正義のケルベロス忍軍~正義の神髄ご覧あれ!

作者:ハル


 街灯に螺旋手裏剣が掠め、破裂する。車のボンネットが陥没したかと思えば、
 ――ギンッ!!
 金属同士が接触した際に起きる甲高い音が、火花と共に弾け、夜闇に響き渡った。
「うおっ!」
 その余波を受け、タクシー運転手が思わず声を漏らす。道路を逆走するように、肩をぶつけ合わせるようにして睨み合う黒衣の者ら――螺旋忍軍の姿を見たからだ。
「まじかよっ!」
 タクシー運転手は、正面衝突寸前で、慌ててハンドルを切る。すると、タクシーは電柱に衝突し、煙を噴き上げた。
「……っ、いててっ……! 一体何が起こってんだ……!」
 奇跡的に無事だったタクシー運転手は、タクシーから転がり出て、絶句した。視界のそこかしこで、黒衣の忍者同士が、手裏剣で、刀で、激しい戦闘を繰り広げていた……。

 ――同日、同地域。
 鯖寅・五六七(ゴリライダーのレプリカント・e20270)は、乱戦を繰り広げる忍軍を高層から見下ろし、嘆息した。
「あちきの思った通りっす。忍軍同士の戦いは激化の一途っす。東京23区の平和を守るには、やっぱり、アレが必要っすよね!」
 そして、何かを決意したようにそう呟くと、スッと姿を消すのであった。

「先日の、忍軍同士の抗争についての続報です。鯖寅・五六七さんの報告によると、どうやら騒ぎは収まるどころか、激化の一途を辿っているようですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、会議室に集まったケルベロスの前で、呆れたように息を吐く。
「その原因ですが、皆さんが行った戦闘への介入を、どうやら互いに別の忍軍組織によるものであると誤解した……というのが有力なものとなっております」
 そんな状況であるため、今では忍軍同志の抗争が、主目的であったはずの螺旋帝の血族の捜索よりも優先されている始末だ。
「最も、理解できない訳ではありませんけれどね。白影衆を筆頭に、自組織以外の忍軍の滅亡を目論んでいる者達もいますから」
 様々な思惑が絡み合い、疑心暗鬼となっているのでしょう。セリカが、資料を配りながら言う。
「資料を見て頂ければ分かりますように、五六七さんから、『正義のケルベロス忍軍を結成すべし』という、この状況を解決するための提案を頂いております」

 概要はこうだ。
 これまでのように、一般人を守るために戦うのではなく、『螺旋帝の血族』の捜索を行い、他の忍軍と抗争をしようという大胆なもの。
 ここまで大規模な抗争が始まってしまった以上、ケルベロス側からも行動を起こし、積極的に事態に介入していく必要があるのかもしれない。
「事件の発生を待つのではなく、むしろ私達側から攻め込もう! そういった趣旨の提案です」
 実に力強いと、セリカは微笑みを浮かべた。
「また、『正義のケルベロス忍軍』を名乗るのには、他にも理由があります。それは、螺旋忍軍達に、私達ケルベロス側と密約を結んでいる他勢力、忍軍組織がいるのでは……そう思わせる効果も期待しての事です。他の勢力ならともかく、デウスエクスの中でも特殊な螺旋忍軍ならば、そういった疑問を抱いてもおかしくない……私達はそう考えております」
 ゆえ、せっかくなのだから、『正義のケルベロス忍軍』として、登場ポーズなり演出を考えたりするのも面白いかもしれませんね――セリカはそう言うと、その様を想像したのか、クスリと笑う。
「最も、ただ単純に抗争へと介入をしようというだけでは、もちろんありません。現在、地球にいる忍軍は、他の全ての忍軍と敵対関係となっていて、総力戦を繰り広げています」
 そのため、組織のお膝元、本拠地が手薄となっている可能性が高い。
「この好機を逃さぬ手はないという判断です。忍軍全体に大打撃を与えてしまいましょう」
 そうすれば、その過程で螺旋帝の血族を探し出し、発見するチャンスも巡ってくるかもしれない。
「螺旋帝の血族と呼ばれている彼ら……。正直な所、まだ正確な情報は手に入れることはできていません。ですが、螺旋忍軍の動きを見ても、相当な価値を有しているのは間違いありません」
 忍軍よりも先んじて発見し、適切に処理する必要があるだろう。

