芽吹く憎しみ

作者:深淵どっと


 薄暗く、黴臭く、不快な湿気が立ち込める、どこかの廃屋。
 赤黒い染みの残る簡素なベッドの上、醜い鱗状の肌に半身を覆われた男が目を覚ます。
「喜びなさい、我が息子……実験は成功、お前は生まれ変わったのだ」
 まだ意識がはっきりしていないのか、小刻みに震える瞳孔が部屋の片隅に立つ一人の男を捉える。
 白い仮面を身に着けた、黒衣の男。異様な出で立ちのその男は、ゆっくり歩み寄りながらベッドの上の男に言葉を続ける。
「植え付けたドラゴン因子は、お前をドラグナーへと変貌させた。……しかし、因子は未だ不安定、このままでは体は耐え切れず死に至るだろう」
「っ……どう、すれば、いい」
 ドラグナーとなった男の絞り出すような声を聞いて、仮面の男は手にした杖を廃屋の外へ向けた。
「殺すのだ。ニンゲンを殺し、グラビティ・チェインを奪え。今のお前ならば、いともたやすく無力なニンゲンを屠ることができる」
 杖の指し示す遠く先には、人々の平穏が広がっていた。
 それを聞いて男は醜く変貌した顔を、くしゃりと歪める。それは嬉々、いや……狂喜。
「聞いた話じゃ、デウスエクス、ってのは……地球に住む連中、から……拒絶されれば、生き長らえるんだって? ……それなら、俺には向いてるかもなぁ?」
 徐々に馴染む異形の体に満足するように腕を動かし、男は指し示された廃屋の外へと歩み出ていく。
 絶望と悪意、そして、殺意をその身に滾らせながら……。


「諸君、ドラグナー『竜技師アウル』の活動が確認された。人間にドラゴンの因子を植え付ける事で新たなドラグナーを増やしているようだ」
 今回、アウルによってドラグナーへと変貌させられたのは上田・平介。事件の数日前より行方不明になっていた極普通の会社員である。
 彼は昔こそ有能な仕事ぶりで人望もあったようだが、時代の流れに置いていかれるまま、いつしかすっかり落ちぶれてしまっていたらしい。
「彼はいつしかそれを世の中のせいにして、憎むようになった。そして今、その憎しみはアウルに託され、暴虐によって示されようとしている」
 自分を古いと嘲笑った人間への復讐、そしてドラグナーとして完成するためのグラビティ・チェイン強奪のため、街に降りれば無差別に人々を殺戮して周るだろう。
「街中の出現箇所ははっきりしているが、どこから来るのかまではわからない。故に、キミたちには平介氏が出現してから迎撃に向かってもらう事になる」
 人の多い街中での戦闘となる。じっくり避難誘導をしている暇は無いが、一般人を平介に殺されないような立ち回りも考える必要はあるだろう。
 幸いなのは、彼がドラグナーとして未完成である事。ドラゴンに変身する事はできないので、空を飛んで逃げられるような事はない。
「過去の栄光にしがみ付くか……気持ちはわからんでもないが、だからと言って誰かを殺していい理由にはならん。彼を人間に戻すことは叶わないが……せめてその犠牲者を増やさないためにも、どうかよろしく頼むぞ」


参加者
天司・雲雀(箱の鳥は蒼に恋する・e00981)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
カティア・エイルノート(蒼空の守護天使・e25831)
フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)
リオネル・ジヴェ(静謐の藍・e36251)

