正義のケルベロス忍軍~地獄番犬忍法帳

作者:雷紋寺音弥

●世紀末忍者大戦
 東京、23区内。
 区境近くの大通りにて、激突するのは数多の忍。
 仮面を被った女忍者の投げた手裏剣が窓ガラスを割り、踏み台にされた車の屋根が大きく陥没する。陰陽師のような格好をした者達が札を投げれば、そこから現れた百鬼夜行の群れに驚いて急ブレーキを踏んだ車に、後続の車が追突する。
 周りの被害などお構いなしに、戦いを続ける螺旋忍軍達。そんな彼らの様子を、ビルの上から窺う人影が。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす。東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 それだけ言って姿を消したのは、何を隠そう鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)だった。
 眼下で続く、いつ終わるともしれない忍軍大戦。それを止めるための方法を、いよいよ実行に移すために。

●出動、ケルベロス忍軍!
「東京23区で行われている、螺旋忍軍同士の激突……。鯖寅・五六七の調査によれば、戦闘は激化の一途をたどっているようだな」
 恐らくは、ケルベロス達が撃破した忍軍の被害を、互いに相手の忍軍の攻撃によるものだと誤解している節もあるのだろう。加えて、白影衆のように他の忍軍を滅ぼそうとしている忍軍が含まれていたことも、疑心暗鬼の元になったのではないか。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は改めて、ケルベロス達に現在の状況を語り始めた。
「現状では、連中は螺旋帝の血族の捜索よりも、敵対忍軍の撃破を主目的としているようだ。この状況を打破すべく、五六七から『正義のケルベロス忍軍を結成すべし』という提案があった」
 要するに、一般人を守るために戦うだけでは無く、忍軍達と同じ土俵に立って『螺旋帝の血族』を捜索し、他の忍軍と抗争しようということだ。発生した事件に後手から対応するのではなく、時には能動的に事件へ介入することも重要となるはずだと。
「現在、それぞれの忍軍は他の全ての忍軍を敵と見做し、総力戦を行っている。つまり、本拠地が手薄になっている可能性が高い。他の忍軍に大打撃を与えるには、この好機を生かさない手はないぜ」
 上手く行けば、螺旋帝の血族を探し出し発見するチャンスも巡ってくることだろう。螺旋帝の血族がいかなるものかは不明だが、螺旋忍軍が互いに殺し合っても奪おうとした価値のある存在。故に、発見して適切に処理する必要があるのは間違いない。
「現在、東京23区で活動しているのは、合わせて9つの忍軍だ。勢力規模や、拠点の場所なども微妙に違う上に、首領を倒すとなれば相応の戦力を要求されるぞ」
 勢力的に巨大なのは、月華衆や大企業グループ『羅泉』といった面々だろう。その内、月華衆は勢力こそ大きいものの、その全てがこの作戦に従事しているわけではない。
 作戦指揮官である『機巧蝙蝠のお杏』を撃破できれば、当面の作戦は行えなくなる。その一方で、大企業グループ『羅泉』の配下には様々な形態の下部組織があり、社長の鈴木・鈴之助の統制が無くなれば、それらの組織が勝手に動き出す危険性もあるらしい。
「月華衆の拠点は豊島区にある雑居ビルの一つ、大企業グループ『羅泉』の拠点は世田谷区のオフィスビルにあるらしいな。もっとも、『羅泉』の連中もビルを不法に占拠して使用しているだけだ。会社経営という形態が、忍軍の組織を統一するのに都合が良かったのかもしれないが……」
 どちらにせよ、細かい詮索は後である。その他の忍軍は、どれもそこまで巨大な勢力を築いてはいないものの、中には実体の掴み難いものや、構成員の数だけは無駄に多い組織もあるので厄介である。
「例えば、魅咲忍軍の組織はそこまで大きくないが、指揮官である魅咲・冴以外にも、7色の軍団とその指揮官が存在しているようだぜ。魅咲・冴を狙った場合、他の指揮官達が救援に来る可能性が高い。それだけに、倒しきるのは難しいかもしれない」