 ――月華衆。
「では次に、主な敵勢力の簡単なご説明をしていきたいと思います。まずは、月華衆。勢力としては大きいですが、勢力のすべてが今回の作戦に参加している訳ではないようです。作戦指揮官である『機巧蝙蝠のお杏』の撃破さえしてしまえば、彼らの行動を相当に制限できるはずです。彼らは豊島区の雑居ビルを拠点としていて、雑居ビルは、正面入り口、裏口、隣のビルから屋上に飛び移る、壁を登って窓から潜入、下水道を通って地下から潜入という5つの方法で突入が可能です。それぞれの入り口から、1チームの潜入が可能だと思われます」

 ――魅咲忍軍。
「あまり規模は大きくないようですが、指揮官である魅咲・冴以外にも、7色の軍団とその指揮官が存在しているようです。その都合上、横槍が入る可能性が高く、魅咲・冴を狙ったとしても、倒しきるのは至難の業です。しかし、ある程度の打撃を与える事ができれば、螺旋帝の事件への関与を諦める……もしくは、一時的に新たな行動を抑える事ができるでしょう。拠点は、反社会勢力が良く利用する港区の倉庫を占拠して利用しているようです」

 ――大企業グループ『羅泉』
「彼らは、企業という訳ではありませんが、『会社組織』の形態と考え方を有しています。拠点は、世田谷区のオフィスビルを不法に占拠しているようで、代表取締役社長、鈴木・鈴之助は、拠点のオフィスの社長室で指揮をとっています。そのため、戦力を集中すれば、鈴木・鈴之助の撃破も可能ですし、グループの存続も危うくなるでしょう。拠点には敵の数こそ多いものの、戦闘力としては皆さんが恐れるようなものは有していません。オフィスを制圧する事も十分に可能でしょうが、鈴之助は難敵といっていい相手のため、細心の注意が必要です」

 ――真理華道。
「ヴァロージャ・コンツェヴィッチが拠点とする、新宿区歌舞伎町のバーを、こちらですでに発見しています。真理華道の詳細については未だ判明していませんが、ヴァロージャを撃破できれば、行動を抑えることができると思われます」

 ――銀山衆。
「調べた情報によると、霊金の河が開く地下コンサートが、千代田区の電気街で開催されるようです。地下コンサート会場を襲撃すれば、霊金の河を撃破できるかもしれません。……というのも、会場には、銀山衆の他の幹部も警備に出向いているという噂が入っているのです。何にせよ、油断しないようにお願いしますね!」

 ――黒螺旋。
「どうやら、黒螺旋の本拠地は、東京には存在していないようです。指揮官の『黒笛』のミカドさえ撃破してしまえば、黒螺旋の勢力を東京から一掃してしまえると思います。もし仮に黒螺旋が、本拠地から増援を送ろうとしても、到着までにはかなりの時間を要するはずですしね。『黒笛』のミカドは現在、大田区の高級住宅街の豪邸を拠点としているそうです。ただし、豪邸の庭には、下忍達の姿が確認されてします。隠れて忍び込むのは、現実的ではないでしょうね。そこで、下忍を撃破するチームと、素早く豪邸に侵入するチームに分かれる方法が有効だと思います」

 ――白影衆。
「先程も名前を出しましたが、白影衆に限っては、少し毛色が違います。螺旋忍軍を滅ぼす事を目的としているため、敵対する必要はあまりありません。台東区の神社の境内の一部に、どうやら拠点を設けているようです」

 ――テング党。
「中規模程度の忍軍であり、江戸川区の河川敷、その橋の下辺りに、秘密基地を有しています。マスター・テングは、ある程度の戦力を集中する事で、撃破も視野に入ってきますが、他の拠点攻撃との戦力バランスを考えて、実行するかどうかを考えなければなりません。マスター・テングを撃破できれば、テング党の組織も壊滅に追い込む事ができるでしょう」