■リプレイ


「――見つけた。ワタシ、余計な被害は広がる前に仕掛けるよ」
「それじゃあ、ボクは周辺の避難に回る」
 市街地の一角。動き出したドラグナー、上田・平介を最初に捉えたのはジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)とカティア・エイルノート(蒼空の守護天使・e25831)だった。
 被害を最小限に抑えるため、避難を優先するカティアと散開しつつ、ジンは螺旋状に練り上げた冷気をドラグナーへと解き放つ。
「……暗箭小娘、参るよ」
「ちぃぃ! 出たか、ケルベロス……!」
 溢れ出んばかりの憎悪を吐き散らし、人の身を超えた怪力が、傍にあった標識をコンクリートごと引き抜く。
 力任せに投げられたそれは、当たればケルベロスと言えどただでは済まない。
 しかし、標識はジンに直撃する前に割り込んだフィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)によって、辛うじて受け止められるのだった。
「……確かに、あなたは強い力を手に入れた。こんな風に重い物でも玩具みたいに扱えるくらいね。でも、あなた程度のデウスエクスなんていくらでもいる、他人任せで手に入れた特別な力で『出世』できるとでも思ったの?」
「っの、ガキが! お前らケルベロスだって、似たようなものだろうが!」
 フィオナの言葉に激昂しながら、ドラグナーは拳を握りしめる。
 その怒りは僅かばかり残った人間性とも言えるのかもしれない。だが、踏み外した道はあまりに大きい。
「人の道を外れても、まだ他人のせいですか? 楽な生き方ですね」
 怒りで乱れた集中の隙を縫うような一太刀がドラグナーの後頭部を襲う。しかし、リオネル・ジヴェ(静謐の藍・e36251)の放った一撃は、戒めるような峰打ち。逆上を誘うようなあからさまな手加減だ。
「お説教のつもりかよ、ご高説痛み入るぜ!」
 敵を引き付けると言う目的は成功したようで、まるで砲弾のような強烈な蹴りがリオネルに突き刺さる。
 その衝撃は凄まじく、否応無しに全身を包む浮遊感と共に、その身を吹き飛ばした。
「駄目駄目! 八つ当たりで人に迷惑かけるような臆病者、そのくらいじゃ堪えないって!」
 直後、小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)の鋭い蹴りがその頭部を捉えるが、強靭な肉体はかすかによろめくだけだ。
「それだけか? デカい口のわりには非力だな、ケルベロス!」
「ならオマケだ、こいつも貰ってけ!」
 踏みとどまった瞬間、今度は反対方向からデフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)が飛びかかる。
 叩き付ければ銃身だって鉄の塊だ。増してや、それが地獄の炎に包まれていれば、立派な武器に違いない。
 息の合った連撃に、ドラグナーは遂に崩れかかった建物の壁を突き破り、倒れ込む。
「オレたちはケルベロスだ! いいか! そこのパツキンの兄ちゃん達に従って、今のうちにここから離れろ」
 騒音をかき分け人々の耳にデフェールの声が届くと同時に、桐山・優人(リッパー・en0171)を始めとした避難誘導班が行動を開始する。
 声が届かない範囲にはロザリア・シャルクハフトが同じように呼びかけ、避難をサポートしていく。
「避難が完了するまでは戦闘区域は私たちもできるだけ呼びかけをしますので、そこから先はお願いします」
 敵もケルベロスを振り切ってまで一般人に手をかけるような真似はできないだろう。天司・雲雀(箱の鳥は蒼に恋する・e00981)の言葉に優人が頷いた。
「こっちの頭数もそれなりに揃ってるしな、できるだけ早めに戻ってくる。カナンは向こう側を、キッスは上空から状況を見てくれ」
「了解っす、大規模なイベントの開場直後に比べれば余裕っすよ」
「壊れそうな建物とか、怪我してる人もキッスにお任せよ♪」
 人手は多く、これならドラグナーとの戦いに全力を出して望むことができるだろう。
 そうしている間に、瓦礫を弾き飛ばして竜尾のような触手が複数、姿を見せた。
「さて、ここまで来て、まさか逃げる相手を追い回そうなんて……言わないよねぇ?」
 そもそも、そんな事はさせないとばかりに立ち塞がる三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)たちを前に、ドス黒い憎悪は更に膨れ上がる。
「アンタの貰った御大層な力、見せてみなよ。最も、勝つのはアタシたちだけどね」


