺鞭攻撃は、どうにも気が抜けた感じになっていた。ラーメンで例えると、のびた麺。
 ならば、恐れるに足らず!
「私に不味い飯を食わせるなよ!」
 我慢していた不満が一気に噴出。瑠奈の怒りは透明なメスとなって、偽店主に就き刺さった。
「抹茶はすぐ酸化するからラーメンとしては向かないと思うパーンチ!」
 続いてカルラの音速拳が、偽店主の腕組みガードを崩す。
「……店長さんの恨み……これでも、食らっちゃえ……!」
 更にリィナが鎖を飛ばし、偽店長の片腕を縛り上げた。これで、麺をうまく扱えないはず。
「評判どおりの苦さでしたが、お陰様で精神の鍛錬となりました」
 斬霊刀・イズナを抜いたモモコが、刃を水平に構える。偽店主が回避するより速く間合いに入り込むと、突きを放った。
 リィナが、偽店長を縛っていた鎖を解いたのをいいことに、逃げようとする偽店主。だが、その足が、止まる。突然態度を弱々しく改めたリィナにすがりつかれたからだ。相手が困惑する間に、リィナがその体力を奪い尽くす。
 ふらつく偽店主の額に、ヴァーノンのリボルバーが向けられる。射出された弾は、美しき鶴のくちばしの如く、偽店主をえぐる。
 のたうつ偽店長めがけ、炎をまとったハンマーを叩きつける白亜。舌に残る苦さを発散するように、何度も。
「食後の運動としてはいまひとつだったかな……じゃあね……」
 弱った偽店長へ、目にも止まらぬ鋭い突きを浴びせた千里が、別れを告げる。
 偽店長の体が歪んだかと思うと、内側から爆散したのだった。

●口直し
 ドリームイーターの消滅を見届けると、店主を助けに行く一行。
「あーん、キッスの綺麗な髪がベトベト……シャワー浴びたぁ~い☆」
 道中、キッスが艶っぽい声を上げていた。……あ、さっきのラーメンは攻性植物の『千仏蓮』がおいしくいただきました。ちゃんと。
 果たして真・店主は、雑な感じで縛られ、床に転がされていた。
 リィナがその体を優しくゆする。
「起きて……店長さん……」
「……はっ、今のは夢か! うちの抹茶ラーメン屋が海外進出する夢を見ていた……」
 それは夢だね。
「っていうか、お客さんか? 悪いな、うちはもう……」
「知ってるよ。でも、最後に抹茶プリンを食べさせて欲しいな。絶品なんだよね?」
「さっきのラーメンは苦かったから、甘いのが食べたい、かも」
 ヴァーノンやリィナに頼まれ、ラーメンじゃないのか……と若干落胆気味の店主だったが、ちゃんと人数分の抹茶プリンを振舞ってくれた。
「おいしい!」
 ようやく、少女らしい笑顔を浮かべるモモコ。
「自分のこだわりを持つことは素晴らしいことですけど、それもお客様あってのものじゃないかしら。お客様のために自分の信念を変える勇気。また同じように後悔を残さないためにも、やれることはいろいろやってみたらいいと思うのです」
「そうか。抹茶にこだわるばかりじゃダメか」
 モモコの言葉に、店主がうなずく。
「流行を追うんじゃなくて、自分がやりたいラーメンを作った方がいいんじゃないかな。たとえまた上手くいかなかったとしても、少なくとも後悔することはないと思うんだ」
 抹茶プリンに舌鼓を打ちながら、カルラがアドバイス。
「味噌ソフトや醤油ソフトのような変り種の食べ物も……必ず相性を考えた工夫が施されているもの……何でもかんでもただ入れればいいということはない……」
 プリンをすくいつつ、語る千里。かけられた黒蜜も絶妙、と思いながら。
「いっそプリンの方で頑張った方がいいんじゃないかな。ラーメンは裏メニューとかでね」
 ごちそうさま、とスプーンを置くヴァーノン。
 腕組みで思案を始める店主に、瑠奈がこう提案した。
「もう一度、ラーメン作ってもらえますか? ただし抹茶抜きで!」
 出てきたラーメンは、ごく普通だった。そして、ごく普通に美味しかった。
「抹茶ラーメンとは比べ物にならないほど美味いです。このラーメンを店に出した方が繁盛しますよ。保証します」
 言外に、抹茶ラーメンにノーをつきつけた形である。
「ドリームイーターに狙われるほどの後悔なんだ、次はお前も客も、どちらも満足いくものが作れるだろ。頑張れ、応援してやる」
「わかった、心機一転、またチャレンジしてみるよ」
 白亜にも励まされ、やり直す事を決意する店主。
「それじゃあ……次は何を混ぜてみるかな」
 えっ。
「流行と関係なく人気なもの……チョコラーメンとかどうだ?」
「おいやめろ」
 ケルベロス達の声が重なった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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