 ――螺心衆。
「螺心衆は、今回の作戦に幹部級を配置していないため、狙い目と言えそうです。足立区の雑居ビルに拠点を構えていて、制圧してしまえば、今後この件に螺心衆が関わってくる事はないでしょう」
 セリカは説明を終えると、改まって口を開く。
「敵指揮官の中には、厄介な者も混じっているようですので、細心の注意と警戒をお願いします。また、先程も言ったように、敵の混乱を誘うため、『正義のケルベロス忍軍』を名乗って行動してくださると有り難いので、よろしくお願いしますね!」


参加者
ミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
アイシャ・イルハーム(純真無垢な黒き翼・e37080)

■リプレイ


 得も言われぬ緊張感の中、時計は作戦開始時刻を示した。その瞬間、時計と無線に集中していたズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)が、無線に小さく「了解よ」と告げ、一同を見渡すと言った。
「心の準備はできているかしら?」
「オラァ! 正義のケルベロス忍軍だァ!! 大将首、いただきさんだぜッ!!」
 そして、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)は、ズミネの合図と同時、声を張り上げながら駆け出す。
「正義の猟犬忍軍! この拠点、頂戴に参上しました!」
 次いで、双吉の後に続いたアイシャ・イルハーム(純真無垢な黒き翼・e37080)が、高らかに名乗りを上げながら倉庫に突入すると、そこはすでに――。
「皆の者、先陣ぶった切るっすよー!」
「カチコミじゃオラー!」
 少女と荒い男性の声が入り乱れる戦場! 先行していた正面突入の陽動班が、多くの魅咲忍軍を相手取っていたのだ。
「こっちは任せるぜ!」
「大変でしょうが、私達も頑張りますので、そちらも!」
 その陽動班の背中を軽く叩くのは、巫女装束姿で、口元を鉄扇で隠すミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)と、威圧するように翼を広げるレベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)。
 そして、魅咲・冴を狙うもう1班と共に、陽動班の両脇を通り抜けた。
(大騒ぎですの! この分だと、資料やデータを確保する人達も、今頃無事に潜入できているはずですわ!)
 駆けながら、霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)は、ほくそ笑む。資料を確保できれば、螺旋帝の血族の捜索にも進展があるかもしれない。
「……螺旋忍軍か、実に楽しみだ。他のデウスエクスと違い、奴らは祟りを恐れるからな」
 以前戦った螺旋忍軍のように、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)を地球人かどうか訝しむなど、螺旋忍軍だからこその反応であろう。
 そして――。
「正義のケルベロス忍軍参上……なぁんて、ね?」
 まさか私が、こんな事を言う日が来るなんて……そう自嘲するように笑いながら、鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は視線の先に、魅咲・冴の姿を捉える。
「正義のケルベロス忍軍よ! 魅咲・冴、覚悟なさい!」
 胡蝶の隣では、両手でハートマークを作ったズミネが、まるでモデルのように一回転してポーズを取っていた。
 胡蝶とズミナが、揃ってそういう仕草や台詞を行うと、
「……正義というよりも、まるで悪の女怪人だな。だが、ワタシとしても異論はない。……正義の忍軍故にお前達を祟る」
「……いや、それはどうなんでしょう」
 イミナが、そんな『おまいう』な発言をして、レベッカにツッコミを入れられていた。
「どんな侵入者かと思えば、ずいぶん面白い子達ね。個性のないうちの部下達にも見習って欲しいわ!」
 相対する冴は、ケルベロス達の派手な登場に大仰に肩を竦めている。
「どーも魅咲・冴=サン、ミツキだぜイヤァーッ!」
 そんな中、ミツキは忍者にとって絶対の礼儀である挨拶を行うと、その仕草にポカンとする冴の機先を制すように、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを放つ。
 だが――!
「そりゃそうだわな」
「皆さん、気を付けてください! 配下の魅咲忍軍です!」
 納得したような双吉の頷き、アイシャの注意を呼びかける声。
 そして、冴を守るように立ち塞がる、12体もの魅咲忍軍!
「幹部の横槍がいつ入るか分かりませんの! 全力でいきますわよっ!」
 ちさは一緒に現場に突入した班に目配せし、
「それじゃあまた後で、ね?」
 胡蝶が互いの武運を祈ろうと、頬笑んだ。
「そちらの班も気を付けてね。僕達も全力で、冴の撃破を目指すから」
 すると、白銀の生命体を纏う、林檎色の髪をした少女が、平静そのものな声色で返答した。だが、彼女が内に秘めた熱量は、周囲の空気すらも熱する程。
 ちさは一瞬表情を綻ばせて頷くと、次の瞬間には表情を引き締め、6体の魅咲忍軍を誘導するように、電光石火の蹴りを放った。


