微熱な甘い果肉

作者:秋月きり

 大阪府大阪市。
 攻性植物に占拠された大阪城は、今宵も不気味な沈黙を保っている。
「うぃ。畜生、取引先が何だってんだ!」
 普段であれば人気のないその場所に迷い込んだ青年は――若さと渋さの中間を彷徨う30代半ばの男性は、上気した頬そのままに、悪態をついていた。
 どうやら酔った勢いでこの地に向かってしまったらしい。怪しくなった千鳥足が、彼のストレスの大きさを物語っていた。
「毎日毎日おべんちゃらのご機嫌取り。そんな事までして仕事が欲しーかっての!」
 酔いに任せ、ずんずん進む彼は、その内、道を塞ぐ何かにぶつかってしまう。激突は起こらず、柔らかい何かに受け止められていた。
 適度な弾力と柔らかさが頬を包んでいる。そして、鼻孔をくすぐるこの芳香は――。
「夢?」
 ぽすりと弾力から顔を放した彼は、その先に美女の顔を見つけてしまう。つまり、今、両手で鷲掴みをし、柔らかさを堪能している二つの膨らみは……。
「――おっぱい?!」
 こんなところに美女がいる筈も無い。こんなところにおっぱいがある筈も無い。そんな常識的な判断はすぐさま吹き飛ぶ。
 酔いの勢いも手伝い、掌に余る巨大な果実を堪能する。彼にとって、今、この甘美な果実を味わい尽くす事が何よりも優先するべき事だった。
「うふふふ。いらっしゃい」
 美女――攻性植物バナナイーターは蠱惑的な微笑を浮かべると、男をその身に受け入れる。

 斯くして、体液から何から全てを奪われ、カラカラに干上がった男の遺体が大阪城に放置される。
 全てを吸いつくしたバナナイーターは緑色の唇を舐め上げると、次の獲物を探すべく、足、あるいはそれに類似した器官を動かし始めるのであった。

「ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)達が危惧していた通り、大阪城の攻性植物に動きがあったわ」
 ヘリポートにリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の沈痛――かつ、少々微妙な声色の声が響く。ただ事無い様子に、集ったケルベロス達はいずれもごくりと生唾を飲み込んだ。
「彼ら調査によると、大阪城付近の雑木林などで、男性を魅了する『たわわに実った果実』的な攻性植物が出現しているようなの」
 その名は『バナナイーター』と言う。
 それを告げたリーシャは矢次にその特徴を口にする。反論も質問も許さない勢いだった。
「バナナイーターは、15歳以上の男性が雑木林に近寄ると現れて、その果実の魅力で魅了し、絞りつくして殺害する事でグラビティ・チェインを奪いつくしてしまうみたいね。もしかしたら、グラビティ・チェインを集めて何かの作戦を行うつもりなのかもしれないわ。だから、それを阻止して欲しいの」
「ああ、うん」
 果実や絞りつくすと誤魔化しているが、何のことか察した男性ケルベロスの一人が頬を染める。リーシャだって随分立派な果実が自己主張している。つまり、そう言う事だろう。
「今から行けば、先の予知の男性を救う事が出来るわ。何としてもそれを行って欲しい」
「みんなは犠牲者が出る直前に雑記林に到着する事が出来るわ」
 後はバナナイーターと遭遇するだけである。彼女は用心深く、そのままでは遭遇する事は出来ないだろう。出現させる為には、被害者を囮にするか、或いは。
「みんなの内の誰かが囮となるか、かな」
 バナナイーターは攻性植物の拠点となっている大阪城から地下茎を通して送られてくるようで、囮となった人数に応じた数の彼女達が出現するようである。
 主株となる一体以外は戦力的に劣る様なので、ある程度出現させてから叩くと言う手段も取れるようだ。
「ただ、注意するべき点は、彼女達は出現して3分以内に攻撃すると、撤退してしまうと言う事ね」
 そうなれば撃破は難しい。3分間は囮役が戦闘せず、彼女との接触を続ける必要があるのだ。
「幸い、バナナイーターもその3分間は対象の男性を誘惑するだけで、攻撃してくることは無いわ。だから、たとえ囮役が一般人の男性でも、死んでしまう事はない筈」
 無論、催眠に似た誘惑はケルベロスに害を為す事は無い。だが、怪しまれない程度に誘惑に付き合わなければ、彼女達はただならぬ気配を感じ、逃亡する可能性も考えられる。釘付けにする演技力も必要そうだ。
「次にバナナイーターの能力だけど、自分になっている果実とかを食べたり、あと、服を分解したり、挟んできたりするわ」
「挟む」
「繰り返すな」
 何で、とか言わないが、要するにたわわに実った果実は危険、と言う事だろう。大きさと言い形と言い、実に凶悪な威力を秘めていそうだった。
「ともあれ、囮となった場合、色々大変だと思うけど、頑張って。私からはそれしか言えないわ」
 主に女性の視線とか視線とか視線とか。
 告げる彼女の視線もまた、どこか半眼気味に向けられていた。
「それじゃ、いってらっしゃ。……本当に頑張ってね!」
 送り出しの言葉は、半ば自棄に告げられていた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)
白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)
イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
ダスティ・ルゥ(名乗れる二つ名が無い・e33661)
水瀬・和奏(バレットウィザード・e34101)