「まだニンゲンだった頃、1度だけケルベロスに助けられた事がある。その他大勢と一緒に避難をさせられただけだがな」
「それが何? また何かの八つ当たりなら、当時の担当者に言ってよね!」
 里桜の拳打を受けながら、ドラグナーは内から込み上げる感情を噛み潰すように口端を吊り上げる。
「いや大した手際だったぜ。綺麗な言葉並べて体張って守って皆から讃えられる正義のヒーロー! ヒーロー! 虫唾が走るね!」
 吐き出す罵声は、ただただ身勝手で、傲慢に他ならない。
 しかし、いやだからこそか、その感情から絞り出される力は純粋な破壊力に満ちている。
「この威力は、厄介ですね……!」
「このままでは、押し切られてしまうかもしれません。何とか流れを変えないと……」
 戦い方こそ力任せの素人そのものだが、真正面から受け止めるリオネルはその威力に眉根を寄せる。
 骨の芯まで響く痛みを雲雀はヒールで和らげるが、長期戦になればなるほどこちらが不利になるだろう。
「やられる前にやる! とにかく叩き込むぞ!」
「了解、戦線が崩される前に片付けるよ」
 一方、ケルベロスたちも負けじと火力を集中させていく。
 あえてその身を晒すように飛びかかるジン。そちらに注意が逸れた瞬間、デフェールの銃弾が横から突き刺さる。
「――疾!」
 そして、銃撃に合わせジンの刃がドラグナーの体を切り刻んでいく。
 傷は浅い、しかしケルベロスたちのもたらすグラビティの力は確実にドラグナーを追い込んでいく。
「ちょろちょろと……目障りだ!」
 だが、追い込まれれば追い込まれるほどに、その憎しみは力を生み出す。
 業を煮やして振り回した尻尾状の触手は路肩に停まっていた車に突き刺さり、それを軽々と持ち上げ、投げ付ける。
「危ない!」
 瞬間、自分より何倍も大きな車の前に出たのは小さな影。ウイングキャットのホワイトハートだ。
 同時に、優人の放った大鎌がドラグナーの触手を切り落とす。
「カティア、優人、向こうは大丈夫なのか?」
「こっちの様子を見てた進から連絡を受けた、避難の方は人手も足りてるし問題無い。とにかく、まずは態勢を立て直そう」
 状況は五分、しかし敵の猛攻はいつその均衡を崩すしてもおかしくはない。カティアの言う通り、今は取れる万全の状態を維持するのが無難だろう。
 歌に込められた生きる意志は、奇跡を呼ぶ力で増幅され仲間を癒やしていく。
「そうは行くか! 何人増えようと同じ事だ!」
「行かせるのが、アタシの仕事だよ!」
 再びドラグナーが動き出した瞬間、千尋の放つ鋭い雷光が一閃する。
 雷撃は強靭な肉体を蝕むが、それでもドラグナーは止まらない。
「しつこい! 王様、お願い!」
 更に、フィオナに王様と呼ばれたウイングキャットのキアラと、その王冠に止まるコマドリのファミリアが追撃を仕掛ける。
 雷撃とファミリアたちの攻撃で、遂にドラグナーは膝を着くようにして、その動きを止める。
 それは、ほんの一瞬だけだ。しかし、激しい攻防の中において、その一瞬は確かに大きかった。