 魅咲忍軍の陣形はバランスよく構成されており、統率の取れた動きで襲い掛かってくる。
 ――ガン!!
「……お前達も、最近戦ったモブ魅咲忍軍のように、ワタシを愉快な気持ちにさせてくれるのか? ……まぁ、どう足掻こうとお前達はモブだが」
「誰がモブか! この化け物め!」
「……よく言った。……忌まわしく祟る。……縛る」
 オウガ粒子で精度を高めた、イミナの網状と化した縛霊手が、流水の如く鮮やかな斬撃と激突する。余波を蝕影鬼が受け止めるも、全て防ぎきれるわけもなく、前衛と中衛に少なからず被害が及んだ。
「さすがに連携されると厄介ね」
 ズミネは、襲い来る冷気と斬撃に、雷の壁を構築していた事を安堵しながら、
「アクセス――我が原罪。誰しも自由な土地と幸多い人生こそ願う。理想郷を目指すならば我らも手を貸そう。瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい」
 接近してきた魅咲忍軍に対し、体感時間を操作して不意打ちを加えていく。
「それより、魅咲・冴は一体どこにいったんですか!?」
 と、爆炎が込められた弾丸をジャマーに向けて連射しながら、レベッカが周囲を見渡す。確かにそこにいたはずの魅咲・冴であるが、戦闘が開始すると同時に、その気配は消失していたのだ。
 本丸がいない!? その焦りを悟ったかのように……。
「冴様の手を、貴様ら如きに煩わせる必要もないという事だ!」
 弧を描く斬撃が、ケルベロスを襲った。
「エクレア、頼みますの!」
 その一撃を、ちさの指示に応じたエクレアが、身体を張って防ぐ。
「そこです! 双吉さんは前衛の皆さんの回復をお願いします!」
「おう、任せとけ!」
 エクレアの羽を斬りつけた魅咲忍軍は、さらなる追撃をせんと迫るが、それはアイシャの重力を宿した重い飛び蹴りによって中断させられる。
「ぐっ!」
 敵が呻き、攻撃が一旦落ち着いたのを見計らい、双吉はズミナの雷壁で耐性がつかなった前衛に対して、優先的に分身の幻影を纏わせた。
「ふふ、いい気持ちのまま、イっちゃったら?」
 足止めが付与された魅咲忍軍を、胡蝶は足蹴にした。
「な、なんたる屈辱!」
 踏まれた魅咲忍軍は、そんの場から逃れようとするも、グチャッ! 生理的嫌悪を掻きたてる水音と共に、弾けて消える。
「よくやった胡蝶! このまま一気に行くぞ! インガオホーってやつだ!」
 さらに、ミツキの獣化した拳が、形勢を一気に傾けようと火を噴く。
 だが、その時――!!
「危ないですの! っああ!?」
 異変をいち早く察したちさが、ミツキの前に出て、予測の外からの攻撃を受け止めた。それは、魅咲忍軍が多用していた攻撃とは一味違い、螺旋となってちさの内部を破壊する。
「いい加減にしてよね、もうっ! ついさっきあなた達を褒めてあげたばかりなのに、早速私の顔を潰す気ー?」
 そうして、ちさを傷つけた張本人こそ、いつの間にか所在が分からなくなっていた冴であった。