■リプレイ

●VSバナナイーター
「畜生、取引先が何だってんだ!」
 今宵は休日を控えた花の金曜日。酒を浴びる程飲んだ男は酔いに酔っていた。怪しい呂律のまま悪態をつく彼は、ふらふらと千鳥足で道を突き進んでいく。
 とろんとした酔眼は周囲が見えているとは言い難く、男が何かに衝突するのは時間の問題と思われた。だが、それを咎める者はいない。デウスエクスが出現すると言われるこの大阪城周辺に、人影などある筈も無く。
 ぼふ。
 軽快な音と共に、男の顔が柔らかな、それでいて弾力のある何かにぶつかる。
「――へ?」
 それは柔らかな膨らみだった。目の前に咲く四つの球体の内、二つを両の掌で包むと、たっぷりとした質量を指に伝えて来る。重い。柔らかい。あったかい。ああ、これは――。
「あらあら、まぁまぁ。その……」
「この先はデウスエクスが出るから危ないよ」
 柔らかな芳香と共に、涼し気な声が頭の上から降って来る。
 見上げた先に顔があった。二つの綺麗な女性の顔が男を見下ろしていた。金色な瞳の柔らかい表情の美女は困ったような微笑を浮かべ、白い髪と紫の瞳が特徴的な美女が真摯な視線を向けている。
「お、おぱ」
「まぁ、その。酔っているから致し方ないですが、これは、その……」
「うん。満足したら帰ろうね」
 イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)の微笑は慈母の慈しみを以って物理的、精神的に男を包み込む。そして、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)の蕩ける様な微笑に、男はくるりと回れ右をして帰路に付いた。二人の胸を鷲掴みにした男の行為は痴漢行為そのものではあったが、アルコールとラブフェロモンに痺れた脳ではそれを判断する事は出来ない様子だった。
「さぁ、行こうか! 駅はこっちだよ!」
 口早く声を上げた葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)は男の手を引き、最寄り駅へと進んでいく。ぽーっと夢見心地の男はその手に引かれ、ゆるりと大阪城から遠ざかっていく。
(「……後は、みんなが上手くやってくれればいいけど」)
 妙にノリノリだった4人の仲間を思い出すと、咲耶の口からちょっとだけため息が零れた。