 もっとも、ここである程度の打撃を与えることができれば、螺旋帝の事件への関与を諦めさせられるかもしれない。万が一、諦めない場合も、配下の全忍軍を動員して戦力を整えようとするので、当面の間作戦は行えなくなる。
「他には、幹部を警備員として配置して地下コンサートを行おうとしている銀山衆、中規模組織のテング党なんかが、戦力的にも強力なところだな。特にテング党の場合、マスター・テングを撃破するためには、相応の戦力を要求されるから注意してくれ」
 ちなみに、残る他の忍軍であるが、これは似たり寄ったりである。
 真理華道は幹部であるヴァロージャ・コンツェヴィッチを撃破すれば、当面の動きを止めることができそうだ。黒螺旋も同様で、指揮官の『黒笛』のミカドさえ討てれば勢力を東京23区から一掃できる。
 螺心衆に関しても、彼らは今回の作戦に幹部を派遣していないようなので、比較的容易く本拠地を破壊することができそうだ。白影衆に関しては、そもそも他の螺旋忍軍を滅ぼすことを目的として動いているようなので、真っ向から敵対する必要は無いかもしれません。
「敵の拠点は、魅咲忍軍が反社会勢力の良く利用する港区の倉庫、真理華道は新宿歌舞伎町、黒螺旋は大田区の高級住宅、白影衆は台東区にある神社の境内、テング党は江戸川の河川敷、螺心衆は足立区の雑居ビルに拠点が確認されている」
 なお、銀山衆がコンサートを開くのは、千代田区の電気街である。これらの勢力の拠点をいかにして制圧して行くか。重要なのは戦力の割り振りだ。
「特に問題が無ければ、襲撃時は『正義のケルベロス忍軍』を名乗って襲撃を行ってくれ。上手く行けば、敵は抗争中の別の忍軍がケルベロスの忍軍を雇った可能性を考えて、混乱するかもしれないからな」
 これ以上、東京都心に涙は要らない。忍軍大戦に終止符を打つため、是非とも力を貸してほしい。
 そう言って、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130)
ジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
姫宮・愛(真白の世界・e03183)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ウルズ・シルヴァリエ(憧憬を忘れぬ放浪術師・e14740)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)

■リプレイ

●裏方稼業
 東京都千代田区。
 地下のライブ会場に集まった男達が、サイリウムを手に熱い叫び声を上げる。揃いの法被で身を固める彼らこそ、霊金の河に魅せられたファン達に他ならない。
「それにしても……数が多いですね……」
 額の汗を拭い、姫宮・愛(真白の世界・e03183)が溜息を吐く。遠間から見ているだけでも、熱気の渦に飲み込まれそうだ。果たして、あのファン達の中に、どこまで敵の忍軍が混ざっているのだろうか。
「河ちゃん! 河ちゃん! 河ちゃん! 河ちゃん! ウオオォォォォォーッ! ウオオォォォォォーッ!」
 会場に響く河ちゃんコール。押し潰されそうな熱気の中、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は少しばかり羨望の交じった視線を向け。
「アイドルですか。あの舞台まで辿り着ければ、客席の視線も奪ってやれますかな?」
 頭部を覆うバケツヘルムの炎が一段と勢いを増す。己を形作る地獄でさも熱く感じてしまうのは、この会場に溢れるファン達の熱気故か。
「念のため、申し上げておきますが……」
 周囲で盛り上がっているファン達の様子に呆れた視線を送りつつも、鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)が釘を刺すようにして口を開いた。
「私達の役割は、ステージでアイドルごっこをすることではありませんよ?」
 そう言って、ライブ会場の隅にある非常口へ目を向ければ、そこには観客から少し離れた場所で、風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が佇んでおり。