 どれくらい経過したのだろうか。双吉が時計に目を向けると、突入から13分、戦闘開始から11分近くが経とうとしていた。
(チッ! 今は正義を名乗れるとはいえ、久々のカチ込みに、俺の気持ちはただでさえ荒んでるっつーのによォ!?)
 戦況は、あまり芳しいとは言えなかった。最初6体いた魅咲忍軍の数は、半数の3体にまで減らすことはできている。双吉もメディックとしての役割を果たし、時には――。
「残念だったな。無色も七色も黒色の前じゃあ、魅せる間もなく塗りつぶされてお終いだ」
 霧状に展開したブラックスライムに、自身の『美少女転生願望』を映し、敵がその愛らしさに油断している隙をついて火花小柄をねじ込んでやっている。
「短期決戦を狙いたかったのですが……っ!」
「そうね。天下取りは諦めなさいって、魅咲忍軍共に言ってやるつもりだった……んだけれど」
 後方から魅咲忍軍に飛びかかったアイシャが、電光石火の蹴りを放つ。
「ひゃっ!」
 その後、後退するアイシャとバトンタッチするように前に出た胡蝶は、悲鳴を上げる魅咲忍軍へ、脈動するおぞましい触手を解き放ち、追撃を仕掛けた。
 あと一撃で、また1体の魅咲忍軍を仕留められる状況。
「螺旋帝の血族の居場所を私たちに教えてくだされば見逃します。――ここ最近の任務のご報告を直接申し上げようと思いまして」
 そしてズミネも、ミツキに電気ショックを与えて火力の底上げを試みながら、自分達が優勢である事を示すように、魅咲忍軍に対して、交渉、かつ別の組織の存在を匂わせる。ズミネとしては、少しでも敵が混乱してくれたらという思惑があったのだが。
「ふふっ、貴様らが我ら魅咲忍軍に提案を持ちかけられる立場か?」
 そう一蹴され、氷結の螺旋が後衛を襲った。
「……モブめ、余程祟られたいようだな」
 庇いに入ったイミナが氷を受け、口元を歪ませた。その恐ろしい表情にも、明かなケルベロスの優勢にも怯まず、魅咲忍軍は冷笑を浮かべている。
「とにかくイミナさんの氷をヒール致しますわ!」
「……すまないな」
「いえ、当然の事ですの!」
 ちさが、厄介なBSを受けたイミナに、桃色の霧で治療を施す。
「……準備はできているな、蝕影鬼。……お前達にはいい鳴き声を期待する。……祟る祟る祟る……」
 11分も戦い、魅咲忍軍に回復手段がない現状、本当ならばとっくに勝敗が決していても不思議はないはず。蝕影鬼が、周囲の細々したものに念を籠めて操って魅咲忍軍を狙う。イミナは、そんな蝕影鬼の攻撃を目隠しにしながら、
「――祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ……!」
 呪力が籠められた杭を、消耗した魅咲忍軍に打ち込もうとする! が、間一髪、敵ディフェンダーに防がれてしまう。
 それでも、撃破は時間の問題。……にも関わらず、ケルベロス達の表情が冴えない原因は……。
「またぁ? あなた達、本当に私がいないと何もできないのねー?」
「も、申し訳ございません、冴様!」
 軽い調子で影から顔を出した冴が、気まずそうな配下の魅咲忍軍に、分身の幻影を纏わせる。
「ミツキさん、冴が現れました! 砲撃で援護するので、切れ間なく攻撃を!」
「おう、分かってる!」
 レベッカが装備している、折り畳み式アームドフォートが一斉に火を噴いた。モクモクと煙を噴き上げながら放たれた砲弾が、一直線に冴を狙っている。
 そして、その粉塵に紛れるように、ミツキもまた跳躍し、冴を狙っていた。
(さっきから、俺達が優勢になれば現れて、その間に配下共が態勢を整えての繰り返しだ! 何度も、何度も、何度も! てめぇの鍛えられた腹が魅力的なのは認めるが、いい加減俺達も遊んでばかりいられねぇんだよ!)
 レベッカの放った砲弾は、冴に着弾する。だが、当たり前のように冴は健在であり、迫るミツキを見てクスリと笑った。ミツキはその余裕をぶち壊してやるため、鉄扇の先端を冴の肩口に叩き込んで抉る。冴は一瞬顔を顰めるが、すぐに大量の螺旋手裏剣を放って牽制。
 回避率の低下を嫌ってエクレアが翼を羽ばたかせるが、前衛は減衰も相まって、思うように耐性が付与できない。
「さすがー! うちのモブとは違うみたいね、なかなかやるじゃない♪」
「当たり前です、私達を一緒にしないでください!」
 血の溢れる肩口を押さえながら言う冴に、アイシャがムッとしたように反論する。冴は振り返り、「あんな事言われてるわよ?」そう配下を揶揄するように見ると、配下達はしょげたように俯いた。
「……あと、一歩なんです。もう僅かの戦力さえあれば、彼女達なんて!」
 レベッカが歯嚙みする。先程から、配下が劣勢に陥った時に加勢し、ジャマーらしく複数のBSでこちらを翻弄する冴。戦闘が長引いたのは、疑いようもなく彼女が原因であった。
「……あっちの班も似たような状況らしいわね」
 胡蝶が、気合いを入れて傷を癒やしながら、離れた場所で残りの配下と戦闘する他班を見やる。
「さぁ、どうする♪」
 膠着する戦況に、冴が嗤う。