 女がいた。ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)のヘッドライトに浮かぶ緑色の肌の全裸女は、ヘリオライダーの予知した攻性植物で間違いなかった。
 その数4体。そして、彼女達に応対するケルベロス達の数もまた、4人であった。
「理に適っていますが、どんな異次元の発想をすればこんな進化を遂げるのでしょうか……」
 食虫植物ならぬ、食人植物。そう言えば神話では美女の外観で誘惑する魔物も沢山いたなーと白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)が戦慄する。ごくりと唾を飲み込む様は、その生態に恐れ戦いている為か。
「苦しいが、囮役としての責務を果たさねばならん」
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の苦渋に満ちた声が重く響く。その声が何処か弾んで聞こえるのはおそらく気のせいだろう。
 彼の攻性植物、バナナイーターを倒す為には、囮役である彼らが3分、その誘惑行為に耐え続けなければならない。命懸けの任務だが、地球の平和の為、そして人々の平穏の為、この辛い任務を完遂せねばならないのだ。決して私利私欲に流されている訳ではない。
「鋼の精神を持つ赤ペンさんは、バナナイーターのたわわな果実の誘惑なんかに絶対負けたりなんかしないっ、のオチ」
 ヒナタも蒼眞と同じ気持ちだと鼻息荒く、応じる。どの気持ちが同じなんだ? とは誰も突っ込まない。突っ込み不在とは恐ろしい。
(「……あー。この二人くらいはっちゃけられたらなぁ」)
 ダスティ・ルゥ(名乗れる二つ名が無い・e33661)の冷ややかな視線はしかし、言葉に出ない以上、二人に伝わっていなかった。良いのか悪いのかわからないが、水を差すのも難だし、と首を振り、視線をバナナイーターへ戻す。
 一瞬、木陰に隠れていた水瀬・和奏(バレットウィザード・e34101)と目が合ったが、極寒とも言えそうな視線が怖く、気付かない振りをする事にした。
 つーか、自己主張しすぎている一部の所為で、その彼女も隠れきれていないし。まぁ、その突っ込みは野暮だろう。きっと。
「うふふふ。いらっしゃい」
 バナナイーターの甘美な声が響く。
 ――斯くしてケルベロス達の決死の囮作戦の火蓋が切って落とされたのであった。

●三分間の甘い誘惑
「大丈夫?」
 酔っ払いの男を無事、駅まで送り届けた咲耶三人は和奏の潜む木陰に飛び込み、戦況を確認する。おそらく敵の出現からは数秒程度しか経っていない筈だ。囮役は無事か、との問い掛けはしかし。
「……あまり、風向きが良いとは言えません」
 耳まで真っ赤に染め上げた和奏の回答に、三人は視線を戯れる8つの人影へと向ける。
 結果。
「……あらあら、まぁまぁ……えっちな攻性植物ですの」
 イリュジオンは頬を染め上げ。
「ああ言うのはサキュバスの本領だよね」
 プランは淡々と対抗心を剝き出しにした言葉を紡ぎ。
「もぉー! なんでこぉー、もぉー! ああ、もぉー」
 咲耶は羞恥と憤りに似た感情を吐露する。
 夜の闇、ライトで浮かび上がる影はあまりにもぬるぬるのぐちゃぐちゃで、健全な光景とは言い難い。とりあえず健全な青少年の発達には宜しくないだろうと、16歳の和奏の瞳を、イリュジオンが掌でそっと塞ぐ。
「いや、手遅れじゃないかなぁ」
 咲耶の突っ込みは、曖昧な表情で誤魔化すことにした。

「くぁ~オパーイ、オパーイ……」
 バナナイーターに抱き締められ、最初に陥落したのはヒナタだった。
「オパーイには勝てなかったよ……」
 それが正気の彼が最後に口にした言葉だった。
「ああ、ヒナタさんっ!」
 フニフニと果実を腕に押し当てられ、緑色の肌に不釣り合いな真紅の舌が蛇の如く、雪兎の耳を這い回る。熱を帯びた吐息は仲間の身を案じる雪兎の精神を焦がし、蕩けさせていった。
「これは演技よ。演技。演技なのねー」
 指の動きに合わせ、形を変える果実に顔を挟まれながらのヒナタの台詞だった。どこをどう見ても演技とは思えなかったが、それを超越した何かなのだろうか。
「おっぱいに貴賎無し!」
 断言した蒼眞は既に甘い果実に堕落し切っている。顔を埋めている為、その表情は伺えなかったが、とても幸せそうな様子を全身から醸し出していた。
「こ、これはっ」
 ダスティから上がった声は驚愕に満ちていた。
「見る者を幸せにするサイズと形、それに柔らかさ……。貪りたくなる甘い香りで満ちてるのに、穏やかな葉のそよぎに安息をも促される。この両極性が生む背徳もヤバい……!」
 まくし立てる言葉は、彼に余裕がない証拠なのだろうか。うふふと笑みを浮かべたバナナイーターは両腕を広げると、言葉を紡ぐ彼を包み込むように迎え入れる。
「こんな五感に染み渡る胸があったなんて……ん? 五感? 視、聴、触、嗅……。あと味覚で五感制覇? みか…うえぇッ!?」
 いつ聴覚を味わったのかは謎だったが、多分聞こえる嬌声やら滑つく音の事だろう。きっとそうに違いない。
 狼狽する彼にバナナイーターは囁きかける。
「食べたい? それとも、食べていい?」
「ああっ。そんな、う、うわーっ」
 水っぽい音は樹液なのか唾液なのか判らなかった。悦楽は体中を蝕む毒と化し、ダスティの思考を麻痺させていく。グラビティ・チェインを奪われ、干からびる自分の未来が見えた気がしたが、それも致し方ない気がした。受け入れてしまえと心の中の悪魔が囁く。
 ――と。
「さて、戦闘開始、かな」
「これ以上、破廉恥なのは駄目ぇーっ!」
 狂乱の宴に水を差す――否、終わりを告げるブランと咲耶の声が響き渡った。