 一度態勢を立て直すべく間合いを取るドラグナー。しかし、それを千尋の斬霊刀が追い詰める。
「アンタが手に入れた力ってのは、結局の所は自分を認めてほしい本音の表れ。他人や世の中にじゃない、自分が自分に負けた証拠だよ!」
「ぐちゃぐちゃとうるさいんだよ! 潰れろ!」
 状況は少しずつ、ケルベロスたちの優位に進んでいる。しかし、全てが思うようにはならないのも常だ。
 取り囲み、攻撃を重ねていく千尋に対して、半ばやぶれかぶれの豪腕が振り下ろされる。
「ッ……その激昂が、何よりの証拠でしょうね」
 寸前で攻撃を受け止め、リオネルは刺し違えるように刺突を繰り出した。
 重く響く一撃は、身体の中から鈍く何かが砕ける音を響かせる。
「リオネルさん!」
「いや、まだヒールは間に合う。ボクが対応する、雲雀は敵を」
 膝を崩しかけたリオネルを、すぐさまカティアが退かせ、奇跡を語る詩を紡ぐ。
 辛うじて致命傷は避けられたようだが、体力的の限界が近い者はリオネルだけではなさそうだ。
 しかし、リオネルが身を挺して守り切った戦いの流れを安々と手放すわけにはいかない。
「後は僕と王様で持ち堪えてみせるよ!」
 勇ましく武器を構え、ドラグナーの前に立つフィオナとキアラの顔にも疲労の色が浮かんでいる。
 だが、それと同じように敵の疲弊も目に見えて明らか。ならば、最適解は一つだ。
「ひたすらぶん殴る! 行くぜ里桜!」
「思いっきりぶん殴る! 任せてデフェ!」
 息ピッタリに仕掛けるデフェールと里桜。そして、そこに他のケルベロスも続く。
「何とか動きを止めてみます、その隙にお願いします!」
 迎撃態勢を取るドラグナーを、雲雀の放つ鎖と枷が絡め取る。
 敵は疲れきっているとは言え、抑えられる時間はそう長くはない。その間に片を付けなくては、こちらの被害もただでは済まないだろう。
「くっ、俺を……この俺を、見下すんじゃねぇぇぇ!」
「……アンタさ、つまんないよ」
 冷め切った里桜の声色とは裏腹に、呼び出された紅焔の鬼はその拳を激しく熱く燃え上がらせる。
 叩き付けられた拳打は身を縛る鎖ごと、ドラグナーを弾き飛ばした。
「俺、は……! こんな所で、終わってたまるか……! いつか必ず……」
 本来なら最早立っていられない程の傷だろう。ドラグナーの命をギリギリで繋ぎ止めるのは、僅かばかりの執念。
 その執念は最後の力を振り絞り、逃亡を図ろうとする――が、憎しみに囚われた男の視野に、霧に潜むジンの姿は見えていなかった。
「アナタにそのいつかは来ないね」
 その声と、首筋に走る冷たい刃を知覚する間はあっただろうか。音も無く、かける慈悲など元より無く、刃は執念を刈り取る。
「……晩安」
 小さなジンの呟きは、憐れな男が地に伏す音にかきけされるのだった。


 地球に住む人間として悼まれる事もなく、デウスエクスとして脅威に数えられる事も無い。やがて、上田・平介と言う存在は人々に忘れられていくのだろう。
「……『次』があるのなら、その時は、どうかお幸せに」
 力を失ったその手を、雲雀はそっと握りしめる。
 グラビティを失い、消滅するその体は夜空の星へと溶けるように消えて行く。
「上田さんは、人としての全てを憎しみに沈めてしまったのでしょうか……」
「どうだろうね……まぁ、それも人間らしいと言えば、そうかもね」
 悲しげに空を仰ぐ雲雀の視線を追って、千尋は呟く。
 本当に全てを捨てて、デウスエクスになり切ってしまう前に、辛うじて人としての死を与えられたとすれば、それは介錯とも言えるのだろうか。
「リオネル、大丈夫? 一応、応急処置はしたけど」
「えぇ、ありがとうございます、お陰様で何とか……歩く事はできそうです」
 ホワイトハートとカティアの手を借りつつ、リオネルは痛む身体を何とか立ち上がらせる。
「僕たちも、もう少し長引いてたら危なかったね」
 お互いボロボロの姿を見合って、フィオナはキアラと苦笑を浮かべる。
「本当に大丈夫かよ……市街地のヒールはこっちに任せて休んでたらどうだ」
「いえ、それには及びません。できる所は手伝いますよ」
 避難誘導班との連絡を終えた優人の言葉に、リオネルは小さく首を振る。
 人手も多く、かつ早期に発見できた事もあって街への被害は比較的小規模であった。そのお陰もあって、修復は程なくして完了する。
「それでは、ワタシはこれで」
 粗方の事後処理が済み、ジンは短く告げると1人帰路に着く。
「さて、それじゃあ俺たちも帰るか、里桜」
「うん、折角だから、どこかで何か食べて帰ろ!」
 それを合図に残ったケルベロスたちも1人、また1人と現場を後にする。
 身勝手な憎悪のままに、奪われようとした日常。自らの手で守ったその中へと、彼らも戻っていくのであった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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