「今のところ、潜入が発覚している様子はありませんね。そちらの様子は?」
 通信機で残るメンバーに連絡を取れば、スタッフ用の出入り口に潜入した者達から、続々と返事が返って来た。
「こちらは以上なしだ。コールがあれば、いつでも突入できるぞ」
 物影に隠れているジョルディ・クレイグ(黒影の重騎士・e00466)からは、突入準備が万端であるとの連絡が入る。もっとも、初めにアイドル対決で戦う手はずになっている以上、強引に乱入するタイミングがあるかどうかは微妙だったが。
「現状で、敵に気取られている感はないね。引き続き、僕は後方の警戒に当たるよ」
「空調とか、ダストシュートとか、特に逃走に使えそうなものはないわね~」
 ウルズ・シルヴァリエ(憧憬を忘れぬ放浪術師・e14740)と万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130)の報告を信じるのであれば、順調に退路を断つ準備が進められているようだ。隠し通路の類もないのであれば、逃走経路の把握も容易いはず。
 ライブの盛り上がりは最高潮。だが、このまま何事もなく終わらせるつもりはない。
「ちょっと待ったぁっ!」
 霊金の河が次の曲に移ろうとした瞬間、唐突に会場の扉が開け放たれた。
「その名も轟く『もこもこ団』のアイドル8810(ハヤト)参上です! 週4でライブ活動を行ってるわたくし達と勝負で御座います!」
 突然の乱入者に、会場がどよめきに支配される。しかし、それも計算の内。予期せぬ乱入者達もまた、霊金の河と戦うために馳せ参じたケルベロスなのだから。
「『もこもこ団』……あなたたち、ただのアイドルじゃないわね?」
 合わせて8名の乱入者が名乗りを終えたところで、が凄みのある口調で尋ねる霊金の河。だが、その様子はどこか楽しげでもあり。
「でも、アイドル対決を挑まれちゃ、あとになんて引けないわ!」
 会場の空気が一変し、ライブステージは瞬く間にアイドル対決の場と化した。観客席にいるファンの中には銀山衆の面々もいるようだが、とりあえずは様子を窺っているようだ。
「♪Flowery Princess Vanadialice♪―♪Princess Live♪――私も歌います……元気を出して……!」
 ステージに上がった『もこもこ団』の少女の一人が魔法音声と共に変身すれば、溢れ出るは広大な虹の花園。光のホログラムを投影して歌い、踊る様は、味方の心を鼓舞するだけでなく、会場の観客達さえも魅了して行く。
 やがて、アイドル対決は佳境を迎え、ステージには『もこもこ団』のメンバーと、霊金の河だけが残された。
「楽しかったけど、ここまでだね」
 ギターもドラムもキーボードも、バックダンサー達でさえもいない。ステージに転がった宝玉を拾い上げ、霊金の河は軽々と客席へと飛び、人の波の中へ消えてしまった。
「とりあえず、作戦の第一段階は上手くいったようですね。会場の後始末は彼女達に任せて、私達は本来の務めを果たしましょう」
 状況を冷静に見据え、エミリは残る仲間達へと合図をする。その言葉に、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)も頷いて、そっと会場を後にした。
「ボクのロックさをアピールできないのが残念デスけど……ロックが勝つに決まってるデスからね!」
 アイドル対決も面白そうだったが、自分達の仕事は敵の退路を断つことだ。ファンを盾に逃走した霊金の河。彼女の逃げ道を奪い、追い詰める時こそが、自分達の出番であると。

●袋の鼠
 熱狂に包まれたライブ会場の裏、従業員用の通用路を、小走りに駆ける影があった。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
 人目を避けて裏口から逃げようとしているのは、ライブ会場から身を消した霊金の河に他ならなかった。
 自分はアイドル。ファンに夢を与える存在。ファンの目の前で醜態を晒すことは勿論、死して敗北するところなど見せてはならない。だからこそ、多くの犠牲を支払いつつも、こうして生き足掻くことを選択したのだが。
「残念でしたね」