●微熱の甘い果実
「……くぁ? 3分? もう時間? もうちょっと、もうちょっとだけ延長を……」
 地面に転がされた赤ペン――既に着ぐるみは剥がされた為、赤ペンとも呼び辛いが――こと、ヒナタの台詞はしかし、和奏の冷たい視線に突き刺される事でその後を紡がせない。
「お楽しみ中のところ申し訳ありませんが、そろそろ時間ですので……」
 延長料金の代わりに命を取られそうな悪寒を覚え、ヒナタはいそいそと立ち上がる。
「男子ぃ、後で正座ぁ~」
「いや、なんで、私まで」
 時間と共にバナナイーターを跳ね飛ばした雪兎の抗議も、憤りの表情を浮かべた咲耶には届いていない。
「さぁ。楽しい戦闘の時間、ですわね」
 バナナイーターに勝らずとも劣らず。蠱惑的な笑みを浮かべたイリュジオンの宣言が、戦闘開始を告げるのだった。

「男の子達が好きなんだね。んじゃ、寒いのは嫌いかな?」
 ブランの問い掛けと共に吹き荒れる吹雪は、バナナイーターの皮膚を侵し、凍結させていく。
「一緒に搾り取ってあげても良かったけどね。今は、貴方達で我慢してあげる」
 舐め上げた唇が妖艶に輝く。その挑発行為は誰に向けられたものか。自分達に向けられた筈も無いのに、男性陣は思わず戦慄してしまう。
「くぁ! 全員撃て撃て撃て撃て~~~! のオチ!!」
 盾役の本懐を行うべく、ヒナタはバナナイーターへ怒りのバッドステータスを付与していく。これにより、バナナイーター達の抱擁攻撃は自分に向けられる筈だ。別に残されたおっぱいに弄ばれたい為に行っているのではない。
「男にはやらなきゃならない時がある。今がその時だっ。だぁっ!」
 だが、ヒナタの思惑も何処ぞ吹く風。蒼眞はプールへの飛込み宜しく、バナナイーターへとダイブを敢行する。ふゆんともたゆんとも言う何とも言えない擬音の後、その体当たりを受け止める事が出来たのは、バナナイーターがデウスエクスたる所以か。
「――いえ、囮は終わった筈では?!」
 思わず突っ込む和奏。だが、蒼眞もまた、考えがあっての事だったのだ。
「そんなものは気にせず今はこの感触を全力を持って愉しむ(彼女達の攻撃が皆に向かわないよう、ここは俺達に任せな)!」
「本音と建前が逆、ですよ」
 ヒナタに光の盾を施しながら零したイリュジオンの台詞は、何処か呆れの色が混じっていた。散乱する枝葉を飛ばすイヴも、同意の如くコクリと頷く。
「いや、男が全員そういう風に思っているとは思わないで頂きたい!」
 魔法の木の葉を自身に纏わりつかせながらの雪兎の声は何処か虚しく響く。
「大丈夫です。判っていますから」
 何がどう判っているのか。具体的な事を口にせず、和奏は幻影竜のブレスをバナナイーターへと放った。植物だけあって炎に弱いのか、息吹に巻かれたバナナイーターは悲鳴を上げ、周囲に焦げ臭い匂いを立ち上らせる。
「こっちからも行くよぅ!」
 そして咲耶から電撃が跳ぶ。矢の如く突き刺さったそれは燃え盛ったバナナイーターの命を奪うのに充分な一撃だった。
 光の粒子へと消えていくそれに、男性陣から「あっ」と声が零れる。大きな二つの果実が失われる様は、悲しみの感情を彼らに覚えさせるのに充分だった。
「――と言うか、黙れ、男子ぃ!」
「あ、はい」
 破壊された衣服ごと自分を治癒するダスティの声が、物悲しく響く。五月と言うのに、濡れた体が冷たく感じるのは、外気温の問題だけじゃないのだろう。そう思いながら、治癒グラビティを自身に施していく。