「あなたもさっさとイっちゃいなさいな!」
 胡蝶のヒールが、魅咲忍軍を穿つ。
 だが、いくら魅咲忍軍を押し込めようとも、その度に介入してくる冴。そして、刻一刻と時は経過しているのに、肝心の冴には未だ決定打を入れられていないという焦燥。
「ズミネ、深追いはすんなよ! イミナ、ちさ! 待ってろ、今回復してやる!」
 双吉にだって、猶予がないのは感覚的に分かっていた。後方から指揮をとりながら、双吉はオーラの光で仲間を包み込む。
「……ああ」
「っ……どうもですのっ!」
 ジャマーである冴の介入以降、ディフェンダーであるイミナとちさは、特にBS漬けにされ、消耗も激しい。
「ここは一旦私に任せてください! 体勢を立て直しましょう!」
 前衛が立て直す時間を稼ぐため、アイシャが重力を宿した飛び蹴りを魅咲忍軍に叩き込む。彼女達も消耗しているのか、攻撃を避けようという素振りも見せない。
「がおー!」
 そこへ、ミツキの凄まじい咆哮が木霊し、倉庫内を振動させた。魅咲忍軍が、また1体膝を突く。
「……周辺が騒がしくなってきましたね」
「……そう、ね」
 ――と、魔法光線を放つレベッカが、何か違和感を感じたのか、そんな事を呟いた。レベッカと連携して、ようやく残り1体となった魅咲忍軍の不意をうったズミネは、乱れた赤茶色の髪を掻き上げ、思わず脚を止める。
 その時!
『すまん――増援警戒班、撤退だ!』
「っ!? ……分かったわ、お疲れ様」
 不安を裏付けるように、無情にも無線から響く報せに、胡蝶は小さく唇を噛んだ。増援警戒班が抑えきれない程の戦力が送られてきたなら、いずれここにも雪崩れ込んでくるだろう。
「……仕方ないですの」
 表情は変えないものの、拳を握りしめる胡蝶の内心を察したちさが、その肩に手を置く。
「……撤退だ」
 最前線にいたイミナが、先陣を切って後退を始めた。そんなケルベロス達の前で、
「あら、そっちは、全滅~? だけど、もういいわ、こんなところに長居してもどうしようもないし。だから、この倉庫はあげる。また会えたら遊んであげるわよ♪」
「待てや、オラァ!!」
 双吉の静止も意に介さず、冴と配下が悠々と、倉庫から脱出していく。ケルベロス達は、それを見送ることしかできなかった。
「拠点の制圧はできたんです。冴を取り逃がしたのは……悔しいですけれど」
「……レベッカさん。……そうですよね! 元気出しましょう!」
 最低限の仕事はこなしたと言うレベッカに合わせ、アイシャはあえて元気よく声を上げた。
「そうだな。だが、この借りは絶対に返すぜ」
 ミツキの黄金の瞳は、いつまでも、冴が脱出していった先を見据えていた。
 その後、無線にとある情報が流れた。それは、『敵の資料を粗方簒奪した』というもの。気落ちしたケルベロス達に、その事実は大きな力となった。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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