 突然、正面から声を掛けられ、ハッとした様子で顔を上げる霊金の河。見れば、いつの間に現れたのだろうか。そこには長槍と日本刀を携えた遊鬼が、外へと続く道を塞ぐようにして立っており。
「逃げ場ありませんよ。あなたには、ここで引退していただきます」
 ライブ会場に戻る側の道は、同じくエミリによって塞がれていた。杖先を軽く振って戦闘の意思を告げれば、その先から迸る稲妻がパチパチと爆ぜて空気を焼き。
「な、なんなのよ、あんた達! 今は、そっちに構っている場合じゃ……って、痛っ!?」
 そう、彼女が言い終わるよりも早く、遊鬼の刃が霊金の河の身体を後ろから貫いた。致命傷こそ避けたものの、神速の如き鋭い突きに服の袖を破られ、霊金の河は思わず袖口を抑えて遊鬼を睨み付けた。
「ちょっと、何するのよ! アイドル対決で、衣装を破るなんて反則よ!」
 先程の戦いの、第二ラウンドだと思っているのだろうか。というか、既に対決には負けたのだから、できれば見逃して欲しいといったところなのかもしれないが。
「正義のケルベロス忍軍見参! 我が嘴と刃を以て……このライブを破断する!」
 展開されたジョルディのアームドフォートから、降り注ぐ無数の砲弾の雨。爆風に飲み込まれ、その中から飛び出して来た霊金の河の姿は、早くもボロボロになっていた。
「うぅ……ひ、酷い……。こんな恰好じゃ、もうスポットライトの下に立てないよ……」
「それなら、ボクがライトで照らしてあげるデスよ!」
 ただし、ライトはライトでも希望の光などではなく、漆黒の太陽が放つ絶望の光。シィカの纏ったオウガメタルが黒き太陽を具現化し、そこから放たれる黒い光が幾重にも折り重なって霊金の河を照らし。
「そんなに光が欲しいのですか?」
「ならば、此方はいかがでございましょう? 我が名は光源。さあ、此方をご覧なさい」
 愛の呼び出した竜の幻影が炎を放ち、ラーヴァの放った灼熱を纏いし金属矢が、情け容赦なく霊金の河へと降り注ぐ。
「熱っ! や、やめてよ! 衣装が……髪の毛が燃えちゃう!」
 衣装の焼け焦げた部分を抑えながら、霊金の河が逃げ惑う。しかし、その間にも彼女の身体を覆う炎は広がって行き、容赦なく体力を奪って行く。
「もう、許さないんだから! こんな場所で、引退なんてするもんか!」
 先のような『対決』ではなく、本気の『死合い』であると悟ったのだろう。
 掌に螺旋の力を込めて、ラーヴァ目掛けて繰り出す霊金の河。普段のファンの前では決して見せない、握った者を内部から破壊する殺人握手。
「おっと、そこまでだ。さぁさぁ霊金の河! ショーを邪魔してしまった代わりと言っては何だが、僕の可愛い鎖達とのダンスでも如何かな?」
 だが、そんな自慢の一撃さえも、身を呈して割り込んで来たウルズによって阻まれる。気が付けば、霊金の河の身体に鎖が絡み付いており、その先端が彼女の身体に突き刺さると同時に、神殺しの毒を注入した。
「ぐ……うぅ……」
 戒めを解かれ、放り出された霊金の河だったが、その表情は優れない。全身に回った神殺しの毒が、早くも彼女の身体を蝕み始めているのだ。
「そこでじっとしていてください」
「……かはっ!?」
 相手の後ろから、エミリが容赦なく電撃の弾丸で背中を射抜く。身体が痺れ、動きが鈍った瞬間を狙い、続けて雛菊も手裏剣を取り出し投げ付けて。
「あらあら、もう終わりかしら? 忍者なら、もっと忍者らしく戦ってみなさいな」
 追い討ちで刺さった手裏剣の刃から、新たな猛毒が霊金の河の身体へと注入された。ライブステージの階段ではなく、黄泉路へと繋がる階段へ、アイドル忍者は徐々に追い詰められて行く。

●忍ばない少女の夢
 通用口で繰り広げられる、霊金の河とケルベロス達の戦い。
 アイドル活動が主体だったとはいえ、それでも彼女とて腐ってもデウスエクス。そのタフさと根性はなかなかのものだったが、やはり数の差は覆せない。
 ならば、せめて自らの歌声で自身を鼓舞しようとする霊金の河だったが、そこはシィカがさせなかった。
「次は、これを食らうデスよ!」
 投げ付けられたカプセルが炸裂し、怪しげな色の煙が広がって行く。それを吸い込んだ瞬間、霊金の河は自らの喉が変調を来たしていると知って首下を抑えた。