 バナナイーターの身体がまた一つ、また一つとはじけ飛ぶ。残すところ、あと1体。株を増やせば弱体化すると言う予測は大当たりだったようだ。残された一体も既に幾多の傷が体中に刻まれている。中には治癒不可能ダメージもあるのだろうか。自身の身体に生る果実を食しても、それを癒す事は出来ていない。
 だが、被害の大きさはケルベロス達も同じだった。
「すまん。……だが、皆を守れて俺は」
 再度、バナナイーターの抱擁を受け、蒼眞が膝をつく。むにゅむにゅぼいんぼいんと幸せそうな笑顔に、残された一同は「ああ、うん、そうね」と棒読み口調で応じるのだった。
 蒼眞とヒナタによる挑発行動は、結果、バナナイーターの攻撃を彼ら二人に集中させていた。倒させるものかと懸命に咲耶とイヴが二人を庇うものの、いくらディフェンダーと言え、常に庇える訳ではない。そしてディフェンダーの恩恵のあるヒナタに比べ、それが無い蒼眞の決壊は早かった。
「若いからって、無茶しすぎよぉ」
 イリュジオンがしみじみと呟く。だが、そんな彼を誰が責める事が出来るだろうか。
「ともかく、終わらるよぅ! ――全て全て、時すら凍る冷気の中で鎮まり給え!」
「地獄の番犬が鋳た魔弾、神たる貴方に避けられますか?」
「この曲で、――存分に狂わせて差し上げましょう」
 咲耶の号の下、和奏とイリュジオンがグラビティを紡ぐ。極低温の冷気が、回避を許さない魔弾が、流麗な歌声が奏でる不協和音が、バナナイーターを侵食し、破壊していく。
 そして。
「今夜また逢おうね いっぱいかわいがってあげる」
 プランの誘いの下、バナナイーターが断末魔の悲鳴を上げ、消失していく。
 ――彼女の最期が死と言う形だったのか、それとも何処かに連れ去られたのか。それはプラン以外、誰にも判らなかった。

●収穫の刻来たれり
「くあぁ。足が痺れたのね~」
「いや、なんで私が」
「こういう任務なのに、あんまりだァ……」
 以上、咲耶に正座させられ、説教を受けているヒナタ、雪兎、ダスティの台詞だった。土の上での正座はごつごつした小石もあってめっちゃくちゃ痛かった。先ほど囮で感じた柔らかさが恋しい……とまで言わないが、せめて芝生の上での正座に切り替えたいと願う。
 なお、咲耶の憤りが一番向く対象であろう蒼眞は重体の為、一足先に病院に運ばれていた。
(「上手い事を……」)
 と誰かが言ったとか言わなかったとか。
「お三方とも」
 一通り説教が終わった咲耶が呼吸を整える中、横合いから問い掛けが入る。和奏だった。
「楽しかったですか?」
 雪女斯くやと言う極寒の語句で紡がれていた。命の危険すら覚えそうな冷気に、一同がフルフルと首を横に振る。真相はともあれ、ここは否定するべきだと、誰しもが思っていた。
「さーて。私はそろそろ帰るよ。お疲れー」
 うきうきとプランが帰路に付く。とても楽しそうだったが、その理由を聞くのも憚られた為、別れの挨拶以上の語句を誰も紡がない。
 そして。
「私も帰りますね。バナナの攻性植物を見ていましたら、なんだか食べたくなってきましたの……うふふ」
 蠱惑的な微笑を残し、イリュジオンもその場を後にする。食べたくなったのは多分、バナナの事だろう。主語が無かったが、帰りがけに果物屋に寄る宣言だったと、彼女の種族がサキュバスだからってレッテル張りは良くないと、誰かが身震いする。
 やがて。
「まぁ、一件落着、と言う事で」
 メロンもバナナももうこりごりと。
 夜の大阪の街に、雪兎の言葉がゆるりと溶けていくのであった。

作者:秋月きり 重傷:日柳・蒼眞(落ちる男・e00793) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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