「そ、そんな……。歌えなくなるなんて……いや……だよ……」
 掠れる声で紡がれる歌声では、本来の力も発揮できない。もっとも、それで攻撃の手を休めてくれるような者は、この場には存在していない。
 この機を逃さず、一気呵成に攻めるべきだと、残る者達が一斉に攻撃を開始した。
「この攻撃で、此方のファンになっていただくのも面白そうですねぇ」
「朝焼けと、煌めいた夢がまっています。おやすみなさい」
 愛の羽ばたきに合わせて放たれる光の矢に混ざり、ラーヴァの放ったエネルギーの矢が、霊金の河の胸元を貫く。それだけでなく、エミリの放った電撃に身体の自由を奪われたところで、ウルズと雛菊が立て続けに仕掛けた。
「立ち上がれ英雄達よ、世界は最高にハッピーな英雄譚を望んでいるぞ!」
「うふふ~、もう逃げられないわよ~♪」
 追尾する黄金のケルベロスチェインと、半透明の御業に捕縛され、身動きが取れなくなる霊金の河。それでも抗おうとする彼女の前に、現れたのは漆黒の重騎士。
「HADES機関フルドライブ! 戦闘プログラム『S・A・I・L』起動! 受けよ無双の必殺剣! ライジィング……サンダァァァボルトォォォッ!」
 這い蹲るような下段の構えから、一瞬にして間合いを詰め、斬り上げる。刀身の変形機構と併せた回避不能の一撃は、『地より天へと昇る雷光』の如く。
「……破斬!」
 天井近くまで吹っ飛ばされた霊金の河に背を向けて、ジョルディは静かに刃を納めた。だが、致命傷に匹敵する攻撃を受けながらも、彼女は未だ絶命しておらず。
「あ……あぁ……。星……新しい星……もう、届かないの? 掴めないの? こんなところで、引退なんて……」
 天井の先にある何かへと手を伸ばし、霊金の河が呟く。しかし、その言葉さえも最後まで紡がれることはない。
「……っ!?」
 仰向けに倒れていた霊金の河の胸元に、遊鬼が日本刀を突き立ててた。それは、もう二度と歌えなくなったアイドルへの、最後の介錯だったのかもしれない。

●虚構の祭
 戦いの終わった通用口付近で、ケルベロス達は改めて、霊金の河の遺品を探っていた。
 もっとも、めぼしい情報は何もなく、出て来たのは配下の忍軍が変化した宝玉ばかり。有効な情報を得られそうな物は、何も持っていなかったようだ。
「いっそのこと、この宝玉を蘇らせてみるのも一興でございましょうか?」
「さあ、どうでしょうね? 彼らは腐っても忍です。口の堅さは、デウスエクスの中でも折り紙つきだと思いますし……」
 それ以前に、彼らを宝玉から元に戻すための術がないと、ラーヴァの問いに遊鬼が答える。
「……破壊しましょう。どの道、戦いになれば倒すべき予定の敵だったのです」
 冷静に状況を見据え、エミリが言った。後の憂いになりそうなものなど、持ち帰ったところで意味はない。
 やがて、全ての宝玉を破壊し終えたところで、思い出したように愛が呟いた。
「そういえば……霊金の河さん、『新しい星』とか言ってましたけど……」
「それが何か? アイドルなら、ナンバーワンを目指すのは普通のことじゃないデスか?」
 どこか引っ掛かるものを覚えて天井を仰ぐ愛の言葉に、首を傾げつつシィカが答えた。
 残念ながら、今は余計な詮索をしている場合でもなさそうだ。目的を達成した以上、こんな場所に長居は無用だ。
「お前ほど……上手く行かぬものだな……」
 本来の使い手を思い出し、大剣の刃を撫でるジョルディ。情報を得られなかったことよりも、今はそれだけが心残り。
「まあ、僕達が活躍せずとも、他の人達が何かを手に入れているかもしれないしね」
 後は、会場の皆に全てを託そう。そう、ウルズが言ったところで、雛菊が胸元から煙幕弾を取り出した。
「それじゃ、最後も忍者らしく行きたいわね。やっぱり、ここは煙玉とかかしら~」
 周りに人がいない以上、どこまで効果があるのかは謎だが、それはそれ。風船の破裂するような爆発音と共に、白い煙が視界を覆う。
 ケルベロス達の去った後、後に残されたのは偶像を目指した忍の残滓。祭りの熱気が過ぎ去った今、全ては虚構、夢の跡。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。